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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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マザーズ・ロザリオ編
  第241話 不穏な影

 
前書き
~一言~

 やっぱり、遅れてしまいましたが……それでも、ちょっとでも早めに投稿できてよかったです。以前までのペースに、少しでも戻せる様に、頑張ります。

 今回はいよいよボス戦間近! どうなるのか……、色々と考え中で、まとまりにくい……ですが。頑張ります!

 最後に、この二次小説を読んでくださって、本当にありがとうございます。これからも、頑張ります!


                                じーくw 

 


 2026年 1月8日(水)


 世間一般的に言えば、学校の冬休み最後の日。
 長い冬の休みを終わりを感じさせるその日は、明日から始まる学業に気を引き締める者がいたり、気持ちを新たに持つ者がいたり……、勿論、少々げんなりとしてしまったりする者がいたりする事だろう。

 そして、自分自身に当てはまるのは間違いなく……、『新しい何かが始まる』と言う実感だった。

「あれ? リュウキくん、どうしたの?」

 宿屋を出た10人は、そのまま常夜の空を飛び立っていた。
 夜の空を、数多の輝きを放ちながら空を泳ぐ姿は、本当に絵になる。レイナもそれは感じていた。夜の空を飛ぶ事自体があまり多くないから、と言う事もあるだろう。ふと、隣を並んで飛ぶリュウキの顔を見たら、なんだか気になった様だ。物思いにふけた姿を見て。

「ん――? ああ、ただ 楽しみなだけ、だよ。レイナも同じだろう? ……これからの事」
「あ、うんっ! そーだね。判るよっ」

 レイナもにこりと笑った。
 現実世界ででは、本当に色々とあったレイナだったけれど、今日の冒険に対しては心が陰る事は無かった。憂さ晴らし、と言う気持ちは少なからずある様子だけど、それよりも純粋に、このメンバーと新たな冒険を、前人未到の挑戦をする事への楽しみのほうが大きい様だ。

 リュウキは、レイナの表情を見て、軽く笑顔を向けた。

――大丈夫……だな。

 陰りがあったのは、今までで何度か見てきたリュウキ。
 だけど、今のレイナはいつものレイナ。……屈託のない笑顔を見せているレイナだったから安心出来た。
 そして、今度は前をゆくメンバー達に目を向ける。

 デュエルで手合わせをしたラン、戦いを見たユウキ。その2人は勿論の事だが、その他のメンバー達も本当に遜色ない滑らかな飛びっぷりだ。
 ここALOでの一番の売りだと言っていい《空を飛べる》と言う点。確かにその通りだが、相性にもよるが、非常に練度が必要であると一部では有名だ。
 だが、スリーピングナイツのメンバー達は一切乱れる事なく、ちょっとした仕草同様、まるで違和感がない。コンバートしたてである、と言う事を踏まえたら、やはり驚嘆だ。

 隼人が、リュウキになり、現実で様々な経験をし続け、年月を重ねた結果、この様な形を成した。

 恐らくは、皆も同じ様に……特殊な何かを持っているのだろう、とリュウキは想像できた。だけど、それはリュウキにとっては決して初めてではない。彼の身内で言えば、まず間違いなくキリトはその内の1人であり、謙遜はしているもののレイナだって、アスナだった十分そうだ。フルダイブ技術への親和性、とでも言える。
 でも、幾ら初めてではないとはいえ、それ程のメンバーが7人も揃ってこのALOにやってきた、と言う事実は異例だ。

