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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
  男は辛いよ

時は少し遡って。

イグドラシル・シティ。

ALOサーバ内最も高度の高い位置にある巨大都市の中、人込みをかき分けるように急ぐ二つの影があった。

片方の男は言う。

「……なぁリョロウ、これもう諦めてそこら辺の店でサボろうッス」

「悪いが僕は野郎と二人きりでティータイムとしけこむほど、人生に潤いがない訳ではないんだ」

「いいスよねー所帯持ちはよー。畜生ッ!何が悲しくてリア充と一緒に筋肉ゴリラを探さなきゃならないッスか!?」

「こらこら口が過ぎるぞウィル。……まぁ、書類から逃げる上司を追うというのが限りなく不毛な気がするのは同意だが」

肩をすくめるもう片方の男に、くすんだ金髪のツンツン頭は返した。

「ッスよね?――――てことでもうあそこの綺麗なお姉さんがいる喫茶店で適当にダベって帰らないかねリョロウくん」

「それとこれとは話が別だ。それに、手ぶらで帰ったらウチの嫁(レンキ)が怖い」

「ええい、鬼嫁の尻に敷かれおって~!ジャパニーズサムライ魂はどうしたんスか!?」

「エセジャパニーズを押し付けるなミーハーフランス人ッ!」

は~っ、とマリアナ海溝より深い溜息を揃って吐く。

金髪はもう半分事務的に、人込みの中から首だけ突き出して辺りを窺う。

だが一目でわかる範囲に探す背中はなかったのか、ぶすっとした顔で視線を戻した。

その様子に再度溜め息をついた黒髪の水妖精(ウンディーネ)は「で」と話を切り替えるように言葉を紡いだ。

「……フランス軍の方はどうなんだい?ウィル」

ガチリ、と両者の間を漂う雰囲気が一気に硬質化する。何気ない世間話を装いつつ、瞳の奥に剣呑な光を湛えた男は底冷えする薄ら笑いを浮かべた。

「んー、どーもこーもないッスねー。お偉いさん方は会議室でオクラホマミキサー踊ってるッス」

「それほどの兵器、ということかい?」

どーだか、と道端で売っていた得体の知れない魚の干物を買いながら、金髪の影妖精(スプリガン)は適当に言った。

「噂では衛星を介した大規模音響兵器らしいスけど、確証はまだ得られてないッス。ま、カタログスペック上では、ボタン一つで小・中規模の街から人間だけ一掃できる……なーんてハナシらしいッスから、ロクでもない代物っぽいスけど」

破裂した肺の血液に溺れ死ぬ、なんてゾッとしない。

くわえた干物の尻尾の先をふりふりさせながら、金髪男はそう言った。

対して黒髪の男はすれ違いざまにブツかった猫妖精(ケットシー)のお嬢さん相手に無自覚の天然タラシを発動させようとしていて、金髪に殴られた。

頬をさすりながら黒髪のウンディーネは、引き攣るように苦笑した。

「小日向相馬……か。なるほど、閣下が警戒するはずだ」

「というか、注目しない方がおかしいんスよ。奴がアメリカにも技術協力した結果、《裏》は今や大荒れッスよ?彼がEU以外の列強先進国に肩入れするなんて初めてッスからね。ロシア辺りが眼ェひん剥いて突っかかってくるはずッス」

「しかしそれにしたって、キューバの新型の対艦機雷のせいでおじゃんになったんじゃなかったのかい?確か、イージス艦に積む新型の火器管制AIだったっけ」

メインストリート同士が合流し、自然と歩く人の密度も増えてきた。

歩行速度を抑えつつ、しかし周囲への索敵は怠らないウンディーネに対し、金髪のスプリガンはもう人探しには興味を失ったように明後日の方向を向きながら言う。

「実はそれ、テオドラの姐さんによると、合衆国中枢ではあ~んまり問題にはなってないらしいんスよねー」

「どういうことだい?」

「あちらさんも大国だからか、一枚岩じゃないってことッスよ。世界の警察として、世界の軍事バランスを単体で揺るがしている輩を殺すか、はたまた世界平和を軍事っつーワイルドカードで押さえつけてる手前、まったく次元が違う未知の技術体系を次々生み出す現代のエジソンに媚びへつらうか。そのどちらかを、っつーことスかね。ちなみにさっきのおじゃんの話は、反対派が反感を煽るために流した情報(もの)ッスね」

