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蒼き夢の果てに

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第7章 聖戦
  第156話 御使い

 
前書き
 第156話を更新します。

 次回更新は、
 12月14日。『蒼き夢の果てに』第157話。
 タイトルは、 『聖スリーズの託宣』です。

 

 
 外界から差し込んで来る弱い冬の陽光(ひかり)と、頭上から照らされる人工の蒼光(ひかり)。そして、自らの周りに存在する小さき精霊たちを活性化させている今は、俺自身が淡い光輝(ひかり)に包まれている状態。
 おそらく観衆……集められたガリア貴族たちからは俺の姿が、妙に強調されたかのように映っている事でしょう。
 そう考え掛けてから、少し訂正。いや、もしかすると神々しく――かも知れないな、と。
 そう、それはまるで舞台の上でスポットライトを浴びる役者のように。一部の宗教画の中に描かれる後光を背負った聖人のように見えているはず。

 何時も通りの少し皮肉に染まった思考でそう考えながら、本来、異議を唱えた……俺がタバサの使い魔と成る事に対して反対意見を述べたガリア総大司教の視線を背中に受け、俺の長広舌は終わった。

 水を打ったかのように静まり返った……。(しわぶき)ひとつ聞こえない鏡の回廊。まるで、その場に存在するすべての者が化石と成り果てたかのような空間。
 そう、張り詰めた空気と妙に重苦しい雰囲気。誰もが身動きひとつ出来ず、俺の動きに注視している状態と言えるかも知れない。
 しかし――

「騎士と貴婦人……と言うには、双方ともやや幼すぎる帰来はあるが――」

 それでも、ふたりの意志は決まったようじゃな。
 低音楽器のような、低く落ち着いた声が凝り固まって仕舞った世界に響いた。
 西洋的騎士道の基本を口にして、俺の長広舌を受け取るジョゼフ。この固まってしまった世界を最初に解すのは矢張り王たる彼の役目。
 ……但し、俺は所詮、彼の影武者。時が来れば彼が今の俺の役割を引き継ぐ以上――
 また少しやり過ぎて仕舞ったかも知れないな。

 相変わらず、やって仕舞ってから後悔する、と言う繰り返しを少し反省する俺。知らない人間から見ると、俺がガリアの表舞台に立ってからここまで、この王太子は将来、どんな王となるのか。……と、そう期待させるには十分過ぎるぐらいの態度や結果でずっと歩んで来ていると思う。その妙に高い期待を将来、この目の前のジョゼフが一身に背負う事となるのですから……。
 少し彼の未来に付いて気の毒に思わない……でもない。
 もっとも、そのリスクも込みで、この難局を乗り切るには俺やタバサの力が必要だ、とジョゼフ自身が割り切った結果だとも思うのですが。
 今、この場に俺やタバサが存在する理由は。

「それで総大司教、どうなさいますかな?」

 しかし、……と言うか、当然と言うべきか。その様な俺の内省などお構いなしに進む事態。そして、更に場の主導権を握ったまま、そう問い掛けるジョゼフ。
 当然のように、

「御心のままに」

 そう口にしてから一歩、後ろへと下がる総大司教。但し、おそらくこれは最初からそう言う手筈に成っていた、そう言う事だと思う。
 そもそも反骨精神の塊のような俺に対して、他国の馬鹿どもからガリアが下に見られる可能性があるから未来の皇后だろうが何であろうが、女の使い魔になる事など止めろ、などと言われたとして、ハイそうですか、……と簡単に受け入れる訳がない。
 普通に考えるのなら、こんな時だけ良く回る頭と、それ以上に良く動く舌が状況をひっくり返して仕舞う可能性の方が大きい。

 つまりこの場では総大司教がわざわざ嫌われ役を演じてくれた。そう言う事。
 今まで常識だった古い論法や慣習を若い王太子()が打ち破る。何処の世界にも存在する、古臭い習慣や意味のない縁起担ぎを笑い飛ばし、其処に古い権威に挑む新しいガリアを重ねさせようとしている。……のだと思う。それに、矢張り勢いが良い方が。対外的には強硬な意見の方が単純で人気が出易いのも事実でしょう。
 大体、対外的に理不尽な……言いがかりに等しい理由で、その古い慣習に染まった他の国々から戦争を吹っ掛けられている今のガリアの状態ならば。