「(……気になる、かな? やっぱり。ルール違反だという事は判っているんだが……、色々と聞いてみたい。……自分の世界が、また広がる気がする)」

 人との出会い。繋がっていく輪。それを強く感じているリュウキだからこそ、そう思った様だ。アスナやレイナも例外ではなく……。

「(……リュウキ、さん)」

 それは、スリーピングナイツ側も例外ではない。
 ランも、リュウキに何か(・・)を感じたから、強く彼を求めたのだ。

「あはははっ! やっぱり 空を飛ぶのは気持ちいいなぁ~!」

 ユウキは、純粋にこの世界をただただ楽しんでいる様だった。……だが彼女も、そのアバターの小さな身体に熱い思いを秘めていた。

 暫く空の旅を続けて――漸く目的地が見えてきた。

「見えたよー! 迷宮区!」

 前方を飛んでいたユウキが真っ先に見つけ、相変わらずの元気な声で叫んだ。
 
 その声に全員が注目した。
 連なる岩山の向こうに、一際巨大な塔が目の中に飛び込んでくる。見慣れたモノだとはいえ、やはりその建造物の大きさや装飾は類を見ない。
 
 皆は目を輝かせながら、迷宮区の入り口、塔の下部へと降りて行った。














~22層 湖畔のログハウス~


 それは、スリーピングナイツの皆と合流する前の事。

 本日の《突発的ボス攻略》についてをアスナとレイナは、皆を呼び寄せて説明をしたのだ。勿論リズを筆頭に、皆手伝うと即座に言ってくれた。勿論それについては、アスナもレイナも 嬉しかった。だけど、スリーピングナイツの目的、目標を考えれば、そんなありがたい申し出も……断らなければならないのが、申し訳なかった。

 でも、そんな事でこじれてしまうような仲間内ではない。
 意思を笑顔で汲んでくれた。汲んでくれた上で、更に自分達の持っているポーション類を所持容量限界まで持たせてくれる、と言う激励を、アスナとレイナは受けていた。
 リュウキはキリトから受け取っている……だけではなく。 

「それで、あの件(・・・)は、どうだ? キリト」
「ああ、滞りなく、大丈夫だ。はは、それにしても、久しぶりに無茶をするんだな? 何だか懐かしいよ」
「……だな。今回のは、あの時の邪神狩りより遥かに難易度が高い。でも、オレとしては どっちにも興味があるから。今回のBOSS攻略もそうだが、……その件もな」
  
 キリトとリュウキはと言うと……、何やら秘密の話? があるらしく、色々と何の話なのかを聞いてみたかったレイナとアスナだったが、それとなく躱されて、シャットアウトされてしまった。
 その場にはユイもいて。

「ばっちりです! お兄さん。私もしっかりとサポートしますね? パパ、お兄さんっ!」
「ユイがそう言ってくれるのなら、心強いよ。ありがとな」
「だな。……オレは本当に良い妹をもって幸せだよ」
「はは。それを言ったら、オレは父親として鼻高々だ」
「えへへ」

 笑顔でリュウキ、キリトと話しをしていて、頭を撫でられていて、幸せそうにはにかんでいて……ちょっぴり妬いてしまったレイナとアスナだった。
 
 今回のBOSS攻略に関係がある何かなのだろうか? とアスナとレイナは思ったが、深くは考えなかった。2人に対して絶大な信頼度があった、と言う理由ともう1つ、今回のBOSS攻略の事をもっと考えなければならない事もあったから、と言う理由もあった。

 だから、聞いてみる事なく、集合場所へと向かったのだった。


 
 



~27層 迷宮区~


 仲間たちに激励をされて、暖かく背中を押してもらって、そんな大切な、大好きな仲間たちに改めて感謝をしつつ、アスナとレイナは、隊列の最後尾からゆっくりと迷宮区へと降下した。

 間近で見る迷宮区は……やっぱり大きい。
 こんな巨大な迷宮区を見上げる。旧SAO時代から数えたらもう何十度ではきかないが、それでもやはり、眼前にすると威容というべきその姿には常に圧倒されるというものだ。

「……じゃあ。打ち合わせ通りに、通常モンスターとの戦闘は極力回避でいきましょう」
「うん。後はトラップの類にも注意しようね。可能な範囲で、マップの情報は貰ったから」

 アスナとレイナ言葉を聞いて、メンバーは陽気な笑顔から、真剣な表情へと姿を変えた。
 無言で全員が頷き、それぞれが腰や背中に手をやり、じゃりん、と音高く得物を引き抜いた。

