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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百八十話 分進合撃

帝国暦 487年 12月13日  帝国軍病院  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


「閣下、宇宙艦隊司令部より緊急連絡が入ってきました」
緊張したヴァレリーの声が耳に入った。

「ユスティーナ、私達は席をはずそう」
「済みません、元帥、フロイライン」

ミュッケンベルガー元帥が軽く頷くとユスティーナの肩に手を置き椅子から立ち上がった。ユスティーナは不安そうな表情だったが、元帥に続いて席を立つ。

二人が部屋から出たのを確認してから携帯用のTV電話を正面に置き受信ボタンを押す。スクリーンに現れたのはワルトハイム参謀長だった。顔面蒼白で引き攣っている。拙いな、この男が青褪めるなんてそうそうあることじゃない。

「閣下、敵がオーディンに向かって来ております」
「……何処からです」
距離的に近いのはフレイア方面だ、しかしそっちは今メルカッツ達が居るはずだ。となるとアルテナ方面から来たか?

「フレイア方面からです」
フレイア? 妙な話だな、メルカッツ達が突破された? 敗れた? 有り得んな。となると、すり抜けられた、そんなところか……。

「メルカッツ副司令長官達がフレイア星系の制圧に意識を取られている間にフレイア星系外縁をかすめる形ですり抜けたようです」
「……」

本隊を引き付けその間に別働隊か、大体読めてきた、シュターデンだろう。しかし、フレイア星系をすり抜けてきたとは予想外にやるな、なかなかもって馬鹿にはできん。

「味方の巡察部隊が偶然発見しました。敵兵力は約三万、こちらの倍です。メルカッツ提督達が追っておりますが、敵は後四日もすればオーディンにたどり着きます。おそらくは間に合いますまい。我等はこれより迎撃に向かいます」

おいおい、俺には寝てろとでも言いたいのか? 真っ青な顔をして。それにしても巡察部隊とは、懐かしい名前を聞くものだ。
「分かりました、これよりそちらに向かいます。指揮は私が執りますので、その準備を」

「閣下、お待ちください」
「ワルトハイム参謀長、止めても無駄ですよ。せっかくのお客様なんです、せいぜい御持て成ししてあげないと」

「……」
気持は有り難いんだがな、俺もいい加減寝ているのには飽きた、ピーマンとレバーなんぞこれ以上食べたくないし、見たくも無い。

「不安ですか? ワルトハイム参謀長」
「……いえ、司令部でお待ちしております」
ワルトハイムは敬礼してきた。俺も礼を返す。

通信を切った後、ヴァレリーを見た。手に俺の軍服を持っている。流石は俺の副官、ワルトハイムよりよっぽど腹が据わっている。ただ表情が少し硬いな、惜しい事だ。

「中佐、着替えを手伝ってもらえますか」
「はい」
レーナルト先生がやってきたのは、ようやく上着を着終わりマントを付けようとしているときだった。

「一体何をやっているんです!」
「見ての通りです。敵が来たのでこれから迎撃に向かいます」
「何を馬鹿な事を言っているんです! 寝ていなくては駄目です」

レーナルト先生は俺を止めようというのだろう、ベッドに座って居る俺に向かってつかつかと近づいてきた。だが俺の前に立つ前にヴァレリーが立ち塞がった。

「中佐、そこをどきなさい!」
怒声が飛んだ、ヴァレリーに裏切られたとでも思ったのかもしれない。目がつりあがり、普段の優しい先生は居ない。
「それは出来ません。閣下は宇宙艦隊司令長官なのです。敵がこのオーディンを目指している以上、迎撃に向かうのは当然の事です」

落ち着いた声だった。そのことが反ってレーナルト先生を檄昂させたようだ。
「分かっているんですか中佐! 元帥はまだ動ける状態じゃないんです。命に関わりますよ!」

「このまま此処に居たら、私は確実に敵に殺されますよ」
「!」
「私はまだ死にたくありません。だから生きるために戦いに行きます。それに此処は食事が美味しくありません、いい加減ピーマンとレバーは食べ飽きましたよ」

