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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百七話 幕間狂言

宇宙暦 797年  2月 4日  ハイネセン ある少年の日記

十二月 五日

今日、帝国の宇宙艦隊司令長官、ヴァレンシュタイン元帥が襲撃されたという情報が帝国から流れてきた。でも皆半信半疑だ。元帥は油断できない謀略家だから簡単に信用は出来ない。

電子新聞も同じ事を書いている。以前も同じような噂が流れたけど元帥は無事だった、今回も何か考えがあって、噂が流れたんじゃないかと書いている。謀略ばっかり使って本当に嫌な奴だ。

多分陰険で根暗で信用できない人間なのだろう、最低の奴だ。僕の近くには居て欲しくないタイプの人間だ。あんなのが同盟の人間だったらみんなに嫌われて絶対出世しない。帝国だから出世したんだ、多分皇帝をうまく騙したんだろう。だから帝国は駄目なんだ、いつかは必ず倒さなくちゃいけない。

十二月 十日

ヴァレンシュタイン元帥が負傷したのは本当みたいだ。それもかなり重傷らしい、良い気味だ。ヴァレンシュタイン元帥は必ず同盟軍が殺す。シャンタウ星域の会戦の復讐だ。だからこの内戦で死んでしまうのは困るけど元帥が痛めつけられるのは全然問題ない、もっと苦しめばいいんだ。学校でも皆良い気味だ、ザマーミロと言っている。

大人達の反応は色々だ。僕達と同じようにザマーミロと言っている人も居るけど、これを機会に帝国領に出兵するべきだと言う人達も居る。でも捕虜交換があるからそれまでは我慢すべきだと言う意見が強いみたいだ。それと意外なのは元帥が死んだら困ると考えている人たちも居る。

その人達の意見では今帝国が行なおうとしている改革はヴァレンシュタイン元帥が強く進めているから行なわれているらしい。元帥は平民出身で平民が安心して暮らせるように、貴族が平民を苛める事が無いようにしようとしている。

だから元帥が死んでしまえば帝国の改革は止まってしまい、帝国は以前と何も変わらなくなる、そう心配しているようだ。そう考えている人達は和平派、反戦派と呼ばれている。帝国との間に和平を結び戦争を終わらせようと考えている人達だ。

帝国と和平? 冗談じゃない。そんな事は有り得ない。食事のとき母さんと話したけど母さんも同意見だった。でも母さんは僕が戦争に行くのは反対している。矛盾しているよ、と言ったら母さんは困ったような顔をしていた。

母さんが僕を心配してくれるのは分かるけど僕は軍人になる。そして帝国と戦うんだ。中学を卒業したら士官学校に入学だ。卒業する頃には宇宙艦隊も元に戻っている。そうしたら反撃だ。そしてシャンタウ星域の会戦の復讐をするんだ。でもヴァレンシュタイン元帥ってただの謀略家じゃないのかな。

十二月二十七日

新しい情報が帝国から入ってきた。ヴァレンシュタイン元帥が反乱軍、僕達じゃない、貴族達のことだけど、彼らの艦隊を撃破したらしい。そしてレンテンベルク要塞? を攻略したそうだ。

重傷だって聞いてたけどやっぱり嘘だったんだ。お得意の謀略で敵を油断させ、おびき寄せて破った。僕の周りも皆そう言っている。本当に油断できない奴だ。

ヴァレンシュタイン元帥が健在だと分かったので出兵論はもう誰も支持しないだろうと学校で先生が言っていた。元々捕虜交換をするまでは戦争するべきじゃないと言う意見が強いらしい。

先生によると世論調査では七割の人がそう考えているそうだ。元帥が健在だと分かったのでもう少しその比率が高くなるんじゃないかと言っていた。僕も同感だ、クラスの皆も同じように考えている。

クラスの中にも家族が捕虜になっている子が居る。早く捕虜が帰ってくると良いと思うけど、それには内乱が早く終わる事が必要になる。出来れば帝国の混乱は長引いて欲しいからちょっと複雑だ。

その所為だろう、家族が捕虜になっている子達は余りこの事を話そうとしない。ちょっと可哀想だ、家族が戻ってくる事を話せないなんて。できれば内乱が始まる前に捕虜を帰して欲しかった。そうすればこんな事にならなかった。その代わりに帝国の内乱には付けこまないとか約束出来なかったのかな。

