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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百八十二話 戦う毎に必らず殆うし

帝国暦 487年 12月15日  シュターデン艦隊旗艦アウグスブルク   シュターデン大将


「どうだ、連絡はついたか?」
「いえ、駄目です。応答は有りません」
「一体何をやっているのだ、連絡一つまともに送れんのか!」

私の罵声にオペレータが居心地悪そうに身じろぎした。自分が叱責されたと思ったのだろうか。私が罵倒したのはあの口先だけのシェッツラー子爵とその幕僚達だ。

我々の左を進撃しているシェッツラー子爵の艦隊と連絡が取れない。定時連絡が来る時間であるのにシェッツラー子爵から連絡が無い。こちらから連絡を取ろうとしても繋がらない。どういうことだ?

最初は忘れているのか、或いは面倒になって無視しているのかとも思ったが、いくらシェッツラー子爵が軍事に素人でも幕僚達までそうであるはずが無い。何か問題でも発生したのだろうか……。

艦隊を分進したのは失敗だったか、やはり一つにまとめて運用するべきだったか。しかし、シェッツラー子爵とラートブルフ男爵をあのまま一緒にしておくのは危険だった。

ラートブルフ男爵はブラウンシュバイク公派、シェッツラー子爵はリッテンハイム侯派、二人の仲は決して良くない。この二人がオーディン攻略軍に入ったのはあくまでバランスをとるためだった。私としては出来れば軍人だけで作戦を実施したかったが貴族達が承知しなかった。

二人とも功を焦るばかりで軍の統制など何も考えていない。ましてラートブルフ男爵は誘拐事件を起し、その事でヴァレンシュタイン暗殺を失敗したとブラウンシュバイク公達に叱責されている。挽回するために必死だ。今回の遠征に参加したのもヴァレンシュタインを殺してブラウンシュバイク公の不興を拭い去ろうとしての事だ。

いずれ決裂して単独行動に走るか、或いは協同して独自の行動を起すか、どちらにしても軍は分裂しただろう。私としては軍を分け、ヴァレンシュタインの首という餌を与えるしかなかった。

軍を分ける事は悪い事ばかりではないはずだ。三方向から包囲すればヴァレンシュタインの首は確実に取れるだろう。あの不名誉なダゴンの殲滅戦をオーディン近郊で再現する。そうすればオーディンのリヒテンラーデ侯達は震え上がって降伏するに違いない。

あの小生意気な若造、戦術の重要性を理解せず、戦術シミュレーションを馬鹿にする小僧に思い知らせてやる。あの小僧だけではない、ミッターマイヤー、ロイエンタール、ビッテンフェルト、ワーレン、ミュラー、そしてクレメンツとメックリンガー、貴様達にも必ず思い知らせてやる!

特にクレメンツとメックリンガー、貴様等は絶対に許さん! 士官学校教官にも関わらず学生の人気取りにばかり熱心な男など言語道断、ましてその生徒に引き立てられる等、貴様には誇りは無いのか、クレメンツ。

そしてメックリンガー、よくもあの小僧と組んで私をコケにしてくれたな。第三次ティアマト会戦は私の指揮で行われるはずだったのだ。そうなればあのような中途半端な勝利ではなく完全な勝利を収めることも出来たのだ。お前達が帝国の完勝を阻んだ、お前達こそ獅子身中の虫だ、絶対に許さん!

「閣下、後方の駆逐艦ヴェルスより連絡です。七時半の方角に艦影が見えるとのことです。識別、不明」
オペレータの緊張した声が聞こえた。

七時半? 識別不明? シェッツラー子爵か? 心配させおって一体何をしているのだ。大体こんなに近づいては分進合撃の意味が無いではないか、これだから貴族の馬鹿息子は始末に終えんのだ。

「オペレータ、通信を送れ。所定の位置に戻れと」
オペレータが訝しげな表情をした。馬鹿が、この位置に敵が居るわけが無かろう。ヴァレンシュタインは前方に、メルカッツ提督は二日は後の距離に居るはずだ。となればシェッツラー子爵以外に誰が居ると言うのだ、使えん奴め……。睨みつけると顔を強張らせて下を向いた。

「はっ、通信を送ります」
「閣下、敵という可能性は無いでしょうか」
副官のディートル大尉が問いかけてきた。此処にも馬鹿がいるのかと思うとうんざりした。

「一体何処から湧いて出たと言うのだ。敵は前方とはるか後方だ、あれが敵など有り得ん」
「……」

ディートル大尉は不服そうな表情をしている。使えん奴だ、おまけに反抗的なところが有る。私の副官としては不適格だな、いずれ更迭して新しい副官を配属してもらおう。

「閣下、通信が妨害されています!」
「!」
緊張したオペレータの声が聞こえた。妨害? どういうことだ、何故妨害などする。

「左後背より敵襲!」
悲鳴のようなオペレータの警告が艦橋に響いた。その声と同時に艦に衝撃が走る。直撃ではない、至近弾か。

「うろたえるな! 全艦、迎撃せよ」
どういうことだ、何故敵がそこに居る。いや本当に敵なのか、シェッツラー子爵が誤ってこちらを攻撃しているのではないのか、だとしたら……。

