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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第六十四話 リッテンハイム侯爵の反乱です!!

帝国歴486年10月3日――。

リッテンハイム侯爵が反乱を起こし、同調する貴族や軍人を引き連れて帝都を脱出したというニュースは瞬く間に帝都を覆いつくした。リッテンハイム侯爵には、前財務尚書のカストロプ公爵、内務尚書メッテルニヒ伯爵、司法尚書ナッサウ伯爵、宇宙艦隊副司令長官補佐バイエルン侯エーバルト、軍務尚書次官ブリュッヘル伯爵、そしてリッテンハイム侯爵一門や辺境(帝国領土銀河基準東南方)の貴族等が味方している。
 それらがごっそりと帝都を抜け出して、警戒網を突破し、辺境に逃げ散ったというのであるから、ブラウンシュヴァイク公の怒りはすさまじかった。だが、これは仕方のないことである。うかつにブラウンシュヴァイク公が止め立てすれば「私怨・私闘」として処罰の対象になるからである。アンスバッハ准将、フェルナー大佐、ベルンシュタイン中将、シュトライト准将ら家臣や協力者は、むしろリッテンハイム侯爵陣営をこの際堂々と一気にたたきつぶせる好機だととらえていた。軍港などの警備はむしろ緩めていたのである。これにはだいぶ裏からの手回しが必要だったのが、ベルンシュタイン中将が説得して功を奏した。ちまちまとしたハエたたきによるハエ退治よりも、一か所にまとめておいて一気にたたきつぶすのが上策だと述べたのである。

 もっともリッテンハイム侯爵の方は「君側の奸を誅する。」という名目で挙兵したので、双方が共に「正義は自分たちにある。」と声高に叫んでいる格好になったのだったが。

 徐々に情報が集まってきた。リッテンハイム侯陣営に参加した貴族は1700余人、戦力は私兵を含めた将兵1050万人、艦艇16万9000隻の一大勢力である。
 これに対し、ブラウンシュヴァイク公に味方した貴族は2000人以上で、将兵1640万人、艦艇22万6000隻であり、リッテンハイム侯爵一門よりも大きい。むろん中立の立場をとる貴族も少なくはなかった。アレーナのランディール侯爵家やヴァリエのエルマーシュ侯爵家、リヒテンラーデ侯爵家等がそうである。彼らは宮廷の帝室に仕える貴族、皇帝派であった。もっともランディール侯爵家などはどこにも表立って積極的に属さないリベラルな思想を持つ家柄だったが。
また、銀河帝国における正規艦隊の半数以上は静観を決め込んでおり、その総数は艦艇20万隻を軽く超える。仮に皇帝陛下が鶴の一声を上げ、リッテンハイム侯爵に味方するように命令したとすれば、ブラウンシュヴァイク公爵の有利は一瞬で覆されることになる。

それを知っていたベルンシュタインはすぐにブラウンシュヴァイク公にミュッケンベルガー元帥を討伐軍総司令官とさせるよう働きかける策を提案した。ブラウンシュヴァイク公はすぐに宮廷に家臣たちと向かったが、これが功を奏したかもしれない。ブラウンシュヴァイク公がミュッケンベルガー元帥と面会し、宮廷内部を自派閥の兵で封鎖した直後に、リッテンハイム侯爵から派遣された使者たちがひっとらえられたからである。彼らは候直筆の書状を持参していた。すなわち、事の経過を説明し、自らの立場を述べるとともに、リッテンハイム侯爵側にブラウンシュヴァイク公討伐の勅命を嘆願した書類であった。書類はすぐに握りつぶされ、使者たちは監獄に監禁されることとなったのだった。
「哀れなものだ。使えるべき主を間違えた者どもはな。それにリッテンハイム侯自身も哀れなものだ。リッテンハイムが帝都を脱出するのではなく、兵力を集中してノイエ・サンスーシを制圧していたら、儂の命数は尽きていただろうに。」
ブラウンシュヴァイク公はそう嘆息した。もっともその嘆息の中には冷笑が潜んでいたことは言うまでもないが、それとは別に盟友を憐れむ気持ちもあったことは否めない。一つところに相反する感情が平然と混在できるのもまた、人間の性である。
 ブラウンシュヴァイク公の意を受けたミュッケンベルガー元帥は、直ちに帝国三長官会議を開くようにマインホフ元帥に伝え、そこで自らを討伐軍総司令官になることを了承させた。
 彼は他の二長官とともに宮廷に上がり、リヒテンラーデ侯爵ら重臣と協議し、皇帝陛下より討伐の勅命を拝受したのである。
 これによって、リッテンハイム侯爵に同調した司令官を除く正規艦隊はすべて討伐艦隊としてリッテンハイム侯爵討伐の任に服することになった。つまりはラインハルトもイルーナもブラウンシュヴァイク公陣営についた格好になってしまったのである。
 ミュッケンベルガー元帥は直ちに上級将官及びその幕僚たちを宇宙艦隊司令本部に招いて、軍務省、統帥本部との合同作戦会議を開催すると通告してきた。鮮やかな手際である。これを見る限り、ミュッケンベルガー元帥の手元には既にリッテンハイム侯爵の反乱は織り込み済みで、それに対応する詳細な策が届いているのではないか、と一部の者は観測していた。
 ラインハルト、イルーナも上級将官の一員としてこの大規模な会議に参加することになったのである。



