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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百二十八話 光明

帝国暦 488年 10月 10日  オーディン  宇宙艦隊司令部 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


「最近の景気はどうです? ボルテック弁務官」
「まあ以前に比べればかなり良くなりましたな。これからが楽しみです」
「それは良かった、弁務官には感謝していますよ。内乱終結後、フェザーン商人が積極的に帝国内で活動してくれました。弁務官のおかげです」

俺の言葉にボルテックは照れ臭そうに笑みを浮かべた。嘘を言っているわけではないし、煽てているわけでもない。俺の言った事は全て事実だ。ボルテックは内乱終結後、積極的に帝国の経済立て直しに協力してくれた。帝国の経済が徐々に上向きつつあるのも彼がフェザーン商人に声をかけ、帝国内での活動を行なうように説得してくれたおかげだ。

「感謝するのはこちらのほうです。私が帝国で高等弁務官としていられるのも帝国のおかげです」
「なるほど、ではお互い様ですね」
「そうなりますな」

応接室に俺とボルテックの笑い声が響いた。此処最近ボルテックと俺の関係は友好的と言って良い。内乱終結後の協力もそうだがキュンメル事件、婚約、結婚と色々とあったがその度に心配したり祝ってくれたりした。

今、フェザーンではマルティン・ペイワードが自治領主となっている。フェザーン人にとってはペイワードなどよりボルテックの方が遥かに知名度が高いし、信頼度も高いだろう。ペイワードにとってボルテックは脅威でしかない。チャンスがあればボルテックを排除したいのだろうが、ボルテックの後ろには帝国が居る。妙な真似は出来ない。

ボルテックもそのあたりは分かっている。彼が内乱終結後の帝国に協力的なのはその所為だ。少しでも帝国との距離を近づけたいと考えているのだろう。それともう一つ、彼自身フェザーンの独立を維持するのは難しいと考えているのではないかと俺は思っている。

現状を見ればフェザーンは同盟の占領下にある。この後は帝国がフェザーンに攻め込むのではないかというのは誰でも考えることだ。フェザーンの中立などというのは消滅した。ボルテックがこれから先は帝国と共に未来を歩もうと考えたとしても可笑しくない。

悪い兆候じゃない、彼には新帝国で活躍して欲しいと考えている。この関係を大事にしていくべきだろう。
「ところで司令長官、先日の紛争ですが妙な事が分かりました」
「妙な事?」

ボルテックが頷いた。声には笑いの成分が混じっている。妙な事? 一体なんだ?
「アラルコン少将が帝国よりの宙域で訓練をしていた事ですが、彼の独断ではないそうです」
「……」

独断ではない? だとすると第三艦隊に協力者が居たと言う事か? 黙って彼を見詰めるとボルテックは頷いた。表情は生真面目なものになっている。

「訓練予定地は同盟軍が選び、希望地として自治領主府に伝えます。自治領主府はそれを検討し認めるか、或いは代替地を用意するのです。そして同盟軍に伝える。同時にフェザーン商人にそれを伝え、その宙域に近付かないように警告します」

民間船の通航を優先するのだろう。おかしな話じゃない。フェザーン回廊は民間船の通航が多いし、フェザーンは交易で成り立っているのだ。軍の訓練など邪魔なだけだろう。
「それで?」

「今回同盟が希望した訓練予定地はフェザーン回廊の同盟側でした」
フェザーン回廊の同盟側……、しかし訓練は帝国側で行なわれた。
「フェザーンが帝国側で行なうように仕向けた、そういうことですか……」
だとするとフェザーンと同盟の関係は悪化しているという事か……。

「それが違うのですよ」
「違う?」
俺は間の抜けた声を出したのだろう、ボルテックは可笑しそうな顔をしている。

「妙なことなのですが同盟からフェザーンに提示された訓練地は帝国よりの宙域だったそうです」
「……」
どういうことだ? フェザーンじゃない? 同盟軍の中ですり替えが起きた? 俺が混乱していると思ったのだろう。ボルテックの表情は可笑しそうなままだ。