レーナルト先生が絶句しヴァレリーが苦笑するのが分かった。彼女は俺にマントを付けさせると小声で
「立てますか」
と聞いてきた。

自力ではちょっと厳しい。ヴァレリーの肩に手をかけ立ち上がった。前に進もうとすると脇腹に引き攣るような痛みが起きた。入院中に着ていた服に比べると軍服は動きづらいし、重いのが良く分かる。歩くのも容易ではないようだ。

ヴァレリーに支えられながらゆっくりと歩く。車椅子を使うかと思ったが病人扱いされるのは昔から好きじゃない。大丈夫だ、一人では無理でも二人でなら何とかなる。俺はヴァレリーに支えられながら病室を出た。


帝国暦 487年 12月13日  帝国軍病院  ユスティーナ・フォン・ミュッケンベルガー


病室を出た後、不安に耐え切れずに養父に問いかけた。
「お養父様、一体何が起きたのでしょう?」
養父は直ぐには答えなかった。少しの間私を見ると、病室の前に居た警備兵に視線を向けた。

「向こうへ行こうか」
と言うと、養父は警備兵から離れるように歩き始めた。二十メートル程も離れただろうか、養父は立ち止まると私を見た。

「恐らくは敵がこのオーディンへ攻め寄せてきたか、或いは味方が大敗北を喫したかであろうな。それ以外に宇宙艦隊司令部から入院中の司令長官に緊急連絡など考えられん……」

敵が攻め寄せてきた? 大敗北? 自分の顔から血が引くのが分かった。多分顔色は青褪めているだろう。
「お養父様、敵が攻め寄せてきたと仰いますけど、攻めているのはこちらではないのですか?」

「ユスティーナ、戦争なのだ、どんなことが起こっても不思議ではない」
「では、元帥は」
「出陣するだろうな」

「そ、そんな、無理です。元帥を止めて下さい」
「……」
気が付けば私は養父に取りすがっていた。しかし養父は口を強く結んだまま答えようとしない。

「お養父様が止めてくださらないのでしたら私が止めます」
「無駄だ!」
「お養父様……」
養父は厳しい目で私を見ている。

「敵が攻めてきたか、或いは味方が大敗北を喫したか、どちらにしてもオーディンは混乱するだろう。それを押さえるにはあの男の力が必要なのだ」
「……」
「その事をあの男は良く分かっている。だから止めても無駄だ」
「お養父様……」

「ユスティーナ、良く聞きなさい。あの男を止める事はもちろん、あの男の前で泣く事も許さん」
「……」
「戦場に出ようとする男を苦しめるな。それが出来ないなら軍人など好きにならぬ事だ」

「で、でも元帥は怪我を」
「あの男が一兵士なら代わりが有る、戦場に出ろとは誰も言わぬ。だがあの男は宇宙艦隊司令長官なのだ、お前だけのものではない」

「……」
「この先、あの男と共にあろうとすれば同じような事は何度も起きるだろう。耐えられるか? 耐えられぬのであればあの男の事は諦めよ。好きになる事は私が許さん」

ドアが開く音がした。振り返ると元帥がフィッツシモンズ中佐と共に部屋を出てくるところだった。元帥は中佐に支えられながら歩いてくる。時折顔を顰めるような表情をする。傷が痛むのだろう。

「閣下、敵がオーディンに向けて攻めてきました。三万隻の大軍だそうです。これから迎撃に向かいます」
「そうか、御苦労だな。武運を祈る」

養父と元帥が言葉を交わしている。私は涙を堪えるのが精一杯だ。とても言葉など出せそうに無い。
「ユスティーナ、元帥は出撃するそうだ」
「……御無事でお帰りを」
「有難う、行ってきます」

元帥が私達から離れていく、少しずつ離れていく。早く見えないところに行ってほしいと思うのにもどかしいほどに歩みが遅い。本当に元帥の怪我が憎かった。

元帥が見えなくなったら私は養父にすがり付いて思いっきり泣こう。声を殺して思いっきり泣こう。それなら養父も許してくれるだろう。もう少し、もう少しで元帥の姿が見えなくなる……。