 確か前世でこの役は西薔薇騎士団のランスヴァル卿だったはず。しかし、何故かこの場に彼や、マジャール侯爵の姿も見えない。更に魔法と言う、常識の向こう側に存在している人間の筆頭。リュティス魔法学院の学院長とトリステインの元学院長の二人に、古い思い込みや常識に凝り固まった発言をさせる訳にも行かない。
 このハルケギニア的にはどうだか分からないが、少なくとも今回の人生で俺に術を教えてくれた師匠や水晶宮の関係者たちの間では、魔法とは元々常識の外側に存在するモノ……と認識されていました。
 そう、魔法に関わる者と言うのは、初めから常識や思い込みの向こう側に住む人間たちの事。その常識の埒外(らちがい)の人間が、古い思い込みに凝り固まった発言を行って仕舞うと、其処に大きな自己矛盾が発生して仕舞い、結果、彼らのこれまでの発言、これから先の発言に説得力が無くなって仕舞うから。
 故に、今回の人生でこの嫌な役割を総大司教が受けてくれた。……と言う事なのでしょう。

 おそらく今回の人生では軍の主要な将軍連中は流石に前線から離れる事は出来なかったのでしょうね。東薔薇が既になく、両用艦隊も壊滅状態の現状で、マジャールの飛竜騎士団と西薔薇は国軍のすべてと言っても過言ではないはずですから。
 前世では確か平民主体の軍隊が聖戦勃発の頃には既に組織されつつあったのですが、今回の人生では其処まで深く、更に長い時間、俺がガリアの政治に関わった訳ではないので……。
 ……そう言えばジル・ド・レイも居ないか。

 少し意識が明後日の方向へとトリップしていた俺。その最中も当然のように進み行く事態。
 そう、俺が今、考えたとしても意味のない事に意識を飛ばしていた数瞬の間に、ゆっくりと進み来ていたタバサが俺の半歩手前で静かに立ち止まった。
 その瞬間、この鏡の間に集められた貴族たちの間に言葉にならないざわめきにも似た何かが広がって行く。
 矢張り、この契約の儀を止める事は出来ない。そう感じさせる強い感情を――

 白磁のような肌……。有希と比べても人種的な特徴から、おそらく彼女の方が白い肌を持つ。端麗な容貌の中に、年齢に少しそぐわない鋭利な何かを感じさせる彼女。ただ、彼女の現実の年齢からするとやや幼いように感じる。
 おそらく彼女自身が、俺の知っているこのハルケギニア世界の同年代の少女と比べると、かなり小柄な所為だと思うのだが……。
 そう、十五歳と言う年齢からすると、彼女の身長は地球世界の日本人の平均から言うと十センチは低い。
 もっとも、俺のアンドバリの指輪が教える前世の記憶に間違いがないのなら、前世の彼女には背が伸びる方法を教えたはずなのですが……。

 記憶の中に居る、前世の彼女の姿。オルレアン大公家に産まれた双子の片割れの少女の姿を思い出す俺。身長は百六十センチ近く。百八十を超える俺と並んでも不釣り合いになる事のない……と言うか、むしろ非常にバランスの取れた組み合わせに見えた腰まである長く蒼い髪を持つ少女の姿を。

 そう、確かに教え、前世では間違いなく実践したはず。適度な運動と睡眠。成長ホルモンが分泌されるのは睡眠中が多く、その為に必要な栄養素を多く含む食材をバランスよく摂取する方法も……。
 もっとも、こんなどうでも良い事を彼女が思い出す必要もないか。それに、ここ数年のタバサに降りかかった不幸は彼女に大きなストレスを与えたはずなので、その事が成長に悪い影響を与えた可能性も高い。