オーディン 軍務省 大会議室――。
集まった将官たちを前に、ミュッケンベルガー元帥の声が大会議室に響き渡る。
「卿らも承知の通り、リッテンハイム侯爵が同調する貴族を引き連れて、帝都を脱出し、リッテンハイム星系及びカストロプ星系に立てこもった。皇帝陛下から首都にとどまるように命ぜられていたにもかかわらず、多数の兵を率いてその勅命を無視したというこの行為は既に反乱罪である。よって我々は勅命を受け、リッテンハイム侯爵討伐に向かうこととなる。」
ブラウンシュヴァイク公の勅命だろう、とラインハルトは思ったがそれを言葉に出すことはなかった。ただ、少しだけ目が細められたのを横に座っていたイルーナは見逃さなかった。
「この討伐戦には皇帝陛下から勅命を受け、ブラウンシュヴァイク公も参加される。なお、公はただいま宮廷にて国務尚書らと協議中であり、この場にはお見えになってはいないが『卿らの尽力に深く感謝する。』との言葉があった。」
かすかなさざ波のようなざわめきが広がった。ブラウンシュヴァイク公の度量を感じ取っての好意的な波のさざめきか、あるいはその反対の波なのか。ラインハルトとイルーナにはわからなかった。
「話を元に戻すが、具体的な戦略の討議に入る。クラーゼン参謀総長から話をすることとなる。」
顔の下半分をモジャっとした髭に覆われた大柄の恰幅の良い上級将官が立ち上がった。クラーゼン参謀総長はミュッケンベルガー元帥の宇宙艦隊司令長官昇格と同時に元帥に任命されて、ミュッケンベルガー元帥を補佐してきている。こうしてみるとクラーゼン参謀総長の方がやや年長に見えるのだが、二人は士官学校の同期だという事だ。その点では前の宇宙艦隊司令長官のビリデルリング元帥とリュフトバッフェル大将との関係に似ている。
「大まかな戦略を説明する。なお、戦術レベルについては各軍と出先司令部との間で協議していただきたい。」
つまりは、自由裁量という事か。あるいは細部まで検討することができなかったのか、どちらだろうな。そう思いながらラインハルトはディスプレイに注目した。ディスプレイ上には帝都から銀河基準面で南東方向に広がるリッテンハイム侯爵領地及びカストロプ領地が広がっている。赤で記されているのが、ブラウンシュヴァイク公派閥の貴族であり、青で記されているのがリッテンハイム侯爵に味方する貴族である。こうしてみると、南東には圧倒的にリッテンハイム侯爵派閥が多いことが分かる。
「かえって好都合だな。戦線を整理しやすい。これが広範囲にわたって点在する反乱を鎮圧するとなると、とても一年ではできない話だ。」
ラインハルトがつぶやく。
「一か所にまとまっている分には鎮圧には好都合かもしれないけれど、兵力の集中ができてしまうリスクもあるわね。その辺りを上級司令部がどうさばくかしら。」
イルーナの疑問にラインハルトが答えようとした時、クラーゼン元帥が説明をつづけた。
「軍を二手に分ける。一方をミュッケンベルガー元帥とブラウンシュヴァイク公が、リッテンハイム侯爵星系及びその周辺貴族領を攻略する。他方の別働部隊を副司令長官のメルカッツ提督とその麾下の部隊がカストロプ星系及びその周辺貴族領を攻略する。」
ここで、ディスプレイ上に各侵攻部隊の一覧が映し出され、主だった将官リストがアップされた。ラインハルトたち出席者の手元に用意された端末に同じ内容のものが映し出され、指先などでクリックするとリストの詳細が顔写真付きで映し出されるようになっている。
幸いなことに、ラインハルト、イルーナらは今回もメルカッツ提督の指揮下に配属されることになっている。どうもこの取り合わせが十把一絡げのようで楽なのではないかと、当人たちも思い始めていた。
「ミュッケンベルガー元帥の方は『華やか組』であんたたちの方は『地味な裏方組』なんじゃないの?向こうもそれを意識しているんじゃない?」
と、アレーナがいたら言ったかもしれない。その地味な『裏方組』の兵力はメルカッツ提督を中心に戦闘艦艇10万隻を数える。他方ミュッケンベルガー元帥らの『華やか組』の兵力は20万隻を越え、リッテンハイム侯爵を圧倒するに十分な戦力をそろえた。皇帝陛下の勅命で正規艦隊はリッテンハイム侯爵についた者を除き、皆ブラウンシュヴァイク公陣営に味方したのが原因であった。