帝国暦 487年 12月13日  宇宙艦隊司令部  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


司令長官室の隣に有る会議室に既に艦隊の主要メンバーは集まっていた。副司令官クルーゼンシュテルン少将、参謀長ワルトハイム少将、分艦隊司令官クナップシュタイン少将、グリルパルツァー少将、トゥルナイゼン少将、副参謀長シューマッハ准将、キルヒアイス准将、副官フィッツシモンズ中佐、ヴェストパーレ男爵夫人。皆あまり顔色は良くない。もっとも一番顔色が悪いのは俺だろう。

「それでは敵の動きを詳しく教えてください」
俺の言葉にワルトハイム参謀長が答えた。
「敵の総兵力は三個艦隊、三万隻です。先程お話したように味方の部隊がフレイア星系の制圧に気を取られている間にフレイア星系の外縁をかすめる形で突破、オーディンに向かっています」

俺が頷くとワルトハイムが言葉を続けた。
「このままで行くと敵がオーディンに着くのは四日後というところです。現在メルカッツ副司令長官、クレメンツ提督が後方より敵を追っていますが、両者の間には約二日の距離があります」

「つまり、味方が敵に追付くより敵がオーディンに来るほうが早いと言う事ですか」
「はい、我々は味方の援軍が来るまでの間、二倍の敵を相手にしなければなりません」

なるほど、皆の顔色が悪いはずだ。オーディンを守らねばならない以上、後退戦は難しい、にもかかわらず二倍の敵を相手にしなければならない。相手がシュターデンだとしても力押しで来られたら少々厄介だ。

「参謀長、敵の指揮官は誰です」
「シュターデン大将、そしてラートブルフ男爵、シェッツラー子爵が指揮を取っています。恐らく総指揮はシュターデン大将が取っているのでしょう」

やはりシュターデンか、そしてラートブルフ男爵……、誘拐犯の一味だな。
「閣下、敵は現在艦隊を三方向に分散しオーディンに向けて進撃しています。恐らく迎撃に向かうであろう我等を包囲殲滅するつもりでしょう」

ワルトハイムの言葉に思わず笑い声が出たが痛みで咳き込んでしまった。ヴァレリーが慌てて俺の背中をさする。ようやく呼吸を整え皆の顔を見ると皆ぎょっとしたような表情で俺を見ている。

「直ちに出撃します。準備に取り掛かってください」
「閣下、敵は二倍の戦力です。作戦の一端なりとお教えいただけませんか?」
ワルトハイムが心配そうな表情で問いかけてきた。

「作戦の一端ですか……。敵は二倍じゃありません、せいぜい七割程度の戦力です。それだけですね」
「七割? 閣下、敵は三万の兵力を動かしているのですぞ」

「集まればですね。今はまだ分散しています。各個に撃破すれば良いでしょう」
「……」
「この作戦は時間との勝負になる。急いでください」
「はっ」

席を立ち、幕僚達が準備に取り掛かる。彼らが居なくなるのを待ってからヴァレリーに頼んでリヒテンラーデ侯、エーレンベルク、シュタインホフ両元帥との間に通信を開いてもらった。

「これから出撃します」
「うむ、勝てるかの」
「まあ、何とかなるでしょう」
俺の言葉にリヒテンラーデ侯は顔を顰めた。頼りない言葉だと思ったのかもしれない。

「リヒテンラーデ侯、まあ此処は司令長官を信じましょう」
「軍務尚書の言うとおりです」
「まあ、信じておるが、卿、もう少し他人を安心させる言葉は出せんか」
溜息交じりのリヒテンラーデ侯の言葉だった。相変わらず無茶を言う爺様だ。

「これでも努力しているつもりですが」
「……仕方ないの。フェザーンは任せるがよい、例の件もこちらで進めておく。卿は注意を怠るな」
「承知しました」

通信が切れて真っ暗になったスクリーンを見ながら余りの皮肉さに失笑した。まさかここでアスターテ会戦を俺がやる事になるとは思わなかった。しかも相手がシュターデンとは……、誤ったな、シュターデン。艦隊を分散する必要なんて無かった、力押しで良かったものを……。何を考えたか想像がつくが、そちらのミスは最大限に利用させてもらおう……。








 
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