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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第六十三話 こういう時こそ人材収集です!

帝国歴486年10月2日――。
帝都オーディン ラインハルトとキルヒアイスの下宿――。
■ ラインハルト・フォン・ミューゼル大将
水面下では激しくブラウンシュヴァイクとリッテンハイムがそれぞれの覇権争いに専念している。双方の貴族や有力者共もしのぎを削っているが、俺にはあまり関係がない話だ。いや、大局的に見ればこの動きは大いに今後に影響することだが、ブラウンシュヴァイクに味方するか、リッテンハイムに味方するか、などというバカげたことを考える気にはなれない。
ブラウンシュヴァイク、そしてリッテンハイムが皇帝に会いに行ったようだったが、あいにくなことだな。俺やアレーナ姉上たちが手を回して、近衛兵たちがリヒテンラーデ侯爵の命の下、奴らを頑強に阻んだのだから。奴らが鼻息を荒らげながら息巻く姿を見られなかったのは残念だ。奴らには「帝都を動くべからず。」という皇帝陛下の沙汰が降りたそうだ。
こちらはどちらにも味方しない以上、帝国軍人としてあるべき立場をとるという姿勢を明確にせねばならない。

リヒテンラーデ侯爵の仲裁によって、その場では両者は引きあげたが、まだ争いは続いている。今のところはブラウンシュヴァイクが優勢だろう。なんといっても向こう側には例の「転生者」とやらがいるのだから。もっともこちらにはアレーナ姉上やイルーナ姉上たちがいらっしゃるがな。
俺は今のところ正規艦隊司令官ではあるが、出動命令も出ていないので、平素の仕事を除けば特に多忙ではない。艦隊訓練も面白いが、それよりもこの時期を利用して俺にはやっておきたいことがいくつかあった。
一つ目は、各種技術開発の進捗状況を確認することだ。以前最新鋭艦を奪還しに同盟領内に侵入した際に、放棄されていた基地からピンポイント・ワープ技術のデータ残骸が残されているのを見つけた。無論そのデータ原義は上官に渡したが、ひそかに俺は複製を行っていた。それを持ち帰り、軍務の傍ら解析にいそしんでいる。やっと見通しが付いたので、ひそかにケスラーにそれを手渡して本格的な開発を委託した。ふと、思いついたこともあったので、合わせていくつか依頼しておいたが、実現までにはまだ日数がかかるだろう。
二つ目は、今の帝国の民度の改善だ。はっきり言っておくが、これは中長期的にやらねばならないことで、とても一朝一夕には出来ない。貴族共に搾り取られている現状では民の意識改善などできるはずがない。俺は蔵書を読み漁って、キルヒアイスやイルーナ姉上、アレーナ姉上やロイエンタール、ミッターマイヤーらと議論する中で、ふと気が付いたことがある。
インフラの改善、自治体としての組織機構、定められた範囲内での主権在民の考え方の育成、公平な裁判と福利厚生等、やることは山ほどあるが、当然これらは貴族領内ではできないということだ。いっそ皇帝の直轄領内で試験的に(無論極秘だが)試してみてはどうだろうか。
そう思った時に、すぐに候補地がうかんだ。例のバーベッヒ侯爵領だ。紆余曲折を経て今は皇帝直轄領になっている。あそこはシャンタウ星域であるが、その中の辺境にはいくつか貧しい惑星が存在する。だが、一時あそこには資源が豊富に眠っているとかで、開発の話が出たことがあるのだと聞いている。そこを将来の新国家の礎のための改革第一歩として始めるのはどうだろうか。
アレーナ姉上やイルーナ姉上にそれを話すと、貴族共や帝国官僚たちに目を付けられないか否かを心配なさっていたが、何も俺がやるという事ではない。心当たりはある。
俺とキルヒアイスの住んでいる下宿に、最近引っ越してきた奴がいる。無精ひげだらけのしわくちゃの上着にノータイのワイシャツと、無精が服を着て歩いているような奴だった。だが、ふとしたきっかけから話してみると、経営や統治についてかなりの知識、そして才覚を持っているらしい。最も俺の基準はあくまで蔵書からのものだから、あまりあてにはならないがな。
