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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第七十話 クライマックスに向けて駆け上がります!


帝国歴486年11月21日――。

双方が布陣を完了してからもなおもにらみ合いが続いたが、ブラウンシュヴァイク公爵とミュッケンベルガー元帥サイドにはラインハルト艦隊の到着を待つという試みがあった。リッテンハイム侯爵側としてはそのことを十分承知しており、攻勢をかけようとしたのであるが、元々の数においても2:1であり、攻勢をかけて自滅してしまうのではないか、という意見もあった。
 それに、リッテンハイム侯爵側にも増援の動きはあることはあったのだ。ひそかに迂回部隊数万隻を待機させて、主力部隊遠征後の帝都オーディンを狙っていたのであったが、オーディンの守りも鉄壁だった。そこで、迂回部隊を急きょ引き返えさせ、リッテンハイム侯爵本隊に増援艦隊は合流し、リッテンハイム侯爵側は一大決戦を行う決意を新たにしたのである。
 ここに、ブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵の「天王山の戦い」は幕を開けることとなった。
 開戦前フィオーナは主だった将官を会議室に集めて会議を行っている。フィオーナが自らディスプレイ上に戦況を映し出して説明を始めた。
「概要を説明します。」
ディスプレイ上に次々と敵味方の部隊が映し出されていく。こうしてみると敵味方がきれいに横一列に並んで相対しているのがよくわかる。
「現在ブラウンシュヴァイク公とミュッケンベルガー元帥の本隊は中央および右翼に布陣。左翼艦隊の第一陣は増援艦隊の私たちです。そして、おそらく真っ先に敵と接触することになるのも私たちだと思ってください。敵はわが軍に比べ半分の戦力ですが油断はできません。特に敵の左翼艦隊のバイエルン候エーバルト、私たちと対峙することとなる右翼艦隊のブリュッヘル伯爵の艦隊には注意を払いましょう。また、窮鼠猫を噛むのたとえがあります。リッテンハイム侯側はこの戦いに負ければ後がありません。死に物狂いで立ち向かってくることと思います。」
フィオーナは将官たちを見まわした。
「この戦いがブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵との天王山の戦いとなります。全軍気を引き締めて臨んでください。必ず勝ちましょう。・・・・こんな内乱は続いていても何もいいことなどありません。」
最後はフィオーナの本心だった。内乱に勝つ側はいい。直接利益を得る側はいい。だがそんな者など帝国全土の250億の人々に比してどれだけいるだろう。無関係な者はまだいい。争乱に巻き込まれて命や財貨を失うこともないのだから。むろん争乱によって停滞するであろう経済からは逃れられないかもしれないがそれとても命を失うことに比べれば些末なことだろう。
だが、負けた側はどうなるかと考えた時に、その行く末は大体の人間が想像できるものだった。財産没収、農奴階級に落とされるのはまだいいとしても一族一門は皆処刑あるいは流刑にされるかもしれない。いっそ処刑されてしまえばまだ楽なのかもしれないが、流刑地に送り込まれ極寒の中を寒さと飢えに震えながら死んでいく様など誰も経験したくはない事だろう。
 もっともそれも早すぎるという見方もあるかもしれない。なにしろこの戦場でそもそも勝てるかどうかも、生き残れるかどうかすらもわからないのだから・・・・。

 フィオーナの概要説明が終わり、作戦説明が今度はティアナから行われた。ただしこれは通常の艦隊運動で行われるであろう予想戦闘に関してである。フィオーナたちが危惧している現象についてうかつに話してしまえば戦う前から士気は下がる。そのことは絶対に避けるべきだった。そういうわけでごく常識的な作戦説明にとどまったが、話し合いはごく短時間で済んだ。事ここに至っては会議などで方針を決めるというものではなかったからである。各員は各々の思いを抱きつつそれぞれの艦に戻っていった。