「信頼できる情報屋からの餞別だ。安心してくれていい」
「うんっ!」

 もしも、リュウキの言葉を聞いたら、情報屋(アルゴ)はいったい何を言う事やら。
 と、しれっとリュウキ自身が一瞬思ってしまったのも無理はない事だった。



 そして、補助魔法をすべてかけた後は早速戦いの場へと赴く一行。
 その場で一番活き活きとしているのは、スリーピングナイツのメンバーだった。

「わっ! あそこなんだろ? 色が違うよ!」
「わわ、ダメだって、ユウキさんっ! トラップかもしれないよ! ほら、さっき見た情報紙でも、床トラップ、あったでしょっ!」
「おおっと、そーだねー。ん? それより、レイナー。ボクの事、ユウキで良いんだよ?」
「あ、う、うーん……、ちょっと慣れてなくって」

 レイナは苦笑いをしてそう言っていた。最初のころは 言えていたんだけど、レイナは呼び捨てで名を呼ぶ事はこれまでに一度もないのだ。

~ちゃん、~くん、~さん、それは同世代であっても、後輩であっても変わらない。云わば性分の様なものだ。

「あははっ。ごめんごめん、悩まなくたっていーよっ。呼びやすい呼び方でOKだからね」
「あ……、うんっ。ありがとー」

 ぱぁっと笑顔になるユウキとレイナ。同じ妹同士だから、ちょっとした波長が合うのだろう。……妹属性? の様なものがあるのであれば、ユウキの方が上手だった。

「ややっ、あそこの壁、なんだか光ってるよーっ」
「わわ、待って待ってっ! それも危ないよ、ユウキさんっ! トラップのスイッチの可能性があるよっ!」

 アスナに似てしっかり者のレイナだから、せっせとユウキの事をフォローしていたから。

 そんな感じで、ニコニコと笑顔でトラップだろうが、モンスターの大群だろうが、突っ込んでいくメンバー。そう、ユウキだけでなく、ジュンやタルケンもちゃっかり同じだった。ノリやテッチも、似たような感じで、シウネーとランもそれなりにフォローしている様だけど、最終的には皆でGO! 


「後3ブロック先に、モンスターがいる様だな」
「よっしゃ! じゃあぶっ倒そうぜ! リュウキ」
「ん……、やぶさかではないが、BOSS戦までは抑えたほうが良いぞ。だけど、行きたいというなら付き合うが」
「りゅ、リューキくんっ! やりたそうな顔しないのっ。必要最低限の行動でボス部屋まで行こう、って納得してくれたでしょ!?」

 最低限度、そしてその上で最短で。
 強大なBOSSを相手にする以上は、回復アイテムは勿論、MPも節約しておきたい。MPの自動回復スキルは持ち合わせているが、やはり速度の関係もあり、節約できるに越したことはない。…………と、言うのは、事前にアスナやレイナ、リュウキからも説明をしていた筈なんだけれど……、どこか乗り気なリュウキを見て、歴代の経験が、昔の気質が蘇ってきたのだろうか、ウズウズとさせている様だった。

 アスナとレイナがブレーキをかけてなかったら、一緒になって盛大にGO……。

「大丈夫だ。ちゃんと弁える」
「……ほんとかなぁ。リューキくん。説得力、無いよー」
「前科、あるもんね? リュウキくん。1人で無茶しちゃった事もあるもんね」
「……う、そう言われたら 弁解が難しいが、それでも努力はするよ」
「あはは。信じてない訳じゃないよ。でも、皆をもーちょっと抑えてくれたほうが……」

 アスナとレイナが目を離していた隙に。


「わーい、皆っ! あの敵は避けられないみたいだよー」
「よっしゃああ!」
「行くぜーーーっ!!」
「おおおおっ!!」


 ユウキを筆頭に、モンスターたちの群に飛び込んでいく。
 シウネーやランが後方で苦笑いをしている様子だが、それでも止める様子はなく、遠巻きで笑顔で眺めていた。勿論、フォローはしっかりとしている。モンスターたちのアルゴリズムも優秀で、後方にいてもターゲットにされることもあった。……勿論、ランが一蹴。

「あはは……、皆ほんとにすごいね……」
「うん。私たち、必要だったのかなぁ……? 手助けできる余地がない気がするね……」
「それは言えてるな。あれは、モンスターたちにとっては宛ら暴風雨だ」

