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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百十八話

 
前書き
後書きが本編 

 
『かんぱーい!』

 とても前座とは思えない熱狂を見せたセブンとレインのライブが終わると、当然というべきか打ち上げに入っていた。遂に単独でのフロアボス攻略を成し遂げたスリーピング・ナイツ以外のメンバーには、正直に言ってまるで関係がないのだが、とりあえず騒ぎたいだけのプレイヤーが多いらしい。

 しかも今回はただの打ち上げではなく、気合いの入れようも違っていた。レプラコーンが総動員して、この打ち上げ用の機能をシャムロックの本部に作り上げることにもなった。そもそもが、打ち上げで何を食べたいか――などと話題になった時に。

「バーベキュー……!」

 そんなことを、当のスリーピング・ナイツのリーダーが、この上ない迫力を持って言ってのけたことが原因だった。それから『恥ずかしいから、ボクが言い出しっぺなのはヒミツだよ!』などと言っていたが、もはや誰もが知っている公然の秘密だった。誰が言いふらしたとかではないが、もしもユウキが猫妖精だったならば、ブンブンと尻尾を振っていただろう喜びように、みんなが何となく察していたからだ。

 そして喜び勇んでバーベキューを開始した言い出しっぺと、快くシャムロックの本部を提供してくれたセブンによって、フロアボス攻略の打ち上げバーベキューは出来たのだが。

「まあ、足りないわよねぇ」

「……そうだな」

 元々は内輪だけでやるつもりだったのが、シャムロックにシルフ領にケットシー領の面々も加わり、明らかに用意した肉の量が足りない。もちろんその三大ギルドも、自分たちが貯えていた食料アイテムの大盤振る舞いをしてくれたものの、それでもなお足りない状況だった。

「仕方ない。さっさと取りに行ってきますか」

「だな」

 げに恐ろしきは人間か――などと思っていたが、せっかくの祝いの席でそうもいかない。量が足りないと感づいてきたメンバーも多く、自らが持っていたアイテムを提供してくれているプレイヤーもいたが、それだけでは焼け石に水に違いない。

「ショウキ! リズ!」

 幸いなことに主に肉のアテがあった俺とリズが、とりあえずセブンやアスナ辺りに断ってから、この場を飛び立とうとしたところ。武装を外したユウキが、こちらに手を振りながらトコトコと走ってきた。

「食材の買い出しに行くんでしょ? ボクも行くよ!」

「んー……来てくれたら嬉しいけど、あんた主賓でしょ? いいの?」

「大丈夫大丈夫!」

「言い出しっぺだもんな」

「ショウキ! ヒミツ! ヒミツだってば!」

 その口に付いたタレを拭いたら、話くらいは聞いてやる――と言いたくなったものの、何となくそれは秘密にしておいた方がいい気がした。このバーベキュー企画の発案がユウキだということは、スリーピング・ナイツに、バーベキューの土台をセットした俺たちだけの秘密――ということになっていた。今は多分、この場にいる中では、知らないメンバーの方が少ないが。

「なんでそんな秘密にしたいの?」

「だ、だって……恥ずかしいじゃん……」

「大丈夫大丈夫。女の子だって焼き肉食べたい時だってあるわよ!」

 そんなんで幻滅するなんて、女の子に幻想持ってる奴だけよ――などと、リズはユウキの背中を叩きながら大らかに笑う。それに関してはスルーさせて貰うと、俺は辺りをキョロキョロと見渡していた。

「もう、リズ! ……それで、行かないの?」

「いや、もう一人誘ったん……お、来た」

「お待たせー!」

 背中を叩いてきたリズから、こちらの背中にユウキが逃げてくるとともに、そのもう一人誘ったという人物が到着する。真紅のショートカットが目立つ、エプロンドレスのような服装に身を包んだ彼女。

「あ、レイン! さっきのライブ、凄かったよ!」

「ありがと! ユウキも買い出しの手伝い?」

「うん!」

 このバーベキューパーティーの前座――というか本命――のライブにおいて、レインはぶっつけ本番ながらも、現役アイドルのセブンに負けずとも劣らぬ歌と踊りを見せてくれた。遂に再会した姉妹同士の共演は、見ていてとても嬉しそうで、アイドルとしての二人を知らない俺でも心を動かされるものだった。

