| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語

作者:マルバ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

■■インフィニティ・モーメント編 主人公:ミドリ■■
壊れた世界◆ラストバトル
  第六十四話 会敵

 
前書き
ついに最後の戦いです。 

 
 シリカに続いて部屋に入ったマルバが最後の一人だった。あたりを見渡すと、3Qの戦いを勝ち抜いた者達のほとんどが再び結集し、更に3Qの戦いには参加しなかった者も何人か新しく集まっている。紅玉宮の前には、3Qの戦い直前に似た緊張が張り詰めていた。

 ――そう、これが最後の戦いである。これまで必死に戦ってきた意義はここにあった。
 マルバとシリカの姿を確認したアスナが、彼に向かって小さく手を振った。マルバが小さく振り返すと、彼女は唇の端に笑みを乗せた。彼女の脇にはユイが控えている。アスナとキリトの最後の戦いを目に焼き付けるために来たのだろう。
 マルバとシリカが部屋の半ばまで進み出ると、見知った仲間が声をかけてきた。

「いよいよだな。準備は大丈夫か」
 ミドリが緊張した声で尋ね、マルバは当然だと頷いた。ミドリの肩でフウカが鋭く一声鳴き、ピナもそれに答えるように鳴いた。
「もう、そんなの当然でしょ。いつもどおり、万全の状態で望むだけだよ」
 横から口を出してきたストレアに対し、シリカがその通りですと微笑みかけた。
「死んでいった仲間たちの遺志、ここで果たそうね」
 ギルドリーダーのサチが決意を口にする。マルバとシリカは、他のギルドメンバーと共に頷きあった。
「勝って、生きて帰る。約束だよ」
 アイリアの言葉に、マルバは決意を新たにする。ここで生きて帰らなければ、一体いままで何のために戦ってきたのか分からない。
「これが最後です。――向こうでもまた、友達になりましょう」
 イワンが微笑みかけると、シノンは少し心配したようにミドリとストレアの方を見た。彼らは現実世界に戻ることはできないのだ。ミドリとストレアは顔を見合わせると、寂しそうに笑い――明るい声で返した。
「俺がいたこと、忘れないでくれよな」
「たまには思い出してよね!」
 当然だと、皆は頷いた。

「皆さん」
 アスナが声を張り上げると、あたりの緊張が更に高まった。皆の注目が集まる。
「私達は、今日のために今まで戦ってきました。これが最後の戦いです。……私が言うことはもう、なにもありません。私達の希望を――見せつけてやりましょう! 全員、生きて帰るんです! 準備はいいですか!」
 その場の全員が声を張り上げて返した。アスナは力強く頷き、皆に背を向け、扉の前に立った。
「――明日のために! 行きますッ!!」
 扉が、開け放たれた。


 モンスターのHPの一番上のゲージを削りきったとき、おかしい、と誰もが感じていた。
 ラスボスの割には、弱い。
 そう、弱いのだ。九十九層以前のボスよりは確かに強く、十分脅威的ではあるものの、この程度であれば3Qのような凄惨な戦いにはなり得えない。これ以上何かがあるなどと信じたくはなかったが、その場の誰もが『これ以上の何か』に怯え、慎重に戦いを続けていた。

 “何か”が起こるとしたら、それはきっとHPが五割を割った時ではないか――アスナはそう考え、ブロック隊のHPを九割以上保ちながら戦うよう、指示を出していた。
「五割、切ります! みんな気をつけて!」
 アスナの声に、ブロック隊の面々が二歩下がり、盾を構えた。ダメージディーラーはブロック隊の後ろに下がり、武器を構えて攻撃に備える。

 果たして――“何か”が起ころうとしていた。巨大なフーデットマントの姿のラスボス、“The Hollow Avater”が、空っぽの両腕を天に掲げたのだ。
 その瞬間、その場の全員が“イヤな予感”を感じた。身体が勝手に動き、ボスから更に一歩下がる。強い生命の危機の感覚に、逃走態勢に入ろうとする。しかし逃げる訳にはいかない彼らは、自分の身体を精神力で制御し、ボスに向き直った。この戦い、勝って帰る――その強い希望を胸に抱いて。

