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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百八十九話 信頼と忠誠

帝国暦 487年 12月29日  フェザーン アドリアン・ルビンスキー



「同盟からの返事は芳しからぬ物のようですが?」
ルパートが何処か面白がるような口調で問いかけてきた。困った奴だ、もう少し内心を抑えることが出来れば楽しめるのに。それではあからさま過ぎていささか興醒めだ。

「そうだな、同盟が艦隊を派遣したのはあくまで同盟の安全保障のためだそうだ。今現在同盟には帝国と事を構えるだけの余裕は無いと……。私にも反帝国活動を止めてはどうかと言ってきた」

自分で言っていて思わず苦笑が出た。トリューニヒトはいかにも誠実そうな表情で俺を心配するような声を出した。そして反帝国活動を止めろと。流石に同盟でトップに立つだけの事はある。少なくともルパートよりは楽しませてくれる。

「なるほど、同盟は帝国との間に和平の道を探ると言う事ですか。笑止な事ですな、いっそ連中に教えては如何です。ヴァレンシュタインは同盟との共存など考えていないと」
ルパートがトリューニヒトを嘲笑った。

「無駄だろう。確たる証拠が無い以上、私が同盟と帝国を噛合わせようとしているとしか思うまい」
「ではどうなさいます?」
「さて、どうしたものかな?」

執務室に沈黙が落ちた……。ルパートが耐え切れなくなったように口を開く。
「身を隠しますか」
「……」
まだ若いな……。

ルパートを黙って見据えた。俺に見詰められルパートは居心地が悪そうにしている。ルパート、お前には三つの物が足りない。一つは耐えると言う事だ。そして耐える事を憶えるには時間と経験が要る。

お前にはその三つが足りない。お前が俺を超えるには少なくともあと十五年はかかるだろう。それが分かれば長生きできるだろうが、お前には分かるまい。残念な事だな、お前にとっても、俺にとっても。

さて、どうしたものか……。同盟は必死で帝国との関係改善を考えているようだ。しかし、帝国にフェザーン回廊を自由に使われる事は不安だろう。その思いが三個艦隊の派遣に繋がっている。

となれば、今ここで逃げ出すのは下策だな。出来るだけ引き伸ばして帝国軍をフェザーンへ侵攻させるべきだ。その方が帝国と同盟の関係を緊張させる事が出来るだろう。賭け金は俺の首、なかなか楽しませてもらえそうだ。ルパート、お前もこのゲームに参加するといい。

問題はその後だ。逃げ出した後、何処に自分の基盤を置くか……。地球教か? しかしフェザーンを失った地球教は自らが動かざるを得ないだろう。となればいずれはその正体が表に出る。

地球教の強味はその存在が知られていない事が大きい。その正体が知られれば強みは消える。適当な所で縁を切るべきだろう。そして利用させてもらう。とりあえずはそこまでだな。その先は不確定要素が多すぎる。ゆっくりと考えるべきだろう。

陰謀、謀略も洗練されれば芸術足りうる。どうやら帝国には俺を超える男が居るようだ。しかも銀河を統一し宇宙を平和にしようなどと考えている。冗談ではない、混乱してこそ謀略も陰謀も輝くのだ。俺の存在を無にするような平和など俺には必要ない。徹底的に抗ってやる。



帝国暦 487年 12月30日  オーディン 軍務省 軍務尚書室  クラウス・フォン・リヒテンラーデ


「もう直ぐ今年も終わるの」
「そうですな、早いものです」
「随分と事の多い一年だったような気がしますな」

エーレンベルク、シュタインホフが感慨深げに一年を振り返った。確かに事が多かったの、その割りに一年が早く過ぎた。エーレンベルク、シュタインホフの言う通りじゃ。

「昨年の今頃ですな、第三次ティアマト会戦から遠征軍が戻ってきたのは」
「そうか、あれは去年の事だったか、もっと前に起きた事のような気がしたが……」

「卿らがそう思うのも無理は無い。春には第七次イゼルローン要塞攻防戦で大敗を喫した。そして夏にはシャンタウ星域の会戦で大勝利を、秋には勅令が発布され冬には帝国を二分する内乱が起きたのじゃ。なんとも忙しい事よ……」

「来年はどうなりますかな」
「忙しくなるのではないかな、軍務尚書。三年でフェザーン経由で反乱軍に攻め込むと言ったのだからな」

「シュタインホフ元帥の言う通りよ、人使いの荒い小僧じゃからの、楽が出来るとは思わぬ事じゃ」
皆、顔を見合わせ苦笑した。忙しくはあるがやりがいがあるのも事実じゃ、辛いと思う事は無い。

