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仮面ライダーAP

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第二章 巨大怪人、鎮守府ニ侵攻ス
  第14話 一航戦の試練

 ――194X年8月26日。
 鎮守府訓練場。

 多くの艦娘達が訓練のために使用している、開けた海域。鎮守府の領内にあるその海原には、移動訓練のための棒が何本も立てられている。
 その中央に、特殊ブーツを履いた仮面ライダーAPが佇んでいる。そんな彼を、波止場に立つ赤城と加賀が待ち受けていた。

「逃げずにここまで来た……か。少なくとも、ここで逃げるほどやわではなかったようね」
「すでに分かり切っていたことですが……その心意気、敬服致します。南雲君」
「……」

 こちらに向け、弓を引き絞る二人。そんな彼女達に対し、サダトは剣を水平に構えて静かに出方を伺っていた。
 もはや一触即発。そんな彼らを、大勢の艦娘達がギャラリーとなって囲っている。

『さぁ、世紀の一戦! 我らが栄えある一航戦のエース、赤城と加賀! 対するは、改造人間のボディを持つ異世界からの使者、南雲サダト! 果たして、この試練の先にはどのような結末が待ち受けているのかっ!?』
『霧島ちゃんキャラおかしいよ!? 絶対この状況楽しんでるよ! ツッコミは那珂ちゃんのキャラじゃないのに〜っ!』

 そんな彼女達の中で、太陽の輝きで眼鏡を光らせる霧島が、熱狂的な実況をお送りしている。本来その役目を担うはずの那珂が、困惑を隠せないほどの気迫を全身から放っているようだった。

(南雲君……)

 一方。そんな末妹とは対照的に、次女の比叡は指を絡めて不安げな表情でサダトを見守っていた。
 隣の金剛は自信満々な笑みを浮かべているが、そんな姉の姿を見ても、彼女の胸中に潜む淀みは拭いきれない。

「……心配デスか? 南雲クンのこと」
「お、お姉様! わ、私は別に……」
「大丈夫、大丈夫デース。私達が信じた男ネ、大船に乗った気分で見るといいデース!」
「……は、はい……」

 比叡の心配をよそに、周囲は益々ヒートアップしている。そのギャラリーの熱気に反するように、当の一航戦とサダトは静かに互いを見据えていた。

『両者やる気十分! ルールは簡単、一航戦の猛攻を10分間凌ぎ切るのみ! さぁ果たして南雲サダト、我が鎮守府の精鋭が繰り出す爆撃と銃撃の嵐を掻い潜り、その「力」を証明できるかっ!』
『あーん! それも那珂ちゃんのセリフ〜っ!』

 そして――戦いの火蓋を切り落とすように。小指を立ててマイクを握る霧島が、左手の手刀を天に掲げる。

『さぁ、世紀の試験の始まりですっ! 用意……始めっ!』

 その手刀が、下方に振り抜かれた瞬間。
 赤城と加賀の、引き絞られた弓から無数の矢が飛び出した。

「――ッ!」

 瞬く間に、その矢が全て――九九式艦上爆撃機の形状へと変貌していく。
 サイズはさながら模型のようにも伺える小さなものだが、機体下部から降り注ぐ爆弾は……紛れもない実物だ。

 爆炎と共に波が広がり、波止場に海水が叩きつけられて行く。絶え間無い爆撃が、容赦無く改造人間に向けられていた。

『ああーっと、速攻に次ぐ速攻! 並の深海棲艦なら、すでに轟沈必至の攻撃だぁーっ!』
「な、南雲君っ!」
「心配ないネー。……南雲クンなら、全弾回避してるデース」
「えっ――あ!」

 立ち上る煙幕。燃え盛り、倒れて行く棒。
 戦い慣れている艦娘でも、いきなりこの量の爆撃を浴びれば無事では済まない。新米の艦娘なら、間違いなく行動不能になっている。

 一航戦の名に恥じない、強力な速攻。この試練に対する、二人の意気込みが如実に現れていた。手加減など一切ない、本気の攻撃。
 その戦況を目の当たりにして、青ざめた表情になる比叡。そんな妹とは正反対に、金剛は胸を張ってある方向を指差す。

 ――その方向から、漆黒の外骨格が煙幕を突き破り、青空の下へ飛び出してきたのだった。
 今日が初の海上戦とは思えないほどの、滑らかな航跡を描く彼の身のこなしは、瞬く間にギャラリーの視線を独占していく。

