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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百二十話

 
前書き
という訳で今話から、クローバーズ・リグレット編に入ります。発売から1ヶ月経ちましたので、ネタバレ解禁してもいいよね? 答えは聞いてない! といった勢いですので、まだ読む気はあるが読破していない方は、軽度のネタバレ注意。

とはいえ舞台設定だけで外伝の登場人物はいないので、読んでいない方にも楽しんでいただけるように努力しております

かしこ
 

 
 突如として舞い込んできたセブンからの依頼は、ALOとは違うVRゲームで実装される予定の、とあるクエストの調査だった。とはいえVR世界の権威でもある、セブン絡みの調査というわけで、もちろんただクエストを遊べばいいという訳ではなく。

 そのクエスト《幽霊囃子》は、データ上には存在しない――いわゆる、『幽霊』が現れると噂になったのだった。 発生条件や現れる幽霊がどんなものかは分からず、正体不明のその存在に対して、セブンに調査の依頼が来ていたのだ。

 ただしそれだけで、セブンが俺たちのような部外者に仕事を漏らすわけがない。それでもあえて、セブンが俺たちにこのクエストの情報を渡してきたのは、データ上に残っていたある文字による。ひとまずクエストのデータを全て調べたセブンは、データに刻まれたある文字列を見つけたという。

 ――スリーピング・ナイツ、と。

「幽霊、か……」

 そしてセブンから調査を引き受けた俺たちは、学校が終わってからあるVR世界へとログインしていた。本来この《幽霊囃子》クエストは、ALOとは違うVRゲーム、アスカ・エンパイア――ユウキたちがALOに来るまでに遊んでいたゲームらしい――でのクエストなのだが、今からそのアスカ・エンパイアでレベルを上げるわけにもいかず、そのアバターはALOのままだった。

『ショウキくん、アバターの調子はどう?』

「普段と変わりない」

 とはいえ翼はないということで、どちらかというとSAOでのアバターに近いもので。ザ・シード系列の為に出来る荒技らしいが、そこのところの詳しい理屈は、今回の仕掛け人であるセブンにしか分からない。そのセブンは専門家として、現実世界で俺たちの様子をモニターしていて、その声だけが耳元に響き渡った――当人は、ログイン出来ないことが少し残念そうではあったが。

 そしてこちらに遅れることしばし、スリーピング・ナイツのメンバーも続々にログインしてきた。彼ら彼女らはこの《幽霊囃子》クエストの元ゲーム、アスカ・エンパイアも経験しているとのことだが、全員合わせてということか、そのアバターはALOのものだった。

 アバターのチェックは誰も問題ないようだったが、流石にその表情は緊張に包まれていた。

「でも大丈夫かな。調査とかそんな、ボクたちで……」

『普通に遊んでくれればいいわ。それで異常を探すのは私の仕事』

「そうそう。それに久々だねぇ、このアスカ・エンパイアの雰囲気!」

 ユウキが漏らした弱音に対して、フォローするようにセブンの声が響き、それに呼応するかのようにノリが肩を叩く。アスカ・エンパイアは和風VRゲームということらしく、確かに周りには江戸時代を連想させる建物が鎮座していた。

『心配するようなら、他にも調査してるプレイヤーはいるから安心して。……まあ、向こうは向こうで、色々と事情があるみたいだけど』

「ま、行くならさっさと行こうぜ。調査とやらにさ」

「ジュン。まだ一人来てないってば」

 この調査に来ているのは、当事者であるスリーピング・ナイツのメンバーたちに、居合わせた俺ともう一人。流石に仲間内全員で来るわけにはいかず、この選抜されたメンバーだったが、アバターをこのVR世界に適応させる作業が、どうやら1人だけ遅れているようだった。

「悪い! 遅れた!」

「キリト遅刻!」

 そして最後の1人――キリトが姿を表した。本来なら『スリーピング・ナイツのメンバー』ということで、アスナが呼ばれていたのだが、《幽霊囃子》クエストという名を聞いただけでリタイアとなった。元々は『百物語』をもじったシナリオらしく、それらの話題が死ぬほど嫌いなアスナにはクエストの挑戦は難しく、代理に来たのがキリトという訳である。VR世界ならばキリトの方が詳しい、というもっともらしい理由をつけて。

