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超速閃空コスモソード

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最終話 みんなの笑顔

 翼が風を切り裂く轟音。吹き抜ける風。その「余波」が、地上に降りたゼナイダとジャックロウの頬を撫でる。

「そ、んな」

 その突風を巻き起こす、赤い縁取りのコスモソード。白銀の機体を超高速で運ぶ、その加速タイプの流線型フォルムは――士官学校の教科書で何度も見かけた。
 そればかりか、この宇宙――コズミシアを救った救世主として、その機体を模した銅像を毎日のように見てきた。

 ――その「実物」が、記憶にある姿と寸分違わぬ佇まいで、青空を駆け抜けている。その超常的な光景が、ゼナイダに激しい衝撃と動揺を齎していた。

 死を賭して軍神と祀られた、ラオフェン・ドラッフェは生きていた。それも、このような辺境の惑星で――曲芸飛行士として。

 そのような受け入れがたい事実を、強引でも認めさせるかのように。彼は、落下中の爆弾の信管だけを撃ち抜き、不発を成功させるという離れ業をやってのけた。
 さらによくよく思い返せば、あの曲芸飛行で見せた大きな「WELCOME!」の航跡文字も、加速タイプの弱点である旋回性能の低さが原因だとすれば……文字の異様な大きさに説明がつく。

(……まさか、母上が私をここへ派遣したのは……!)

 もし、この事実を母が把握していたのなら――ラオフェン・ドラッフェがこの星にいる可能性に、以前から気づいていたのなら。自分がここへ遣わされたことにも合点がいく。
 全ての状況が噛み合い、ゼナイダは――明るみに出た現実に、為す術もなく打ちのめされ。愕然とした表情で、両膝を着くのだった。

(……わ、私……かの伝説のエースパイロットに、なんたる無礼を……)

 そして今になって、自分が伝説のラオフェン・ドラッフェを相手に、どれほど尊大な態度で接していたか――という記憶が蘇る。ラオフェンが存命だったということさえ、今まで知る由もなかったのだから当然と言えば当然なのだが。
 頭を抱え、声にならない叫びを上げて悶絶するゼナイダ。そんな彼女を他所に――

「おほぉ!? なんか外ヅラがベリベリ剥がれてカッチョいいコスモソードが出てきたぞ!? なんかよくわかんないけど、まぁいいかやっちまえカケルぅう!」
「うっそ! カケルの飛行機ってコスモソードだったの!? ――すっごい! よぉし、やっちゃえカケルーっ!」

 ――情報がまともに届かない、辺境惑星特有の感性ゆえ。
 ラオフェン・ドラッフェの偉大さを今ひとつ理解していない地元民のカリンとアイロスは、コスモハンマーから身を乗り出して、諸手を挙げながら歓声を上げていた。まるで、曲芸をせがむような声色で。

「あ……あなた達! あのコスモソードのパイロットを何方と心得て……!」
「――あれでよいのです少尉殿。少なくともカケル自身は、そう望んでおるはず」
「マーシャス三等軍曹……! あなたは……!?」
「ワシのことは、どうでもよいでしょう。……今はただ、あやつらの選択を受け入れてくだされ。ラオフェンと、ハリオンの選択を」
「……!?」

 彼女達の振る舞いを咎めようとするゼナイダを、いつになく神妙な面持ちのジャックロウが制止する。その異様な雰囲気と、彼の口から出てきた言葉に、若き少尉はさらに目を剥いた。
 ハリオン――とは、ハリオン・ルメニオンのことか。一介の三等軍曹が総司令官を呼び捨てとは、一体どのような了見だというのか。
 矢継ぎ早に脳裏を駆け巡る疑問に混乱するゼナイダ。そんな彼女を一瞥した老兵は、どこか儚げな表情で、青空を翔ける赤い鳥を見上げた。

(――カケルよ。お前が振り撒く笑顔はやはり、戦場には似合わんのう)