名前をブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒという。男爵家の次男に生まれたが、長男が病死したのをきっかけに、家督を継ぐのが嫌だと家を飛び出して、放浪の道を選んだのだそうだ。あちこちと旅をした挙句、今は民政局の一部署にくすぶっていると言っていた。自信過剰な奴だが、それに見合うだけの力量はあると見た。
そういう事情があって、俺とキルヒアイスはシルヴァーベルヒと居間で話をしている。奴との会話は、これまであったことのない違った人種と話すという意味で面白いものだ。
「どうだ?すぐにとは約束できかねるが、卿がその手腕をいかんなく発揮できるよう、私が口添えをしてもいいが。」
「お言葉ですが、ミューゼル大将閣下、軍人が民政に口を出すということは、軍事政権を再現させるつもりですか?少々あざといやり口だと思いますが。」
「卿が以前話をした文民統制、だったな。所詮軍人は戦場や軍政というごく一部でしかその手腕を発揮しえない、最も政治機構で重宝すべきは文官であり、古来政治を動かしてきたのも文官たちである、と。」
「その通り。閣下の前で言うのもなんですが、軍人という存在は戦争がなくなれば無用の長物にしかなりません。抑止力程度の物があればよいのです。」
「そうは言うが、古代の宋という国家は文治主義を採用した結果、隣国の遼、そして金から侵攻を受け、結果的に滅んでしまったという例もある。それに、古代の日本における江戸幕府は武士という武装集団の官僚機構による統治が数百年続いたそうではないか。」
「閣下の博識ぶりには敬意を表しますが、まず、前者は極端な例でしょう。武を忌避するあまり過剰な弱体化を招いたこと、それに隣国と地続きでありながらその動きの警戒を怠っていたことが、亡国の原因です。そして後者に関しては稀有な例でしょう。周りを海に囲まれた島国であり、外敵の侵攻の心配はほぼない。そのような中で、古来から儒教・仏教を基礎とした礼節にのっとり国を運営していくのですが、これは『保守・保全』というドラマーティッシュな変化とは正反対の政策をとり続けたに過ぎないのです。他の地続きの大陸で同じ政策を行っていれば、もっと早くに江戸幕府体制は崩壊していたでしょうな。」
「なるほど・・・・。」
コーヒーを一口飲み、姉上が送ってくださったケーキを食べながら奴の言葉に耳を傾ける。遠慮などしないが、言っていることは俺の耳を傾けさせるに十分なものだった。
「では、卿の理想を聞こうか。国家というものは誰のためにあるか?誰が経営すべきか?どのような体制が最大多数の最大幸福をもたらすか?」
「まず、第一のご質問ですが、それは民のためにあるものでしょう。帝国には貴族は数千家ありますが、その何十、何百、何千、何万倍もの民がこの銀河帝国には住んでおります。これまでの知識をすべて捨て去り、皮膚感覚一つでとらえてみても、なぜ少数の貴族という者、それも自分たちの利のみを考えている者に多数の者が従わなくてはならないか、疑問に思いませんか?」
シルヴァーベルヒの言葉に俺は反応を示さなかった。まだ問いに対する答えとしては不足だ。
「二つ目を聞こうか。」
「経営すべきは民に選ばれた代表自身によってでしょう。ですが、一人でというのは難しいところ。熟練した工員や技術者が最良の品をつくるがごとく、国家の運営においてもそれが必要不可欠だと私は思いますね。最終的な決定投票は民の代表者たちに権利が与えられるが、それ以外の平素の運営事務については『官僚』という奴らに任せておけばよろしい。むろん彼らを監視する目と手はあった方がいいと思いますが。」
「三つ目は?」
「答える必要性はないでしょう。ここまで話をさせていただいた、その内容を吟味していただければ、おのずとわかっていただけるかと思いますがね。」
「卿の考えはよくわかった。なるほど、中々に卓見であるな。」
シルヴァーベルヒの顔がニヤリとなる。だが、うぬぼれるなよ、惜しむらくはお前はまだ根本的なところがわかってはいないのだ。
「だが、惜しいことに卿は本質をとらえきれていないな。」
「本質?」
奴の顔がこわばる。
「卿の論は正しい。だが、正しいという事に過ぎない。機械や数式、方程式や証明等ではそれはまかり通るが、人間相手ではそれが通用するかな?」
