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幽雅に舞え!

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激突、そして明かされる真実

「火炎放射」
「サンダーよ、十万ボルトだ!」

 バトル早々に、ジムリーダー二人が火炎と電撃を放つ。その雄々しくも美しき翼から放たれた攻撃は紛れもなく伝説の名に相応しく。以前までのサファイア達では防ぎきれなかったであろうが。

「メガヤミラミ!」
「サマヨール!」

「「守る!」」

 二体の緑の防御壁が火炎を、電撃を弾く。防ぎきる。二人の息のあった防御に、ネブラがほう……と呟いた。

「感心するのはまだはやい!ヤミラミ、虚栄巨影!」
「またその技か……避けろ、ファイヤー」
 
 ヤミラミの爪が巨大化し、ファイヤーに襲いかかる。元はジュペッタしか使えなかったが、修行の成果でヤミラミも使えるようになったサファイアだけの技だ。
 だがイグニスにとっては一度見た技。平然と避ける指示を出すが――ファイヤーの体は、動かない。否、それどころか、サンダーの体まで漆黒の爪に引き寄せられ、二体が爪にかかって傷を負う。

「……重力か」
「正解だよ。サマヨール、そのまま押しつぶして」

 サマヨールはヤミラミが巨大化する陰に隠れて、ファイヤーの傍で強力な重力場を発生させていた。それがファイヤーを、サンダーを吸い寄せ、回避を許さなかったというわけだ。そしてその重力場は更に強力になり、二体の身体を直接圧潰しようとする。

「高速移動だ」
「サンダー、ドリルくちばしで脱出せよ!」

 だが相手も歴戦のジムリーダー。ファイヤーの速度が上がり重力場から脱し、さらにサンダーが体を回転させながら嘴の先端を体ごと高速回転させてサマヨールに突っ込んでくる。重力場を発生させているサマヨールには防ぐことは出来ないが。

「メガヤミラミ!」

 サファイアの指示で、ヤミラミがサマヨールの前に出て宝石の大楯により嘴を防ぐ。宝石を研磨するときのような鋭い音が火花とともに散った。だが防ぎきる。

「メタルバーストだ!」
「サンダー、光の壁!」

 攻撃を受けた大楯が光り輝く。以前ネブラとのジム戦で勝負を決めたヤミラミの大技。受けた攻撃の威力をさらに大きくして跳ね返す反撃の技。サンダーが体の前に壁を作るが、その壁は砕け散り宝石の輝きがその身を焼いた。

「どうだ!」
「ふ……なかなかやるではないか」
「!」

 ネブラは不敵に笑った。連続でダメージを与えたはずのサンダーは、平然と飛翔し雷鳴の如き雄たけびをあげる。

「伝説が伝説たる所以は攻撃力だけではない。簡単には落ちぬ耐久も併せ持つが故だ。サンダー、羽休め!」
「体力を回復させる気か……メガヤミラミ、影打ち!」
「サマヨール、重力で休ませないで」
「させん、熱風」

 二人がかりで攻撃しようとするのを、イグニスが止めてくる。吹き荒れる熱風はまともに吸い込めば喉を焼き、身を焦がすだろう。

「くっ……メガヤミラミ、守る」
「……サマヨール!」

 サファイアは攻撃を中断したが、ルビーは鋭く名前を呼んだ。サマヨールは――熱風を受けながらも、重力で休もうとしたサンダーを上から押しつぶす!

「何……!?」
「くっ……サンダー、ボルトチェンジ!」

 サンダーの体が電光に包まれ、凄まじいスピードでメガヤミラミに突っ込む。そして再びメタルバーストを受ける前に、ネブラのボールへと戻った。ネブラがわずかに苦い顔をする。

「よもや貴様が防御を捨てて攻撃してくるとはな……この俺様のサンダーを退却せざるを得なくさせた度胸、認めよう」
「お褒めに与り光栄だね。でもまだお楽しみはこれからだよ?」
「ふはははは!言うではないか、小娘が!この前は陰気な奴だと思っていたが……そこの英雄に影響されたか?」
「……そうなのか、ルビー?」