一月 五日

年が明けていきなり大ニュースが帝国から飛び込んできた。帝国の宇宙艦隊副司令長官、ローエングラム伯が反逆を起したのだ。いや、正確には反逆を起したという罪で捕らえられたようだ。何でも皇帝になろうとしたらしい。

ローエングラム伯といえばヴァレンシュタイン元帥の前に宇宙艦隊司令長官だった人だ。第七次イゼルローン要塞攻略戦で大敗北して副司令長官に降格された。その事に不満でもあったのかな。

ローエングラム伯は辺境星域の平定に向かっていたらしい。その人が逮捕されたとなると辺境星域の平定はどうなるのだろう。内乱は長引くんじゃないかと皆が言っている。家族が捕虜になっている子達は皆悲しそうだ。

母さんも困った事だと言っていた。こんな反逆は帝国だから起きる事で同盟では起きない。だから帝国は良くないんだ、と言っていた。全く同感、ヴァレンシュタイン元帥も皇帝になりたいのかな。その事を母さんに聞いたら、元帥は平民だから無理ねと笑っていた。

一月十九日

またまた大ニュースだ。夜遅く、寝る間際になってTVに流れた。本当にびっくりした。同盟軍がフェザーンに進駐した! なんでもフェザーンのルビンスキー自治領主が帝国に敵対行為を取ったと言う事で帝国が怒ったらしい。

帝国は四個艦隊をフェザーンに送ったんだけど、それを知った同盟も密かに三個艦隊を送って帝国を牽制したらしい。そのままだったら帝国と同盟でフェザーンをどちらが取るかで戦争になるところだった。だけど帝国は内乱が起きているからフェザーンで戦争はしたくなかった。

だから同盟との間で協定を結んでフェザーンの進駐を認めたようだ。大勝利だ! 戦争せずにフェザーンを手に入れた。これで同盟はイゼルローンとフェザーンの両回廊を手に入れた! 母さんも喜んでいる。でも騒いでいたら早く寝なさいと母さんに怒られた。

一月二十日

一夜明けてフェザーンの詳しい様子が分かってきた。フェザーンには第三艦隊がいるようだ。他の艦隊はハイネセンに戻ってくるらしいけど大丈夫かな。帝国軍に奪回されちゃうんじゃないかとちょっと心配だ。

ルビンスキー自治領主は逃亡したようだ。でもきっと直ぐ捕まるだろう。黒狐なんて呼ばれていい気になっていたみたいだけどザマーミロだ、戦争で儲けるフェザーンの拝金主義者め。

これを機会にフェザーンからはお金を返してもらおうという意見もある。良い事だと思う。いざとなったらフェザーンなんて占領しちゃえばいいんだ。帝国に返す事なんて無い。

電子新聞はどれもトリューニヒト議長を物凄く褒めている。帝国の内乱を上手く利用してフェザーンを手に入れた、歴代議長の中でも最高の議長だ、そんな調子だ。僕もそう思う、最高の議長だ。

一月二十一日

トリューニヒト議長が記者会見でフェザーンはいずれ帝国に返す、同盟も帝国もフェザーンの中立を尊重する事は変わらない。今回の進駐はルビンスキー自治領主が中立を破った事が原因だと言っていた。

議長はフェザーンを同盟領にする気は無いようだ。帝国との間で結んだ協定は遵守すると言っていたし不満を言った記者に対して国家には信義が必要でその信義を失うとフェザーンのようになると言っていた。

僕は占領しちゃえば良いと思っていたけど、議長の会見を見て偉くなる人はやっぱり何処か違うんだなと思った。凄くかっこよかった、TVで何度もそのシーンが流れたけど何度見てもかっこよかった。

トリューニヒト議長によると内乱終結後、捕虜を交換しフェザーンを帝国に返還することになるだろうと言っていた。フェザーンは名目上帝国の自治領なので帝国に返す事になる。

ボロディン統合作戦本部長もフェザーンを返す事に賛成らしい。今の同盟には両回廊を守る戦力はないと厳しい表情で言っていた。フェザーンは中立であったほうが同盟のためには良いそうだ。残念だ、皆そう言っている。

一月二十八日

最近また出兵論が出ている。イゼルローン、フェザーン両回廊を得たから帝国の混乱を長引かせたほうが同盟のためになるという意見だ。そしてフェザーンを占領して同盟の経済を再建する。僕はあまりこの意見には賛成できない。この意見だと捕虜交換が無いからだ。クラスの皆も捕虜交換をするべきだと言っている。

