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魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―

作者:鳩麦
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第三章
  三十話 Limit speed「×1」

 
前書き
アニメに負けない激闘が書きたい 三十話。 

 
トライセンタースタジアムの観客席の一角、二人の女性が、クラナ・ディリフスとクレヴァー・レイリ―の試合を観戦していた。高町なのはと、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンである。昨日の娘に引き続き、息子の試合を観戦しに来ていた二人は、さりとて、予想したよりも苦戦を強いられているように見える試合展開に、真剣な表情でリングを見つめていた。

「クラナ……」
「あの子、凄く幻術系の魔法の使い方が凄く上手い……」
祈るように手を組むフェイトの隣で、なのはが冷静にクレヴァーの能力を分析する。いざ試合が始まると、試合が始まる前、やや緊張気味だったなのはの方が、フェイトよりも落ち着きを見せていた。こういった模擬的な試合形式の者を見るとなると、教導官である彼女は慣れが先に出るらしい。

「あの歳で、かなり精度が高そうだよね……それにあれって……」
「うん。オプティックハイドとフェイクシルエット……他にも何か、別の魔法を重ねてる。多分、インスタント・イリュージョンかな」
「それって……」
「人間の呼吸、鼓動なんかの生体動作の音声をとか、気流の動きを疑似的にだけど幻術の周りに再現して。「気配」を再現できる魔法。本当に鋭い人には通じないけど、中途半端にそう言うのに敏い人には有効なの。それにしても……それを同時に、三つも制御できるなんてすごい……それにあの子、まだ余力があるみたい……」
心底感心したように言うなのはを、フェイトが慌てたようにぽかぽかと叩いた。

「も、もう!なのは!私達クラナの応援に来たんだよ?」
「あう、だ、大丈夫。まだクラナも落ち着いてる。巻き返せるよ」
「うん……クラナ、優勝出来るよね……?」
「……それは……まだ、分からないよフェイトちゃん。IMって、強い子は本当に強いから……」
「でも……」
正直なところ、クラナがどうしてIMへの参加を決めたのか、なのはとフェイトにはきちんとは分かっていなかった。本人はなにも言わなかったし、二人もヴィヴィオと共通の話題が出来るなら悪いことではないと、それだけの理由で流してきたからだ。
ただ……

「うん。私も、応援はしてあげたい……昔みたいに、クラナが世界一を目指すなら、アルテアさんがしたみたいに。私にできることで……」
「うん、今は、応援だねっ」
「うん!」
そうして、まるで示し合わせたように二人は叫ぶのだ。

「「頑張れー!クラナ―!」」


────

クレヴァー・レイリ―という少年の話をしよう。
彼は先天的に、天才的と言ってまったくそん色のない、そういう頭脳を持って生まれた少年だ。凡そテストと呼ばれる学力調査において、幼少の頃から初等部時代に至るまでの間に、ミッドチルダ内でも平均学力が高いStヒルデ魔法学院において、100以外の点数を取った記憶は無い。
努力も怠りはしなかったため、必然、より高い学力が求められる中等部、高等部の成績においても、常にトップの成績を取ることは容易だった。
しかし、中等部に入って以降、彼は唐突に、そして常に、学内で成績が後悔されない模試などのテストを除くテストの全てで、トップではなくトップより少し下の成績に甘んじるようになる。理由は単純、自らの学力が、他人の嫉妬を招く要因になるという事に早い段階で気が付いたからだ。
……いや、気が付いたというよりは、気が付かされたというほうが正しいのか。詳細は思い出したくもない為省くが、結果として、それに気が付かされた故に他人とかかわることを極端に避けるどころか、会話することすら困難になってしまったのだから、その結論は当然の帰結だった。

凡そ人と比べて、少々不幸な出来事もあったと思う、しかしそんな彼にも初等部の頃から夢はあった。
魔法戦技の世界に出場し、その「頭脳」を駆使して勝ち上がることだ。

今でこそ魔法戦主体の者も多くはなってきたが、男子の魔法戦技の世界は基本的に、その肉体スペックこそが最も重視される世界だった。筋肉と、汗と、流血、殴り合い、あるいは罵り合う事さえある、女子の部のような華はなく、ただ純粋な、男と男の戦いこそが全ての世界。そんな世界に他の男子たちと同じように、彼もまた「憧れ」を抱いていた。
クレヴァーは幼いころから、頭脳は成長しても体の方はめっきり成長しない人間だった。背は伸びず、体力は人並み以下、どうあがいても、スポーツに向いているといわれるような類の才能は、彼にはなかった。しかし「魔法戦技」の世界であるならば、話は別だ。
「魔法」はあらゆる事を可能にする万能の力だ。その万能と、自分が唯一他人に誇れる「頭脳」。それを何とか組み合わせて、魔法戦技の世界で勝ち上がることができれば、自分の中から抜け落ちてしまった「他人と向き合う勇気」も、何時か取り戻せるはずだ。少年は、そう信じた。