* * * * *
出撃前のわずかな時間にフィオーナとティアナはリューネブルクとケンプのもとを訪れていた。
「なに、そう気にする必要はない。」
リューネブルク准将、いや、少将はフィオーナの問いかけにそう答えた。
「立場が変わったからと言って小官と貴官の関係は変わらん。いや、悪い意味ではないぞ。小官がひがんだり、やっかんだりすることはない、ということだ。」
「ありがとうございます。」
フィオーナは笑いながら答えた。そういう答え方こそがリューネブルクらしいと思っていたし、そう言ってきたという事は自分に対して悪意を抱いてはいない、という事だ。
「俺としてはあまり歓迎はしたくはないところだ。」
カール・グスタフ・ケンプ准将が言った。その反応こそ正しいとフィオーナは思う。何しろ立場が逆転し今はフィオーナは上官になってしまったのだから。
「しかし上官は上官だ。命令には従う。だが、フロイレイン・フィオーナ、フロイレイン・ティアナの力量がどれほどのものか、この戦いで見極めさせてほしい。俺の空戦部隊を預けるに足る指揮官かどうかをな。」
「それは心配ない、すぐにわかる。」
と、リューネブルク少将が無造作に言った。ケンプは一瞬むっとした表情だったが、すぐに立ち上がり一同に敬礼をすると、部屋を出ていった。
「本当は私たちじゃなくて、ラインハルトの方に行ってほしかったのに。あの人の才能はラインハルトの下でこそ発揮できるのに、私なんかじゃ無理だわ。」
フィオーナがため息交じりに言った。
「まぁ、気持ちはわかるわ。でも来てしまったものを今更追い返すわけにはいかないじゃないの。」
「そのミューゼル・・いや、今やローエングラム伯だが、何もすべての者に対して寛大かどうかはわからんぞ。俺のようなやっかみ者はかえって伯を煩わせるだけだと思うが。その点ではあの男がどういう評価を受けるか、というところだな。」
「あなたもずいぶんという事ね。なんだったらもう一遍勝負してみる?」
ティアナの言葉にリューネブルクは両手を広げた。フィオーナ同様ティアナもリューネブルクに絡まれたのでリューネブルクを一方的に昏倒させてしまったのだ。それも少々の打撲付きで。この点ではフィオーナよりもティアナの方が容赦がない。
「やめておく。これ以上戦って命とプライドを縮めるのは少々うんざりしているのでな。」
「ティアナ。」
フィオーナが諭したので、ティアナは口をつぐんだ。
「ま、とにかくだ。俺には艦隊指揮の事は分らん。せいぜい陸戦隊の分野だけだ。貴官らがあの男の眼鏡にかなうよう武勲を立てることを祈るだけだな。」
「・・・・・・・。」
「どうかしたか?」
二人が黙っているので、リューネブルクは不審に思ったらしい。
「いえ、あの・・・ローゼンリッターのことを思いだしたの。」
ティアナが重そうに口を開いた。
「フン、ローゼンリッターか。」
リューネブルクは面白そうにその言葉を繰り返した。
「あれは青二才の集団でな、白兵戦の実技も、政治的な立ち位置も、軍での評判もすべてそうだ。あんなところから抜け出すことができて、俺は清々したと思っている。」
「・・・・・・・。」
フィオーナとティアナは、彼の言葉が本当かどうか、測り兼ねていると言った顔をして彼を見つめていた。リューネブルクは窓の外に視線を映し、じっと暗黒の宇宙を見ていた。
「俺の家は伯爵家でな。」
リューネブルクは窓の外を見ながら不意に言葉を継いだ。
「さる大貴族の血筋につながる門閥貴族だった。だが、宮廷での権力闘争に敗れ、俺の父と母はあの自由惑星同盟とやらに逃げ出した。俺が生まれる前の事だった。40年程前のことになる。」
「・・・・・・・・。」
「生まれ落ちてからの俺は、帝国への呪詛を子守唄にして育ってきた。『ヘルマン、長じてからは必ず軍人になって帝国に仇を成せ。』などと一つ覚えのように言われてきたのだ。」
「・・・・・・・・。」
「だが、俺の眼には同盟も同じように映った。どこもかしこもそうだ。軍人は権力闘争にあけくれ、政治家とやらは派閥づくりに専念し、民衆はそれを放棄して政治とやらに無関心でいる。俺には好きになれなかった。」
「だから、機をうかがって逆亡命をしたの?」
「いや、そうではない。・・・どうも、おしゃべりが過ぎたようだな。尻に殻をくっつけたヒヨコのように、ピ~ピ~と。」
リューネブルクは立ち上がって、二人をしり目に部屋を出ていった。
「何かあるわね。リューネブルクには。」
閉まったドアを見やりながらティアナが言った。
「そうね。そう思うわ。でも何なのかしら?」
フィオーナの問いに、ティアナは肩をすくめた。
「さぁ・・・・。聞いても教えてくれないわよ。自分から話すまではね。」
リューネブルクの裏側、か。と、ティアナはつぶやいた。
「リューネブルクが亡命したのは、例のハルテンベルク伯爵の妹の写真を戦場で倒した男の懐から見つけて、それで恋をして亡命したって、OVAではフィッツシモンズ中尉が言っていたわね。あの・・・物凄いシーンの後に。」
ティアナったら!!とフィオーナが顔を赤くして口を片手で覆った。ごめんごめんとティアナも謝った。何しろあのOVAを前世で二人してみていた時、二人して同時に電源を切ろうとリモコンを取ろうとして頭をぶつけあったほどだったのだから。
「リューネブルク少将はそんな人じゃないわ。シェーンコップもその時言っていたように、そんな人なんかじゃない。私にはわかるの。」
「フィオ?」
「確かにあの人は曲者だし、周りから嫌われるような発言をする人だし、ラインハルトとキルヒアイスが警戒したのも無理はないわ。でも、だからと言ってあの人の居場所を理不尽に奪ってしまうことは、私には出来ない・・・・。」
リューネブルクが可哀想だ、などと言うことはなかったが、ティアナの耳や眼にはフィオーナがそう思っていることは一目でわかった。
「あの人がラインハルトとキルヒアイスに牙を向いたら?その時はどうするの?」
「その時は阻むわ。でも、そうあってほしくはない。そうなったとしても最後まで私は話し合いたいの。」
ティアナは何も言わなかったが、フィオらしいわ、と思っていた。親友のこの性格は前世から何一つ変わっていなかった。誰に対しても。・・・自分に対しても。


リューネブルク少将の身に一体どういうことが起こったのか、それはとても気になるところではあったが、フィオーナとティアナにはそれを確認する間はなさそうだった。


「リューネブルクの事も気にかかるけれど、いよいよ明日ね。」
ティアナは万感の思いで言った。明日はいよいよブラウンシュヴァイク公、ミュッケンベルガー元帥の本隊とリッテンハイム侯爵の本隊が決戦となる。既にラインハルト艦隊別働部隊8万余隻(カストロプ星系他周辺星系制圧部隊を除く。)がカストロプ星系から進軍してきている以上、ブラウンシュヴァイク公とミュッケンベルガー元帥の本隊は敵の攻勢を防ぎとめているだけでも勝利につながる。だが、カストロプ星系でのラインハルト艦隊の奮戦を知っているミュッケンベルガー元帥らはそれ以上の武勲をたてるべく積極攻勢に出て敵を粉砕しようとするだろう。まして強襲を受けて3万余の大艦隊を失った後なのだから尚更だ。
「で、フィオ。仮にミュッケンベルガー元帥が例の一手で来たら、本当にあの作戦を実行するつもり?」
親友がうなずくのを確認したティアナがあきれ顔で、
「驚いたわよ。こんな手を使うなんて前代未聞。長い付き合いだけれど土壇場のあなたにはいつも驚かされるわ。下手をしたら私以上に図太いんじゃない?こう言っちゃなんだけれど、ミュッケンベルガー元帥なんかが血管破裂して脳出血になりはしないかって思わないの?」
「まさか、そこまではならないと思うわ。怒るかもしれないけれどそれよりも私たちの艦隊の将兵たちを護る方がずっとずっと大切なことだもの。」
フィオーナはまっすぐに親友を見つめた。
「あえて引用するわ。10人の提督たちの反感も、助けられた数百万人の将兵の命に比べれば、取るに足りないことなのだから。」
ティアナはうなずいた。第四次ティアマト会戦中にキルヒアイスが言った言葉。ラインハルトを突入せしめるきっかけを作った言葉を思い出す。ただ、フィオーナの場合は感謝ではなく命と言い換えていた。
「それこそがあなたらしいと思うわ。」
ティアナは万感を込めて、ただそういっただけだった。




