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フロンティアを駆け抜けて

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快進撃

「止めよクー!オーダイルに雷の牙!」

ドラゴン使い・ドラコと実力を認め合い喝を入れられたジェムは再びバトルクォーターに挑んだジェムは、新たに得たクチートの力で順調に勝ち進んでいた。
相手に相性のいい技を叩きこむことが重要なこの施設では新たに覚えた雷、氷、炎の牙は使いやすく、遠距離から攻めてくる相手には十万ボルトや冷凍ビーム、火炎放射を放つことも出来る。威力が足りないと感じた時はメガシンカによって強力な一撃を叩きこむことも可能だからだ。

「よしっ……これで20連勝!」
「……」

 その様子を、ダイバは応援席で黙ってみている。彼は既に7連勝したにもかかわらず、自分はいいと言ってジェムだけに挑戦させていた。その理由を、彼は話そうとしない。

「おめでとうございます!次はいよいよフロンティアブレーンの登場でございます。準備の方はよろしいですか!?」
「ついにブレーンが……!」

 ジェムは頷く。すると突然、会場の照明が消え天井にプラネタリウムのような淡い藍色が浮かび上がった。そして天井の頂点に移るのは星ではなく――三日月を模した光。突如として現れた人工的でありながら幻想的な光景にジェムが見とれていると、その間にジェムの反対側のステージに一人の女性が立っていた。

「あれ、この人……ネフィリム?」

 ジェムはこの女性を知っていた。テレビドラマで良く見る顔が、今自分の目の前で薄紫のドレスを纏って優しげに微笑んでいる。そう、この人はホウエンでは知らぬものはほぼいないものはないと言えるほどの女優である。

「その通り!私こそがホウエンの大女優にして、この施設のブレーン。ネフィリム・シュルテンですよ。可愛い挑戦者さん」
「……シュルテン?ってことはもしかして」

 見覚え、聞き覚えのある名字にジェムは首を傾げる。ネフィリムは誇らしげに頷いた。

「そう、あなたは知っていますよね。ダイ君のこと。私があの子の母親です。よろしくお願いしますね」
「……ママ。余計なことは」

 観客席から口を挟むダイバ。彼は自分の母親相手にも帽子を目深に被って、目を合わせようとしない。その態度にネフィリムは頬を膨らませた。

「もう、ママはダイ君が一番に挑戦しに来てくれると思って待ってたのに……なんでそこにいるの?」
「……うるさいな。さっさとその子とバトルしてよ」
「相変わらず恥ずかしがりやなんだから……この子とはお友達?」

 ネフィリムがそう聞くとダイバは短くこう答えた。


「奴隷」


 言うことを聞くという関係ではあるがあんまりな言い方にジェムはむっとする。というか母親にそんなこと言っていいのかと思う。ネフィリムは顔に手を当てて、瞳を潤ませた。

「ちょっと、誰が奴隷――」
「ああ……さすがはパパの息子だわ。もう自分で人を従えることが出来るようになるなんて……」
「えっ」
「……はあ」

 涙を零し、本気で感激しているらしいネフィリム。彼女はジェムの方に向き直った。ダイバがため息をつく。

「ジェムちゃん……だったわね。幸せでしょう?この子に従うことが出来て」
「……なんでそうなるんですか」
「だってダイ君は、あの人の息子ですもの。あの人のいうことが聞けることはとっても幸せなことなのよ。きっとダイ君にも同じ才能があるわ」
「同じ才能があるとは、限らないと思います」
「そう……あなたがまだその幸せを実感できていないとしても、いずれわかるわ。この子とあの人に使われることが、どんなに幸せなことか」
「……なんなの、この人」

 ジェムは狂気じみた理屈と信条に困惑した。目の前の女性は、自分の息子が他人を奴隷扱いしていることを叱るどころか、喜んで涙さえ流している。おまけに言うことを聞くのが幸せだと、確かめるのではなく決めつけている。