『無理に決まってんだろ、バカじゃねぇの?』
中等部の中盤、「夢」という題材で書いた作文をクラスメイトに奪い取られて嘲笑と共に最初に言われた言葉が、それだった。

『オマエみたいなチビで、頭ばっかの鈍間が、IM?』
『IM!?うっそだろお前、夢見過ぎだって』
『頭良いくせにんなこともわかんねーのお前』
彼らは相も変わらずいつものように、正面切って少年の夢を嘲り、罵り、汚した。
腹が立った、今すぐにこいつらに飛び掛かってその顔を汚辱に塗れさせてやりたいと思ったし、なにより幼いころから抱いていた夢を「無理だ」の一言で断じられた事がどこまでも悲しかった。何故なら、心のどこかにその夢を抱いた瞬間から「無理なのかもしれない」と冷めて見つめている自分もまた、クレヴァーの中には存在していたからだ。その弱点を、鋭い針で突きさされたように胸が締め付けられた、だから言い返すことも出来ない自分が居て情けなく、それを指摘されたことでさらに悲しみが募った。
結局クレヴァーは「書き直しだ」とその作文を勝手に破り捨てられるその瞬間も、ただ立ち尽くしていることしかできなかった。

だから……

「…………」
「あ、居た居た」
「!?」
「クレヴァー・レイリ―だよな?話があるんだ、今良いか?」
クレヴァーにとって、その出会いは奇跡だった。

「き、きみ……は……」
「ん?あぁ、悪い。B組のライノスティード・ドルクだ。ライノで良い」
ある夕暮れ時、教室の入り口に立つ彼の名を、名乗られるまでもなくクレヴァーは知っていた、何度となく、彼の姿をモニター越しに見ていたのだ。

「都市、本戦……第4位……」
「ん?なんだ、IM見てたのか?詳しいな」
聞き返しに、彼はコクコクと何度も頷くしかできなかった。自分にとって雲の上の存在、どう手を伸ばしても届かないような存在が、目の前にいた。その衝撃と興奮が、普段の人見知りをする自分をどこか遠くにおいやっていた。

「お互い知ってるなら話もはえぇや。お前に少しアドバイスしてほしいことがあんだ、ちょっと付き合ってくれよ」
「ぼ、ぼぼ、ぼ、僕、ですか……!?」
「?そう言ってる、都合悪いか?」
「い、いぃ、い、いえ!!」
「よっし」
パチンと指を鳴らしてライノはクレヴァーの前の席の椅子に腰かける。背もたれに腕を乗せた彼は、足を組むと、ニヤリと笑った。

「じゃ、ちょいと付き合ってもらうぜ?」

────

ライノの話は自分の魔法の発動効率や使い方に関するアドバイスを求める内容だった。彼はどこから気が付いたのか、クレヴァーの魔法術式や魔法運用に対する知識量が、同学年でも群を抜いていることを察していたのだ。
その時間は、クレヴァーの人生の中でもひょっとするほど覚えがないほどに楽しい時間だった。
初め押し切られてしまったことで忘れていたライノに対する警戒心も、話している内に解きほぐされ、普段他人にそれを抱いていることを思い出したころにはもう完全に解けて消え去っていた。

何よりも、自分が夢の為に集め続けていた知識や考えが、彼の手によって夢の舞台まで押し上げられるのだと思うと、心の内から歓喜と期待が膨れ上がって止まらなかった。気が付いたころには、すっかり陽が落ちた校内に見回りの教師が来るまでどっぷりと話し込んでいた。
帰り道、ライノは少し呆れたように言った。

「それにしてもお前、まさかこんなによく話す奴だったなんてな。聞いた話じゃ、シャイで人見知りするタイプだって聞いてたのによ」
「ま、間違っては、居ないよ。でも、ライノは、話が上手いから……」
「乗せられたって?冗談、あんなマシンガンみたいに話してた癖してよ」
「うぅん……」
実際、初対面の人間にこれほど話したのは初めてだったのだ。それほどに、ライノとの話は楽しすぎたというだけで。

「そっれにしてもお前、それだけ戦闘に対する知識も考え方もあるのに、魔法戦競技とか、そういうのに出ないのかよ?」
「ぼ、僕は……」
運動が苦手だから、そう言いかけて、言葉に詰まった。本当は、そうではない、あの同級生たちに言われた、「無理だ」という言葉、あの時受けた針がまだ胸の内に突き刺さっていて、だから怖いのだ。夢を追いかけ、それが真実であると証明されることが。