帝国歴486年11月22日標準時午前9時03分――。
ミュッケンベルガー元帥、ブラウンシュヴァイク公は麾下の全軍に対し、一斉に進撃を指令した。これに呼応するかのようにリッテンハイム侯爵側の全軍も横陣形のまま相対するようにして進んできた。リッテンハイム侯爵側は増援艦隊を収容して13万余隻。ブラウンシュヴァイク公爵・ミュッケンベルガー元帥側はフィオーナ艦隊の増援を合わせて19万余隻。両軍合わせて30万隻を超える。広大な宇宙空間をこれだけの大艦隊が進むが、真空の宇宙空間では音一つしないのだった。
『ラヴェルのボレロでも流す?』
と、フィオーナと通信で会話しているティアナが冗談交じりに言いそうになったが、すぐに顔を引き締めた。
『じゃあ、フィオ。予定通りに行うわよ。』
「バーバラは予備隊を指揮。ルグニカ・ウェーゼル准将、ブクステフーデ准将を2先鋒にして次鋒がディッケル准将。そしてあなたがそれをまとめる。前衛艦隊の統括指揮はあなたに任せたわ。お願いね。」
『了解。』
ティアナが通信を切ると今度はフィオーナはキルヒアイスを呼んだ。キルヒアイスがディスプレイ上に現れた。
「キルヒアイス准将、あなたには私が臨時に付属させた麾下の艦隊を率いて臨時戦隊として待機してもらいます。気を見計らってリッテンハイム侯爵の直属艦隊の艦列内部に突入。全軍の崩壊を誘う糸口づくりをあなたに任せます。・・・あの、ごめんなさい。なんだか堅苦しくて変ですよね?」
『いいえ、フロイレイン・フィオーナらしいと思います。わかりました。お任せください。』
キルヒアイスはフィオーナに答えてから、ややしばらく間をおいて、
『感謝します。フロイレイン・フィオーナ。』
と心からそう言った後に通信を切った。キルヒアイスらしいわ、とフィオーナは思った。
『左翼艦隊、前進せよ。』
という指令が下ったのは、午前9時12分の事である。これは前進しつつある全軍に対してさらに先行して前進せよという指令だった。
「前進!?」
この信じられないような指令に、全軍も当のフィオーナ艦隊の将兵も動揺を隠しきれなかった。だが、フィオーナは迷うことなく指令を下す。
「全艦隊、前進してください。」
彼女の澄んだ声が艦橋要員の耳をうった。


* * * * *
リッテンハイム侯艦隊との距離、32光秒!!


そのさなかをフィオーナ艦隊19200隻だけが静かに前進を続けている。この様子はカストロプ星系から進軍してきているラインハルト艦隊全軍に放映され、ブリュンヒルトにも映像として届いていた。実はこれはイルーナとアレーナが相談の上手配したものである。工作艦を数隻戦闘宙域に潜ませ、観戦艦として映像を撮影していたのだ。観戦艦自体は珍しい事ではない。戦争の勝負は貴族たちの賭け事の一つにもなっているくらいである。軍にとっても戦闘映像を収録しておくことで、敵側の戦術、艦隊等の生の情報を分析する機会を得ることができる。
「ミュッケンベルガーめ・・・・」
ブリュンヒルト艦内でラインハルトは忌々しそうに唇をかんだ。今突出して前進を続けているのはフィオーナ艦隊だけであり、他の艦隊はすべて静観の立場をとっているのだ。
「フロイレイン・フィオーナを、フロイレイン・ティアナを、キルヒアイスを、麾下の艦隊を囮にするなど、宇宙艦隊司令長官のやることか!?」
ラインハルト様、と言ってくれる赤毛の相棒も今はあの艦隊の一翼として参加している。ラインハルトはこの時ほど自分の身をもどかしく思ったことはない。大艦隊の司令長官ではなく、一戦隊の指揮官としてでもあそこに行って掩護したい気持ちでいっぱいだったのだ。
「だが、戦場に到着するまで俺にはここでこうしてみていることしかできない・・・・。せめて俺があそこにいれば、必ず加勢したものを・・・。せめて、イルーナ姉上やアレーナ姉上があそこにいてくださったら・・・。」
「大丈夫です。」
ラインハルトが振り返ると、レイン・フェリル少将、そしてアリシアが立っていた。
「フィオーナさんならば、ティアナさんならば、そしてキルヒアイスさんならば、この局面を打開してくれます。きっと。」
静かな、だが確信に満ちた口ぶりにラインハルトは驚いたが、すぐに点頭した。
「そうだな、俺は信じる。」
そういうと、アイスブルーの眼はじっと戦況ディスプレイに注がれたのだった。そうすることで、せめて自分もあの戦場に参加し、無言のエールを送り続けたいというように。



「敵艦隊との距離、およそ31光秒!!」
「敵左翼艦隊前進を続けています!!」
次々と入ってくる状況報告にリッテンハイム侯爵は顔をしかめた。
「どういうことだ!?ミュッケンベルガーの奴め、あの艦隊を囮にでも使うつもりか!?」
リッテンハイム侯爵艦隊の総参謀長のディッテンダルグ中将は汗を拭きながら、
「おそらくそうだと思います。しかし我々の砲撃があの艦隊に集中しないことこそ罠だという可能性もあります。」
「こちらの判断をにぶらせようというつもりか、小癪なことをする!!」
ダン!!とリッテンハイム侯爵が拳を椅子に打ち付けた。


「敵艦隊が射程に入り次第各艦隊は攻撃を開始せよ。前方の左翼艦隊の被害は考慮に入れずともよい。」
ミュッケンベルガー元帥は冷徹にそう言った。味方を捨てる!?各艦隊の司令官、指揮官たちは驚愕したかもしれないが、少なくともそれを表立って宇宙艦隊司令長官に言おうとする者はいなかった。傍らにたつフレーゲル男爵はうっすらと笑みを浮かべた。ベルンシュタイン中将の策を橋渡ししたのは他ならぬ彼なのである。ベルンシュタインがフレーゲル男爵を選んだ理由、それはブラウンシュヴァイク公爵では「そのような姑息な手段を取ることなど儂は認めん!!」というに決まっていたからだ。
これで金髪の孺子の手足の一つをもぎとることができる!ベルンシュタインの言った通りだ。今回はアイツの予見が当たった。いずれリッテンハイム侯爵の艦隊があの艦隊に集中砲撃を浴びせる。よしんばそれがなかったとしても、左翼艦隊は回頭し、敵中を横断するだろう。常識を覆す、唖然とする鮮やかな手法を見せつけ、此方が動くことを忘れている間に有利な位置につこうとするだろう。こちらはそれにとらわれず、砲撃を開始すればいいのだ。
戦闘中の事故・・・あの左翼艦隊の小娘の戦死はそう結論付けられるだろう。左翼艦隊の壮烈な犠牲によって、リッテンハイム侯爵艦隊は壊滅、討伐される。賊軍としてギロチンに掛けられるよりも、よほどましな最後というわけだな。フレーゲル男爵はそう冷笑しながら前方を見守っていた。



