| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

蒼き夢の果てに

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第7章 聖戦
  第157話 聖スリーズの託宣

 
前書き
 第157話を更新します。

 次回更新は、
 12月28日。『蒼き夢の果てに』第158話。
 タイトルは、 『魔が……騒ぐ』です。
 

 
 神の御許より訪れた天の御使い。本来、ハルケギニアでは認知されていない転移魔法を使用して現われた聖スリーズこと妖精女王ティターニア。
 普段の少し少女の雰囲気を残した容姿とは違い、今日の彼女はかなり大人びた雰囲気。腰まである長き黒髪が蛍光灯の光を反射。綺麗な天使の輪を作り出す。肌は東洋人の白。流石にガリア貴族の基本形……欧米人の肌の白さとは比ぶべくもないが、近寄らずとも分かるその肌理の細かさなら東洋人風の彼女の方が上。
 その白い肌に、黒と言っても差し支えのない大きくて優しげな瞳が良く映え――
 普段とは……緑を基調とした普段の装いとは違う、白を基調としたアール・デコ調のドレスが彼女の豊かな胸と、そして標準的な女性と比べても細い腰が形作る優美な曲線を際立たせている。もしかするとコレが今現在、彼女が纏っている雰囲気をより大人びた物へと変えている原因なのかも知れない。
 そう、普段は清楚な……と表現される彼女から今、俺が感じて居るのは優美。普段から澄んだ清流のような清らかさの中に、微かな厳しさを感じさせる彼女なのだが、今日は其処に女王に相応しい品格のような物が付け足されていた。

 もっとも彼女に関して言うのなら、外見的な要素によって雰囲気が一変する事も知っているし、本当の自分自身を隠す事に長けている事も知っているので……。
 当然、彼女の本質を知らないこの場に集められたすべてのガリア貴族たちは、今の高貴な雰囲気を身に纏った女性を本物の聖スリーズだと認識し、彼女の一挙手一投足に釘付け状態へとなっていたのは間違いない。

「それでは託宣を伝えます」

 厳かに……。まるで、本当に神の託宣を告げる巫女の如き雰囲気で、そう語り始める聖スリーズ(妖精女王ティターニア)
 先ほど、一瞬だけ垣間見せた慈母の如き微笑みを消し、浮かべる表情は……無。元々の造作が整っている彼女が表情を消せば、其処に発生するのは真冬の清き泉より湧き出す清水が如き冷たく厳しい雰囲気。
 ……いや、そもそも彼女の前世は一点の穢れも嫌う神道の巫女。その彼女の浮かべる表情や発する雰囲気から清らかさや(はげ)しさを感じたとしても何も不思議ではない。

 もっとも――
 再び居住まいを正し、頭を垂れて神託を受ける者の姿勢を取る俺。但し、思考の部分では相変わらず少し別世界を彷徨いながら、なのだが。
 そう確かに、普段の彼女は清純派の筆頭。まさに絶滅危惧種指定の大和撫子と言う感じなのだが、彼女の術……弓月桜の術の根底にはどうも陰気に偏った術と言う物が存在しているようで、そのギリギリの部分が少し気になる事がある。
 故に、ふっとした瞬間、彼女から蠱惑(こわく)に満ちた……其処を覗き込むと二度と戻っては来られなくなるような、危険に満ちた、しかし、何故か覗き込まずには居られなくなるような気配を感じる事があるのだが……。

 数多の貴族が集められながらも、(しわぶき)ひとつ発せられる事のないヴェルサルティル宮殿の鏡の間。ここに集まる者の関心はただ、突如、神の御許より現われた御使い聖スリーズが次に発する言葉の内容。
 いや、この場に集められ、異世界に追放されていた……などと言う、ハルケギニア世界の常識の外側の状態に置かれていた王太子の救出から使い魔契約の儀式。その後にガリアの守護聖人としてブリミル教に公式に認可された聖スリーズの登場。この連発する異常な事態に既に精神が飽和状態となって仕舞っている可能性も否定出来ませんか。

