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提督はBarにいる。

作者:ごません
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雨の記憶

梅雨も半ばの6月。この時期になると否応なしに思い出される事がある。その日だけは店は休み。……いや、正確には俺が俺の為に店をリザーブする。間接照明だけで薄暗い店内で、俺はカウンターに腰掛けながら日本酒をぐい飲みに注ぐ。カウンターに客の姿はない。代わりに、俺の真正面には写真立てが2つ。1つは、この鎮守府発足から半年記念で撮った集合写真。そしてもう1つは、ある艦娘との2ショット写真。別段、特別な関係だった訳ではないがその艦娘がどうしても、と言うので不承不承撮った1枚だ。

「7年、か。」

 溜め息を吐く様に、そう一言だけ吐き出すと俺はまたぐい飲みの中身を一息で煽る。写真の前にもぐい飲みが置かれ、その周りには金目鯛の煮付け、揚げ出し豆腐、肉じゃが、きんぴらごぼう等々、純和風の食べ物がズラリと並ぶ。

「嬉しいか?お前の好きだった肴ばかりを集めたんだ。遠慮なくやってくれよ。」

 俺はその肴に手を付ける事はしない。何故ならコレは、俺の分じゃない、『アイツ』の分だ。



 窓の外はしとしとと雨が降り続いている。思えば、あの時も雨だった。だから未だにこの時期のこの日には気が滅入る。お陰で俺は、流れ落ちる涙を隠さなくて済んだ。

 その報告を受け、鎮守府の入り口で出迎えた時、真っ先に謝られた。『俺が謝った』んじゃない、『俺が謝られた』んだ。

 彼女を護ってあげられなかった。

 一刻も早く敵艦を沈めていたら、彼女は轟沈しなかった。

 私達の慢心がこのような結果を招いてしまった。

 申し訳ありませんーー…。と。



 俺はその場で崩れ落ちた。声を上げて泣いた。全ては俺の責任なのに。

 彼女が大破していたのは解っていた。

 それでも尚、夜戦を強行したのは俺だ。

 慢心させるような戦い方をさせていたのは俺だ。

 もしあの時、俺が撤退を選んでさえいれば、彼女が暗い水底へと沈む事は無かった。



 その時以来、俺は変わったと当時から居る艦娘達は言う。上層部からどんなになじられようが、「昼行灯」と陰口を叩かれようと、艦娘の生命を第一に考えた指揮を執るようになったと。臆病風に吹かれたか、と野次った提督が居れば、その鎮守府以上の戦果を叩き出して封殺した。Barを始めたのもその辺りだ。艦娘達の心を癒し、喜ばせ、明日への活力を生み出す。それら全てが彼女への償いだと、今日まで信じてやって来た。

「なぁ。俺はしっかりと提督、やれているかい?」

「……それは私に対しての質問?それとも、その写真の『私』への質問かしら?」

「加賀……。」

 店が薄暗いせいか、扉の前に立つ彼女に気付かなかった。俺の鎮守府で唯一沈んだ艦娘と同一人物・正規空母『加賀』が、ドアに貼り付くように立っていた。
 
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