「よし! キリトも来たことだし、出発!」

 ユウキの号令によって、スリーピング・ナイツと他二名は足を踏み出していく。行けるのはクエストに関係している場所のみ、という狭いVR世界の為に、目的地は分かっていた。

 時刻は草木も眠る丑三つ時。灯りは周囲にある提灯のみであり、場所は何かの神様を奉っているらしい神社。石で出来た階段を登っていく俺たちに、警戒するように狛犬がこちらを見た――ような気がした。

「しかし、もう雰囲気出てますねぇ……」

「なに? もう怖いのあんた?」

「誰もそんなこと言ってないってば!」

 百物語――百の怪談を話しているうちに、本物の妖怪が現れるという怪談――がモチーフのクエストの上に、その舞台は和風VRゲームと謳うアスカ・エンパイア。クエストの名前は《幽霊囃子》と、完全に舞台は和風ホラー映画の様相を呈しており、アスナでなくとも怖いものは怖い。というか、歩いているだけでそれなりに怖い。

「でも確かに、アスカ・エンパイアにはこういうクエストもあったね。懐かしいなぁ」

「…………」

 誰からともなく神妙な面もちとなっていき、どこからか何かが飛び出してきそうなその雰囲気に、何とも言えない緊張感が辺りを支配する。しかしてそんな雰囲気を感じていないかのように、相変わらず呑気に語りかけるテッチに安心したのも束の間、このVR世界に来てから唇を真一文字に結んで、一言も発しないシウネーに現実に引き戻される。

「……ユウキはどうだ?」

「ま、前はボクもよくここで冒険してたし! 大丈夫、大丈――」

『あ、そうだ』

「ひゃっ!?」

 何の予兆もなく響き渡るソプラノ調の声――というかセブンの声に、周辺に気を配りすぎていたユウキが飛び退いた。もちろん現実世界にいるセブンが、こちらのどこにいるわけもなく、ユウキは向けられる視線からおずおずと俺の背中に隠れていった。

『どうしたの? 大丈夫?』

「……大丈夫! セブンこそどうしたの?」

 半ばヤケクソ気味に大丈夫だと返すユウキに、セブンの声色にどこか苦笑いをしているかのような感情が浮かぶ。そのまま空間にセブンの声が伝わるのを、俺たちは黙って聞いていた。

『……みんなのおかげでお姉ちゃんに会えたから。調査って体裁だけど、今回のクエストが、みんなにその恩返し出来るような内容なら、ってちょっと思ってるわ』

「セブン……」

『それだけ! よろしくね!』

 それを最後に、セブンの声は聞こえなくなっていた。もちろん俺たちやクエストのデータ収集は止めていないだろうが、もう現実世界から話しかけてくる気はなさそうだ。そんなセブンに対して、メンバーは顔を見合わせてお互いに苦笑していると、石で出来た階段を登りきった。

「広いな……」

 荘厳な鳥居を潜ると、そこには巨大な社が鎮座していた。キリトが呟いた通りにその敷地内は広く、敷地を探索するだけでも骨が折れそうだ。ひとまずは神社に来たということで、まずはお賽銭とともに神への祈りを済ませた。

「あ、発生しましたね」

「パーティーにもなってるよな?」

 とはいえただ神に祈りを捧げた訳ではなく、その祈りを捧げる動作は《幽霊囃子》クエスト開始の合図だった。それだけはセブンから聞いていたが、これだけではクエストの目的も条件も何もかも分からない。神社の中にヒントが隠されている形式だろうと当たりをつけて、誰からともなく別れての散策を提案する。