 但し、これは俺やタバサに箔を付ける意味から為されている事。更に言うと、現在、旧いブリミル教から破門状態と為されたガリアの正統性を主張する為に行われたイベントだけに、少々クドイぐらいの派手な物の方が印象に残り易いのも事実でしょう。

「先ず、第一の託宣――」

 相変わらず俺の知っているティターニアや、弓月桜とは違う雰囲気を纏った、聖スリーズとしての雰囲気を維持したままで、託宣とやらの内容を口にする聖スリーズ。
 但し、それはおそらく本当の意味での託宣ではない……と思う。
 表面上は騎士として最上の礼の形で彼女の言葉を受け止めながらも、心の中でのみそう考え続ける俺。
 確かに、彼女……聖スリーズこと妖精女王に星読みの能力が備わっている可能性もある。ただ、星読み。アカシック・リーディングに類する能力などではなく、未来予知や幻視能力と言うのはかなり発現し難い能力で、更に言うと、発現しているかどうかを確認する事も非常に難しい能力でもある。
 少なくとも、今まで付き合って来た彼女がそれらしい様子を見せた事はなかったと思う。

 何故ならば、少なくとも俺が関わっている世界は未来が絶対ではないから。ほんの少しの切っ掛けさえあれば、未来は変わって仕舞う可能性のある世界だから。
 つまり、未来に不幸な出来事が起きる事をアカシック・レコードにアクセスする事なく、何か別の方法で予知を行った場合、その予知を行わなかった世界から、予知を行って未来に不幸な出来事が起きる可能性がある事を知っている世界へと移動して仕舞う事となる。
 そして、その結果、不幸な出来事が起こらなかった場合、本当に予知により、その出来事が回避出来たのか、それとも元々、その不幸な出来事に遭遇する可能性すら存在しなかった世界なのかが分からなくなるから。

「この一部の人間の意志により聖戦と称された戦は、三人の僭王(せんおう)が滅び、香々背男(かかせお)が天翔ける英雄により討たれる事により終結するでしょう」

 もっとも、伝説上のティターニアに星読みに類する伝説を聞いた事がない上に、彼女の前世。弓月桜も星読みや幻視能力者と言うよりは俺と同じ見鬼タイプの術者のように思われるので……。

 相変わらず頭を垂れ、右手は左肩の辺りに。片膝を付いた騎士として最上の礼の形を維持し続けながら、頭の中は現状について考えを回らし続ける。
 ただ……。
 僭王。これは力で玉座を奪い取った人間。本来は玉座に座る事が出来ない人物が力づくで王位を奪った時、その人間の事を指す言葉……だったと思う。
 そう考え、今回の聖戦に関係している王家の状態を思い浮かべようとした俺。

 しかし……。

「続けて第二の託宣――」

 しかし、俺の思考すら間に合わない形で、次なる託宣を語り始めるティターニア。それに俺に対してガリア共通語を日本語に瞬時に翻訳して聞こえる特殊能力がインストールされているとは言え、いくらなんでも香々背男って言うのは……。
 せめてこの場合、ルシファーとでも表現した方が世界観的に言うと相応しいのではと思うのだが――

「この偽りの聖戦が終結した後、彼の地にてデミウルゴスのヤルダバオートが現われる事となります」

 但し、当然の如く俺の考えなど気に掛けてくれる……今のこの場では俺の気持ちよりも優先される事象があるので、例えティターニアでも俺の感情は無視する可能性もある。
 ただ……。
 偽りの聖戦。ティターニアの奴、言い切りやがったな。これは少し痛快かも知れない。この瞬間だけは頭を垂れた状態で、実際に口元にのみ笑みを浮かべる俺。確かにかなりヤバい言葉なのだが、ガリアの正統性を主張するには、これぐらい強い言葉が必要だと思うから。
 少なくとも対外的には少々強硬な意見の方が大衆から支持を得易い事も事実でしょう。