「帝国よりの宙域で訓練が行われる事にフェザーンはおかしいとは思わなかったのでしょうか?」
「それは思ったでしょう。しかしフェザーンは訓練地の検討を行ないますが形だけのものです。訓練地に変更が入る事などありません。そんな事をすれば軍はオリベイラ弁務官を通して同盟の力で領主になれたのを忘れたのかとペイワードに言うでしょうな」

フェザーンが訓練地を変更する事は無い、それを利用した人間が居る、そういう事か……。
「それで、誰が訓練地をすり替えたのです?」
「それが分からないそうです。同盟はフェザーンがすり替えたと言い、フェザーンは同盟軍の内部ですり替えが起きたと言っています」

分からない? それも妙な話だ、単純に責任を擦り付け合っているなら良い。だがそうじゃないとすると少々厄介な事になる。ボルテックももう笑っていない。彼も不可思議な話だと思っているのだろう。

「すり替えは本当に同盟軍の内部で行なわれたのでしょうか?」
「……私に伝えた人間はそう言っていました。しかし本当のところはどうなのか、疑問はあります」

ボルテックも疑問を持っている。巧妙だな、フェザーンと同盟の間で不信感を煽るか……。フェザーンを信用できないとなれば直接支配という考えが出てくるだろうな。特に帝国との関係が悪化すればするほどその考えは勢いを持つ。

フェザーンの直接支配という観点から見れば同盟軍主戦派の犯行という可能性が高そうだが、帝国と同盟を争わせると言う観点から見れば他にもやりそうな連中は居る。分かっているのはアラルコン少将が嵌められたという事だけだ。本人は何も知らずに利用された……。単純なのは必ずしも悪い事じゃないがフェザーンのような場所では悪でしかない……。

「同盟の第三艦隊もフェザーンも、その件は同盟本国には伝えていないようです」
「伝えていない?」
「真相が明らかになるまでは調査中、そういう事のようですね。このままで行くとアラルコン少将一人が責任をとる事になりそうです」

ボルテックが苦笑交じりに事件の行く末を占った。さて、どうなるかだな……。同盟本国の眼を欺き続ける事ができるのか否か。欺かれるようだと同盟は危ういだろう。昭和の日本軍と政府のようになりかねない。帝国にとっては望むところだが……。

まあ、それはさておき一つ気をつけなければならない事がある。ボルテックにはフェザーンに情報源が有るということだ。それも自治領主府内部に情報源はある。ペイワードに不満を持つ人間が接触を図っているのだろう。こちらに情報を渡すだけなら良いが、彼自身がフェザーンの混乱を利用しようとするなら危険だ。キスリングに、レムシャイド伯にも伝える必要が有るだろう。

「ケッセルリンク補佐官はどうしています?」
「真面目に仕事をしております」
“真面目に”と言う言葉がおかしかったのだろう、ボルテックが軽く笑った。俺も笑った。

「妙な動きは有りませんか?」
「有りませんな。用心しているのかもしれませんが、このオーディンでは彼は孤立しています。動かないのではなく動けないのかもしれません」
多分そうだろう、そうであれば問題は無い。彼を利用しようとする人間も少なくなるし、危険性も減る。

そろそろボルテック、ケッセルリンクにも協力してもらうべきだろう。ボルテックには同盟領遠征後には同盟との間で通商を取り扱って欲しいと頼んだ。今の様子なら断わらないだろう。他の省とのかかわりもある、話し合ってもらう時期が来ている。それとフェザーン占領後、帝都遷都までの統治についても彼らの協力が要る。リヒテンラーデ侯には一度話して了承を得ているがあれは内乱前だ。もう一度話しておくべきだろう。

ボルテックが捕虜交換について訊いてきたのは弁務官府に戻ると言って席を立った直後だった。
「捕虜交換は何時頃行なわれますか?」
「年明け早々には行なわれるでしょう」
俺が答えるとボルテックは嬉しそうに笑った。

