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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百六話 キフォイザー星域の会戦(その4)

帝国暦 488年  2月 1日  ガイエスブルク要塞   オットー・フォン・ブラウンシュバイク



辺境星域回復の試みは潰えた。一昨日から昨日にかけて行なわれたキフォイザー星域の会戦で貴族連合軍は敗退した。クライスト、ヴァルテンベルク大将からの報告によれば、もう少しで勝てるところだったのだと言う。ヒルデスハイム伯、あの小僧が焦らなければ勝てたと……。

「やはり貴族連合軍の脆さが出ましたな」
グライフス総司令官の言葉が耳を打った。
「烏合の衆、という事か」
グライフスは頷くと話し始めた。

「戦が始まるまでは一つにまとまりますが、始まった後はバラバラになる。自分の事しか考えません」
「酷い言い様だな」
思わず口調が苦くなった。だが否定は出来ない、全くの事実だ。

シュターデンは一時的にメルカッツ達を出し抜き、オーディンに迫った。だがその後はシェッツラー子爵、ラートブルフ男爵の我儘に振り回され敗北した。今回も同様だ、今一歩で勝てるという時に功名に逸る。そして敵は常にそのミスを的確に突いてくる。

「覚悟はしていた事だがリッテンハイム侯を喪ったのは痛いな」
「確かに。……ですが収穫が無かったわけでも有りません」
収穫? リッテンハイム侯を喪ったのだ、一体どんな収穫が有ったと言うのだ。

「クライスト、ヴァルテンベルク大将は信頼できます」
「……」
「そしてヘルダー子爵、ホージンガー男爵も。彼らは協力することをこの戦いで学びました」

冷静なグライフスの口調が癇に障った。
「だから何だと言うのだ! 採算は取れるとでも言うのか! リッテンハイム侯は死んだのだぞ!」

わしの怒声にグライフスは一瞬だけ目を閉じた。
「そう思っていただかなくてはなりません」
「グライフス!」

「公は盟主なのです! リッテンハイム侯の死は無駄ではありません、彼らが信頼できる事は確認できました。決戦では役に立ってくれるでしょう」
「……すまぬ、つい感情的になった。卿の言う通りだ、侯の死は無駄ではない」

グライフスがこちらを見ている。冷静な目だ、だが冷酷な目ではない。意志の力で感情を抑えているのかも知れない。上に立つとはそういう能力が必要とされるという事か……。

「グライフス、上に立つのも容易ではないな。常に冷静さを要求される。卿が居なかったら、わしは感情に任せて馬鹿げたことをしていたかもしれん……」

グライフスは何かを言いかけ、口を閉じた。そして躊躇いがちに話し始めた。
「軍では常にそれを要求されます。そしてそれを実行できる人間だけが、生き残り、出世して行きます」
「出来ぬ人間は戦場で淘汰されるか」

グライフスが頷いた。彼の本当に言いたい事が何なのかが分かる。何故彼が一度口を開き閉じたのか。討伐軍が強いのはそれを理解している人間達が指揮をしているからだ。だが貴族連合軍は違う。理解していない、理解する機会を得ぬままに生きてきた貴族達が指揮を執っている。それこそがヴァルハラで、キフォイザーで敗れた真の原因だ、そう言いたいのだろう。

「ブラウンシュバイク公、後ほど皆に会戦の結果を周知すべきかと思います」
クライスト、ヴァルテンベルク大将からの報告は私室で受け取った。皆は戦が起きた事は知っているだろうが敗戦の事実はまだ知るまい。隠すべきではないし、いい加減な噂が流れるのも拙い。正直に伝えるべきだろう。

「広間に皆を集めるか」
「はい、その際、今我等が話した事を皆に伝えるのです。協力すれば勝てるのだという事、身勝手な行動をとれば自分だけではなく味方まで敗北する事になると」

なるほど。この男はその事を考えていたのか。今回の敗北を最大限利用しようとしている。この男にしてみれば感情的になったわしなど頼りない限りだっただろう。情けない事だ。

「いい考えだ、やるべきだろうな。だがリッテンハイム侯派の人間達が素直に受け取ってくれるかどうか……」
「確かにそれは有ります。しかし一旦反逆を起した以上、降伏しても許される事は有りません。もう後には退けない、それを肝に銘じさせることです」

グライフスの言う通りだ。反乱を起したのだ、覚悟を決めさせるべきだろう。生き残るために戦えと……。
「身辺に御注意ください」
「?」

囁くような声だった。妙な事を言う、そう思いながらグライフスの顔を見た。グライフスは厳しい表情で一歩わしに近付いた。
「愚か者が公の首を手土産に降伏しようとするかもしれません。これはリッテンハイム侯派の人間だけではありません。全ての貴族に言える事です」

グライフスの言葉を否定できなかった。黙ったままのわしを見ながらグライフスは頷くとさらに言葉を続けた。囁くような声は変わらない。
「公だけでは有りませんぞ。エリザベート様、サビーネ様の身辺にも信頼できる人間をつけてください。殺すと言う事は有りますまいが何らかの形で利用しようとは考えるかもしれません」