 機械仕掛けの赤い鳥は、青い鳥の猛攻を鮮やかにかわし――優雅に空を走る。まるで、曲芸のように。

 ◇

 ――UI戦争が激化し、中枢惑星アースグランドから徴兵制度が施行される頃。
 その星の一国家「ジャパン・エンパイア」の都市に、竜造寺カケルという少年飛行士がいた。

 巷で有名な曲芸飛行士として知られ、戦争に苦しむ人々を励ますために飛ぶ彼の笑顔は――荒んだ時代に生きる人々に、前を向くための活力を齎してきた。
 そんな日々を続け、いつか戦争が終わる時まで、みんなと一緒に笑い合えれば。少年は、いつもそれだけを願い、操縦桿を握り続けた。

 ――軍部にその操縦技術を見出され、徴兵の対象とされるまでは。

 半ば強制的に軍に組み込まれた彼は、それでもなお理想を捨てず。戦争を終わらせるために戦えば、きっとみんなを笑顔にできると、そう信じてコスモソードに搭乗した。
 そして初陣で――彼は同期全員と所属部隊を喪った。

 ただ一人生き延び、単機でその全ての仇を討ってみせた彼は、直ちに総司令部へ召喚され――自らの名を捨てることを強いられた。
 職業軍人達を軒並み虐殺した尖兵の大群を、元曲芸飛行士の現地徴用兵に屠られた――とあっては、軍部の威信に関わるためだ。
 そして、公的に戦死扱いとなった「竜造寺カケル」に代わり――総司令官ハリオン・ルメニオンに、新たなコードネーム「ラオフェン・ドラッフェ」を授けられた少年は、半世紀に渡る宇宙戦争に終止符を打つべく、その最前線へと投入されていくこととなる。

 自由を奪われ、名前も奪われ。それでも少年は、いつかは自分の夢が叶うと信じて、飽くなき闘争に身を投じ続けた。
 しかし時代は、政府は、人々は。そんな彼に、さらなる裏切りを重ねていく。

 ――やがて戦争の終わりも近づき、「ラスト・コア」との決戦が見えた頃。勝利を確信した官僚や軍部の権力争いが激化し、ラオフェンまでもがそれに巻き込まれる可能性が濃厚となった。
 自分が戦えば戦うほど、見知らぬ誰かが不幸となり、「笑顔」という希望から遠ざかって行く。そう実感したラオフェンは、彼の窮状を憂いたハリオンの提案を基に――ある一つの決断を下す。

 それは、終戦に乗じた脱走。

 「ラスト・コア」を破壊し、世界をUIから救って見せたラオフェンは、その足で宇宙の彼方へと旅立ち――最寄り惑星ロッコルへと身を寄せた。
 それは漂着ではなく、ハリオンの采配によるものである。彼の幼少期からの悪友であったジャックロウは、旧友の連絡通りに現れた救世主を匿い――ポロッケタウンへと誘った。

 そして乗機の加速タイプのコスモソードを、ハリボテの外装で覆い隠した彼は――ポロッケタウンの竜造寺カケルとして、新たな一歩を踏み出したのである。
 あの日思い描き、今はもう叶わない――人々と笑い合う未来を、新天地に築くために。生まれ育った故郷さえ、捨てて。

 ラオフェン・ドラッフェの戦死をハリオンが公表し、彼を利用せんと企んでいた権力者達の目論見が阻止されたのは、その頃の話である。

 ――そうして、永遠の眠りについたはずの獅子が、その眠りを妨げられ。今まさに、怒りの雄叫びを上げようとしていた。

 ◇

(やるな――こっちは三年間、憂さ晴らしの戦い漬けだったってのに。あっちはまるでブランクってもんを感じねぇ。曲芸だか何だかで遊び呆けてるって聞いたから、いっちょ目を覚ましてやろうと思ったのによ)