「捕虜が交換されれば、人々の心も明るくなります。消費も増えるでしょうし経済効果も期待できるでしょう。来年は良い年になりそうです」
「そうですね。今の帝国にとっては追い風になるでしょう」
俺とボルテックは笑いながら別れの挨拶を交わした。

先月の下旬、軍務省では捕虜交換についてタスクチームが作られた。彼らが今捕虜交換をどのように進めるかを検討している。今月中にはまとまるだろう。後は同盟側と詰めるだけだ。

おそらくイゼルローン要塞で調整する事になるだろう。今その件でレムシャイド伯が同盟側に問い合わせをしている。感触は悪くないらしい、となれば来月早々にもイゼルローン要塞に彼らを送る必要がある。

送っていく以上警護が必要だが、これが問題になっている。俺は当初五百隻程の小規模の艦隊でいいと思っていた。ところが宇宙艦隊の司令官達から異論が出ている。警護は宇宙艦隊の正規艦隊が行うべきだと言うのだ。

理由としては俺が行くまでのイゼルローン方面での警護、そして帰り道の警護をすると言うのだ。俺も自分の艦隊を率いて行く、警護など大袈裟にする必要は無い、そう言ったのだが皆承知しない。

軍務省では艦隊司令官達の意見を歓迎している。彼らの考えでは向こうとの交渉が行き詰ったとき、難しい判断が必要とされるときは艦隊司令官に判断を頼むというのだ。何の事は無い、責任の押し付けだ。捕虜交換は失敗できない、後々文句を言われたくない、そういうことだろう。

俺はそのあたりをそれとなく艦隊司令官達に伝えた。貧乏くじを引く事になると言ったのだがそれでも皆行くという。どうやら警護は建前で本音はヤン・ウェンリーに会いたいらしい。ヤンにはティアマト、イゼルローン、シャンタウでしてやられている。どんな人物か興味があるのだろう。

気持は分からないでもない、俺自身ヤンに会うのが楽しみなのだ。しかし連中は国内警備の任務から帰って来たばかりだ。少しは休めよ、部下だって家族団欒が恋しいだろうとは思わないのかね。

誰に頼むかだな……。穏やかで人あたりが良く調整能力のある人間が良い。となるとメックリンガー、クレメンツ、ケスラー、ルッツ、ワーレン、ミュラー……、そんなところか……。年長で落ち着いた人間が良いな、となるとメックリンガー、クレメンツ、ケスラーだ。

メックリンガーにするか……。当然だが同盟ではメックリンガーの事は調べるだろう。メックリンガーが芸術家と分かれば、同盟軍は好感を持ってくれるかもしれない。それにメックリンガーはティアマトでは総司令官代理として直接ヤンと戦っている。ヤンの性格からして悪い感情は持たないだろう。後で皆を呼んでメックリンガーに決めたと伝えるか……。


宇宙暦 797年 10月 25日    ハイネセン 最高評議会ビル   ジョアン・レベロ


通信スクリーンにトリューニヒトの顔が映っている。表情は明るいとはいえない。無理も無い、地球教の事はまだ調査が始まったばかりで何も分からない。である以上地球教にどう対処するかも決められないのだ。どの程度連中は危険なのか……。信教の自由を同盟が保障している以上、簡単には決められない……。

おまけにもう一つとんでもない事が分かった。例の紛争事件だが訓練地を帝国側の宙域に選んだのが第三艦隊だという疑いが出た。アラルコン少将個人の独断ではないと言う事だ。第三艦隊ではフェザーンが摩り替えたと言っているがフェザーンは否定している。

ボロディン本部長はこの一件に激怒している。真相が不明な事もあるが、第三艦隊が報告を遅らせた事を重視したのだ。揉み消そうとしたのではないか、そう疑っている。ボロディン本部長はオリベイラ弁務官にも不満を持っているようだ。知っているのに何故政府に報告しなかったのか、第三艦隊と協力して真相を揉み消そうとしたのではないか……。