「それで、例のフロトーと言う男、何か吐いたか。噂では何も喋らず耐えていると言う話じゃが」
「フロトー大佐は全て吐きました」

全て吐いた? となると噂は憲兵隊が故意に流したか……。
「それで、どうなのじゃ軍務尚書」

「フロトー達はカストロプを離れた後、直ぐに内務省の社会秩序維持局と接触したそうです」
「……」

カストロプ? まさかとは思うが十年前の一件、その者達の仕業と言う事は有るまいの。

「フロトー達はカストロプ公の命令で疑獄事件の揉み消し工作、あるいは犯罪行為を行なっていました。内務省にはその犯罪の記録が有った。警察組織を握っているのです、当然と言えます。社会秩序維持局は自分達に従わなければ記録を公表すると言って脅したそうです」
「……」

「それ以後彼らは内務省の裏の仕事を行なうようになりました」
「待て、社会秩序維持局では無いのか?」
「仕事は必ずしも社会秩序維持局の物ではなかったそうです。フロトー達は社会秩序維持局ではなく内務省の財産になったのでしょう」

エーレンベルクが嫌悪も露わに話す。軍人でありながら犯罪に身を染めたばかりに身動きが取れず、奈落に堕ち内務省の意のままに汚れ仕事を行なう、エーレンベルクにとっては腹立たしい思いがあるのじゃろう……。

「誘拐事件はラング社会秩序維持局局長の命で行なわれました。フロトーの話では予め宮内省、近衛兵との間で誘拐事件への協力体制が出来ていたそうです。フロトー達は何の心配も無く誘拐を実行した……」

「……」
「明日早朝、内務省の局長以上の職に有る者を一斉に逮捕します、内務尚書もです」
エーレンベルクがシュタインホフが目で答えを促してきた。

「良かろう。手抜かりの無いようにの」
「はっ」
どうやら一年の最後の日まで忙しくなるか、これでは新年も忙しくなるのは確実じゃの。

「ところで、フロトー大佐は内務省とローエングラム伯の繋がりについて何か知っておったか?」
「いえ、それについては何も」
「……」
所詮はただの道具か、役に立たぬの。

「ところで、リヒテンラーデ侯はカストロプ公が十年前、ヴァレンシュタインの両親を殺した事をご存知でしたか?」
エーレンベルクがこちらを窺うように訊いて来た。やはり犯人はフロトーだったか、因縁じゃの……。

「……知っておる」
「では、ヴァレンシュタインは」
「あれも知っておるよ、エーレンベルク元帥」

部屋に沈黙が落ちた。
「侯がお教えになったのですかな?」
「いや、既に知っておった。ある人物から真相を聞かされたと言っておったがの。誰に聞いたかは想像が付く」

「ヴァレンシュタインが皇帝の闇の左手と言う事は有りませんか?」
シュタインホフが恐る恐ると言った口調で問いかけてきた。なるほど、これが訊きたかったのか。エーレンベルクもシュタインホフも半信半疑と言った所じゃの……。

「私も一時は疑った事もある。だが違うの、皇帝の闇の左手は陰で動くものたちじゃ、目立つ事は好まぬ。おそらくはあれに教えた者が闇の左手だったのではないかと思っておる」

「それは一体……」
「卿らは知らずとも良い。私も確証があるわけではないからの」
「……」

おそらくはあの老人じゃろうが、当人が死んだ今となっては全てが闇の中じゃ。無理に掘り返す事もあるまい。そのような事をしても何の役にも立たぬ……。



帝国暦 487年 12月31日  レンテンベルク要塞 ジークフリード・キルヒアイス


『ジーク、御免なさいね、貴方も忙しいでしょうに』
「いえ、そんな事はありません。それより何か有ったのですか」
スクリーンに映るアンネローゼ様の表情は思い悩むかのように曇っている。少しやつれている様にも見える。一体何が有ったのか。

仕事を終えレンテンベルク要塞にある自室に戻るとアンネローゼ様からメッセージが届いていた、連絡が欲しいと。アンネローゼ様から連絡を望むなどこれまで無かった事だ、一体何が有ったのか。

『今日、内務省に憲兵隊の一斉捜査が入ったわ』
「!」
『先日あったエリザベート様、サビーネ様の誘拐に内務省が関係していたらしいの』

憲兵隊が内務省を一斉捜査……。誘拐事件の捜査、それだけだろうか。いや、それよりも何故アンネローゼ様は私にそれを伝えようとするのか……。

「そうですか、帝都も物騒ですね。アンネローゼ様も気をつけてください」
『有難うジーク、私は大丈夫よ。それよりラインハルトの事だけれど……』
「ラインハルト様が何か」

