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神剣の刀鍛冶

作者:gomachan
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EPISODE06勇者Ⅴ

「ふう、会議がすっかり長引いちまったな」

軽く愚痴をこぼして、凱は空を見上げた。
気が付けば、月が最高点に達していた。
明日はいよいよ『市』がはじまる。独立交易都市の収入源となる一大企画の為の打合せをしていた。設営や催しいったイベントのほかに、緊急時の為の騎士団配置について入念に話し合っていた。自衛騎士団配置の理由として、表向きは「災害時及び要人護衛」とされているが、実際は「魔剣の護衛」なのである。
先日、アリアを狙う3人組の刺客から凱が守っていたのと同時期に、セシリーら別班の自衛騎士団は魔剣を狙う野党の討伐に遠征していた。皮肉にも、セシリー側は偽物で、凱側は本物だということを、他の団員は知らなかった。騎士団内部からの情報漏えいを防ぐ為と思ったのが、どうやら裏目に出たらしい。
会議はまず、騎士団全員で事件の周知と今後の対策を発表、そのあと団員の各配置とその役割を伝えて解散となった。
ここまでは、「実際に魔剣を奪いに来るであろう悪魔」を想定しての議題だった。団員に己の使命と責任に専念してもらうため、会議は夕刻をもって解散となった。
次に頭を悩ませたのは、「黒衣の男」についてだった。
市長のヒューゴー=ハウスマン。3番街自衛騎士団団長ハンニバル=クエイサー。彼らを上司とする獅子王凱の3人のみで話し合いが行われた。
黒衣の男。その存在だけはほかの団員にも伝えてある。目撃次第、すぐに情報をこちらに回してもらうために、それ以上の情報は与えていない。

――時は数刻前までさかのぼる――

「黒衣の男……ですか?」

その名称を再確認するかのように、凱は二人に聞き返した。

「ああ、我々が追いはぎの討伐へ遠征に行って知り得た名だ」

「魔剣を餌に黒衣の男をおびき出し、一切の禍根を絶つ!!」

決意を秘めたかのように、禿頭の上司は言った。

「団長……」

そんな決意に感応するかのように、凱もまた団長の気持ちを察した。凱もまた、団長と同じように、できれば犠牲は出したくないと思っていた。しかし--

「だが、犠牲は免れない。それでも市民を守る。我々が抱える永遠の矛盾という奴だ」

自嘲気味に、ハンニバルが笑った。それは、どこか悔しさも含まれているように思えた。

「……その責任は私がとりましょう。その為に何としても黒衣の男を捕えなければ」

ヒューゴーも、その決意に揺らぎはないようだ。
独立交易都市の市長と立場としては、これが騎士団に、そしてこれから出るであろう犠牲者にできる最大限の償いなのだろう。凱はそう思わずにはいられなかった。

(叶うことなら……目の前に映る全てを救いたい)

凱の唇が、硬くぎゅっと縛られる。その仕草に、誰も気づくことはなかった。
このIDアーマーを使わずにすめば、それに越したことはない。今回の悪魔襲撃も、あくまで可能性の話なのだから、必ず起こるわけではない……そう思いたい。

そして二人の上司の視線が凱に向けられる。

「「ガイ」君」

「わかっています。見つけ次第、俺が黒衣の男を!!」

それからして、3人は詳細な打ち合わせを行い、その会議は深夜にまで及んだ。





【???】





暗い、暗いふきだまり。ひどく暗い夜の街に、一人の浮浪者が死にかけていた。
顔はひどく痩せこけ、骨の形がよくわかるほどに角ばっていた。
左手、薬指、中指、小指は、綺麗にえぐられたようにかけている。

「なぜオレは……救われない……」

聞こえるのは、夜間でありながらにぎやかな街の声。様々な人が行きかう酒盛りの宴。彼にとっては別世界の出来事のように感じていた。
しかし、浮浪者の空間は停止したままだ。ただ静寂な時のみが動くことを許される異質な空間。まるで彼だけを隔離空間に閉じ込めたかのようだった。

