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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百八十三話 休息の陰で

帝国暦 487年 12月15日  帝国軍総旗艦ロキ   イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼン



「トゥルナイゼン少将」
名を呼ばれて振り返るとそこにはグリルパルツァー、クナップシュタイン少将がいた。急ぎ足でこちらに近づいてくる。

「そちらも今到着か」
「ああ、卿の背中が見えたのでな、声をかけたのだ。一緒に行こう」
クナップシュタインはそう言うと俺の肩を軽く叩いた。生真面目な彼には珍しい事だ、勝ち戦に少し高揚しているのかもしれない。

グリルパルツァーを見ると笑みを浮かべて肩を竦めるしぐさを見せた。どうやら俺と同じことを考えているようだ。いかんな、クナップシュタイン、そう簡単に相手に読まれてしまっては良い用兵家にはなれんぞ。

三人で艦橋へ向かいながら、話は自然と今回の戦いの事になった。
「それにしても圧勝だったな、それとも鎧袖一触と言うべきかな」
「終わってみればだ、グリルパルツァー少将。始まる前は正直勝つ見込みは少ないと思っていた……」

グリルパルツァーとクナップシュタインが話している。俺も同感だ、オーディンで二倍の敵が攻めてくると聞いたときには正直勝てると言う確信は無かった。メルカッツ提督が来るまで何とか防ぐ、それが精一杯だろう。メルカッツ提督が来たときには俺達の艦隊はボロボロに違いない、そう思っていた。

「まあ、これで宇宙艦隊で一番弱い艦隊とは言われずに済むだろう」
「そうだと良いがな、トゥルナイゼン少将」
「?」
「宇宙艦隊で一番弱い艦隊でもこれくらいの実力はある、司令長官ならそう言われるかもしれんぞ」

笑いながら言うグリルパルツァーに対しクナップシュタインが“それは酷い”とぼやいている。俺も酷いと思うがぼやいているクナップシュタインの表情は明るい。やれやれだ。

他愛ない話をしているといつの間にか艦橋に着いた。司令長官の所に向かうと副司令官クルーゼンシュテルン少将、参謀長ワルトハイム少将、副参謀長シューマッハ准将、キルヒアイス准将の姿があった。どうやら副司令官は俺達よりも先に来ていたらしい。

しかし提督席には司令長官の姿が無い。フィッツシモンズ中佐、ヴェストパーレ男爵夫人の姿もだ。

「やあ、ようやく来たか、待っていたぞ三人とも」
「参謀長、司令長官は?」
俺の問いにワルトハイム参謀長は微かに顔を曇らせた。

「閣下は少し疲れたと仰られてな、自室で休まれている。まあ本来ならまだ入院している所だからな」
「大丈夫なのですか」

「大丈夫だよ、クナップシュタイン少将」
「しかし……」
「そんな顔をするな、司令長官は卿らの働きを褒めていたぞ。戦闘が思いのほか短く済んだのは卿らの奮戦のおかげだと喜んでいた。早く休めると言ってな」

その言葉に笑いが起きた。クナップシュタインも笑っている、ようやく安心したらしい。

「司令長官より今後のことについて指示を受けている。卿らにも説明するが、先ずは座ってくれ、今男爵夫人がコーヒーを淹れている」
「男爵夫人がですか?」

俺の問いに参謀長は重々しく頷いた。
「勝ち戦のご褒美だそうだぞ、トゥルナイゼン少将。次に味わえる日が何時来るのか分からん、心して味わうのだな。但し、味の保証は私はしない。フィッツシモンズ中佐が手伝っているから、そう酷い事にはならんだろうが……」

「参謀長、まさかとは思うが司令長官はそれが原因で逃げたのではないだろうな。大体中佐はコーヒーが淹れられるのか? ココアを淹れているのは見たことがあるが」

「副司令官閣下、小官はそのどちらの質問に関しても答える権限を持っておりません。ノーコメントです。但し一言御忠告いたしますと、いかなる意味でも御婦人方の名誉を傷つけるような行為は慎むべきかと愚考いたします」