「なら……」

「あの火器管制AI。アメさんはハナから説明書通りに使う気はないらしいッス」

黒髪のウンディーネは少し考えて、答えに至ったようだ。

顎に手を当てたまま、ポツリと呟く。

「……神の杖か」

「大当たりッス。条約の手前、公然の秘密になっているアメリカ産の宇宙軍事兵器《神の杖》の演算補正として流用する気らしいスよ。シミュレーション上では、既存のソレと組み替えたら、落下位置のミリ単位補正までやれるっつーんだから恐ろしいモンッスよね」

「……それだけじゃないだろう、ウィル」

腕を後頭部で組みボーッと空を見上げ歩くツンツン頭のスプリガンに、黒髪のウンディーネは言葉を連ねる。

「今のところ、小日向相馬だけがその存在を提言している理論上の仮想物体、《フラクトライト》――――人の魂も、アメリカは探ろうとしてるんじゃないのかい?」

「さて、ね。ま、掘れば掘るほど無人兵器だとか高性能追尾ミサイルだとか、可能性は出てきそうな代物ッスからねー」

干物を齧り終えた金髪のスプリガンは、今度はシェイクのストローを口にくわえながら。

「とはいえそっちはテオドラの姐さんとシゲさんの領分。俺はあんまり関われないッスね」

「なるほどね」

「リョロウのほうはどうなんスか?日本(こっち)の中枢も、結構ざわついてるって噂ッスけど」

「来年の自衛隊の富士総合火力演習(そうかえん)、春に繰り上げになるらしいよ。そろそろ公安も悲鳴をあげてきてるってさ」

ずず、とストローがカップの底を虚しくすする音が、雑踏の中に消えていく。

空っぽになったそれを軽く振った後、中に残っていた氷の口の中に押し込めながら、金髪のツンツン頭は先を促す。

「毎年恒例の行事をこのタイミングで前倒しにするんだから、十中八九海外(そと)への圧力だろうね。いよいよ防衛省(市ヶ谷)も巻き込まれてきたってことさ」

「なんてったって、小日向相馬自身の出身国ッスからねー。アメさんを除いて、彼が肩入れしているめぼしい先進国がEU圏のみとはいえ、疑いの眼が向けられるのは当然スね」

協力なんてされてねーのに、可哀そうなこって。

大粒の氷をガリガリさせながら、金髪のスプリガンは空のカップを適当に放り投げる。

飲料アイテムとしての耐久値が切れた木製コップは、通りの石畳の上に落下するより早く、ガラスの欠片のようなポリゴンとなって千々に割れ散った。その様子を目で追っていた黒髪のウンディーネは、穏やかに言葉を続ける。

「……英国(イギリス)はまだ突っぱねる気かな」

「閣下によれば、女王自ら反対みたいッスから当分はそうなるっしょ。とはいえ、特殊空挺部隊(SAS)だか秘密情報部(SIS)だかから猛烈にプッシュされてるらしいから、英国内もあっぷあっぷって聞くッスけど」

「あちらも混乱、こちらも混乱、か」

「核っつー絶対的な抑止力が、その効力を失ってきてるッスからねー」

厄介なのは、核そのものの威力は下がっていないということだ、と言い、黒髪の男は眼を剣呑に細める。

「核を持っている国が強く、持っていない国は持っている国の庇護下にある。そうやって戦後の平和は保たれてきた。だが小日向相馬が現れ、先進国に技術革新をバラ撒いている今、その常識は通用しない」

「なまじその技術が軍事に関連するからか、その兵器群は秘匿される。そして秘匿されるが故に、核兵器との力の《差》も不明瞭なままに勝ち誇っているっつー悪循環ッス」

具体的な既存最恐兵器との破壊力の差は関係ない。

本当の大問題は、核に対抗しうる()()()()兵器群を手中に収め、大国同士が互いを穿った視点で見ているということだ。

「今にして思えば、ウランとかプルトニウムとかの内臓グラム単位で威力を比べてた方がよっぽど単純だったんだろうね」

「明確な違いの基準点がない混沌っつーのは厄介ッスよ~?どっちも自分トコのヤツが強いって言っとけばいいんスから。ンなの、ガキのマンガ主人公の強さ比べと同じくらい不毛なのにね」

まったくだ、と軽く肩を揺すった黒髪のウンディーネは、しかし顔を引き締め直す。

「ウィル……君は、これから世界がどうなると思う?」

「大戦、なーんて短絡的な展開にはならないとは思ってるッスけどね。少なくとも今みたいに裏方さえしっかり機能してさえいれば、暴発はしないと思うッス」

だけど、とスプリガンはくすんだ金髪の先っぽを間抜けに揺らしながら、口を開く。

「小日向相馬。彼が《最初の銃弾》になる可能性が高いとも思ってるッス。《鬼才》とまで評される天才が、何の思惑も目的もなくここまでやってるとはさすがに信じられない。絶対に何か、そこにはゴール地点が設定されているはずッス」