 会議が終了した後、ラインハルトとイルーナはメルカッツ提督に呼ばれて、宇宙艦隊総司令部の建物の中にある彼の公室に入った。第三次ティアマト会戦の前などにはこのようなことはなかったのに、どうしたというのだろう?二人はいぶかしみながら提督の部屋に入ったのである。
「そう硬くならずともよいから、まずは座りなさい。」
メルカッツ提督は老眼に穏やかな光を浮かべながら二人に椅子を示した。ほどなくして入ってきた従卒が3人にコーヒーカップを渡していった。
「此度も貴官らには世話になるな。よろしく頼む。」
「こちらこそ。」
「よろしくお願いします。」
二人はこもごも言ったが、それだけのようであれば副司令長官がわざわざ二人を呼ぶことはなかったのではないかといぶかっていた。
「今度の内戦についてであるが、ミュッケンベルガー元帥から実は一つの話をしていただいている。本来であれば副司令長官だけにとのことであったが、卿等には話をしておいた方がいいと思ったのだよ。」
顔を見合わせる二人に、メルカッツ提督は咳払いをして、
「リッテンハイム侯爵に加わった主要貴族の中に、カストロプ公爵がいることは知っておるかな?」
「前の財務尚書閣下でいらっしゃった方だと、記憶しておりますが。」
ラインハルトの言葉にメルカッツ提督はうなずいて、
「カストロプ公爵は在職中に財務尚書の立場を利用して不正な蓄財をしていたという事実がある。」
「・・・・・・・。」
「だが、これは半ば公の事実でな、今更それが分かったからと言って誰も驚かぬのだが、問題はここから先の話なのだ。」
「・・・・・・・。」
「カストロプ公爵は蓄財の一つの要因としてサイオキシン麻薬の流通を黙認していたとの密告があった。」
サイオキシン麻薬?!思わず腰を浮かせかける二人に、メルカッツ提督は事実だという風に静かにうなずいて見せた。
「一つ所からではなく幾筋からの情報がある。またその情報に基づいて某惑星を調べたところ、カストロプ公爵の関与をにおわせる記録が見つかっていた。それはどこだかわかるかな?」
「・・・・・・・・。」
「バーベッヒ侯爵領内にある保養惑星の一つだ。」
イルーナは内心舌打ちをしたい気持ちでいっぱいだった。サイオキシン麻薬の存在については対策をせねばならないと思っていたが、対ラインハルト包囲網対策などの事項にかまけていてついそれを棚上げしてしまったのだ。バーベッヒ侯爵領内にサイオキシン麻薬の製造施設などが見つかったというのはバーバラを通じてイルーナらが、そしてイルーナから話を聞いたラインハルトらが既に知っているところであったが、カストロプ公爵までもがサイオキシン麻薬流通に関与しているとなると帝国には相当程度サイオキシン麻薬が流通し、なおかつ強力な後ろ盾を得て行われていることが推察できる。
「サイオキシン麻薬の流通には『長老』と呼ばれる組織が背後にあるとその記録は記している。」
「『長老』ですか・・・。」
「そしてその組織は民間、官僚機構、軍隊、宮廷、あらゆる組織に入り込んでいるが、決して表には出てこない。彼らの目的が如何なるところにあるかは不明であるが、サイオキシン麻薬の流通網構築とその維持にかけては並々ならぬ手腕を見せておるということだ。」
「・・・・・・・・。」
「我々は別働部隊としてカストロプ公爵領内に進駐するが、その際に公爵がサイオキシン麻薬の流通・製造にかかわったとされる証拠も差し押さえたい。本来であればそうしたことは憲兵隊や社会秩序維持局などが行うべきものであるが、それでは動きが公になってしまい、敵に察知されてしまうとミュッケンベルガー元帥はおっしゃっておられる。」
だから内々に動かざるを得ない、というわけか。ラインハルトはそう内心つぶやいた。
「卿等に話したのは、言うまでもないことであるが極秘事項だ。いずれカストロプ公爵領内制圧のめどが整った段階で話し合いを行いたいがよろしいかな?」
「承知しました。ですが一つ質問をお許しください。」
ラインハルトが尋ねた。
「なにかな?」
「伺った密告ですが、事実なのですか?」
メルカッツ提督の眼が心持細まる。
「事実でないとするならば、カストロプ公の周りを無用に捜索したと後々糾弾されかねない事態になります。小官はそのようなものを恐れてはおりませんが、証拠なき密告であれば、それを全面的に信用することは命取りになるやもしれません。」
「卿の言うところはもっともだな。」
メルカッツ提督は執務机の引き出しをなにやら探っていたが、一冊の冊子を取り出した。
「詳細についてはこれに記されておる。取り調べについてはさる筋が担当したということしか元帥閣下は漏らしておられぬ。ここで目を通してほしい。持ち帰りは遠慮してもらいたいのでな。」
「結構です。」
ラインハルトはうなずき、イルーナと共にその冊子に目を通し始めた。