クルーゼンシュテルン少将とワルトハイム少将が互いに生真面目な表情で話している。一瞬妙な間が有った後、誰かが笑うとつられた様に皆で笑っていた。

「どうやら、出来たようだな」
グリルパルツァーが艦橋の出入り口の方を見ながら呟く。確かに出来たようだ。男爵夫人とフィッツシモンズ中佐がコーヒーを持ってくるのが見えた。

コーヒーが配られる、香りは悪くない。一口含んでみた、味も悪くは無い、なかなかいける。周囲を見渡すと、皆互いに視線を交わしている。予想以上に美味しいので驚いているようだ。

「さて、司令長官より今後の行動方針を皆に説明するようにと言われている。良く聞いて欲しい」
ワルトハイム少将の言葉に皆自然とコーヒーカップをテーブルに置いた。

「我々は此処に止まり、メルカッツ副司令長官と合流する。合流後はレンテンベルク要塞を攻略する事になる」
予想外の言葉だ、皆顔を見合わせた。

「参謀長、オーディンに戻るのではないのですか、司令長官の御身体を考えればその方が良いと思うのですが」
クナップシュタインの言葉に皆が頷いた。

「私もその事は言ったのだが司令長官は休息はレンテンベルク要塞で取るの一点張りでな、説得できなかった」
「……」

「レンテンベルク要塞を攻略後は、そこをオーディンと討伐軍との間の補給、通信の中継拠点、後方支援拠点として司令長官が使用するつもりのようだ。前線は殆どメルカッツ副司令長官に任せるのだろう」
「……」

「トゥルナイゼン少将」
「はっ」
「卿は捕獲した艦、捕虜、それに重傷者、損傷の酷い艦を率いてオーディンに戻ってくれ」

オーディンに戻る? それではレンテンベルク要塞の攻略戦は……。
「安心しろ、レンテンベルク要塞攻略に向かうのは卿が合流してからだ。此処からなら三日程で戻ってこられるだろう」

なるほど、メルカッツ副司令長官が此処に来るのは大体二日後だ。強行軍で疲れているだろう副司令長官に一日休息を与えると言う事か。
「承知しました」

「グリルパルツァー少将、クナップシュタイン少将」
「はっ」
「卿らには今回の戦いで使用した妨害電波発生装置の回収を頼む。オーディン近郊でそんなものを放置するわけにはいかんからな」
「確かにそうですな、承知しました」
グリルパルツァーの答えにクナップシュタインが頷く。

「クルーゼンシュテルン副司令官はこの場にて本隊の直衛を御願いします。キルヒアイス准将は戦闘詳報の作成を。男爵夫人、キルヒアイス准将のサポートを御願いします」

ワルトハイム参謀長の指示に特に異論も無く皆頷いた。指示が出し終わりまた皆でコーヒーを飲む。今度は当然だが今回の戦いの事が話題になった。話が盛り上がっていく中、参謀長が突然話を聞いて欲しいと言い出した。

「シュターデン大将の事だが私は最初、あの醜態を軽蔑した。なんと情けない姿だと。司令長官の仰るとおり、あれでは死んでいった者たちが浮かばれぬと」
ワルトハイム参謀長が首を横に振りながら話し始めた。

「だが、今ではシュターデン大将の気持が少し分かるような気がする」
「それはどういうことです」
俺の問いかけに参謀長は少しの間沈黙した。

「分進合撃に対して各個撃破など私は考えることが出来なかった。司令長官が居られたから勝つ事が出来たが、そうでなければオーディン近郊で防衛戦をしていただろう。となればシュターデン大将に包囲殲滅されていたかもしれない」
「……」