 セドリックとしては、自分を打ち負かした最大のライバルが、戦いから離れて呑気な曲芸飛行士をやっていることが許せなかった。
 ゆえにその目を覚ましてやる、と意気込んでの今回の奇襲であったが――自分の攻撃を軽々とかわす、往年と遜色ない彼の機動を前に「嬉しい誤算」を感じていた。

 ラオフェン・ドラッフェの腕は、三年もの間、砂漠の星に埋れていても……全く錆び付いていなかった。
 それが証明されただけでも、収穫としては十分だった。もう現時点で、「ラオフェン・ドラッフェ」との再会を夢見たセドリックの目的は、達成されたと言っていい。

 ――だが、強欲な宇宙海賊はこの機に乗じ、あの日叶わなかった決着を付けようと目論んだ。加速タイプのコスモソードに肉迫すべく、漆黒の機体が唸りをあげて襲いかかる。

「さっき潰した格闘戦タイプの二機だって、終戦後に改修された後継機だったはず。なのに、あの日から弄ってない上にドッグファイトにも不向きな加速タイプでありながら、あの二機に勝る回避運動……。やはりお前は『ラオフェン』だよ、竜造寺カケル」

 通信は繋がっていないが、セドリックは言い聞かせるような独り言を、赤い鳥の背に浴びせる。――その操縦桿を握る主は、普段決して見せない眼差しで、背後につきまとう宇宙海賊を一瞥した。

 そして――加速タイプ特有の大型ジェットを噴き上げ、遥か空の彼方へと急上昇していく。

「……ふん、だが詰めが甘いな。三年前に俺がお前に敗れたのは、同じスペックの格闘戦タイプ同士だったからだ。――加速性能が高くとも、旋回性能で劣るお前の加速タイプでは、俺の後ろは絶対に取れん!」

 それに追従するように、セドリック機も機首を上方へ向けて行く。彼は、宙返りでこちらの背後を取るつもりだと睨んでいた。

 彼の赤い瞳は、決して獲物を逃すまいとカケル機を狙う。だが――その機影が太陽に重なる瞬間。
 彼の機体は、一瞬にして姿を消してしまった。

「ちっ――陽射しを目くらましにしやがったか。だが、まだだ。俺はお前が乗る加速タイプのデータは、頭にびっちり叩き込んである。例え姿を消そうと、俺にはお前が宙返りでどこに降りてくるかが、手に取るようにわかるぞ!」

 だが、セドリックは焦る気配を見せず、見失ったカケル機の降下点に当たりをつけた。
 例え行方を見失っても、大回りな宙返りをするつもりとわかっていれば、旋回性能で勝るこちらがその降下点へ先回りすればいい。
 待ち伏せからの一網打尽を狙うセドリックは、小回りの利く自機を反転させるべく宙返りに入る。

 ――その時だった。

「……あ?」

 宙返りに入り、機体が逆さになったセドリックの視界に、大きな影が差す。雲ひとつない、快晴だったはずの、この空に。

 バカな、さっきまでそんな天候ではなかったはず。そう感じたセドリックは、深く考えることもせず、視線を下へ――青空へと移し。

 真っ向から迫るカケル機に、戦慄する。

「バッ――!?」

 余りのことに、声も出ない。

 加速タイプのカケル機が、こんな鋭い角度で旋回して来れるはずがない。機体の旋回性能を鑑みれば、万に一つもあり得ない場所からの出現だった。

 ――だが、目の前に迫るコスモソードは幻覚でも蜃気楼でもない。予想だにしない位置から強襲してきた赤い鳥は、風を切る轟音と共に、宙返りしている最中のセドリック機に肉迫する。

 その後部には、あるはずの「炎」がなかった。それが宇宙海賊に、この現象の答えを齎す。

(こ、これは宙返りじゃない! 失速(ストール)だッ!)