「本当に……その……凄かった!」

「それはさっき聞いたよー」

 そしてライブが終わった後に、羞恥に顔を髪と間違えないほど深紅に染めながら、部屋の隅で体育座りをしているレインを発見した。どうやらライブが一段落して、自分が何をしたのか改めて実感したらしく、見ていられないほど狼狽していた。そんな自分の姿を、セブンには決して見せない辺りはレインらしいが。

「もう落ち着いたか?」

「ん? ショウキくんが何言ってるのか、ちょっとレインちゃん分かんないなー」

「はいはい。さっさと行くわよー」

 どうやら落ち着いたらしい。そうしてリズの合図でもって、俺たちはパーティーに興じているメンバーに気づかれぬように、シャムロックの本部から飛び去っていく。とはいえ本部はそう街中から離れている訳でもなく、すぐ商店街のエリアに到着する――が、そこをすぐさま通り過ぎた。

「あれ、ここで買い出しするんじゃないの?」

「もっといいとこがあるのよ。着いてきなさい!」

 そうして先頭のリズは少しスピードを上げると、街から外れてSAOでいうところの《圏外》に出て行き、その一角にある森の入口に着地する。残る三人も揃って着地すると、話の見えないユウキとレインがキョロキョロと辺りを見渡した。

「ここにお肉があるの?」

「ええ。レプラコーン……っていうか生産職限定クエストだから、あんまり有名じゃないけど……って、あちゃ」

「先客か、珍しいな」

 そのクエストが発生する森の入口に、一人のプレイヤーの姿が見てとれる。レプラコーンという種族があるとはいえ、生産職限定クエストは待つほど人がいることは少ない。しかも、金髪に緑色の服からシルフのようだが……

「あーっ!」

 もう少し近づいてみたところ、リズとユウキの驚愕の声が重なった。その大声でシルフのプレイヤーも振り向き、そこでようやく俺は、そのプレイヤーが『彼女』だということに気づく。

「げっ……」

「……誰?」

「グウェン。例のPK集団の、元リーダーだ」

 シルフ特有の金髪をツインテールに纏め、露出度の高い和装に身を包んだ少女――グウェン。その人物と直接対面したことがなかったレインに説明しながら、自分も反射的に彼女のことを思い出していく。SAO時代のルクスの友人であり、彼女を利用してこのALOを昔のPK重視ゲームに戻そうとしていた。

 だがグウェン本人も利用されていただけらしく、先のフロアボス攻略戦のシャムロックへの襲撃を、ルクスにメールで教えてくれた人物でもあった。そのメールのおかげで、俺たちはシャムロックを助けることができ、こうして呑気にパーティーもやっていられるのだから。

「何よ。あんたらのおかげで、こうしてソロプレイすることになって、武器の素材集めなんてことしてるのに。わたしが先に来たんだから、アンタらが消えてくれる?」

「ここのクエスト、生産職限定だから、レプラコーンがPTにいないと発生しないわよ」

「え゛っ」

 バシバシとこちらに向けられていた敵意が、リズの溜め息混じりの一言で雲散霧消する。森の入口で何をウロウロしているのかと思えば、どうやらクエストが発生しない為に困っていただけらしい。

「ならわたしから消えるわよ。顔も見たくな――ひゃっ!?」

「ううん! ありがとね! キミのおかげで、みんな上手くいったんだから!」

「ちょ、ちょっと……離しなさい!」

 調子を取り戻して飛び去ろうとしたグウェンだったが、その神速で距離を詰めたユウキに手を握られて、無理やりに飛翔をキャンセルされた。もちろん、ユウキにそんなつもりはないだろうが。

「だから離しなさいってば!」

「あ、ごめんごめん。でも、お礼がしたいのはホントだよ!」

「…………っ」

「そうそう」

 ユウキの心の底から語られる言葉に、グウェンは毒気を抜かれて悪意が雲散霧消していく。その隙に接近したリズがグウェンの肩を叩くと、その逆の手には、かなりの業物である短剣――いや、忍刀と呼ぶべき武器が握られていた。それはグウェンが使っていた武器種と同じ物で、俺とリズは最近アレにかかりきりになっていた代物だ。