「分かった、そうしよう。わしも寝首をかかれるなどという無様な最後は願い下げだ」
思わず声が掠れた。口の中が粘つくような不快感がある。恐怖によるものではない、身勝手な貴族に対する不快感だろう。

「グライフス、広間に皆を集めてくれるか、一時間後で良い」
「一時間後ですか?」
「ああ、皆に話す前にサビーネに伝えねばなるまい。わしの役目だろう」
グライフスは頷くと“分かりました”と言って、部屋を出て行った。


グライフスとの話が終わった後、サビーネの部屋に向かった。予期したことでは有ったが部屋にはサビーネだけではなくエリザベートも居た。二人とも不安そうな表情でわしを見ている。

二人もキフォイザー星域で戦が起きた事は知っている。サビーネが不安に思ってエリザベートを呼んだのか、或いはエリザベートが心配して傍に居るのか、困惑したが今更出直すわけにもいかん。二人を傍に呼んだ、おずおずと近付いてくる。

「サビーネ、キフォイザー星域で戦が起きた事は知っているな」
「はい」
細い声だ、今更ながらこの娘に真実を告げなければならない残酷さに心が怯んだ。だがやらねばならん。サビーネにとってもっとも近しい親族はわしだ。逃げ出したくなる心を叱咤した。

「残念だが、味方は敗北した」
「!」
サビーネ、そんな縋るような目でわしを見るな。

「リッテンハイム侯は味方を逃がすため、最後まで戦場に残ったそうだ」
「では、お父様は」
「……残念だが、戦死した。見事な最期だったと聞いている」

たちまちサビーネの目に涙が溢れ出した。エリザベートも涙ぐんでいる。
「サビーネ、良く聞きなさい」
「伯父上」

サビーネが泣きながら縋りつくような視線を向けてきた。リッテンハイム侯の事を思った。どんな気持でこの娘を置いていった? さぞ辛かっただろう、それなのに最後まで戦場に残ったか……。

「リッテンハイム侯は、お前の父は反逆者として死んだ」
「お父様!」
サビーネが俯くとエリザベートがわしを非難するかのように声を上げた。エリザベート、良く聞くのだ、これから話す事はサビーネだけではない、お前にも関わる事だ。

「その事でサビーネ、お前は辛い思いをするかもしれない。だが決して下を向いてはならん」
「伯父上……」
サビーネが顔を上げ驚いたようにわしを見ている。

「サビーネ、お前の父は誰よりも立派に戦ったのだ。味方を逃がすため最後まで戦場に留まり続けた、そして死んだ……」
「……」

「分かるな? お前の父は反逆者ではあっても恥ずべき男ではないのだ。胸を張りなさい、お前は決してリッテンハイム侯の事を恥じてはならん、侯を恥じる事はわしが許さん、良いな」

サビーネが頷いた。涙は止まっている。
「私は、お父様の事を恥じません。お父様は私の事を誰よりも愛してくれました。だから恥じません、私はウィルヘルム・フォン・リッテンハイム三世の娘です」

「良く言った、サビーネ。お前はリッテンハイム侯の娘だ。今の言葉を侯が聞けばお前を誇りに思うだろう。その誇りを忘れるな」
「はい」

サビーネの目からまた涙が溢れ出した。抱き寄せて髪を撫でてやると声を上げて泣き始めた。つられたかのようにエリザベートも泣き出した。わしは娘二人を抱き寄せながら二人が泣き止むまで黙って立っていた。

リッテンハイム侯、わしは侯が嫌いだ。目障りだと思ったときは生きていて傍に居て欲しいと思ったときには死んでしまう。勝手すぎるではないか。それによくもあんな華々しい戦が出来たな、わしはどうすれば良いのだ。おまけにサビーネをわしが慰めねばならんとは……。侯は昔から身勝手で目立ちたがり屋で無責任だ。だからわしは侯が嫌いなのだ……。



帝国暦 488年  2月 1日 レンテンベルク要塞   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


『ではリッテンハイム侯は戦死したのか』
軍務尚書エーレンベルク元帥が問いかけてきた。スクリーンにはエーレンベルク元帥の他にシュタインホフ元帥が映っている。二人とも表情は微妙だ。

勝利は嬉しいのだが、リッテンハイム侯の戦死には素直に喜べないのだろう。二人ともそれなりに付き合いは有っただろうし、なんといってもオーディンには侯爵夫人が居る。

「先程別働隊総司令官ルッツ提督より連絡が有りました。最後まで降伏せず戦ったそうです」
『そうか、最後まで戦ったか……』
今度はシュタインホフ元帥が感慨深げに呟いた。

