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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第七十二話 久しぶりの休暇です。

 
前書き
後半のカロリーネ皇女殿下とアルフレートの項に一部追加をしました。 

 
帝国歴486年12月25日――。

帝国歴486年7月30日に和平条約が締結され、その有効期間は1年間と定められていた。この間に、同盟、帝国双方では「休養」状態に入った。損傷した艦艇を保守し、疲弊した経済を立て直し、損耗した兵員を回復させ、訓練させる。すべては来るべき戦いのためにである。
 帝国はリッテンハイム侯爵とブラウンシュヴァイク公爵の内乱に突入したが、12月末にはすべての処理が終わり、クリスマスを迎え入れることができたのだった。今後半年余をどうするか、それはひとえにラインハルトの思惑にかかっているのだが、さしあたって彼は元帥府を開設してから、平常業務のほかは何も指令しなかった。一つには年末に入っていたこともある。ラインハルトは麾下全員に対し12月25日からの休暇を奨励している。原則として平常勤務以外の者は休暇を取るようにとのお達しがあった。また、元帥府自体も12月28日から1月3日までは休日として一切の業務を行わないことになっている。もっとも予備動員をかけられている者については帝都から1日の距離範囲内を離れてはならないという保留付きではあったが、これとても新年に復帰してくる将兵と交代で休暇を取らせる予定となっていた。

 ラインハルトの麾下には数千万の将兵が付属している。それら一大集団を統御することは並大抵のことではない。だが、訓練をするにしろ方針転換をするにしろ、ラインハルトとしてはせめて年末年始は可能な限り静かにそれぞれの家族の下で過ごさせてやりたいと思っていたのだった。






* * * * *

帝都オーディン郊外には戦没者の墓がある。そのさらに奥、あまり人気がないところには、名も知れぬ墓がひっそりとたたずんでいる。いわゆる無縁仏や身分が低い者の墓などだ。
さらにその奥には、森に埋もれるようにしてひっそりと墓が目立たぬように作られている。

冬にしては珍しく冷たい小雨が降り注ぐ中、サビーネはうっそうとした草むらの中に佇む墓に静かに手を合わせていた。
「お父様・・・お母様・・・・お兄様・・・・。」
押し殺した声が涙を伴う。自分一人生き残って一族は皆死んでいった。親しい友達も彼女から遠ざかり、今一人ぼっちである。いったい生き続けることに何の意味があるのだろう。かつてのリッテンハイム侯爵の息女であったころ、それも宮中に上がる前の頃は、いつも周りに取りまきがいた。自分の耳に楽しい事ばかり言ってくれる取りまきがおり、何でも欲しいものをかなえてくれる優しかったころの父母、そして兄たちがいた。それがことごとく戦死、処刑されてしまったのである。

サビーネは一人になった。

すでに軍属になっていたから、女性士官学校候補生の宿舎に入っていたし、身分は隠していたからリッテンハイム侯爵家の人間だとは気づかれなかったが、それでも周りのリッテンハイム侯爵一族に対する眼は冷たいものだった。かつての大貴族の長も没落してみれば、農奴以下の扱いしか受けられないことにサビーネはショックを受けていた。熱を出して寝込んでしまいそうになったこともある。