ミュッケンベルガー元帥め、やはり囮作戦を決行する気なのね、とティアナは内心舌打ちしていたし、フィオーナ艦隊の将兵の中には、自軍だけが突出する様を見て怯え、恐怖にかられる者が続出した。
「どういうことだ!?」
「総司令部は俺たちを見捨てるつもりなのか!?」
「このままじゃ前後からなぶり殺しになる!」
「俺たちはこんなところで、味方殺しの目に遭って死んでいくのか・・・・・。」
「母さん・・・父さん・・・・・。」
兵士たちはそれぞれの持ち場で恐怖に震え、青い顔をしている。ただでさえ新兵は戦場前で怖気づいてしまうというのに、味方からも捨てられ、敵と味方から挟み撃ちをされる危険性に陥ったという更なる恐怖も存在し、発狂寸前の恐慌状態になっている艦もあった。むろんそうした光景は無音の宇宙を進んでいくフィオーナ艦隊を外から見物している敵味方にはわからない。


兵士たちの動揺と恐怖はついに中級指揮官などにも伝染し始めた。
「右翼も中央も出てこないのはどうして!?このままじゃ私たちは挟み撃ちじゃない!!」
ルグニカ・ウェーゼルがついに叫んだ。
「なによりも、将兵たちが動揺していては・・・・負けるかもしれないのに・・・・。」
バーバラがかすれた声でつぶやく。わかっていても、どうすることもできない。そのもどかしさにルグニカとバーバラが艦隊司令(フィオーナ)に通信回線を開こうとしたその時だ、フィオーナからの通信がフィオーナ艦隊内部専用の回線で発せられてきたのは。
『全艦隊に告ぎます。』
フィオーナは澄んだ声で告げた。
『ミュッケンベルガー元帥から、私たちの艦隊が先行して突出するように指令がありましたが、何の心配もありません。皆さんの事は私が責任をもって指揮を執り導きます。私たちが踏みしめているのは、艦隊崩壊への道ではなく、勝利への一歩なのです。』
落ち着いたフィオーナの声に、将兵たちの動揺はやんだ。代わって皆が耳を澄ませて艦隊司令の言葉を聞いている。
『私は出立前のカストロプ星系のパーティーで言いました。必ず皆さんを生きてご家族の下に、大切な人の下に返してあげたいです、と。』
一瞬フィオーナがつらそうに顔を横に背けたが、すぐに話を再開した。徐々にその口ぶりは確固とした不動の調子になっていく。
『・・・・本当にそうなればいいのですけれど、それが理想論であることは分っています。ですが、みなさん一人一人がそう信じて、指揮に従っていただければ、おのずと道は開けます。生きて家族の、仲間のところに帰りましょう。みなさんの力を貸してください。お願いします。』
最後は深々と頭を下げた。艦橋要員を除いては誰も彼女の姿を直接見ることはできないのにもかかわらず、だ。だが、不思議なことに全艦隊の将兵が彼女の一挙一動を頭に描くことができたと後に語っている。

と、フィオーナが副官にうなずきかけた。副官が無言で渡したものを見た事情を知らされていない艦橋要員の幾人かは驚きを禁じ得なかった。
それは一つのヴァイオリンだったからである。彼女は静かに顎にそれを当てると、一呼吸おいて奏で始めた。

フィオーナが奏でだしたもの、それはヴェートーヴェンの第九交響曲第4楽章の「喜びの歌」の一小節だった。緩やかな旋律はフィオーナ艦隊全艦隊はおろか、すべての艦隊に解放された無線によって響き渡った。

フィオーナ艦隊の将兵たちは信じられない様子でただ茫然としていたが、やがて次々と旋律が重厚感あふれるものに変化していくのに気が付いた。

フィオーナの演奏に徐々に和す演奏者が次々と現れ、フィオーナ艦隊はオーケストラ集団と化したのである。
『全艦隊、前進継続です!!』
奏者に囲まれて演奏しながらフィオーナが指令した。無音の宇宙の中をヴェートーヴェンの第九交響曲が解放されて全艦隊を駆け巡っている。その旋律の中をフィオーナ艦隊は敵に向かって前進していったのである。そしてこの解放された演奏の裏にある暗号化された極秘指令がフィオーナ艦隊全艦隊のみに届けられていた。それを解読する鍵が――。


その演奏はミュッケンベルガー元帥以下の中央本隊、右翼艦隊、そしてリッテンハイム侯爵艦隊にすら十分届いていた。これには全艦隊のほぼ将兵が呆然として立ち尽くすだけだった。ミュッケンベルガー元帥も、ブラウンシュヴァイク公も、リッテンハイム侯爵でさえ、唖然としながら身動きができなかった。
「小娘が小癪な真似を!!」
「どういうつもりなのか!?」
「気でも狂ったか!?」
ブラウンシュヴァイク公爵とミュッケンベルガー元帥本隊の幕僚たちは口々に言いながらも、その目と耳はフィオーナ艦隊にくぎ付けだった。
「うろたえるな。所詮小娘の小細工だ。そのようなものにかかわりあって戦機を逃す必要などない。」
ミュッケンベルガー元帥だけが苦虫を噛み潰したような顔で幕僚たちを叱った。
「全艦隊、砲撃戦用意。」
重厚な肉厚の手が全艦隊に戦闘指令を下した。


