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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百九十七話 謀略の渦

宇宙暦 797年 1月13日  ハイネセン 最高評議会ビル  ジョアン・レベロ



「軍の懸念は分かった。どうやら我々はとんでもない窮地に有るようだ。それで我々はどうすべきか、君達の意見を聞きたい」
「……」

トリューニヒトの言葉にボロディン本部長もグリーンヒル総参謀長も沈黙したまま答えない。
「遠慮は要らない。どうやら君達は私達を切り捨てる事も検討していた、違うかね?」

「トリューニヒト議長!」
ネグロポンティがトリューニヒトを窘めるとボロディン本部長とグリーンヒル総参謀長を睨みつけた。
「君達は……」

「良いじゃないか、ネグロポンティ君。私はそれが悪いとは言わない。むしろ必要な冷徹さだ、味方として頼もしい限りだよ」
「……」

トリューニヒトは笑みすら浮かべてネグロポンティを止めた。
「で我々はどうすべきかな?」
ボロディン本部長とグリーンヒル総参謀長が顔を見合わせる。ややあってボロディン本部長が口を開いた。

「帝国軍が自らフェザーンの進駐を望むのであれば問題は簡単です。兵力の差が有る以上、我々は引下がらざるを得ない。その場合政府は主戦派から責任を問われるかもしれませんが、やり方次第では国を一つにまとめる事も可能だと考えていました」

「臥薪嘗胆かね」
「そうです。万一失敗してそれによって政権の交代が生じても止むを得ないと割り切るつもりでした」

「……君達は責任を問われないのかな?」
「戦ってもいないのにですか?」
「なるほど、確かにそうだ」
ボロディンの皮肉交じりの口調にトリューニヒトが苦笑した。

「戦略的に見ればフェザーンを味方に出来る可能性が高くなります。次の政権に対しては正直に全てを話し、自重すべきだと説得するつもりでした」

「政府が、軍の主戦派がそれを受け入れると思うのかね?」
「現実問題として同盟には帝国に攻め入るだけの戦力はありません」
「なるほど、受け入れざるを得ないと言う事か……」
話しているのはトリューニヒトとボロディン本部長だけだ。誰も会話に加わろうとはしない。黙って二人の会話を聞いている。

「ですが、帝国からフェザーンへ進駐の依頼が有ったとなれば話は別です。どれ程それが同盟にとって不利益を生じると言っても周囲を納得させるのは困難でしょう」
ボロディン本部長が苦い表情で言葉を紡ぐ。皆が頷いた。

「なんと言ってもイゼルローン、フェザーン両回廊を押さえる事が出来るからな。同盟の安全保障の面から見れば平和裏にフェザーンに進駐できるこの機を逃すなど……」

ホアンが嘆息交じりに言葉を出した。その通りだ、だが問題は安全保障の面だけにとどまらない事だ。忌々しいが言わねばなるまい。

「それだけじゃない、経済面からも進駐を進める声が上がるだろう。フェザーン資本の利用を求めてね……、現在フェザーンが所有している償還期限を越えた国債がどれだけあるか知っているかな? トリューニヒト議長」

私の質問にトリューニヒトがいささか決まり悪げに答えた。
「多額だとは知っているが、はっきりとは……」
「五千億ディナールだ」

五千億ディナール、その言葉に彼方此方で溜息が出た。
「今の同盟の財政能力では一時に支払う事は到底出来ない。増税か、或いは財源無しに紙幣の増刷をするかだ……。国債の増発などしてもだれも買わんだろうからな。だがフェザーンが手に入れば……、分かるだろう、皆が何を考えるか?」

僅かな沈黙の後、ホアンが口を開いた。
「最初はフェザーン資本の利用でもいつかは接収に向かう、そういうことだな、レベロ?」

「その通りだ。そして一度行なえば際限なくフェザーン資本を毟り取ろうとするだろう、麻薬のようなものだ、いけないと思っていても続けてしまう……」

誰もがフェザーンに対しては良い感情を持っていない。我々に戦争させておいて、その血を啜って肥え太っている。流した血の分だけ返してもらう。いくらでも自分を納得させる言い訳はたつ。

「そして気がつけばフェザーンは帝国に助けを求めるか……」
「……」
トリューニヒトが呟くように声を出した。その通りだ、それこそが帝国の狙いだろう。ボロディン本部長、そしてグリーンヒル総参謀長の話を聞いた今なら分かる。