 ――あの太陽を利用した急上昇で行方をくらました後。カケルは、宙返りに入ると見せかけ、その場で機体を失速させ――機体の質量のみによる急降下に突入していたのだ。
 重い機首を重力に引かれ、垂直落下するように降下姿勢に入った彼の機体は、自分の誘いに乗った宇宙海賊の機体下部に回り込んだのである。

 宙返りの最中だったため、機体が上下反対にひっくり返った体勢だったセドリックは、死角を狙うその接近に気づくことが出来なかった。

 ――旋回性能が低い加速タイプで、このような作戦を実行すれば。急降下からの引き上げが間に合わず、地面に激突する可能性が飛躍的に跳ね上がる。
 格闘戦タイプでも実行が憚られる、その無謀極まりない戦法を――彼は躊躇なくやってのけたのだ。

 自分なら墜ちない。その傲慢とも云うべき絶対的な自信に基づいて。

「このっ――自信過剰野郎がァアァアァアッ!」

 天から来たる裁きの如く、宇宙海賊に降り注ぐレーザー掃射。コクピット「だけ」には絶対に当てない、その猛攻を浴びたセドリック機は為す術もなく墜落していく。

 パラシュートで脱出し、その愛機が無残に墜ちて行く様を見せ付けられ――セドリックはあの日の屈辱を思い起こすように、慟哭する。

 そして――カケル機は、そのまま地表へと急接近し。

 ――機首を徐々に上げ、滑らかに地上を駆けていた。やがて、滑るように地上で停止して見せた彼の機体に――カリン達が目一杯の歓声を浴びせる。

 その一連の展開はさながら、「曲芸」のようであった。

(ふざ、けんなよ……クソッタレが……)

 その光景を目の当たりにして。宣言通り「曲芸」ついでに倒されたセドリックは、乾いた笑いを上げていた。

 ――あの速度から地上に近づいて、ああも機首を優雅に引き上げて着陸まで持って行くのは、旋回性能に秀でた格闘戦タイプでも難しい。
 それを、よりによって旋回が鈍い加速タイプでやってのける。どれほどの馬鹿力で操縦桿を引けば、そんな挙動になるというのか。

 超合金製の手錠を力任せで引きちぎる程の膂力がなければ、到底不可能な所業である。だが、それをやってのけるような者はもはや「人間」ではない。
 ――「エースパイロット」という、「超人」である。

 ◇

 セドリック機が「曲芸」ついでに撃ち落とされた後。
 その身柄を引き取りに現れたのは――ゼノヴィア・コルトーゼ将軍であった。年齢を感じさせない美貌を持つ彼女は、ポニーテールに結ばれた藍色の長髪を靡かせ――「曲芸」を終えたカケルの前に立つ。

「……三年ぶりね。少し髪も伸びて、大人っぽくなったわ」
「ゼノヴィア将軍も、お変わりなく」

 三年の時を経て再会した二人は、場違いなほどに当たり障りのない言葉を交わす。言いたいことは山程あれど、それを全て口にするほど子供でもない。

 そこへ、ゼノヴィア直属の部下達に連行されていくセドリックが通り掛かる。だが、かつてのライバルに対し、かつてラオフェンだった男は視線を合わせない。

「負けたよ。言い訳の余地もねぇ、ブッチギリの完敗だ」
「……」
「不思議なもんだが、あの時みてぇな悔しさはまるでない。やっと、お前とガチで戦えたからな」
「……何の話だ? オレはカリン達に本日二回目の『曲芸』を披露したに過ぎないが」
「……へっ、そうかよ。つくづく、自信過剰野郎だなオメーは」

 そのやり取りを最後に、セドリックはカケルとすれ違い――ゼノヴィアが乗ってきた宇宙艇に連行されていく。最後まで、カケルはセドリックの方を見向きもしなかった。
 ――この一件はカケルにとっては「戦い」ですらなく。セドリックの撃墜など「曲芸」を盛り上げるためのスパイスでしかない。

 言外かつ冷酷に、そう言い放たれたセドリックは――憑き物が落ちた表情で、自分を完膚無きまでに打ちのめした男の背を見遣る。
 彼にはわかっていたからだ。「戦い」未満と宣告された上で、実力で叩きのめされたこの結果が――義賊としてのポリシーに反した自分に対する、彼なりの「報い」なのだと。