「敵左翼艦隊、接近してきます!距離8500000!なおも接近してきます!敵艦隊の速度秒速50000!距離8450000!敵艦隊の進路変わらず!距離8400000!敵艦隊総数19200!距離8350000!」
敵側の演奏音とともに報告されるオペレーターの声が秒単位で上ずり続けているのをリッテンハイム侯爵は聞いていた。
「ミュッケンベルガーめ、ブラウンシュヴァイクめ、何を考えている!?あの艦隊を餌に差し出そうというのか!?それともこれは・・・罠なのか!?」
リッテンハイム侯爵の頭の中はめまぐるしく回転を続けていた。「撃て!」というのはたやすい。だが、そう命じた瞬間にあの左翼艦隊が弄する策によって自軍が崩壊するのではないか、という何かしら不安な考えが脳裏をよぎっていたのだ。
『叔父上!』
リッテンハイム侯爵の甥の一人のメルサック男爵が通信回線を開いてきた。彼は我慢ならないように声を上げる。
『なぜ砲撃を御命令なさらないのですか?あの姑息な艦隊を血祭りにして、わが軍の勢いを付ければブラウンシュヴァイクごとき、一撃で粉砕できますぞ!』
『そうです!今こそ攻撃命令を!』
『叔父上!』
『閣下!』
一門や貴族連中たちがこぞって声を上げ、味方の軍の将官たちも同調し始める中、一人リッテンハイム侯爵だけが額に汗を流して考えに考えを重ねていた。
『閣下。』
藤色の髪を耳が覆うまで伸ばし、くしゃっとさせたような美男子が画面に現れた。もちろん髪型はヘルメット型ではない。バイエルン候エーバルトである。やや遅れてその隣に映し出された寡黙な短い黒髪の青年はブリュッヘル伯爵であった。
『敵の演奏は見せかけです。そのようなものに何の意味もありません。今です。あの艦隊を討ち、しかる後に全力を挙げて本隊中央を攻撃すれば、事は決したも同然です。閣下、ご決断を。』
ブリュッヘル伯爵は何も言わなかったが、バイエルン候エーバルトの言葉にうなずきを示した。
「ええい、わかっておるわ!!」
ついにリッテンハイム侯爵が立ち上がった。
「全艦隊、砲撃用意!目標、敵左翼艦隊!!」
リッテンハイム侯爵の号令が下される。それにうなずきを示した副官が号令を全艦隊に伝える。
「全艦隊、砲撃用意!目標、敵左翼艦隊!!」
「全艦隊砲撃用意完了!」
「有効射程距離まであと15秒!!カウントダウン開始!!」
フィオーナ艦隊に向けてリッテンハイム侯爵艦隊の全軍の照準が指向される。それを知ってか知らずかフィオーナ艦隊の足はいっこうに留まる気配はない。


ラインハルト艦隊の高級士官専用サロンでは提督たちがこの様子を見て歯噛みしていた。自分たちがあの戦場にいればこのような真似は絶対させないのだし、必ず加勢して敵を粉砕してやるのだが、と誰しもが思っていた。だが、一方でフィオーナ艦隊が取りつつある戦法について明確な予測ができないことにもどかしい思いを抱いていた。工作艦からの映像は例のオーケストラの演奏音までもしっかりと拾って提督たちに届けているのである。
「フロイレイン・フィオーナは何を考えているのだ?まさか死ぬ気ではないだろうな?」
ビッテンフェルトが奇想天外なこの進撃方法に真っ先に声を上げる。
「そのようなことはないさ、フロイレイン・フィオーナが兵士たちの命を犠牲にする選択肢を取るはずもない。」
ミッターマイヤーが確信をもってそう言った。その横でロイエンタールが、
「単独前進はフロイレイン・フィオーナの意志ではあるまい。貴族連中が、姑息なことをする。大方ブラウンシュヴァイク公かミュッケンベルガー元帥のけん制の結果か・・・・。」
「卿は不安がっていないようだな。」
「当り前だ。不安を抱く必要性など一分子もないからな。」
誰がいるから、という具体的な名前は彼の口からは出ることはなかったが、ロイエンタール自身が何をもってそう断言できるのかを敢えて質問しようとする人間は諸提督の中にはいなかった。ロイエンタールの金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の眼はじっとスクリーンに注がれているが、それはこの戦場での動きを逐一見逃さずにおこうという意思の表れだったとミッターマイヤーは見て取った。
「だが、このままでは両方から挟み撃ちだ。だが、彼女(フィオーナ)は前進をやめない・・・。何を考えているんだ・・・・?」
ミュラーが僚友の提督たちとディスプレイを食い入るように見上げながらつぶやく。その顔には一筋の汗が流れ落ちていた。


「敵左翼艦隊、有効射程距離に入りました!!」
「閣下!」
参謀長の叫びに、リッテンハイム侯爵の手が上がった。
「砲撃――。」
その時だった。何の前触れもなく、敵の左翼艦隊が揺らめきながら姿を消してしまったのである!!同時に奏でられていた演奏もピタリと途絶えた。
「どういうことだ!?」
リッテンハイム侯爵は唖然としたが、これは侯爵だけではなかった。後方を進んでいたミュッケンベルガー元帥、ブラウンシュヴァイク公爵ら本隊も同様だった。彼らの眼は一瞬一斉に点になったのである。
「左翼艦隊が消えたぞ!」
「何かの間違いじゃないのか!?」
「反応ありません!どこに行ったんだ?!」
「マジックかな。」
「バカ野郎!手品師じゃあるまいし!」
「まさかエイリアンに誘拐されたとか!?」
「テメェはSFの見すぎだろ!!」
などと埒もない大騒ぎが敵味方でひとしきり起こったが、それは両軍にとって致命的であった。何しろこの騒ぎのさなかにも両軍は前進しているのである。当人たちがそれに気が付いたときには、もうすでに両軍は衝突寸前の位置にまで接近していたのだった!!
「攻撃だ!攻撃開始!!」
「撃て撃て!!」
「なんだこれは?!」
「ちょ、お前――。」
「ええええ?!」
「撃ちまくれ!!」
「撃つの!?撃っていいの!?」
「ええいやむを得ん!!撃てェ!!」
「撃ちまくれぇ!!!」
「撃てェ!」
などと、両軍の指揮官が一斉に喚きだし、たちまちあたりは無数の青い光線の乱射で彩られた。中和磁場が織り成す絨毯は時折虫食いの穴が開き、それに巻き込まれた不運な艦は最後に大輪の花を咲かせて両軍の兵士の眼を光で満たしたのである。何しろ接近戦であったためにその損害は急加速して増えていった。