 年齢、更に人種や家系から言うと、もう少し成長していても不思議ではない少女を自らの瞳の中心で捉えながら、そう考えを纏める俺。但し、これは明らかに現実から逃避している者の思考。そもそも、この退っ引き(のっぴき)ならない状況に追い込まれた理由は、自らがタバサの使い魔と成る、とギャラリーの前で強く宣言した事に端を発していたので、誰の責任でもない自分自身の責任なのだが……。
 ただ、総大司教が妙に否定的な意見を述べた事によって、俺の反骨精神に火が付いて仕舞い……結果として大勢のギャラリーの前で意味もなくキスシーンを披露するハメに。

 去年の四月(フェオの月)、最初に召喚された時に交わした契約のくちづけは、ほぼだまし討ちに近い形。その後に関しては、多くのギャラリーが居る中でのくちづけではなかった上に、戦闘時のどさくさと言う事もあったので……。
 但し、これも身から出た錆。冷静になってよくよく考えてみれば、別にここで大勢の前でくちづけを交わして見せなくても、後にちゃんと使い魔契約を交わしましたよ、……と公式に発表するだけで事が足りたとも思うのですが。
 もっとも、ここまで話を盛り上げて仕舞うと、流石にそう言った方法でお茶を濁す訳にも行かなくなる。

 もうどうにでもなれ。見せかけだけの『契約のくちづけ』なのだから唇と唇が軽く触れる程度で十分だろう。
 そう考え、半ばヤケクソ気味の思考ながらも覚悟を決める俺。

 僅かに上目使いに俺を見つめるタバサ。赤いアンダーリム越しに見つめる瞳の色は蒼。
 まるで精巧に出来た人形のような整った顔立ち。容姿に関して言うのなら未だ成長途上と言うタバサには少し曖昧な部分。……少し子供っぽい雰囲気の部分もあるが、それでも非常に整った顔立ちだと思う。性格に関しては……俺と他者、と言う明確な線引きを行っているようで、少なくとも社交的な性格とは言えない……前世の彼女からすると、とても同一人物だとは思えないような性格なのだが、それでも大きな問題があると言う訳ではない。
 それに、彼女に関しても俺に対する感情はちゃんと伝わって来ている。

 その彼女に対して、この覚悟の決め方はかなり失礼な態度のような気がしないでもないのだが……。

 後で埋め合わせに何かするべきか。冷静な瞳で見つめられ、彼女の指が俺の頬に当てられた瞬間、煮えかかった頭に普段通りの冷静な思考が戻って来る。
 何にしても、この見世物に過ぎないイベントをさっさと終わらせる。それが帰って来てから行う最初の仕事だ。そう考えた瞬間――

「これから何が起きても……わたしを信じて欲しい」

 本来、何らかの呪文らしき物を唱えるタイミングで発せられる意味不明のタバサの言葉(日本語)。いや、それが日本語で行われた以上、この場に集められたガリア貴族たちには、彼女の口の動きからも、何をしゃべったのか分からないはず。つまり、先ほどの彼女の口の動きは、彼らからしてみると、タバサが何らかの呪文を唱えたとしか思えないでしょう。
 それに――
 それにそもそもタバサを信用しない……などと言う選択肢は今の俺には存在しない。大体、彼女を信じられないのなら、俺はこの世界には帰って来ていない。
 確かに盲目的に信用している訳ではない。盲目的にただ一途に信じているだけならば、それは単なる思考停止に過ぎない、と思う。常に疑念は持ち続けている……とまで言わないが、タバサが俺を陥れて何か意味があるとも思えない。

 少し両腕を伸ばすかのように、俺の頬に手を当てるタバサ。僅かに……と言うには身長差が有り過ぎるが故に、かなり腰を屈めた姿勢で彼女が届くようにする俺。

 整った。しかし、少し冷たい印象の彼女の指先を強く感じながら、この四十センチ近い身長差だけはどうにかならない物か。そう考え続ける俺。先ほどの彼女の言葉は矢張り無視する。そもそも、彼女を疑う事に意味はないし、おそらくソレは、これから何か起きる事の予告。
 多分、これから行う契約の儀の箔付けに関わる事なのでしょう。

 流石に抱き上げてからくちづけを行うのでは、契約の際に行うくちづけとしては不似合。そうかと言って、その差四十センチと言うのは、タバサの側が少し背伸びをしたぐらいでは埋められない身長差。
 結局、他者からの見た目を考えると、多少不恰好……まるで大人と子供が挨拶を交わす際の様子に見えたとしても仕方がない。そう考え、俺の側が大きく腰を折り曲げる事で身長差を埋め――

 瞳を閉じた瞬間、強くなる彼女の香りと気配。そして微かに触れ合う程度の――
 しかし!