「失礼」

矢先だった――

死神は突然と浮浪者の前に現れた――

浮浪者の左手を手に取り、まじまじと観察する。その様子は、まるで品定めをするかのように――

「やっぱり、こういうのは経験者(エキスパート)だよなぁ……初心者(バージン)はだめだめだった。勝手にやって勝手に仕掛けて勝手にやられやがった。ダカラ今度はお前に夜露死苦(ヨロシク)する」

浮浪者を鑑定し終えて、即決した。そして黒衣の男は指先に何かをつまみ、浮浪者の口に無理やり放り込む。

「呑め」

耳元でささやく――

「呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。呑め。」

呪詛のように囁きが繰り返される。

「呑めよぉ」

その時、黒衣の素顔が月の光に照らされていた。

忌々しい程に瞳に光を宿らせ、最高に晴れやかな笑顔。全く忌々しい。

そして浮浪者は確信した。この世界に初めから神はいない……悪魔ならいるということを。

「……ぁ」

限界だった。喉は砂漠の大地よりも乾き、腹は海よりも深く空腹していた。

いつの間にか、黒衣の人物は消えていた。

このまま、じっとしたまま、何もしないまま、ただ死を待つばかりだった。

かろうじて生きてはいたが、やがて訪れる生命の朽ちる瞬間が、とてもとても怖かった。

違う。浮浪者が本当に怖いのは、死ぬことじゃない。

――最期まで一人でいることだった――

先ほどの黒衣の人物もいなければ、死神さえも迎えに来ない。
文字通り、全てに見放されたのだろうか。

「……うぁ?」

いつしか、頭上に誰かが立っていた。現れた影に、浮浪者の瞳は移ろうように漂う。肉眼に飛び込んだ光がやけに痛い。

「飲めよ」

その影は、浮浪者にはとてもまぶしく見えた。影はやがてはっきりと人の形を整え、浮浪者の視界に映るように前に出た。
さらに前に出たのは、香ばしい程の肉汁の匂い。濃厚な熟成アルコール。
青年は、それらをそっと差し入れをした。容器から放たれた肉汁の香りは、その肉質とともにあふれ出る。酒瓶の蓋からは、まるでシャンパンのように豊かな香りをあたりに撒き散らす。

「ムチャクチャ美味いんだぜ」

青年は、そっと浮浪者の横に腰掛けた。

この男は悪魔ではない……

――天使だ――

浮浪者は我を忘れて、豊満な肉に、酒瓶にむしゃぶりついた。久しぶりの食事にありつけた。
肉は殆どかまずに、ある程度食いちぎるとそのまま飲み込んだ。とにかく空腹を消したい。その一身だった。
酒など、食道の太さが許す限り、そのまま勢いよく流し込んだ。今まで失われた水分を補充するかのように。

「旨い。旨い。旨い。旨い。旨い。旨い。旨い。旨い。旨い。旨い。旨い。旨い。旨い。旨い。旨い。旨い。」

あふれ出る感情は、大粒の涙となって散っていく。
浮浪者は、生まれて初めて感謝した。
ダメかと思った。本当に死ぬかと思った。
浮浪者の涙は止まらない。人の優しさに触れた彼の心は、瞬くに決壊した。
隣にいる青年は、そんな浮浪者をこう揶揄した。

「旨いだろ。涙が出ちまう程に」

しばらくして、浮浪者は落ち着きを取り戻した。

「あんた、もしかしてあの時の……」

そう青年が言いかけたとき、浮浪者は何かぶつぶつといい始めた。

「……ック……ダー……」

よく聞き取れず、耳をさらに傾ける。

「ジャック……ストラダー」

浮浪者は、そう名乗った。久しぶり、いや、何十年ぶりなのだろう。人に自らの名前を名乗るのは。

「ジャック=ストラダーか。その名、覚えておくよ」

フッと優しく微笑んだ青年の横顔は、浮浪者にとって生涯忘れられないものとなる。
黒衣の人物と青年が、偶然にもすれ違いさまに居合わせたこの出来事は、浮浪者の心に照らし出した、いわば「光と影」だった。