 サファイアが首を傾げてそういうので、わずかに赤くした顔を背けるルビー。ごまかすように冷たく言った。

「それはないよ」
「ふん、へそ曲がりめ……まあいい。出でよ、デンリュウ!」
「デーン!」

 可愛らしい鳴き声と共に現れたのは、毛のない羊のようにすらっとした黄色い体のポケモン、デンリュウだった。

(だけど油断は禁物だ、本気のジムリーダーが繰り出すポケモンなんだから)

 この前の自分への戒めとして、そう思い直し警戒するサファイア。

「いくぞデンリュウ、シグナルビームだ!」
「メガヤミラミ、守る!」
「ふ……それでいい、やれぃイグニス!」
「ファイヤー」

 ファイヤーの体全体が炎で眩く煌めく。その神々しさは正しく不死鳥の如し。サファイアは気づく。ネブラは自分に注意を引きつける意味でもポケモンを交代したことに。自分の攻撃で守るを『使わされた』事実に。


「ゴッドバード!!」


 そして放たれるは神速の突撃。一直線にメガヤミラミに向かい、必殺の一撃を見舞わんとする。

「サマヨール、重力!」

 重力場を発生させ、ファイヤーの速度をわずかでも遅くする。それでもなおヤミラミを吹き飛ばし、壁まで叩きつけた。
 
「決まったな」
「それはどうかな・・・メタルバースト!」
「!」 
 
 再びヤミラミの大盾が輝く。ゴッドバードによって受けたダメージを更に増して跳ね返す一撃は至近距離にいるフャイヤーに直撃した。
 
「・・・戻れ、ファイヤー」
「ありがとう、ヤミラミ」
 
 ファイヤーが戦闘不能になり、ヤミラミも体力のほとんどを使い果たしたのでボールに戻す。まずは痛み分けだ。
 
 自分のポケモンを倒した実力を認めたのか、イグニスは初めてサファイア達に僅かな笑みを見せた。ただしそれは友好ではなく、更なるバトルへの期待を持った笑みだった。
 
「行くぞフャイアロー。疾風の翼翻し、音速すら越えて敵を討て」
「こい!全てを引き裂く戦慄のヒトガターーメガジュペッタ!」
「・・・一度のバトル中に二度のメガシンカを決めてきたか」
「ああ、これも修行の成果だ」

 メガジュペッタとファイアロー。この前のバトルと同じ組み合わせが向かい合う。相手のポケモンの特性『疾風の翼』の恐ろしさは今でも忘れられない。

「だが、俺のファイアローについてこれるか?燕返し」
「ジュペッタ、怨虚真影おんこしんえい!」

 神速の燕返しに対し、ジュペッタは己の特性『悪戯心』を活かした先制での変化技に、さらに先制技の影打ちを合わせる。その速度はファイアローに疾風の翼に劣らず、翼と影が交差した。

「ほう」
「よし……!」

 拳を握りしめ、対策が上手くいったことを噛みしめるサファイア。勿論、これでようやく相手と同じ土俵に立てただけのことではあるが、それはとても大きい。ルビーはネブラに集中できる。

「サマヨール、デンリュウに鬼火」
「させん!」
「あんたの相手はこの俺だ!」

 サマヨールが揺らめく炎を放つのを、火傷を負わないファイアローが割って入ろうとする。そこにジュペッタが影を伸ばし進路を防いだ。デンリュウの体が鬼火に撒かれる。

「どうやらその子はあまり素早くないみたいだね?」
「否定はせんが……貴様のポケモンを見るがいい」

 ルビーがサマヨールを見ると、サマヨールの体にわずかな電気が纏わりついていた。

「麻痺状態……電磁波だね」
「鬼火を巻くと同時に、こちらも仕掛けさせてもらった。貴様の重力場はなかなか厄介なのでな」
「なるほどね……でもまだ動けるさ、そうだろう?」
「~~」

 サマヨールののんびりとした声が、帰ってくる。まだまだやる気はあるようだ。ルビーが不敵に微笑む。

「ゆくぞデンリュウ、ジュペッタに綿胞子!」
「サマヨール、朧重力で吸い込んで、ファイアローの動きを遅く!」

 互角にぶつかり合うジュペッタとファイアローに、それぞれの援護が飛ぶ。なるほど、これは――

「どうやら、どうやらどちらが上手く仲間をサポートできるかの勝負になりそうだね……なら負けないよ」
「ふはっ、せいぜい出会って一年にも満たぬ貴様らが10年来の我らのコンビネーションに勝てると思うか?」