こんな意見が出るのも反乱を起した貴族達が大きな兵力を持っているかららしい。ガイエスブルク要塞には十万隻以上の艦隊が集まっているそうだ。彼らと協力すれば帝国の混乱を長引かせる事が出来る。

それともう一つ、ヴァレンシュタイン元帥の具合が良くないらしいと言う噂がある。その事が出兵論を勢いづけている。元帥はレンテンベルク要塞を攻略してからずっと要塞に留まっている。もしかすると本当に具合が悪いのかもしれない。

いろんな噂が流れている。元帥は無理をしてレンテンベルク要塞を落としたので今では動けないほどに身体が弱っている、ローエングラム伯の失脚はヴァレンシュタイン元帥の陰謀で、その事で元帥は後悔して苦しんでいる。他にもシャンタウ星域の会戦で大勢の人間を殺したのでその亡霊に悩まされているとか……。

何処まで本当かは分からない。出兵論を言う人達が噂を作っているんじゃないかと言う人もいる。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。トリューニヒト議長は出兵論は不可だと言っていた。議長には頑張って欲しいな、捕虜交換を待っている人達が居るんだから。あのかっこいい姿をもう一度見せて欲しいと思う。


宇宙暦 797年  2月 5日  ハイネセン 最高評議会ビル  ジョアン・レベロ


最高評議会議長の執務室、その執務室のスクリーンには帝国の星系図が表示されている。一際大きく赤で記されているのがガイエスブルク要塞の所在地、そして青で記されているのがオーディン。

その他に帝国軍の艦隊が黄色の三角で記されている。もっとも艦隊の所在地は結構曖昧らしい。フェザーン経由で情報を得ているためタイムラグがある。

「帝国は辺境星域の平定を後回しにして貴族連合との決戦を優先するようだ。レムシャイド伯から先程連絡が有ったよ」

トリューニヒトの言葉に私とホアンは顔を見合わせた。
「ネグロポンティは呼ばなくていいのか」
私の言葉にトリューニヒトは微かに笑みを浮かべた、何処と無く人の悪い笑顔だ。

「彼は既に知っている。私とレムシャイド伯の会見に同席したからね。たまにはそうやって御機嫌を取らないと彼も不満に思うからな。君達ばかり重用していると」
トリューニヒトが肩を竦めた。

「トリューニヒト最高評議会議長も色々と気を使うわけだ。ご苦労様ですな」
「勘違いしないでくれ、ホアン。私は彼を信頼しているんだ。君達ほどではないけどね」
そう言うとトリューニヒトはウィンクをしてきた。執務室に笑い声が起きた。

笑い声が収まるとトリューニヒトは話を続けた。
「ヴァレンシュタイン元帥も辺境星域の別働隊もガイエスブルク要塞に向かうらしい。帝国も貴族連合軍と我々が連合する事は避けたいらしいね」

「大丈夫かね、ヴァレンシュタイン元帥はえーと、何処だったかな、確か……」
「レンテンベルク要塞だ、ホアン」
私が助け舟を出すとホアンは右手を上げて謝意を示した。

「そうだった、レンテンベルク要塞だ。ヴァレンシュタイン元帥はそのレンテンベルク要塞で療養しているのだろう? 出撃などできるのか?」
「大丈夫だろう、レンテンベルク要塞を落としたのは去年の事だ。いくらなんでも治っているさ」
「しかしね、例の噂があるからな」

例の噂か、ホアンとトリューニヒトの会話を聞きながらその事を思った。昨年十二月の初旬、ヴァレンシュタイン元帥はオーディンで襲撃され負傷した。かなりの重傷だったらしい。だがその月の内にオーディンに侵攻してきた敵艦隊を撃破、更にレンテンベルク要塞を奪取し健在を示した。

当初同盟ではヴァレンシュタイン元帥が負傷したと聞いたとき、信じる者は少なかった。以前にも彼を暗殺したとの誤報が流れた事がある。それに類するものだろうと思ったのだ。

だが負傷が事実だと分かった時、かなりの重傷だと噂が流れた時、同盟では帝国領辺境領域への出兵論が出た。もちろん強いものではない、帝国との間では捕虜交換の協定を結んでいるのだ。だがそれでも出兵論が出る、同盟内の反帝国感情の根強さには溜息が出る思いだ。

幸いにも直ぐにヴァレンシュタイン元帥が敵艦隊を撃破、レンテンベルク要塞を奪取した。その事で出兵論は自然消滅した。危ないところだっただろう。当時同盟はフェザーンに極秘に艦隊を派遣していた。あの時出兵論が大勢を占めれば艦隊は何故フェザーンに向かっているのかで大騒ぎになったに違いない。