「――――それが……アカシック・レコード、かな……」

ぽつりと放たれた言葉に、少しの間沈黙した金髪の男は「さぁね」と肩をすくめた。

雑踏の中、呟かれるように交わされる二人の言葉は、吸い込まれるように消えていく。顔は動かさず、視線のみで周囲を窺い、こちらを注視する影を探した後で、スプリガンは頭の後ろで腕を組む。

偽物(ダミー)の先にある……天理(アカシャ)……か」

呟いたまま視線の先を茫洋の彼方へ飛ばす金髪の男の横顔を見る黒髪の男だったが、ポーンという軽やかな電子音で意識が引き戻される。

視線を、手元に出現したメール着信を示すウインドウに巡らせ、発信者名を見た黒髪の男は思わず呻いた。

何事かと怪訝な顔をするスプリガンの鼻っ面に、可視モードにしたウインドウを突き付ける。

発信者は、彼の妻。

実直な性格をそのまま反映したような、きっちりとした文章を目で追っていた金髪の男は唇の隙間から「うげっ」と小さな声を漏らした。

その気持ちも押して分かる黒髪のウンディーネは、小さくため息を吐きながら、確認事項のように事務的な口調で言葉を重ねる。

目標(ターゲット)が本格的に動いてるらしい。狙いはケットシーだ」

現実的な話から仮想世界に意識を引き戻された金髪男は、ガリガリとツンツン頭を掻き毟りながら喚いた。

「だーッ、もう!いつかは動くと張ってたけど、まだ先っつーハナシじゃなかったッスっけ?!」

「やはり、レン君がいなくなった今が好機と思ったんだろう。今ならケットシーの取る行動全てが『ケットシー強すぎ』で片づけられるからね」

それによって、一般プレイヤーからの苦情が大きくなり、運営体はケットシーの種族特性への下方修正(ナーフ)を迫られることになる。

そうなれば、今均衡がとれている妖精九種族間のパワーバランスは著しく歪むだろう。

「チッ、嫌なトコを……」

「メールによれば、ケットシーは現在情報的に攻撃を受けているらしい。おそらく目標(ターゲット)の目的は、ケットシー側に竜騎士(ドラグーン)狼騎士(フェンリル)を焦って動かさせることだろう。動かしたという事実を起点として、さも嫌らしい英雄譚でも仕立て上げるつもりだ」

火のない所に噂は立たない。だが、出動したという事実さえあれば、たとえ嘘っぱちの噂だろうと真実味を帯びる。帯びてしまう。

アゴに手を当て、何かを考えていた金髪のスプリガンは、炯々とした眼光を隠そうともせずに虚空を睨む。

「……《リスト》は完成したんスか?」

「細かい確認作業が残っているけど、こうなった以上は仕方がない。あとは出たトコ勝負になりそうだ」

「そーなるのも、やむをえなし……ッスか」

ふぅ、と呼気を吐き出した二人の男は、顔を見合わせるとどちらからともなく「となると」と言った。

両者は手を口に当てる。

出たトコ勝負になればなるほど、必要な人材は確保しておかねばならない。

かくして、男二人は人込みに向かって叫んだ。

「閣下~!どこですか~!!」 
 

 
後書き
世界情勢のことについて語るのは色々藪蛇になりそうなのでスルーするとして、ここでは小日向相馬ことお兄様について語りましょう。
どっかで言ったかもしれませんが、お兄様が出るとゲスくてエセなゲスい科学兵器をばんばん使えて面白かったりします。てか面白いです。
現実に考えればどういう原理!?となるトコを、だって小日向相馬なんだから、と言ったら丸く収まるって、ストーリー上すごく助かりますね。…まぁ限度はあるんだけども(宇宙破壊爆弾~!とか)
また、こういう度外視なキャラが一人でもいると、シゲさんのようなおじいちゃんキャラとはまた違った世界観の広げ方をしてくれたりします。
まぁつまるところ、物語の舞台という名の風呂敷を広げる一助をしてくれるのです。どうしてもSAOの特性上、現実での世界観というのは日本、その中でも都内に集中しがちです。だって本当の舞台が仮想世界の中だものね。
ですが、縮こまってる状態はいただけません。しかし唐突に一編で風呂敷を広げすぎると読者を置いていく危険性もあります。そこでお兄様には世界という大きな風呂敷への窓口のような存在になってもらっているんです。彼を通して見れば、今回のように世界情勢なんかも頭に入ってくるわけですね。
はてさて、果たしてお兄様は窓口というだけで終わるのか。それはまだわかりませぬが。 
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