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音速伝説 エメラルド

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進化する闘鶏

「なんだ?お前」

突然声をかけてきた男に、エメラルドは眉を潜める。アサヒはこの男を知っているらしく、彼を指差した。

「あ!ほら、さっき言った人ですよ。この人がプロアスリートのレネさんです」
「こいつが?んで、そのプロ様が何の用だよ」

エメラルドの横柄とも言える態度におろおろするアサヒ。一方男ーーレネはドライアイスのような冷たい目で。

「がっかりですね」
「は?」
「一回戦の様子は録画したものも合わせてすべて見させて頂きました。それを見る限り、今回の優勝は私か今試合を終えた彼女、そして君だと思っていたのですがーー」
「おう」

 見る目あるじゃねーかと思いつつ頷いたのだが、その評価はすぐに取り消されることになる。
 
「どうやら決勝は私と彼女の一騎打ちのようです」
「・・・ほー。言うじゃねえか。根拠はあるのかよ?」

 てっきり怒るかと思ったアサヒだったが、この時エメラルドは意外にすんなり話を聞いた。
 
「君が彼女のことを、パワーと相性だけで押しきったと評したからですよ」
「・・・」
 
 黙るエメラルド。レネはため息をついて続けた。
 
「分かりませんか。彼女はあの飛び膝蹴りを・・・いえ、そもそも最初の攻撃からですね。闇雲に放っていたわけではありません。彼女は相手が防御力に秀でたハガネールと見たときから、攻撃する場所を一点に絞っていたのです。
 
そうして彼女らは少しずつ攻撃を積み重ね、最後に強烈な一撃で止めをさした。彼女のなかでは全て計算済みだったことでしょう」
 
 レネが説明を終える。エメラルドは目を伏せて話を聞いていた。
 
「それを見抜けなかった君は恐らく同じ場面にたったら闇雲に攻撃し負けていたーーこれが君が優勝できないと判断した理由です。何か反論がありますか?」
「・・・あるに決まってんだろ」
「聞きましょう」
 
 エメラルドが顔をあげる。そしてレネを指差して宣言した。
 
「お前、アスリートなんだろ!だったら口先でごちゃごちゃ言ってねえで俺と、バトルだ!」
「・・・なるほど、そうきましたか」

言葉とは裏腹に、全く驚いていないようすのレネ。むしろ予想通りと言いたげですらあった。
 
「ではさっそく始めましょうか。ルールは一回戦のそれと同じで良いですね?」
 
 そして、非公式のサイクリングバトルが始まりーー
 
 
 
「やっとつきましたか」
「ちっ・・・」
 
 決着はあっけなくレネの勝ちで終わった。短距離走であることも影響していたが、走りの技術力も技の使い方も圧倒的だった。涼しい顔をしてゴール地点にいるレネに対し、ようやく追い付くエメラルド。

「これでわかりましたか。君のバトルはただの力ずくです。サイクリングバトルでは、通用しません。では、失礼します」
 
 言いたいことを言って、レネは走り去る。一人残されるエメラルド。
 だがその表情は、屈辱にも絶望にも染まっていなかった。

 午後からの第二回戦も平然と勝ち抜き、彼は準決勝へと望むーー
 
 
 
「なんだあ、こりゃ?」
 
 翌日、サイクリングロードにやって来たエメラルド達が見たのは、昨日のちゃちなモニターとはうってかわった高画質の巨大テレビと、それを見る沢山の人々だった。どうやら今日からは客を集めているらしい。
 
「おっと・・・さあ、これで選手も全員揃いました!それではさっそく抽選の時間です!・・・はい、決まりました!一回戦は『痺れる針山地獄』レネ選手と!『音速伝説』エメラルド選手です!ルールは10km, 使用できるポケモンは2体まで!さあ、盛り上げてくださいよー!」
 
 対戦相手があのレネと聞いて、エメラルドは笑みを浮かべる。アサヒは逆に不安そうだ。

「あの・・・彼に勝つための作戦が思い付いたんですか」
「いや?俺は俺らしくやるだけさ」
 
 自信満々のエメラルドを見て、これは自分一人で不安がっていても仕方ないなと思うアサヒ。せめて笑顔で送り出すことにする。
 
「わかりました・・・じゃあ、頑張ってください!」
「おう、行ってくる」 
 
 そうしてエメラルドはスタートラインに向かう。そこには既にレネがいた。

「逃げずに来ましたか。感心ですね」
「はっ、俺様を誰だと思ってやがる?」
「私のなかでは『元』優勝候補ですね」
「相変わらずいけすかない野郎だな」
「昨日から何か変わったのか何も変わっていないのか・・・見せてもらいますよ」
 