【独立交易都市・『市』会場・楽屋裏】





「ああ~~うう~~ああ~~」

「緊張しないで。大丈夫だって」

一人うろうろする騎士、セシリー=キャンベルを、アリアが励ましをかける。

「アリアのいうとおりだぜ、セシリー。いつもの訓練と同じことをやると思えばいいからさ」

「お、おう」

どうしても言いたい。どうして私なのだと思った矢先――

「セシリー!ガイ!そろそろ出番だな!」

「二人とも、準備は宜しいですか?」

張り手で背中をたたかれ、凱とセシリーはげほっとむせ返った。後ろを振り向くと、そこには二人の上司、ハンニバル=クエイサーが満面な笑みでたっていた。その傍らには、市長のヒューゴー=ハウスマンもいた。
ニヤニヤした顔がいやらしいぜ。団長。
「ついにキャンベル家のメジャーデビューだな」「私の自己紹介ははいってません!」「なんだ。残念だ。そんなに胸でかいのに」「胸は関係ありません!」と赤髪の騎士とその団長の漫才を、凱はおもしれーやと思いつつ見守っていた。
気がつけば、市長もセシリーの胸を見つめていた。恥ずかしさでセシリーが「市長もどこ見てるんですか!?」
とぷりぷり怒っていた。今まで知らなかったが、意外なことに、ヒューゴーもスケベだった。
団長と市長にいじられ続けるセシリーが可哀想に思えてきたので、凱はちょっと助け舟を出すことにした。

「団長、本当に悪魔は来るんでしょうか?」

「来るだろうな。先日の盗賊団がそうだったように、悪魔契約を平気で使ってくる奴らだ。何をしでかすか分からん」

悪魔契約を平然と使う奴らが欲するもの。
魔剣アリア。彼女そのものだ。
今回の『市』開催は、かなりの冒険だと凱は思えてならない。
都市の収入源も大事なのは、凱にも分かる。しかし、犠牲となる人の命と天秤にかけていいものなのだろうか?
一時はそう思った。だが、凱が考えている以上に、市長もそれは十二分に分かっているはずだ。ヒューゴーとしても苦渋の決断だったに違いない。だから昨日の深夜の会議にこういったのだ。
――全ての責任は私がとりましょう――と。
ならば、俺の指名は何としても黒衣の男をお縄にする。それだけを考えよう。凱の生命の恩人である市長に報いるためにも。
セシリーにとっても、アリアと結べた友情を「束の間」になんかしたくないはずだ。騎士と魔剣の絆を誰よりも知っているのは凱において他にいない。

やがて「セシリーさん、お願いします」と女性の司会者が楽屋裏まで呼びかけに来た。

「出番だぜ!セシリー!」

緊張でなかなか足が進まないセシリーを見かねて、凱は彼女の背中を一押しする。

「わわ!ガイ!?」

突然背中を押され、セシリーは前につんのめりそうになった。後ろを振り返る。
凱は力強い笑みをセシリーに向けた。セシリーにとって、それが彼女に対する最大の励ましに思えた。

「気負うなよ」

「ガイ?」

「俺たち一人ひとりが出来ることなんてたかが知れている。でも、俺たちは『自衛騎士団』だ……」

ここまで言い終えると、凱は指を人差し指、中指、薬指三本立てる。そして指を折りながら要約する。

「敵が出現する」

薬指を折り――

「住民を避難させる」

中指を折り――

「俺たちがそいつを倒す」

最後に、指の中で一番長い人差し指を折る――立てた指は全て折られ、いつしか拳になっていた。その拳は、まるで現れた敵を倒すシンボルのように見えた。

「ほら、解決だ」

「ガイは単純すぎる!」

「これぐらい単純なのがいいんだよ」

緊張の抜けないセシリーは、凱にまだ言いたいことがあったのだが、なんだか緊張が抜けてしまっていた。
だが、おかげで落ち着くことが出来た。

(ありがとう、ガイ)