 その希望が、一瞬ののちに絶望に取って替えられるとも知らずに。

 ボスモンスターの固有名称、“The Hollow Avater”の表示が変わろうとしていた。アルファベットが次々と入れ替わり、書き変わり、より長い一つの文字列を形成しようとしていた。それと共にボスの姿が次第に変化してゆく。フーデットマントの内側のあちらこちらがごつごつと隆起して、その姿がどんどん大きくなってゆく。やがて天井近くまで肥大化したそのモンスターは、フーデットマントを引きちぎった。

 カランカラン、と乾いた音が立て続けに響いた。その場の誰もが声を発することもできず、凍りついた。更に何人かの手から武器が滑り落ち、床に転がった。誰も拾おうとすらしなかった。

 その巨体は、その場の全員が戦意を喪失するのに十分なほどにおぞましい外見を持っていた。軟体動物のような吸盤状の突起が多数生えた腕を見ただけで普通の人は胃の中の物を全て吐き出すだろうし、またカビのように地面に同化しずるずると這いまわるその脚を見ただけで普通の人は気を失うだろう。何よりもひどいのはその顔面である。タツノオトシゴに似た形状をし、フジツボらしきものがびっしりと張り付いているかのようであり、妙にヌメヌメと光っているその姿は、普通の人ならば一目見ただけで正気を失い、自殺を図るはずだ。
 その場にいるのはみな強い精神力を持つ歴戦の戦士たちであったため、膝をついたり、ただ立ち尽くしている程度の人が多く、気絶するものは半数程度にとどまった。しかし、巨体がその両腕を振るい、そのたびに一人づつ命の灯火が吹き消されていくというのに、誰もなにもできなかった。何をしても勝てない相手だと、本能的に悟ってしまったからだ。外見上のまやかしに囚われて、正常な判断を完全に奪われ、ただ絶望して死を受け入れていた。

 ――いつの間にか、ボスの名称である“The Hollow Avater(空っぽの仮想体)”の文字列は、最凶の存在を表す“Nyarlathotep the Crawling Chaos(這い寄る混沌)”へと書き換えられていた。 
 

 
後書き
さて、きっとこのような展開はさすがの皆様でも予想しなかったのではないでしょうか。

解説を加えますと、Nyarlathotepとは、アメリカの小説家ラヴクラフトらが作成した人工神話体系「クトゥルフ」に出てくる架空の神性です。ラヴクラフトらの小説では、Nyarlathotepなどの神性に出会ってしまった人々は、その「宇宙的恐怖」にあてられたためか、狂人として描かれています。
このクトゥルフ神話をもとに作成されたTRPG「クトゥルフの呼び声」はTRPGの中では非常に有名です。このゲームのなかで、探検者たちはクトゥルフ神話に関するものを見たり聞いたりした際、その宇宙的恐怖にあてられて正気度SANを失います。このSANの減少値を決めるのが有名な「SANチェック」です。SANチェックによって減少した正気度が多いと、探索者は「一時的狂気(パニック)」あるいは「不定の狂気(精神異常)」に陥ります。

とまあ、いろいろ書きましたが、要するにNyarlathotepとは、見た者が圧倒的な恐怖で理性を失うような存在です。次話では、マルバくんたちが正気を失っている様が描写されます。


それでは裏設定いきます。
アインクラッドでのボスは、適正レベル帯のプレイヤーたちが戦って50%以上の確率で勝利できるように制限がかけられています。茅場を失って暴走したインフィニティ・モーメント編のカーディナルシステムもそれに従って100層のボスモンスターを作成しましたが、プレイヤーのレベルがあまりにも高くなりすぎたため、このまま戦闘を開始すると、ボスモンスターがたやすくプレイヤーに撃破されてしまうことが分かりました。
そこでカーディナルシステムが思いついたのが、外見を恐ろしくすることでプレイヤーの勝率を下げることでした。稼働中のMHCPの力を借りて、恐怖の感情を最もよく引き出すような外見のモンスターを作成したのです。こうして最恐のボスモンスターNyarlathotepが生まれました。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