 走る激痛。苦痛に声を上げなかっただけでも大したモノだと言えるほどの激痛に、しかし、自然と膝を付いて仕舞う俺。
 反射的に覆った左手が温く、多少の粘性を帯びた液体で濡らされて行く。
 そう、最早何度目になるのか分からないぐらいに繰り返された彼女らと契約を交わす度に起きる霊的な現象。視界の半分が完全に朱に染まる状態。
 この霊障……と言うか、オーディンの伝承を(なぞら)えたオッド・アイの再現。
 ただ――

 ただ、今回の契約の儀式は見せかけだけのはず。俺とタバサの間では、既に使い魔や血の伴侶に類する契約はすべて交わされて居て、今更新しい霊的な繋がりを構築しなければならない理由はない。
 左目を覆った手を伝って落ちて行く紅い音。ひたり、ひたりと大理石の床に滴り落ちる水滴の音が耳にまで届く。
 嗅ぎ慣れて仕舞ったさびた鉄の臭い。心臓が鼓動を刻む度にズキン、ズキンと響く痛み。
 生命の源が徐々に失われて行く状態。ただ、現状はあまり得意としている訳ではない治癒魔法を自ら使用する……と言う選択肢はない。確かに異様な事態なのだが――
 一般人が失血死するのは大体二リットルの血を失った時。いくら仙人や龍種である俺でもその範疇から大きく逸脱してはいないと思うので、この状態が長く続くのは流石にマズイのだが。

 刹那、懐かしい……何故か、幼い頃の思い出を喚起させる香りが俺を包み込んだ。しかし、それだけ。治癒の術式を組み上げる訳でもなく、ドクドクと流れ出し続ける紅い液体を止めようとする気配もない。
 優しくただ抱き留めるだけ。白い衣に紅い色を付けるだけに留め――

「もう少し我慢をして欲しい」

 耳元で囁かれる日本語。本来の彼女の声はもっと丸みを帯びた優しい女性らしい声であったはずなに、何故か今回の生では無機質な声。
 育った環境やその他の要因によって同じ魂、同じ遺伝子を持つ人間でもこれほど違いが現われる物なのか。

 ざわざわとした雰囲気なのだが、何故か大きな声を上げる者もいない異常な状態。集まった貴族たちの中には女性も多く見受けられたと思うのだが、それでも悲鳴を上げる訳でもなければ、誰もこの場所に近寄って来る気配すら感じない。
 更に感じる異常な事態。確かに俺の気が活性化している現在の状態……一般人から見ても現在の俺は後光を背負うような状態だと思うので、普段の同じような状態の時と比べてそれほど違和感があると言う訳でもないのだが、俺の周囲に存在している精霊たちが異様に活性化している。

 まるで今現在、何か巨大な術式を行使して居る最中のような――

「――もう少しで召喚円が完成する」
「我が主人、ルイス・ドーファンド・ガリアよ」

 耳元で囁かれるタバサの日本語に重なる、良く通るガリア共通語。
 普段通り、抑揚に乏しいタバサの声と、普段とは少し違うラグドリアン湖の元精霊。湖の乙女の冷たく透明な声。

 しかし……召喚円?

