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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百二十一話 紛争

帝国暦 488年  8月 15日  オーディン  宇宙艦隊司令部 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


ようやく帝国の経済が動き始めた。兵站統括部から輸送船を出した事と正規艦隊を治安維持に出した事が効果を出してきたようだ。人間が生きていくには衣食住を確保するのが先決だ。星系間でも民間の輸送船が動き始めつつある。フェザーンからの商船も動き始めた。

これから良い方向に動き始めるはずだ。軍の作戦期間はあと一ヶ月、十分だろう。後は輸送船、交易船を商人や各星系に与えなければならない。こいつは今回の内乱で拿捕した戦闘艦の武装を取り外して払い下げを行なっている。

まあ性能はバラバラだがとりあえず今は数を揃える方が先だ。いずれ交易船はともかく輸送船は規格を統一する。運輸省では既に取り掛かっているようだ。

帝国政府も動き始めている。新しい省の創立で多少の混乱はあったがそれももう問題ない。大丈夫だ。多くの閣僚が内乱に加担したことで居なくなった。そして新しく改革派の人間が閣僚に登用されている。

国務尚書 リヒテンラーデ侯爵
軍務尚書 エーレンベルク元帥
財務尚書 ゲルラッハ子爵
内務尚書 マリーンドルフ伯爵
司法尚書 ルーゲ伯爵
保安尚書 ブルックドルフ
運輸尚書 グルック
自治尚書 リヒター
工部尚書 シルヴァーベルヒ
民生尚書 ブラッケ
科学尚書 ウィルへルミ
学芸尚書 ゼーフェルト
宮内尚書 ベルンハイム男爵
内閣書記官長 マインホフ

これまで平民が閣僚になることなど無かった。だが内乱以後は平民出身の閣僚も生まれている。政府、軍部共に平民の影響力が強まった。多くの平民達に希望を与えるだろう。いくら権利を与えてもそれを行使できる場が無ければ意味が無い。

今、帝国軍は軍務省が主体となって捕虜交換の準備を始めている。まあ始めていると言っても捕虜の確認を始めたといったところだ。捕虜の中には死んだ人間も居るし、帰国を望まない人間も居る。例えばエル・ファシルのリンチ少将だ。そういう人間をはっきりさせて同盟側に伝える必要がある。こいつが結構時間がかかりそうだ。もっとも同盟側もたいして状況は変わらないだろう。

宇宙艦隊司令部は暇だ。各艦隊から海賊討伐の報告が届いているが特に問題は無い、順調に進んでいる。俺は毎日、報告書を読んで決裁をして一日を終える。なんとも充実した日々だ。

男爵夫人とヒルダは司令部から居なくなった。男爵夫人はまたパトロンを始め、ヒルダはマリーンドルフ伯の仕事を手伝っているらしい。伯は今回内務尚書になった、内務省は権限縮小で大変のはずだ。彼女の政治センスが役に立つだろう。

俺が今気になっているのはフェザーンと地球教だ。フェザーンの方は予想通り不平家どもが集まり気勢を上げているらしい。但し気勢を上げているだけだ、まだ彼らを利用しようとする人間は現れない。用心しているのか、それともどう扱うか考えているのか……。地球教は広域捜査局の担当だが、こちらはようやく活動を始めたところだ。情報が上がってくるのはこれからだ。じっくり待つしかない。

そんな事を考えていると目の前のTV電話が鳴った。誰かと思って出て見るとビッテンフェルトだった。妙だな、この男が緊張している。何が起きた?



帝国暦 488年  8月 15日  ハルバーシュタット分艦隊  ハルバーシュタット大将


ビッテンフェルト艦隊は今、アイゼンヘルツ、エックハルト、フェザーンの航路を警備している。アイゼンヘルツ、フェザーン間の航路はフェザーンとの通商路としてもっとも大事な航路だ。おろそかには出来ない。

今俺の率いる分艦隊はフェザーン回廊の中を作戦行動中だ。そして本隊は回廊の入り口付近を哨戒している。貴族連合の逃亡兵は殆どがイゼルローン要塞に向かった。おそらくフェザーン方面は問題が無いはずだが念には念を入れる必要が有る。此処で海賊行為などされては帝国経済がとんでもない事になりかねない。

「閣下、前方、レーダーに反応があります」
まだ若いオペレータが声を上げた。レーダーに反応有りか……。フェザーン回廊は戦闘に使われた事は無い。そのためレーダー波を遮る物は無い、索敵は比較的容易だ。有り難い事だ。

だがその感謝の気持は次のオペレータの声に吹き飛んだ。
「約二千隻程の艦隊です」
「!」
二千隻? どういうことだ、商船? 有り得ない。では輸送船? それも有り得ないだろう。となると……。

「閣下、これは反乱軍ではないでしょうか?」
今回新しく参謀長になったアーベントロート少将が問いかけて来た。冷静、沈着な男だ。実戦指揮よりも参謀としての力量に恵まれている。元々は統帥本部に居たのだが、今回現場に出たいと志願したそうだ。