「はいはーい、おしゃべりはそこまでよ!」
 
 すると、実況の声が聞こえてきた。二人は自転車に跨がり、スタートの態勢をとる。
 
「それじゃあ3・2・1・・・」
 
 
「「サイクリングバトル、アクセル・オン!!」」
 
 
 二人が自転車を漕ぎ出し、ポケモンを繰り出す。
 
「出てこい、ジュカイン!」
「出番です、サンダース」
 
 お互いいきなり技は繰り出さない。先を行ったのはやはりレネだ。第一コーナーを角を垂直ギリギリで曲がり、更にリードを広げようとする。
 
「っと・・・へへ、真似してみりゃ軽いもんだな!」
 
 だが、エメラルドもそう簡単には引き剥がされなかった。エメラルドはレネの後ろにぴったりつき、その自転車さばきを真似るーーそうすることで、自転車のテクニックに関する差を縮めようという魂胆だ。尤も、誰にでも真似できる芸当ではないが。
 
「なるほど、ですがそんな付け焼き刃のテクニックでは追い付くことは出来ても一生追い抜けませんよ」
「わかってら!」
 
 そう、彼の走りを真似ているだけでは決して彼の前に出ることは出来ない。ここから先を決めるのは、やはりーーポケモンの技だ。
 
「ジュカイン、リーフブレード!」
「サンダース、電磁波」

レネの後ろから斬り込もうとするジュカイン
対し、サンダースが電磁波を放ちその体を痺れさせて止める。草タイプには電気タイプの技は通じにくいとはいえ、状態異常は別だ。

「ちっ・・・」
「それで終わりですか?サンダース、ミサイル針!」
「さっそく使ってきやがったか!」
 
 サンダースの体毛が一斉に逆立ち、強力な電磁波を帯びた針が水平な雨の如く撃たれる。それはジュカインだけでなくエメラルドの体さえもチクリとさし、僅かに痺れさせて減速させた。
 
「もう一度です、サンダース」
「リーフブレードで受け止めろ!」
 
 エメラルドはジュカインの刃で防ごうとするが、降り注ぐ雨を刀で受け止められる道理はない。再び体が痺れ、更に自転車の速度が落ちる。
 
「やはり、一日での成長は無理ですか・・・」
「そいつはどうかな!ジュカイン、ぶっぱなせ!」
「!」
 
 しかしエメラルドもただでは起きなかった。リーフブレードで受けることを試みる間にもソーラービームをチャージさせ、溜めた太陽熱を一気に放つ。それはサンダースの体を直撃したかに見えたがーー

「フッ・・・」
「なにぃ!」
 
 その体を、ソーラービームがすり抜けた。
 
「残念ですが、『高速移動』を使わせてもらいました。・・・そんな単純な攻撃が通用すると思いましたか?」
「言ってろ!」
 
 エメラルドは、なおも急いで自転車を漕ぎ、遅れを取り戻す。幸いにしてレベル制限のお陰で痺れはそう長くは続かない。とはいえ。
 
「サンダース、ミサイル針」
「タネマシンガンだ!」
 
 無数の針に対して、こちらも今度は小さな種子の弾丸で応戦する。だがそれでもなお、ミサイル針はそれを踏み越えてくる。
 
「へっ・・・」
「?」
「どうやら見えて来たぜ、お前の弱点がな」「ほう」
 
 レネは特に動揺しなかった、それはそうだろう。今だ彼は堅実にリードを守り続けているのだから。 
 
「お前の技は確かに隙がなくて走りもすげえけどよーーちょっとばかり威力が足らねえな!!ジュカイン、ソーラービーム!」
「今度は私を直接狙ってきますか・・・なら、十万ボルト!」
 
 サンダースの電撃と、ジュカインの太陽光がぶつかり合う。打ち勝ったのはーーエメラルドだ。太陽の光に一瞬目がくらみ、スピードを落とすレネ。
 
 そしてその隙に、エメラルドが彼の横に並びーー
 
「おらあああ!どきやがれ!」
「なっ・・・!」
 
 レネの車体ギリギリ。壁にぶつかるギリギリを通り抜けてついにレネの前に出る。走る間に彼の技術を盗み、彼の垂直に曲がるようなコーナーリングをしたのだ。
 
(とはいえ、私にはまだ劣る・・・それでもあの子が私を抜けたのはーー)
 
「教えてやるよ、プロ様。バトルってのはなあ、こいつは絶対に自分の道退かないバカだってビビらせたほうが勝つんだぜ!」
 
 そう、あのときレネが少しでも自分の道を譲らなければ二人の車体は衝突し事故を起こしていただろう。エメラルドはただの無謀ではなくそのリスクを承知で突っ込んできた。
 
 それは、レネの好むサイクリングバトルとは逆の形。昔の暴走族のチキンレースのようだったが。
 
「・・・面白いですね」
「へっ、ようやくそのいけすかない仮面を取りやがったか」
 
 エメラルドの走りは、そういった野蛮なモノとはどこか別のように思える。見てて笑みがこぼれてくるものなのだ。だからレネは自然に微笑むことができた。
 
「では私も、本気で行きましょうーー戻れサンダース、そして出番ですスピアー!」
 
 羽の音を馴らして黄木な蜂そのものの姿をしたポケモン、スピアーが現れる。鋭い二つの針がキラリと光っていた。

「さすがにジュカインじゃ相性が悪いな・・・戻れジュカイン、そして出てこいワカシャモ!」
「おや、メタングでなくてよいのですか?」
「ああ、これでいい!」
 
 どうせ周到な相手の事だ。一回戦で出しているメタングに対してなにも出来ないようなポケモンを出してくるとは思えない。それよりここはーーワカシャモの可能性に賭ける。

「いくぜワカシャモ、大文字だ!」
「スピアー、ダブルニードル」

ワカシャモが大きな火の輪を放つと、スピアーはその輪を潜らせるように針を撃ってきた。二本の針が僅かに燃えながらエメラルドとワカシャモを刺す!