「あなたは我が父たる大いなる意志から選ばれた」

 いや、普段はあなたとしか呼ばない彼女、湖の乙女が俺の名前――。それも、ガリアの王太子の影武者の俺に与えられた偽名を呼ぶと言う事は、これは私的な呼び掛けなどではなく、公的な物。
 あまりの激痛に思わず閉じて仕舞って居た目蓋の内、直接霊障の発生していない右目の方を開く俺。

 その時の周囲の様子は――

 俺を優しく抱き留めるタバサ。しかし、思ったほどに俺の血潮が彼女の白い衣装を汚している訳ではなかった。
 左目からは相変わらず、ヒタリ、ヒタリとあらゆるモノを濡らす紅き生命の源が溢れだし続け、閉じた瞳を覆った左手の隙間から床へと落ちて行く。
 しかし――
 床に落ちた紅い液体が瞳で見ても分かる程度に動いていた。そう、ゆっくり、ゆっくりと。しかし確実に進み行く紅き線。俺の身体から失われたにしては妙に多い紅い液体。
 優美な弧を描き、枝分かれを繰り返し、その描き出す形は円。
 そして、その円の内側に描き出される図形。形式としてはゲーティアに記載されているソロモン七十二の魔将を示す納章に近い。

 つまりこれは西洋魔術の召喚術。――に似た魔術だと思う。
 周囲を飛び交う意志を持たない小さな精霊たちが歓喜の輪舞を繰り返し、その周りを術式の補助を行う魔術回路が次々と生成されては集束。更に複雑な魔術回路へと昇華されて行く。
 ……成るほど、これではハルケギニアの貴族たちでなくとも、今の俺とタバサに近付く事はおろか、余計な声を上げる事さえ躊躇われるでしょう。

 そもそも、ハルケギニアの召喚術では使い魔が呼び出される際にその使い魔の行を示す異常事態――例えば、先ほど俺が呼び出された際に発生した猛烈な風や雷は、俺の木行を示す現象の具現化。こう言う現象が起こらない召喚術しか知らない連中。そいつ等の目の前で行き成り後光が差し始める王太子。契約を交わそうとした瞬間に突然、その王太子の左目からの出血。周囲には見た事もない魔術回路が乱舞し、大理石の床には見た事もない召喚円が俺の血によって描き出される。
 もう、正直に言ってお腹一杯の気分の所に、ラグドリアン湖の精霊の口から「王太子が大いなる意志に選ばれた」の言葉。

 こりゃ、簡単に動き出せないはずだわ。

 見た目が派手な演出に、怒涛の勢いで発生するイベントの連発。これで、この召喚の儀式の正統性と神秘性を高めようと言う腹なのでしょう。
 迂闊に治癒の仙術など行使しなくて良かった。

 そう改めて考えた瞬間、周囲の気配が変わった。
 生成されては集束を繰り返していた魔術回路が俺とタバサを中心にして輪を描くように空中を飛びまわり始めたのだ。
 陽光ではなく、まして、蛍光灯の造り出した人工の光などではない、活性化した精霊が放つ光。
 そう、その様はまるで長く光の尾を引く流星の如き様。その尾のひとつひとつがより大きな魔術回路を形成して行く。

 ただ……。
 ただ、そもそもこの現象は初めて。確かに前世でもこの衆人環視の中での再召喚と契約は経験している。しかし、その時に発生したのは左目から血が溢れると言う、オーディンの伝承に繋がる事象が発生したのみ。
 もっとも、今回の人生の()()はおそらく人為的な物だと思うのだが。先ほどのタバサの言葉から類推するのなら。

 最早霊力的に言って臨界に達しているのは明らか。おそらく、外側から今の俺とタバサの姿を肉眼で捉える事は不可能でしょう。それほど濃密な霊気に周囲が覆われている状態。
 そう考えた瞬間、それまでよりも強い光に包まれる俺たち二人。流石にもう瞳を開けて置く事さえ出来ないレベル。

 一瞬、瞳を閉じて仕舞う俺。そして、同時に感じる新たなる霊力の動き。
 これは――何者かが召喚されたのか?