「幻想よ。」

不意にどこからかそんな声が聞こえてきた。空耳かも知れなかったが、サビーネは顔を上げてあたりを見まわした。
「そんなところにいると、風邪をひくわよ。・・・って、ごめんね、ここはあなたのお父様お母様が眠っていらっしゃる場所なのだものね。」
アレーナ・フォン・ランディールとエステル・フォン・グリンメルスハウゼンが立っていた。墓には遺体はむろん収められておらず手の込んだものでもなかった。内乱が終結した直後にサビーネは手を傷だらけにしながら周囲の苔むした石を積み上げて墓らしいものを作り、綺麗に拭いたのち、わずかな身の回りの品から両親からもらった形見を墓の中に収めたのである。その作業の間何度も泣きだしそうになった。必死になってこらえることができたのはその時手伝ってくれたアレーナ、そしてエステルに対して配慮したからにほかならない。
「アレーナお姉様、フロイレイン・グリンメルスハウゼン・・・。」
二人の手には花束が抱えられていた。この寒い季節にどうして手に入れたか、鮮やかな薔薇の花束を持っている。
「ここにはそぐわないかもしれないけれど、せめてお墓の周りはにぎやかにしたいと思って。邪魔だったら持って帰るけれど。」
サビーネが首を振ったので、二人はそっと進み出て花束を墓石の前に置いた。そしてサビーネを間に挟むようにたって、手を合わせてお祈りしていた。
「偽善だって思う?」
祈り終わったアレーナがサビーネに話しかけた。アレーナと親しいイルーナやラインハルトたちは皆正規艦隊としてリッテンハイム侯爵と戦ったのである。いわば仇と言ってよかった。
「・・・・私には、わかりません。」
ぽつんとサビーネはつぶやいた。
「少なくとも、幻想だとは私は思いませんわ。」
アレーナが一瞬身じろぎをした。「幻想よ。」の言葉を聞かれてしまったことに対しての物なのか、あるいは聞かれもしないことを言われてしまったことに対しての戸惑いなのか。
サビーネは大きく息を吐き出して、墓をじっと向いたままぽつりぽつりと話し始めた。
「アレーナお姉様、私、身をもって知りました。この世の中には、絶対という事はないのだという事を。私のお父様でさえ此度の騒乱で亡くなりましたわ。大貴族の長として自他共に認められたお父様が・・。」
アレーナとエステルはサビーネの言葉をじっと聞き入っている。
「私は気が付いてしまったのです。お父様に起こったことは、すべての人に当てはまるのではないか、と。ブラウンシュヴァイク公爵も、そして・・・恐れ多いことですが、皇帝陛下、ゴールデンバウム王朝にも・・・当てはまるのではないかと思ったのですわ。」
サビーネはそこで不意に身震いをした。しっとりと冷たい雨に体が冷えた、ということだけではないようだ。アレーナが外套を鞄から出して、そっとサビーネにはおらせた。
「サビーネ、今自分で言ったこと、忘れないで。私が今言えるのはそれだけなのだから。」
アレーナの言葉がサビーネに届いたかどうか。彼女はただ墓石をじっと石のように見つめているだけであった。

雨が静かに柔らかく降り注いでいる。しっとりと3人の髪を、服を湿しながら。







* * * * *
年が明けて帝国歴487年1月4日――。
麾下の諸提督が左右にと列する中、ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥は颯爽と純白のマントを翻し、颯爽と歩を進めると、元帥府の主の証である大きな肘掛椅子の正面まで歩み、さっとマントを払って、諸提督に相対した。
「ヘンデルの水上の音楽第二楽章が似合いそうなシーンじゃない?」
ティアナがそっとフィオーナに耳打ちした。

確かに壮観であった。歴戦の諸提督が左右に綺羅星のごとくと列しているが、その中にあってラインハルト・フォン・ローエングラム元帥の輝きはさながら恒星である。「他の将星が月で有れば、ラインハルトは太陽であるが、なおその熾烈なほどの輝きは太陽という私たちの身近にある最大の輝きを持つ恒星の名をもってしても表現しきれないものである。」とはフィオーナたちの世界に伝わっている銀河英雄の後書きの一節である。
 ここに諸提督とその周辺の人々の中でも主だった人々を列挙していくこととしよう。

 ジークフリード・キルヒアイスは少将であるが、ラインハルトの無二の親友にして半身と言われている。穏健な彼は諸提督から一歩引いた形で付き従っていたが、その真価についてはラインハルトと転生者のみが知るばかりであったが、いずれはローエングラム陣営の中でも主要な提督として枢要の位置にしめることとなろう。

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフト上級大将は前世からの転生者の一人であり、ローエングラム陣営における№2である。ラインハルトの「姉上」の一人として、常にラインハルトの身近に立ち、叱咤激励を行うのが彼女の務めである。アレーナ・フォン・ランディールと共に、ラインハルトの政戦両略の参謀総長を兼ねる立場を取りつづけているのだ。