 大群でも一蹴してしまって、視界の左上に表示されているHPバーを見ても殆ど減っていない。

「暴風雨みたい、だね。あれ……。んー、と言うよりは」
「脳筋パーティー?」

 嵐の様に根こそぎモンスターたちを蹴散らしていくスリーピングナイツの面々を見た2人の感想がそれだ。自分達のパーティーの事を棚に上げてる気がするけど、それはご愛敬だろう。

「……リズとクラインがいたら、多分同じ事言ってるな。それにしてもアスナもレイナも大分辛口だな。辛辣なコメントだ」
「ええっ!? わ、わたし言ってないよー、リュウキくん!」

 レイナは、苦笑いをしながら否定するけれど、その表情には全然説得力がない。

「ん。確かに言ってはいないが、間違いなく思っただろ? アスナに対して否定してなかったし、顔に出てたよ」
「そうだよレイっ、それに、お姉ちゃんだけ見捨てるなんてひどいよー」
「あぅっ」

 色々とやり取りをした後で、3人もフォローへと向かった。

 そして、そんなこんなで、迷宮区内を次々と突破していく。

 迷宮区に限らず、基本建造物や自然洞窟等のエリアは、太陽と月の恩恵を受けられない為、翅を使う事が出来ない。つまり飛ぶ事が出来ず、移動速度にかなりの差が出来てしまう。その上、モンスターたちの強さもフィールドで出現する個体より、遥かに強力であり、湧出(PoP)の速度もかなり向上。故に、それなりに時間はかかるのが普通……なのだが。

「……本当に大したものだな。やっぱり世界は広い」
「あ、あははは……」
「私たち、必要だったのかな……?」

 ランとユウキを中心に、その実力はやはり舌を巻く想いだった。個々の戦闘力は言わずもがなであり、そして何よりも驚嘆したのは、見事、と言う言葉がぴったりな7人の連携技術だった。

 言葉を交わさず、小さな身振り手振りだけで、あるいはアイコンタクトのみで、立ち止まる所は立ち止まり、突っ切る所は突っ切る。決して無駄のない連携攻撃は、鮮やかで滑らか。これじゃあ、逆にモンスター達が可哀想になってくるというものだ。

 強制戦闘の時は、リュウキが即座に敵のリーダー格を見破り、その声に即座に反応して、あっという間に屠り……後は烏合の衆。

――ちょっとは手加減を……。

 と、消えゆくモンスター達の嘆きがアスナ達の耳に届いた、と錯覚する様だった。

「やったー、やっつけたよー!」
「いぇーいっ!」

 そして、戦闘が終わる度にハイタッチ。
 これで4度目で、本当に楽しそうだった。最初の方こそ、アスナもレイナもややぎこちなかったものの、直ぐに打ち解ける。……勿論、リュウキも同様だった。


「あのー、やっぱり、なんだかわたしたち、本当に必要だったのかなあ、って思っちゃうかな? あなたたちを手助けできる余地なんて、殆ど無いような気がするんだけど……」

 敵影もなく、安全を確認した所で、アスナは不意にシウネーにそう呟いた。
 それを聞いたシウネーは、眼を丸くさせて大きくかぶりを振る。

「いえ、とんでもない。アスナさんやリュウキさんの指示、レイナさんの補助があってこそですよ。先ほども見たと思いますが、ユウキはとても好奇心旺盛さんで、これまでは、トラップは全部引っかかっていたんですが、全くかかりませんでしたし、戦闘回数自体もすごく少なくすみました。前の2回は、遭遇する敵は全部正面から戦ったので、ボス部屋にたどり着くころには随分消耗しちゃって……」
「ええっ、そ、それはそれで凄いと思うよ……。ここ、湧出(PoP)地点(ポイント)も沢山あったし」
「ええ。暫く戦ってみて、敵が減らないなぁ、と思ったら、そうだった。と言うパターンが多かったですね」
「そうだね。流石に無限に、って思える程の数だったから、無傷でってわけにはいかなくて……」

 シウネーとラン、そのにこやかな笑みを見て、正直に言えば腕が凄いのか、どこか天然が入っているのが凄いのか、判らなくなってきてしまったアスナとレイナ。

「ん。でもシウネーやランの2人が云わばこのパーティーの司令塔、のようなものだろう? 先ほどの攻防を見てもよく分かったが、御しきれなかったのか?」
「え、ええっと……」
「うーん、それを言われたら……あはは」