「……聖スリーズ?」

 ゆっくりと開く瞳。その途中に聞こえる誰かの呟き。
 ……成るほど、そう言う事か。目の前に新たに現われた人の気配を感じながら、そう納得したように考える俺。
 それならば――

「良く戻りましたね。幸運をもたらせる者、光輝の御子よ」

 状況が理解出来ると同時に、タバサに抱き寄せられていた体勢から一度立ち上がり、そして再び片膝を付く騎士としての礼の形を取る俺。
 まるで計算され尽くされたかのような形でマントが翻り、その一瞬後には、確かに俺の正面に居たはずのタバサが俺の右斜め後ろにて同じように片膝を付く礼の形を取っていた。
 但し、その間も相変わらず左の瞳からは少しずつあふれ出し続ける紅き生命の源。

「先ずは祝福を」

 一歩、歩み寄りながら頭を垂れた俺の頬に手を当て、彼女の方向へと顔を向けさせる聖スリーズ……と評された女性。
 腰まで届こうかと言う艶やかな黒絹。優しげな瞳の色もかなり濃い茶系。しかし、その中には強き意志を感じさせる光が宿る。
 その容姿を構成する線は繊細にして優美。
 肌は……象牙色。この世界の基本的な美人。白色人種系の肌の色と言うよりも、どちらかと言うとアジア系の色白の女性の雰囲気。但し、故にその肌の美しさや肌理の細かさに於いてはタバサやイザベラと比べてもワンランク上だと思われる。
 確かにハルヒが持っている自己主張の激しい、他者に強く働き掛けるような美人ではないが、何処か憂いを含んだ眼差しや物静かで清楚な雰囲気を持つ女性。……と表現すべきか。

 しかし、普段は少女の容姿を持っている彼女が、何故だか今は普段よりも少し年上のような気がするのだが……。
 真っ直ぐに覗き込んで来る彼女の瞳を右目でのみ見つめ返しながら、そう考える俺。もっとも女性と言うのは、服装やその他の要素で多少、大人びて見えるモノでもあるので……。

 そう。現在、このガリアで聖スリーズと呼ばれているのは、俺の式神たちが建てまくったノートルダム寺院に置かれた聖スリーズの像と同じ容姿を持つ女性。更に言うと、多くの人間の枕元に立ち、此度の聖戦が神の御意志に反して居る……と伝えている女性でもある。
 但し、俺はその像のモデルとなった彼女の本当の……今回の生での名前を知っている。

 精霊女王ティターニア。そう考える俺と同時に、それまで俺の瞳を覗き込んで居た彼女がまるで意を決したかのように小さく首肯いて見せる。
 そして……。
 そして、急接近して来た彼女の美貌に思わず、瞳を閉じて仕舞う俺。次の瞬間、左目の目蓋に感じる少し湿った……柔らかな感触。そして感じる春の香り。

 成るほど。女神ではないが、聖女のくちづけと言う事か。
 取り乱す事もなく、冷静な頭脳でそう考えを回らせる俺。もっとも、これは女性に近寄られる事に慣れたから、などと言うリア充乙的な理由などではなく、おそらく今の俺がガリア王太子ルイのペルソナを演じているからだと思う。
 このタイミングで慌てたり、接近して来る彼女のくちびるを遮ったりすると、今まで築き上げてきたイメージ。産まれて来た時から持つ自然な雰囲気と風格。何事にも揺るがない泰然自若。高貴なる者が持つべき品格と言うヤツが一瞬にして崩壊して仕舞う恐れがある……と考えたから鷹揚に構えていただけ。流石に慌て、狼狽える様を衆人環視の中で晒して仕舞うのはちょっとばかり不味いでしょう。

 そう考えている間に、心臓がひとつ鼓動を打つ度に激しく走っていた痛みが何時の間にか消え、鬱陶しいぐらいに溢れ出ていた紅い液体も納まっていた。
 そして――

「ありがとうございます、聖スリーズ」

 最後に俺の頬に残った血の跡をふき取り、一歩後ろに下がった聖スリーズこと、妖精女王ティターニアに対して感謝の言葉を口にして置く俺。ただ、この左目から血が溢れ出て来ると言う異常事態は元々、彼女が転移して来る為に使用した召喚円を描く為に起きた事象。故に、その傷を治して貰ったからと言って、わざわざ俺が感謝を口にする必要はないはずなのですが。
 更に言うと、おそらく先ほどの異常事態はかなり過剰な演出。次元移動の類でもない、単なる高速移動に等しい術式にあれほど大がかりな術は本来、必要ではない。

