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音速伝説 エメラルド

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緑色の烈風

「やめろ……なんで僕達がこんな目に……」

ここはホウエン地方のサイクリングロード。自転車に乗るものだけが通れる場所。そのキンセツシティ側で一人の少年とキルリアが6人の暴走族達に絡まれていた。瀕死になったキルリアが、暴走族の一人に頭を踏まれている。

「だ~からポケモンバトルで負けたんだからさっさと有り金全部よこせつってんだろ?でねえとてめえの大事なキルリアちゃんがどうなっても知らねえぜ…」
「い、一対五で無理やり仕掛けておいて卑怯だぞ……!」
「うるせえ!負けるほうが悪いんだよ。やれ、怒我愛棲!スモッグだ!」
「ドッー!」

 暴走族の男は手持ちのドガースに毒ガスを撒かせる。まともに浴びたキルリアの表情から血の気が失せていく。

「や、やめてくれ!わかった、お金なら全部払うから……」
「へっ……最初からそうしてりゃいいんだよ」

 少年は泣く泣くお金の入った財布を出す。中身を出そうとすると、暴走族の一人が近づいてきて財布ごと奪い取った。

「ちっ、こんなもんかよ。これじゃまだまだ足りねえな……おい、その自転車ももらおうか!襤褸だが、少しは金になるだろうからよ!」
「そ、そんな……!お願いします、これだけは勘弁してください!」

 少年にとってこの自転車は両親が必死に働いたお金で買ってくれたぼろぼろの宝物だ。必死に頭を下げるが、暴走族は舌打ちする。

「そうかよ、じゃあてめえのキルリアはどうなってもいいってことだな!息が出来なくなって死ぬのは苦しいだろうに、薄情なトレーナーを持ったこと後悔しなぁ!」
「やめてくれぇぇぇぇ!!」

 だが暴走族は平然とドガースにより強く毒ガスを吐き出させる。紫色の気体がキルリアの体をうずまき、その白い肢体を汚く染め上げていく。悲痛な声をあげることしか出来ない少年。

(自転車を取られたなんて父さんと母さんが知ったらどれだけ悲しむか……でも、このままじゃキルリアが!)

 彼が自転車を諦めかけたその時。キルリアの周りの紫色の気体が吹き飛び、その体が宙に浮く。そしてそのまま高速で動き、少年の元へと突っ込んだ。慌てて受け止める少年。

「え……」
「なんだぁ!?まだ念力を使う余裕がありやがったのか!?」

 そうだ、今の体を見えない糸で無理やり動かすようなそれは念力によるものに違いない。だが少年のキルリアは明らかに瀕死の状態だ。毒ガスから解放されてなお、荒く息をついている。

 では誰が……?暴走族と少年が周りを見回した時、彼らは見た。

 真っ赤な髪に緑色の目をした少年がマッハ自転車に乗って猛スピードでこちらに走ってくるのを。その傍らには鉄爪ポケモンのメタングがいる。

 まるでヒーローのように颯爽と現れた彼は、少年と暴走族に向かってこう言い放った。


「てめえら邪魔だ!出口でぼさっと突っ立ってねえでさっさとそこからどきやがれ!!」


 彼の瞳は少年のことなど全く見ていない。むしろ出口を塞ぐ暴走族達に対して好戦的ですらある笑みを浮かべている。

「え……ええええっ!?」
「このクソガキ……調子こいてんじゃねえぞ!やれ、てめえら!」

 その態度を舐められたと感じた暴走族の一人、恐らくはボス格が命じると、他の五人が全員ドガースを出す。キルリアはこの5人に同時に襲い掛かられて負けたのだ。

「危ないです!いったん止まって……」

 被害者の少年は止めようとするが、緑眼の彼は全くスピードを落とさなかった。全力疾走のままモンスターボールを手に持ち、僕を呼び出す。彼の乗る自転車にはめられたメガストーンが光り輝いた。

「出てこい、メガシンカの力で大河を巻き上げ大地を抉れ!波乗りだ!」

 出てきたラグラージは早速作り出した大波に乗り、道の端を走る緑眼の少年に並走する。サイクリングロードの道幅ほぼ全てを飲み込む怒涛に、暴走族達、被害者の少年が慌てふためく。

「な、なんだこりゃあああああああ!!」
「ま、巻き込まれる……わわっ!!!?」

 すると被害者の少年とキルリアの体が念力で無理やり動かされ、波乗りのわずかな死角――すなわち緑眼の少年の後ろまで強制的に移動させられる。襟を引っ掴まれたような優しさのかけらもない移動には少し文句も言いたくなったが、巻き込まないつもりはあるのだろう。