 人間……ロマリアやゲルマニアの指導部。それにアルビオンのレコンキスタの連中も同じ穴のムジナか。こう言う連中の思惑が強く働いている以上、この戦争が、神が望みし聖なる戦と言う訳でない事は間違いない。そもそも、この戦に彼らの言う神の意向が強く働いているのなら、ガリアに対してとっくの昔に神罰が下っている。
 しかし、現実には王太子の影武者()や、王のジョゼフ。イザベラにタバサもピンシャンしてこの場所に居る。ここに神罰を受けている気配を感じる事は出来ない。

 其処まで考えてから、しかし……と、少し自分の置かれた状況を顧みる。
 そう、未だ大丈夫。少なくとも未だ冷静に自らを顧みる事が出来る程度の余裕はある。

 しかし、ハルケギニアに戻って来た途端のこの状況。妙に甘ったるかった地球世界のクリスマスの夜から帰って来た先は、剣と魔法のファンタジーに少しの政治や宗教の色が着いた厄介な世界だったと言う事をあっさりと思い出させてくれましたよ。
 今は地球世界のクリスマス休暇モードだった自らの覚悟を、ハルケギニア仕様に書き換える為の時間。戻って来た途端にこの状況なら、今回の人生の聖戦の厳しさ、厄介さは前世の比ではない可能性の方が高い……と考え、苦笑にも似た笑みを浮かべる俺。
 俺の記憶が確かなら、前世のゲルマニアに皇太子ヴィルヘルムなど居なかった。キュルケはゲルマニアの次代の王の妃などではなく、アルブレヒトの圧政からゲルマニアを解放する為の交渉の下調べに現われたゲルマニア貴族連合からの間者だった……はず。
 それまで隠されていたガリアの王太子ルイと言う人物を見極める為に訪れた謎の留学生()()()。そう言う役回りだった。

 今回の人生と前世の記憶との相違点。これほどまで状況が違えば、これから先に訪れる未来に関しても違った物となる可能性の方が……高いと考える方が妥当か。
 相変わらずのハードルートの人生に対して舌打ちをひとつ。まして、現状ではそのループを起こしている原因がさっぱり分かっていないので……。
 今のままならば次の周回も覚悟しなければならないのかも知れない。

 更に言うと、彼の地と言えば――
 この部分に関して言うのなら、かなり微妙な記憶しか持ち得ない状態。その曖昧な記憶を無理に手繰り寄せようとする俺。
 もっとも、普通の人に関して想像するのなら、死に対する強い恐怖がその部分の記憶を曖昧にしている……可能性もあると思うのだが、俺に関して言うのならその可能性は低い。少なくとも、転生の度に最期は死と言う結果で終わりを迎えているはずなので、死に関して言うのなら、前世の記憶持ちの魂はエキスパートと言うべき存在だと思う。そして、人間と言う存在はどんなに苛酷な状況に置かれたとしても、最終的にはその状況に慣れて仕舞う存在。これからやって来る死について初めての経験などではなく、転生の度に同じように死と言う経験を重ねて行くのなら、その前世の記憶をある程度持つ者が過度に死を恐れるとは思えない。
 死を恐れる理由は、それが経験した事のない現象だから。大抵の場合、一人に一度しか死と言う状態が訪れる事はない。故に人は死を恐れる。

 しかし、現実に俺は前世の最期の部分に関しては非常に曖昧な記憶しか持っていないので……。

 以前の人生で最終決戦の地となったのは、このハルケギニアで聖地と呼ばれる場所。そこに現われるのは……。
 前世では始祖ブリミル……と言い切れるかどうかは微妙。インストールされた記憶が確かならば、其処に人型の何モノかが現われて、そいつと戦ったのは間違いない。……間違いないのだが、その結果がどうなったのかは覚えてはいない。

 この記憶が曖昧な理由と、其処から先の経験をアンドバリの指輪が教えてくれない事により、このシーンが俺の前世が終わったシーンだと思われるのだが……。
 もっとも、前世と同じ経緯を辿ってこの場までやって来た訳ではない。おそらく、時間的に言って、前世のラストシーンは現地の時間で今から丁度一年前の時間だったと思う。ここまで時間的なズレが発生している以上、まったく違う結果に辿り着いたとしても不思議ではない。