『なぁーんとなんと、かわしました南雲選手っ! さすが戦闘に秀でた改造人間の戦士! 一航戦の爆撃にも屈していなぁい!』

 この番狂わせとも言うべき立ち回りと霧島の実況に、艦娘達は大いに沸き立つ。
 話でしか改造人間の力を知らない彼女達の中には、その戦闘力に対して懐疑的な者もいた。そんな彼女達も、一航戦の爆撃を鮮やかにかわした彼の機動力には舌を巻いている。

「南雲君……!」
「やっぱり、私達が見込んだ通りネ。でも、本番はここからデス」

 改造人間の力を知らしめる。という目的の達成へ、大きな一歩を踏み出す瞬間であった。

「――ッ!」

 だが、一航戦はいつまでも調子に乗らせてくれるような相手ではない。
 爆撃をかわしたサダトの上体に、無数の弾丸が降り注ぐ。防ぐ間もかわす間もなく、全弾を浴びてしまった彼の頭上を、零式艦上戦闘機21型の編隊が通り過ぎた。

「南雲君っ!」
「海上を走る際に生まれる独特の波紋を読み、南雲クンが煙幕から脱出した先に零戦を展開させていたようデスね」
「……!」

 水上を移動する際、足元から広がる航跡。その微々たる兆候を、あの爆撃による激しい波紋の中で見つけていた一航戦と姉の観察眼に、比叡を戦慄を覚える。

『ああっと! 一航戦も彼の動きを読んでいる! 零戦の機銃掃射を浴びてしまったぁ!』

 霧島の実況に覆い被さるように、再び零戦の編隊がサダト目掛けて射撃を開始した。

「二度もッ!」

 しかし、サダトも何度もやられているままではない。手にしていた剣を猛烈に回転させ、銃弾を凌いでいく。
 一航戦の必勝パターンから生き延びて行く彼の奮戦に、ギャラリーがさらに興奮していった。

『なんとここで南雲選手、剣を扇風機のように振り回して掃射をかわすという、まさかまさかのファインプレー! 果たして次は、どんなアクションを見せてくれるのかっ!』

 霧島の昂りを他所に、波止場に立つ赤城と加賀は同時に目を細める。
 そんな彼女を、サダトも静かに見据えていた。

「やはり、この程度では屈しませんか」
「だが、それがいつまで持つか。残り8分、ここからが正念場よ。――南雲サダト」
「……」

 次の瞬間、二人は矢を同時に放ち――今度は九九艦爆と零戦が同時に襲い掛かってきた。サダトは剣を下ろすと回避行動に入り、爆煙の中に姿を消して行く。

 ――だが、これは悪手だった。
 赤城と加賀は、航跡の波紋を辿ればいつでもサダトを見つけられる。が、サダトの方からは二人が見えないのだから。

 そう、例え二人が新手を放っていたとしても。

「……よし、抜けたッ――!?」

 その時は、彼が爆煙から飛び出た瞬間に訪れた。
 先程の経験則から、すぐに機銃掃射が来ると踏んでいたサダトは剣を構えて上空を見上げる。……だが、零戦の編隊はおろか、一機も見えない。

 足元で爆発が発生し、彼の体幹が大きくよろめいたのは、その直後だった。

「……、なッ……!?」

 一体、どこから。その焦りから視線を惑わせる彼の視界に、零戦でも九九艦爆でもない機体の編隊が映り込む。

『これは上手いッ! 一航戦、爆撃からの機銃掃射と思わせてか〜ら〜の雷撃に切り替えたッ!』
「雷撃……!」

 霧島の実況から拾った言葉が、サダトに新手の出現を悟らせた。
 九七式艦上攻撃機。雷撃戦に特化したこの機体の編隊が、お留守になっていた彼の足元を襲っていたのだ。

 上空からでも、水中からでも。攻撃を仕掛けられる場所もタイミングも思いのまま。
 しかも、そのいずれもが強力な威力を秘めている。それが意味する攻撃手段の多様性に、サダトは息を飲んだ。
 これが、一航戦なのか――と。

「……九七艦攻の雷撃をまともに受け、未だ健在……か。予想を遥かに超える自己防御能力ね」
「けれど、この世に不沈艦は存在しません。例え損害が軽微であれど、それが積み重なれば必ず綻びは生まれる。その時までに命を繋げられるかは、彼次第です」