「……ライノ、聞いて、良いかな?」
「ん?おう、俺ばっか聞いたら不公平だしな。なんでも聞いていいぞ、一部の女子のバストのサイズまでなら答えてやる」
[最悪ですマスター直ちにその辺りの河原に飛び込んで二度と浮かび上がってこないでください。大丈夫です、私がナビゲートいたします。ここから北西200mの距離にちょうど……]
「すみませんウォーロックさん物騒なナビゲートやめてもらっていいっすか!?」
自分のデバイスに向けてパニクったように答え、ため息をついてから自分を見下ろすライノを見上げて、クレヴァーははっきりと聞いた。

「それで?」
「うん、その……運動が苦手でも、頭脳戦だけでも……IMで、勝ち上がれるかな……?」
「ん?知らん」
「……えっ?」
あるいは、「無理だ」と言われるのかもしれないと思っていた。トップファイターである彼にそう言われるならば、諦めてしまおうとも思っていた。しかし……

「頭脳戦だけって男子の部じゃ見た事ねーけど、見た事ねー例の事なんぞ分かんねーし、誰かがやってみないことにゃーなんともいえねーわな。だから知らん。すまん、なんか大事な問いだったか?これ」
「……う、うぅん、そう、だよね……誰もしたことないなら……」
当然、答えなど分かるわけがない、何しろ前例がないのだから。誰もしたことが無いのだから。誰もしたことがない事は……

「無理って、事じゃないよね……」
すなわち、「不可能」ということではない。

「?そりゃそうだろ。なんだ?そうするのか?」
「えっ?あ、うん……できたら……僕は、運動苦手だから……」
うつむいてそういいかけた直後──

「そうか、“頑張れよ”」
「…………ッ!」
何気なくライノが言った言葉に、クレヴァーは目を見開いた。初めてだった、初めて、彼は自分の夢に「応援」をもらった。誰も、同級生はおろか、教師も、親でさえも、自分の夢に「頑張れ」なんていってくれたことはなかった。誰もが、嘲りで、困惑で、心配で、自分の夢に「不可能」という言葉を押し付けようとしたのに……

「?おいおい、お前……泣いてんのか?」
「ッ……ごめんっ……ちょっと……ごめんっ……!!」
ぬぐった涙が、跡になって自分の歩く道に跡を作る。その歩いてきた足跡を、試しても良いと言われた、挑戦しても良いと言われた。どうしようもなく弱い、歩みだせない自分の背を、初めて、押してもらった。それがどこまでも嬉しくてこぼれた涙は同時に、決意の滴だった。

誰もしたことが無いのなら、前例がないというのなら、自分がその前例になろう。
自らの持てるすべてを持って、誰かが決めつける「常識」を打ち破ってやろう。その為には……

────

「……予定通り」
自分の考えに考え抜いた策がはまった事で、クレヴァーは小さく微笑んだ。彼にとっては当然のように、それは演技だった。頭の内は、普段から頭の回転が速いと自負している自分でも驚くようなスピードで、目の前の少年が起き上がった後の展開を考えている。
この日の為に、クレヴァーはクラナに対するあらゆる情報を調べ、集め、覚え、予想した。彼の戦技、魔法、技術、スタイル、家族構成や分かる限りの趣味嗜好、戦歴、トレーニングに至るまで、本当にあらゆる事をだ。
すべては、クラナ・ディリフス・タカマチという圧倒的な実力を持つ選手に、勝つために。

「(この試合に勝って、証明する……無理なんかじゃない、魔法戦技の世界は、頭脳戦でも勝ち上がれる)」
あれから徹底的に自分の持つ数少ない戦闘のスキルを精査して、クレヴァーはそう結論をつけていた。元々、クレヴァーは知識はあってもけして魔法戦の能力が高いわけではない。魔力の瞬間最大出力はけして高いとは言えないし、使いこなせる術式もどちらかと言うと実際のダメージが狙えるものよりも妨害や支援に使うものばかりで、それをメインに戦闘するものが居るかと言われたら少ないと言わざるを得ない。
だがそうであっても、それを補う手段はある、勝てる。と彼は考えていた。戦い方さえ伴っていれば……

────

[6……7……]

「…………」
[あ、相棒?大丈夫ですか?]
「あ、うん……やっぱり、そうそう簡単じゃないなって」
言いながら、クラナは一つ息を吐いて立ち上がる。ちょうど、カウント9ぎりぎりの時間だ。

