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提督はBarにいる。

作者:ごません
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提督の休日・2

「そういえば金剛、お前昼飯は?」

 R-35を運転しながら、助手席に座る金剛に尋ねた。非番の日には早めに昼食を済ませて午後の時間を長めに取る者が多い。

「私もランチはまだですヨー。」

「そっか、何か食いたい物とかあるか?奢るからさ。」

「ん~……。私あまり街に下りた事が無いんですよネ~。」

 そうなのか、知らなかった。

「なので、テートクお奨めのお店を教えて欲しいデース!」

 俺のお奨めか。何にするかな……。

「あ、あそこのカレーにするか。」

「カ、カレーですか…私もう少しオシャレな所が……。」

「安心しろ金剛、お前が喰った事ないカレーだろうから。」

 そう言って俺はハンドルを目的の店に切った。

「よぅオバチャン、久しぶり~。」

 鎮守府から車で10分程走った所に、その店はある。少しエスニックな雰囲気の佇まいの、半分屋台のような見た目の店だ。

「タイ料理、ですか……。初チャレンジデース…」

 初めて食べる国の料理って、意外と不気味に感じる物なんだよな。判るわ、金剛の不安。腕に思いっきりしがみついてきて、腕に柔らかい感触が当たる。ちょっとラッキー…かな?

「アラテイトク、久しぶりダネ~!」

 出てきたのは日に焼けた元気のよいオバチャン。タイの人なのだが、昔日本にも店を出していた事があるらしく、微妙な片言の日本語とグイグイ来る押しの強い性格が特徴。けど、料理の腕は抜群だ。

「ソッチ彼女?釣り合ってナイヨー。」

 美女と野獣ダヨー、と(ヾノ・∀・`)こんなリアクションのオバチャン。余計なお世話だっての、ったく……。

「取り敢えずグリーンカレー2人前と、パッタイ1人前。デザートは後で頼むよ。」



 厨房に入っていったオバチャンから、アイヨー!と威勢のいい返事が飛んでくる。天気もいいので外に設置されたテラス席で食べる事に。

「テートクはよくここに?」

「いんや、たま~にな。たまの休みには街の新しい店とか、発展具合とか。皆から情報仕入れたりして回って歩いてるんだ。」

 この街だって最初は酷いもんだった。深海棲艦・大国からの圧力・海賊紛いの横行……。俺が着任したての頃は治安も最悪だった。しかし帝国海軍がブルネイの石油資源に目を付けたのが全ての始まり。恒久的な石油の提供を引き換えに、鎮守府を置いて艦娘を主とする艦隊を駐留させる契約を結んだのが、『あの』美保鎮守府の提督が活躍した辺りの話。俺はその何代か後の司令として、着任したってワケだ。帝国海軍が駐留するようになってから周囲の制海権は確保され、シーレーンが復活。そのお陰で『安全』が生まれ、『安全』がある所には人が集まる。そうやって荒んだ街は復興を遂げ、更なる発展をみせた。

「オマタセー!グリーンカレーとパッタイダヨー。」

 オバチャンが料理を運んできた。グリーンカレー(正確にはゲーンキャオワーンというらしい)にタイ米、それとタイ風焼きそばのパッタイ。

 ゲーン・キャオ・ワーンってのは、タイ語でそれぞれ、汁物、緑、甘いという単語を示しているらしい。多数の香辛料やハーブを磨り潰したペーストを炒め、そこにココナッツミルクやナンプラー、砂糖と具材となる野菜(主に豆茄子やタイ茄子、赤ピーマン等)、肉、海老、魚等を煮込んで作る。今日はチキンに茄子、赤ピーマンのカレーだ。

「Oh…なんだか比叡の作るカレーのような色デスネー……。」

 食欲失せるような事を言うなよ、ったく。これが緑なのはコリアンダー(別名パクチー・香菜)や青唐辛子を始めとする緑色のハーブを使うからだ。比叡のカレーのように意味もわからず緑色のカレーとはワケが違う。

「ま、味は保証するよ。さぁ食おうぜ。」

「「いただきます。」」

 タイ米の器に、サラサラとしたスープ状のルーをスプーンでかけてやり、口へ運ぶ。ピリッとした辛味が走った後、ココナッツミルクの円やかさが後から追ってくる。インドが源流の欧風カレーや日本のカレーと違い、瞬間的な辛味のインパクトはグリーンカレーの方が上だな。けど、持続的なヒリヒリという辛さはない。一瞬でスッと消える。

「久しぶりだけどやっぱ美味いなここのは。」

「け、結構hotですネー……。」

 いいよ金剛、無理してそんな汗垂らしながら食べなくても。

「こっちのパッタイなら辛くないから、こっち食えよ。」

「そうするヨー……。」

 ハヒハヒ言いながらパッタイを啜っている。米粉を使った太目の麺を使い、卵に干しエビ、鶏肉、もやしや砕いたピーナッツ等を具材として、タマリンドというフルーツの果汁やナンプラーで味付けした焼きそばだ。辛くはない。

「うぅ~!酸っぱいネー!」

 ライムを搾ってあるから酸っぱいけど。



「も~!酷いですよテートク~!」

「悪い悪い、まさか辛いのも酸っぱいのもあんなに苦手とはなぁ。」

 む~!と頬を膨らませたまま拗ねている金剛。

「アララ~、テイトク酷い男ダネ~。」

 オバチャンがドリンクとデザートを持ってきてくれたらしい。

「ホラ、これでも食って機嫌治せよ。」

 差し出したのはサンカヤーというココナッツミルクを用いたカスタードプリンと、タピオカ入りのミルクティー。ブスッとしたまま、プリンを頬張り、ミルクティーを啜る金剛。

「どうする?こんな酷い男は放り出して帰るか?」

 ニヤリと笑いながら金剛に尋ねてみる。何となく答えは解ってるけどな。

「うぅ~…ハァ。こんな酷い男に惚れた私の負けネー。」

 金剛は溜め息を吐いて、サンカヤーを再び頬張った。クックッと笑いながら、俺もミルクティーを飲む。そう、互いに互いの想いはさんざん解っているんだ。けれど、あと一歩、あと一歩が踏み込めずに今のような歪な関係が数年続いている。

『……いい機会だ、ついでにプロポーズしてみるか?』

 突然の思い付きのようにそんな事を考える位には、な。 
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