「そうとわかればより気合を入れなきゃね。ダイ君がどんな娘を従えているのか、確かめさせてもらうわ」
「言いたいことは色々あるけど……ひとまず、バトルが先ね」

 ネフィリムがボールを取り出したのを見て、ジェムも構える。

「出てきなさい。三日月の下で舞い踊る美しき獣、レパルダス!」
「出てきて、クー!」

 ネフィリムはレパルダスを、ジェムはクチートを繰り出した。クチートが大顎を開けてレパルダスを威嚇する。レパルダスがわずかに怯んだ様子を見せる。

「漆黒の牙怒りと共に振るわせ、全ての敵を噛み砕いて!」

 15秒のカウントが始まると同時に、クチートをメガシンカさせる。その体が光に包まれ、戻ったときにはクチートの大顎が二つになり体が一回り大きくなっていた。

「クー、じゃれつく!」
「初手からメガシンカですか……ならばレパルダス、ねこだまし!」

 両者が近づき、メガクチートが大顎を振るう前にしなやかな動きでレパルダスがメガクチートの正面に回り込み、目の前で両前足を打ち鳴らす。大きな音にメガクチートの頭が真っ白になり、怯んだ。

「続けて『ねこのて』です!」
「クー、気を付けて!」
「遅いですよ!」

 技『ねこのて』は仲間の技を何か一つ使うことのできる技。故にほぼどんな技でも使うことでが出来、まだ相手の手持ちがわからない以上読むことが出来ない。警戒しようとするが、それよりも早くレパルダスは動いた。

「ニャアアオオオオオオオオ!!」

 レパルダスが距離を取り、大音量の叫びをあげる。その声は破壊の音波となってメガクチートの体を打った。鋼タイプのメガクチートには大したダメージはないが、これで一方的に二回ダメージを受けたことになる。この施設がいかに相手を攻撃したかを重視する以上、不利と言わざるを得ない。

「クー、右で火炎放射、左で十万ボルト!」
「避けなさい、レパルダス!」

 メガクチートの右顎に炎が、左顎に電気が蓄えられ放たれる。レパルダスはしゃなり、と音もたてずに避けた。だが二つの角から角度をつけて放たれた攻撃は交差し――爆発を起こす。レパルダスがそれに巻き込まれて吹き飛ばされた。

「やりますね……ではもう一度『ねこのて』です!」

 今度はレパルダスは思い切り助走を付けたかと思うと、一気にとびかかりメガクチートの反応を許さずにその前足で蹴り飛ばした。
レパルダスの特性は変化技を素早く放てる『悪戯心』であり、技『ねこのて』は仲間の技を扱える変化技である。つまりレパルダスは仲間の攻撃技を誰よりも早く扱えるのだ。それが速度の秘密だった。


「さあ下がりなさいレパルダス、多少のダメージは負いましたが後は逃げていれば私の勝ち……」
「……捕まえたわ」
「!」

 飛び退ろうとしたレパルダスの足に、クチートの大顎が食らいついていた。

「今よクー!じゃれつく!!」
 
 片方の顎が体を挟み、もう片方の顎で思い切りレパルダスの体を打ちつける。吹き飛ばされて衝撃を殺すことすら敵わず、暴力的な一撃にレパルダスは戦闘不能になった。

「あの攻撃を見切るとは、やりますね」
「『悪戯心』の戦術なら、お父様の得意技だもの」
「……ああ、そういえばあなたはチャンピオンの娘でしたか、なるほど」

ジェムの父親、サファイアのエースは特性『悪戯心』のメガジュペッタである。父親のバトルを誰よりも見ているジェムは当然その性質についても知っていた。『ねこのて』との複合は初めて見たが、二回も見れば見切れないことはない。

「では二体目……出てきなさい、三日月の下で歌う愛らしき獣!ニンフィア!」
「ニンフィア……なら、アイアンヘッド!」

 15秒のカウントが始まる。ニンフィアのタイプはフェアリー。メガクチートは鋼タイプを持つため弱点をつける分有利のはず。そう判断してメガクチートを突っ込ませるジェム。

「簡単には近づけさせませんよ!ニンフィア、ハイパーボイス!」
「フィアアアアアッ!!」

 ニンフィアが高い声で叫ぶと、部屋全体がビリビリと震える。激しい音波の攻撃を受けたメガクチートの足が止まる。だが音はいつまでも続くわけではない。声が止んだ隙を見計らってメガクチートは接近し、二つの大顎を噛みつくのではなく直接ぶつける!