「[クラナ選手、カウントを九まで待っての立ち上がり。先制攻撃のダメージは果たして伝説に通じているのか!]」
「(通じてるって、人間ですよオレ)」
実況者の煽りに苦笑しながら、クラナは自らの状態を確認する。残りLIFE5770、ボディに18%、不意を打たれたためもあって、綺麗に直撃をもらってしまったのは痛かった。とはいえ、まだケリが付く、というのには少ないダメージだ。ボディダメージは蓄積すると動きを阻害するため問題だが、現状は無視しても良い程度のダメージでしかない。問題は……

「(あのスピード、こっちの加速を超えてくる速さを生み出す魔法が、向こうにはあったって事なのか……?)」
しかしなんというか、にわかに驚くべき話だ。これまで出会ったどんな魔法使いでも、事敏捷という部分でクラナにかなう相手はそうそう居なかった。代表的なのはフェイトだが、あの人は元来スピードと攻撃力に特化した魔法戦を主体としている上に、管理局においてもトップクラスの魔導士だ。それと同等の速度まで加速する魔法を、学内でも魔法戦技が突出しているとは聞かない彼が隠し持っていたとは……

「(とにかく、相手の手札を探る必要があるか……)」
[Fight!!]
「アル、維持したままで」
[Acceleration]
試合開始のアナウンスに会場が沸く中、ブン、と、自分の中の時間の流れが変わるいつも通りの感覚にクラナは身を沈める。と、その感覚に、どこか違和感がある事に気が付いた。ただそれが何なのか、咄嗟には気が付けず、原因を考えようとして、次の瞬間、クレヴァーの姿が目の前に現れた。

「(早……っ!!)」
咄嗟に行ったガードに、例の魔力の針が直撃する。スティングレイという名らしいそれは、おそらく防御魔法貫通の性質を持っているのだろう。察しは付いていた為手首の辺りから逸らしたかったが、その暇すらも与えてくれないほどの高速の突撃。しかし何とか防いだ。

クラナ・ディリフス・タカマチ DAMAGE 640 LIFE 5130

「ふっ!!」
即座に、攻撃の硬直を狙って半歩後退、右の正拳突きで突き返そうとする。が、それが振るわれたときには既に、レイリ―は射程外に逃れている。それどころか、次の瞬間三人に増えた。

「(またかっ!)」
相変わらず全てから気配がする。それが一斉に超高速で突っ込んでくる。

「───ッ!」
「っ!」
視界の端でノーヴェが、何事かを叫んだ。それと同時にクラナは左に転がるようにしてそれを避ける。その瞬間。

「ッ!(そうかっ!)アルっ、加速解除!!」
[Roger]
世界のを見つめる感覚が、元の時間軸を取り戻す。その瞬間だった。追撃とばかりに態勢を崩したクラナを追おうとするクレヴァーの動きが視界の端に“はっきりと見えた”。そこに、先ほどまでの速さはない。普通に運動を苦手とする彼が普段見せる、相応のスピード。

「せぁっ!」
「っ!?」
次の瞬間、クラナは崩れた体制から両手を地面について、一気に体を回転させる。広げた両足が旋回蹴りとなってクレヴァーの腕を打った。

クレヴァー・レイリ― DAMAGE 820 LIFE 11180

衝撃によって後退したレイリ―から、即座にクラナが離れる。距離を取って様子をうかがう彼に、アルが問うた

『相棒、今の指示は……!?というか、相手の魔法の正体が』
『いや、俺も正直予想外だった。ローリングしなかったら気が付かなかったよ。ノーヴェさんにも感謝だ……危なかった』
「(気がつかれれちゃった、か)」
クラナの目つきが変わったのを見て、クレヴァーも何かを察したのだろう。彼の雰囲気に警戒が満ちて行く。互いの間にじりじりと緊張感が張り詰めて行く中、アルが聞いた。

『では、あれはやはり』
『うん、クレヴァーが俺より早くなってたんじゃない。“俺が遅くさせられてた”んだ』
初めに感じた違和感に気が付かなかったのは、ある意味で無理もない事だった。何故ならそれは本来、「試合」というリング上で最も集中するべき事象の、外側にある事象、すなわち「観客席の声」だったからだ。

クラナの「加速魔法」は、その原理上、クラナ自身の「運動速度」「思考速度」は高速化することが出来ても、それ以外、すなわち、クラナの加速の埒外において行われる、クラナ以外の「物理現象」のスピードは、一切高速化することが出来ない。
そのため、本来加速中は、クラナが聞き取るあらゆる音は、低速になることで、引き伸ばされた音楽のように、波の感覚が広い、低音の音で聴覚に認識されるのだ。