 一方。この攻撃からサダトの能力を推し量る二人は、攻撃の手を緩めないばかりか、さらに多数の艦載機を放とうとしていた。
 試練というよりは、まるで――処刑のようだ。その容赦のなさに、比叡は目元に雫を溜め込んで行く。

「む、無茶苦茶です、こんな……! お姉様、やめさせてください! 一航戦の雷撃まで凌いだんです、もう十分じゃないですか!」
「比叡。よく見るネ。赤城も加賀も、南雲クンも、全く満足してないデス。せっかく10分も時間を取ったのデスから、最後まで好きにやらせてあげるデース」
「……!」

 だが、金剛は不敵に笑いながら、戦場に立つ三人を見守るばかり。彼らはどちらも止める気配を見せず、試練を続行していた。

 どれほど爆炎が上がっても、爆風が肌を撫でても。彼らは互いに引くことなく、力を尽くしている。
 片方は、力と覚悟を「検証」するために。片方は、それを「証明」するために。
 もしそこに手心が加われば、この場を設けた意味がなくなってしまう。何より、それ以上に相手に対する無礼もない。
 だから彼らは、寸分の加減もなくぶつかり合うのだ。

「……」

 それに深く理解を示す金剛に対して、比叡の表情は優れない。それでも彼女には、ただ祈るしか術はなかった。
 指を絡め、目を伏せて。南雲サダトの生還を、祈るしか。

 ――それから、7分が経過した。

 ついに試練終了まで残り1分となり、ギャラリーも比叡達も固唾を飲んで、戦いの行方を見つめている。
 その視線の向こうで、サダトは満身創痍になりながらも両の足で立ち続けていた。すでに外骨格には亀裂が走っており、素顔を隠す仮面も半壊し、目元が覗いている状態である。

 そんな彼を見下ろす赤城と加賀も、彼の異様なタフネスに手を焼いているのか。僅かに呼吸を乱しながら、次の矢を構えていた。

「……次が最後ですね」
「……ええ。行きますよ、赤城さん」

 自分達二人にここまで食い下がってきた、彼への敬意として。赤城と加賀は、全ての艦載機を解き放つ。

 九九艦爆、九七艦攻、零戦。三種の機体から繰り出す波状攻撃が、サダトを急襲した。

「――おぉおぉおおッ!」

 もう、持たないかも知れない。それでも彼は、立ち尽くすことだけはしなかった。諦める選択肢だけは、選ばなかった。
 その「心」を、彼女達は何よりも検証しているのだから。

 爆煙の中に姿を隠し、九九艦爆からの爆撃をかわし切り――煙の外へと飛び出す。
 その瞬間、彼は。

 水飛沫が天を衝くほどの蹴りを海面に放ち、上空に飛び上がるのだった。

「……!?」

 その行動に赤城と加賀が目を剥く瞬間。サダトは剣を振るい、機銃掃射に入ろうとしていた零戦を次々と斬り伏せる。
 彼が立っていた海面にはこの時、空振りに終わった魚雷の航跡が走っていた。

 爆撃も雷撃も銃撃もかわされては、もう一航戦でも決定打は与えられないだろう。誰もがそう確信している中、サダトは魚雷が通り過ぎた後の海面に着水した。

 ――だが、まだ終わりではない。一度のジャンプだけで全ての零戦を狩ったわけではないのだ。
 着水したところを狙うように、残りの零戦がサダトの背に群がって行く。だが、彼はそこから動く気配を見せない。

「南雲君っ!?」

 機銃掃射が終わり、零戦が通り過ぎて行くまで。サダトはそこから微動だにせず、立ち尽くしていた。
 ――それが、この試練を締めくくる最後の攻撃となる。

『10分経過……終了! 試練終了です! やりました、とうとうやってしまいました南雲サダト! 一航戦の雷撃、爆撃、銃撃を凌ぎ、10分生き延びてしまいましたぁぁあ!』

 そして、制限時間の終了を霧島が告げた時。爆発するような歓声が、この一帯に響き渡る。
 番狂わせに次ぐ番狂わせ。その積み重ねが、彼女達の興奮をこれほどまでに煽っていたのだ。
 一航戦のトップエース二人を相手に、ここまで持ち堪える戦いなど、今までになかったのだから。

