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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第二十二話 戦いに変わる日

 ――――ジュエルシードを探すために海鳴って場所に来た。

 この世界は母さんの目的に必要なことの一つでしかなくて、私にとってはいつものように済ませたら立ち去るような、大したことのない場所。

 そうなるはずだった。

 ――――小伊坂 黒鐘が登場するまでは。

 私と同じ、ジュエルシードを狙う魔導師の一人で、その強さは私なんかじゃ足元にも及ばないほど凄かった。

 私より強い人は、これまでにも沢山出会ってきたけど、彼の強さは今までのそれとは違う。

 一閃一閃に込められた鋭く、真っ直ぐな想い。

 洗礼された剣術は、今の私じゃどうにもならないって思って、同時に憧れに似た感情を抱かせた。

 私もあんな風に強くなりたいなって、本当に思った。

 そんな彼に出会った私は、彼に抱えているものを見抜かれてしまった。

 家族としての時間を求めてること。

 母さんに笑顔になって欲しいのにうまくいかなくて、逆に怒らせてばかりの日々。

 何が悪かったのか毎日考えて、色々試してみてもダメで、挫折する日々。

 いつしか、私は母さんにとって本当に必要な存在なのかなって疑問に思うことも増えていた。

 私は私を嫌いになりそうだった。

 だけど彼は、私を否定しなかった。

 私を救いたいって強く思って、私に関わろうとしてくれた。

 敵なのに。

 隙を見せれば、いつだって殺そうと考えていたのに。

 なのに彼は、むしろ隙だらけで、いつでも殺せそうなほどに無防備な姿で私に関わってきた。

 本当にただ一人の存在として私を受け入れようとしてくれたんだって、直ぐにわかった。

 そして、分かってしまったから……殺せない。

 気づけば私は彼に心を動かされてしまって、だけどそれを不快だなんて思ってなくて。

 むしろこの感情はきっと、喜びなんだと思う。

 彼を頼れば、彼に求めれば、きっと私は救われる。

 ――――だけど。

 思ってしまった。

 考えてしまった。

 救われるって思った瞬間、私は否定の言葉を思い浮かべてしまった。

 ――――それで、いいのかな?

 彼に手の伸ばせば、きっと彼はその手を取ってくれる。

 だけど私の手はどうしようもなく重たくて、伸ばすどころか動かすこともできなかった。

「私は、ホントに救われていいのかな……?」

 心では足りず、言葉に出るほどの大きな疑問。

 彼は私のために、私を縛るものと戦ってくれる。

 そんな彼は赤の他人だ。

 そんな彼に、私なんかの抱えてるものを背負わせていいのかな?

 短い間だったけど、彼だって大きなものを背負ってることを知った。

 その背負ってるものだって解決していないのに、私の“それ”すらも抱えさせてしまっていいのかな?

 ――――私が不器用だから悪いんだ。

 ――――私が弱いから悪いんだ。

 ――――私が失敗ばかりだから悪いんだ。

 ――――私が……私が。

 そのはずなのに……。

 きっと彼は、『お前は悪くない』と否定してくれる。

 だけど、そうやって縋っていいのかな?

 そんな風に寄りかかって、甘えて、一方的に全部背負わせて、責任も取れないのに巻き込んで、私だけが救われて終わっていいのかな?

 今ある全てを彼に委ねていいのかな?

 いつか私はそれを彼の責任にして、押し付けてしまうんじゃないのかな?

 救われるのであれば、救われたいのかもしれない。

 だけど、あの痛くて辛い日々の中に彼を巻き込んでしまう。

 彼は快く飛び込んでくれるだろう。

 だけど、解決してもこのことは私に一生付きまとって、彼にとっても呪いのように消えない。

 彼は強いから、呪いなんて気にしないだろう。

 だけど、私が通るべき辛い道を私だけが安全な道に逃げて、彼にその道を進ませるのは、理不尽や不公平なものを彼にだけ歩ませるのはいいのだろうか?