しかし、先ほどクラナが立ち上がった時、試合再開と共に上がった観客席の声が、「高く」聞こえたのである。音が高く聞こえるのは、クラナの認識の中でその音が高速になっているときだ。認識できる音波の幅が短い為、音は通常よりも早く、高く聞こえてしまう。音声を早送りするのと同じだ。そしてこれと同じことが、先ほど、ノーヴェが声を上げた時にも起きた。ノーヴェが何を言ったのか、クラナには分からなかった、分かったのは唇の動きからノーヴェが何かを言ったことと、一瞬だけ甲高い何かの音が聞こえたことだけだ。

そして極めつけは、ローリング回避である。ローリングによる回避は、本来のクラナならめったなことがないかぎり行わない回避方法だ。体制が明らかに崩れる上に、相手を視界から一瞬でも消してしまうし、下手をすれば体のどこかを変に打つ可能性もある、しかし最大の理由は、その動作上、ローリングによる回避が物理法則に乗っ取ったものであるためだ。
本来、クラナは加速中にローリングの回避を行う時、相当の力で地面を蹴って思い切り推進力を掛けた回転をしなければならない。というのも、物理法則は等速であるため、ローリングする際のクラナの落下に関係する動きは、クラナが普段思うよりも大分遅くなるからだ。同じ理由で、クラナはあまり地に足のつかない空中戦を好まない。加速魔法の真価は、あくまで足が使えて初めて成立するのである。

しかしその認識と逆の事が、先ほどクラナの身体には起こった。ローリングしたときの回転速度が、クラナの予想をはるかに上回って早くなったのだ。正直なところ体を打ち付けることなく、しっかりと着地できたのは半ば奇跡と言っていい。つまり、物理法則の方がクラナの認識よりも高速であるという事。そこから導き出される結論はすなわち……

『通常の物理法則速度が等速である以上、相棒の認識能力が減速している、というわけですか』
『そう言うこと』
『しかしそうだとして相棒、何故加速の解除を?』
『……正直勘だったんだけど、多分こっちの加速を、逆手に取られてる……』
『!?術式に干渉されているということですか!?』
『うん』
多分そうだ、というよりは、それ以外の方法が思い浮かばないのだ。自分が知らないだけかもしれないが、外部から直接相手の思考クロックや動作速度に対して干渉する魔法など聞いたことが無い。精々視覚、聴覚の認識能力対する干渉までが、幻影魔法の限界の筈だし、そうでないならとっくの昔にティアナ辺りがやっているだろう。

『だから多分、こっちの加速魔法を逆手に取って、何かしらの魔法で術式に干渉して性質を逆にしたんだろうね』
『加速のつもりが、減速魔法にされてしまった、と?しかし相棒、それでは……』
『…………』
黙り込んだクラナが構えなおす、再びクラナの周囲に、クレヴァーの生み出した幻影が現れる、その数は、8体。

「(キツイな……)」
クラナの頬に、冷たい汗が一筋流れていた。

────

「クラナ先輩……」
「さっきの一撃がいてーな、あれで結構差ぁつけられてる」
「はい……それに相手の、クレヴァーさんの戦術も、よくわからないですし……」
「ライノ先輩、さっきのあれって?」
「ん?あぁ」
リオの問いに、ライノは鼻を鳴らして一つ唸る。観客席にいる彼らから見ていた試合は、なんというか、実に奇妙な物だった。接近していくクレヴァーに対して、クラナがやたらと緩慢な動きで対応し、本来なら十分余裕を持って対処できる攻撃を、ぎりぎりの動きで回避するのだ。最初は何をしているのかと疑問だったが、突然元の動きに戻ったクラナから慌てたようにクレヴァーが距離を取るのを見ると、何かしらの魔法による仕掛けがあったのだという事を理解できた。

「予想だが、彼奴の魔法だ。彼奴の持ちもんの一つが結界魔法でな、一定領域内での魔法術式の使用に、ある種の制限を付与できるっつーもんなんだわ」
「他人の術式に干渉できる魔法って、そんなのあるんですか!?」
「対象の術式が詳細に分かってねぇと、本来は成立しねーんだけどな。それが出来るレアスキルを彼奴は持ってる。解析者(オブザーバー)っつってな。なんでも、相手の魔法の発動を見てると、その術式がどんなもんか、だんだん分かるんだと。で、それで解析した術式を結界の中で使えないようにするらしい。なんつったかな……そうだ、《ディストピア》っていう結界魔法なんだとさ」
自由のない世界(ディストピア)……」
なんとも珍しい魔法を知ってか、あるいはそのたぐい希な効果に対してか、コロナが慄いたようにその名を繰り返す。