なんだか、ひとかけらの勇気をもらったような気分になった。
怖かった気持ちを一払するように、アリアの手をとり、表舞台へ駆け出した。

「行こう!アリア!」「うん!!」

二人は、いつか誓い合った『最高の思い出を君に――』を果たすために――















――銀閃の風よ。願わくは、どうか、彼の魂を天国まで運んでくれますように――












【独立交易都市・市の会場】





「ご覧のとおり!魔剣は風を産むのです!!」

ただいま、独立交易都市の『市』の真っ最中。
銀閃の風が、薙ぎ、魔剣を立証するために設置されていた木板をかすめ取る!
摩訶不思議な現象を、セシリーの眼下にいる観客は食い入るように見ていた。
一番の目玉商品である魔剣がおっぴろげになってから、観客達のルツボは最高潮に達していた。
熱声が空気を満たし、喉を乾燥させて焼く。つまり、『競り』が始まったのだ。

――1本の刺突剣(レイピア)その()は魔剣アリア――

(やればできるじゃないか。セシリー)

ひとり、セシリーの実演販売(デモンストレーション)の成功を心から喜ぶ青年、その名は獅子王凱。
以前はGGG機動部隊隊長を務めていた彼も、現在は独立交易都市の秩序を守る騎士として日夜活動しているのだ。
もう一人、彼女の様子を心配して見に来た不愛想な刀鍛冶も来ていたのだ。多分、観客の中に紛れてセシリーを見守りに来たのだろう。
ルーク=エインズワース。ちょっと前までセシリーを心配して様子を見に来ていた彼だが、どうやら少しトラブルがあったらしい。今の彼はかなり不機嫌っぽい。
でも、結局はセシリーの晴れ舞台にしっかりと立ち会っている。

――素直じゃないな。ルークも――

そんな二人の関係に、凱は何だか微笑ましく思えてきた。

「ん……?あれは!昨日の!?」

ふと、視界に入る浮浪な人物。
凱は観客席の遠く、不審な男を一人見つけた。
あの男は確か……

「「ミツケタ」?」

偶然にも、発音が重なる。
その男の発音は、完全に会場の声でかき消されている。その為に普通なら聞こえるはずのない声を、凱はそのようにとらえた。
凱自身も実際に男の声を聞き取れたわけではない。男の唇を読み取ったのだ。

「コレデオレハスクワレル!マケン!オレノミライ!」

果てしない衝動。望むのは未来。その為の魔剣。

凱とセシリー。二人の絶叫が会場に木霊する。そして、遅かった。

「「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

男は本能のままに唱える。悪魔の文言を!

「―――――――――――――――――!!」

不快なる文言は、悪魔へ生まれ変わるおまじない!
周囲の空間に点在する霊体が、浮浪者を中心にして、無尽蔵に人肉を喰らい始める!
人間の血肉という物質(マテリアル)を得た霊体は、対価を得てようやく契約者の願いを果たすべく実体化する!





――悪魔契約は、たった今果たされた!――





真紅の炎が立ち上り、その勢いはまるで天を貫かんとする様だった。

「……一体何が起きたんだ!?」

生まれて初めて目にする悪魔契約を前にして、凱はただ茫然と立ち尽くすばかりだった。
固唾を呑み、ただただ状況を見渡すばかり。灼熱の空間が肌をわずかに焼き、焦燥の環境は喉を乾かす。
先ほどの熱狂とは違う、根本的意味で喉を焼き尽くす空間は、あの『市』の活気あふれる場を180度変貌させた。