 “だから”

 だから私は、彼のもとから離れた。

 もう一回、もとの日々に戻ることにした。

 これでいい。

 きっと何も、間違ってないんだ――――。


*****


「フェイト、ジュエルシードは集まったの?」

「うん。 もう少しだけ時間をくれれば、全部集まるから」

「そ。 随分かかってるみたいね」

「っ……ごめんなさい」

 次元の中にある、母さんの研究場/時の庭園。

 その奥の一室に私は、母さんに現状までの報告に来ていた。

 部屋から少し離れた所にはアルフもいるから、あまり待たせたくはない。

 だけど、今日はきっと待たせてしまう。

 母さんは怒ってるから。

 役に立ててない私に、苛立っているから。

「フェイト、母さんは悲しいわ。 私の研究はフェイトの努力次第なのよ?」

「うん……ごめんなさい」

 さっきと同じ返事を繰り返す。

 ごめんなさい。

 母さんと過ごして、いったいどれだけ口にしただろう。

 ありがとう。

 母さんと過ごして、いったいどれだけ耳にしただろう。

 私はそんなことを思いながら、母さんの顔から目を逸らさないようにする。

 叱られてる恐怖や罪悪感で逸らしたくなるけど、悪いのは全部私なんだ。

 だから耐えないといけない。

 役立たずだっていう現実に。

「これ以上待たされるのは私としても困るわ。 だから……来なさい」

「え……?」

 母さんは突然、遠くに呼びかけるような声を発した。

 アルフ以外に誰かがいる?

 私は疑問に思っていると、不意に肌が寒いような感覚に襲われた。

 バリアジャケットが肌を保護してくれるにも関わらず感じる悪寒は――――。

「――――呼んだか、プレシア?」

「っ!?」

 私の背後から放たれていた“彼”の存在そのものから発せられたものだった。

 私よりも背が高く、やせ型の身体に黒い髪。

 戦う、なんてことは似合わないように見えるその身体からは、しかし“彼”を思わせる鋭い刃物のような雰囲気を感じる。

 “彼”よりも黒く、暗い……夜じゃなくて闇。

 怒りじゃなくて殺意。

 “彼”が絶対に踏み越えないようにしていたはずの一線を超えてしまったような存在が、目の前にいた。

 でも、だからこそ“彼”との違いもあった。

 鋭い刃物のような雰囲気を感じるけど、“彼”はその刃を鞘に納めてるから触れても傷つかない。

 それが優しさなのだと知ってる。

 だけど目の前にいる彼はそんなものはなくて、触れたものを平気で傷つけるような雰囲気が漂っていて……思ったのは一言。

 ――――この人は危険だ。

 そんな彼は、まるで世界全てを馬鹿にするような笑みを浮かべていた。

「母さん……この人は?」

「ジュエルシードを効率的に確保するために用意した人形よ」

「人、形……?」

 母さんは彼を、私よりも暗い瞳で見つめていた。

 そこには愛だとか優しさなんて一切ない、感情の篭ってない瞳だ。

「コレは、ただただ戦うためだけに生み出した存在。 フェイト、あなたがジュエルシードを集める中で邪魔をする存在がいれば、コレはその全てを殲滅する」

「殲滅って……」

 その言葉で私は、母さんが彼をどう見ているのか理解した。

 それは人じゃない――――兵器だ。

 母さんにとって彼はその程度の存在で、きっと彼が死んでも何も思わないんだと思う。

 そんな母さんに対する不信感。

「ひでぇ言い方だなおい。 んま、間違っちゃいねぇんだろうさ、はは」

 そんな不信感すら吹き飛ばすほど、彼は歪んだ笑みを浮かべて返した。

 なんで?

 なんで、そんな風に笑えるの?

 自分を否定されて、捨てられるよって言われてるのに、どうして笑えるの?

 どうして――――嬉しそうなの?