第三艦隊はハイネセンに戻す事になった。代わりにフェザーンに駐留するのはアル・サレム中将率いる第九艦隊だ。ボロディン本部長は捕虜交換が終了した後は、ルフェーブル中将を更迭するつもりのようだ。

ボロディン本部長は後任には戻ってきたクブルスリー中将、ホーウッド中将、アップルトン中将の誰かを当てようと考えている。本部長はクブルスリー中将を買っているようだ。本来なら自分に代わって統合作戦本部長になるべき人材だと言っていた。いずれ人事案が統合作戦本部から国防委員会に提出されるだろう。国防委員会も拒否は出来ない、トリューニヒトもボロディンを支持しているのだ。


『レベロ、何か分かったか』
「財政委員会にはそれらしい資料は無かった。まあもう少し探してみるが、なんと言っても百年以上も前の事だ。おまけにヴァレンシュタイン元帥の推論が正しければ全てが闇に葬られている。難しいだろうな」

私の言葉にトリューニヒトが顔を顰めた。
『有るとすれば財政委員会だと思ったのだがな、やはり無いか』
そうがっかりするな、トリューニヒト。

「文書の類は無いかもしれん。むしろ人で追うべきではないかな」
『人?』
訝しげに問いかけるトリューニヒトに私は頷いた。

「トリューニヒト、レオポルド・ラープ達はどうやって同盟で資金を得たのかな? 彼らは同盟人ではない、大きな取引をするとなれば当然だが相手は身元を確認するだろう。となればラープ達には大きな取引は難しかったはずだ」
『……取引は同盟人が行ったと言う事か……』
トリューニヒトが確かめるように私の顔を見た。

「おそらく。身元証明をする個人IDを偽造するという手もある。まあ政府が行なうとすれば偽造とはいえないが架空の人物を創る事になるだろう。しかし大きな取引を行なえば当然注目を集める、ラープ達はそれを望まなかったはずだ」
『なるほど、道理だ。それで人で追うというのは?』
少しは元気が出たか……。

「当時の政府は取引する人間も紹介したはずだ。その取引をした人間を特定する。そしてその人物を調べる。そこから何か見えてくるかもしれん」
『……特定か、できるかな』

「分からない、しかし他には思いつかないんだ。取引をしたのは一人ではないだろう。大きな取引が出来、政府要人とも親しかった人間……。おそらくは財界の実力者、或いは実力者になろうとしていた人間だ。当時の著名な財界人をピックアップしてそこから調べるしかない」

私の言葉にトリューニヒトは難しい顔をして考え込んでいる。気に入らないのか? しかし他に手が無いんだが……。
『レベロ、その人間だが地球との関係は切れたのかな』
「?」
『本人が生きている間は続いただろう。問題は死んだ後だ。彼の子孫が地球との繋がりを維持していると言う可能性は無いか?』
「!」

なるほど、そういう見方が有ったか……。子供たちが関係を切りたがっても地球が、いやこの場合はフェザーンか、フェザーンが関係の継続を求めた可能性はある。子供が財界人ならフェザーンとの関係継続はむしろ望むところだっただろう。

「有り得るだろうな。トリューニヒト、その場合繋がっているのは取引をした人間だけかな、政治家も有り得るとは思わないか?」
『それも有り得る話だとおもう』

トリューニヒトの顔がますます渋いものになった。厄介な話だ、ヴァレンシュタイン元帥の推論が正しいのなら同盟にはフェザーンに繋がる人間が財界、政界にいるという事になる。当然だが彼らが気付かないうちに地球に利用される可能性も有るだろう。

「トリューニヒト、当時の政治家たちの子孫を調べたほうがいいな、そちらの方が早そうだ」
『そっちは私がやろう。君は財界のほうを調べてくれ、誰がラープのために動いたか、特定するんだ』
「分かった、そうしよう」

調べる方向性は見えてきた。協力者を特定できればそこから当時の真実が見えてくるかもしれない。ヴァレンシュタイン元帥の推論が正しいか、誤りかも見えてくるだろう。暗闇に一筋の光がさして来る様な気がした。




 
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