「敵を特定しろ、シェッツラー子爵が誤ってこちらを攻撃している可能性がある。通信兵、あの艦隊に連絡をし続けるのだ!」
「はっ」

「馬鹿が、敵と味方の区別もつかんのか、シェッツラー子爵」
いずれこの責任は取ってもらうぞ。味方殺しなど、クライストとヴァルテンベルクだけで十分だ!

「閣下、あれは敵ではないでしょうか?」
ディートル大尉が表情を強張らせている。
「同じことを何度も言わせるな、大尉。あれが敵など有り得ん、第一あれが敵ならシェッツラー子爵の艦隊はどうしたのだ、あれは左後方から来たのだぞ、シェッツラー子爵に気付かれずに来たとでも言うのか」

「シェッツラー子爵の艦隊は既に敗退したのではありませんか」
「……」
こんな馬鹿と話しても無駄だ。今は先ずシェッツラー子爵と連絡を取り、同士討ちを止めさせなければ……。

「閣下! 帝国軍総旗艦ロキを確認! 後方の艦隊はヴァレンシュタイン司令長官の直率艦隊です。規模、約一万五千!」
「馬鹿な、貴様ふざけているのか!」

私の怒声にオペレータは生意気にも反論してきた。
「ふざけてなどいません! スクリーンに投影します」
「!」

スクリーンに漆黒の戦艦が映った。艦橋にどよめきが起きる。間違いない、あれは戦艦ロキ……。どういうことだ、何故そこに居る。シェッツラー子爵はどうした、……まさか、敗れたのか……。

「閣下、やはりあれは敵です」
「そんな事を言っている場合か!」
お前は副官失格だ。何の役にも立っておらん! 私を不愉快にさせているだけだ!

「馬鹿な、どうしてそこにいる……。有り得ない、貴様はオーディンに居るはずだ、魔法でも使ったと言うのか」
自分の声が震えを帯びているのが分かった。

「閣下、敵が接近してきます。このままでは敵が侵入してきます」
分かりきった事を言うな、ディートル大尉。後方からの奇襲、しかも敵のほうが戦力は多い、となれば味方は到底耐えられまい。このままでは艦隊は全滅しかねない。

「……全艦隊、反転せよ!」
「閣下! 反転させても混乱が生じるだけです。時計とは逆方向に……」
「黙れ大尉! 卿の意見など私は必要としておらん、反転攻撃だ!」

味方の方が少ないのだ、敵の後背に着く前に大半は撃破されてしまうだろう、ならばこの場で反転攻撃をかけるべきだ。早いほうがいい、その方が少しでも多くの艦で反撃できる。


帝国暦 487年 12月15日  帝国軍総旗艦ロキ   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


「敵、反転しています」
「馬鹿な、気でも狂ったか」
「好機だ、ワルキューレを出そう。今なら一方的に敵を攻撃できる」

ワルトハイム達が興奮気味に話しているのを聞きながら、俺は堪えきれずに思いっきり失笑していた。やるんじゃないかと思っていたら本当にやった。期待を裏切らない男だな、シュターデン。

何処かでラインハルトの声が聞こえる“俺に低能になれと言うのか、敵の第四艦隊司令官以上の?”。シュターデンに聞かせてやりたいものだ。おそらく顔を真っ赤にして怒るだろう。戦術理論を駆使して反論するかもしれない。

シュターデン、頼むから俺を笑わせないでくれ。胸が、脇腹が痛む、笑い死にしそうだ。それともこれがお前の新しい戦術か? ならば大したものだ、特許でも取るのだな。

「閣下、大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫です。あまりに予想通りなので可笑しくて……」
その先は続けられなかった。笑いが止まらず、咳き込んでしまう。ヴァレリーが背中をさすってくれる。

戦況は更にこちらが優位になっていた。スクリーンには一方的に撃ち沈めれていく敵が映っている。戦術コンピュータがモニターに映し出す擬似戦場モデルでも敵の戦力は確実に減りつつある。此処からの挽回などヤン・ウェンリーでも不可能だろう。

戦いながら反転など簡単に出来るものではない。反転のタイミングは各艦によって違うからまばらになる。要するに反転できても周囲との連携を取りつつ前進などと言う事は直ぐにはできない。