 オスカー・フォン・ロイエンタール大将、ヴォルグガング・ミッターマイヤー大将は言わずもがな帝国の双璧と言われた人物である。これまでの戦いぶりは華々しいものというよりも決定打を与えうる一手を常に考慮して実行するというものであり、ラインハルトとしてはこの二人を将来の帝国軍の中核の一員とする予定であった。

 フィオーナ・フォン・エリーセル大将は前世からの転生者の一人であり、イルーナ・フォン・ヴァンクラフト上級大将の教え子である。堅実かつ謙虚な性格の持ち主であり普段はあまり表だって出ようとはしないが、前世においては騎士団№2として実働部隊総司令官の地位に就き、こと守勢に関しては驚嘆すべき粘り強さをもって戦うことができる。彼女は行政にも長じており、軍政方面からもローエングラム元帥府を支えるうる一員の一人となるであろう。

 ティアナ・フォン・ローメルド中将は前世における転生者の一人であり、前世ではビッテンフェルト並の破壊力とミッターマイヤー並の機動力を有する第三空挺師団を指揮して常に陣頭にあった。苛烈な攻め方は彼女の性格を反映しているとよく評されている。軍事にやや傾倒する面が強いものの、全体の戦局を見渡せる眼も兼ね備えており、常にフィオーナの側にあって彼女を支えてきた一人でもある。
 


「しいっ!」
フィオーナが注意すると同時に、ティアナが口を閉じた。ラインハルトが話し出したのである。
「この年末年始、卿らは充分に英気を養なったかと思う。年が明けてなお、自由惑星同盟との間にはまだ半年余の和平期間があるが、卿等がそれに慢心することなく、常に艦隊及び将兵の練度向上に努め、日々の軍務に精励することを期待する。」
ラインハルトは麾下の諸提督を見まわし、短い訓示を述べて、新年の行事を終えた。後はお決まりの「プロージット!」と共にグラスを干して、元帥府全体での新年会がにぎやかに催されたのである。

他方――。
 自由惑星同盟では、帝国との和平が決まったことを受けて、少なくとも1年間の平穏がもたらされることとなり、同盟のほぼ全市民は久方ぶりのゆっくりした新年をそれぞれの家族のもとで過ごすことができたのである。

 だが、和平条約締結直後から、この年末年始にかけて、ささやかながら水面下で異常事態発生していた。
 同盟有数の恒星間輸送会社会長のピート・モス氏が突然の心臓発作で死亡。軍の元大将でハンス・ケルトマン氏が急性の脳出血で死亡。現閣僚で情報副委員長であるアラン・ラズデル氏が休暇中に海で溺死。そして、軍の補給総責任者であるシンクレア・セレブレッゼ大将の片腕だったイレーヌ・サン・ピエトルデ少将が肝炎ウイルスに感染し、合併症を患って死亡。このほか十名が相次いで死亡している。

 彼らはあのテロの黒幕であったのである。むろん、これらの要因は悉くシャロンであり、彼女が手を尽くして死亡させていったのは言うまでもない。シャロンはティファニーらと独自に調べを進めた結果、これらの人々がサイオキシン麻薬の流通に大きく関与していたことを突き止めたのだった。ハンス・ケルトマン元大将が総元締であり、参謀総長としてピート・モス氏がいたのであるが、シャロンは草でも刈り取るようにしてこれらの人々を悉く殺しつくしたのである。

 そして、カトレーナをして、同盟全土に流言飛語を流布させたのだった。すなわち、今回のテロの重要関与者は「地球教徒」ならびに憂国騎士団であると。そして実際同盟憲兵や警察組織がこれらの人々の施設を家宅捜索した結果、テロを計画したと目される文章などがPCの消去履歴にあったのである。

