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提督はBarにいる。

作者:ごません
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紫煙の記憶

「ところでAdmiral、こっちの炒め物はなぁに?」

 カツ丼をモシャモシャと頬張りながら、箸できんぴらをつつくビス子。行儀悪いぞ、ったく……。

「それはきんぴらだ。その右側のがゴボウと人参のきんぴら、左のが大根のきんぴらだ。」

「ふ~ん、キン・ピラーって言うの……。」

 何だよそのウルトラ怪獣にいそうな名前は。ビス子は小鉢を持ち上げ、きんぴらごぼうの香りをスンスンと嗅ぐ。

「あら、香ばしくて良い香り。」

「きんぴらはごま油を使うのがメジャーだしな。そこに焦がし醤油の香りも合わさって、堪らない香りになる。出来立てのきんぴらってのは香りまで美味いんだ。」

「ふ~ん、じゃあ一口……。んっ、結構しょっぱいわねコレ。」

 まぁな、我が家のきんぴらの作り方なんで、地域性もあるのかも知れんが、ウチのきんぴらはしょっぱ目の味付けだ。

「けどな、そのしょっぱさが飯にも酒にも合うんだよ。」

 俺もきんぴらを一口。…うん、この塩っ辛さ、懐かしいねぇ。そこに冷や酒をキューっと流し込む。

「かぁ~っ、美味い。」

 熱燗も美味いが、やっぱり冷やの方が俺は好きだね。因みに銘柄は「陸奥八仙」。俺の地元の近く、八戸の酒蔵が出している地酒だ。コイツはその純米大吟醸華想い50、その名の通りに味も香りもまるで華のような鮮やかさだ。オススメは15℃~16℃位の涼冷え。冷やしすぎると折角の香りが立たなくなるからな。

「しかし、Admiralってホントにお酒強いのね。」

「そうかぁ?普通だろこれ位。」

 熱燗で朝から5合、今の冷やを飲み干せば7合か。まだほろ酔いにもならねぇ量だ。青葉が以前『自覚が無いって、恐ろしいですね……』と青冷めてたが、一体何の事だ?



 腹も程よく満たされて、酒も身体が温まる程度には入ってきた。そうなってくると、今度は別の刺激が欲しくなる。

「なぁビス子、煙草吸って良いか?」

「えぇ、構わないわ。でも意外、Admiralも煙草吸うのね。」

「まぁ、ほとんど吸わないんだがたま~にな。無性に吸いたくなる時がある。」

 こうした気を緩められる時位か、煙草に火を点けたくなるのは。普段は吸いたいなんて滅多に思わんのだが、ふと吸いたいと思うと我慢できなくなる。

 了承も得たので遠慮なく、一本くわえて火を点ける。一息吸って、そのニコチンとタールを肺に満たしてやる。そして鼻から紫煙を吐き出してやる瞬間、煙草に混ぜられていたフレーバーが鼻腔をくすぐる。元々は海外の銘柄の煙草で、バニラやカカオ、チェリーといった甘い香りが付けてある。今日はチェリーをチョイス。部屋の中にもチェリーの甘酸っぱい香りが拡がっていく。

「Admiral、私にも一本貰えないかしら?」

「え?お前も吸うの?」

「えぇ、たまに昔の仲間を懐かしんでね。」

 あぁなるほど。それで突然、煙草なんて……。

 第二次世界大戦中、当時イギリス海軍の誇りであり最大・最強を誇った戦艦があった。その名は『フッド』。それをプリンツ・オイゲンと共に沈めたのが当時ドイツ海軍の最新鋭戦艦だったビスマルクだった。当然の如くイギリス海軍は激怒。ビスマルク一隻を沈めるために戦艦8隻を基幹とした大艦隊を差し向け、追撃戦を展開した。その最中、遠目で英海軍の戦艦に偽装しようとハリボテの煙突を作り、その煙突を本物らしく見せる為に艦長が乗組員に煙草を吸わせたらしい。結局そのハリボテの煙突は使われる事は無かったらしいが、艦長の機知に富んだアイディアによって乗組員の士気は高まったという。戦艦ビスマルク・その壮絶な最期を遂げる2日前の事だったというーーー……。

「ホレ。」

 ビスマルクに一本差し出し、くわえさせてライターで火を点けてやった。その紫煙を燻らせた目の端に、光る物が見えたのは気のせいではなかったハズだ。

「泣いてんのか?お前。」

「う……うるさいわねっ!煙が目に滲みただけよ……。」

 強がっちゃって、可愛いなぁ全く。そういえば、ビス子が美味いと食っていた大根のきんぴら、皮のきんぴらだったんだが黙っとくか。



 ハイ、再び二人でアニメの鑑賞中ですよ~っ、と。

『ハイスクールのランチ、2回奢ったぞぉ!』

『俺は13回奢らされた!』

『いちいち数えてんじゃ……ねぇよっ!』

「ねぇ提督、この二人って仲悪いの?」

「いんや、すんげぇ仲の良い幼なじみだぞ。」

「なのにこんな殺し合いしてるの?男の友情って理解に苦しむわ……。」

 まぁ、この感覚は男同士の方が理解しやすいだろうな。とその時、執務室のドアがコンコン、とノックされる。

『提督?大和です。オヤツをお持ちしました。』

 時間を見るとグッドタイミング、午後3時だった。

「おー!入ってこい、一緒に食おうや!」

「失礼します、今日は駆逐艦の皆さんと作った手作りのバニラアイスですよ。」

 大和は有名な料理上手だ。特にアイスは間宮の物に勝るとも劣らない逸品だ。ハロウィーンのイベントの時も駆逐艦達に配っていたっけな。

「良いねぇ、けど今日は少しアレンジを加えるか。」

 大和は座って待ってな、と炬燵に入らせる。俺はキッチンに立つと、鍋を火にかけて、シェリー酒やブランデー、フルーツのリキュール等を暖める。沸騰はさせない。70~80℃位の温度で留めておく。そしてドライフルーツやナッツ類を小皿に盛り付け、二人の前に持っていく。

「さぁ、アイスに好きなトッピングをして、好きな酒をかけてやれば『提督流アフォガード』の完成だ。」

 アフォガードは日本だとエスプレッソをかけた物が一般的だが、本来は紅茶やリキュールなんかをかけた物も存在する。そこにレーズンやドライフルーツ、ナッツ類を好みで散らすとまた美味いんだ、これが。

「ん~っ、大人の味って感じですね。」

「そうね、この味わいはお子様にはわからないでしょうね。」

 俺も一口。俺はレーズンにクルミ、それにシェリー酒をチョイスした。程よく溶けたバニラアイスとシェリー酒が混じりあった物が口に入ると、バニラエッセンスとシェリー酒の香りが口一杯に拡がっていく。そこにクルミのガリゴリという食感とレーズンの仄かな風味が混じり合うんだよ。マズい訳がない。

「いやぁ、贅沢なオヤツだなコレは。ありがとう大和、美味かったよ。」

「いえ、そんな……。あ、ありがとうございます。」

 あらま、顔真っ赤にしちゃって。酔っ払ったか? 
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