撃てば当たる。まさにこの言葉がぴったりとくる戦いである。

「あの小娘め!!」
ミュッケンベルガー元帥は激怒したが、同時に心臓が止まる思いだった。何しろ左翼にいたフィオーナ艦隊がごっそりと抜けてしまったために、勢いづいたリッテンハイム侯爵右翼艦隊が大攻勢をかけてきたのだった。左翼艦隊の第二陣はアルベルト・フォン・ブレーメン中将という平凡な軍人であり、敵の大攻勢に対処できるだけの器量は持っていない。唯一ブレーメン中将が持っている利点があるとすれば、彼が「ニブイ」事だ。下手にわめいたりせず、叫びもせず、鈍そうな眼を艦橋で瞬かせながら彼は終始変わらぬ指揮を執っていた。そのことが左翼艦隊第二陣の戦線崩壊を阻止していたが、それもいつまで続くかわからない。
ミュッケンベルガー元帥としては、フィオーナ艦隊を囮にしたという後ろめたさもあって、怒りは総倍になっていた。あの「小娘」がこちらの思惑に気が付いた挙句にサボタージュを決め込めば、こちらは勢いづいた敵の前に不利となる。そうなればリッテンハイム侯爵の前に二度目の敗北を喫することになるかもしれない。それだけは絶対に避けたかった。



と、その時だ。またもベートーヴェンの「喜びの歌」の、それもクライマックスが全軍の耳に飛び込んできた。リッテンハイム侯爵艦隊の背後が突如揺らめき、艦隊が蜃気楼のごとく出現したのである。フィオーナ艦隊だった。フィオーナ艦隊は近距離ワープでリッテンハイム侯爵艦隊を突破して背後に出たのである。


この戦法はフィオーナ艦隊の演奏に紛れて送られた暗号化指令をして全艦隊に直ちに伝えられていたのだった。それのみか全艦隊のワープ開始座標地点ワープアウト座標地点も正確にプログラミングされていたのである。それを自動解読するプロテクト解除の鍵が例の演奏だったというわけだ。


「全艦隊、砲撃開始!!」
既に演奏をやめ、副官にヴァイオリンを返していたフィオーナが叫んだ。ルグニカ・ウェーゼル准将、ブクステフーデ准将を2先鋒、ディッケル准将を次鋒にして、それを統括するように中央に布陣したティアナがフィオーナの指示を受けて、
「出番よ!!私たちの手でリッテンハイム侯爵艦隊を壊滅させるわ!!!!」
ティアナの号令一下、前衛艦隊がリッテンハイム侯爵艦隊右翼右側面後方から猛烈な射撃を浴びせかけた。背後を奪われてはどうしようもない。ほとんど無防備な姿の敵は次々と爆沈していくほかなかった。
「おのれ!!小癪な真似を!!右翼は回頭してあの不埒な艦隊を攻撃せよ!!」
リッテンハイム侯爵が指令した。幸いというか、右翼部隊は敵の左翼を叩き続けてその勢いを殺しているから、敵の反撃はそれほどないだろうという試算である。
「回頭して反撃だ!!」
リッテンハイム侯爵艦隊右翼部隊はおよそ4万。ブリュッヘル伯爵が指揮を執っている。左翼艦隊4万をバイエルン候エーバルトが指揮を執り、中央本隊5万をリッテンハイム侯爵が指揮を執っている。敵の右翼部隊4万に対し、フィオーナ艦隊は2万弱であったが、その勢いは圧倒的であった。何しろ先手を取ったのだ。
「アースグリム級戦艦、波動砲斉射、用意!!」
フィオーナが指令した。第三次ティアマト会戦同様フィオーナはアースグリム級戦艦を100隻ほどこの戦場に引き連れてきていた。彼女はそれを4隊にわけ、そのうちの1隊をして敵の右翼部隊に相対させたのである。
アースグリム級戦艦での波動砲斉射については、カストロプ星系での大会戦の際には使用できなかった。理由は敵方に回った貴族の中にも味方の貴族連中の親族・友人たちがいたのであり、それらをしらみつぶしに殺してしまう超兵器は使ってはならないというお達しがあったのである。ラインハルトは内心「バカバカしい。」と思っていたが、上層部からの命令なので、従わざるを得なかった。だが、カストロプ星系での会戦は結果として多大な犠牲者を出した。通常戦闘であってもこのような状態なのだ。波動砲斉射を行ったところで大した違いはないし、むしろ戦局を早く決定づける要素になるとラインハルト、そしてフィオーナらはミュッケンベルガー元帥、ブラウンシュヴァイク公爵らに進言し、許可を得ていたのだった。
「充填完了しました!」
「目標!α9815地点!」
フィオーナの手が高く上がった。
「ファイエル!」
振り下ろされた瞬間、凄まじい光の奔流がアースグリム級戦艦の大口径砲門から放たれ、一直線に敵に襲い掛かった。一発ではなく十三門同時斉射である。その被害はすさまじいものだった。ブリュッヘル伯爵の4万隻はほとんど一瞬にして数千隻艦艇が消失し、数千隻の被害を出したのである。だが、これだけには終わらなかった。さらに後方には充填中の十二隻が控えている。
「充填完了!」
「続いて斉射用意・・・!!」
再び手が高く上がった。
「ファイエル!」
第二射撃はブリュッヘル伯爵の本隊を直撃した。伯爵自身の旗艦はこの光の奔流を免れたが、この2回の砲撃と先の奇襲で喪失した艦艇は甚大なものだった。密集していたのが仇になったのである。4万隻と2万隻である。いくらフィオーナ艦隊が精強だとは言っても正面攻撃で粉砕できるような相手ではないことを彼女はよく知っていた。
「アースグリム級戦艦を後方に下がらせ、通常砲撃で相対します。」
フィオーナが戦力を半減した敵に対し、それ以上砲撃をせず、通常砲撃に徹する構えを取った。まだ戦いはこれからなのである。アースグリム級戦艦の致命的弱点はこの超兵器使用が未だせいぜい1~2発で大口径砲門が融解してしまって役に立たなくなるという点であった。10時の時点でリッテンハイム侯爵艦隊右翼部隊はその戦力を半減させてしまったのである。
「このままでは2艦隊から包囲されます。」
参謀長の青い顔にリッテンハイム侯爵はそれ以上に青い顔をして座り込んでいたが、不意に立ち上がった。
「ええい!!この役立たず共が!!なんだブリュッヘルの醜態はッ!!軍務省次官などと気取ってからに、戦場では物の役にも立たん青二才が!!」
リッテンハイム侯爵の所かまわない怒声罵声は艦橋にいる兵隊たちの士気を著しくそいだ。
「こうなれば突撃だ!!勝つ道はミュッケンベルガー、そしてブラウンシュヴァイクめの首を取ることそれのみよ!!全艦隊、敵艦と刺し違えてでも前進だッ!!」
「閣下、無茶です!!」
「無茶なものか!!」
リッテンハイム侯爵が参謀長を切り裂くようにねめつけた。
「このまま座していて戦局が好転する方法があるというか?!ええ!?」
「それは・・・・。」
「儂は降伏などせん!!断じてせん!!降伏をすれば儂ら一門は皆処刑じゃ!!!ならばいっそこのまま前進して散る覚悟で突進をするのがよいのじゃ!!」
「兵士たちの命はどうなりますか!?」
「なにィ!?貴様、参謀長でありながら兵士たちの命を全軍よりも優先するかッ!?」
「いえ、閣下。私が不安に思っているのは、あなたの御一門の事です。事ここに至ってこそ、そのような事をお考えになるべきでしょう!!」
ディッテンダルグ中将としてはこれ以上兵士の命云々を言えば、リッテンハイム侯爵が激怒すると思い、敢えて一門を出したのだが、それすらもリッテンハイム侯爵には「火に油を注ぐ」事になってしまった。
「貴様、儂が負けるとそういうのかッ!こざかしい!!」
リッテンハイム侯爵がディッテンダルグ中将の胸ぐらをつかみ、彼を突き飛ばして喚き散らした。
「突撃だッ!!」
艦橋要員たちは呆然として主君を見上げている。
「突撃だ!!突撃だ!!突撃だ!!突撃だ!!突撃だ!!」
リッテンハイム侯爵は狂ったように叫び続けていた。その異様な熱がリッテンハイム侯爵艦隊全軍に波及して巨大な火の玉のごとく熱狂的な突撃が行われ始めたのである。
「勝利は目の前だぞ!!なんの、ブラウンシュヴァイク、ミュッケンベルガーごとき、一撃で粉砕してくれるわ!!前進だッ!!」
リッテンハイム侯爵麾下の本隊4万余隻は狂乱した突撃を敢行した。狂乱する艦隊は秩序も何もあった物ではないが、その勢いだけはすさまじく、ミュッケンベルガー元帥、ブラウンシュヴァイク公爵の本隊前衛艦隊は木の葉のごとく吹き散らされ、たちまちのうちに壊滅の余波が本隊、そして正規艦隊にまで波及していった。