「邪魔するんなら……くたばりやがれええええええええ!!」

 問答無用で怒涛は暴走族とドガースを飲み込みながら、緑眼の少年は一切スピードを落とすことなくサイクリングロードを駆け抜けた――




「ふぅん……そりゃ災難だったな」
「何も知らずにあんな無茶なことしたんですね……」

 サイクリングロードを出て、キンセツシティのポケモンセンターで被害者の少年からどういう状況だったのか聞いた彼は、どうでもよさそうに頷いた。曰くあのような行動をした理由は、本気で道を塞ぐ彼らが邪魔だったからだけらしい。自分を助けたのはそのついでとのことだった。その破天荒さに少年は呆れる。

「……でも、ありがとうございました。僕のキルリアと自転車を助けてくれて」
「別についでだ。しかしみみっちい奴らだよなあ。こんな自転車、買い手を探す方が手間取りそうだってのによ」
「ははは……」

 被害者の少年の自転車を顎で示してそう言う彼には、何の悪意もない。怒る気にもならなかった。

「そういえばあなた……名前は?僕はアサヒと言います」
「俺の名前はエメラルドだ。よく覚えときな」

 エメラルドと名乗った彼は自慢げに言った。被害者の少年、アサヒは彼のポケモンについて聞く。

「それにしても凄かったですねあなたのポケモン……メタングとラグラージでしたっけ。僕、メガシンカを直接見たのは初めてです」
「当然だろ、俺様に仕えるポケモンたちだぜ?」

 エメラルドという少年は、とても傍若無人で尊大不遜のようだった。エメラルドは13歳で140㎝ほど、アサヒは15歳で背丈も彼より高いのだが、そんなことは気に止めた様子もない。

「あの……今まで見たことなかったと思うんですけど、サイクリングロードに来るのは初めてでしたか?」

 アサヒはよくサイクリングロードを走っていて、そこを走る人間やポケモンのことを観察していたりもするのだが、彼を見たことはなかった。

「ああ。思いっきり飛ばせる場所だって聞いたから何分で走り抜けられるか挑戦してみたんだが、あいつらが邪魔してやがるからさ。ったく、俺様の道塞いでんじゃねーっつの」
「何分って……普通どんなに急いでも三時間はかかりますよ!?」
「まあ、思ったより時間はかかったな。……95分くらいか?」
「もしかして……カイナシティからずっと全力疾走で?」

 おう、と頷くエメラルド。彼は確かに汗こそかいているが、消耗しきっているようには見えなかった。慣れていない道を走るのなら普通神経も使うだろうに無茶苦茶な体力と根性してるな、とアサヒは思った。思って――ふとあることを思いつく。

「そうだ、エメラルドさん。明日からこのサイクリングロードで大会があるんですけど、良かったら出てみませんか?エメラルドさんなら、きっと結果が残せると思うんです」

 アサヒはバッグから一枚のチラシを取り出す。それを見たエメラルドはあまり興味なさそうに読み上げた。

「……サイクリングバトル?」
「ええ、最近このサイクリングロードで始まった新しいバトルのスタイルです。僕は怖いんでやったことないんですけど、見ているととってもドキドキハラハラして……なんて言うんでしょう。新しいポケモンバトルの可能性を感じるんです」
「へえ……つっても旅もあるしなあ」

 目を輝かせながら言うアサヒに対してやはりあまり気乗りしない様子のエメラルドだったが、チラシを眺める緑色の瞳がある一点で止まる。そこには、優勝賞品について書かれていた。

「メガストーンか」
「そうなんです!メガシンカを使えるエメラルドさんなら興味あるかなと思って……出てみませんか?」

 エメラルドは考える。今この地方では、メガストーンを集めるティヴィル団という連中が暗躍している。彼らがこの大会に目をつける可能性を考えれば、出る価値はあるだろう。

「よし、わかった!俺様が優勝をかっさらってやるぜ!!」
「ほんとですか!?」
「おう、参加費は……なんだ、たったの5万円ぽっちか。これならパパに頼むまでもなく楽勝だぜ」
「そう言うと思いましたよ」

 彼がかなりのお金持ちなのはこれまでの言動で察しがついていたため苦笑するアサヒ。なんというか、本当に自分とは違う世界に生きている人だとアサヒは思う。

「それじゃ、さっそく登録をしましょう!確か、ポケモンセンターでも出来たはずですから」
「そうだな、ちゃちゃっと済ませちまうか」
「ええ!そのあとでサイクリングバトルについて詳しくお話ししますね!」