確かにそうかもしれない。参謀長だけではない、俺も各個撃破など考え付かなかった。参謀長の話が続く。
「そう考えるとだな、シュターデン大将の気持が少し分かるような気がするのだ。同情するわけではないが今回の戦いはほんの少し、いや、かなり運が悪かったのではないかとな。まあ運も実力の内ではあるが……」

「……勝者と敗者は紙一重、そんな感じですな」
「だがその紙一重が重いのだろう」
グリルパルツァー、クナップシュタインが言葉を続けた。全く同感だ、その紙一重が重いのだ、詰め切れない。皆も同じ思いなのだろう、それぞれの表情で頷いていた。


コーヒーを飲み終わり自分の艦に戻ろうとしたときだった。ワルトハイム参謀長に呼び止められ、参謀長室に誘われた。

「トゥルナイゼン少将、卿は幼年学校でローエングラム伯、キルヒアイス准将とは同期だったそうだな」
「はい」

「親しかったのかな」
妙な感じだ。参謀長室に呼んでローエングラム伯、キルヒアイス准将と親しかったかを訊くとは。変な誤解は受けたくない。はっきりと答えたほうが良いだろう。

「いえ、そうではありません。元々あの二人は周りとは打ち解けませんでした」
「そうか……」
参謀長は何度か頷いている。ますます妙な感じだ。

俺は嘘を言ってはいない。あの二人はいつも一緒だった。そして誰とも打ち解けようとはしなかった。能力が有るのは皆が認めたが、誰も近づかなかった。近づけなかった。妙な二人だった。

「トゥルナイゼン少将、捕虜の護送には十分に注意してくれ」
「と言いますと、何か気になる点でも」
俺の質問に参謀長は頷いた。表情が厳しい、かなり重大なことのようだが、それがローエングラム伯と関係が有るのか?

「ラートブルフ男爵だが、彼は例の誘拐事件の犯人の一味らしい」
「まさか……」
「司令長官の言葉だ。先ず間違いはないだろう」
「……」

あの誘拐事件にラートブルフ男爵が絡んでいる。だとすると……。
「あの事件には謎がある。近衛の中に誘拐犯に協力する人間がいたこともあるが、その近衛が司令長官を暗殺しようとしクーデター紛いの事をしている。ラートブルフ男爵はその辺りの事を何か知っているかもしれん」

「だとすると、暗殺の危険がありますか?」
俺の言葉に参謀長は大きく頷いた。
「あの事件の謎は未だ解明されていない。解明される事を望まない人間が男爵を如何思うか……。司令長官もそれを心配していた」

「参謀長は宇宙艦隊の中にそのクーデターの協力者が居るとお考えですか……」
「分からん、それ以上は言うな、トゥルナイゼン少将。確証はないのだ、それに……」
参謀長の表情が歪んだ。

誘拐事件の時、一時司令長官の安否が不明になった。あの時のローエングラム伯の行動は決して快いものではなかった。たとえそれが混乱を早期に収束させようとしたものでもだ。それ以来、ローエングラム伯とクーデターの関係を危惧するものは少なくない。

ジークフリード・キルヒアイス……、ローエングラム伯に疑いがある以上、その腹心である彼が絡んでいない筈が無い。先程のキルヒアイスを思い出す。口数が少なかった、元々控えめな男だ、その所為かと気にもしなかったが、まさかラートブルフ男爵の事で気もそぞろだったか……。

「とにかく、注意してくれ。オーディンではキスリング准将にラートブルフ男爵を引き渡してくれ。准将とは既に話はついている」
「承知しました」



帝国暦 487年 12月16日  オーディン 新無憂宮 クラウス・フォン・リヒテンラーデ



「国務尚書閣下、ヴァレンシュタイン司令長官がオーディンへ押し寄せた敵、三万隻を撃破しました」
「……」

目の前でエーレンベルク元帥が声を弾ませている。ま、気持は分からなくも無い。後ほど陛下にもお伝えせねばならん。さぞかしお慶びになるじゃろう。大分心配しておられたからの。