「当のルクスが許してんのに、あたし様が許せねぇってんだー、なんて言えないわよ。これ、お礼とお詫び。……この前、折っちゃったでしょ?」

「……ふん」

 いつぞやのPK集団との戦いの最中、リズは戦いの結果とはいえ、グウェンの愛刀を叩き壊してしまったらしく。今回のシャムロックとの一件がなくとも用意していた物だが、ちょうどお礼にいい品物だ。満更でもない様子で短剣を受け取るグウェンを、満足げに微笑むリズ――から、アイコンタクトがこちらに届く。待ってましたとばかりにメニューを操作し、目の前のプレイヤー――すなわち、グウェンに『パーティー申請』を送る。

「……は? パーティー申請?」

「ルクスと仲直りしたならあたし達にも関係ない……って言いたいところだけど、そうもいかないし。このクエスト、一緒にやって手打ちにしましょ?」

「それだ! グウェンも、このクエスト受ける気だったんでしょ?」

「え? あ、その、そうだけど」

 仲間内でもグイグイと推してくることに定評のある二人に、最初の悪意ある雰囲気を忘れ去ったグウェンが、いっそ同情すら感じるほどにたじろいでいた。素人目にもかなりの業物と分かり、かつ自らが扱う武器種である忍刀を受け取っている、という事実も困惑に加速をかけている。

「凄いねショウキくん。今のアイコンタクト、リズと息ピッタリって感じ」

「……まあな。っと」

「嬉しそうだね……あ、そっか」

 後ろから引き気味に全てを眺めていたレインから、ありがたいお褒めの言葉をいただいて、短いながらも照れた言葉を絞り出した。そしてグウェンをパーティーに招待をしたはいいものの、俺たちがそもそもパーティーを組んでいなかったことに気づき、他のメンバーにもパーティー申請を送っていく。

「あーもう! 分かったわよ! やればいいんでしょ!」

 グウェンの半ばヤケクソ気味な言葉とともにパーティーの申請を受け入れられ、視界の端に他のメンバーとともにグウェンの名前が刻まれる。そしてクエストの発生条件である、レプラコーンを含めたパーティーという条件を満たし、成り行きでリーダーになった俺の前にある石ころが落ちた。

「ショウキくん、なんか落ちてきたけど」

「ああ、この石を拾うと、クエストが始まる」

「え」

「わひゃぁぁぁぁぁ!」

 レインの短い言葉とともに石ころをヒョイと拾うと、クエストが開始されるとともに、森の奥から突如として巨大なゴーレムが現れる。出現地点が分かっていたため、そそくさと逃げていたリズを除き、入口にいたユウキとグウェンは反射的に悲鳴をあげながら逃亡し、こちらに一目散に合流した。

「ショウキ! 準備! まだボク、武器装備してないんだから、いきなり来ちゃ驚いちゃうよ!」

「そっ……そうよ! 驚いちゃうじゃない!」

「それは後! 構えなさい!」

 バーベキューパーティーをしていた俺たちは、いつもの武器を装備していなかったが、リズの指示の元にそれぞれの武器を装備する。リズのメイス、レインの二刀、ユウキの片手剣、俺の日本刀――グウェンは最初から装備していたが。

「結局これ、どんなクエストなの?」

「ん? あのゴーレム倒せば素材ゲット~っていう、簡単で単純なクエストよ」

 森の中の研究者はゴーレムを研究していたが、ある日暴走――研究者は何とかゴーレムの部品の一つを奪い取ることには成功したものの、それをどこかに吹き飛ばしたところで力尽きてしまう。そして森の中で暴走したゴーレムが、自らの部品を探して歩き回る。

「……的なクエストだ」

「あ、さっき拾ったのがその部品ってこと?」

「あんた、よくそんなどうでもいいこと覚えてるわね……」

 リズの呆れたような口調はともかく、レインの問いかけには手中に収まった石ころを見せながら、正解だとばかりに頷いた。とはいえ、外見的には何の変哲もないストーンゴーレムであり、生産職限定クエストということもあって、あまりゴーレムは強くない。そして話を聞き終えてペースを取り戻したグウェンは、リズから貰った忍刀を得意げに構えた。