「と、いいますと?」
「衣、食、住。この生きるべき最低限度のものを満たして初めて人は周りを見渡す余裕が生じるのだ。余裕が生じた時から人は誰かを批判し、誰かを賛美することができる。生きるか死ぬかの瀬戸際の人間に、主権在民だの政治の在り方などを説いて、それが伝わるなどと卿は思っていないだろうな?」
「なるほど、これは一本やられましたな、確かにその通りだ。」
シルヴァーベルヒが奴自身の頬をしきりにたたいている。
「今の帝国の現状はまさにその通りですな。一歩帝都の外に出て辺境を巡れば閣下のお言葉が過大でも何でもないとわかるでしょう。私も実際に見てきました。」
「その通りだ。卿の言うところの体制はまさに終着点ではある。しかし良い種だけでは作物は育たぬ。それを醸成するための土壌をまずは作らねばなるまい。それもあまり時間をかけずに成し遂げたい。私の言わんとするところはわかるか?」
奴はしばらく考えていたが、やがて一つうなずいて、
「つまりは、専制政治の利点を最大限に生かすという事ですな。民主政治とやらでは一つ一つの物事を決定するのに議会とやらを通さなくてはならないようですが、専制政治であれば建前上は皇帝とその取まきの意向一つでドラマーティッシュな改革ができる、という事でしょうか。」
その通りだ、シルヴァーベルヒ、さすがだな。
「キルヒアイス、奴をどう思うか?」
シルヴァーベルヒが帰っていった後、俺はキルヒアイスに奴の印象を尋ねてみた。
「才気あふれる方だと思われます。それを隠そうともしない軽躁なところもありますが、それは率直な人柄の裏返しでもあるでしょう。自らの欲する仕事に就けば意欲的に働く方だと思いますが。」
「俺もそう思う。これからの帝国、いや、俺たちにとって必要なのは艦隊司令官だけではなく、ああいった行政における手腕を発揮する者たちだ。武断政治の危険性については、アレーナ姉上やイルーナ姉上からよく聞かされたものだ、覚えているか?」
幼少の頃、最初に聞かされた時には訳が分からないこともあったが、長じてみるとそれが今後の俺たちの進むべき道にとっていかに必要不可欠なものであったかということが身にしみてわかる。姉上たちの先見性には驚かされるな。
「はい。今後のわたくしたちの路線に、そういったものを取り入れてしまうことは、許されないことです。」
「その通りだ。国家としての機構が完成し、自らの足で歩めるようになった瞬間に、過剰な軍備や軍官僚などというものは、不要になる。まったく要らないというわけではないが、軍人が幅を聞かせ、政治に口を出すような機構であってはならない。なぜだかわかるか?」
「力を手近に常に持つ者は、力をもって物事を解決することを好む傾向にある、という事でしょうか?・・・・何を御笑いでしょうか?」
俺を手を振った。どうもおかしいことだが、以前アレーナ姉上に言われたことを思いだしたのだ。
「いや、キルヒアイス、お前の答えがおかしかったのではないぞ。以前アレーナ姉上らに同じような話をして、言われたことがある。『あなたは、私の知っている歴史の某自由惑星同盟の有名人とそっくりな発言をするわね。私の知っているラインハルトとは正反対な発言よ。』とな。」
「それは、アレーナ様たちにとってはさぞおかしいことでしょうね。しかし、ラインハルト様。人というものはどういう人物で有ろうと、育った環境によって色は様々に染まるのです。そのことを忘れないでください。」
「あぁ・・・・。」
コーヒーを入れなおしてきます、とポットを片手にキルヒアイスは部屋を出ていった。キルヒアイスがやけに真剣な眼をして俺に言った最後の言葉を考えていた。人間の本質は変わりはしないと思うのだが、ときとしてそれを侵食する場合もあるほど育つ環境というものは重要なものだ。そしてそれは自分ばかりではなく、周りの未来をも変えてしまうほどの影響力を持つ。
大丈夫だキルヒアイス、何があろうとも、俺はお前を裏切ったりはしない。お前と姉上、そしてアレーナ姉上やイルーナ姉上たちを裏切らず、俺は堂々と自分の進むべき道を歩んで見せる。



帝都オーディン ランディール侯爵邸――。