 それに……成るほどデミウルゴスか。言い得て妙だな。
 精霊王とも言うべきティターニアや湖の乙女が始祖ブリミルと言う存在の事を知らないと言い切った。それに六千年前の伝説的英雄が確実に存在している証拠などない。……とも思う。少なくとも、日本で言えば日本武尊(やまとたけるのみこと)。イギリスで言うのならアーサー王が実在したと言う証拠は未だ見つかっていない事から考えると、その三倍以上前に居たとされるブリミルが確実に居たかどうかはかなり微妙。
 確かに、本当にその始祖ブリミルと呼ばれる存在がこの世界の何処かに居た可能性もあるにはあるのだが……。そのブリミル神をデミウルゴス=偽の神扱い。
 もっとも、これは俺に知識があるから、そのデミウルゴスが偽の神の意味である事や、ヤルダバオートがこの世界で言うブリミルを指している事が分かると言うだけで、この場に集められたガリア貴族たちにはさっぱり意味の分からない言葉でしょう。

 尚、ヤルダバオートとは固有名詞……つまり個体名の事。言葉の意味は『混沌の息子』と言う意味であったと思う。
 ……これも洒落が効き過ぎている名前だな。

「そして最後の託宣は偽神ヤルダバオートの滅亡。そして――」

 偽りの神ヤルダバオートが顕われる。それだけでも普通に考えるのなら現実界では大事件。もしかすると人間界の崩壊すらあり得ると言うのに、これ以上の厄介事って言うのは一体……。

「太陽は熱を失い、月は光を放たず」

 但し、これはおそらく演出。それに前世での経験から言うのなら、これまでティターニアが語った内容はすべて事実。……だったと思う。ガリアにゲルマニアが攻め込んで来るのはお約束のような物だし、アルビオンやロマリアとの間に戦争が起きたのも間違いない。

 更に言うとこの託宣の元ネタも大体見えて来た。

 最初に現在起きている戦いの終焉を予言。これは第一次世界大戦の終焉の予言の似姿。
 次はその後に戦いが起きる事の予言。これは第二次世界大戦の勃発の予言と同じ。
 この流れで来る最後の予言は俺、もしくはジョゼフの――

「――将来の英雄王と呼ばれているガリア王太子ルイの死亡」

 ――の死亡。そのどちらか。
 そう考えた俺。その俺の思考をなぞるが如き妖精女王ティターニアの言葉。
 成るほど。これは、多分なのだが地球世界のファティマで行われた聖母マリアの予言の焼き直し。一応、ファティマの第三の予言として公開されている内容はローマ法王の暗殺未遂。それをハルケギニア風にアレンジすると俺、ジョゼフ、最後はロマリアの教皇。この三人の受難に対する予言が行われる可能性が高い。そして、其処から更に推測を進めると、今のガリアでロマリアの教皇の死亡を予言したトコロで意味はない……とまでは言わないが、それでも効果は薄いと思う。
 少なくとも、今現在、ガリアに対して侵略戦争を仕掛けて来ている国の首魁の死を予言したトコロで、誰も心を痛めはしないでしょう。まして、ガリアでは主流の新教に取って旧教の教えと言うのは間違った……本来の正しい神の教えを自分たちに都合が良い形に歪めた教えだと考えている。その間違った、歪められた教えを広めている連中の親分。
 こんな相手の死の予告はガリアやその国民に取っての朗報以外の何者でもない。