「どうして、あの人が……そんな」

信じられない表情で、凱の視線はあの悪魔に向けられていた。心の整理が追いつかないような、妙な焦燥感がへばりつく。

市の会場は、まるで蜂の巣をつつかれた以上の事態となった。逃げ惑う人々は出口を求め、譲ることなく、互いが互いを詰まらせるようにして、出口をふさぐ始末。
このような不測の事態に備えていた自衛騎士団達は、即座に観衆達への非難活動を開始する。冷静な避難誘導がなければ逃げおおせることなどできるはずがない。
自衛騎士団にとって、悪魔出現という事態は想定内だ。そう思わせるような段取りは幾重にも張り巡らせていた。

「精霊達よ!不浄なる輩を沈めたまえ!」

壁外に待機していたローブを纏いし騎士団達が文言を唱える。これは玉鋼を媒介とした祈祷契約だ。
会場の四隅に設置されていた祈祷契約の起動装置が作動した。電離現象捕縛のプラズマホールドに近い拘束力場が炎の悪魔を捕える!
既に悪魔契約の余波で何人か犠牲が出てしまったのが唯一の痛恨事だった。

「祈祷契約班!血を吐いてでも唱え続けろ!」

怒号のようなハンニバルの指令が、戦場と化した会場に響き渡る。それを聞いていた凱は、ハンニバルに火麻参謀の面影を見た。

「先日の会議で話した通りだ!ガイ!セシリー!」

「「団長!?」」

「祈祷契約で悪魔を包囲!ヤツの逃げ場を封じ、ワシが叩き潰す!」

戦争を思い出すな――誰にも聞こえないような声で、ハンニバルはつぶやいた。不敵に笑ったその横顔は、戦慄と闘志を混じりこませたように見えた。
おもてなしを忘れるほど、我々は無粋ではない――

「貴様!代理契約戦争(ヴァルバニル)の生き残りだろう!?ワシもそうだ!同世代同士仲良くやろうじゃないか!」

「戦争の……生き残り?」

紅蓮の炎を纏う悪魔を見て、凱の顔は青ざめた。
以前、ルークから聞いたことがある。

――悪魔契約の経験者は、戦争の主犯とされて、ずっと迫害を受け続けるのだと――

その苦しみ、痛み、悲しみは、この大陸の人々にとって、仕方がないと捉えるのかもしれない。
しかし、人間同士の絶えない戦争とは無縁の世界で生きてきた凱にとって、とてつもなく耐えがたい事実だった。
その凱の瞳の奥先には、ハンニバルとヒューゴーが血眼になって探している黒衣の男が立っていた。
まるで、全てを見透かしたかのように、会場の外壁に突っ立っている。不穏な唇が見え隠れする。

「あれは!黒衣の男!」

「何だと!?ガイ!」

ハンニバルの表情が急激に強張った。それもそのはずだ。一切の禍根となるべく人物が目の前にいるのなら、確実にとらえるべきだ。

「行け!ガイ!」「団長?」

「騎士団の中でヤツに追いつくことが出来るのはガイ!お前だけだ!この場はワシ等に任せて早く行け!」

「了解!!」

上壁の彼方に獲物を定めた獅子王(ガイ)は、その双眸を細め、闘志を穿つ。左手の獅子篭手を空高く掲げながら、勇者は戦闘態勢に移行する。

「もう逃がさないぜ!!黒衣の男!!イィィィィクィィィィィップ!!」

凱はその場から数10アルシンを跳躍し、一瞬で外壁に取り付き、すさまじい速度で目標に接近する!

獅子が目前に迫っているにも関わらず、標的とされた黒衣の男の口元は深く吊り上がる。
まるで、待ちかねたような表情で――

「最高の客人だ。丁重にもてなしてやらねば。来い。エヴァドニ」

黒衣の男に呼ばれた黒衣の貴婦人は、何も言わず彼に寄り添うように前へ躍り出る。





――眠りを解け――





――闇を纏え――





――結末をあなたに――





――神を殺せ――





渦巻く黒炎に包まれた貴婦人は、一本の刃へと姿を変える!

(あれは!もしかしてアリアと同じ魔剣なのか!?)