アレーナ・フォン・ランディールとイルーナ・フォン・ヴァンクラフト、それにフィオーナ・フォン・エリーセルとティアナ・フォン・ローメルドが端末機越しに話し合っている。今日はもう一人アレーナの傍らに転生者がいて話に加わっていた。アレーナの表情は険しい。いつもの飄々とした感じが全くない。
「じゃ、バーバラ。皆がそろったところで、もう一度例の話をしてくれる?」
前世の関係から言えば、バーバラはイルーナに報告すべき立場なのだが、一介の准将が軍務省に勤務する大将閣下に面会できようもはずもないため、アレーナを通じて事の次第を話すことにしたのである。
「あ、はい。ええと・・・・これは全くの偶然で耳に入ったことなのですが・・・・。」
バーバラ・フォン・パディントンはつい先日まで旧バーベッヒ侯爵領内の巡航艦隊の乗り組みとして航海に出ていた。その巡航艦隊は旧バーベッヒ侯爵領内にいた侯爵の元部下も少なからず乗り込んでいる。准将として一戦隊の指揮官をしていたバーバラはその中の何人かと話をする機会をしばしば持ち、情報収集に励んでいた。
「バーベッヒ侯爵領内でサイオキシン麻薬が精製されていたとの情報があるんです。」
『サイオキシン麻薬!?』
一同の顔色が変わる。
『バカな!?ありえないわ。私たちが実際に侯爵領内に入ってもサイオキシン麻薬が発見されたという報告は一切聞かなかったもの。』
イルーナ・フォン・ヴァンクラフトがいつになく顔色を変えている。いかにこの事実が彼女にとって衝撃だったかを物語っている。
「そうよね、私もよ。サイオキシン麻薬のサの字も聞かなかったもの。ところがどっこい、領内では一部の人間が、それも領民を巻き込んでサイオキシン麻薬の製造に精出していたってんだから、驚きよね。」
「・・・・・・。」
フィオーナとティアナは無言だった。以前イゼルローン要塞でサイオキシン麻薬撲滅作戦を展開して、バーゼルを逮捕し、それで片が付いたと思い込んでいたからだ。ところが全く別方面からサイオキシン麻薬の製造の情報が上がってきたのだから、衝撃を受けるのも無理はない。
「イルーナ、私の言わんとしていることはわかる?」
アレーナの問いかけに、イルーナは深い吐息と共に、
『領内でサイオキシン麻薬を製造していたのであれば、私たちが攻め入った時に気がつかないはずがない。ところがその事実は一切私たちにも、メルカッツ提督にも報告されなかった。・・・・報告すべき人物が報告しなかったとしか考えられないわ。何しろ私たちや提督は彼と代理士にほとんどまかせきりにしていたのだから。』
「ベルンシュタイン中将、あるいは、皇帝陛下から派遣されてきた代理士か、どちらかね。」
『信じられない!!ベルンシュタイン、あいつは転生者なんでしょう!?サイオキシン麻薬の恐ろしさを原作OVAで読んで見て知っているはずなのにそれを蔓延させるのに手ェ貸したっていうの!?』
ティアナが信じられない、という顔をする。
「たぶん奴が購入したOVAにはどぎつい表現がなかったからじゃないかしらね~。15禁とかで。」
アレーナはしれっと言ったが、すぐにその言葉を打ち消して、
「冗談冗談。それはさておき、どちらに転んでもこれは大きな問題になるってのはみんなわかるわよね。ベルンシュタインが絡んでいるのであれば、当然その背後にいるブラウンシュヴァイクもサイオキシン麻薬とつながっている可能性もある。ブラウンシュヴァイクは今それどころじゃないかもしれないけれど。けれど、もっとたちの悪いのは、皇帝の代理士が絡んでいる場合よね。彼らが絡んでいるのであれば、宮廷そのものがサイオキシン麻薬とつながっている可能性があるってことになるんだから。」
帝国そのものがサイオキシン麻薬の密売の親分である・・・とんでもないことだ。アレーナたちの知っている原作などでは特に誰が大本なのかは触れられていなかったが(地球教であるという説も一部にはあったが明確な証拠はない。)帝国同盟双方にわたって流通しているとなると、それなりに高い地位の者の黙認をえているのではないか、という事は想像がつく。
『バーバラ、その情報提供者をあなたは保護している?』
「あ、その、あの・・・。」