「あれ?でも、それじゃさっきのもそうなんですか?でも……」
「その一種ではあるだろ、けど、詳細はわかんねーな。まぁ彼奴も出場選手なんだ、一から十まで俺に教えるとは思えん」
「あ、確かにそうでした!」
「気の所為かな、今ナチュラルに俺が出場選手だって忘れてなかった!?」
「えへへ……」
「笑ってごまかそうとしないでね!?」
八重歯を見せながら可愛らしく笑うリオに、ライノが必死にそう叫ぶ、その様子に困ったような顔をするアインハルトがヴィヴィオを見ると、彼女は一心に祈るように目を閉じ、手を組んでいた。

「ヴィヴィオさん……?」
「お兄ちゃん……頑張って……」
小さく漏れ出すように紡がれたその言葉、その手は少しだけ震えていて、いつもの元気いっぱいな彼女からは想像もできないほど弱弱しい。

「(ど、どうしよう……)」
何か言葉を掛けなければ、そう思いはするのだが、いかんせんアインハルトには人を「励ます」という経験が殆ど無い為、どう言葉を掛ければいいのかが分からない。コロナやリオに頼りたいが、彼女達は試合に集中しているし頼って良いものか分からない。ウェンディやディエチも、何やら試合を分析して話し込んでいる、こんな時にすぐに気の利いた言葉が浮かばない自分を、今だけはアインハルトは本気で恨む。

『手』
「ッ!?」
突然、念話が脳内に挟み込まれる誰のものかを確認する間もなく、彼女は反射的にヴィヴィオの手を握っていた。

「……っ、アインハルトさん……?」
「あ、その……」
つい反射的に言われるがままになってしまったが、ここからどうすればいいのか、先ほどの念話の主に頼ろうとしたが、すでに声は聞こえない。気が付くと、パニックのあまりか、あるいは実は言いたいことがあったのか、口は自然と動いていた。

「……大、丈夫です。だから……その、最後まで、見ていましょう」
「…………」
今、なにげに凄く無責任な事を言わなかっただろうか?というか、何か少し説教臭くなったような……

「あ、その、すみません偉そうなことを……」
「えっ?あ、いえ、そんな事!ありがとうございます!そうですよね……ちゃんと、最後まで見なきゃいけないですよね、ありがとうございます!」
「あ、はい……」
よかった、何とか自分は彼女を元気づけることが出来たらしい。正直なんといったのかよく覚えていないが、よかった……

「(……不器用だねぇ)」
彼女の視線の外では、ライノがリオと話しながら内心で苦笑していた。

────

「(やっぱり、あれでも対応出来るんだ、凄いな……)」
オプティックハイドで姿を隠したまま移動し、クラナを観察するクレヴァーは八体の幻影を相手に一発も食らうことなく立ち回る対戦相手を見ながら内心で舌を巻いていた。あれが自分ならとうに倒されている状況だ。

「(加速魔法も使ってこない、のは当然として、その上でこれか……)」
基礎ポテンシャルが恐ろしいレベルで高い、それは認めざるを得ない事実だった。自分にはない才能だ。だが、それでも加速を封じられた事、そしてそれを逆手に取って一撃与えられたのは大きい。

「(いっそ、冷静さを欠いてそのまま加速に頼ってくれたら楽だったんだけど)」
せっかく切り札の一つを使ったのだから、とクレヴァーは内心でひとりごちる。
クラナの加速を全く逆の性質にした魔法は、《ユートピア》という彼の切り札となる魔法の一つだ。ディストピアの術式介入を改変した魔法で、対象の術式に刻まれている魔法の性質の一つを反転させることが出来るという魔法である。一度に一つの術式に対してしか使えない為使いどころを選ぶが、はまればこれ以上ないほどの効果を発揮してくれるシーンも多い。

「(ただ、相手が加速を使ってくれないと今は成立しない……)」
別の魔法に対して使用するんでも悪くはないが、ユートピアの対象術式を切り替えるのには少し時間的ラグがある上、その切り替え期間中、自分は一瞬ディストピアを使えなくなってしまう。相手の加速魔法が「時間的猶予を引き延ばす魔法」である以上、そこに気が付かれるリスクは避けなければならない。となると……