 もはや彼女達の中に、南雲サダトの実力と誠意を疑う者はいない。彼の本質は、一航戦の手により証明された。
 今はただ、惜しみない拍手が送られている。

「南雲君……!」
「比叡。迎えに行ってあげるデース。多分、アレは相当疲れてるネ。……今なら、それくらいは出来るネー?」
「……はいっ! お姉様っ!」

 その中で、比叡は華のような笑顔を咲かせていた。そんな妹を温かく見守る金剛は、微笑と共に妹の背中を押して行く。
 その勢いのまま、次女はサダトが向かう桟橋に駆け出して行った。

「……南雲サダト。最後の銃撃……なぜ背中で受けたのですか? あなたなら消耗した状態でも、剣で防げたはず」

 一方。ギャラリーの歓声を浴びながら、訓練場を後にしようとしていたサダトの背に、加賀の一声が掛けられていた。
 サダトはその言葉に、半壊した仮面の奥から微笑を覗かせ――振り返る。

「……!」
「怪我させたら、いけない――て思ったんです」

 振り返った彼の腕には、何人かの小人が抱かれていた。先ほどサダトが斬り落とした零戦に乗っていた「妖精さん」である。
 彼は零戦を落としながら、その操縦をしていた妖精さん達を保護していたのだ。最後の銃撃を背で受けていたのも、彼女達を庇うことに専念していたためだった。

 もし彼が零戦を撃墜したまま妖精さん達を放っていれば、彼女達は小さい体で泳いで桟橋まで帰る羽目になる。剣で防御しようと向き直っていれば、銃撃が彼女達に向かう恐れもあった。

 ――その行為に、加賀は普段の無表情を崩し、呆気にとられた顔になる。そんな相棒の珍しい姿に、赤城はくすくすと笑っていた。

「南雲サダトさん。あなたは本当に、面白い人なのですね」
「……よく言われます」

 そんな赤城の褒め言葉を、からかいと解釈したのか。サダトは頬を赤らめると、そそくさと妖精さん達を抱えたまま桟橋に向かっていく。
 その背中を、二人は穏やかに見守っていた。

「……オホン。ともあれ、これで若手の不信は拭えたようですし。私達が一芝居打つ必要は、もうなさそうですね。赤城さん」
「ええ。これで他の艦娘達も、彼を仲間として受け入れてくれるでしょう。……私達が受け入れる姿勢でも、若い子達が不安なままでは艦隊の統率も乱れてしまいますし」
「全く……巨大飛蝗の一件が片付いたら、人を見る目というものを養わせる必要がありますね」

 ――最初からサダトを信用していた二人は、若手が彼に不安を抱いている現状を打破するために、この「試練」を画策していた。彼の「覚悟」と「力」を目に見える形として、鎮守府全体に知らしめるために。

 その目論見通り、彼は試練に耐え抜き艦娘達の信頼を勝ち取って見せた。
 戦士にとって「力」とは、決して無視できない要素だ。むしろ、「全て」に近い。一航戦の猛攻を耐え抜いた彼なら、信用していなかった他の艦娘達も受け入れられるだろう。作戦、成功だ。

「……そして。この『試練』を通して、一つわかったことがあります」
「……ええ」

 踵を返し、波止場から立ち去って行く二人。神妙な面持ちを浮かべる彼女達は、剣呑な雰囲気を纏いながら互いに視線を交わした。
 そして、同時に振り返り――桟橋に着いた途端にぶっ倒れ、周りを大騒ぎさせているサダトを遠目に見つめる。

「……私達の全力攻撃でも倒せない改造人間すら、容易く一蹴する。巨大飛蝗は、それほどの強敵なのだ――と」

 この試練を通して判明した、巨大飛蝗との戦力差。その大きさを感じ取った二人は、厳しい表情のまま波止場から完全に姿を消したのだった。

 ◆

「……赤城と加賀のおかげで、若い艦娘達の信頼も集まりつつあるな。……だが、問題は……」

 執務室の窓から、騒然となっている訓練場周辺を見下ろす長門。――その手には、何十枚にも重ねられた書類が握られていた。

 その表紙には、「資料解析結果」と記されている。

「……南雲殿。これほど度し難い話は、流石に私も初めてだよ」

 書類の内容を知る彼女は鎮痛な面持ちで、艦娘達にもみくちゃにされている青年を見つめていた。
 追い求めていた情報(もの)が手に入ったというのに。その表情はどこか、儚い。
 
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