「2、3人に別れて手当たり次第に探索、でしょうか。キリトさん」

「ああ。俺もそれがいいと思う」

「それじゃチーム分けは……そこの二人はそれでいいわね?」

「え?」

 リーダーが話に入っていないにもかかわらず、手早く決まっていく話し合いを見学していると、ノリがこちらを見てニヤニヤと笑う。さっきセブンの声に驚いて飛び退いてから、ずっと俺のコートの裾を掴んだままの、ユウキのことを言っているのだろう。

「え……あ……」

「ほらシウネー、いつまで怖がって黙ってんの。行くわよ!」

 ようやくユウキは自分の行動に気づいたらしく、顔を赤らめながらコートの裾から手を離した。そのまま手早くチーム分けが決まり、スリーピング・ナイツ+2名は、バラバラに境内を散策し始めていく。

「その、さっきはごめんね。ショウキ……」

「謝ることじゃないだろ、別に」

 俺とユウキのペアは中庭の担当となり、木々と社で囲まれた場所を、砂利道を踏み抜きながら探索していく。社に吊された提灯のおかげで辺りは明るいが、それと同時に、やはり怪しい雰囲気を醸し出していた。

「……でも、ショウキは平気なの? 怖いところ」

「そりゃ……人並みには怖い」

 とはいえ、別に苦手という訳でもない。大体の人間がそんなものではなかろうか――というこちらの返答は不満だったのか、こちらの右後ろからピッタリとついて離れないユウキは、どこか釈然としない表情を浮かべていた。

「どうした?」

「学校でもちょっと言ったけどさー。ショウキってば、内心に留めすぎてない? 笑う時は笑って、怖い時は怖がってさ。別に誰も変に思わないよ?」

「む……」

 不満げ、というよりは、分からないものを前にして首を傾げているユウキに、痛いところを突かれてしまう。返答に困ってボリボリと髪の毛を掻き始めるこちらに、ユウキはさらに言葉を続けてしまう。

「じゃあほら、とりあえず怖がってみてよ!」

「お前は何を言っているんだ」

 そう言いながらユウキは、何やら得体の知れないポーズをこちらに見せた。もしかして怖がらせようとしているのか、アレは――と理解できるまでに数秒間の時間を有して、それと同時に、ユウキの何かを期待するような視線にも気づく。

 怖がれというのか、アレに。

「……いや、無理だ無理」

「えぇー……」

 こちらが取った行動に対して、ユウキが不満げな表情を隠さない。今のはこちらが問題というよりも、怖がらせようとしている側の方に問題があった気がするが――そんなことより、前提条件として。

「怖がるわけにはいかないだろ……その、男の子的には」

 我ながら前時代的に過ぎていて、言っていて恥ずかしくなって、何かクエストの手がかりになる物はないかという大義名分で、ユウキから急いで目を逸らして辺りの木々を探し始めた。よってこちらの言葉を受けて、ユウキがどんな反応を示したか分からず、チラッとユウキの方を見ていると。

「……ふふふ」

 笑っていた。爆笑という程ではないけれど、口を抑えて笑いを留めようとしているものの、まるで意味をなしていない程には笑っていた。

「何も……笑うことは、ないだろ……」

 その反応に割とショックを受けていると、ユウキが咳払いをしながら何とか笑いを止める。ただし振り返ってユウキの方を見てみると、その表情は笑みを浮かべたままであり、ヒクヒクと顔面のパーツが動いていたが。

「ご、ごめん。その、なんかショウキがさ、可愛くて」

「……頭でも打ったか?」

 打ってないよ! ――と、こちらからの本気の心配そうな視線を受けて、すぐさまユウキは頭をぶんぶんと振って否定する。

「じゃあ、あのキリトの装置で不具合が……」

「ないってば! ……そういう見栄っ張りなとこ、多分、リズも同じこと思ってるよ?」

「……ナイスじゃ……ない……」

 はなはだ不本意なこと極まりない情報がユウキから漏らされたが、そう言われるとそんな視線で見られていた気配がないこともない。またもや髪の毛をグシャグシャにしながら沈黙し、ユウキに向き直って何か言い返してやろう、と思った瞬間――辺りに響き渡る声が届く。先程のセブンからの現実からの通信ではなく、このアスカ・エンパイアの世界に共にいる仲間の声。