うろたえたバーバラの顔を見て、一同は暗澹とする思いだった。どうも詰めが甘いというか前世から今ひとつ決定打に掛けるところが彼女にはある。艦隊指揮や師団の指揮などではとても優秀なのだが。
『あんたバカじゃないの!?』
ティアナがバーバラに叫んだ。
『あんたのせいで大事な証人が殺されれば、こっちにも火の粉が飛んでくるんだからね!!』
「そ、そんなに責めなくても・・・・。」
『いえ、ティアナ。バーバラのとった行動は結果的にはよかったのかもしれないわ。』
イルーナが冷静に言う。
「そ。なまじ保護してしまえば、向こうに対してこちらが何かをつかんだことを示すようなものだもの。一気に勝負をかけるんならともかく、今は情報が少なすぎるのよね。で、バーバラ、あなたはその話を聞いたときには、ちゃんと処置はしたんでしょ?」
アレーナの言葉に、
「もちろんです。」
「ならいいわよ。」
バーバラはほっとした顔をし、ティアナは憮然とした顔をしたが、双方ともそれ以上何も言わなかった。
「サイオキシン麻薬の事は頭の隅にとどめておいた方がいいわ。ついでに地球教についてもこの際芽を摘むための準備はしておきましょうよ。後、この内乱を乗り切って、帝国全土掌握したら・・・・。」
アレーナが一同の顔を見まわした。
「今度は中長期的に、大局的に、ひろ~い視野をもってラインハルトの覇業を助けないとね。」
言われるまでもなく、そのことは誰もがわかっていた。


ノイエ・サンスーシ――。
フリードリヒ4世はリヒテンラーデ侯爵と黒真珠の間で向かい合っている。フリードリヒ4世は玉座の肘掛にもたれかかるようにして気だるげな表情で。リヒテンラーデ侯爵はしゃんと背を伸ばし、主君を正面から見つめて。
「陛下、臣は陛下にご決断を促しにまいりました。」
リヒテンラーデ侯爵は、今日こそは言い逃れなどは許さぬ、という面持ちで皇帝陛下をその視線に捕えて離さなかった。
「決断とは、いかがなものかな、国務尚書。」
気だるげな声でフリードリヒ4世が尋ねる。リヒテンラーデ侯爵はふとその声に違和感を覚えた。演技ではなく、本当に疲れているようだ。
「ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯を共に内乱企ての罪で処断してしまうことでございます。」
「処断とはな、物騒なことを卿は申すの。」
「臣は冗談で言っておるのではありませんぞ、陛下。仮に二人のうちどちらかが内乱を企てた場合、事は帝国全土に飛び火します。双方に味方する貴族の数は少なくはないのですぞ、陛下。それどころか、軍人までもがブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯双方に味方する始末。であればこそ、早急に処断すべきであると愚考いたす所存でございます。」
「して、国務尚書はその始末を誰にやらせるつもりかな。」
あまりにもストレートな陛下の質問にリヒテンラーデ侯爵はたじろいだ。強大なブラウンシュヴァイク、リッテンハイムの、それも両者を処断することを買って出る勇気と気概を持つ者など、今の帝国には存在しない。そう皇帝陛下は暗に言っているかのようであった。
「僭越ながら私めが・・・・。」
「ほう、卿がか。」
フリードリヒ4世が面白そうな眼を国務尚書に向ける。
「はっ。皇帝陛下の御ために、このリヒテンラーデ、いつ何時たりとも覚悟いたしております。」
そう静かに言ったリヒテンラーデ侯爵に、次の瞬間思いがけない言葉が投げかけられた。
「無用じゃ。」
「は!?」
「無用だと言ったのじゃ。双方を処断すれば、次は国務尚書、卿が狙われよう。ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム、双方の者どもからな・・・。」
「そのようなことはとうに覚悟いたしております。」
フリードリヒ4世はじっと国務尚書の老いた顔を眺めていた。
「そうか。そちの忠誠は喜納するにふさわしいものだの。」
リヒテンラーデ侯爵は深々と頭を下げた。だが、頭上に振ってきた言葉はこれだけでは済まなかった。
「だが、余は思うのだ。ゴールデンバウム王朝の命数など、実は党に尽きておるのではないか、とな。」
「へ、陛下!?」
思わず顔を上げたリヒテンラーデ侯爵に、