 むろん、本当にこれらの人々が計画を企てたかどうかは定かではない。シャロンが故意にその証拠をいれたのである。手入れを受けた憂国騎士団や地球教徒たちは抵抗の末射殺されたり、拘束されたりした。そうなると、同盟全土にその火の手があがり、各惑星や星系で地球教徒は弾圧され、徹底的に拘束されたのである。
 同時にヨブ・トリューニヒトも憂国騎士団と密接なかかわりがあったとして、拘束され取り調べを受けることとなった。その途上、彼は独房の中で食事に毒物を入れ、服毒自殺を図ったとされたが、これは一命をとりとめた。自殺のように報じられているが、シャロンが彼を暗殺すべく混入させたのは言うまでもない。

 こうして年末年始にかけて彼女曰く「大掃除」が行われ、新年はシャロンにとって流させた大量の血潮も乾かぬうちに開けたのだった。
「同盟における『組織』も思い知ったかしら。下手に動くとああいう因果応報になるという事を。」
シャロンはティファニー、アンジェ、カトレーナと極低周波端末で年始の挨拶を交わしあった後、そう言った。
『しかし地球教徒は根強いですから、地下にもぐって抵抗を続けるかもしれません。憂国騎士団もそうです。いっそ放置しておけばよかったのではないかと思うのですが・・・。』
ティファニーが暗い顔で言った。
「私たちには関係はないわ。表だって動いているわけではないもの。標的となるのはあくまで指示を下した人本人。その本人にしても私が直接吹き込んだのではなく、間接的にそう仕向けるように仕組んだのだから。わかるはずがないわ。」
シャロンの恐るべき点は、こうした徹底的な謀略にある。そして流す血に関しても彼女は一向に意に介さない。その点ではオーベルシュタイン同様、いや、それよりもはるかに冷血であると言えるかもしれない。
「さしあたっては今後は同盟の強化に心血を注ぐことになりそうね。例の要塞もそろそろ完成するという事だし、同盟艦隊も逐次補充と拡張を行っているわ。18個艦隊がそろい、新要塞を先頭に立てて帝国に侵攻する。まんざら夢物語でもないようね。」
そういいつつも、シャロンは本気で話していない。
「軍の拡張の収束の見込みがたち次第、それと並行して同盟の経済を活性化させ、フェザーンを本格的に締め上げる手を打つことにしましょう。帝国の内戦も終結したようだし、フェザーンが帝国に同盟領内侵攻を提案させるように、少し大っぴらに挑発を繰り返す必要があるわね。」
『挑発ですか?』
そこにはティファニーだけでなく、アンジェの驚きの声も交じっていた。
「そうよ。例のイーリス作戦を発動する時期が近付いているわ。帝国軍の大規模な侵攻を誘発させ、もって同盟領内で悉く宇宙の塵にしてくれるのよ。」
シャロンは微笑を浮かべた。
「まぁ、之には支持率が肝要だから、さしあたって戦場予定宙域付近及び両回廊付近の有人惑星にいる同盟市民はすべて立ち退かせる必要があるけれど。」
『そんなことを軍の上層部、政治家、経済界、そして他ならぬ同盟市民が納得するでしょうか?』
「欲しがりません、勝つまでは。」
シャロンが遠い昔の日本とやらの標語を持ち出したので、3人はびっくりしたように黙ってしまった。
「同盟市民や政治家に聞いてみたいものだわ。帝国に対して『悪の権化。』『貴族の専制政治から民衆を解放する自由の旗』『民主主義は尊いもの』などと声高に叫んでいるあなた方ならば、故郷や財産を捨てて崇高な大義とやらを完遂させるのに何のためらいがありますか、と。」
シャロンの微笑が深まった。
「反対できるかしらね?無理でしょうね。帝国領内への侵攻などというものは、経済的にも重税を課すことになり、莫大な補給物資を食うものになるけれど、迎撃作戦ならば、艦隊の燃料、補給物資、そのほか諸々は数千光年先に遠征するよりも安くつくはずよ。何よりも原作の帝国領侵攻であったように帝国領民を食べさせる分を考えなくても済む。損害と言えばせいぜいあなたたち市民の財産だけ。それも崇高な目的のために寄付をするのだから、本望でしょうと言ってやればいいのだわ。アーレ・ハイネセンやグエン・キム・ホアが地下で泣いて喜んでいます、とも。」
クックック、という笑いが今にもシャロンの唇から漏れ出してきそうだ。
「私は同盟市民が幾千、幾万飢えようが死のうが知ったことではないわ。私の目的が達成できれば、それでいいのだから。」
『閣下のおっしゃる通りです。どうせこの国の政治家、経済界の連中とて我関せずなどと、そう言った考えを持っている者が多いのですから。』
アンジェがきっぱりとした口ぶりで言った。
「カトレーナ。」
『はい、閣下。』
カトレーナが微笑んだ。
「イーリス作戦を自由惑星同盟総力を挙げた迎撃作戦として裁可させるよう、経済界、政治派閥、各地方主要都市惑星に働きかけなさい。反対は許さない。一人たりとも許さない。その気概を持って働きかけるように。あなたの手腕に期待するわ。」
『了解いたしましたわ。』
「アンジェ。」
『はい。』
「あなたには引き続き『大掃除』をやってもらうわ。イーリス作戦発動に表立って反対しそうな政治家、経済界、軍上層部の連中の処理リストを作成しておくこと。出来上がり次第私に見せて頂戴。」
アンジェはうなずいた。この場合のシャロンの「処理リスト」とは文字通りの意味であり、すなわち問答無用で相手を殺すことを意味している。
シャロンはティファニーに目を移した。
「あなたは今年中将として一個艦隊を率いることになっているわね。」
『はい。第十六艦隊です。閣下の御期待どおり新要塞であるアーレ・ハイネセンの護衛艦隊となることがすでに内定しています。』
「新要塞は迎撃作戦においても重要な役割を演じることになるけれど、その前にあなたにやってもらいたいことがあるわ。それに関してはいささか私の方からも布石を打っておくことになるわね。」
『やるべきこと、ですか・・・?』
そう、やるべきこと、そしてこれがイーリス作戦発動における要になるのよ、とシャロンは微笑した。