 ネブラはサファイアとルビーの仲についてジムトレーナーから聞いて知っているがゆえにそう言った。ルビーは答えないが、こう思う。 

(年月なんて関係ない。彼を支えたいという気持ちなら負けないよ)
 
「サマヨール、金縛り」
「デンリュウ、妖しい光!」

 ファイアローが連続で燕返しを放とうとしたところを金縛りが動きを止め、出来た隙をつこうとしたところを妖しい光が撹乱して技を外させる。

「サマヨール、朧重力」
「竜の波動だ!」

 サマヨールが全てを吸い寄せる球体の重力場を作ろうとするが、そこで麻痺の効果が行動を阻害した。竜の波動がジュペッタを狙い、影分身で躱さざる得なくなったところに必中の燕返しがジュペッタの体を切り裂く。 

「ようやく麻痺が効いてきたようだな」
「確かにそうだけど……君のデンリュウだって鬼火に苦しめられているんじゃないのかい」
「構わん、その前にイグニスが英雄の少年を倒しきってしまえばよいだけよ!デンリュウ、妖しい光!」
「……サマヨール」

 ルビーが呼びかけるが、サマヨールは身体が痺れて動けない――その隙に惑わす光がジュペッタの攻撃を外させ、ファイアローが羽休めで体力を回復する。

「これで決めるぞ、ファイアロー」

 まだ光に撹乱されるジュペッタにファイアローがとどめを刺そうと一瞬力を溜める。地面すれすれを水しぶきを巻き上げながら突進するファイアローの決め技。


「ブレイブバード」


「定められた破滅の星エクス・グラビティ」


 地面から飛び立とうと羽搏いたファイアローを、今までとは比べ物にならない程の強烈な重力が上から押しつぶした。飛び立つ直後で、速度が乗り切っていないファイアローは堪らず叩き潰され、その燃える羽が温水に濡れる。明らかに戦闘不能だ。

「なん、だと……?」
「これは……!」

 イグニスがさすがに驚いたのか目を見開く。単純に技の威力が高かったからではない。あの攻撃は疾風の速度で振り切ることも出来たはずだ。、ファイアローが地面に降り立ち、飛び立つぎりぎりのタイミングでなければ。ルビー確信を持ったつぶやきからして、偶然とは思えない。

「上手くいったな、ルビー!」
「麻痺を受けた時はひやりとしたけどね……ご苦労様、サマヨール」
「~~♪」

 サファイアとハイタッチ(ルビーは手をあげただけだったが)しながら褒められてサマヨールが嬉しそうに鳴く。

「貴様……いったい何をした?」
「種明かしがほしいかい?ジムリーダーさん」
「む……」
「講釈などいらん」

 教える気のないルビーにネブラが渋い顔をする。イグニスは早々に頭を切り替えて一言で打ち切る。

「まさか俺が一番最初に最後の手持ちを繰り出すことになるとはな……どうやら、お前たちを見くびっていたようだ」

 モンスターボールを天に放り投げる。紅蓮の球体に包まれ現れ出でるは、どの地方であってもその名が通じるであろう猛々しき赤き竜。


「メガシンカ、Yチェンジ!現れろォ!メガリザードン!!」

 
 ついに来たか、とサファイアは思う。この前は一撃で倒されてしまったがゆえに、具体的な対策は建てられていない。ここが踏ん張りどころだとサファイアは浮かれそうになる気持ちを落ち着ける。

「メガジュペッタ、シャドークロー!」
「エアスラッシュ」

 ジュペッタの漆黒の爪が伸び、リザードンに向かう。基本の技一つとっても一か月前とは速度も威力も増した。だがしかし、リザードンの羽搏きによって生まれた真空の刃が影すらも吹き散らし、ジュペッタを吹き飛ばす。

「なんて威力だ……いったん戻れ、メガジュペッタ!そして現れろ、勝利を運ぶ優しき気球!フワライド!」
 
 もう体力も残りわずかだが、ここはジュペッタを下げる。そして新たにフワライドを繰り出した。

「さて、イグニスが真打ちを繰り出したところで……俺様も最後の一体を出すとするか」
「鬼火で体力が尽きるまではもう少しあるけれど、いいのかい?」
「構わん。もう休めデンリュウ。そして……出てこい、我が最強の僕!」