 ラインハルトとイルーナがメルカッツ提督の執務室を辞去したのは、それから1時間後であった。二人は無言で総司令部建物を歩き、待たせてあったランド・カーに乗り込んだ。アリシアとレイン・フェリル、そしてキルヒアイスが一緒である。
「サイオキシン麻薬の流通か・・・。」
ラインハルトはその忌まわしい麻薬の名前を忌々しさを込めてつぶやいた。
「覚えているか、キルヒアイス。イゼルローン要塞でケンプとフロイレイン・ティアナ、フロイレイン・フィオーナと共に捜査を行ったが、やはりあれは氷山の一角であったという事だな。」
「はい、カストロプ公爵のようなお方が絡むとなると、ほぼ帝国の主要惑星や都市にはサイオキシン麻薬が流通されているとみて間違いないでしょう。」
「あのような奇形や依存症を発するとわかっていても、なお手を出さずにはいられないか。まさしく魔性の物だな。こんなものは一刻も早く帝国から一掃しなくてはならない。以前俺はそう誓ったが、それに手をかけるチャンスが巡ってきたわけだな。」
「そうですね、カストロプ公爵からその『長老会』とやらに通じる手掛かりが得られれば良いのですが。」
「貴族だけかしら。」
ぽつんと、だが唐突に放たれたその言葉に二人はイルーナを見た。
「いえ、私自身もサイオキシン麻薬についてはよくわかっていないの。でも、果たして関与しているのは貴族だけなのかしら。麻薬の流通については階級も出身も関係ないわ。強いリーダーシップを持った者が組織を構築し、まとめ上げる。いわば裏社会なのよ。そういった組織の長については幾重にも情報が遮断されて守られるのが普通の事。カストロプ公爵も関与はしているでしょうけれど、果たしてその組織の長であるかどうか・・・・。」
「なるほど、つまりは思いもかけない人物が組織を運営している可能性があると、そうおっしゃるのですか。」
ラインハルトは腕を組んだ。
「閣下、それに関しては私にいささか試案がありますが・・・・。」
アリシアがイルーナを見る。
「何かしら?」
「例の社会秩序維持局、あれを利用なさってはいかがでしょうか?」
一瞬アリシアが何を言っているかわからなかったイルーナだったが、すぐにあっと内心声を出していた。
「社会秩序維持局の長官ハイドリッヒ・ラングは性格はともかくその手腕は一流です。これを利用しない手はありません。毒を以て毒を制す、これほど効率的なものはないと思われます。カストロプ星系での捜索は私たちが行いますが、それ以外のところは(すなわち全体的に、という意味です。)彼らに捜査させればよいでしょう。それが彼らの仕事でもあります。」
と、レイン・フェリルも賛同を示した。
「サイオキシン麻薬の捜査そのものは社会秩序維持局が行っても何の不思議もありません。現に過去の記事を閲覧すると、しばしば捜査が行われているという事がはっきりと記載されています。」
と、アリシア。
「どう思うかしら?」
イルーナがラインハルトに目を向けると、
「どのみち我々では素人同然であり、捜査のしようがない。下手をすればかえって彼らを警戒させるだけのことになりましょう。カストロプ星系の方は我々が行うとして、全体的な捜査は玄人に任せるべきだと思います。」