* * * * *
カロリーネ皇女殿下とアルフレートは久方ぶりに休暇をもらって、ベルモント地区の家に帰ってきていた。留守を守ってくれていた少数の使用人や侍女たちに礼を述べると、二人は2階にある自分たちの居間に入った。まだファーレンハイトとシュタインメッツが帰ってきていない。二人がかえって来次第、新年のささやかなパーティーをすることになっている。
「ふ~~・・・うう~~~・・・っ!!!」
部屋に入るなり、カロリーネ皇女殿下が思いっきり伸びをした。
「お疲れですか?」
アルフレートが笑いを含んだ声で話しかけた。年末とはいえ来春早々には第十三艦隊の強化再編予定があるため、人事、物資、そして艦隊の編成の業務補佐に二人は追われ続けていたのである。ウィトゲンシュティン中将がせめて年始の数日間だけでも休むように言ってくれなかったら、二人は過労に倒れていたかもしれない。もっともその二人の代わりに年末を休んだ副官、副官補佐役たちが今度は忙しい日々を送るのだが。
「疲れたわよ~・・・。」
カロリーネ皇女殿下はどさっとソファに座り込み、ぐったりとガラステーブルに上半身を伏せてしまった。
「特に1週間は毎日午前様だったもの。日本の官僚とやらの国会対応なんて目じゃないくらいの忙しさだわよ。」
「さぁどうですかね。あちらの睡眠時間は私たちよりも少ないと思いますが。まぁ、それはさておき、お風呂にでも入って少しお眠りになったらどうですか?ファーレンハイトやシュタインメッツが帰ってきたら教えますよ。」
ファーレンハイト、シュタインメッツは分艦隊を任せられることとなり、彼らもその編成の業務で忙しかったのだ。おかげでここ最近は4人はほとんど会えていない。見かねたウィトゲンシュティン中将が4人とも休暇を取るように取り計らってくれたのだった。4人に対してだけではなく、彼女はできうる限り全将兵を知悉しようと努力していた。むろん百万以上の将兵一人一人を知悉することはほぼ不可能に近いため、各艦隊、各戦隊ごとにできうる限り人員一人一人の詳細を知り、ケアを図る者を数人設けるように徹底させていたのである。
「ありがとう。」
カロリーネ皇女殿下が体を起こして少し気恥ずかしそうに言った。
「ううん、大丈夫よ。みっともないところを見せちゃったな。あなたこそ疲れてないの?」
「大丈夫ですよ。」
アルフレートはふとテーブルの隅に置かれているフェザーン系新聞社の発行した日刊新聞を取り上げた。そこには帝国の内戦が終結したこと、ローエングラム伯なるものが元帥になった旨の記載が簡潔に記されていた。帝国の情報は基本的にフェザーンを通じてこちらに伝わることとなる。そのため主観的な見地が入り込んでいるため、それを排除するのに苦労はするが、情報は情報だった。また、同盟軍内部でも帝国の内乱の話はいたるところで話題になっていたが、ラインハルト・フォン・ローエングラムについてはその名前を知る人はそれほど多くはなかった。
 あるいは、ラインハルト・フォン・ミューゼル大将という名前であれば人々は思い出しただろう。つい先日自由惑星同盟にやってきた帝国使節の一員である若き大将を。ただ、自由惑星同盟の情報部では既にラインハルト・フォン・ミューゼル大将とラインハルト・フォン・ローエングラム元帥が同一人物であることを把握しており、力量は不明ながらも20歳の若さで元帥にまで上り詰めた人物についてさらなる情報収集を開始していたのである。むろん、情報部の事実上のトップが転生者であるシャロンである以上それは容易な事であったが。