「敵の指揮官、シュターデン大将、そしてラートブルフ男爵、シェッツラー子爵はいずれも捕虜となっています。彼らは明日にはオーディンへ護送されてくるでしょう」

「三万の敵はヴァレンシュタイン司令長官の前にあっけなく溶けましたな」

「……」
エーレンベルク元帥だけではない、シュタインホフ元帥までもが声を弾ませている。

「閣下、如何されました。余り嬉しそうではありませんが」
私が沈黙している事に不審を抱いたのだろう。エーレンベルク元帥がシュタインホフ元帥と顔を見合わせながら聞いてきた。

「そんな事は無い、だがの、あれはもう少し何とかならんか」
「?」
「こうまで圧勝するなら今少し自信のある言葉を言っても良かろう。“まあ、何とかなるでしょう”などと言わんでも……」

エーレンベルク、シュタインホフ両元帥が顔を見合わせ苦笑した。
「笑い事ではないわ。もし敵が攻め寄せたら陛下の御身をどうやってお守りするか、必死で考えておったのじゃぞ。それなのに終わってみれば完勝ではないか、あの苦労はなんじゃったのか……」

「お気持は分かりますが、まあ大言壮語した上で敗れるよりはましでしょう」
「軍務尚書の言う通りです。元々ヴァレンシュタイン元帥は大言壮語は吐きませんからな。あれでも努力したほうです」

軍務尚書と統帥本部総長の二人が口々にヴァレンシュタインを弁護する。
「分っておる、本心で言っておるわけではない、ただの愚痴じゃ。それでヴァレンシュタインはこの後どうすると言っておる」

「レンテンベルク要塞を落とすそうです。落とした後は其処を討伐軍の拠点として利用する事になります。ヴァレンシュタインは其処で療養しながら討伐軍全体の動きを見ることになるでしょう」

「軍務尚書の御意見に付け加えさせていただきますとレンテンベルク要塞はオーディンからも遠く有りません。あそこにヴァレンシュタイン司令長官が居るとなれば、貴族連合軍も滅多な事でオーディンには近づけないはずです」

なるほど、ヴァレンシュタインがレンテンベルクに居ればオーディンの反逆者どもも滅多な事では動けんか。ラートブルフ男爵が捕虜になったと言うし、好都合じゃの。

そろそろ例の件も取り掛かるとするか。良い土産を寄越すではないか、ヴァレンシュタイン。気が利くの。ローエングラム伯も間も無く辺境星域に着く筈じゃ。武勲を余り挙げられては面白くない、潮時じゃ……。

「例の件じゃが、そろそろ取り掛かるつもりじゃ」
私の言葉にエーレンベルク、シュタインホフが顔を見合わせた。
「不満かの」

「いえ、よろしいかと思います。幸いラートブルフ男爵が捕虜になりました。少なくともこれで内務省は押さえられるでしょう。問題は有りません」
「同感ですな」
エーレンベルク、シュタインホフが頷いた。

「ローエングラム伯の弱点は伯爵夫人じゃ。其処から突いて見ようと思うておる。内務省については憲兵隊、情報部の力を借りる事になるが頼むぞ」
「憲兵隊はいつでも動けます」
「情報部もです」

「レンテンベルクを落とすのにどの程度かかるかの?」
「レンテンベルク要塞までざっと六日はかかります。それから攻略戦になりますから……」

妙じゃの、エーレンベルクにしては歯切れが悪い。大体要塞などそれほど落とすのに時間がかかるものとも思えん。イゼルローン要塞のように艦隊が駐留しているとか、トール・ハンマーがあるわけでもあるまい……。

「なんぞ、気になる事でも有るか?」
「はっ、レンテンベルクにはオフレッサーが居ると聞いています」
シュタインホフの返事に沈黙が落ちた。どうやらレンテンベルク要塞は簡単には落とせぬようじゃ、苦労するのヴァレンシュタイン……。







 
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