「では、アリシア、レイン。社会秩序維持局が動くだけの餌を用意しておいてくれるかしら?」
「承知しました。」
二人はうなずいた。社会秩序維持局は憲兵隊と業務が重複するものの、広大なスパイ網を構築し、こと帝都における治安維持に辣腕を振るっている部署である。そのやり方や拘束する容疑者の有罪の有無についての検証方法などはともかくとして、帝都の秩序維持に一定の効果を上げていることに関してのみは事実であった。またハイドリッヒ・ラングは帝国の役人には珍しく収賄をすることを是とせず、ただ一公僕として職責を全うしているという点をイルーナは評価している。彼女からすれば一個人には欠点があり、その欠点を飲み込んだうえで有効活用すれば良いというのである。ラングの欠点や弊害についてもイルーナらはよく把握しているのであるが、この欠点を逆に利用して最大限効果を上げさせることも可能であると思っていた。
「ラインハルト、キルヒアイス。ラングの人となりについては色々と思うところはあるかもしれないけれど、使える人材はできるだけ無駄に遊ばせておきたくはないの。その辺りのことを、理解してくれる?」
イルーナはラインハルトというよりもキルヒアイスに言ったのだった。それには理由がある。今までは昇進の階段を駆け上がるだけでよかったが、今後はそうはいかない。いずれは必ず大貴族共を相手に権謀算術を繰り広げなくてはならない。(既にアレーナが色々としているのだったが。)
キルヒアイスは清廉さを持つ人柄であったが、他人が権謀算術を弄し他人を貶めたり生贄に捧げる陰湿な行為を嫌うところがあった。イルーナはむしろそうしたキルヒアイスの美点を高く評価して尊敬もしていたのだったが、時と場合によってはそれを押し殺してでもなさなくてはならない決断というのも出てくることをこの赤毛の若者に知ってほしかったのだった。
「わかっております。イルーナ様。」
キルヒアイスはイルーナ・フォン・ヴァンクラフトの顔をまっすぐに見返してそう言った。だが、いざそう言った局面に相対した時、彼は平静でいられるだろうか。霞一つない美しく清廉なまなざしが失望などで曇ることのないように、イルーナとしては願うほかなかった。


そして、帝国歴486年10月7日――。
進発の準備を終えたミュッケンベルガー元帥以下の討伐軍は皇帝陛下の臨御の下、軍港を次々と出立し衛星軌道上に集結していた。その中にはブリュンヒルトとヴァルキュリアの姿もある。

 リッテンハイム星系に侵攻する部隊はミュッケンベルガー元帥、ブラウンシュヴァイク公らを筆頭にしてその数20万隻。他方、カストロプ星系に侵攻する部隊はメルカッツ提督、ラインハルト、イルーナらその数10万隻。

 これだけの大軍のほかに帝国軍はイゼルローン、フェザーン、両回廊には警備部隊を展開させて万が一の事態に備え、イゼルローン要塞を預かるシュトックハウゼン、ゼークトの両名に対し訓令を発して警戒態勢を構築させたのだった。停戦があるとはいえ、万が一に備えての事である。内乱にかまけている間に後背を突かれることは帝国軍としては何としても防ぎたい事態であった。
 
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