つまり艦隊としての行動は取れないのだ。だから前進して相手の後方に喰らい着くと言うラインハルトの選択のほうが正しいのだ。犠牲は有っても混乱は少ないし艦隊としての秩序も維持できる。

哀れなものだ、敵の艦隊はこちらの攻撃よりもシュターデンの命令のせいで被害が大きくなるだろう。ここまで来ると悲劇と言うよりは喜劇だな。さっきから余りの馬鹿馬鹿しさに笑う事しか出来ない。

「ワルトハイム参謀長、シュターデン大将に降伏を勧告してください」
「降伏勧告ですか、しかし受け入れるでしょうか」
ワルトハイムの顔には疑問がある。まあ無理も無い、俺とシュターデンは犬猿の仲だからな。簡単には受け入れないだろう。

「指揮官ならば、これ以上部下を無駄死にさせるなと伝えてください。死ぬのであれば自分一人で死ね、周囲を巻き込むなと」
「はっ」


帝国暦 487年 12月15日  帝国軍総旗艦ロキ   ジークフリード・キルヒアイス


“自分一人で死ね、周囲を巻き込むな” 司令長官の言葉に艦橋は静まり返った。何処か怒りを押し殺したような口調だった。皆、司令長官の怒りを知ったのだろう、先程までの勝利の興奮は何処にも無い。互いに顔を見合わせている。

司令長官は戦況を見て笑っていた。だがあれは喜んでいたのではなかった。シュターデン大将の余りの拙さに呆れ、怒っていたのだ。そして悲しんでいた。

「閣下、シュターデン大将は降伏勧告を受け入れるそうです」
ワルトハイム参謀長の言葉に艦橋に歓声が沸き上がった。しかし参謀長は戸惑っている。躊躇いがちに司令長官に話しかけた。

「シュターデン大将が、司令長官と話をしたいと言っておりますが、如何なさいますか」
「……スクリーンに繋いでください」

スクリーンにシュターデン大将が映った。敗北のせいだろう、目が血走り顔面が蒼白になっている。

「小官の負けだ、それは認める。しかし卿のあの用兵は何だ。二倍の兵力を前にオーディンを守らず、出撃してくるとは。気でも狂ったか、卿は用兵の常道を知らぬ」
「……」

シュターデン大将の言葉に司令長官は何も言わなかった。ただ苦笑している。
「何とか言わぬか、ヴァレンシュタイン」
「無礼だろう、敗者の分際で。司令長官への礼儀をわきまえろ!」

シューマッハ准将がシュターデン大将を叱責したがシュターデン大将は平然としている。更に言い募ろうとしたシューマッハ准将を司令長官が押し留めた。

「私は卿と戦術論を話すつもりは有りません。忙しいのです」
「自信が無いのか、臆病者が!」
司令長官の苦笑が大きくなった、そして咳き込む。フィッツシモンズ中佐が慌てて背中をさすった。

「情けない姿だな、帝国軍人にあるまじき軟弱さだ。それで宇宙艦隊司令長官が務まるのか!」
「貴様! 司令長官の寛容に付け込むか、理屈倒れが」

ワルトハイム参謀長が激高するが、司令長官が左手を上げて制した。そして哀れむような口調で話し始めた。

「彼を知りて己を知れば、百戦して殆うからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必らず殆うし」
「……」

「シュターデン大将、卿は自分の艦隊がどのようなものか知らなかった。だから統率に失敗した。私がどういう人間か知らなかった。だから出撃すると思わなかった。“戦う毎に必らず殆うし” 卿は戦術論以前に軍を指揮する資格が無かったということです」
「……」

「敗軍の将は兵を語らず、これ以上見苦しい真似をしないでください。卿の指揮で死んでいった者達が哀れです」
「……」



五時間後、ヴァレンシュタイン艦隊は残る一つの艦隊、ラートブルフ男爵率いる一万隻の艦隊を急襲した。不意を衝かれたラートブルフ男爵は開戦後二時間で降伏した。あっけない勝利だった。

今回の司令長官の負傷はラインハルト様にとってチャンスだった。負傷して動けない司令長官に対して辺境で武勲を挙げたラインハルト様。周囲のラインハルト様に対する認識も変わったはずだ。

だが司令長官は二倍の敵をあっという間に葬り去った。細かな戦術ではない、ただ艦隊を高速で移動させるだけで司令長官は敵を破った。もう誰も司令長官の戦術能力に疑問を持つ人間は居ないだろう。司令長官に対する諸提督の信頼は以前にも増して厚くなるに違いない。

やはり危険だ、司令長官はラインハルト様にとって危険すぎる。司令長官が居る限りラインハルト様は前に進めないだろう。そして司令長官はいつかラインハルト様に対する遠慮を捨てるようになる。その前に何とかしなくてはいけない……。



 
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