 ネブラがモンスターボールから繰り出すのは、ホウエンでは珍しくないポケモン…ライボルトだ。勿論、それだけでは終わらない。フエンタウンに暗雲が立ち込め、雷が降り注ぐ。一瞬フエンジムそのものが停電し。再び明かりがともったときには、ライボルトの姿が雷を具象化するが如く変化していた。

「行くぞメガライボルト、ワイルドボルトだ!」
「メガリザードン、熱風」

 更なる雷光を纏い突撃するライボルトに、嵐のような熱風を放つリザードン。

「サマヨール、重力壁!」

 それに対しサマヨールは修行の中で見につけた新たな守りの境地――重力場を『壁』として出現させ、熱風とライボルトの体を吸い寄せつつ壁が全てを受け止める。

「フワライド、シャドーボール!」
「ふん、その程度の攻撃が今更当たると思うな!」

 ルビーの壁が全てを防いだところですかさずフワライドが漆黒の弾丸をライボルトに放つ。だがライボルトは雷光の如き速さで躱してしまった。

「まだまだ!フワライド、妖しい風!」
「エアスラッシュ」
 
 続けて放った不気味な風も、リザードンの爆風の刃が吹き散らしてしまう。だが……サファイアの狙いは妖しい風による攻撃ではない。

「……いかん、放電だメガライボルト!」
「ラッ……!?」

 ネブラが慌てて指示を出し、ライボルトが咄嗟に全方向に電撃を放つ。一度避けたかに思えたシャドーボールが後ろからライボルトを追尾していたからだ。怪しい風はそこから目を背けさせるためのフェイク。そして全方向に電撃を放ったということは――

「メガリザードン、火炎放射!」

 メガリザードンにも、放電の影響は及ぶ。やむを得ず火炎で相殺し爆発が起こり、それはフワライドから一瞬でも目を反らすのと同義。

「フワライド……頼む!」
「ぷわわーー!!」

 フワライドの身体が膨らみ、光が中から灯る。それはメガシンカの光ではない。

「大爆発だ!!」
「ぷわあああああああああ!!」
「なっ……」
「……!!」

 体力の全てを使い果たすその名の通りの大爆発が起こる。全てはサファイアの作戦通り。仲間に使わせたい技ではなかった。フワライドもサファイアのために身を呈することを厭わなかった。その覚悟のこもった爆風が目を反らしたライボルトとリザードンに当たる。ゴーストタイプであるサマヨールには効果がない。


「フワライド……ゆっくり休んでくれ」


 倒れたフワライドをボールに戻す。大爆発を受けたライボルトとリザードンは――その身を焦がしながらも、二体とも倒れなかった。  


「……よもやそうくるとはな。今の貴様には灼熱の闘志と飛躍を求める魂を感じる」
「ふはははは!面白い……面白いではないか英雄よ!これでこそ俺様がこの地に赴いた甲斐あったというものだ!」


 追い詰められたジムリーダーたちは――二人とも、笑っていた。自分たちの全力をぶつけて相手を笑顔に出来た、認めさせることが出来たのだとサファイアは思う。

「ありがとう。だけど勝負は……これからだ!今一度現れろ、メガジュペッタ!」
「----」

 サファイアがメガジュペッタを繰り出す。登場と共にケタケタと笑うジュペッタも、楽しそうだった。

「……ネブラ、補佐は任せたぞ」
「俺様に任せるがいい、派手にやれ!」

 それと同時に、リザードンの口に莫大な炎の塊が宿っていく。以前戦った時、一撃のもとに二体を倒した恐らくはリザードンの必殺技。


「メガリザードン!全ての敵を撃ち抜け!……ブラストバーン!」


「サマヨール、重力壁!」

 リザードンの口から数千度にまで達した炎が放たれる。ジム全体に激震が走り、爆裂音が響く――それをルビーのサマヨールが漆黒の防御壁で受け止めた。だが膨大な火力の前に壁が削れ、サマヨール『だけを』焼く。バトルスタートから守りとサポート、そしてファイアローを倒す活躍も見せたサマヨールが、ついに倒れた。

「……身を呈してなお、仲間を守ったか」
「じゃあ、任せたよサファイア君」
「ああ!今だメガジュペッタ、俺たちの新必殺技を見せてやれ!」
「……来るがいい英雄よ!」