「(そろそろ、次の手を打とうかな……)」
そう考えて、彼は移動を始めた。

────

「(どこ、だっ!?)」
正面から来たクレヴァーの一撃かがんで躱しながら突撃し、拳を振るう。はずれだが、そんなことは分かっている。これで残り六体。ただ、その六体に本物が居るかどうかは分からない。距離を取りつつ慎重に攻めてきていることからも、相手はこちらを消耗させたいらしい事がうかがえるし、このラウンドでどこまで攻めてくるつもりなのか、まだ測りかねているのが実情だ。ただ、少しずつ分かってきたこともある。
先ず、相手の決め技である「スティングレイ」この術は、一度に一発以上飛んでこない。ミスリードの可能性はあるが、複数打てるのならば、すでに撃つべき状況は何度もあった。それらを全て見逃してまでミスリードをする理由が分からない。
また、幻影は基本的に、本体と見分けをつけさせないためにその本体と同じ程度の身体能力を持たせるのが一般的なのだが、その流れにならうならばクレヴァー・レイリ―本人の身体能力は決して高くない。これもミスリードの可能性はあるが、学校のフィジカルテストでも、ここ数年間クレヴァーが目立った話題に上ってきた覚えはない。少なくとも、完全な格闘戦に持ち込めれば勝ち目はあるはずだ。

「(まぁ、そうさせないのが相手の戦術みたいだけどっ!!)」
後方から来た一撃をステップで躱して打ち返そうとしたところを、右から来た別のクレヴァーに狙わて、さらにバックステップで躱す。後方に三体、振り向くと同時に富んできた射撃型のスティングレイを、ローリングすることでぎりぎり回避する。
この試合が始まってから、正直相手の幻影操作の能力には驚かされっぱなしだ。複数体の幻影の動作をそれぞれ制御するためには、相当な並列思考能力(マルチタスクスキル)が必要なはずだが、クレヴァーはそれらを試合開始からずっと見事にこなしている。このあたりは流石に秀才、と言った所か。

最後に、この相手は、自分の事を相当によく調べている。
こちらの動きや対応が、正直なところここまで殆ど予測され、対策された上で組まれた物であろうことは、クラナにもなんとなく察しがついている。加速はおろか、こちらの範囲攻撃の少なさを理解した上で、攪乱と自己の位置情報の隠匿を行い、こちらに試合をさせないつもりでいる。ともすれば、彼はこの試合が始まるよりも前に、試合を終わらせるつもりで来ているのだ。

「スティングレイ!」
「ッ!」
体制を崩したところを狙いすましたように、遠距離からクレヴァーの声がする。顔を向けた時には、すでに鋭い形をした魔法弾が顔面めがけて飛んできていた。

「アル!」
[Absorb]
それを、不可視の防御魔法で受け止めて吸収、即座に彼の周囲に6個の緑色の魔力弾が形成される。

「ディバイン・シューター……」
[Discharge]
射出(シュート)ッ!!」
号令と共に、魔力弾が全ての幻影に向かって一つずつ飛び出す。多少誘導能力は低いが、それでも母親(なのは)を手本に学んできた高速誘導弾だ。そうたやすく避けさせるつもりはないし、もし回避の為に強引な動かし方をすれば、そのクレヴァーが本体でないと分かる。そう考えてすべてのクレヴァーを注意深く観察する、が……

[Dystopia]
[Uncontrollable]
「!?」
突然、クラナの発動した術式がアルの言葉と共に効力を失う。術式の制御による誘導を失った魔力弾は、あらぬ方向へと飛んでいき、その全弾が目標を逸れた。

『申し訳ありません相棒、術式の発動が無効化されました!』
「(やっぱり術式干渉……!)」
先程とは違い、術式の無効化を行ってきたクレヴァーに、クラナは若干歯噛みする。発動に時間をかける必要もないということだろうか……
或いは、一般的な魔法だったから干渉しやすかったのか?だとすると術式の難しさも関係があるのか……?

「(くそっ)」
思考を整理したいがしている暇がない。再び向かってくる幻影たちの相手をしなければならないからだ。いっそのこと、向かってくるものは全て幻影だと割り切って相手を捜索するかとも考えたが、それをしていざ本物が混じっていると取り返しがつかない。無防備な状態でもう一撃もらってしまったら、それで試合が終わってしまう可能性すらあるのだ。その危険性を考え始めると、全てのクレヴァーが本物に見えてくるから達が悪い。だんだんと、疑似的に本当に分身されているような気分になってくる。

「(落ち着け……)」
あくまでも本体は一体、攻撃してくるのも一体という前提で、相手の攻撃は成り立つ。指先さえ触れれば、それが幻影かそうで無いかは分かるのだ。とにかく、落ち着いて対処するしかない。だが守勢に回るだけでもらちが明かない。ので……

「ふっ!」
右側から回り込んで来ようとする一体に対してステップで走りこむ。間合いに入るぎりぎりのところで突きだされたスティングレイを寸でのところで躱して腕をつかみにかかる。が、これははずれ。その時、後方から飛び込んでくる気配がして首だけで振り返る、とすでに幻影の一体がこちらに右腕を突きだそうと迫っていた。明らかにクレヴァー・レイリ―の身体能力ではない。こちらから仕掛けたための焦りが見えたかと、クラナは予測する。が……ふと、ここまで完璧に幻影を操作してきたクレヴァーが、こんな単純な失敗を犯すことに、説明し難い違和感が奔った。殆ど反射的に、上半身が前方に向かってくの字に折りまがる、腕にスティングレイが掠った。