「みんなー! 入口に集まってくれー!」

「ジュンの声だ。ショウキ、行ってみよ!」

 レベルの低い拡声魔法を使っているからか、メガホンのようで少し聞き取りにくかったものの、どうやらジュンの声らしい。流石はリーダーといったところか、ユウキはピタリと名前を言い当てた。小走りで石の階段があった入口まで戻ると、ジュンとキリトが神社の賽銭箱の横に座り込んでいた。

「ジュン、どうしたの?」

「ま、見てみろって」

「あ、開いてる!」

 ジュンが得意げに背後を指差すと、そこには先程は襖で閉じられていた、神社の本殿があった。内部は暗くて見えないものの、そこには何かがあることは明白で、少なくとも新たな手がかりにはなるだろう。

「どうやって出て来たんだ?」

「ああ、そこに書いてあったんだよ。『ぼた餅が食べたい』って。だから供えてたら開いた」

 裏庭を調べに行った他のメンバーはもう少しかかりそうで、その間にキリトに訪ねておくと。キリトは近くにあった石柱を指差したが、そこには何も置かれていなかった。

「ぼた餅? 持ってたのか?」

「いや。代わりにサンドイッチを供えた」

「……罠じゃないだろうな」

 間違ったものを供えた上に、どうやら襖が開いた後に回収したらしい。神様の怒りを買う準備はしっかりと整っているように感じられたが、それはキリトにも分からないことで。結局は不安を煽られただけで、他のスリーピング・ナイツのメンバーが到着する。

「ごめん! ウチらはなんも見つけられなかった!」

「ごめんなさい……」

 ノリとシウネーは、俺にユウキと同じく手がかりはなし。申しわけなさそうに謝罪する二人を見て、謝るタイミング逃した――と、ユウキと顔を見合わせた。

「僕らはこれを見つけたよ」

 そう言ってテッチとタルケンが見つけてきたのは、見るからにボロボロな古文書。解読も困難な程で、ペラペラと見せてもらったものの、まるで内容は分からない。

「《鑑定》スキルでなんとか解読してみたけど、《大蛇》のことが書いてあるみたい」

「大蛇?」

「アスカ・エンパイアの世界の大型ボス。割と手強い相手だよ」

 アスカ・エンパイアに詳しくない俺とキリトに対して、テッチから大型ボス《大蛇》についての解説が飛ぶ。わざわざそんな手記が神社に置いてあるということは、つまり――

「この神社にいる《大蛇》を討伐ってことかな!」

「この古文書には、《大蛇》を静めるって書いてあるけど」

「……先に言ってよ!」

 ユウキの言い方だと、静めるというより、沈める、の方が正しいか。要するに、大蛇を静めることの出来るアイテムを、神社の中に探しに行く――というところか。もちろん、大蛇を沈めに行くという、ユウキ系クエストの可能性がなくはないが。

「大蛇を静めることが出来るのは、この神社に眠る楽器のみ、だって」

「それはともかくよ。さっさと行こうぜ、っと」

 どうやら静める系のクエストだったらしい。つまり、神社内にある楽器を入手するというクエストらしく、大体の情報交換が終わり、座り込んでいたジュンが飽きたように立ち上がった。そのまま手をぶらぶらと振りながら、ポッカリと入口が開いた神社の中に入っていくと――その姿が、消え失せた。

「ジュン!?」

 すぐ隣にいたキリトも反応することが出来ずに、ノリの呼びかけにもジュンから答えが返ってくることはない。パーティー覧にジュンの名前は健在だが、ダンジョン内にいる表示となっていた。一応は試してはみたが、やはりダンジョン内ということか、メールも届くことはなかった。

「助けに行かなきゃ!」

 つまりあの神社の入口は、どこかのダンジョン内に転移させる装置。危険がないと判断したユウキは、素早く神社の中に飛び込んでいく。そしてジュンと同じように、どこかに転移していったようだ。