 2人は見合わせながら笑っていた。
 その笑みの先には、またまたモンスターを退治して、笑顔でハイタッチを交わしているユウキ達が見える。元気いっぱい過ぎる天真爛漫な少女の戦いを止める術が無かった、と言う事だろうか。

「……成る程な」
「あははっ! うん、納得だねー」
「凄く判りやすいよ」

 こちらも言葉を交わした訳でもないというのに、見事なアイコンタクト、意思疎通である。
 伝わったのがうれしかったのか、或いはちょっと照れてしまったのか、若しくはその両方か。……仄かに表情を赤く染めて、ランはただただ笑っていた。
 
 のどかに、楽しくボス部屋まで。ボス戦に臨める、と思っていた。
 だけど、リュウキの言葉で一気に気が引き締まった。

「……ユウキ、待て。止まれ」

 静かだが、低く重い声。

「………ジュンとノリも、そのままで」

 今の今まで無かった物だった為か、前衛にいたユウキを含めた3人はぴたりと脚を止めた。もう既にボス部屋前の長い回廊も半ば以上踏破していて、つきあたりのおどろおどろしい装飾を施された石碑の細部まで見て取れる。隠れられるような場所は無く、モンスターの影も何も無かった。
 
 だが、リュウキはただただ見つめていた。……その目は血の様に赤い。

 その視線をアスナ、そしてレイナが追いかける。その先にあるのは装飾の1つである柱。リュウキは、多分 視えている(・・・・・)のだろう。
 アスナもレイナも、完全に、とまではいかないが、違和感を感じる事は出来た。

 互いに見合わせると、アスナはワンドを掲げた。
 早口で唱える少し長めの詠唱。それが完了すると、手のひらの上に胸鰭を翼のように長く伸ばした小さな魚が現れた。示して5匹。
 青く、透き通る魚たちは、アスナの息吹でゆらゆらと空中を泳ぎ……、軈て リュウキが視ていた柱へと到達する。すると……、アスナの放った魚たちが ぱっ! と輝き出したかと思えば、その何もいなかったハズの空間に緑色の膜が現れ、たちまち溶け崩れた。

「あっ!」

 ユウキ達は当然ながら驚きを隠せられなかった。ユウキたちからしてみれば、何もなかった空間に、突然プレイヤーが現れたからだ。それも3人。

 視界に捉えたリュウキは、ゆっくりと剣を肩に担ぐ様にし、歩を進めた。

 これは、非常に穏やかではない。周囲にはモンスターの影もない。基本的にボス部屋周辺の回廊ではモンスターが沸く事はない。そんな場所で、隠れ身(ハイド)をする、と言う事は常識的にPKの手口だ。
 ボス戦を前に、入念な打ち合わせのやり取りをしている所に不意打ちをすれば、統制が取れなくなってしまう可能性だってあるから。
 だが、予想に反した答えが返ってきた。

「ストップストップ!! 戦う気はないって!!」

 焦るような声だった。
 アスナとレイナは、多分 リュウキを前にしているからだろうな、と予想は出来た。ユウキやランのコンビの話はここ最近の出来事だし、浸透している、とは言い難い。……だが、リュウキの場合は違う。22層までの攻略でしか目立ってないとはいえ、それまでの実力が半端ではないから。リュウキ(マスターブレイブ)と呼ばれた程の男で、22層を……、あの森の家を目指して頑張る姿は、本当に鬼気迫っていたから。

 ちなみに、リュウキだけじゃなく、キリトは勿論、この場のアスナもレイナも負けてない、とだけ言っておこう。帰るべき家を目指していたから当然だと思えるが。

 と言う訳で、リュウキは歩を止めるも、剣の柄は強く握ったままだった。

「成る程。武器を構えて戦う気がない、か。それは随分と説得力があるな」
「違う、違うって!」
「違うというなら、武器を仕舞って」
「そうだよ。友好的、って思えないよ」