「一発で決めるわ!」
「ニンフィア!」

 ニンフィアの体が鋼鉄に吹き飛ばされる。弱点を突いたうえにメガクチートの特性は『力持ち』だ。その怪力の前でひとたまりもないと思われたが。

「電光石火!」
「なっ……!?」

 ニンフィアは起き上がり、目にも留まらぬ速さで突撃してメガクチートの体を吹き飛ばす。華奢な身体からは想像できないほどの力だった。

「まさか――」
「気づいたようですね。残念ですが私は攻撃を受ける直前、スキルスワップを発動していました」

 『スキルスワップ』。自分と相手の特性を入れ替える特殊な技で、使い方次第で様々な戦術を可能にする技。ネフィリムはそれでメガクチートから攻撃力を奪い、逆にニンフィアの攻撃力を倍増した。メガクチートが、自身の両顎を重そうに引きずっている。これでは物理攻撃は難しいだろう。

「……でも弱点を突いた攻撃はそう何発も耐えられないはず!クー、ラスターカノン!」
「本当に多彩な技を使いますね……電光石火で避けなさい!」

 メガクチートの顎から銀色の光弾が二つ放たれるのをニンフィアがスピードで躱しつつクチートの体を蹴り飛ばす。特性を失い、自身の体を動かすことさえままらないメガクチートに、ニンフィアの体は捉えられない。
ニンフィアもメガクチートの鋼の体には決定打を与えられず、そのまま15秒が過ぎた。

「クチート対ニンフィア、『心』は引き分け。『技』はクチート。『体』はニンフィア……よって結果、引き分け!」
「お疲れ様クー。よく頑張ったわ」
「勝ち切れませんでしたか。戻りなさいニンフィア」

 判定が下される。攻撃回数もほぼ互角で体力はクチートの方が少ないが。とにかく弱点をつける技を連続で出したことが評価されたらしい。ジェムとネフィリム。お互いがポケモンを戻す。

「よし、このまま決めるわよ!出てきてルリ!」
「追い詰められましたね……ですが負けませんよ!さあ出てきなさい、三日月の下で舞うしなやかなる野獣……ミミロップ!」

 ジェムはマリルリを、ネフィリムはミミロップを出す。奇しくもお互い兎のような姿をしたポケモンだ。

「ふむ……またフェアリータイプ、かつ特性『力持ち』のポケモンですか。小さくても侮れない。まさにあなた自身の様ですね」
「小さいって言わないで!ルリ、アクアテール!」

 気にしていることを突かれちょっと顔を赤くしつつジェムは指示を出す。飛び跳ねたマリルリの水玉の尾が水で一気に膨らみ、それを叩きつけようとする。

「遅いですね、ねこだまし!」

 だが尾を振りかぶる前にミミロップも跳躍し、マリルリの前で掌を合わせ大きな音をたてる。その音に驚いてマリルリの尾にためた水ははじけ飛んでしまい、フィールドを濡らす。

「だったらアクアジェット!」
「受け止めなさい、ミミロップ!」

 今度は尾から水流を放ち、一気にミミロップに肉薄する。それをミミロップは自身の膝でいともたやすく受け止めた。

「ルリの攻撃を簡単に……」
「さあいきますよ、おんがえし!」

 接近した状態から、ミミロップはその両耳でマリルリを殴り飛ばす。『おんがえし』はポケモンのトレーナーに対する忠誠度が高いほど威力を発揮できる技で、今のは間違いなく最高ランクの威力だった。

「もう一度アクアジェット、今度は後ろから回り込んで!」
「そう上手くいきますかね?」

 マリルリが再び尾から水を放ち、旋回してミミロップの背後を取ろうとする、が――マリルリは身体を曲がり切れず、あらぬ方向に突っ込んでしまった。普段ならこんなことはありえない。

「ルリ、どうしたの!?」
「どうしたの!?と聞かれれば答えてあげるが世の情け。私のミミロップは先ほどねこだましと同時に『仲間づくり』を使っていました」
「……仲間づくり?」
「この技の効果は特性を入れ替えるのではなく、相手の特性を自分と同じにする……この効果により、マリルリの特性は『力持ち』から『不器用』に変わりました。ここまで言えばわかりますね?」
「そういうこと……」