「んじゃ、さっさと倒しちゃ――」

「あ、ストップ」

「――うわよって何でよ!?」

「まあ見とけよ」

 やる気充分なグウェンだったが、すぐさまリズの言葉に引き戻される。その理由は、戦闘開始直後に発生する、あのストーンゴーレム独自の行動によるものだった。

 森の中で研究していたという設定からか、あのストーンゴーレムには特異な設定があった。ストーンゴーレムがその剛腕で大地をスタンプすると、森の入り口から大量の豚型モンスターが出現する。そう、あの森に住まう豚型モンスターを、ほとんど無限に近く出現させるというスキルを持っている。

「つまりは――無限の豚肉!」

「なるほど!」

「……は?」

 そのリズの自信がついた一言に、バーベキューパーティーのための肉を取りに来たユウキは察しがついたが、事情を知らないグウェンは零下よりも冷たい疑問の声を発していた。

「あー……その。私たち、生肉が欲しくて、それで」

「は? んなもん街で買えばいいじゃない」

「こっちの方が新鮮なのよ? さ、あのゴーレムは無視して豚肉をいただくわよ!」

「おー!」

 同じくリズが言わんとしていることに察しがついたレインの説明と、それに対するグウェンの率直かつ的を射た指摘も、今のリズとついでにユウキには届きそうにない。こうしてこちらが無駄話している間にも、メインターゲットにも関わらず無視されることが決定したストーンゴーレムは、森の奥から豚型モンスター《リバーススタンプ》を呼び出している。

「でも、アレを完全無視ってのは難しそうだけど……」

「それについては大丈夫。ね、ショーウーキ?」

「あー……任せろ」

 レインからの指摘の通りに、ゴーレム型モンスターの例にもれず、一撃の威力を甘く見ることは出来ない。ただし今回のストーンゴーレムはその出自から、ゴーレムの部品を持っている者を集中的に狙うという性質がある。要するに俺のみに狙いをつけるということであり、リズからの笑顔に半ば諦め気味に頷いた。

 まさかリズとこのクエストをクリアした時、冗談めかして、こうすれば無限に生肉が手に入る――などと、冗談めかして言っていたことが、こうして現実になるとは。

「それじゃ……作戦開始!」

 リズの号令一下、とりあえず俺はみんなから離れていく。損な役回りではあるが受け入れるしかなく、ストーンゴーレムはすぐさまこちらに向かってきた。ひとまずは日本刀《銀ノ月》に手をかけるまでもなく、とりあえずはリズたちから離れるように疾走する。

 部品を失っているからか、ストーンゴーレムの移動速度はかなり遅く。こちらが全力で走っていれば、確実に追いつかれることがないと確信できた。前にクリアした時のことも思ったことだが、運営はどうやらレプラコーンという種族の戦闘能力を甘く見ているらしい――俺たちが少数派かもしれないが。

「……ん?」

 走ることしばし、一目散にこちらを追ってきたストーンゴーレムは、ピクリとも動かなくなった。かと思えばすぐさま反転し、リズたちがいる方向に走っていく。

「しまった……!」

 やはり足の一本か二本を斬っておくべきだったか――と、舌打ちしながら、俺もストーンゴーレムの方に反転すると。またもやストーンゴーレムは反転し、こちらに向かって走ってきた。

「…………」


 ――脳裏に浮かんだ仮説を試すべく、俺は再びストーンゴーレムから離れていく。するとストーンゴーレムは反転し、リズたちがいる方向に走っていく。それを追って俺が距離を詰めると、ストーンゴーレムは反転して俺を追ってきた。俺は再びストーンゴーレムから離れていく。するとストーンゴーレムは反転し、リズたちがいる方向に走っていく。それを追って俺が距離を詰めると――

「……なるほど」

 要するにこのストーンゴーレムは、部品を持ったプレイヤーがあるエリア外に出た瞬間、自身はエリア外から出られないためか標的から外すらしい。そしてエリア内にいるプレイヤーの方に目標を変えるが、エリア内に再び部品を持ったプレイヤーが現れた場合、またもやそちらに標的を変える。