 ポケモンセンターの受付に向かい、カードでお金を払って登録を済ませる。そのあと、エメラルドはアサヒからサイクリングバトルについての詳細を聞き始めた。





「――まったく、危ない子だ」

 緑眼の少年が怒涛の波乗りで暴走族を飲み込んだのを遠くで見ていたレネ・クラインは再び手持ちのサンダース日々のトレーニングに戻る。

 彼はアスリートだ。日々愛用のマッハ自転車を駆り、己とポケモンを鍛えている。そして今は、大会の直前だ。あの被害者の少年にはかわいそうだが、余計な手を出して傷を負うリスクは避けなければならなかった。

(サイクリングバトル。それはスピードの中で進化したポケモンバトル)

 明日の大会について、彼は走りながら考える。半年ほど前から行われるようになったそれは、もともとは暴走族のチキンレースのようなものだった。お互いにポケモンで自転車を走る相手を攻撃して、最後まで走り続けられた方が勝ち。

 勿論、これから行われる大会はそんな野蛮な火遊びとは違う。ポケモンの力にリミッターをつけ、走る人間に生命の危険がないようにすることで、心置きなく技を打ちあい、設けられたゴール地点まで自転車を走りながらバトル出来るようにされたそれは、スピーディーかつスリリング、そして健全なスポーツとしての地位を少しずつ確立させつつある。レネもそんなサイクリングバトルに魅了され、また見る人々を魅了する一人となっていた。

(バトルの勝敗を決める要素は二つ。一つは普通のバトルと同じく相手のポケモンを全て戦闘不能にすれば勝ち)

 これに関しては特別な説明は必要ないだろう。ただし、自転車を決して遅くないスピードで走りながらのバトルなので普通のポケモンバトルとは大いに勝手が異なるが。例えば、出場できるポケモンにもある程度制限がつくといえる。ナマケロやカラサリスのような遅い、動けないポケモンではバトルにならない。

(もう一つ。それは相手よりも早くゴール地点にたどり着くこと。この二つのうちどちらかを満たした方の勝ちとなる)

 ここがポイントだ。サイクリングバトルにおいては何も相手のポケモンを倒す必要はない。相手の攻撃を躱し、防ぎながら迅速にゴールを目指すこともまた戦略となる。

(逆もまた然り。相手の走行をいかに妨害するかも重要な点。……すなわちこれはポケモン同士だけではなく、トレーナーもバトルに参加しているようなものだ)

 そのため、前述の通りサイクリングバトルの際にはポケモンの能力にリミッターがつけられる。今回の場合はレベル5以上の力が出ないように調整されるらしい。とはいえそれでも攻撃を受け過ぎれば怪我もするし、自転車が壊れることもあり得る。全く危険がないというわけではないのだ。

(そして、サイクリングバトルとスポーツとして成立させるためのルール。トレーナーとその手持ちは、半径5メートル以上離れてはいけない)

 この制限がないと、いかにトレーナーの両者の距離が離れていてもポケモンが好き勝手に攻撃出来てしまい、何のためにレースの形式をとっているかわからない。バトルを成立させるために必要なルールだ。

(そしてもう一つ。主にエスパータイプの技を使う場合に言えることだが、ポケモンの技で直接人間や自転車を操ってはならない)

 これもまた同様、例えば念力で相手を浮かせてしまって自転車を動かせなくなってしまうとレースとしての意味がなくなってしまう。

(だが逆に言えば、それ以外の制限はない。そう――どんな技であれ、人間に使うことが出来る。このように)

「サンダース、電磁波」

 傍らを走るサンダースに電磁波を撃たせる。対象は――レネ自身だ。レネの足に電磁波が走り、一瞬ピリッとした痛みが走り、その端正な顔を歪める。

 だがそれは自らに痛みを課すトレーニングの類ではない。適度な電磁波がレネの筋肉を刺激し、より速いスピードでレネは自転車を駆る。

(このように、ポケモンの技を自分に使って速度を上げることも出来る。ポケモンの技で攻撃、防御、そしてトレーナーの補助……これらをいかに行っていくかが勝利の鍵を握る。だが――)

 そして何より、重要な点がある。

(一番重要なのは、トレーナーの走り。走る意思の弱いトレーナーにはいかなるチャンスも与えられない)

