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提督はBarにいる。

作者:ごません
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長女の結婚騒ぎ・後編

 緊張した面持ちで入ってきた妙高の『彼』は、良くも悪くも普通、だった。背格好は俺よりヒョロリと高く、細面の優男といった印象だ。顔には純朴そうな笑みを浮かべており、人当たりの良さそうな中年、といった感じか。

「ど、どうもはじめまして。妙高さんとお付き合いをさせて頂いてます◯◯です。今日はお招き頂きましてーー」

「ちょっと、招かれて無いでしょ?」

「あぁそうか、俺達が時間作って貰ったんだものな。」

 たはは……と笑う男性に、苦笑いでそうツッコミを入れる妙高。敬語も無しで喋っている姿が何か新鮮に感じる。顔に似合わずおっちょこちょいらしい。こういう放っておけない所に惚れたのかな?妙高面倒見が良いし。



「改めて、提督の◯◯です。この度はおめでとうございます。」

「あ、ありがとうございます。」

 頭を下げながら男が名刺を渡してきた。どうやら大手企業の営業マンらしい。

「さて、何か飲みますか?ご馳走しますよ。」

 今宵は祝いの席だ、儲け度外視でご馳走する気でいた。

「あ、では新潟のお酒ってありますか?」

「新潟のお酒?出身地なんですか?」

 俺がそう尋ねると、男は気恥ずかしそうに頭を掻きながら、

「いやぁ、そういう訳ではないんですが。新潟は彼女の名前に所縁がある所なので。」

 成る程、新潟の妙高山や妙高市は、彼女の名前の由来だものな。いやはや、ご馳走するつもりが此方がたっぷりご馳走になってしまった。

「なら、コレが良いかな……。」

 取り出したのは『久保田 萬寿』。新潟県長岡市の朝日酒造で作られた日本酒だ。日本酒の温度は冷やす温度や燗を付ける温度で名前が付けられているが、この1本は雪に刺して冷やすと調度良いという雪冷え……5℃前後が最適と言われている。

 今日はめでたい席だし、折角だからと寿の焼き印が入った枡でお出しする。

「では、乾杯。」

 二人が口に含み、少し微妙な顔をしている。

「何というか……。」

「口の中に渋味?のような物が残ります……。」

 うん、だってそういうお酒だもの。初めの飲み口は吟醸酒ならではの柔らかさでスッと入る。けれど、口の中に後味というか、日本酒独特の「キレ」の良さが残ってしまう。その口の中に残るスッキリとした感じを好む人もいるが、万人受けするかと言われれば怪しい。



「まぁ、ちょっと待って下さい。今少しずツマミを出しますから。」

 まずはド定番、冷奴。手製の朧豆腐に、刻んだネギと生姜、茗荷に削り節を散らして上から醤油ではなく緩くとろみを付けた醤油餡をかけてやる。

「ん、美味しい。」

「うん、俺も夏バテ気味で胃が疲れてたから、休まる味だ。」

 だが、久保田の萬寿の本領はここから。冷奴にかけた餡は、実は塩気を少し強めてある。口の中に味が残りやすいのだが……。

「! 口の中に味が残りません。」

「うん。さっきのキツさが上手く口の中をリセットしてくれる。」

 そう。久保田の萬寿はスッキリとしたキレの良さで、どんな料理にも合わせやすい。

 次は焼き物。今日は地元近くで取れたホッケの開きを用意した。

「うん、やっぱり居酒屋とかで食べるよりも肉厚だね。」

「でも、ちょっと脂がキツいかも……。」

 でも、そんな脂も萬寿が洗い流し、次の料理の味を堪能しやすくしてくれる。懐石料理やコース料理を食べる時などに最適と言える一本だろう。

 その後も蕪の煮物~海老の擂り身詰め~や、茶碗蒸し、鯛の活け作り等を味わって貰った。二人とも食べるペースを落とす事なく食べ進めて舌鼓をうっていた。

「さて、最後は天ぷらかな。」

 用意したのは車海老、穴子、鱚、白子の四種類。衣は十分に冷やして作り、少しダマが残る位に混ぜる。キレイに混ぜきってしまうと衣がモタつく原因になるからな。

 薄く衣を付け、菜種油で揚げる。油に浮かべた後も衣を散らすように垂らしてやり、サクサク感を作る。

 具材に火が通ったら油から上げ、熱い内に塩を振る。

「さぁ、熱い内に召し上がれ。」

 かぶりついた瞬間、サクッという音と共に、海老のエキスが溢れ出す。

「「熱っ、熱っ、あちちち……。」」

 結婚してないが言ってやろう、似た者夫婦め。



「さて、満足頂けましたか?」

 全ての料理を食べ終えたところで、俺は二人に尋ねた。

「えぇ。お話には聞いていましたが、とても美味しかったです。」

「私も。その前にも飲食してきたのに、ペロリと食べられちゃいました。」

「そっか、そりゃ良かった。妙高、君達も今日の料理や萬寿の組み合わせのように、様々な辛苦も乗り越えられる……そんな夫婦になってくれ。」

 俺も臭すぎるかな、と思う台詞を言った瞬間、妙高の目から大粒の涙が溢れ出した。それを抱き止めて頭を撫でてやる男の目にも、妙高の電探に良く似た型の眼鏡が掛けられていた。成る程、ペアルックか。離れた所でも繋がりを感じていたい……そんな思いがあったんだろうな。



 それから1週間後、妙高は盛大に結婚式を挙げた。俺は残念ながら参加できなかったが、非番の艦娘と青葉を送り、代わりに盛大に祝って貰った。その翌日、結婚式と披露宴の一部始終を収めたビデオの上映会で妙高が恥ずかしさの余りに絶叫していたのが印象的だった。そして彼女は今日も、新しい家族の待つ家から鎮守府に元気に通って来ている。 
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