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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百十四話 決戦、ガイエスブルク(その4)

帝国暦 488年  3月 3日  21:00  帝国軍総旗艦 ロキ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


「間も無くガイエスハーケンの射程内に入ります」
ヴァレリーが緊張した表情で俺に注意を促がした。
「オペレータにガイエスブルク要塞、それから敵艦隊の動きに注意するように伝えてください。どんな些細な事でも報告するようにと」
「はい」

ヴァレリーがオペレータ達に指示を出すのを聞きながら戦術コンピュータのモニターを見た。モニターには味方が敵を押している状況が表示されている。ビッテンフェルト、ケンプの突進は流石だと言って良い。

グライフスが状況を認識しているとすれば、カルナップ男爵、ハイルマン子爵はこれ以上は持ちこたえる事が出来ないと見ているだろう。となればガイエスハーケンを撃つか、或いは予備を出してこちらの攻勢を止めようとするはずだ。

しかし現状では敵の予備に動きはない。両軍とも予備を使っていないしグライフスの使える予備の兵力はこちらに比べて小さい。それを思えば予備は使いづらいのだろう。それに此処で予備を使っても劣勢を少し持ち直すだけだ。大勢は変わらない。

グライフスは虎の子の予備を使うなら戦局を変える決定的な場面で使いたいと思っているはずだ。やはり此処はガイエスハーケンを利用してくるだろう。大丈夫だ、此処までは多少の齟齬は有ったが俺の、いや作戦会議の想定どおりだ。そしてグライフスにとっても想定どおりだろう。

問題はこれからだ、この後の展開をグライフスはどう読んでいるか、そして俺達はグライフスの考えを何処まで読めたか。そこが勝敗を分けるはずだ。

「敵艦隊、回避行動を取り始めました!」
「全艦隊、急速退避! 正面の敵と同方向へ全速で退避せよ! 敵はガイエスハーケンを使用します!」

オペレータの声と俺の命令に瞬時に艦橋の空気が緊迫した! オペレータ達が緊張した面持ちで退避命令を出し始める! この艦橋で戦争でも起きているかのような騒ぎだ。正面のヘルダー子爵は天頂方向に退避している。俺の艦隊も同方向に退避し始めた。

スクリーンに映る映像は右翼部隊が回避行動を取り始めた姿を表している。モニターの表示はまだそこまで映していない、モニターに反映するのはもう少し時間がかかるだろう。

「ガイエスブルク要塞の主砲が発射されようとしています!」
「急げ! 時間がない、早く回避するんだ」
オペレータの声にワルトハイム参謀長が叱咤するかのように指示を出している。

何時になく慌てたようなワルトハイムの表情が可笑しかった。俺の知っている限り総旗艦ロキがこれほどの緊迫と喧騒に包まれた事はない。思わず顔が綻んだがヴァレリーが厳しい表情で男爵夫人が呆れたような表情で俺を見ている。慌てて表情を引き締めた。

実際笑っているような状況ではない。スクリーンに映るガイエスブルク要塞は或る一箇所が急激に白く輝きだしている。もう直ぐガイエスハーケンが発射されるだろう。腋の下にじっとりと嫌な汗をかいているのが分かった。

全ての艦が射程外に出るのは難しいだろう。ただ退避行動は敵と同方向にしろと命じた。問題は敵が味方を殺してまでこちらに致命傷を与えようとするかだ。作戦会議でもそこが問題になった。

敵にはクライスト、ヴァルテンベルクが居る、あの二人は味方殺しで閑職に追われた。多分味方殺しは無いはずだ、しかしやるならヘルダー子爵と俺を狙うだろう。俺ならやるだろうか、よく分からない。問題はグライフスにそこまで出来るかだ。そこが先ずは最初の勝負の分かれ目になる。

「ガイエスハーケン、来ます!」
オペレータが悲鳴を上げた。それと同時にスクリーンに巨大な白い光が炸裂する。光の束が宇宙を貫いて行った。スクリーンの入光量が調整されているから見る事が出来るがそうでなければ閃光で失明していたかもしれない。

とんでもないエネルギー量だ。確かにトール・ハンマーに匹敵する。直撃されれば一瞬で蒸発していただろう。しかし俺は生きている。最初の勝負に勝ったということだ。

「参謀長、被害状況を確認してください。それと右翼部隊全艦に後退命令を」
「はっ」
ワルトハイムが指示を出そうとする前にオペレータが声を上げた。

「前方の敵、攻撃をかけてきます!」
ワルトハイムが俺を見た。その視線を受けてからスクリーンを、戦術コンピュータのモニターを見た。確かにスクリーンにはヘルダー子爵が攻撃をかけてきている様子が映っている。そしてモニターは敵が総反撃を開始している様子を映している。

「閣下……」
「参謀長、先程の命令を実行してください。それと後退は出来るだけ無様に行なうようにと」
「はっ」

ワルトハイムがオペレータに指示を出すのを聞きながら俺はスクリーンをもう一度見た。敵の予備が動き出している。狙いはどちらだ? 俺か、それともメルカッツか……。 俺の方向にこられると厄介だが、さてどちらだ?