 いかにポケモンが強かろうと、どんなテクニックを有していようと、トレーナーにバトルをしながら走る技術、体力、精神力がなければこのバトルでは勝てない。

(そんな大会で、私は勝つ。そしてもっとこのバトルを世に広めてみせる)

 冷静な思考の中に熱い情熱を燃やし、レネは自転車をさらに速く漕ぐのだった。





「なるほどねぇ……ポケモンの力にセーブがかかるってのはネックだな」

 説明を聞き終えたエメラルドは、少し難しい顔をしていた。彼のバトルスタイルは先ほどのように、圧倒的な攻撃力とその攻撃範囲で押し切ることだ。だが技の威力に制限がかかる以上、それは難しいだろう

「ええ、ですけど……エメラルドさんなら、きっといいところまで行けると思いますよ」
「はっ、いいところつったら優勝しかねえよ。……んじゃちょっくら走ってくるか」
「もう行くんですか?」
「ああ、大会で走るとなりゃもうちょいルートを把握する必要があんだろ。――一緒に来るか?」
「はい、喜んで!」

 アサヒはこの短い間にすっかりエメラルドの畏敬の念のようなものを覚えていた。恩人であるということもあったし、傍若無人な中に人を惹き込むカリスマのようなものを感じるのだ。

 二人は大会のためにサイクリングロードへ再び向かう。一方そのころ、メガストーンを狙う組織の魔の手も忍び寄っていった――実に堂々と。

「ふふーん、ここがホウエンのサイクリングロードですか!シンオウのに比べてばなんと不格好なことでしょう!こんな暑苦しい場所で暑苦しいレースだなんてまったくホウエンの人間の考えはわかりませんね!パ……博士の命令なんでやりますけど!」

 そうサイクリングロードの中央で騒々しく走っているのは、ホウエンとは違う地方――シンオウの四天王の一人、ネビリムという少女だった。薄紫の長髪をストレートにしているけど少し前髪が動物の耳のようにぴょこんとはみ出ていて、スポーティーな半袖シャツに小豆色のロングパンツを履いている。ちなみに、愚痴を言っているかのような口ぶりだが自転車を漕ぐその姿は楽しそうだ。

「ぶっちゃけ大会とか出ずに直接奪えと言われるかもしれませんが、そうは問屋が下ろしません!大会に勝てば手に入るのなら、優勝して堂々と手に入れればいいのです!その方が我々ティヴィル団の存在が目立ちますしね!」

 悪の組織が目立つのはどうなのか、という意見はあるかもしれないが、彼女たちには彼女の理由があるのだった。その理由とは――

「――それが、四天王でありアイドルであり宇宙一強くて可愛くてお料理お裁縫もすごく上手い私の美学!こそ泥じみた行為なんて私には似合わないんですよ!」

 ……というわけだった。そんな風に一人で勝手に盛り上がる彼女を、サイクリングロードに戻ってきたエメラルドは白い目で見る。

「……誰だっけ、あのバカ女?」
「あれってもしかして……ネビリムさんじゃ?」

 そうアサヒとエメラルドが自転車を漕ぎながら話すと、自分の名前を呼ばれたことに気付いたのかネビリムは猛スピードでこちらに走ってきた。

「私の名前を呼びましたね!盗撮はNGですが、言ってくれればサインくらいしてあげますよ!」
「うわっ、こっち来やがった!」
「あわわ……その、ネビリムさんもこの大会に出るんですか?」

 有名人に話しかけられて慌てながらもアサヒが聞くと、ネビリムは胸を張って応える。

「その通りです!も、ということはあなたかそちらの失礼な男の子も参加するようですが、優勝は私が頂きますからね!そしてメガストーンは私の物です」
「はっ、あり得ねえな。優勝するのは俺様だって俺が大会に出るって決めた時点で決まってんだよ」
「……言いますね、その小さな背の割には大きなな台詞、言わなきゃ良かったと後悔させてあげます」
「てめえこそ、その小さい胸の割にはでかい口を叩いたこと悔いるんじゃねえぞ」
「ふふーん、それで挑発のつもりですか?クールな大人の女である私には痛くもかゆくもありませんね!」
「こんな公衆の面前で大口叩くクールな女がいるかっつの!」

 お互いににらみ合うエメラルドとネビリム。なんだか似た者同士だなあとアサヒは思った。

「おっと、それでは私はトレーニングに戻りますので。それでは二人ともお元気で!決勝で待ってますよ、これたらの話ですけどね!」
「おもしれえ。その台詞、そっくりそのままリボンでもつけて返してやるぜ!」