 メガジュペッタが相手に向かっていきながら影分身する。体にスパークを纏い、迎え撃つライボルト。


「夥しく増える影よ。今雷鳴を超える速さを得て、全てを切り裂く刃と化せ!斬影無尽撃ざんえいむじんげき!!」


 しかし、一筋の雷では無数に増える影を捉えることは出来ない。スパークが空を切り――ジュペッタの影打ちによって分身の全ての影が高速で伸びる。シャドークローによって影が尖り刃となる。その一撃――いや、無数の連斬はライボルトを、反動で動けないリザードンを切り裂き、二体を戦闘不能にした――。


「く……だが俺様にはサンダーが残っているぞ!伝説の雷の力、とくと味わうが……」
「もういい」
「イグニス……」

 リザードンを倒されたイグニスが、ネブラを手で制す。サファイアを見据え、こう言った。


「この勝負、貴様らの勝ちだ。――あの王者の真実を、話そう」


 こうして、4人による全力のバトルは終わった。まずサファイアの胸に去来したのは一か月の修行が実ったことによる今までに感じたことのないほどの充足感と。ついにシリアの真実を知ることへの不安。それらが同時にやってきて、しばしの間立ちすくむサファイア。

「やれやれ、君が呆けてどうするんだい?あんなに求めていた勝利と真実が目の前にあるんだ。――こういうときは、素直に喜べばいいじゃないか、君らしくもない」
「……そうだな、ありがとう」

 そう言って、サファイアはルビーに手を差し出した。ルビーが苦笑して、手を握る。

「君から手を差し伸べてくれるなんて……あの時以来だったかな?」
「ああ、だけど……もう恥ずかしがるのはやめるよ。こんなにも支えてくれてるんだし、さ」

 サファイアが恥ずかしげもなくそう言った。修行を経て、強大な壁を乗り越えて……少年は一歩、大人に近づいたのかもしれない。

「えー。からかいがいがなくなってつまらないなあ……なんてね」
「それは……我慢してくれ」
「ははは、冗談だよ。まだまだ可愛いね」
(それに……本当に支えてもらってるのは、ボクの方なんだよ)

 さ、ポケモンを一旦回復させようか。と言ってルビーは歩き出す。サファイアもその隣を歩いた。二人はポケモンセンターで回復させ、再びジムリーダーの場所に戻る。

「来たか」
「覚悟はいいな?後戻りはできんぞ」

 ネブラがそう確認する。それが彼の優しさなのだろう。サファイアとルビーは頷いた。イグニスがおもむろに語りはじめる。

「あの王者が初めて四天王としての俺に挑んできた時……奴は、凄まじい執念で向かってきた。そう、まさに生にしがみ付く亡者のように……今の奴とは、似ても似つかない」
「……!!」
「……」

 サファイアが驚愕し、ルビーは納得したように頷いた。それについてイグニスとネブラは訝しげな顔をしたが、構わず話を続けた。

「あいつはゴーストタイプの持つ悍ましさと状態異常や呪いをふんだんに使い、チャンピオンの座にまでのし上がった……かつての奴は、間違いなく人を楽しませるためではなく勝つためだけに、勝利がそこにあるのなら相手の心臓をもぎ取ってでも奪い取る……そういう奴だった」
「そんな……じゃあなんでシリアは変わったんだ?あんたはそれを知ってるのか?」

 サファイアが思わず疑問を投げかける。イグニスは無論、と断じる。だから黙って聞けとその目は言っていた。

「そして頂点に上り詰めたあいつは……今度はその立ち位置を守るためにあらゆる手段を講じた。その中の一つが、今のあいつの戦い方……見るものを楽しませるそれだ。あいつにとって、人々を楽しませることは自分の位置を守るための手段でしかなかった……それでも俺はいいと思っていた。仮初の姿でも、人々は――お前のようなものが楽しんでいるのなら、いずれ本当に心の底から人々を喜ばさせられるものが現れるだろうと」
「イグニスはずっと、貴様のような者が現れるのを待ち望んでいたのだ。態度には出さんがな」
「……」