「えっとぉ、フェイトだっけか? 俺ぁ『イル・スフォルトゥーナ』だ」

「……」

 私は彼……イルに返事一つできず、ただただ頷くことしかできなかった。

「今後はソレも送るわ。 ジュエルシード以外の目的で残虐行為はしないようにしてあるけど、ジュエルシードが関われば話は別」

「え?」

 母さんの言葉に、私は思わず耳を疑った。

 ジュエルシードが関わればって、それじゃ……。

「どうかしたの?」

「……なんでもない、よ」

「そう。 なら、さっさと行きなさい。 もしこれ以上遅くなるようだったらそれも含めてフェイト……あなたにはきついお仕置きをしなくてはいけなくなるから」

「は、はい」

「あなたも行きなさい」

「ほぉ~い。 んじゃ、行ってきヤース」

 母さんの言葉に怯える私に対して、気にしてないかのように軽いノリで返すイル。

 対照的な私達は、違う歩幅で部屋を後にした。

「もう少し……もう、少しなのよ」

 出る前に、母さんが何かをつぶやいたような気がした。

 だけど私にはそれを聞く余裕なんてなくて――――。

(私……どうしたら)

 イルと“彼”が戦う姿を想像してしまい、全身が震えるほどの恐怖に襲われた。
 
 廊下で待っていたアルフにイルの説明をしたら、猛反対していたけど、私たちに母さんの考えを覆すことはできなくて。

「じゃ、俺ぁ勝手にやらせてもらうから。 んじゃ」

 そう言って彼は姿を消した。

 母さんからジュエルシードに関する以外の攻撃行為がないって説明を受けてなかったら、その単独行動さえも恐怖の一つだったかもしれない。

 イルから感じた恐怖から少し気を抜きつつ、私とアルフもジュエルシードを求めて、再び海鳴に戻った――――。


*****


「――――よし、いい感じだッ!」

《お見事です》

 朝、台所に立つ俺とアマネは歓喜の声をあげていた。

 短い人生だけど、今がランキングで上位に入るくらい嬉しい瞬間だ。

 手作り弁当ができました。

「長かった……冷めても美味しいハンバーグ、エビフライ、きんぴらごぼうに炊き込みご飯。 形が崩れないだし巻き卵や、ドレッシングが零れないサラダ!」

 完璧だ。

 完璧な、パーフェクト・ベントーが完成したんだ!

 一人暮らしを初めて二~三ヶ月経つが、ようやく成果が出たんだと思うと嬉しすぎて朝から興奮してしまう。

 眠気なんて欠片もないし、疲労感もむしろ幸福感の一部として受け入れられそうだ。

 柚那のご指導もあってここ最近の料理スキル向上が実を結んだときがきた。

 そう、これこそ人生で最も喜ぶべき瞬間――――、

《ちなみにその弁当は、誰に食べさせる予定なのですか?》

「――――ヱ?」

 喜びに満ちた世界は、アマネの一言にして氷河期を迎えた。

 食べさせる相手?

 ………………。
 
《……味わって食してください》

「そのフォローがむしろ辛い!!」

 あまりの絶望感に頭を抱えて天を仰ぐ。

「悪いかよっ!? ああそうだよ俺用だよっ!! 俺が俺のために作った俺の弁当だよっ!!」

 自分でも何を言ってるかよく分からないし、感情とか思考がグチャグチャになっているけど、とにかく言いたいことを言ってやる。

「いいじゃん、美味そうじゃん!! てか絶対に美味いよ!! ああ美味しそうだな、美味しいだろうな、楽しみだなぁ!! どうだ羨ましいだろインテリジェントデバイスさんよぉ!!!」