 現れた3人は、顔を見合わせてすぐにそれぞれの短剣を腰の鞘へと納めた。
 そして、アスナは傍にいるランとシウネーに小さく素早くささやいた。

「……連中がもう一度、抜剣の素振りを見せたら、シウネーは直ぐに《流水縛鎖(アクアバインド)》を。ランは、皆の一番得意な陣形で、先手で攻めて」

 アスナの言葉を聞いて、シウネーもランも直ぐに頷いた。

「判りました。うわぁ、ALOの対人戦は、私は初めてなんですよ。どきどきしますねっ?」
「ふふ、判るなぁ。私も最初はそうだったからね」

「(あはは……、なんだか 楽しそうだなぁ)」
「(だね……。楽しそう、と言うより、嬉しそう、かな?)」

 アスナとレイナは互いに思っているであろう事を頭に浮かべて、見合わせて笑っていた。
 だけど、それは一瞬だ。リュウキが前で警戒をしてくれているから。

「なら、何故ボス部屋の前でハイドを? ……敵影は見当たらないが?」
「待ち合わせなんだよ。仲間が車でに、Mobにタゲ取られたら面倒だろ? ここ、結構強いし、3人じゃ厳しいんだ。だから、隠れていたんだよ」
「……ほう。基本的に、ボス部屋前は、PoPする事は無いんだが、アップデートでもしたのか?」
「え、や。……そ、そうだったか? 以前、襲われた、って聞いた事があってだなぁ……」

 わざとらしいやり取りが続いている。……リュウキも嘘だと認識していても、わざと付き合っている印象をアスナは受けていた。レイナも気になった様子で、ゆっくりとリュウキに接近して、耳打ち。

「(嘘だよ。だって、そんな話聞いた事無いし、そもそも ずっと隠蔽魔法をし続けるのって、すっごくMPを使うしっ!)」

 レイナの言う様に、非常に割に合わない。モンスターがいない状態での隠蔽魔法もそうだが、基本的に便利である魔法ほど、当然消費MPも高い。
 そのMPを回復する為には、勿論マナ・ポーションが必要となってくる。待ち合わせの為だけに、そんな費用をかけるなんて、割に合わなさすぎなのだ。さらに言えば、3人でこの奥まで来られる実力があるのなら、相応の力量があるという事だろう。そこまで手間をかけて回避する必要は無い。

 リュウキは、レイナの言っている事が判ってる、と言っている様に短く頷いていた。

 そんな2人を見ながらアスナは考える。

 この3人を相手にする事の厄介さを、だ。
 その服の腕部分に備え付けられている腕章が目に入った。そのシンボルは、23層以降の迷宮区を立て続けに攻略している有名な大規模ギルドのもの。
 怪しい所が満載なのだが、それでも大きなギルドとトラブルになると、後々色々面倒な事になるのも確かだ。

 そんな状況に、純粋にボス攻略を目指しているユウキやラン達にさせたくない、と言う思いが強かった。ギルド、と言うものを誰よりもよく知っている内の1人だから。

「なら、オレ達がボス部屋に行っても、問題はないよな? ……仲間を待っている(・・・・・)と言うなら、準備がまだなんだろう?」
「あ、ああ。勿論」

「え……?」
「………」

 また、少しばかり予想外の返答に少しだけ目を丸くさせるアスナとレイナ。
 てっきり、妨害の類を少なからずしてくる、言ってくる、と思っていたのに何も無かったから。2歩、3歩、と後ろに下がっていったから。

「オレ達はこのままここで仲間たちを待つから。まぁがんばってくれや。先に倒されたなら、遅かったオレ達が悪いんだしな」
「それはそうだな」

 意味深に笑うリュウキと、その相手。軈ては 仲間の魔法使いが詠唱を唱え、再び消え去っていった。

 何事もなく終わったのだが、ちょっぴり残念そうにしているのはシウネー。ワクワクしていた表情がやや沈んでいたから。

 そんな彼女の肩を笑顔で軽く触れるのはランだった。

「よしっ、とりあえず 予定通り、だね? ありがとう、リュウキ君」
「まだ、何もしてないさ」

 笑顔で手を挙げるリュウキ。 
 何もしてない、とは言っても リュウキの名で 相手が退いた可能性は大いにあるから、アスナはそう思ったのだ。……そう言ったら、色々と言われ続けてきた過去もあって、きっと あまり宜しくない気分になるだろうから、口に出しては言わないが。