「いってえ・・・!!」
 
 鋭い痛みは、ミサイル針の痺れとは比べ物にならないほどだった。気の弱い者なら自転車から転げ落ちてしまうだろう。
 
 そしてその間にレネは大文字をかわし、エメラルドを抜いて前に出る。エメラルド、猛追ーー

「さすがに大文字じゃ当てれねえか・・・なら、火炎放射だ!」
「スピアー、毒づき!」
 
 ワカシャモの炎の柱に、なんとスピアーは鋭い針を槍のようにして突っ込んできた。虫ポケモンが炎タイプの技に飛び込むなど、まさに飛んで火にいる夏の虫だーーだが相手はそれだけで終わらない確信がエメラルドにはあった。
 
「ワカシャモ、二度蹴りで受け止めろ!」
 
 スピアーは炎を貫き、ワカシャモを突き刺そうとする。それを蹴りを見舞いながらなんとかかわすワカシャモ。
 
「やりますね、ですがダブルニードルは受けきれないでしょうーー攻撃です!」
「いいや、防げるさ。あんたのお陰でいい経験が出来たからな」
 
 その時、ワカシャモの体が光輝いた。これは・・・
 
「ここで進化・・・まさか君は!?」
「そう・・・昨日あんたにバトルを仕掛けたのはなにも勝つためだけじゃねえ!ここ一番でワカシャモの経験値を貯めて進化を狙ってたのさ!
 
 そして更なる進化を遂げろ、メガシンカの力で炎を巻き上げ天へと登れ!」
「メガシンカまでも・・・」
「いけ!ダブルニードルを焼き尽くせ!ブレイズキックだ!」
 
 メガバシャーモが、炎を纏った蹴りで二つの針をまとめて蹴り飛ばす!そしてそのままの勢いでスピアーに向かった。
 
「スピアー、守る!」
 
 スピアーが腕の針をクロスさせて守るが、それでもメガバシャーモの蹴りの前に吹き飛ばされ、レネにぶつかった。またエメラルドが追い抜く。

「・・・まさかここまでやるとは思いませんでしたよ」
「どうだ?俺様に塩を送ったことを後悔したか?」
「まだ勝負はついていませんよ。スピアー!メガシンカです!」
「何!?お前もメガストーンを持ってたのか!」
「めったに使わないのですがね。いでよ、全ての無駄を削ぎ落とした究極至高のメガシンカ!」

光をまとい、現れたのはよりその体を細く鋭くしたメガスピアーだった。
 
 
「スピアー、ダブルニードル!」
「ブレイズキックだ、バシャーモ!」
 
 そこから先は、お互いにとってとられての繰り返しだった。そして、最後のコーナーリングにさしかかる。
 
(ここを先に曲がりきれば、それで勝ち)
(勝負を制するのはーー)
 
「俺だ!」
「私だ!」
 
 二人はやはり、壁に、お互いにぶつかるギリギリで曲がりきろうとする。ここは、完全なトレーナーどうしの意地の勝負。自分の道を譲らなければ勝ちだ。
 
 観客の誰もが、お互いにぶつかり合って事故を起こすのではないかと思い、しかし目を背けなかったその角を先に曲がりきったのはーー
 
 
「うおおおお!!」
「くっ・・・!!」
 
 
どんなときでも自分の信じる攻撃スタイルを貫く。エメラルドだったーー。
 
 
 
 バトルを終えたレネは、エメラルドに歩み寄る。そして、素直に手を差し出した。エメラルドも、それに応える。
 
「おめでとう、まさか負けるとは思いませんでしたよ」
「けっ、よく言うぜ」
「おや、なにか思うところでも?」
「俺様をバカにすんなっての。別に優勝候補から外れたってだけならお前はほっといてここで俺に勝ちゃよかったんだーーあんな風に声かけて来た時点で、俺を強くするつもりだったんだろ。自分に勝てるかはさておいてな」
「おや、ばれていましたか。・・・では決勝戦、必ず勝ってくださいね。・・・悪の組織に荷担する彼女に優勝されてはサイクリングバトルの今後に響きます」
「それが目的かよ。・・・ま、俺様に任せとけって」
 
 そう言って、エメラルドは走り去る。さあ、次はいよいよ決勝戦だ。
 
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