 ――要するに部品を持った俺が、そのエリアと思われる場所の境界線で反復横飛びをするだけで、ストーンゴーレムは標的変更しか出来なくなる。ずっと反復横飛びしていたら疲れるだろうが、まあ別に歩き回るだけでいい。

「これは酷い……」

 黒いコートに付属する《隠蔽》スキルを発動し、フィールドにいる他のモンスターの襲撃に対策を打ちながら、俺はストーンゴーレムに同情しながらエリア内外の境界線を歩き回る。そんなところだけ優秀というか、目の前で発動していた為に、ストーンゴーレムに《隠蔽》スキルは効いていない。

「あっちは、と……」

 もう少し骨の折れる作業かと思っていたが、割と簡単に終わったので、森の入口の方を眺めるほどに余裕がある。そちらでは無限に現れる《リバーススタンプ》と激闘を繰り広げているらしく、会話が聞こえる位置の境界線まで歩いて移動する。

「――ちょっと! 何それ……?」

「――え? OSSだけど」

 そして耳を澄まして聞こえてくる声に耳を傾けると、まずはグウェンとレインの声が聞こえてきた。魔法をも伴ったレインのOSS《サウザンド・レイン》により、《リバーススタンプ》は出現した瞬間に剣に貫かれ、正直に言ってしまえばグウェンの出番はなかった。何しろグウェンが近づいてソードスキルの連撃を叩き込む必要があるにもかかわらず、レインは一歩も動くことなく、高速で飛来する剣によって仕留めているのだから。

「いやー、助かるわレイン! もうシューティングゲームみたいになってるけど」

「レインちゃんとしては作業ゲーな気分かなー?」

「……さっさと素材ゲットして帰りたかったのに」

 別の場所で戦っているユウキやリズに倣って、グウェンも愚痴りながらレインの攻撃範囲から離れていく。そして目にも留まらぬ速度で大暴れしているユウキを見てピクリと止まり、リズのいる方向へと歩きだしていく。

「忍刀を作る素材なら、もういらないんじゃない?」

「忍刀じゃないわ。投剣用のクナイよ、サブウェポンの」

 ――主流じゃないから、めんどくさい素材がいるのよね、とグウェンの言葉は続く。それを聞いたリズはニヤリと笑うと、どことなく悪い顔をしてこちらに嫌な予感を感じさせた。

「クナイ? ならなおさら、いっぱい持ってる奴がそこに……ねぇ?」

 そんなクナイを巡る話の流れから、リズがこちらを振り向いた。バッチリとリズにグウェンと目が合って、反射的にクナイが入ったポケットを守るように抑えた。

「リズ! こっちに牛も出て来た! 牛!」

「よし、牛肉もゲットよ! ……それじゃ、そろそろ食べきれないほどゲットしたし、締めましょうか!」

 そう言いながら、リズはグウェンを引き連れてこちらに飛翔してくる。このクエストの達成条件は、俺の目の前で延々と反転をし続けるストーンゴーレムの破壊であり、さっさと済ませようと刀の柄に手を添えた。

「……よし」

 瞬間、精錬な気配を身体が纏う。視界もクリアになっていき、ストーンゴーレムの動きが手に取るように分かる。とはいえ、本当にそれほどの敵ではなく、出来る限り早口で魔法を詠唱していく。

 唱えるは風を発生させる魔法。それを鞘の中に押しとどめ、さらに《疾風》を刀身に付与させるアタッチメントを装着し、鞘の内部では台風のような旋風が舞い踊る。その旋風を高速の抜刀術によって、一気に刃状にして解き放つ――何人をも斬り裂くカマイタチだ。

「もってけ――」

「――ダブルよッ!」

 放たれたカマイタチがストーンゴーレムの身体を両断し、その両断した身体をリズのメイスがバラバラに打ち壊す。あっさりとストーンゴーレムはインゴットに生まれ変わり、視界にクエストクリアの証が表示される。

「ちょっと。クナイがあるってどういうことなの?」

「……ショウキ?」

 そしてクエストクリアの感慨を感じる暇もなく、訳も分からずリズに案内されたグウェンが、面倒くさそうに聞いてきた。リズの言わんとしていることが大体分かってしまう俺は、ポケットの中に入っていたクナイを取り出すと、溜め息混じりにグウェンに見せた。