如何に狂乱突撃が尋常ではなかったとはいえ、正規艦隊が簡単に瓦解するわけがない。練度に関していえば貴族たちの私設艦隊と正規艦隊とでは格段に差があるのである。にもかかわらず正規艦隊までもが混乱に陥ったこの原因は、ブラウンシュヴァイク公、ミュッケンベルガー元帥両者の二本立ての指揮系統にあった。


ブラウンシュヴァイク公爵は全軍を指揮するという気構えでいたが、ミュッケンベルガー元帥もまた正規艦隊の司令長官としての立場を崩さなかったため、しばしば両者の間で意見の相違があったのである。これが、両者が蜜月時であればまだそのマイナスは露呈してこないのであるが、両者が先のリッテンハイム侯爵艦隊急襲の際から亀裂を生じさせていたため、その対応の仕方も異なった。つまりは異なる指令が同時に出されていくのであるから、いかに正規艦隊と言えども混乱は避けられない。

「後退して陣形を再編せよ!」
「後退はせず、中央および右翼部隊は敵を2時方向にいなし、側面砲撃を行え!」

などと全く違う指令が出れば、どちらを選べばいいか迷うのは当然の事だった。

 本隊はこの間に損害が倍加し、莫大な損傷を被った。ミュッケンベルガー元帥は舌打ちを禁じ得ない思いだったが、彼はまず指揮系統の回復を求めた。ブラウンシュヴァイク公に連絡を取り、本隊を思い切って後退させるように具申したのである。ブラウンシュヴァイク公も暗愚ではないので、この状況の下、引き続いて艦隊を統御する困難さを知り、ミュッケンベルガー元帥の提案を是とした。

 狂奔する艦隊の進路から、一斉にブラウンシュヴァイク公、ミュッケンベルガー元帥の本隊が距離を開けていくが、リッテンハイム侯爵艦隊は猛然と食らいついて離さなかった。それにリッテンハイム侯爵艦隊左翼のバイエルン候エーバルトが加勢したので、会戦当初の勢いとは一転してブラウンシュヴァイク公爵、ミュッケンベルガー元帥の本隊は苦戦を強いられることとなった。

『わが軍中央本隊被害甚大!!』
「本隊を救わなくては!!」
フィオーナは艦橋にあってオペレーターからの報告と、実際に本隊が被害甚大である光景を見てすぐに決断した。だが、距離がありすぎる上、リッテンハイム侯爵が猛進しているので、追いつくには無理があった。おまけにブリュッヘル伯爵の艦隊の残骸が邪魔をしている。仮に麾下の高速艦隊を割いて迂回させて救援に向かわせても数千隻では焼け石に水だろう。


本隊を救うには、背後からの攻撃をするほかなかった。それもただの攻撃では駄目だろう。何しろリッテンハイム侯爵の本隊は左翼艦隊と合わせれば8万を超えるのだから。


 ブリュッヘル艦隊を撃滅したフィオーナ艦隊は今リッテンハイム侯爵艦隊の背後仰角マイナス60度方向に展開している。背後からの一撃必殺攻撃を掛ければ、リッテンハイム侯爵中央本隊及びバイエルン候エーバルト艦隊の勢いは減衰するだろう。
「アースグリム級波動砲斉射、用意!!」
フィオーナは再び波動砲斉射を試みた。今度は残る3小隊すべての火力を叩き込む。それでなくてはリッテンハイム侯爵の動きを止めることはできない。もちろんそのまま敵艦隊に対して水平に発射すればミュッケンベルガー、ブラウンシュヴァイク艦隊を巻き込むが、仰角マイナス60度から発射すれば被害はない。