クラナ・ディリフス・タカマチ DAMAGE120 LIFE 5010

「ッ!」
今度ばかりは、クラナは自身の直感に本気で感謝せざるを得ない。正直なところ、ここで決めに来るのは想定外だったからだ。が……

「(実体なら!!)」
クラナは流れるような動作で、かがんだのと逆に向けて、まるでバランスを取るように左足を延ばして、踏み込み過ぎたクレヴァーの頭に上段回し蹴りを見舞う。が……その足は、見事にクレヴァーをすり抜けた。

「!?」
攻撃されたクレヴァーの幻影が消えるのに少し遅れて、クレヴァーの「腕だけ」が魔力と共に拡散、消滅する。

「(部分実態化って、そんなのアリかよ!?)」
幻影魔法に対して、魔力で編んだ実態を重ね掛けして分身する技術なら、クラナも知っている。しかしそれはかなり珍しい類の魔法で、よほど適性が無いとそうそう出来ないはずだ。それを、部分的に行って処理する演算の容量、使用する魔力の量を減らすなど、聞いたことが無い。
掠ったスティングレイの反動にあおられて、少し体制を崩す。そこを狙いすましたように、他の四体に一体増えて五体のクレヴァーが射撃型スティングレイの準備をしていた。

「っ、アル!」
[Absorb……]
[Dystopia]
[Error]
「くそっ!!」
予想はしていたが、やはりこのたいみんぐで来たエラーに思わずクラナは悪態をついて体制を無理やり防御に回す。飛来した実態を持たない四本と、実態を持つ一本の魔力棘は、待ってましたと言わんばかりにそこへ殺到した。

「……っく……!」

クラナ・ディリフス・タカマチ DAMAGE3110 LIFE 1900 クラッシュエミュレート 左腕部軽度骨折

腕をしっかりと組んで何とかガードしたものの、前に出していた左腕にひびが入ったらしく、鈍い痛みがクラナの身体を貫いた。
着弾によって生まれた煙の向こうから、四体の気配がするが、衝撃で身体が硬直し、動かない。

「……!」
煙の向こうから、四本の魔力棘がクラナめがけて迫った。


 
 

 
後書き
はい!いかがだったでしょうか!?
巷ではヴィヴィストが佳境を迎える中、また書かせていただきましたwちなみに作者は、このまえのヴィヴィオVSリンネ戦で思いっきり思いのたけをつぶやきにぶつけてしまいましたw

さて今回はクラナ回……に見せかけたクレヴァー回ですw前半にまるまる、彼の過去をいれまして、少し彼の事を知っていただこうと思いましたw
しかし、やはり、別々の視点における情報共有というのは難しいですね……今回だと特に、ライノサイドやクレヴァーサイドは知っているけどクラナサイドは知らないという事が多々あるので、そこをごっちゃにしないように動きを決めることに非常に難儀しております。
うぐぐ……難しい……

後今回の一押しとして、一瞬だけですが、アインハルトが言葉と気持ちを伝えるのに難儀していたりもしました。今でこそヴィヴィストで全力で無茶やってる彼女ですが、こんな時期もあったなぁ、等と思い出しついでにクスリとしていただければと思いますw

では、予告です。







ア「アルです!って、ピーンチ!!ピンチですウォーロック!!」

ウォ「そのようですね。なかなか苦戦していますね」

ア「なかなかというかとても苦戦しております!!つよいですよあの方!誰ですかあの人がIM勝ち抜くとか馬鹿じゃねぇのとか言った人!!」

ウォ「彼の同輩の方のようですね。最近は才能のある方を見誤るいじめっ子が流行りなのでしょうか?」

ア「ストップです!!作者さんが全力で見ているからと言って具体的に1年2年未来の話を引き合いに出すのはよしましょう!?」

アス「ボクの後輩くんがでるんだよねぇ、たのしみだなぁ」

ア「あぁ、アスティオンさん。そのようですが今は今の話ですよ!まずは目の前のことをどうにかせねば!!」

アス「そっかぁ、がんばってねぇ」

ア「はい!頑張りますとも!まだ、負け、る、わけには……」

ウォ「負ける二秒前に見えますが」

ア「いえ、その、それは……」

ウォ「…………」

ア「…………」

ウォ「……では次回《刹那の妙技》」

ア「想いをこめて、撃ちぬ「駄目です」ぜ、ぜひご覧ください!!」

アス「またねえ」
 
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