「こちら、お求めの商品となっております」

「言い値で買うわ」

 予想以上の食いつきに引いている隙を突かれ、手中にあったクナイが奪われてしまう。あくまで物理的に奪われただけなので、まだ所有権はこちらにあるので慌てることはないが、目を輝かせて眺めるグウェンに「返せ」と言い辛い雰囲気が出来てしまう。

「リズー! ちょっと待っててー!」

「って、何やってんのよ……」

 もう発生することはないが、残った《リバーススタンプ》を処理していたユウキにレインだったが、どうやら暴れすぎて他のモンスターも出て来てしまったらしい。レインがOSS《サウザンド・レイン》で射出した刀剣類を回収している最中、どこかから現れた狼に襲われているのを見て、リズは翼をはためかせてそちらに向かう。

「ちょっと」

 俺もリズに倣ってそちらに向かおうとしたものの、グウェンに腕を捕まれて引き留められる。その表情には、どこか心配そうな表情が浮かんでいた。

「あいつ……いや、あんたたち。何考えてんの?」

「何……というと?」

「私、あんたらを襲ったPK集団の、それもリーダーよ?」

「何された訳でもない」

 グウェンが指揮したPK集団からの襲撃は幾度かあったものの、威力偵察程度だったために特に被害はない。比べれば、こちらに壊滅させられたあちらの方の被害が大きいだろう。

 強いて言えば、ルクスが拉致されたことがあったが、当のルクス本人が気にしていないのだから、俺たちが怒るのも筋違いだ。

「それに、今は違うんだろ?」

「そう……だけど」

 さらに言うなら、グウェンがあのPK集団たちの情報をリークしてくれたおかげで、俺たちはこうしてパーティーに勤しめている。それはグウェンがPK集団たちと袂を分かったことへの証左であり、その通りにグウェンは俯きながらも頷いた。

「何でリーダーやめたのか、聞いてもいいか?」

「……怖くなったの。みんな、本当にあのデスゲームに戻りたいって、心の底から言ってるみたいで……あいつが来てから」

 身体を恐怖に怯えさせながら、グウェンはそう語った。あいつ――キリトが引導を渡したという、PoHを真似たSAO生還者の男。自らの仲間に引き入れる技術も真似ていたのか、グウェン以外は手勢にしていたらしい。

「私は……私はあんなデスゲームじゃなくて、またルクスと、楽しく遊びたかった、だけ……なの」

「……なら、そうすればいい」

 そのまま徐々に、グウェンは感情を露わにしていく。あのデスゲームで親友になったルクスと、ただ遊びたかっただけ――という言葉を肯定すると、グウェンは驚いてこちらを見た。

「でも私……人は死なせたりなんかしてないけど、オレンジで……でもああしないと、あそこを生き残れなくて……」

「確かに許されることじゃない。ルクスだって……いや、みんな同じだ。でもこうやって、みんな遊んでる」

 ラフィン・コフィンに属して攻略組の情報を探っていたルクスだけでなく、守れなかったことや死なせてしまったこと、忘れたいこと――自分たちSAO生還者には、そんなもの幾らでもある。グウェンだけではないが、グウェンとて例外ではない。

「ゲームを楽しんでいこう。もうここは、デスゲームじゃないんだ」

「ゲームを、楽しむ……」

 その言葉に、グウェンは鳩が豆鉄砲を喰らったような表情になった。まるで考えてもいなかった、という言葉が相応しく、グウェンはしばし沈黙する。

「そっか。ここじゃ、人を襲わなくてもいいのね……」

 あのデスゲームをオレンジプレイヤーとして生き抜いた脅迫観念が、グウェンとPK集団をSAOの亡霊として駆り立てていた。他人を犠牲にして自己本位に生きなければ、あの世界では死んでいたという脅迫観念だ。

「私、ルクスと楽しく遊びたい……いいの?」

「謝ってからな」

 しかしここではモンスターに返り討ちにされようが、本当に死ぬなんてことはなく、わざわざプレイヤーを狙う必要はないのだ――と、そう気づいたグウェンは、『SAOの亡霊』から抜け出した。彼女からの問いかけに、冗談めかして返答しておくと、グウェンはばつが悪そうに目を背ける。