《マ、マスター、お……落ち着いてください》

「落ち着いてるさ、いたって冷静さっ!! 冷静にお昼が楽しみで仕方ないなぁ~ってテンションMAX全力全開なんだよぉ!!」

 朝から喉が熱を帯びるほどの絶叫。

 そしてなぜか流れて止まらない涙。

《わ、分かりました、分かりましたから……》

 そんな朝を俺はアマネと仲良く(?)過ごした。


 ――――それから約三十分の時間を要して俺は平常に戻りました。


「ほんとにごめんな」

《いえいえ、こちらも取り乱してしまい申し訳ないです》

 俺とアマネは先ほどのことを謝罪しあいながら通学路を歩いていた。

 ここ最近、気温が少し上がって汗をかきやすくなってきたからか、タオルやうちわを仰ぐ人を見かけるようになった。

 夏が少しずつ、迫ってきてるみたいだ。

 とは言え奇跡的に桜はまだ僅かに残っているので、春はまだ諦めていないのかもしれない。

 桜が枯れる前には、ジュエルシードのことも終わらせたいと思うけどな。

「黒鐘、おはよう」

「黒鐘先輩、おはようございます」

「雪鳴、柚那……おはよう」

 いつものように逢沢姉妹と合流し、二人は俺を挟む形で左右に並んで歩き出す。

 この日々の中にいると、ジュエルシードによる事件やら何やらを忘れてしまいそうになる。

 そう思えるくらい、日常に溶け込んできたと思うと、海鳴に来る前とは大きく違う自分になったと実感できる。

 雪鳴や柚那の再会、

「あ、小伊坂君!」

「遅いじゃない!」

「黒鐘さん、おはようございます!」

 高町、バニングス、すずかとの出会いのおかげだ。

「ごめんごめん。 三人とも、おはよう」

 彼女たちに出会えなかったらきっと俺は、こんな日々を過ごせなかった。

 そんな日々をくれた彼女たちに感謝しつつ、俺はこの五人と共に歩き出す。

「ちょっとすずか! アンタまたソイツに抱きついて!!」

「お姉ちゃんも、見てるこっちが恥ずかしいからやめてよぉ!!」

「こっちのほうが落ち着くの」・「こっちが落ち着く」

「にゃはは……」

「ったく……」

 喜怒哀楽に包まれた日々は、いつまでも続いて欲しいと思った。

 だけど、やっぱりそう簡単に続くことはできなかった。

 何も解決してないのに、平穏な日常が続くなんてできない。

 ツケは必ず回ってくるのだから。

 ――――ツケが回ってきたのは、放課後になってすぐのことだった。


*****


 海鳴から離れた港にある沢山のコンテナ。

 バラバラに置かれ、積み上げられたそこは地上では迷路のようになっており、迷子になる恐れがある。

 ジュエルシードが一つ、そんなコンテナのそばに落ちていたことに気づいたのは、放課後になってすぐのこと。

 単独で捜索をしていたユーノから念話によって発覚し、俺と高町、逢沢姉妹は共に向かった。

 ただ、ジュエルシードそのものがなんの反応も起こさないため、到着してからは足での捜索になったため、俺と雪鳴、高町と柚那とユーノの二手に分かれることにした。

 反応、発見次第すぐに連絡すると言う約束を立てて捜索を初めて――――最初に発見したのは、俺と雪鳴だった。

「黒鐘……あれ?」

「そうだ。 だけど、まさか無反応だったなんてな」

 距離にして30メートルくらいの先、コンテナの間に落ちていた。

 今まで何も怒らなかったのは不幸中の幸いと言わざるを得ない。

 こんなところで今までのような暴走をしたら、人がいないとしても被害はデカイ。

「素手で触るのは危険だからアマネを当てて回収しよう」

「了解」

 俺は高町に念話でジュエルシードが見つかったことを伝えつつ、歩きながらジュエルシードに近づいた。

 オレンジ色の夕日の中でも、ジュエルシードは青い光を放ち、その存在を主張している。

 今まで誰の手にも渡らずにいたのが不思議なくらいに。

「――――ッ!?」

 最初は、なんとなくって感じだった。

 なんとなく嫌な予感がするって思った。

 だけどその予感は、一瞬にして現実のものになり、俺はすぐに振り向き――――銃の姿をしたアマネを横薙ぎに振った。

「良い反応だぁ!」

 アマネを握る右手に、強い衝撃が走る。

 まるで鈍器に殴られたんじゃないかっていうくらいの衝撃と同時に、目の前に激しい火花が散った。

 アマネの銃口の側面に衝突したのは、反りの深い太刀。

 黒く、暗い……闇のような色の刀身は、光を反射せずに飲み込んでいるかのように存在していた。

「黒鐘!?」

 その音と火花でようやく雪鳴も気づいた。

 俺を襲った、殺意を持った少年に。

「誰だ?」

 俺も同様に殺意をぶつけ、睨みつけながら問う。

 睨まれた少年は怯えず、むしろ獲物を見つけた獣のように笑みを浮かべて答える。

「俺ぁイル・スフォルトゥーナ。 お前を殺す存在だぁ!!」

 狂気に満ちた声と刃が、俺を殺すために放たれた。 
 

 
後書き
どうも、IKAです。

 
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