「余が思うに、帝国はその命数を使い果たしておる。死ぬべき病人を今やようやく生きながらえさせておるのは、一握りの人間の矜持と特権意識ではないかな。いや、大多数の平民の無気力の上に立っているからではないかとも思うのじゃ。じゃが、いたるところで末期症状が出ておるようじゃな。ブラウンシュヴァイクやリッテンハイムの内乱など、その一つにすぎぬ。」
この皇帝陛下は時として思いがけない発言をする傾向にある。若いころは放蕩にあけくれ、即位してからもこれと言って実績を残さず、ただ30余年という長い在位期間だけが衆目の注目を集めていた。
だが、とリヒテンラーデ侯爵は思う。この「何もしない。」ということこそが、実はフリードリヒ4世の大いなる韜晦術であり、自身がなしうる帝国経営の最善の策だったのではないか、と。本来は聡明な君主であるが、それを「そうせい。」を連発することで韜晦し続け、自身を生きながらえさせていると同時に帝国をようやく生きながらえさせているのではないか、と。そう思ったのは、理由がある。下手に皇帝陛下が色気を出して改革を行い、保守派から恨みを買って暗殺され、かつ、改革のせいで国家体制が揺らいだという事例は過去に何度もあったのである。
「こ、皇帝陛下、国務尚書に至急のお知らせが!!!」
けたたましい声が黒真珠の沈思した空気を突き破った。侍従の一人が転がるようにして御前に平伏して、急を告げた。
「騒々しいぞ、陛下の御前である!!」
国務尚書がしかりつけたが、急が急である。直ちに、使者を呼び寄せた。本来であれば、国務尚書が取り次ぐのだが、めったに慌てない侍従の動揺ぶりは抜き差しならない事態が発生したことを示していた。
「何事か!?」
「は、はっ!!本日未明より、リッテンハイム侯が帝都オーディンを離れられました。軍港の警戒網を突破し、同調する貴族諸侯を引き連れた模様でございます。」
「なに!?」
リヒテンラーデ侯爵の顔色が変わる。だが、フリードリヒ4世の顔色は全く変わらない。
「して、候の行き先は分るか!?」
「リッテンハイム星系に向かっておりますが、一部カストロプ星系に向かったと報じる情報もあり、錯綜しております。」
「詳細はよい、いずれにしても候が帝都を離れたというのは本当の事なのだな?」
「はい、偽りなど、決して!!」
「うむ。」
リヒテンラーデ侯爵は、皇帝陛下に頭を下げながら、
「お聞きのとおりです。臣は急ぎ重臣らと共に対策を練らねばなりませんが、リッテンハイム侯が離反したことはこれで決定的となった事実。皇帝陛下におかれましては、候を賊として討伐の勅命を発せられたく思います。」
「リッテンハイム侯は自身の領内に帰ったにすぎぬが、それを賊とするのはいかがなものかな。」
「陛下!候は『帝都にとどまるべし。』という勅命を無視したのでございますぞ!勅命を無視するという事自体、賊として認めるべきことでありましょう!」
リヒテンラーデ侯爵の叱責が飛ぶ。
「ははは、卿には冗談は通じぬか、よいよい。国務尚書の良きように計らえ。」
フリードリヒ4世は軽い笑い声を上げたが、その声とは裏腹に目は寂しそうに遠くを見つめていた。その対象が何なのか、リヒテンラーデ侯爵にはつかめなかったが。
「ははっ。」
リヒテンラーデ侯爵は頭を下げ、皇帝陛下の御前から退出した。それを静かに見送ったフリードリヒ4世は、しばらく玉座から動かずにいたが、やがて大きなと息を吐いた。それが引き金になったのか、乾いた咳が黒真珠の間に虚ろに響いた。
「陛下。」
侍従たちが皇帝陛下を介抱しようとする。
「心配無用じゃ。少々気分が悪くなったな。手を貨して余を寝室にいざなってくれぬか。」
『ははっ。』
侍従たちに助けられながら、フリードリヒ4世は重たげな足取りで黒真珠の間から姿を消した。その足取りは果たして不健康なだけが要因であっただろうか。


リッテンハイム侯爵反乱!!!!


この情報は瞬く間に帝都に嵐のごとく吹き荒れた。帝国歴486年10月2日午後14時15分の事である。それは帝都のみならず帝国を、そして銀河中を巻き込む大嵐の先触れに過ぎなかった。
 
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