「……ごめんなさい」

「ん」

 しかして目を背けたのは一瞬で、グウェンはこちらに深々と頭を下げた。肯定の意を示した短い言葉を発すると、グウェンは高速で頭を上げた。

「そ、そんなことより、このクナイ! なかなかいいじゃない……で、何コル?」

「ユルドだ、こっちは」

「コラ、あんたら増援にも来ずに何話してんのよ。……ってか、そもそもあんたら、何でわざわざ投剣をクナイ型にすんのよ。造るの面倒くさいんだけど」

 クナイを弄り回しながら聞いてくるグウェンと、とりあえずそこは訂正しておく俺との間に、呆れ顔のリズが無理やり割り込んできた。そしてグウェンはその質問に対して、何を分かりきったことを聞いている――とばかりに、ポカンとした表情を見せていた。

「え? 何言ってんの? こっちの方がかっこいいじゃない」

「……あんたも?」

「ノーコメント」

「で、結局いくらなのよ?」

 リズの追求をそっぽを向くことで避け、俺が良い空だ――などと現実逃避する姿に、どうやらリズは追求を諦めたらしく。クナイの値段を聞いてきたグウェンに肩を組み、ハンドサインで『お金』のマークを作ってみせた。

「今度、ルクスと一緒にお店に来なさい。ま、最初くらいはお友達価格で融通してあげる」

「あ……考えて、おくわ」

「おーい!」

 今更ながら、すっかりリズのペースに乗せられていることに気づいたらしいが、グウェンはそれくらいしか言い返すことが出来ずにそっぽを向く。そしてOSS《サウザンド・レイン》で発射した武器の回収が済んだレインとユウキが、こちらに手を振って合流してきた。

「大漁だよ、大漁!」

「そんじゃ、さっさと戻りましょうか! ね?」

「は? ……もしかして、私に言ってる?」

 目当てのアイテムである大漁の生肉が入手出来たため、もはやこのフィールドに留まっている意味はない。さっさと翼を展開し飛翔するメンバーだったが、大地に留まったままのグウェンにリズが声をかける。

「ルクスもいるわよ?」

「――もういいわよ。こうなったら、あのクナイのために着いてってやるんだから」

 そう言ってグウェンは、諦めたような表情で溜め息一つ――最後に少し微笑んで、大地を蹴って飛翔する。そうしてユウキが「シャムロックの本部と競争しよ!」という提案をし、もちろん誰がぶっちぎりで一位を取ったのかは言うまでもない。



「え? もうお肉いらないの!?」

 そうして大漁の生肉を抱えてシャムロック本部に凱旋した俺たちを待っていたのは、セブンから放たれた残酷な一言だった。というか、それにいいリアクションを返してくれたユウキだった。

「ユウキやお姉ちゃんたちが帰ってくるちょっと前にさ、サラマンダー領の人たちが来たの。フロアボスを1パーティーで攻略した連中を見てみたいーって、それで手土産にお肉貰って」

 確かにシャムロックの本部を見てみれば、今まで少なかったサラマンダーのプレイヤーが増えており、キリトと話し込んでいるユージーン将軍など、中にはサラマンダー領の有名なプレイヤーの姿もあった。特にスリーピング・ナイツのメンバーは質問ぜめに合っており、ノリが帰ってきたこちらに気づいた。

「あのインプの子! あの子があたしたちのリーダーだから、あの子に聞いて!」

「え!?」

 ノリの一言で視線がこちらに――というかユウキに集中し、残った俺たちはそそくさとユウキから離れていく。それから一瞬後にユウキはプレイヤーたちに囲まれ、逃げるのが遅れていたらどうなったか考えゾッとする。

「うわー……あ、お姉ちゃん、ライブの後は休憩しててあんまり食べてないでしょ? 一緒に食べよ!」

「う、うん……」

 レインの中では、恥ずかしくて部屋の片隅で体育座りするのが休憩なのか――などと口から出そうになったが、レインの名誉のために実際に口に出すのはやめる。決して、セブンに腕を引かれて去っていくレインから、視線で念を押されたわけではなく。

