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提督はBarにいる。

作者:ごません
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ちょっとだけ、提督の昔話③

 そんなこんなで始まった、将棋勝負。折り畳み式の簡素な将棋盤を広げ、手早く駒を並べていく。

「では、始めるとするかのぅ。」

 先手は元帥。迷いなく歩をつまみ上げ、パチリと将棋盤に打つ。

「そんなに力入れて打つようなモンじゃねぇだろ。」

 対して男は気張るような様子もなく、あくまでも気楽にゲームでも楽しむかのようにパチッと打つ。何度か二人の対局を見た事があるが、実力は五分五分といった所。元帥は攻めが上手く、男はそれをのらりくらりとかわしていく。

「しかし……勿体無いのぅ。」

「あ?何がだよ。」

 二人は差し合いながら会話を重ねていく。

「これだけの差し手なら、さぞ艦隊の運用も上手かろうと思うてな。」

「将棋と海戦は違うだ……ろっ!」

 バチン!と威嚇するかのように強く音を出す男。元帥の狙いを読んで牽制したつもりか。盤面を見ると男は早々に矢倉囲いを組み上げて守りを固めている。元帥は徐々にではあるが考える時間が延びているようだった。僅かずつだが、押されている。

「そうでもないじゃろう。将棋も艦隊の運用も、大局を見据えて先を読まねばならん。」

「だからってな、俺にゃ提督なんて重荷は無理だ。」

 パチッ、パチッと1手1手、差す音が響く。会話を交わしながらだが、盤面は激しい攻防が繰り広げられている。




「勝手ながらな、お主の経歴を調べさせてもらった。」

 パチリ、と駒を差した男の手が止まり、元帥を睨むような目線を投げ掛けていた。当然、大本営に出入りするような人物だ、身辺調査は入念に行われる。その資料を追い掛けたのだ。

「高校は工業系の高校、中々優秀だったようじゃな?」

「その後何を想ったか整体師の資格を取って開業……随分と大胆な方針転換じゃな?」

 その間も差す手は止まらない。男は黙り込んだままだった。

「け、生憎と座学が嫌いでね。手に職を付ける目的で選んだ進学先だった。」

「工業系の技術は嫌いじゃなかったけどな。それよりも整体師の方に興味が出てきたのさ。」

 盤面は中盤から終盤に差し掛かったといった所か。互いに駒を取り合い、盤上にある駒は少なくなってきていた。

「フム……、やはりそれは柔道をやっていた経験からかの?」

 そう、この男は柔道に学生時代打ち込んでいた。黒帯は取っていないようだったが、高校時代には全国でもかなりイイ線まで行っていたようだ。

「ジィさん。まさかストーカーとかじゃねぇよな?……冗談だよ、冗談。天下の元帥閣下がストーカーなワケがねぇ。」

 今度は元帥の手がピクリと痙攣したように震え、手が止まった。

「…………知っておったのか。」

「ココに来るのはアンタ等だけじゃねぇんだ。他の職員に聞いたら一発だったよ。」

 ま、口のききかたに気を付けろ!って怒られたけどな。と、苦笑いする男。目の前の老爺が海軍のトップだと知りつつも、その態度は微塵も変わらない。図太いと言うかなんと言うか……それだけでも凄い奴だと私は思ったよ。

「で?その元帥閣下の持ちかけてきた勝負だ……何企んでやがる。」

「ふ……はっはっは!お見通しだったというわけか。よかろう、儂はこの勝負でお前さんを負かし、提督にするつもりじゃ。」

「お……おい!そんな事を言ったら…!」

「大丈夫じゃ、安心せい。この若造はそう言われる事まで読んでおるよ。その上でこの勝負を受けとる。」

「ま、そう言う事ですよ。アンタは立会人だ、黙って見ててくださいよ『教官』殿。」

 男に釘を刺され、私はただ見守る事しか出来なかったよ。




 勝負は終盤戦、いよいよ詰みが見えてきそうな場面だ。互いに緊張感からなのか汗が額に滲んでいる。それを拭う事もせずに盤面を睨む二人。ただ見ているだけの私でさえ、息が詰まりそうだった。

 手番は元帥、しかし駒を挟んだまま動く気配がない。差す直前の体勢のまま、長考に入った。3分…5分……と時間だけが過ぎていく。と、男が瞼に垂れてきた汗を嫌って拭ったその瞬間、元帥が漸く差した。男も取った駒から歩を一枚取り、差した。

「ん?それは二歩ではないか?」

「あ?二歩だぁ?んなワケが……あ。」

 それは呆気ない幕切れだった。男の気が緩んだのか、二歩などという素人の犯してしまいそうなミスでの反則負け。

「よし、決着はついた。お主の転属に関しては追って書類を渡そう。」

 元帥がそう言って立ち上がろうとした瞬間、男が元帥の右手を掴んだ。

「なんじゃ?何か文句でもあるのか?」

「いや、文句はねぇさ。油断してたのは俺だ……ただし、この右手に金将が入ってなけりゃ、な。」




「さっき二歩を指摘された時、妙~な違和感があったんだ。んで、今盤面をよく見直して気付いた。……金将が3枚しか見当たらねぇ。」

 男の指摘で私も漸く気付いた。確かに、互いに2枚ずつ……都合4枚あるハズの金将が3枚しかない。

「さっきの長考、俺に隙を作らせる為に待ってたんじゃねぇのか?そして差すと同時に手の中に握り込んでいた歩と金将をすり替えた……違うか?」

 元帥は微動だにしない。見ると、先程よりも右手に力がこもっている。僅かな隙間から木材らしき物が見えた。男の予想通り、元帥は金将を握り込んでいる。

「ほぅ、面白い推論じゃ。だが……もし万が一この右手の中に金将が無かったら…その落とし前どう付ける?」

 しかし元帥の胆力も流石だった。金将が手中にあるにも関わらず、素知らぬ顔で逆に圧をかける。睨み合う二人。その迫力には私も肝を冷やしたよ。

「……わかった、俺の敗けだよ。提督になりなんなり、好きにしやがれ。」

 諦めたように掴んでいた右手を離して、笑ったんだよ彼は。その後は元帥の推薦と言う形で提督候補生になり、卒業と同時にブルネイに配属、その後は君の方が詳しいだろう?金剛。




「ハァー……。凄い話でシタ。」

 自分の夫の提督となった経緯と元帥との関係を聞くと、目の前で未だに言い争っている二人が本当の親子のように見えてくる。

「第一ジィさんがイカサマ認めてりゃあ、俺は提督ならずにここで働いてたんだぞ!?解ってんのか!」

「やかましいわい!大体あの時、儂は『イカサマをしてはいかん』などと言うてはおらん!」

「あ!この野郎開き直りやがったな!それつまりイカサマしてたって暗に認めてんじゃねぇか!」

「誰もそんな事は言うておらんだろうが!馬鹿か貴様は!」

 二人の言い争っている姿を見ていたら、親子というよりも長年の友が他愛もない口喧嘩をしている……そんな感じに見えてきた金剛。

「何だかdarling、とっても楽しそうネーw」

「そうさな、二人は似た者同士だからな。存外歳の離れた兄弟のような感覚なのかも知れん。」

 いつまで経っても大人げない二人を見守る二人の妻は、そう言い合って笑っていた。 
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