「他に手は無いのかね」
ネグロポンティが苛ただしげな口調で問いかけた。咎めるような視線は軍人たちに向かっている。

「彼らを責めてどうするのだね」
「そういうわけでは……」
ホアンの言葉にネグロポンティが決まり悪げに口を濁した。

彼の気持は分かる、八方塞だ、誰かに当たりたくもなるだろう。帝国は二十四時間以内の回答期限を付けてきた。もう一時間近く消費しているが、何の進展も無いのだ。だがホアンの言うとおり、彼らを責めるべきではない。我々には彼らの協力が必要だ。

グリーンヒル総参謀長とボロディン本部長が顔を見合わせている。微かにボロディン本部長が頷くのが見えた。なにやら二人の間で言葉を交わさずに意思の遣り取りが有ったらしい。

「手と言えるかどうかは分かりませんが……」
「何か有るのかね?」
トリューニヒトの言葉に皆が視線をグリーンヒル総参謀長に向ける。

「フェザーンの中立性を帝国、同盟の手によって確立するのでは無く、フェザーンが自らその中立性を確立する、それが有ると思います」
「?」
フェザーンが自ら中立性を確立する? 一体どういうことだ? 皆が訝しげに顔を見合わせる中、グリーンヒル総参謀長の声が流れた。

「具体的にはフェザーン人の手でルビンスキーを追放させます」
「!」
「そんな事が可能なのかね?」
皆が驚きの表情を浮かべる中、ネグロポンティが半信半疑の表情でグリーンヒル総参謀長に問いかけた。

「国防委員長はフェザーンの長老会議をご存知かと思いますが?」
「自治領主を決める委員会だろう、それが?」
ネグロポンティの言葉にグリーンヒル総参謀長が頷きながら言葉を続けた。

「長老会議は確かに自治領主を決める機関ですが、同時に自治領主を解任できる機関でもあるのです」
「……」

「長老会議の有権者の二割が会議の要求をすれば会議が開かれます。そして三分の二以上の多数が賛同すればルビンスキーを罷免できる……」
「!」

グリーンヒル総参謀長の言葉が部屋に響いた。皆が顔を見合わせる中、ボロディン本部長が言葉を続けた。
「帝国側の要求は、ルビンスキーに反帝国活動を止めさせる事です。ルビンスキーを罷免する事が出来れば攻め入ることなくそれを満たす事が出来ます」

「なるほど、全てが振り出しに戻ると言う事か……」
「その通りです、レベロ委員長」
「……」

暫くの間、沈黙があった。トリューニヒトは眼を閉じ、ホアンとネグロポンティは天を仰いでいる、皆それぞれの表情で考え込んでいた。
「どうかな、トリューニヒト議長、軍部の提案は今の同盟の苦境を救うものだと思うが」

私の言葉にトリューニヒト議長が眼を開け微かに頷いた。
「確かにレベロ委員長の言うとおりだ、フェザーンに進駐する事が出来ない以上他にこの苦境を脱する手は無いだろうな……」

「ではこの先だが、どう進めれば良い?」
私の問いかけにグリーンヒル総参謀長が答えた。

「先ずフェザーンの有力者に接触し、このままルビンスキーが自治領主である事はフェザーンの自治にとって危険だと言う事を伝える必要があります。長老会議を開いてルビンスキーを罷免するべきだと」

トリューニヒト、ホアン、ネグロポンティが頷いている。それを見ながらグリーンヒル総参謀長が言葉を続けた。
「次に帝国への回答ですが、これは回答期限ぎりぎりに受諾すると回答することにします」
「……」

「その上で艦隊をゆっくりと進め、フェザーンでルビンスキーが罷免されるのを待つ……」
「艦隊の規模はどうする? 三個艦隊全て進めるのか? 減らしたほうが良くは無いかね?」

ネグロポンティがグリーンヒル総参謀長に問いただした。万一実際に進駐する事になった場合を考えているのだろう。
「いえ、三個艦隊全て進軍させます。兵力を減らしてはフェザーンでルビンスキーを罷免させようとする動きが鈍りかねません。兵力は必要です」

「なるほど、圧力をかける事でフェザーンのルビンスキーを罷免する。罷免後は帝国に対してフェザーンの中立性は回復したとして兵を引く、そういうことだね」
トリューニヒトが頷きながら問いかけた。