 ただ同時に、俺の死を予言したトコロでガリアに意味があるとも思えないのだが。

「聖スリーズ、それが神の御意志なのでしょうか?」

 はてさて、これから先にどう言う道筋で答えたら良いのか分からないのだが……。そう考えながら、問い返す俺。流石にこの言葉をそのまま簡単に受け入れるのは問題が大き過ぎる。何故なら、この予言に関して言うのなら、俺に取ってはどちらとも言えないが、ガリアに取ってはメリットよりもデメリットの方が大きい、と思うから。
 メリットの方は、これで妙に名前の大きく成り過ぎたガリア王太子ルイを穏便に退場させる事が容易となる可能性を作る事が出来る点。将来、ジョゼフがこの役(王太子ルイ)を受け継ぐ時に、現状の俺が得ている名声は非常に厄介な物と成る。ならば、王位を継ぐ前。しかし、この聖戦やヤルダバオート顕現などと言う人の能力を遙かに超えた、偽りとは言え神が降臨した後に妙に名前が売れた主役を表舞台から消せるのなら益はある。

 戦を終わらせ、最期は現われた邪神と相討ちとなって果てる悲劇の英雄。これは物語的に言っても目新しい物でもないので、一般大衆に受け入れられ易い利点もある。

 デメリットは折角、纏まり掛けているガリアから王太子ルイと言うピースを外して仕舞うのは……流石に俺が消えるのは問題がある。
 それも神託と言う形で。
 何故ならば、ガリアがこの聖戦に大義がない。神の御心に従っていないと主張しているのだが、その主張を行って居る国の王位継承権第一位、国民の期待も高い王太子ルイが死亡するなどと言う神託を受けるのは流石に不味すぎる。これでは神の意志は聖戦を支持している……と言う論法をロマリアに作り出させる可能性が高いから。

「私は父の言葉を告げる者ですよ、王太子ルイ」

 我が父、大いなる意志の御心は広く、広く、深く、深い。広大無辺にして、私などではその御心の内を完全に理解する事など出来る物ではありません。
 小さく首を横に振りながらそう言った後に、優しく俺を見つめるティターニア。
 教科書通りの答え……と言うべきか。少なくとも、この言葉を真っ向から批判出来る人間はいないと思う。

 しかし――

「これは我が父たる大いなる意志の試練」

 おそらくは原罪に塗れ、神の名を騙り、己が欲望にて戦を始めた人すべてに対する試練です。
 一瞬、優しげな表情を浮かべた彼女が、しかし、次の瞬間には少し厳しい表情でそう告げて来るティターニア。

 成るほど、神の試練か。
 そう小さく独り言を呟く俺。
 おそらくこれは、全人類の原罪を背負ってゴルゴダの丘に消えた救世主の似姿。但し、この聖戦が起きた本当の理由は、おそらく這い寄る混沌や名づけざられし者が暗躍した結果に過ぎない。そして、その二柱の邪神がこのハルケギニア世界に自分からの意志で関わって来たとは考え難い以上、奴らに力を求めた人間が最初に居る……と言う事なのだと思う。
 もっとも、歴史をある程度、自分たちの思い通りに改竄出来る奴らなので、確実に現在から見た過去の時点でクトゥルフの邪神に力を求めた人間が居るとは限らない。……と言うか、このハルケギニア世界の人間が力を求めた訳ではなく、異世界の人間が力を求めた挙句、その悪い影響がこのハルケギニア世界に及んでいる可能性すらある……とも考えられるのだが。
 そう、どうにも気になるのは夜空に浮かぶ蒼い月。……つまり、異世界の地球の姿。月は古来より魔物や術に強く影響を与える。其処に本来なら存在しないはずの偽りの月が存在して居り、更に、もうひとつの本当に存在している地球の衛星の月が警戒色の紅に染まっている……などと言う状況。
 矢張りこの辺りが無関係だとは考えられないのだが。