凱の推測は正しかった。

常闇のような黒。波打つ刃が凶器と認識させる。その剣はフランベルジュ。
アリアと同じ魔剣なら、きっと何かしらの能力を秘めているに違いない。凱は目の前の魔剣が放つ瘴気に戦慄を覚えた。
直線的に揺るぎない意志を連想させるアリアのレイピアとは、180度印象が違う。この黒きフランベルジュの剣は――
肉を抉り、まき散らし、喰らう。何者も喰らい尽くす不気味さを凱に印象付けた。

「ウィル!ナイフ!」

深緑の短剣の居合切り!しかし、その輝く一閃の太刀筋は、黒衣の男の黒き刃にて受け止められた!
勇者の太刀筋を見切って――
光と影の膠着状態が続く!
緑と黒の切り結びは、黒衣の男の感情を激しく高ぶらせた!

「こんな素晴らしい景色を一緒に眺めないか?」

「あいにく……野郎と眺める趣味はない!!」

目の前には黒炎の刃と紅き炎の横断幕を相手に、凱は立ち向かわなくてはならない。
剣閃と剣閃の応酬!もはや常人には決してとらえきれない閃光が、凱と黒衣の男を取り巻く!

「うおおおおおお!!!」

「ぬううううううう!!」

「ぐっ!!」

「ぶはっ!!」

一瞬の刹那!繰り返される閃光!無慈悲な斬輝が乱舞する!

こいつ、黒衣の男は……強い!?

黒衣の男の底知れぬ実力に、言い知れぬ脅威を悟る。

――人間とは思えない怪力――

正確には、その怪力自体に驚いているのではない。ハンニバル団長の模擬選において、驚愕の怪力はすでに予習済みだったからだ。
ただ、凱の不安要素は別の所にある。
それは、痩せた身体に見合わない剛力。巨木のような腕を持つ団長ならともかく、黒衣の男の場合は明らかに身体と能力がかみ合っていない。
骨と皮と筋肉の比率が均一であるならば、相応の効力を持っていてもいいはずだ。
だから不気味と感じ取るのだ。黒衣の男の秘めたるモノを。

「炙れ」

黒き刃を振りかざし、黒衣の男は氷より冷やかに言い放つ!
瞬間、黑き炎の奔流が勇者を飲み込む……かと思われた矢先――

「ドリルニー!!」

形のない炎めがけて、すさまじい螺旋力を膝にまとわせ、喰らわせる!!炎は四散し、勇者は猛然と黒衣の男に食らいつく!!
実体のない緑色のエネルギーが螺旋化し、凱の右膝に形成される。
ドリルニーの突進能力を利用して、凱は黒炎を纏いながらそのままだ急降下する形で突撃した!若干、黒炎にIDアーマーが黒ずんで焼き付いたようだが、気にしている場合じゃない。
しかし、黒衣の男は凱の螺旋機構(ドリルニー)に驚く様子を見せず、ただ無慈悲にフランベルジュの黒刃を凪いだ。
ドリルニーと魔剣の刃が互いに喰い殺し、不協和音を全響させる。
それでも黒衣の男の視線は、遥か眼下の炎の悪魔に向けられていた。

「やっぱ経験者は違うよなぁ。契約内容通りに働いてくれやがる」

互いは均衡状態を放棄した。若干間合いを取って身構える。

「お前……ジャック=ストラダーに一体何をした!?」

「ほう。貴様はあのエキストラと知り合いだったのか?」

偶然にも、浮浪者を取り巻いた二人は、あの街角の吹き溜まりですれ違ったことを知らない。
黒衣の男の笑みはなおも深く微笑む。常闇のように。
凱の問いに答えることなく、黒衣の男はなおも状況を楽しむかのように、炎の悪魔と自衛騎士団の戦闘を睥睨している。

「見ろ。ご自慢の騎士団が絶体絶命のようだが」

「……!!」

黒衣の男の言葉は、冗談でもなんでもなく、事実そのものだった。
いつの間にか、炎の悪魔は魔剣アリアを手にしているではないか。炎と風を混ざらせた焦熱旋風が団員達を凪いでいく。
このままでは、3番街自衛騎士団が全滅してしまう!