一説にはローエングラム伯と色々あったと言われている。その所為でこれまで宇宙艦隊への転属を希望しなかったのだと。今回の内乱でローエングラム伯が失脚したことで転属を希望してきたらしい……。

反乱軍か、確かに反乱軍だろう、問題は……。
「どちらの反乱軍だと思う」
「それは……」
俺とアーベントロート少将は顔を見合わせた。そのまま沈黙が落ちる。

アーベントロート少将が何を考えているのか、俺にはわかる。こちらは約三千隻、もし相手が貴族連合軍の逃亡兵なら問題は無い、叩き潰せば良いことだ。しかしフェザーン方面に二千隻もの貴族連合軍が逃げたと言う報告は聞いていない。そんな事が有ったのならフェザーンからオーディンへ、オーディンから我々に知らせがあるはずだ。少なくともビッテンフェルト提督がそのような重要な情報を部下に知らせない事など無い。

貴族連合軍の逃亡兵以外に可能性が有るとすれば自由惑星同盟軍しかない。しかし、今帝国と同盟はフェザーン方面では協定を結んでいる。フェザーンに同盟軍はいるが、帝国方面には艦隊を移動させる事は出来ない。捕虜交換を行なうべく準備を進めている今、同盟軍が協定を破るとは思えない。だがもし連中が同盟軍なら厄介な事になるだろう……。

沈黙を破って少将が口を開いた。
「おそらく同盟ではないでしょうか」
「卿もそう思うか」
「はい」
思わず溜息が漏れた。

「オペレータ、スクリーンに映せるか」
「まだ少し遠すぎます」
レーダーの反応が良すぎる、おかげで相手の確認が出来ないとは皮肉なことだ。俺がアーベントロート少将を見ると少将は何も感じていないかのように平然としている。なるほど、実戦経験が少ないから分からないか……。

「閣下、敵艦隊、速度を上げこちらに近付いてきます!」
勝手に敵と決め付けるな! オペレータの報告に内心で毒づいた。しかし速力を上げて近付いてくる。敵と判断しても可笑しくない。

「閣下、ワルキューレを偵察に出しては如何でしょう」
「相手を確認するためにか?」
「はい」
アーベントロート少将が偵察を提案してきた。敵を確認する、その一点では正しい、しかし……。

「いや、駄目だ。もし連中がそれを挑発行為、戦闘行為と判断して攻撃してくれば、それがきっかけで戦争が始まりかねん。その所為で捕虜交換が吹っ飛んだら、卿も俺も捕虜の家族に殺されるぞ」
俺の言葉に少将は顔を強張らせた。

「向こうから戦闘を仕掛けてくるでしょうか?」
「向こうは領域侵犯をしている、何が有っても不思議ではない」
「なるほど……、では如何します?」
どうするか、あまり有効な手段は無い。

「オペレータ、本隊に連絡しろ。正体不明の艦隊、二千隻を発見。おそらくは自由惑星同盟軍と思われる。時間、座標も忘れるな」
「はっ」

「全艦に命令、第一級臨戦態勢を取れ!」
「はっ」
俺の命令にアーベントロート少将が不安そうな表情を見せた。
「念のためだ、少将。備えだけはしておこう」
少将は頷くと躊躇いがちに口を開いた。

「閣下、艦隊を後退させては如何でしょう」
「後退か……、そうだな、それがいいだろう」
戦闘回避を第一に考えるか、悪くない。逃げるなど普通は提案し辛いものだがこの場合は正しいだろう。

俺は艦隊に後退命令を出した。艦隊が少しずつ後退する。但し全速ではないから敵との距離は少しずつ縮まっていく。相手が同盟軍だと判明したなら敵との距離を保ちながら警告をする事になるだろう。戦闘が許されないという事がこんなにも厄介なことだとは思わなかった。

「閣下、本隊より連絡です。相手の正体を突きとめよとのことです」
オペレータの声に思わず顔を顰めた。アーベントロート少将も似たような表情をしている。

「オペレータ、鋭意努力すると伝えろ。……簡単に言ってくれるものだな、少将」
「そうですね」
思わず二人で顔を見合わせ苦笑した。なるほど上司の悪口は蜜の味か、何処でも同じだな。

じりじりするような時間が三十分程続いた後、オペレータが叫んだ。
「閣下! スクリーンに敵艦隊を映します!」
頼むから敵と決め付けるな! 正体不明だ。そう思ったが沈黙を守った。スクリーンに映っているのは間違いなく同盟軍だ。予想していた事だったが厄介な状況になった。

「オペレータ、本隊に連絡、正体不明の艦隊は自由惑星同盟軍を名乗る反乱軍と判明。これより反乱軍に対して警告を出すと」
問題は連中がこちらの警告に素直に従うかだ。これまでの行動を見れば先ず無理だろう。これからどうなるのか……。


帝国暦 488年  8月 15日  ビッテンフェルト艦隊旗艦 ケーニヒス・ティーゲル  フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト


艦橋は緊張している。ハルバーシュタットから連絡があってからだ。正体不明とは言っているがおそらくは同盟軍だろう。連中、どういうつもりなのか? 今の時点でこちらとの戦闘を望むとは思えんのだが、敵対行動としか思えない行動を取っている。

艦橋が緊張しているのは他にも理由がある。本隊は今、ハルバーシュタットの救援のためにフェザーンに向かっているのだ。戦闘が起きるのではないか、拡大するのではないかとの恐怖が皆に有るのだ。

一つ間違えると捕虜交換がぶっ飛ぶだろう。そしてフェザーン自体もどうなるのか分からない……。その事が艦橋に緊張をもたらしている。グレーブナー参謀長は最初に報告を受けた時、その場で戦闘は駄目だと断言した。

捕虜交換が吹き飛んだら宇宙に居場所は無くなると……。ディルクセンもオイゲンも顔面を強張らせてグレーブナーに同意した。そして俺に絶対戦闘は駄目ですと詰め寄った。俺だってそのくらい分かっている。

捕虜交換はヴァレンシュタイン司令長官も乗り気だ。そして捕虜交換は艦隊の再編に必要なことだ。俺は元帥に叱られたくないし、同僚達からも軽蔑などされたくは無い。しかしそれ以上に俺は部下を見捨てた卑怯者などとは言われたくない……。なんともやりづらいことだ。

「閣下、ハルバーシュタット提督から連絡です! 正体不明の艦隊は同盟軍とのことです!」
オペレータの声に艦橋の空気がさらに緊迫した。グレーブナー、ディルクセン、オイゲンが俺に視線を向けてくる。

「ハルバーシュタットに連絡。戦闘は許さず、後退せよ」
「はっ」
「艦隊の速度を上げろ、急ぐぞ」

俺の言葉にグレーブナーが心配そうな声を出した。
「閣下、何度も言いますが戦闘は避けなければなりません」
答えようとしたとき、オペレータの声が上がった。
「閣下、ハルバーシュタット提督から連絡です! 反乱軍はこちらの警告を無視、さらに接近中!」

緊張がさらに高まった。皆が俺を見ている。
「敵が強気なのは後ろに本隊がいるからかもしれん。となればハルバーシュタットが危険だ。急ぐぞ」

俺の言葉にグレーブナー、ディルクセン、オイゲンは不安そうな表情を見せたが反対はしなかった。ハルバーシュタットを見殺しには出来ない、それは皆も分かっている。俺は続けてオーディンにいる司令長官へ連絡を取った。スクリーンに司令長官が映る。

『どうしました、ビッテンフェルト提督』
「閣下、フェザーン回廊内で我が艦隊のハルバーシュタット副司令官が同盟軍と接触しました」
俺の言葉に司令長官は僅かに眉を寄せた。

『接触ですか? ビッテンフェルト提督』
「はい、接触です。まだ戦闘にはなっていません」
『位置は?』
「帝国側です、協定では同盟軍の立ち入りは許されていない宙域になります」
俺の言葉に司令長官は頷いた。

「ハルバーシュタット副司令官は同盟軍に対し退去を勧告しましたが同盟軍はそれを無視、接近を続けております。ハルバーシュタットは戦闘を避けるため後退中、小官は艦隊を救援すべく、急行しております」
俺の言葉に司令長官は一瞬視線を伏せたが直ぐ俺に視線を当てた。

『ビッテンフェルト提督、同盟軍が帝国との協定を破った、それは間違いないのですね』
「間違いありません」
俺の言葉に司令長官は頷くと薄っすらと笑みを浮かべた。

『もう一度同盟軍に対して退去を勧告してください。その上で敵が勧告に従わない場合は攻撃を許可します』
「宜しいのでしょうか、捕虜交換が……」
『構いません。後はこちらで始末をつけます。但し、戦闘はむやみに拡大しないこと、宜しいですね』
「はっ」

お互いに敬礼を交わした後、スクリーンからヴァレンシュタイン司令長官の姿が消えた。俺の周りにはあっけに取られたようなグレーブナー、ディルクセン、オイゲンの顔がある。そして先程までの緊張感、緊迫感も綺麗に消えている。

先程までの緊張が何となく気恥ずかしかった。
「まあ、その、余り心配するなという事だな」
「そのようですな」
俺の言葉にグレーブナーが頷く。

「オペレータ、ハルバーシュタットに連絡だ。もう一度退去を勧告し、従わない場合は遠慮なくやってしまえと」
俺の言葉にオイゲンが泣きそうな顔をした。

「閣下、遠慮なくは余計です。司令長官もむやみに戦闘を拡大するなと仰られたでは有りませんか」
「そうか、では適当に切り上げろと伝えろ。それで良いだろう」
俺の言葉に艦橋の彼方此方で笑いが起きた。良いものだ、やはり艦橋の雰囲気はこうでなくてはな。さて、ハルバーシュタットを迎えにいくか。俺が行く頃には戦闘は終わっているだろう。それだけが残念だ。


 
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