 ただ今は……。

「神は乗り越えられない試練を与える事は有りませんよ、王太子ルイ」

 神の試練を持ち出されたらどうしようもない。それに、そろそろ頃合いでしょう。
 そう考え、片膝を付いた形からゆっくりと立ち上がる俺。

 これはそれまで観衆の注目を一身に浴びていたティターニアから主役の座を受け取る行為。男性とするなら……おそらく、ガリア王家の男性とすればかなり華奢な体型と言える俺なのだが、それは少年期を未だ大きく出てはいない年齢を理由に帳消しにしてくれる……はず。蒼い髪に優雅な仕草が、生まれついての高貴な者を連想させる、少年から青年への(きざはし)に足を掛けた……見る者を少し不安にさせる存在。
 良い意味でも。また、悪い意味でも見ている者を少し不安にさせる微妙な存在。
 時は夕刻の一歩手前。正確な時間は分かりかねるが、広く取られた回廊の窓から差し込んで来る明かりが、今は少し夕刻の色へと変化し始めている。

 何もかもに中途半端な俺に相応しい、どっちつかずの曖昧な時間帯。

 そして次の瞬間、俺の頭上で強烈な光が発生!
 そうこの時、ルルドの村で斬り跳ばされ、自らの召喚の為の触媒とされたかつての肉体の一部を頭上に投げ上げたのだ。
 俺の頭上で一瞬、滞空を行う元右腕。その右腕が纏う精霊の強き光輝。その強き光が、俺の動きに合わせて天井に描かれた太陽を掲げる王の絵画を見上げていた貴族たちの目を焼いた。
 刹那、シルフを起動。放り投げた俺の元右腕を、ヴェルサルティル宮殿の王太子用の控え室に転移させ、
 更に、地球世界で有希に再生して貰った右腕にも強い光輝を纏わせる。

 ここまで全てがほんの一瞬の間に行われた行為。
 光り輝く腕(アガートラーム)――。集まった貴族の内の誰かの呟き。

「何事でも、神の御心に従う願いを為すのなら、神はその願いを叶えてくれると言われて居ります」

 今の一瞬の出来事が観客となったガリア貴族たちの印象に残るように、声自体に龍気を籠めて一音、一音を正確に発音するように語る俺。
 腕を放り上げた右腕は未だ眩い光輝に包まれたまま。立ち位置も変わらず。しかし、その身体の向きはティターニアの方向から、何時の間にか再び観客と成っていたガリアの貴族たちの方向に。

 そして――

「神の御心が戦を終わらせる事にあるのなら、戦を終わらせる為に私は全力を尽くしましょう。
 神の名を騙る偽りの……ヒトに因り作られた偽りの神を滅せよ、と望むのなら、私は全力で立ち向かう事を誓いましょう」

 高らかに誓いの言葉を口にする俺。抑揚を付け、すべての人に今の俺の姿を。俺の言葉を強く印象に残すように。但し、この内容は神に誓わずともやり通すと自らが決めている事。誰に命令された訳でもない俺自身の意志。
 故に、この言葉には強い真実の響きが存在する。

「異世界、東方の医療神にして賢者長門有希に貰いしこの輝ける右腕と――」

 そして、一拍の間を置き、如意宝珠『護』を起動。
 刹那、ガリア貴族たちの注目を一身に浴びて居た俺の右腕の先に一振りの光輝く剣が現われていた。

「ラグドリアン湖の精霊により託された王権の剣に掛けて!」

 瞬間、一際強く輝く宝剣。古の吟遊詩人たちに太陽より鍛え上げた不敗の剣……と歌い上げられた剣が、本来の役割の為に使用された事に対して喜びを表現しているかの様。
 そう、これは魔法。王権の剣……ケルトの王銀腕のヌアザの帯剣クラウ・ソラスを触媒にした人々の心に火を着ける魔法。
 王の印である王権の剣を使用し、本来なら多少の躊躇いを抱いても不思議ではない地上に於ける神の代理人を自称している連中に対しての戦争を起こす気概を発生させる為に、この場に集まったすべての存在の心を震わせる魔法。

 一瞬の沈黙。但し、これは嵐の前の静けさ。
 今まさに爆発しようとする強き気配を内包した――

 しかし!

 
 

 
後書き
 忙し過ぎて何もかもが中途半端に成りつつある。……少しマズイ。

 それでは次回タイトルは『魔が……騒ぐ』です。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