「あたしらも行くよ!」

 まるで奈落の底のように見える闇に、残ったメンバーも少し後込みしてしまったが、ノリの号令で神社内に突入していく。久々に感じる転移の感覚が身体全体を包み込んでいき、気がつくとしっかりと大地を踏みしめていた。

「みんな……?」

 久々に味わった転移の感覚に顔を覆いながら、何とか健常な視界を取り戻した。明かりはついているものの薄暗い地下のようで、他のパーティーメンバーはどこにもいない。やはり罠だったかと思いながら、腰に差した日本刀《銀ノ月》を構えながら、周りをグルリと一回転して見渡した。

「誰かいないか!」

 大声で呼びかけられた質問に対する返答は、闇の中に吸い込まれて返ってこない。どうやら転移で全員が別々の場所に分断されてしまったらしく、まずは楽器とやらの入手よりも、合流こそが至上命題になりそうだ――と、考えていたところで。

「いるよ?」

 背後から聞こえてきた、少年の声。

「――――ッ!?」

 パーティーメンバー、ということはありえない。何故なら俺は、先程にグルリと回って周囲を確認した――にもかかわらず、その声は背後から聞こえてきたのだから。先のユウキではないが、すぐに振り向きながら飛び退くと、日本刀《銀ノ月》を掴む手に力を込める。

「落ち着いてよ。敵じゃないし、罠じゃないからさ」

 そこにいたのは、こちらの身長より遥かに小柄な少年。その矮躯を着流しの和服で着こなしながら、表情は狐の仮面で隠していた。武器の類は持っておらず、その狐の仮面を除けば、ただの少年のようでもあった。

「……誰だ?」

 ただしその狐面の少年からは、目の前にいるにもかかわらず、まるで気配を感じることは出来なかった。突如として背後に現れたことといい、まさに『幽霊』といっていい存在を目の当たりにしていた。

「僕の名前はクロービス。かっこいい名前でしょ? ……お兄さんの名前は?」

「……ショウキ」

「ショウキ。ショウキお兄さん、かぁ」

 『敵じゃない』という言葉通りに、ひとまず狐面の少年――クロービスと名乗った彼は、こちらを襲ってくるようなことはないらしい。反射的に放った質問にも、友好的に答えてくれた様子を見て、案内役のNPCかとも思ったが――どこか、ただの案内役NPCとは違うと直感が告げていた。かと言ってプレイヤー、ないし生身の人間とは明らかに気配が違う少年は、こちらの警戒をよそにぺこりと頭を下げた。

「まずはありがとう、ショウキお兄さん。みんなをここに連れてきてくれて」

「みんな?」
「うん。スリーピング・ナイツのみんなを」

 清文は複雑かもしれないけど――などと苦笑するような雰囲気で続けたクロービスは、はっきりとスリーピング・ナイツの名を告げてみせた。

「おい、どういう――」

「それだけ言いに来たんだ。それじゃあ、楽しんでね!」

 さらに問い詰めようとしたところ、クロービスはそれだけ言い残して、その姿を消してしまう。まるで最初からその場にいなかったように、この空間のどこにもいなくなった。

「あ、言い忘れてた」

 ……かと思いきや、クロービスは再び、俺の背後にその姿を現していた。からかっているようにも感じられたが、クロービスは真面目に何かを伝えようとしているようだ。

「ここにいる敵、ちょっと強いから。気を付けてね?」

 ――そして今度こそクロービスは俺の背後から消えていき、それと同時に、上方から気配を感じた。今度はクロービスではなく、明確な敵意を発しているものだ。

「ッ!」

 地下の天井に張りついていたのは、巨大な蜘蛛型のモンスター。まるで人間すらも一呑みにしてしまいそうなほど巨大化しており、真紅に染まった瞳がこちらを見据えていた。

 弾丸のように発射された蜘蛛の糸をバックステップで避けたが、寸分の隙もなく糸はこちらを狙って次弾を発射してくる。間髪おかずに発射される糸は、まるでこちらに回避以外の行動をさせないつもりのようだった。