 が、敵もバカではない証拠に、フィオーナ艦隊の展開を見た敵の一部が艦載機隊を発艦させながらこちらに迫ってきた。
「ケンプ准将!ワルキューレ部隊の指揮を、お願いします。アースグリム級戦艦の波動砲斉射用意が完了するまで、これらを死守してください。」
『了解した。』
ワルキューレ部隊数千機が宇宙空間を飛翔し、殺到してきた帝国軍ワルキューレ部隊との間に激しい空中戦を繰り広げた。ワルキューレ同士の戦いである。そのため、フィオーナはあらかじめ識別コードを認識させ、さらに一部の塗装を変えて、できるだけ同士討ちをさけるようにしていた。それでも起こってしまうのは避けられなかったが、少なくとも無秩序な戦い方ではない。これには長年空戦隊を指揮しているケンプも内心驚きを禁じ得なかったのであった。ここまで一兵卒の身を案じてくれる司令官と接することはできた機会は彼の人生でそう多くはなかった。
 艦列を縫うようにして、ワルキューレが飛翔し、ビーム、ミサイルの交錯する無数の色彩を帯びた空間の中相手を索敵し、群がろうとする姑息な敵共を片っ端から撃破していく。ケンプ自らもワルキューレを駆って宇宙を疾走していた。これについてはフィオーナもティアナも何度も制止したのだが、ケンプはこう言った。
「ワルキューレのような単座式戦闘艇は艦とは違い戦死する率が高い。それはわかるだろう。そして、その麾下の命を預かるのはこの俺だ。その俺が後方で座して部下たちの命を散らすように指令できるはずがないではないか。ご厚意には感謝するが、俺はそのような指揮をすることはできない。」
そうまで言われてはフィオーナもティアナもそれ以上ケンプを制止することはできなかったのだった。
「キリがないぞ!」
「奴らアースグリム級の威力に警戒しているのか!?」
「撃ち落としても撃ち落としてもキリがない!」
「同士討ちをするなよ!気を付けろ!」
「わかっている!」
ワルキューレ部隊のパイロットたちはそんな言葉を交わしながら、敵を撃墜し続けていくが、敵の勢いが総倍した。この場合殺す方よりも殺される方が必死さにおいて上回ったのである。充填中のアースグリム級戦艦一隻に攻撃が集中する。これに気が付いた味方部隊が一斉に襲い掛かるが、上下左右から突っ込んできた敵と乱戦状態になり近づけなかった。みるみるうちにアースグリム級戦艦の各所から火が上がっていく。
「どけ!」
ケンプ自らが搭乗するワルキューレが被弾し続けているアースグリム級戦艦の一隻に接近し、群がる敵をバタバタと撃ち落としたが、もう手遅れだった。断末魔の声が切れ切れに飛び込んできた。
『駄目だ!・・・エネルギー反応炉が・・・暴走!制御でき・・ない!!早く離れろ!!早く――!』
次の瞬間、アースグリム級戦艦は凄まじい衝撃波と閃光をあたり一面にまきちらして消滅した。
「ケンプ准将!!」
フィオーナが叫び、繰り返し繰り返し何度もケンプに向けて通信を放ったが、応答はない。
「・・・・・っ!!」
フィオーナは崩れ落ちそうになった。だが、今は後悔している場合ではない。
『アースグリム級戦艦波動砲斉射準備完了。』
無機質な報告が彼女を次の行動に移らしめた。
「ワルキューレ部隊、全機散開退避してください!!」
フィオーナは左手を振りぬいた。
「退避完了と同時に敵艦隊を砲撃します。目標リッテンハイム侯爵艦隊中央本隊!2斉射をもって敵を沈めます!発射10秒前!!全艦対閃光ウィンドウ用意!」
アースグリム級戦艦の大口径砲門に一斉に青い光が充填されていく。
「ファイエル!!」
青いヘビが一斉にアースグリム級戦艦から飛び出した。うねりを上げながら咆哮すら感じさせる波動があたりを突き抜け、敵艦隊を次々と飲み込んでいく。
「続いて斉射!!ファイエル!!」
残り一個戦隊のアースグリム級戦艦が最後の咆哮を上げた。この二回の斉射の効果はてきめんで、リッテンハイム侯爵艦隊は後ろから大奔流に飲み込まれ、次々とその姿を消していったのである。
『フィオ。』
通信がティアナから入った。彼女もまた先ほどの光景を目の当たりにした一人だった。
「ティアナ・・・私は・・・・・。」
震えを帯びた親友に対してティアナは静かに、だが叱咤を含んだ声を浴びせた。
『早い!』
フィオーナは一瞬たじろいだ。
『まだケンプ准将が戦死したと決まったわけじゃないでしょ。悲しむのはまだ早いわよ。それに、戦いはこれからじゃない。あなたは艦隊司令官よ。司令官が意気消沈する姿を見られてみなさいよ、上官が少し気落ちすればその振動は100倍以上になって麾下に伝わるわ。前世から一人の騎士として、そして主席聖将を補佐した総司令官として経験豊富であるあなたに今更こんな基本的なことを言う必要はないと思うけれど。』
ティアナの言葉にフィオーナは顔を上げた。この場合言葉の中身よりもティアナが声をかけてくれたそのこと自体が彼女を沈痛の海から引きずりあげたのである。
「ティアナありがとう・・・・。」
一瞬だけうなずいて見せた親友はすぐにスクリーンから消えた。フィオーナは顔をきっと上げ、全軍に指令を下した。
「全艦隊、突撃!!相対4時方向から10時方向にリッテンハイム侯爵艦隊本隊を突破して一気に突き抜け、ブラウンシュヴァイク公爵とミュッケンベルガー元帥の右側面に展開して敵の勢いを削ぎます!!」
フィオーナは拳を握りしめた。ケンプ准将が戦死したかどうかはティアナの言うようにまだわからない。だがもしそうだとしたらそれは自分のせいだ。だが、まだそれについて思いをはせるわけにはいかない。まだ戦いは終わっていないのだから。
(そう、まだ戦いは終わっていない。そしてだからこそ、ケンプ准将の仇、必ず取って見せる!!)
 
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