 まさか本当に聖スリーズに相当する聖霊を異世界から召喚したとは思えませんし。

 そう、おそらくそのブリミル教が定めるガリアの守護聖人の聖スリーズとは、元々彼女。妖精女王ティターニアに関する伝説を自分たちに都合が良い形に書き換えて出来上がった物だと思う。このような例なら地球世界にもいくらでも有りますし、そもそも、ガリアがブリミル教を国教に定めたのがティターニアに代表される土の精霊に対する信仰を断ち切った敬虔王シャルル一世の御代。殺人祭鬼や、ゲルマニアの暗黒の皇太子ヴィルフェルムの言葉を信じるのなら、コイツはガリア王家の正統な血筋を引く父親の違う兄を弑逆して玉座に就いた簒奪者。
 それ以前の土のガリアの王は、大地の精霊の女王ティターニアに言祝がれる事に因って王と成る事が出来た以上、精霊魔法を悪魔の術と称するブリミル教と関係していたとは考えられない。
 そして、その聖スリーズと言う人物の伝承によれば、彼女は常にガリア祖王の傍らに在りて、彼の王道の手助けを行ったとされる人物。

 敬虔王シャルル一世以前のガリア王家にブリミル教……と言うか、精霊に嫌われる系統魔法の使い手が居るとは思えないので、その聖スリーズと言う女性はおそらく精霊魔法の使い手。
 いや、誤魔化しは止めよう。彼女……妖精女王ティターニアが聖スリーズで間違いない。それは彼女の容姿がそれを証明している。

 他の誰も分からない理由。しかし、俺だけ……もしかすると湖の乙女(=長門有希)も分かっている可能性もありますが、少なくとも地球世界で二十一世紀初めの西宮の事を知っている人間でなければこれは分からない理由。
 ガリアの言葉でスリーズとは桜の事。つまり、今の彼女はティターニアと名乗っているけど、かつては自らの事を桜だと名乗っていた可能性が高いと言う事だと思う。

 おそらく弓月さんの転生も有希と同じで地球世界からハルケギニア世界への順。
 そして、彼女と俺はそれ以前の人生で出会っているのだと思う。あのアラハバキ召喚事件の際の彼女の言葉。更に言うと、弓月桜としての人生だけなら未だしも、それから先の人生でも俺に関わりが深くなる可能性の高い立ち位置に転生を果たした以上、彼女の魂は元々俺と深い因縁のある魂だと考える方が妥当。
 確かに、俺の方に彼女の記憶は弓月桜と言う少女に関しての記憶しかない。
 しかし、俺が蘇えらされている記憶は、このハルケギニア関係の事件の解決に必要だから……と言う理由で蘇えらされている記憶でしかない。そして普通に考えるのなら、俺の魂が経験した転生は、今、思い出さされている分がすべてだとは思えない。

 未だ謎の方が多い女性。しかし、彼女の感情も今ではかなり分かる……心算。少なくとも俺に対して悪意を抱いている訳ではない。
 俺の意識が少しずれて行くのは別に今に始まった事ではない。しかし、その長い……とは言えないまでも、短くはない間、何故か続く空白の時間。

 一歩分、後ろに下がったティターニアがしばらく俺を見つめた後に、何故か小さく首肯いて見せる。
 それは彼女に相応しい笑顔。何故か困ったような笑みを浮かべる事の方が多い彼女が見せてくれた本当の笑顔。

 そして……。

「それでは託宣を伝えます」

 
 

 
後書き
 それでは次回タイトルは『聖スリーズの託宣』です。

 追記。……と言うか、どうでも良いネタバレ。
 タバサの身長が前世と違う理由に関して、主人公の考察は間違っています。
 確かにそれも理由のひとつだけど、それだけではありません。

 外的要因ではなく、内的な要因が大きいのです。
 ……と言うか、ぶっちゃけ、身長を伸ばす方法を知っていると言う事は、伸ばさない方法も知っている、と言う事。
 彼女は何か重大な勘違いをしている。そう言う事です。
 ……って、オイオイ。
 
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