「――やはり、セドリックはあなたの差し金でしたか。ハリオンさんからオレのことは聞いたようですが」
「えぇ。戦後、あなたと決着が付けられないウサを、銀河のあちこちで晴らしていたからね……。軟弱者ばかりになった軍部では抑えられない状況だったし、いい機会だと思ったのよ」
「情報を流してオレにぶつけさせ、鎮静化させるついでに、今のオレの力量を測るため――ですか」
「ええ。そして、あなたの力は三年程度の眠りでは到底錆び付かない域に達していた――という結論に至ったわ」

 一方。ゼノヴィアは淡々と、己の決断と行動を、悪びれる気配もなくカケルに語る。それが正しいのだと信じてここまで来た、と言わんばかりに。

 ――そんな二人を。
 駆け付けたカリン達は、不安げな表情で見守っていた。特にゼナイダは、敬愛していた母がラオフェンを取り戻すために、この町に危機を呼び込んでいたと知り――複雑な面持ちを浮かべている。

「――ラオフェン・ドラッフェ大尉。改めて通告します。あなたのあるべき姿で、コズミシア星間連合軍に復帰なさい。この宇宙の救世主たるあなたが、このような辺境惑星にいる理由などありません」
「――謹んで、お断りします。ラオフェン・ドラッフェはすでに世間的にも、書類上でも死んだ身。死人がこの世に顔を出す理由などありません。竜造寺カケルは、己の夢に生きるただの曲芸飛行士です」

 互いの宣言が、真っ向から対立する。静寂に包まれる中、二人は真摯な瞳を揺るぎなく交わしていた。
 カケルを連れて行くなんてとんでもない! と言わんばかりに暴れるカリンをゼナイダが取り押さえる中――先にゼノヴィアが口を開いた。

「……あなたの願い。戦う理由。その全てを総司令官から伺ったわ。『みんなの笑顔』――それがあなたの力であり、全てだと」
「はい」
「この星の……この町の『みんな』が、今のあなたの全て? 惑星アースグランドに、『ジャパン・エンパイア』に、全てはないの……?」
「あの星のみんなは、ラオフェン・ドラッフェを求めている。でも、ここには竜造寺カケルしかいない。それだけのことです」

 それに対応するように、カケルも口を開き――やがて。
 穏やかな――そう、「いつも通り」の。華やかな笑顔を浮かべ、言い切って見せる。

「オレはこのポロッケタウンに花いっぱいの笑顔を振り撒く、曲芸飛行士ですから」

「……!」

 その満面の笑みと、初めて会った時と変わらない言葉に。ゼナイダは目を見開き、その笑顔を見つめる。
 初対面の時は頭の悪い発言とした、その言葉は――幾多の戦いに苛まれた少年が、それでも最後まで見放さなかった自分自身への「希望」だったのだと、ようやくわかったからだ。

「――そう。わかったわ。ひとまず、今日のところはお暇させて頂きます。セドリックの護送もあることですし」
「わかって貰えましたか」
「勘違いしないで。今日のところは引き下がる、というだけのことよ。私は、あなたを決して諦めない。――万一、この基地のパイロットに欠員が出た場合。あなたには補充戦力として、軍に戻って頂きますから」
「欠員?」

 厳しい表情で自分を睨むゼノヴィアに対し、カケルは要領が得られないとばかりに小首をかしげる。そんな彼に対し、歴戦の知将はさらに言葉を畳み掛けた。

「そう、欠員です。――例えば、この基地のパイロットが『妊娠』してしまい、そのパイロットが軍務を続行出来なくなった場合。あなたにはその穴を埋めて頂かなくてはならないわ」

「……〜ッ!?」

 刹那。母の発言から、その意図を察したゼナイダは顔を真っ赤に染め、カケルの凛々しい横顔を見つめる。動揺のあまり、暑さとは無関係の汗が全身を伝った。

 ――母は、娘を救世主ラオフェン・ドラッフェの妃とすべく、自分をここへ遣わしていた。

 「妊娠」ができる――つまり「女性」であるパイロットは、この基地には自分しかいない。
 その事実に全ての疑問が解消され、その意味が齎す重さに、生真面目さに隠れた純情な乙女の感性が悲鳴を上げる。

(わ、わた、私が……ラオフェン・ドラッフェ大尉の子を……!? わ、私、私は……!)