「団長!?セシリー!?」

ハンニバル団長の悪戦苦闘ぶりに、凱は咄嗟に声を上げた。
そして、地に伏しているセシリーを見て――――凱は……
炎の悪魔に苦戦するハンニバル。やはり実体のない「もうひとつの」炎の悪魔とは相性がよくなさそうだ。切り裂こうとして溶けた剣を見ては、手をこまねいているようだった。

(……どうする!?)

凱の脳裏には、瞬間的に選択肢がよぎる。
1つの選択は――
黒衣の男は目の前にいる。捕縛すれば今後の憂いを絶つ目標を達成できる。
しかし、そのためには自衛騎士団を犠牲、つまり全滅することをくくらなければならない。
2つの選択は――
黒衣の男を捕まえる任務を放棄し、自衛騎士団の応援に回る。
しかし、そのためには黒衣の男を見逃すことになる。つまり、このような違った形での犠牲が増え続けることを覚悟しなければならない。
そして――

――ダメだ!こんなこと考えちゃいけない!――

そして――そして――


















――私は!目の前に映るすべてを救う!――




















(そうだ……そうだよな!セシリー!)














紅い髪の少女騎士の願いが、勇者の燻ぶった魂に灯りをもたらした。
理念じゃない。信念と執念だ。
このクソ野郎を踏ん捕まえて、下の惨劇をも止めて見せる!

「見せてやる!折れない勇気(ココロ)を!」

「ふん!……見せてもらおうかぁぁぁ!!」

勇者の咆哮を!黒衣の男が吐き捨てるように侮蔑する!
切り結び!切り刻み!抉り!裁き!互いの血しぶきが舞踏する!

「ぐあぁぁぁぁ!!!」

「ぐうううう!!!」

紙一重の差で腹部を慈悲亡きフランベルジュの刃にて抉られた。内蔵ごと持っていかれるかと錯覚したかのような激痛。血液が全身を逆流して凱は激しく吐血した!
もっとも、奇しくも黒衣の男も同じ部位をウィルナイフで抉られたようだが――

「残った内蔵も抉り取ってやるよ!!」

「ならば!俺は貴様の内蔵を擦り砕く!!」

「なりふり構わないか!随分と『らしく』」なってきたな!」


果てなき殺意と殺戮の応酬!
二人を巻く帯状の黒炎が、互いの血液を沸騰させる!
たぎる熱はそのまま両者の力となり、凄惨な殺し合いはさらなる高みへと昇華する!
肉が焦げ、血がたぎり、闘志さえも燃やす!

「そろそろ終わりにしてやろう!!」黒衣の男が――

――眠りを解け――

「そいつはありがたいぜ!!」獅子王凱が――

――雷霆に跪け―

「「貴様を殺して!!」な!!」両者が――

――光は虚無に――

一瞬の刹那。息の根を止める瞬間も同じであれば、刃の激突する瞬間も同じであった。

――神を殺せ――

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」

次の瞬間、轟く雷鳴が焼けた空気を引き裂き、獅子王凱に襲い掛かった!

「がああああああああああ!!」

突然の高電圧に、凱の全身は激しい損傷が駆け巡る。体内に残留する電流が、彼の筋肉を硬直させる。
悪意に満ちた『雷禍の閃霆』は容赦なく勇者の肉体を焼き付けるのだ。

「ガストン……イライザ・イヴァか」

軽く嘆息するように、傍らに立つ少女と全身甲冑の人物にふっかけた。
そして―彼女ら―は応じる。だが、雷撃を操ったと思われる全身甲冑の人物は何も言わない。
さらには、黒衣の男のフードがはだけ、ついにその素顔を見た!