敵の予備がケスラーの方向に向かった。どうやら敵はこちらの左翼を叩こうとしている。後方に出ようとしているのか、或いはケスラー、クレメンツを叩きに来ているということか。まあそちらはメルカッツの責任範囲だ。俺はバラバラになった右翼を取りまとめなければ……。

グライフス、分かっているか。お互いに艦隊の半分はバラバラになった。お前は残る半分で勝負をかけようとしている。だがバラバラになったお前の左翼は誰が取りまとめる? 前面の艦隊を攻撃しつつ左翼を取りまとめる。やるとすればブラウンシュバイク公だが、彼にそこまで出来ると思うか? 俺だって二の足を踏むだろう。

俺にはメルカッツが居る、そして俺の部隊は訓練された正規軍だ。だから俺は右翼の再編と再反撃に専念できる。だがお前には左翼の再編と攻撃を委任できる人物が居ない。そしてお前の率いる軍は統率の取れない貴族連合軍なのだ。



帝国暦 488年  3月 3日   21:10 メルカッツ艦隊旗艦 ネルトリンゲン ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ


ガイエスハーケンが宇宙を切り裂いた。凄まじいエネルギー波だがどうやら味方の被害は少ないようだ。艦橋の人間も皆スクリーンに目を奪われている。

「シュナイダー少佐、ヴァレンシュタイン司令長官の安否を確認してくれ」
「はっ」
私の言葉に我に返ったシュナイダー少佐がオペレータに指示を出し始めた。

大丈夫だ、司令長官は無事だ、信じるのだ。その思いに答えるかのようにオペレータから返答があった。
「総旗艦ロキを確認しました。総旗艦より右翼部隊に対して後退命令が出ています」
「うむ」

予定通りだ。ほっとする一方で緊張が私の心を縛った。此処からの味方左翼は私の管轄下に置かれる。八個艦隊、約十万隻が私の指揮で動くのだ。否応なく緊張感が身を包んだ。

「閣下、敵が攻撃をかけてきます」
シュナイダー少佐が緊張した面持ちでスクリーンを見ている。前面の敵が攻撃をかけて来た。どうやらグライフス大将は全面反攻に転じたようだ。

味方に後退命令を改めて出す。その命令を出し終わる前にオペレータが緊張した声を上げた。
「敵、予備部隊を投入しました!」

戦術コンピュータのモニターには敵の予備部隊、二個艦隊がこちらに向かっているのが見えた。狙いはケスラー提督の側面、或いは後背か、厄介な事になった。オペレータにケスラー提督との間に通信を開くように命じた。

「ケスラー提督、どうやら予備がそちらに向かったようだ」
『そのようです。少々厄介な事になりました』
スクリーンに映ったケスラー提督は苦笑しつつ答えた。

「予備をそちらに向かわせようと思うが」
向こうから予備を出してくれとは言い辛いだろう、こちらから言うべきだ。そう思ったのだがケスラー提督は少し考えて断わってきた。

『……いえ、予備の投入はお止めください』
「しかし……」
『大丈夫です。こちらに考えがあります』

にこやかにケスラー提督は答えると彼の考えを話し始めた。敵が後背を突く可能性は低い、おそらくは側面からの包囲を選択するだろうと。何度も彼の意見に頷きながら改めてヴァレンシュタイン司令長官の信頼が厚い理由を理解した。



帝国暦 488年  3月 3日   22:00 ガイエスブルク要塞   アントン・フェルナー


ガイエスハーケンが敵に与えた被害は殆ど皆無だった。敵はこちらの艦隊に合わせて回避行動を取ったようだ。味方殺しを避けた所為で損害は殆ど無い。しかしガイエスハーケンを使った事により味方の左翼は壊滅の危機から解放された。

今味方の左翼は後退しつつある敵を追って攻撃をかけている。敵は突破、混戦に持ち込めなかったことで一旦艦隊を後退させ仕切り直しをするようだ。しかしバラバラになった艦隊は連携が取れずこちらの攻撃に苦戦しながら後退している。

いっそエーリッヒをヘルダー子爵もろとも消滅させれば良かったか……。そうすれば敵の混乱は今の比ではなかったはずだ。

問題は右翼だ。メルカッツ副司令長官はガイエスハーケンが発射される前に後退を始めた。エーリッヒが回避行動を取った事で攻勢を取るのは無理だと判断したようだ。こちらは全軍で反撃を開始し、予備を使ってケスラー艦隊の側面を突こうとしているがまだ決定的な損害を与える事が出来ずにいる。

ケスラー艦隊は後退しながらクレメンツ艦隊と協力しグライフス総司令官、フォルゲン伯爵、ヴァルデック男爵を捌いている。やはり敵の撤退が早かった。その分だけ敵は余力を持って後退している。

「どうも上手く行きませんな、敵の側面を崩しきれない」
ブラウラー大佐が戦術コンピュータのモニターを見ながら話しかけてきた。大佐の表情は苦しげだ。
「……」
「側面ではなく後背に回らせた方が良かったかもしれません」