「その通りです、議長」
「ネグロポンティ君の心配は分かるが、優先すべきは長老会議を開催させることだな……。いいだろう、その方向で進めよう」
トリューニヒトがグリーンヒル総参謀長の言葉に同意した。ホアンもネグロポンティも頷いている。

「余り時間が無い、急がなければならんだろう」
「そうだなレベロ。君の言う通りだ、急がなければならん。ところで軍に聞きたい事が有るのだがね」

トリューニヒトの言葉にボロディン本部長、グリーンヒル総参謀長が微かに緊張するのが見えた。急ぐ必要がある、そう言ったにも関わらず何を聞こうというのか?

「何故、最初からこの案を出さなかったのかね。最初からこの案が提案されていれば、もっと余裕を持って対応できたはずだが……」
ボロディン本部長、グリーンヒル総参謀長の表情が曇るのが見えた。どういうことだろう、彼らはこの案を必ずしも望んでいない? それとも気付いたのは後になってからなのか?

「正直に申し上げますと帝国の真の狙いが見えなかったためです」
「?」
帝国の真の狙いが見えない? グリーンヒル総参謀長は何が言いたいのだ?

「帝国がルビンスキーの排除のみを考えているのであれば、フェザーン人の手でルビンスキーを罷免させると言うのはベストの選択でしょう。しかし、そうでなかった場合は問題が有ります」
「……」

「そうでなかった場合、つまり帝国の狙いがフェザーン回廊を利用しての同盟領への侵攻の場合ですが、その場合のベストの選択は帝国にフェザーンを占領させ、反帝国運動を起す事で帝国の侵略を防ぐ事です」
「……」

「今回、帝国からフェザーン侵攻の連絡が有った時、我々は帝国の狙いを特定できませんでした。ですから最悪の事態に備え帝国をフェザーンに侵攻させるべきだと考えたのです。議長閣下の共同占領案はその意味では最善のものだったと考えています」

「……なるほど、どうやら私は認めてもらえたわけだ」
トリューニヒトが多少、皮肉を込めて感謝したが、グリーンヒル総参謀長は表情を全く変えなかった。むしろボロディン本部長の方が僅かに不機嫌そうな表情を見せた。

「問題はこれからです。帝国からの提案を見ると、帝国の狙いはフェザーン回廊を利用しての同盟領への侵攻の可能性が高いと言わざるを得ません。それなのに我々が取れる手段は最善のものとは言い難い」

「今回の案では事態の先送りにしかならない、そういう事だね?」
「その通りです、議長。しかも先送りすれば内乱を終結させた帝国はより強大な国家となって我々に襲いかかるでしょう。厳しい未来が待っています」

グリーンヒル総参謀長の沈鬱な口調が部屋に響いた。確かに彼の言う通りだ、今回の策は一時凌ぎでしかない。皆同じ思いなのだろう、憂鬱そうな表情をしている。

「……なるほど、良く分かった。ところで今回の長老会議を使うというのもヤン提督の考えかね」
「その通りです。ヤン提督はフェザーンと帝国の関係が悪化している事を重視していました。色々と対策を考え我々と連絡を取り合っていたのです」

「ほう、驚いたな。帝国のヴァレンシュタイン元帥が策士だとは聞いていたが、ヤン提督もなかなか……、ひけをとる者ではないな」
ホアンが嘆声を発した。それにつられる様に部屋に笑いが起きた。トリューニヒトも笑いを浮かべている。

「……ボロディン本部長、グリーンヒル総参謀長。君達が有能なのは良く分かった。だがもう少し我々に打ち解けてもらいたいものだ。劣勢にある以上協力は必要不可欠だろう。頼むよ」
「……」

トリューニヒトの笑いを含んだ言葉に、ボロディン本部長、グリーンヒル総参謀長が無言で頭を下げた。笑いを含んではいるがトリューニヒトは内心では苛立っている。これまでの事が有るとはいえ、軍の積極的な協力が欲しいに違いない。

ヤン・ウェンリーか、どうやら彼が軍部でのキーマンのようだな。有能ではあるが我々に対する警戒心がかなり強い。シトレ経由で彼の考えを積極的に聞き出すべきかもしれない。直ぐ実行するべきだろう……。

 
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