ヴァレンシュタイン元帥はレンテンベルク要塞を奪取した後、要塞に留まったまま動こうとしない。帝都オーディンを守り、帝国軍全軍を後方から支援統率するためだろう。

だがその事がまた同盟内で疑惑を呼び起こした。ヴァレンシュタイン元帥重態説だ。襲撃されたときかなりの深手を負ったと聞いた。レンテンベルク要塞は落としたが、無理をしたため容態は反って悪化したのではないか……。それが原因で動けないのではないか……。

そしてローエングラム伯の失脚が起きた。元帥と伯は微妙な関係にあると同盟内では見られている。両者とも若い、そして一度は上下関係は逆だった。重病に喘ぐヴァレンシュタイン元帥がローエングラム伯を蹴落としたのではないか?

ヴァレンシュタイン元帥重病説が強まるにつれ、帝国領辺境領域への出兵論が蘇った。そしてフェザーンを占領した今、その出兵論はますます強まりつつある。ガイエスブルク要塞に貴族連合軍の主力が健在な事もその一因だ。

「ヴァレンシュタイン元帥も御苦労な事だな。病身を押して反乱の鎮圧とは」
「何を他人事のように言っている。主戦派を煽ったのは君だろう、トリューニヒト」
私の言葉にトリューニヒトは気の無い様子で“まあ、そうだがね”と答えた。

「だが、フェザーン進駐を長引かせるわけにはいかん。長引かせれば必ず占領しろとの声が大勢を占めるようになる。内乱も同様だ、長引けばそれに付け込めという意見が大きくなる。そうだろうレベロ、ホアン」

トリューニヒトの言葉に渋々ながら頷いた。ホアンも頷いている。
「帝国には内乱を早期に終結してもらう。それによって出兵論、フェザーン占領論を押さえつけるしかない」
「……」

「そして捕虜交換を実施する。帝国との友好を強調しつつフェザーンを早期に返還する手段を考えるんだ」
その通りだ。だからこそ敢えて帝国領出兵というカードを帝国に対して見せた。

切ったのではない、見せたのだ。切られたくなければ早期に内乱を終結しろ、と言う事だ。そのために敢えて同盟内で出兵論を皆に分からぬように煽る事もした。妙な噂が流れている事も幸いした。

軍も内乱の早期終結に関しては同意している。彼らにとってイゼルローン、フェザーン両回廊からの攻勢は悪夢でしかない。
「元帥が本当に重態だったらどうする。内乱の早期解決は難しいかもしれんぞ」

「その時は本当に出兵と言うのも有るだろうな」
「馬鹿な、冗談ではないぞ、トリューニヒト!」
私が大声を上げるとトリューニヒトは肩を竦めた。

「可能性の問題だよ、レベロ。捕虜交換が望ましいのが事実だが、帝国が混乱してくれるのが望ましいのも事実だ。内乱が長期化すれば、それをきっかけに帝国がこちらとの和平を考えると言う可能性もある。いかにして同盟を再建するか、帝国を無害化するか、それが問題だと私は思っている」
「……まあ、分からないでもないが」

執務室に沈黙が落ちた。トリューニヒトの考えは分からんでもない。だが帝国領出兵はかなり危険な選択肢だろう。出来る事なら避けたい選択肢だ。それに軍がどう思うか、かなり強い反対をするのではないだろうか。軍上層部は戦力回復を優先するべきだと考えている。すり減らすような出兵には強く反対するはずだ。

同じ事を考えていたのだろう。今度はホアンがトリューニヒトに問い始めた。
「出兵の事は軍には話したのか?」
「グリーンヒル総参謀長には話した。いや向こうから訊いてきた。出兵論がこれ以上強くなったらどうするかと」

「それで」
「正直に話して軍でも検討してみてくれと言ったよ。彼は難しい顔をしていたが承諾してくれた。検討の余地は有るということだろう」
「そうか……」
ホアンが私を見たが頷く事も首を振る事も出来なかった。ただ溜息が出た。

「フェザーンの一件では帝国にしてやられた。しかし今度はこちらが仕掛ける番だ。帝国にも少しは冷や汗をかいて貰おう」
軍がどう思うかだな、トリューニヒトの声を聞きながら思った。特にイゼルローンのヤン提督がどう思うか、無性に彼と話がしたくなった。



 
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