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提督はBarにいる。

作者:ごません
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仁義無き唐揚げ抗争

「塩だ。」

「いいえ、醤油よ!」

 かれこれ10分は続いているだろうか、カウンター席に陣取っての言い争いは。争っている二人は強かに酔っているらしく、赤ら顔でジョッキを握り締めたまま怒鳴りあっている。間に挟まれた気弱そうな末の妹は、申し訳なさそうにソフトドリンクを舐めている。

「いい加減に注文は決まったか?那智に足柄。」

「「まだだ(よ)‼」」

 ダメだこりゃ。……そう、今カウンターで言い争っているのは那智と足柄。その間で小さくなってソフトドリンクを飲んでいるのは末の妹の羽黒だ。長女の妙高が結婚してからこっち、専ら姉妹揃っての訓練の後の反省会(という名の飲み会)は、3人で行うようになったらしい。

「いいか足柄、鶏肉の旨味を最大限に引き出すのは塩だ。ニンニクも効いているから健康にもいいしスタミナも付く。姉としては塩を推したい。」

 と、塩派の那智が言えば

「こんな論戦で姉妹は関係ないでしょ!?大体ね那智姉ぇ、そんなに鶏に塩かけて食べたいなら焼き鳥かチキンソテーでいいでしょ!折角のお料理なんだからもっと料理らしく手間を掛けた物を食べるべきだわ。唐揚げは鶏肉の旨味と衣の味が渾然一体となって織り成すハーモニーが重要なのよ?だから圧倒的に醤油、生姜の効いた醤油こそ最強よ!」

 と、醤油派の足柄が返す。普段は仲の良い姉妹のハズだが、互いに我が強く、頑固な所がある。以前ならまとめ役の妙高が二人を諌めてどちらかを折れさせていたが頼みの綱は既に無い。もうじき子供も出来るんじゃないかと噂される程のラブラブぶりらしく、定時に上がるとさっさと帰ってしまう。




「いつからこんな状態なんだ?羽黒。」

 事情聴取、というワケでは無いが二人に付き合っていた羽黒に訳を聞く。

「鳳翔さんのお店で飲んでた時は、最初は楽しく飲んでたんですけど……演習の話になったら二人がモメ始めて、その辺りから雲行きが…。」

 成る程、演習の報告は俺も聞いた。敵の艦隊6隻全てを撃沈判定に追いやってのS勝利。結果だけを見れば申し分無いのだが、問題は中身だ。旗艦に据えていた足柄が肉薄しての砲撃戦を指示したのに、2番艦に据えていた那智が異を唱えて戦闘中に口論になったらしい。その結果指揮系統が混乱して乱戦となり、全体的な錬度で勝っていたウチの艦隊が勝った、という話だった。これはいただけない。

「前から思っていたのだがな、足柄。貴様は姉に対して横柄過ぎるぞ!私の方が姉なのだから少しは目上を立てたらどうだ!?」

「何よ、那智姉ぇだって!今日の旗艦は誰がなんと言おうと私だったの!姉妹の上下は関係ないでしょ!?」

 話は確か、『今晩の唐揚げは何味にするか?』だったのに、白熱しすぎて普段の態度にまで話が及んでいる。

「二人ともいい加減にして!」

 先程まで大人しく早霜にジンジャーエールを頼んで作って貰い、飲んでいただけの羽黒が怒鳴った。普段は引っ込み思案で声を荒げる事なんてほぼ無い末っ子の剣幕に、驚いて固まる那智と足柄。一瞬だが、俺も驚いた。

「普段の態度は今話す事じゃないでしょ!?さっきから提督さんは唐揚げの注文待ってるの!油も温めて準備万端で待ってるのに、何で早く決めないの!」

 その怒り方はまるで下らない姉妹喧嘩を両成敗で収めようとしている母親のようだった。

「す、すまん。だが羽黒……お前はどうなんだ?」

「ふぇっ?」

 二人を怒ってこの場を収めようとしていた羽黒に、思わぬ返し矢が飛んできた。

「そ、そうよ羽黒!あなた一人だけ局外中立みたいな涼しい顔してたけど、あなたがどちらかを選べば多数決で決まるわ!」

 おっとっと、那智に続いて足柄の援護射撃で羽黒に論戦の炎が飛び火したぞ。羽黒は心底嫌そうに、ジンジャーエールのグラスを半分程飲み干して、天井を眺めている。どちらかを選べ、という事か。二人の表情を見るに、どちらも自分の陣営に羽黒が加わってくれると信じて疑わない、といった表情だ。こういうめんどくさい事に関しての酔っ払いの団結力は凄いからなぁ。羽黒、御愁傷様。




「さぁ羽黒、好きな方を選べ。勿論塩だろうがな!」

「何言ってるのよ那智姉ぇ、羽黒の表情を見て解らない?醤油派だって言いたくてウズウズしてる顔よ、これは!」

「決め付けは良くないぞ足柄。ところで羽黒、明日の民間から要請があった護衛任務、私が代わってもいいぞ?」

「あっ!何よそれ、露骨な懐柔策は卑怯よ!」

 この酔っ払い共め、もはや意地の張り合いと化してるじゃねぇか。大体、そういう編成は俺と大淀、秘書艦とでシフト考えて編成してるんだ。おいそれと代えられる訳がねぇだろうに。ってか目の前にいるのが提督だって忘れてませんかねこいつら。

「さぁ、どっちなんだ羽黒!」

「早く言えばそれだけ楽になるわよ、羽黒!」

 目の据わった酔っ払い二人に詰め寄られるが、それで怯むような今日の羽黒ではない。その目には決意の色が窺える、腹は決まっているようだ。

「私が好きなのはーー……竜田揚げです!」

 一瞬静まり返る店内。見ると、早霜が下を向いて小刻みに震えている。どうやら笑いを堪えているらしい。二人も予想外の答えだったらしく、那智は不満げに呻き、足柄は腕組みをして苦々しげな表情を作っている。

「竜田揚げ……なぁ。」

「竜田揚げ……ねぇ。」

「おっ、美味しいじゃないですか竜田揚げ!」

 二人が『違う、そうじゃない』と言いたげなリアクションなのを見て、少し憤慨している様子の羽黒。しかし、那智が決定打を放った。

「なぁ羽黒、そもそも竜田揚げは竜田揚げであって、唐揚げではないだろうに。」

「プフッ!」

 すまん、俺も限界だった。堪えていたが、思わず吹き出してしまった。 
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