 そして、皆が集まった所で、改めて気合を入れなおす。

「いよいよ、ですね」
「うんっ! がんばろっ! 皆!」
「様子見、と言わず ぶっつけ本番で、ぶっ倒しちゃおう! って勢いで行こうぜ!」

 威勢の良いのはジュンだ。レイナもアスナもその気概には笑顔を見せる。

「あはは。それが理想だよねー」
「うん。でも やっぱり 難しいって思うし、それにもしやられても、無理に高いアイテム使ってまで、回復しなくていいからね? あくまで、私とシウネーがヒールで、レイが歌で回復できる範囲内で頑張る事で」

 アスナの説明を受けて、皆の背筋が伸びた。

「いいわね?」

 そんな貫禄たっぷりな気配を出されれば、全員がはいっ! としか言えないだろう。ジュンは返事をしつつ。

「はいっ! 先生っ」

 とさらに茶目っ気を出した。だが、まさに先生、と言う言葉がよく似合うアスナ。ジュンの言う通りだ。

 そんなジュンを『こらっ』と言いながら軽くこついだ。デジャヴを感じる皆はまた笑顔になる。

「ああ。死んだとしても、すぐには町に戻らない様にしてくれ。見極められる範囲内の攻撃・行動パターンは記憶しておいた方が次に活かせる。全員が全滅したら、その時は一緒にロンバールのセーブポイントに戻る、と言う手筈で行こう」
「りょうかーいっ!」

 ユウキは笑顔で手を挙げる。
 歴戦の戦士の風格がばんばん、と漂うリュウキの雰囲気を見て。

「リュウキさんは、なんだか死にそうにない気がしますがね? あっ、そうだ。もしも、倒せそうなら アイテム使用も辞さない、と言う事でいいですよね?」

 口許に手をあてて笑っていたランが、アスナの方を見てそう言う。
 アスナもゆっくりと頷いた。

「勝てるのなら、それに越したことはないからね。でも……」
「勿論。リュウキさんに頼りっぱなしにはなりませんよ。私も頑張ります」

 ぐっ、と拳を握りしめ、可愛らしい、と言う印象が強かった顔に凛々しさが生まれた。目の奥に光る輝きもさらに増した様に見える。そんなランの表情を見たユウキはにこっと笑い。

「わ、この表情の時の姉ちゃんってば、強いんだよー? ひょっとしたら、リュウキにも勝っちゃうかもしれないね?」

 そう答え、そして それを聞いたレイナも同じく笑いながら。

「あはは。お姉ちゃんもそう言う所、あるよねー。なんだか、ランさんとお姉ちゃんは、似てる所、あるよね?」

 そう答えていた。
 その後は勿論、ランもアスナ同様に、調子の良い妹に『こらっ! ユウ!』と軽くげんこつを落とす。アスナもジュンの時の様にレイナに『助長しないっ』っと、ぱちんっ、と指でオデコをはじいた。
 そんなやり取りを見てリュウキも笑う。

「……次は判らないさ。差なんか、殆ど無かったからな」
「リューキさんも、あまりからかわないでくださいー」


 戦いの前の陽気な一時は、良い具合に緊張をほぐす事が出来た。


 スリーピングナイツのメンバーは、元々、そう言ったものが影響してしまって、ミスをしてしまう様な実力者たちじゃない、とは思うが、それでもボス戦においては、立て続けに失敗しているから、少なからずはあるだろう、とも思える。

 アスナは、ゆっくりと皆を見渡した後、『行こう!』と告げようとした時だ。

「ああ、アスナ。後、少しだけ待ってくれ」

 リュウキがそう一言。まるで思考を読まれたような気分になるが、リュウキだから別に珍しい事ではない。

 でも、ほかに何かあるのか? と疑問に思ったから、レイナはリュウキに。

「えと、何か他にあるかな? リュウキ君」

 そう聞いた。

 リュウキはゆっくりと頷くと……ボス部屋から背を向けて一言つぶやいた。



「―――無粋な真似は、あまり されたくないからな。少々施しておく」

 



 
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