 帝国が内乱に突入したことは二人にとって驚きだった。原作ではアムリッツア以降に発生するものだったからだ。とはいえ、未だ第五次イゼルローン要塞攻略戦までしか行われていない事、さらに要塞建設という原作になかった事態が侵攻していることを考えると、この世界での歴史の軸はいささか異なってきたのではないかと二人は思っていた。だが、大枠は変わっていなかったようだ。少なくともローエングラム伯は元帥になり、正規艦隊の半数を指揮下に統率することになったとみていいだろう。この時二人が千里眼の持ち主で有ればラインハルトの背後にいる存在を知って驚愕したかもしれないが、それはこの時点では無理な話というべきだった。
「ついにローエングラム伯が元帥になった・・・・。」
アルフレートは新聞をつかむ両手に力を入れた。カロリーネ皇女殿下もアルフレートのつぶやきを聞いて青ざめている。この意味するところを正確に理解しているのは同盟広しと言えども二人、そして二人にとって未だ謎の転生者だけだろう。
「ローエングラム元帥はこっちに来ると思う?」
カロリーネ皇女殿下がアルフレートを見上げた。
「来るでしょうね。間違いなく。」
「勝てると思う?」
単なる確認ではなく、そうであってほしいという願いが綺麗な量の瞳に満ち溢れていた。
「それは何とも・・・・。」
「覚えてる?私たち、ウィトゲンシュティン中将を迎えにいったとき、ヤン・ウェンリーと初めて会ったのよね?」
アルフレートはうなずいた。ウィトゲンシュティン中将が何があったのかを委細漏らさず話してくれたのはだいぶ後になってからだったが、その時は中将が病気か何かになったのではないかと思い、二人はそちらの方に気を取られて、満足にヤン・ウェンリーの容姿を見ることもできなかった。かすかに覚えているのは介抱する3人(この二人とフレデリカである。)を前にしていささか頼りなさそうに頭を掻く青年であったことだけである。
「もうずいぶん前の事のように思えるけれど・・・覚えてる?私たちがまだ帝国にいた頃、エル・ファシルの会戦があったこと。」
アルフレートは無言でうなずいた。今もまだまだ未熟者であるが、あの時はそれに輪をかけて世間知らずであったことを思いだす。今思い返しても顔から火が出るほどだ。
「私たちってホント身勝手だよね。あの時は『絶対ヤン・ウェンリーを潰す!!』・・・って思ってたのに、今は手のひら返したみたいにヤン・ウェンリーを頼るんだから。あなたはまだ軍属としてその場にいたからいいけれど、私なんかつくづく自分が嫌になるわよ。」
どうしようもない厚かましい性格よね、とカロリーネ皇女殿下がアルフレートから視線を外して自嘲気味につぶやいた。
「あの時と今とではおかれている立場が変わりました。こんなことになることをあの時の僕たちが予測できたと思いますか?」
「予測できようができまいが、やってしまったことは変えられない。過去は変えられないでしょ?」
「そうです。あのことは今でも思い出すとぞっとします。過去は変えられない。それはよくわかっていますよ。だからこそ、未来を変える・・・・いいえ、未来を切り開いてみませんか?自由惑星同盟が滅亡するという既定路線を変えてみませんか?」
カロリーネ皇女殿下が目を見開いてアルフレートを見た。