 イグニスの目が余計なことを、と語っている気がしたのは、否定しないことから気のせいではないのだろう。

「そして奴は次に……チャンピオンでありながら人々を楽しませる存在として自身を企業……デボンコーポレーションに売り込んだ。それにより、奴の地位は不動のものとなった。実力があり、華があり、自分の地位のためならどんな労苦をも惜しまないあいつは企業にとって金の成る木だったからな」
「デボンコーポレーション……だからエメラルドはシリアを嫌ってたのか」
 
 エメラルドは確かに「俺はあんなチャンピオンにはならない」と言っていた。その理由がようやくわかった。彼はシリアの態度が偽りであると考えているのだ。

 だがサファイアは、テレビで見たシリアのバトルが……カナズミで自分と会って話したシリアの態度が、演技だとは思えなかった。思いたくなかった。

「それでもチャンピオンになった当初の奴には、演技なりに人を楽しませようという……強迫観念にも似た熱意があった。何がやつをそこまで突き動かしたのかは知らん。だが、チャンピオンとしての立場が盤石になり、テレビで行われるホウエンリーグ決勝戦も八百長となってから……奴からは、闘志が感じられなくなった。あの亡者のごとく執念が……」

 そう口にするイグニスは、何か大切なものを失った時のような悲しそうな表情をしていた。それはそうだろう。ホウエン地方のポケモントレーナーの全ての興味の場であるホウエンリーグがただチャンピオンをまつりあげるためだけのワンマンショーとなっているのだから。

「再会した時の兄上はまるで別人だった……何かあるとは思っていたけど、そこまでだったなんて」
「待ってくれ、それじゃああの……前回のホウエンリーグ決勝戦も?」
「ああ、全ては最初からバトルの筋書きや台詞まで決められていた。俺は役者ではないというのに」

 自分が旅立つ前に見て心躍らせたシリアの試合。それもすべて偽りだったというのか。ショックを受けているサファイアを心配しつつもルビーはイグニスに尋ねる。

「じゃああのティヴィル団とは何も関係ないのかい?その話だと、彼らとの関係性はないと思えるけど」
「そこが俺たちにもよくわからん。最初は奴を正義のヒーローと祭り上げるためのショーかと思ったが、ネブラが調べたところ、奴らとデボンに関連性はなかった。……この前のキンセツでの一件でもシリアが現れなかったあたり、本当に無関係の可能性もある」
「はっきりしたことはわからない、か……兄上、あなたはいつの間にそんな謎多き人になったんですか?」

 ルビーが呆れて肩を竦める。サファイアは、震える声で言った。

「……やっぱり信じられない。シリアのバトルが、演技だったなんて」
「サファイア君。気持ちはわかるけど……」
「だから俺、シリアに直接会って確かめる。シリアとバトルすれば、本当のことがわかるはずだ」

 飽くまでシリアを信じつつも、目的はぶれないらしい。そんなところも彼らしいな、とルビーは思った。

「……ならばできるだけ早くジムバッジを集め、チャンピオンロードを超えることだ。今のお前の実力ならば、難しいことではないだろう」
「ああ……そうするよ。ありがとう、俺たちと本気で戦って……教えてくれて。まだ信じられないけど、いろいろ考えてみる」
「ふ……礼を言われるとはな。ならば餞別だ。こいつを連れていけ」

 イグニスがモンスターボールを放ってよこす。その中にいるのは――前回のバトルで恐ろしき火力を見せたシャンデラだった。

「いいのか?」
「貴様はシリアと同じゴーストポケモンで制覇を目指すのだろう。だがホウエン自体にゴーストタイプはそう多くない……何より、シャンデラは本気で戦いたがっている。実力も確かなお前に託そう」
「……ありがとう。よろしくな、シャンデラ」

 モンスターボールの中のシャンデラに微笑みかける。疲れているし伝えられた言葉が刺さって辛さを押し殺した笑みだったが、シャンデラは頭の炎を滾々と燃やしている。やる気十分、ついてきてくれる……ということだろう。

「それじゃあ俺たちはいくよ。ルビーももう聞きたいことはないか?」
「うん、大丈夫だよ」

 ルビーが頷く。サファイアはネブラとイグニスに一礼した。

「達者でな」
「貴様らの健闘を祈る。そしてその目で多くの物を見るがいい」

 彼らもそれぞれの言葉でサファイア達を見送った。サファイアとルビー、二人は次のジム――ヒマワキシティを目指すのだった。
 
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