報告してきたルッツは不本意そうだった。勝利は得たが、思い描くような戦は出来なかったということらしい。だが全て思い通りに戦って勝つなどそうそう有る事じゃない。敵の兵力の三割を殲滅し、リッテンハイム侯も戦死しているのだ。十分な戦果だと俺は言ったのだが納得したようではなかった。

リッテンハイム侯の死が鮮烈過ぎたということもあるのだろう。一度ゆっくりと話をしてみたほうが良いのかもしれない、メルカッツ提督にも同席してもらったほうが良いだろう。

少しの間沈黙が有った。両元帥とも顔を見合わせるでもなく、ただ黙っている。俺もあえて話すような事はしなかった。何を思っているにしろ二人の心にいるのはリッテンハイム侯だろう。邪魔をするべきじゃない。そう思ったからだ。

沈黙を破ったのはエーレンベルク元帥だった。
『それでこれからの事だが、どうなると見ている?』
「貴族連合による辺境星域の回復は阻止されました。それだけでは有りません、リッテンハイム侯が戦死したのです。彼らにとっては大打撃でしょう」

『うむ』
「辺境星域にある貴族連合の支配地は味方の援軍は当てに出来ないと理解したはずです。こちらの軍が向かえば降伏するか、或いは逃げ出すか……。これから先は辺境星域では大規模な戦は無いでしょう。掃討戦になると思います」

俺の言葉にスクリーンに映る老人達は頷いている。
『ガイエスブルク要塞に篭る敵の攻略は何時頃になるかな』
今度はシュタインホフ元帥が訊いてきた。老人達の視線は厳しい、どうやら内乱の終結時期が気になるらしい。

「本隊は遅くとも今月末にはガイエスブルク要塞に迫れるはずです。ですが要塞攻略は別働隊の合流を待ってからになります。となれば辺境星域の平定にはあと二月ほどはかかるでしょうから移動も含めれば三月は先になります」
『やはり三月はかかるか、随分と先だな』

嘆息するようなシュタインホフの口ぶりだった。止むを得ない事だ。原作とは違う、敵はガイエスブルク要塞に現状で十五万隻近い大軍を擁しているのだ。メルカッツ達だけでは兵力の面で劣勢になる。わざわざ不利な戦をする必要は無いのだが、それにしても妙だ、彼らにこの程度の事が分からないはずが無い。どういうことだ?

『辺境星域の平定は後回しにしてガイエスブルク要塞を先に攻略は出来ぬか』
エーレンベルク元帥が妙な事を言い出した。何を考えている?

「それは出来ない事は有りません。しかし要塞の敵を討ち漏らした場合、その連中が辺境に戻りやすくなります。得策とは思えませんが」
老人二人の表情が渋くなった。どういうことだ? エーレンベルクの考えは思い付きじゃない、シュタインホフも合意の上で話している。

「どういうことです? 何か有ったのですか?」
俺の問いに顔を見合わせた老人達が渋々といった感じで話し始めた。彼らの話によるとどうやら同盟が妙なことになっているらしい。

自由惑星同盟で辺境出兵論、例の帝国の内乱を長引かせ時間稼ぎをするべきだという意見が力を持ち始めているのだと言う。フェザーンに進駐したことでイゼルローン、フェザーン両回廊を得た。後は時間稼ぎをして国力を回復させようと言う事だ。

この意見、どうやら政治家、軍人の主戦派が唱えているらしいのだが、出兵する以上当然捕虜交換は無い。主戦派にとって兵士が帰ってこないのは痛いはずだがそれ以上に彼らは帝国と同盟の協調路線が気に入らないようだ。

さらに経済界が彼らを支持し始めた。理由は簡単、フェザーンだ。フェザーンを積極的に同盟に組み込み、利用すべきだと考えている。そのためには帝国と決裂したほうが良い。今の帝国の支配権を認めたうえでの進駐など論外なのだ。

帝国と決裂し、帝国が混乱してくれたほうがフェザーンを支配し易い、そう考えている。同盟政府は彼らの攻勢に押され始めている……。

同盟政府は困った。彼らはフェザーンが毒饅頭だと気付いている。食べる前に帝国に返すべきだとも考えている。それが崩れかねない。困った彼らはレムシャイド伯を通して帝国政府に早く内乱を鎮圧しろと言ってきた。帝国にとっても辺境星域に出兵などされては困るだろう、そういうことだ。

『同盟によるフェザーン支配は一向に構わぬが、辺境星域への出兵と言うのは余り面白くない。特に貴族連合軍が十五万隻もの大軍を持っているとなれば、彼らが連合すればとんでもない事になる』

確かにその通りだ。エーレンベルク元帥の言葉を聞きながら思った。同盟で起きている出兵論もそれが有るのかもしれない。ヤンが出てくれば最悪と言って良いだろう。

思い描くような戦は出来ない。どうやら今度は俺が思う番のようだ。ガイエスブルク要塞に全軍を集結させなければならん、しかも戦闘は短期間に終わらせる必要がある。どうやらレンテンベルク要塞での休息は終わりの時が来たようだ。


 
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