 すると――当のラオフェンことカケルが、こちらへと視線を移した。自分と目を合わせる伝説の英雄の眼差しに、心臓が跳ね上がるような衝撃を受け――先ほどのやり取りもあり、緊張が極限以上に張り詰めてしまう。
 あまりの事象ゆえ、もう気絶してしまった方が楽なんじゃないか。そんな考えまで過るようになった時――ふと、視線を外したカケルは。

「……だってさ。そんなことしちゃダメだよおじさん」
「なんでワシなんじゃ!」

 間抜けな声色で、ジャックロウに的外れな警告を飛ばすのだった。眉をへの字に曲げ、「めっ!」と注意する彼に、老兵は短い手足をバタバタ動かして反論する。
 今までの緊張感を丸ごと台無しにする、その場違いなやり取りに――ゼナイダ、カリン、アイロスの三人は揃ってずっこける。

「だっておじさん、前科しかないし。それが原因で奥さんに逃げられたんでしょ?」
「だからと言ってワシばっかり悪者にするんじゃないわい全く! そんな意地悪ばっかり言うんじゃったら、カリンは嫁にやらんぞい!」

 そして、自分の緊張を台無しにされた怒りと、自分をダシにされた怒りが合わさり――ゼナイダとカリンは、憤怒の形相で立ち上がる。
 修羅の化身とした彼女達のオーラに慄くアイロスを尻目に、二人はやがてジャックロウの両脇に立つと――

「だぁれがこんな不埒者のぉぉおぉおッ!」
「あたしをダシにすんじゃねぇえぇえッ!」
「ぶぎょぅあぁあぁあッ!」

 ――顔面と後頭部に、体重を乗せたミドルキックを炸裂させた。
 腰程度の等身しかない彼の頭部に、両者の蹴りが挟み撃ちのように決まり――老兵は全身から鮮血を撒き散らして、錐揉み回転しながら飛翔する。

 やがて彼だった肉塊は、激しい回転と共に山なりに飛び――カケルとゼノヴィアの間に突き刺さるのだった。

 ――そして。
 そんな老兵の末路を、路傍の生ゴミを見るような目で見下ろすゼノヴィアを他所に。

「ジャッ……ジャックロウおじさぁあぁあぁあぁんッ!」

 かつて救世主だった青年の悲痛な慟哭が、天を衝くのだった。

 ◇

 ――それから約一ヶ月。
 撃墜されたゼナイダとジャックロウには新たなコスモソードが配備され、基地には多くの新任パイロットが着任していた。

「コルトーゼ先任少尉! 訓練お疲れ様です!」
「少尉殿! 冷たいお飲み物をどうぞ!」
「お前達! シャワーと換えのお召し物の準備よ!」
「はい!」

 ……しかも、全員女性。
 飛行訓練から帰って来たゼナイダは、あの戦いの後に突然配属されてきた部下達の、手厚すぎるケアを受け――渋い表情を浮かべていた。

(それだけ母上が本気である、ということか……)

 生まれも育ちも身体の発育も年齢も階級も、何もかもが全く彼女達。ただ一つ、彼女達にはゼノヴィア直属の部下という共通点があった。
 言うまでもなく、皆がラオフェン・ドラッフェの籠絡を目的に派遣されてきたパイロットである。