 そう言い残し、ネビリムは自転車を飛ばして向こうへ行ってしまった。恐らくはカイナシティに戻るのだろう。

「ったく……んじゃ俺たちも戻るぞ」
「そうですね……もうだいぶ時間もたってますし」

 気が付けば、街は夕暮れに染まり夜が訪れようとしていた。二人はキンセツシティに戻り、明日の大会に備えて早めに休むことにした。


 それぞれの思惑を胸に、大会の日を迎える――



翌日、サイクリングロードに向かってみると既に参加者たちはそろっていた。大半がアスリートもしくは暴走族といった感じで、エメラルドとネビリムがかなり浮いている。サイクリングロードの受付に、巨大な抽選の機械が置いてあった。

「それではこれから、大会の組み合わせを決める抽選を行います!」

 福引のような安っぽい音を立てて、抽選の機械が回り始める。

「んだよ。しけてんな。金それなりに取ってんだからもうちょい余興とかねえのかよ」
「まあまあ……」

 不満そうなエメラルドをアサヒが宥める。ボールが機械の中から二つ転がり落ちて。司会者がそのボールを二つ示す。

「第一試合は、エントリーナンバー15番、エメラルド・シュルテン!エントリーナンバー16番、ホンダ・カワサキ!この二人に決定されました!」

 どうやら早速試合のようだった。ついてない、とアサヒは思う。

「エメラルドさんはサイクリングバトル初めてですから、他の方の試合を見てからがよかったんですけどね……」
「関係ねえよ、それに試合なら昨日お前にDVDで見せてもらってる」

 自信満々に、不遜に言うエメラルド。その姿勢には一切の緊張がない。

 そして対戦相手の方は――いかにも暴走族してますという感じの、茶髪のモヒカンヘッドの男だった。というか、アサヒはその人物のことを知っている。

「あ、あいつは……!」
「なんだ、知ってんのか?」
「知ってんのか?じゃないですよ!昨日の暴走族のボスですよあいつ……!」

 きっ、と相手を睨むアサヒ。エメラルドはふーん、とどうでもよさそうにしている。

 向こうは向こうでエメラルドのことに気付いたらしく、いきなり大股でどんどんと詰め寄ってきた。180㎝はあろうかという巨体で、エメラルドのことを見下ろす。

「おいクソガキ、昨日はよくも舐めた真似してくれやがったな?今すぐここでぶちのめしてえところだが、こうなった以上大会で昨日のケジメはきっちりつけさせてもらうぜ!」

 メンチを切る暴走族のボスに対して、エメラルドは右手をひらひらと振った。

「あ?うるせえなあ。俺はお前のことなんて知らねーよ、通行人A」
「てめっ……ぶっ潰してやる!」
「はいそこ、喧嘩は後にしてくださいねー」

 司会者に止められ、渋々と引き下がるボス――ホンダ。腸は煮えくり返っているが、そのうっぷんを大会で晴らすつもりなのだろう。

「それでは一回戦ですしパパッと進めてしまいましょう!一回戦のルールは1対1、走行距離は3㎞!二人は速やかにスタート地点についてください!」

(……一回戦、ねえ)

 何か引っかかるものを感じるが、今はどうでもいい。目の前のバトルに集中するだけだ。

「じゃ、行ってくるぜ」
「はい!頑張ってください、エメラルドさん!」

 アサヒに軽く手を振り、エメラルドは自転車を押してスタート地点まで向かう。ホンダもエメラルドを睨みながら同じ場所に向かった。

 スタート地点につき、愛用のマッハ自転車に跨る。その機体は使いこまれていながらもピカピカだ。対するホンダの自転車は、紫色の煤のようなもので汚れている。ドガースの毒ガスが染みついているのだろう。

「潰す……てめえのせいで俺たち死亜悶怒ダイアモンドは一人しかこの大会に出れなくなっちまったんだぞコラ!」
「なんだよその名前、俺が知るかっつの。てかどうせ巻き上げた金だろそれ」
「その舐めた口、二度と聞けなくしてやるぜ……」

 はっきり言ってエメラルドにとってホンダは眼中にない。その為適当にあしらっている。

「さあ、それでは張り切っていってみましょう。3・2・1……」

 どうやらこのサイクリングバトル、開始の際にはトレーナーはある言葉を言って始めるのが暗黙の了解らしい。それをエメラルドとホンダは大きく叫んだ。


「「サイクリングバトル、アクセル・スタート!!」」 
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