アンネローゼ様が視線を伏せた。どういうことだろう、ラインハルト様に何か有ったのだろうか?
『二週間ほど前からオーディンである噂が流れているの』
二週間前、私達がオーディンを発った後か……。

「噂、ですか」
アンネローゼ様は頷くと話を続けた。
『先日起きたヴァレンシュタイン元帥襲撃事件だけれど、軍の一部に加担するものが居る、そんな噂よ』
「!」

『皆が言っているわ、ヴァレンシュタイン元帥を邪魔に思っているのはラインハルトだと、ラインハルトがヴァレンシュタイン元帥を暗殺しようとしたのではないかと……』

「……」
『今回の憲兵隊の狙いも本当はラインハルトではないのかしら、弟は誘拐事件にも関与しているとしたら……』

アンネローゼ様の顔面は蒼白だ。この噂で酷く怯えている。
「そんな事は有りません、ラインハルト様がそんなことをするなどありえないことです」

『でも』
「?」
『リヒテンラーデ侯がラインハルトを疑っているみたいなの』
「!」

リヒテンラーデ侯……、と言う事は噂は故意に流れた? いやそれよりもこの件はヴァレンシュタイン元帥も知っているのだろうか? それともリヒテンラーデ侯の独断? 狙いはラインハルト様の排除……。

『ジーク、本当にラインハルトは大丈夫かしら。私、心配で……』
「大丈夫です。ラインハルト様がそんな事をするはずがありません。信じてください。それよりこの事をラインハルト様に話しましたか?」

『いいえ、話していないわ』
「そうですか、ラインハルト様は辺境星域の平定でお忙しいはずです。このような噂でお心を騒がせる事は有りません。アンネローゼ様も余り気にしないでください」

アンネローゼ様が私を見ている。縋るような視線だ、胸が痛む。
『信じていいのかしら』
「もちろんです」
そう、ラインハルト様があの事件に関与している事は有り得ない。アンネローゼ様の顔にようやく安心したような表情が浮かんだ。

『ジーク、弟の事を御願いね。あの子が道を踏み外す事が無いように見守ってやって欲しいの。もしそんな兆しが見えたら叱ってやって。ラインハルトは貴方の忠告なら受け入れるはずだわ』

「私に出来る事なら何でもいたします、アンネローゼ様。ラインハルト様に対する私の忠誠心を信じてください」
『有難うジーク。ごめんなさいね、無理な御願いばかり。でも貴方以外に頼れる人は私にも弟にもいないの。許してくださいね……』

「……」
そんな事は有りません。私はお二人に頼って欲しいのです。思わずそう言いそうになった。だが言えばアンネローゼ様はきっとお辛そうな表情をされるだろう。それは私の望む事ではない……。

噂が流れた時期、リヒテンラーデ侯の動き、そして憲兵隊が内務省を一斉捜査……、それぞれは独立した動きではない、連動して動いている。確実に相手はこちらに迫っている。

多分ヴァレンシュタイン元帥はあの事件の真相に気付いた。そしてラインハルト様への遠慮を捨てたという事だろうか? それともリヒテンラーデ侯が独自に動いている? どちらにしろこのままではラインハルト様が危ない。

ラインハルト様は事件とは何の関係も無い。いやあの事件には私達の誰も関与していない。全ては未発のままで終わった。証拠は何も無いはずだ。内務省の人間が私やオーベルシュタイン准将の関与を証言するかも知れないが、現実に何の動きも無かった。言いがかりだと撥ね退ければいい。

多少の疑いがラインハルト様にかかるかもしれないがラインハルト様は無関係なのだ。私のところで食い止める事は可能だ。いや食い止めるのだ。そのためにはやはりヴァレンシュタイン元帥が邪魔だ。

元帥がいれば、軍の指揮官は元帥とメルカッツ提督で十分だと皆が考えるだろう。しかし元帥がいなければ後任はメルカッツ提督かラインハルト様のどちらかから選ばれる。メルカッツ提督は先日のフレイア星系の制圧でもシュターデン大将の艦隊を見逃す等、失態を犯したばかりだ。

今の時点でメルカッツ提督とラインハルト様のどちらが司令長官に相応しいか。皆悩むだろう。たとえメルカッツ提督が司令長官になってもラインハルト様を排除できるだろうか。

躊躇するだろう。万一のために温存するのではないだろうか? いざという時はアンネローゼ様にもお力を借りる事になるかもしれない。しかしラインハルト様が罪を免れる可能性はかなり高いはずだ。

ヴァレンシュタイン元帥さえいなければラインハルト様がこの帝国に恐れる相手はいない。一時的に不利な状況になっても十分に挽回は可能だ。躊躇わずにやるべきだろう。ラインハルト様を守るために……。



 
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