「シーグフリード様」「お身体の方は?」

意識をかろうじて保ちながら、凱は目の前の現状を認識する。突然の乱入とはいえ、奴らに隙を作ってしまったのは失敗だった。
普段の凱の聴力なら、魔剣化する祈祷文言が聞こえていたはずだ。しかし、その警戒を怠ってしまうほど、集中力を黒衣の男に向けなければならなかった。
それほどまで、あの黒衣の男は強い。
左右非対称の少女を見て、凱は一つの既視感と嫌悪感を抱いていた。
黒衣の男にイライザ・イヴァと呼ばれた少女。その左右非対称の色合いは、かつて同じGGG機動部隊に所属していた竜神シリーズを思い出させる配色だ。
それにしても、あのしゃべり方。人格が多重に潜んでいるような印象を受けさせる。凱の故郷で例えるなら、まるでAIの統合性がとれていない不具合のよう。
そして、大きな収穫は確かに手に入れた。黒衣の男の名はシーグフリードと――

「紹介しよう。こいつも魔剣だ。それも何でも灰塵にしちまう……な」

この子も魔剣か。アリアといい、黒の貴婦人といい、確かあの子はイライザ・イヴァと呼ばれていたな……いい加減メモでも取らないと誰が何の魔剣だか、分からなくなりそうだった。

凱は笑う膝小僧を何とか立たせながら、シーグフリードを睨みながら、皮肉めいたことを吐いた。

「ったく、確かに今日は魔剣の競売(オークション)だがな……あいにくと特売(バーゲンセール)じゃないんだぜ!」

「くすっ……上手いこと言うわね♪」「クスッ……上手いこと言いますね♪」

イライザ・イヴァにクスクスと笑われるが、それは冗談でも、決して比喩でもない。現実として発生している事象なのだ。
風の魔剣アリア。黒衣の男が手に持つ炎の魔剣エヴァドニ。そして雷の魔剣イライザ・イヴァ。
魔剣の数は全部でいくつあるのか、定かではない。

「気に入ったぞ。やはりオレはお前が好みだ。だからこそ、どうしても殺したくなる。来い。イライザ・イヴァ」

などと銀髪の黒幕がそんなことを抜かしやがる。

「シーグフリード様に」「そんな気があったなんて」

「まあいいわ」「始めましょう」





――眠りを解け――


(この文言だ。俺が聞いたのは)


――雷霆に跪け―





――光は虚無に――





――神を殺せ――





雷鳴の張り裂ける衝撃と共に、イライザ・イヴァは有機体から無機体へと変貌する!
目が焼けるような閃光の中から現れたのは、1本の刺突、斬撃兼用武器。パルチザンだった。

「雷の……魔剣……いや、魔槍なのか?」

槍を剣と呼ぶにはかなり無理があるような気もするが、超常現象の力を有していることを見ると、アリアと同じ魔剣と区別するのが無難だろう。
柄にまで雷禍はじける魔剣を、シーグフリードはモノともせず掴み取る。常人なら感電死しそうな力場を顧みずに――
そして、銀髪の髪の男は「黒炎の魔剣」「雷禍の魔槍(凱命名)」の刃を二つに違えた。

「まさか、魔剣を二つ同時に!?」

凱の推測は正しかった。
周囲に散らばる、木材をはじめとした可燃性物質が自然発火している。炎の魔剣による引火反応が起きているのだろう。
そして、燃焼性をもった火気物質が銀髪の男に集合していく!
尋常ならざる光景に、凱は思わず固唾を呑んだ。

「ハァァァァァァァァァァァァァァ」

(あの野郎、右手の炎の魔剣で空気中の火気粉塵を集めていやがる。おそらく、左手の雷の魔槍が起爆装置か?)

黄金の勇者の頬に、冷たい一筋の滴が垂れる。

「フハハハハハハハハハハハハ!死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

焦熱を孕んだ爆炎が、突如として膨れ上がる!
勇者は光の彼方へ消え去ろうとしていた。
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