 マリルリは特性『力持ち』を奪われたから攻撃を簡単に受け止められた。そして、『不器用』になったことで自分の技をうまくコントロールできなかったというわけだ。

「そして見せてあげましょう、本当の私のエースの姿を……ミミロップ、メガシンカです!」

 ネフィリムの首にかかるエメラルドが輝き、ミミロップの体が緑色の光に包まれる。より筋肉を発達させた美しい肢体を持つ姿のメガミミロップの登場だ。

「これで止めです、とびひざ蹴り!」
「避けて、ルリ!」

 ミミロップが助走をつけ膝を突き立てて突っ込んでくるのを、マリルリは避けられなかった。そのまま壁に叩きつけられ、戦闘不能になる。

「……お疲れ様、ルリ」
「さて、これでお互い残り一体ですね」
「頼んだわ、ラティ!」
「ひゅううん!」

 ジェムの相棒、ラティアスが姿を現す。見たことのないポケモンにネフィリムは目を瞬かせた。

「珍しいポケモンを連れていますね……そんな子を従えるとは、さすがダイ君です」
「……ママ、こっちみないで自分のバトルに集中して」

 自分の息子に向けた視線から逃げるように頭を振るダイバ。それもそうですね、とネフィリムは視線を戻し、再びカウントが始まる。

「ラティ、サイコキネシス!」
「させません、影分身!」

 ラティアスの目が光り、メガミミロップの体を念力が捉える前に影分身で姿を眩ます。複数体に増えるメガミミロップを見て、ジェムはラティアスに目くばせした。

「……アレでいくよ、ラティ」
「ひゅううん!」

 ラティアスが自分だけに扱える技、ミストボールを放つ。それはメガミミロップの体を狙わず、すぐに霧散してフィールドを覆う霧になった。

「姿を隠して攻撃を避けるつもりでしょうが……その程度でミミロップの目からは逃れられませんよ!おんがえしです!」

 ミミロップの目は霧の中を飛ぶラティアスの体をしっかりと捉えていた。ミミロップが跳躍し、しなやかな動きでラティアスの体を狙おうとする――しかし、どんな動きも、いくら分身を作り出しても、実体がある以上フィールドを包む霧を乱さずに通り抜けることは出来ない。

「それはどうかしら!ラティ!」
「!」

 ラティアスの目が光る。すると空気中の霧が一気にミミロップの周りに凝縮し、その体躯全体を包む水球となった。動きと呼吸を奪われ、もがくミミロップ。空中で動きを止められ、しかも水の中では動きようがない。

「……やられましたね」
「これが私達の……新しい技よ!ミスティック・リウム!」

 念力が水を圧縮し、ミミロップの体を握りつぶす。水でくぐもったミミロップの悲鳴が響き、勝負がついた――


「……さすがダイ君が目を付けただけのことはありますね。あなたの勝ちです」


 ミミロップをボールに戻し、ネフィリムがジェムに微笑んだ。勝利したジェムはしばらく無言だったが、ラティアスが近づいてくるとぎゅっとその体を抱きしめた。

「ありがとう、ラティ、皆……私達、勝ったよ!!」
「ひゅうん!」

 ラティアスも嬉しそうにジェムに頬ずりをする。ここに来て初めて、ジェムは勝利の充実感を噛みしめることが出来た。ただの子供の様にはしゃぐ様を、ネフィリムは微笑ましそうに見ている。

「うちのダイ君もそれくらい素直に笑ってくれればいいんですけど……はい、これが私に勝った証、タクティクスシンボルです」
「ありがとうございます!」

 『Ⅳ』の形を模した薄紫色のシンボルを手渡される。それを笑顔で受け取って握りしめた後バトル前のダイバへの態度のことを思い出す。

「そうだ、あの――」
「……ダイ君と仲良くしてあげてくださいね。私達ではあの子を笑顔に出来なかったから……あなたに、託します」

 言いかけたところで、ネフィリムはジェムにそっと耳打ちした。その言い方は勝負する前のそれとは違って、純粋にダイバのことを想い、ジェムに対等な立場としていてほしいと思っているようにジェムには聞こえた。

「何話してるの……?」
「なんでもありませんよダイ君。あなたが挑戦してくれるのを待ってますからね」
「……」

 頷くジェムの様子に違和感を覚えたのかダイバが口を挟む。するとネフィリムははぐらかした。……何か直接言えない理由があるのかも、とジェムは思う。

「さて、傷ついたポケモン達を回復させましょうか……クレセリア!」
「えっ?」

 ネフィリムが天井の三日月を見上げると、そこには見たこともないポケモンがいた。月光を思わせる光が優しくジェムとネフィリムのポケモンを包み回復させていく。

「綺麗……」
「普通の挑戦者には見せるつもりはないんですけど……あなたたちは特別ですから」

 3人はしばらくクレセリアの『月の光』を眺める。ダイバは相変わらず表情を見せない。ジェムは少しでもネフィリムの気持ちが彼に伝わっていればいい、と思った。 
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