 彼女達自身は何も知らないようだが、いずれにせよこの街にいる限り――

「あ、見て見てみんなアレ! カケル君の曲芸飛行始まるみたい!」
「えっホント!? 見る見るー!」
「きゃーっ! かっこいいー!」

 ――嫌でもカケルの曲芸飛行を目にすることになる。
 徴兵される以前から有名だったこともあり、洗練された彼のフライトは、純粋な女性達の歓心を惹きつける完成度であった。

 ルックスも人当たりもよく、町の住民からも慕われているカケルを悪く思うパイロットは、この基地にはいない。
 ……ゼノヴィアはこれを見越し、彼女達の中から将来の「妃」を生み出し、合法的にカケルをラオフェンとして軍に引き戻そうとしているのだ。

 それを看破しているゼナイダは、そんな母の形振り構わない姿勢を脅威に感じつつ――渡されたタオルで汗を拭きながら、思いを寄せる英雄の勇姿を見上げていた。

(わ、私も、いつかは彼と……)

 あの日見た、凛々しい横顔が脳裏を過る度。全身を焦がすような熱に苛まれ、思考を乱されてしまう。
 十七年の人生経験がまるで通用しない、その感覚に翻弄されつつも――彼女はその甘美な熱に酔いしれるように、空を舞う想い人を見上げるのだった。

「……なんじゃいなんじゃい! 一人くらいワシのところに来たってええじゃないか!」
「父さんは無理よ。目つきがやらしいもん」
「なんじゃとう!?」

 一方。同じタイミングで着陸したにも拘らず、誰一人出迎えに来ないジャックロウは、柵越しに毒づく娘に噛み付いていた。
 そんな父の情けない姿にため息をつきながら、カリンは後ろを振り返り――自分の「足」となっているアイロスを一瞥する。

「……とにかく、向こうが本気になった以上、あたしも気合を入れなきゃね。軍なんかにカケルは絶対渡さないわ。アイロス! 次の店行くわよ、車出して!」
「またぁ!? もう荷物積みすぎで俺様のレンタカーがお釈迦になりそうなんだけど!?」
「知らないわよあんたの懐事情なんて。ホラ、さっさと出す! 次は勝負水着と勝負下着よ! ――言っとくけど、あんたは店の外で留守番。死んでもあんたには見せないから」
「あんまりだ! 職権乱用だ!」

 パトロールにかこつけたカリンのショッピングに付き合わされ、アイロスのレンタカーはすでに荷物の山で押し潰されそうになっている。
 だが無情にも、カリンの買い物続行宣言は青空に広く響き渡り――アイロスの悲鳴がそれに反響するのだった。

「……見てなさいカケル。絶対あたしが捕まえて、曲芸飛行士を続けさせて見せるから」
「うぅ……カケルのバッキャロ……」

 青空に航跡を描くカケルに、カリンは熱い眼差しを送り――後部座席からアイロスの頭を踏んづける。

 そんな見慣れた日常を、守り抜かれた青空から見下ろして。カケルは今日も、馴染みの笑顔を空から振りまいていた。

 ◇

 遥か昔、惑星アースグランド――当時は「地球」と呼称されていた――では、大規模な大戦があった。

 蒼く広大な星を二つに隔てた陣営の片方は、圧倒的な物量で攻め入る相手に対抗すべく、優秀なパイロットを積極的に投入した。

 本来あるべき休みもなく、戦いのみに生きることを強いられた彼らは、パイロットという「人」の枠を超える成長を余儀無くされ――「エースパイロット」と呼ばれる「超人」と化していく。

 そうして戦い抜いた先が敗戦であっても、彼らはその瞬間まで戦うことを辞めなかった。折れることすら許さない時代が、彼らをその境地へ追いやったのだ。

 資源も戦力も豊かな勢力は、兵に無理はさせない。ゆえに、エースパイロットなどという、「(イビツ)」な存在も生まれない。

 ――エースパイロットがいない時代こそ、人々が待ち望む平和な世界なのだ。
 
 

 
後書き
 本編はこれにて終了。
 明日更新の番外編にて、完結となります。 
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