「とはいえ、避けてばっかりもいられない……」

 大地を駆けて上方から放たれる糸を避けながら、日本刀《銀ノ月》の柄を握り締めそう呟くと。そこで走るのを止めて、わざと蜘蛛の糸に晒され――斬り払う。鞘から抜き放たれた白銀の刃が、発射された蜘蛛の糸を斬り裂き、二つに別れた糸の弾丸は俺を避けるように大地に落下した。

 しかし蜘蛛も再び次弾を放とうと糸を装填するが、それと同時にこちらも、抜き放った日本刀《銀ノ月》を蜘蛛に向けて構えた。刀身に属性を付与するアタッチメントを装着し、そのまま蜘蛛に向け柄に装着された引き金を引く。

 すると蜘蛛による糸の弾丸と同時に、こちらの日本刀《銀ノ月》の刀身もまた、弾丸のように蜘蛛に飛来していく。弾丸と弾丸が空中で交差した瞬間、発射される前に装着された刀身に属性を与えるアタッチメントにより、刀身が炎属性――すなわち業火に包まれた。

 業火に包まれた刀身の弾丸は容易く蜘蛛の糸を焼き尽くし、勢いをまるで減じることはなく蜘蛛に飛来する。そして次弾を発射せんと口を開いていた、蜘蛛の口内から体内を侵略し、蜘蛛の内部を切り刻みながら業火で燃やしていく。

「せやっ!」

 内部から破壊されていくダメージに蜘蛛は耐えられず、天井に張り付いていた蜘蛛は地上に落下してきた。それに巻き込まれないように注意しながら、落ちてきた蜘蛛の頭部と胴体の結合部に、新たに生成された日本刀《銀ノ月》を突き立てた。そして頭部が胴体と分離すると同時に、体内を破壊していた先程発射した刀身が貫通し、胴体が燃え上がるとともにポリゴン片と化していく。

 ポリゴン片へと変わっていくのは、やっぱりどの世界でも変わらないんだな――と思案しながら、日本刀《銀ノ月》を血を払うように振り払い、柄にしまい込んで蜘蛛であったポリゴン片を一瞥する。もはや復活するような様子もないことを確認し、とりあえず一息ついて次に進んでいく。正面と背後、二つの道があるが、とりあえずは蜘蛛が来た方向に進むことにした。

「…………」

 蜘蛛の巣に着いた、などというオチは勘弁だが――その予感は的中したかもしれない。ほの暗い地下の道の向こうから、何かがこちらに向けて走ってくる気配がした。用心して待ち受けるものの、すぐにその用心は解かれることになった。

「テッチ?」

「あ……ああ。ショウキさん」

 暗がりから姿を現したのは、スリーピング・ナイツのメンバーの一人、テッチ。パーティーメンバーと合流するという、ひとまずの目的は一歩達成したと思ったが、テッチの様子は明らかにおかしかった。いつもの泰然自若とした雰囲気はどこにもない、何かを大切なものを探しているような、そんな慌てぶりだった。

「どうした?」

「あ……えっと。ショウキさん、狐のお面をした、少年を見ませんでしたか?」

「……さっき会ったけど、消えたよ。知ってるのか?」

「え、ええ、まあ……」

 テッチはどうやら、あのクロービスと名乗った狐面のNPCを探しているらしかったが、こちらからの問いかけは要領を得ない。まだ慌てた様子のテッチをジッと見ていると、ようやくバツが悪そうにしてそっぽを向き、一息ついてこちらに向き直った。

「……すいません。あのNPCが……昔の知り合いに、似ていたもので」

「クロービス、か?」

 その名前を聞いた瞬間、テッチの大柄な身体がピクリと震えた。その糸目を見開いてまで驚愕した様子で、クロービスの名はテッチに――いや、スリーピング・ナイツにとって、重要な名前であるらしい。

「まあ……いいさ」

 とはいえ、その名前がどうだとか、わざわざ問い詰める気はない。痛ましい表情をしたテッチから、顔を背けるのは今度はこちらの番だった。するとテッチの向こうに何やら動く影を見つけて、今度は何だとそちらを注視してみると――