「信じらんないことを言うわね。非力な私たちだけでそんなことができると本気で思ってるの?」
「私たちだけでは無理だと思います。ですが、帝国にラインハルトがいるのと同様、自由惑星同盟にもヤン・ウェンリーがいるじゃないですか。」
カロリーネ皇女殿下はその端正な顔を俯けて考え込んでいたが、また顔を上げてアルフレートに問いかけた。
「あの人ならば、奇跡を起こしてくれるかな、ミラクル・ヤンは。」
素直な、そして思いのこもった質問だった。私のことをあの人は好きでいてくれているのかな、というような調子で聞いたのである。
「ここまでの歴史はだいぶ違いますから、バタフライエフェクトがあっても仕方がないと思います。ですが、そう簡単にミラクル・ヤンが劣化するとも思えませんよ。あの人は不敗の名将ですし、なんといっても主人公の一人ですから。」
「劣化だなんて、随分な言い方。」
カロリーネ皇女殿下は笑った。少しは気が晴れたらしいが、ほどなくしてまたもとの不安そうな表情に戻ってしまった。
「でもね、私は怖いの。私たちはまだ尉官でしかないでしょ?私は中尉になったばかり。あなたは大尉。同盟を左右するようなポジションになってないもの。なったとしても私なんか胆力がないから、怯えるだけで無理なんだけれど。」
「・・・・・・・・。」
「あなたにこんなことばかり言ってごめんなさいと思うのだけれど――。」
アルフレートはカロリーネ皇女殿下の隣に座った。そして震えている彼女の手をぎゅっと握りしめた。ひいやりとしていてすべすべしたその手は小さかった。そういえばこの人にきちんと触れたのは初めてかもしれないな、アルフレートは意識の片隅で思った。
「僕だって怖いですよ。でも僕たちは一人じゃない。一人だったならどうしようもなく苦しんでいたことも、二人なら共有できるし、励ましあえます。」
「・・・・・・・・。」
「あなたと共に歩むことができたこと、そのことがとても心強く、とても嬉しいのです。」
「アルフレート・・・・。」
カロリーネ皇女殿下のもう一つの手がアルフレートの手の上に重なったところで、邪魔が入ってしまった。ドアがノックされ、慌てた二人が立ち上がった時に侍女が顔を出した。
「ファーレンハイト様とシュタインメッツ様がお戻りになりました。」
沸騰寸前の湯沸かし器のように顔を赤らめたカロリーネ皇女殿下がすぐ行く旨を伝えると、侍女は一礼して引き下がった。どうしてお二人は赤い顔をなさっているのかしら、と色々な推測をめぐらしながら。
「・・・・・・。」
しばらく二人はきまり悪そうに視線をチラチラさせていたが、アルフレートが失笑するとカロリーネ皇女殿下もつられて笑った。
「また機会を逃してしまいました。」
「今回は不可抗力という事で許す。」
カロリーネ皇女殿下がおどけた調子で言うと、二人は声を合わせて笑った。
「行きますか。」
しっかりうなずきを返したカロリーネ皇女殿下をエスコートしてアルフレートは部屋を出ていった。今は先々について考えるのはやめようと彼は思っていた。この一時のささやかな、だが、確かな幸せを余すところなく堪能するために。

宇宙歴796年帝国歴487年の年は静かに幕を開けた。どのような年になるかを大多数の人々は知悉しえない。それを動かしうるごくわずかな人々もまた、どのように歴史が動くのかを知ることはできずにいる。
 
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