グライフス総司令官が何故側面を突かせたか、おそらくは側面を崩し半包囲を行う事で勝利を確定したかったのだろう。その方が敵に大きな損害を与える事が出来ると考えたのだ。そして予備を後方に送ればその時点で敵が後退する、戦果が不十分になる可能性があると考えた……。

貴族連合は寄せ集めだ、この一戦で勝敗を決める。その想いが総司令官の選択肢を縛ったのかもしれない。

「多少は時間がかかるかもしれません。しかしいずれは包囲できるはずです。それに味方は優勢に攻撃を仕掛けている」
沈黙した俺達を励ますかのようにガームリヒ中佐が声を出したがブラウラー大佐は頷かなかった。

「どうかな、メルカッツ副司令長官は少しずつだが戦列を右に移動しているようだ」
「右に?」

ブラウラー大佐の言葉に俺とガームリヒ中佐は戦術コンピュータのモニターを見た。モニターには彼我の状況が映っている。確かにメルカッツ副司令長官は艦隊を右翼へ移動させ、ケスラー艦隊は後退しながらフォルゲン伯爵、ヴァルデック男爵と正対しようとしている。これでは包囲どころか後方にも回れない。

上手く行かない、攻めきれない。今は有利だが何時までもその有利を維持できるはずもない。何処かで決定的な戦果を上げなければならないがその契機が見えない。俺もガームリヒ中佐も思わず溜息が出た。

「予備を後背に回しても上手く行かなかったかもしれない。勝機はむしろ左翼にあるかもしれませんな」
「左翼?」
鸚鵡返しに問い返した俺にブラウラー大佐が頷いた。

「見ての通り、敵はガイエスハーケンを避けるために退避行動を取りました。そのため敵は戦線を組めずにいます。そして敵は攻撃を得意とする指揮官を揃えましたが彼らはいずれも防御は不得手のようです」
「なるほど」

確かにスクリーンに映る敵は苦労しながら逃げている。おまけに戦線が組めないため援護し合う事も出来ずに居る。少しずつ集結しようとはしているが攻勢をかけていた時の勢いは何処にもない。

「予備は左翼に出したほうが良かったかもしれませんな。予想外の大物がかかったかもしれません」
「……予想外の大物?」
「ヴァレンシュタイン司令長官です。味方の撤退を援護するためでしょう。最後尾を務めようとしているようです」

慌ててスクリーンを見直した。そこには味方の撤退を援護し敵の追撃を鈍らせようとしている艦隊があった……。



帝国暦 488年  3月 3日  23:00  帝国軍総旗艦 ロキ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「正面の敵、攻撃をかけてきます!」
オペレータの報告に思わず溜息が出た。正面の敵、ヘルダー子爵か……。しつこい奴だ、お前は俺のストーカーか! いや、しつこく追ってくるように仕向けているのはこっちなのだ。文句を言える義理ではないのだがそれでもうんざりする。

「右方向よりハイルマン子爵の艦隊も攻撃をかけてきます!」
ハイルマン子爵、こいつもさっきからしつこい。よっぽど俺を殺したいようだ。リメス男爵家の件が有るからな。あの件はカストロプ公の仕業だが連中はその事を知らない。俺も特に誤解を解くような事もしなかった。おかげで連中、酷く怯えているようだ。遮二無二攻撃を仕掛けてくる。

「ビッテンフェルト提督より入電! 命令を!」
どいつもこいつもうるさい事だ、また溜息が出た。“命令を”か、こちらの撤退行動を援護したいようだが却下だ。お前が無様に逃げて、俺が後衛を務める、そうじゃないと敵が追ってこない。まあ気持は分からないでもない、司令長官に後衛を務めさせて逃げるのは気が引けるのだろう。

「ビッテンフェルト提督に返信、こちらに構わず撤退せよ」
「はっ」
「全艦に命令、正面の艦隊の中央に主砲斉射三連、撃て!」

俺の命令とともに艦隊から主砲が三度、ヘルダー子爵の艦隊に撃たれた。たちまち敵は混乱する。思いっきり突き崩してやりたいという気持を抑えてハイルマン子爵への攻撃を命じた。

「続けて右方向の艦隊の中央に主砲斉射三連、撃て!」
主砲が発射され敵が混乱するのが見えた。これで時間が稼げるだろう。連中、俺の首を求めて夢中だ。協力しあう事も忘れている。これなら凌ぐ事は不可能じゃない。

メルカッツは左翼を上手くまとめているようだ。敵の予備はケスラー艦隊の側面に取り付く事は出来なかった。そしてメルカッツは未だ予備を投入していない。グライフスにはもう打つ手が無いはずだ。左翼は貰った、後は右翼だ。

味方の右翼部隊は少しずつ集結している。ケンプ艦隊はアイゼナッハ艦隊と行動を共にしつつ後退している。ファーレンハイトはミュラーと一緒だ。敵を引き寄せつつ少しずつ後退している。後一時間程度で集結できるだろう……。

 
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