「――――ッ!?」

 顔を背けた向こうに、見知った人影がいた――と思った瞬間、既に俺はそちらに走り出していた。テッチを押しのけてまで走り抜き、暗闇の敵地であるにもかかわらず、まるで警戒などしていない全力の走行だった。

「ショウキさん!?」

「待って……待ってくれ!」

 テッチの声を既に遥か背後に聞き、俺はその『人影』に対して声を荒げていた。全力で走っているだけではない、高速移動術《縮地》を限界まで使っているにもかかわらず、その『人影』の距離とはまるで縮まらない。

「待ってくれ! 待って――待てぇッ!」

 もはや絶叫にも近い叫び声も、『人影』には届くことはなく。高速移動術《縮地》の負担に身体が付いていけなくなり、徐々に失速していってしまう。息も絶え絶えになりながら、それでも走っていた俺に待っていたのは、力尽きてその場に倒れ込むという結果だった。

「――アリシャァッ!」

 最後に残された力を全て使い切るかのように、『人影』の――いや、『彼女』の名を叫んでいた。かつてあのデスゲームで、助けられなかった少女の名を。いや、助けられなかっただけではなく、俺を助けて殺人鬼の凶刃に倒れた彼女の名を。

 かつての浮遊城でその命を散らしていた、彼女の名を――

『ショウキくん! ショウキくん! 大丈夫! 聞こえる!?』

「……セブ、ン?」

 必死にこちらに呼びかけるセブンの声に、倒れていた身体を起こした。どうして自分が大地に倒れていたかは、頬にさめざめと流れていた涙で思い出して。もう一度辺りをグルリと見渡したものの、もうどこにも『彼女』の姿はない。

『ショウキくん!? あなた一瞬だけ、脳波がレム睡眠状態に――』

「セブン。幽霊に、会った」

 慌てた様子のセブンをせき止めて、静かに、それでも重く、ただそう呟いた。それはまるで、セブンにではなく、自らに『彼女』はもう『幽霊』なのだと言い聞かせるように。

『……そう。その、大丈夫?』

「大丈夫。モニター、よろしく頼む」

 セブンはこちらの心拍数などの健康状態のチェックも担当しているため、セブンの方に問題がなければ、俺の肉体面には何の問題点もないのだろう。精神面の問題で少し吐きそうになりながらも、俺はゆっくりと『彼女』が消えていった方向へ歩いていく。

「クロービス……楽しんでね、ってこういうことか……?」

『クロービス?』

「ああ。さっき、そう名乗ったNPCに、楽しんでねって言われたんだ」

 自問自答のように呟いていた言葉だったが、どうやらセブンとまだ通話状態で繋がっていたらしい。大した理由もなく、セブンに先程会った狐面のNPCのことを話した。わざわざこちらの前に現れて、自己紹介に『楽しんでね』というメッセージとともに姿を消した彼のことを。

『ショウキくん……』

 するとセブンから息を呑むような雰囲気が伝わってきて、どこか抑揚のない声で言葉を続けてきた。

『……そのクエストには、NPCなんて一人も出て来ないわ』

 ――どこか遠くから、まるで在りし日の『彼女』の笑い声のように、踊るような祭り囃子の音色が聞こえてきた。

 
 

 
後書き
銀ノ月 過去登場人物紹介編 1

・アリシャ

SAO時代にショウキが一時所属していたギルドのリーダーであり、デスゲームにおいても底抜けに明るく、攻略組のサポート活動を行っていた。

あるクエストの帰りに《笑う棺桶》の前身に狙われ、他のメンバーがPoHに殺害された後、ショウキを《転移結晶》で街に転移させる。再びショウキがその場に訪れた時には、ギルド共用のアイテムストレージに自らの一番気に入っていたアイテムを遺言のように収納し、既に殺害されていた。

ショウキにとって彼女は、『助けられなかった』だけではなく、『助けられてしまった』対象でもある。


唐突に始まる人物紹介。もはや作者すらも忘れていたので。要するにサチのポジションです、はい。
 
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