「えっと、私は……」

「グウェンはこっち、だろ?」

 誰かを探してキョロキョロと辺りを見渡していたグウェンの肩に、ポンとルクスの手が置かれた。もう片手にはジュースが入ったコップが2つ入っており、片方はグウェンに渡していく。

「ありがとう。グウェンのおかげで、こうしてみんなでパーティーが出来るよ」

「ルクス! そ、その……」

「何だい?」

「今まで……ごめんなさい。これからまた、よろしくお願い……しても、いいかな」

 俯きながら謝罪するグウェンに対して、いつもの柔らかい笑顔のまま、ルクスはグウェンの頭を撫でていた。驚いてその場から飛び跳ねたグウェンだったが、そちらに手を差し伸べていたルクスの手を、おずおずと受け取って歩き出していく。

「ああ。これからまた、よろしく。……それじゃ、私の仲間たちの紹介から」

「う……また謝らないとね……」

 そんな会話をしつつルクスとグウェンもまた、先の二人のようにどこかに歩いていくが、グウェンは何かに気づいたようにピタリと足を止める。そして少しだけ頬を赤く染め、俺とリズがいる方向へと振り向いた。

「……ありがと!」

 ……それだけ、怒鳴りつけるようにこちらに伝えてきながら、グウェンはルクスの手を引っ張って無理やり走り出していく。ポカンとしてしまう俺とリズだったが、すぐさまどちらからともなく笑みがこぼれた。

「……良かったわね、ルクス」

「ああ。ナイスな展開になったってことで――」

「――二人は、これからどうするの?」

「ひゃっ!?」

「!?」

 満足げに走り去っていく二人を眺めていると、突如として後ろから声をかけられ、驚愕に二人で振り向くとそこにはユウキ。サラマンダー領の面々に囲まれて身動きが取れなくなっている筈の彼女が、にへへー、という擬音がつきそうな笑顔でそこに立っていた。

「どうしたの? さっきまでサラマンダーの連中に囲まれてたのに」

「ボクの強さが知りたいなら、いつでも相手になるよ! って言っただけだよ?」

 そう言うユウキの格好をよく見れば、いつでもデュエルが出来そうな服装に変わっていた。胸部にはバックラーと腰には愛剣と、準備万端なユウキに対して、サラマンダーは何やらみんなで話し合っていた。誰からユウキに挑戦するのか、どうやら決めかねているようだ。

「はー……。ま、ユウキなら大丈夫だと思うから、バッチリ決めてきなさいな!」

「うん! ところでショウキ、飛び入りも歓迎だけど?」

「パス」

「そこは受けて立つ! とか言えないの、あんた」

 リズに非難の意味を込められた視線が向けられるが、目を輝かせたユウキと戦うなど御免被りたい。そっぽを向きながらシャムロックの本部を見ると、そこには改めて、かなりの数のプレイヤーが集まっていた。もはや人数も数え切れないほどの妖精たちに、今更ながら変な笑いが出てしまう。

「冗談冗談。ショウキとの決着は、もっといい舞台でね! それにしても……いっぱいの人」

「ユウキ?」

 こちらの『パス』をどのように判断したのか、ユウキは少し恐ろしいことを呟きながら。集まったプレイヤーを眺めて俺と同じ感想を持ったのか、ユウキもどこか感慨深げに一歩踏み出した。

「ううん。リズたちに会って、友達がいっぱい出来たなって……ボクたち、この世界に来て良かったって、改めてそう思ったんだ」

 そう呟いたユウキの後ろ姿は、どこか――簡単に壊れそうな脆さを備えているように、見えた。


 
 

 
後書き
リズ……ユウキ……バーベキュー……焼肉……どこまでも無限に減り続けるうっ頭が

ところで今回の話を書くにあたり、ガルオプのヒロインの一人、グウェンのことを調べようと検索したんですが。

ガルオプの感想サイトは一件ヒットしたのみで、あとはハメと安価のSAO作品様と、 ベトナムの方のFacebook に、ついでに拙作がヒットするという状況で、さっぱり調べられませんでした。

何でもネットの検索に頼るな現代人、というメッセージかもしれません。そしてグウェンのあだ名が 蓮夜の脳内で ベトナム人 に決定しました。Hen gap lai
 
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