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魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~

作者:gomachan
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外伝
  第0話『るろうに戦姫~独立交易都市浪漫譚』

【数カ月前・独立交易都市ハウスマン・郊外調査騎士団詰所】



「あああ~~やっと西特区郊外偵察の報告書が終わった。えーとそれから、訓練に使った魔剣を清掃して武器庫へ……護送した列衆国の人たちの避難民用の糧食と衣料品を、救護十字騎士団から分けてもらって……
拠点防衛騎士団に仮設住居(プレハブ)申請だして……サマーシーズンなのにやること多すぎだろ」

独立交易都市3番街自衛騎士団改め、郊外調査騎士団第3偵察隊隊長の獅子王凱のそんな一言。
日頃の訓練よりデスクワークのほうが労力を要すると唱える獅子王凱は、市長から渡された仕事を淡々と残業をしていた。如何せん、凱のいた世界とは異なり、中世レベルの文明世界では当然パソコンなどありはしない。あれば筆を走らせる仕事などエク○ル、○ード、○ール、大量印刷の複合プリンタで即時終了なのだが……現代人としてこの差を感じるあたりは、交流電圧100Vのない世界でいささか苦労を感じざるを得なかった。

「まあいいや。今日はこれ位にして明日の早朝にやるとするか。飯食って寝るぞ」

即座に明日の行動予定を組み立てて、凱の脳内は仕事OFFモードに移行する。大事な仕事も山積みなのは事実だが、明日も明後日も続くので、体がつぶれては元も子もない。しっかり休むことも任務の一つだと割り切るのだった。ここで大きくあくびを一つ。
筆などの小道具を引き出しに戻そうとして、取手部の金具に手を掛けた時、唐突な違和感を察した。
木製の引き出しがカタカタと震えている。まるで、小動物が引き出しの内部で暴れているかのようだ。

<エザンディスの調子がおかしい?何か引っかかりを感じますが……>

不気味だ。引き出しの中からぶつぶつ声が聞こえる。きっと残業が齎した疲れのせいだと決めつける。

<どうしてこんなところに出口がひらいたのでしょうか?緑色の不思議な波動に導かれて……>

などと聞こえてくる。

「どうしてだって?そんなの俺が聞きたいぜ」

ハタから見れば単なるひとりごとに見える。ゴクリと固いつばを呑む。冷や汗が1滴だけ頬を伝う。
「おいおい、まさか人が入ってるんじゃないだろうな」

居残り青年は、恐る恐る引き出しの取手に手を掛けようとする。

「なんだ!?引き出しの隙間から、急に光が!!」

濃い紫の光が、薄暗い事務室の天井を照らし出す。
何かが、起きようとしている。引き出しがひとりでに勝手に開く。
一人の可憐な女性が、某タイムマシンの如く凱の机の引き出しからひょっこり頭を突き出してきた。

「あら、ここはどこでしょうか?」

がたんと椅子から転がり落ちた凱。口をパクパクさせながら目の前の女性に指をさす。

「ななななななんだ!?俺の机の引出からいきなり出てきやがって!ド○○○○か!お前は!」



未来の世界のネコ型ロボットと同等の登場シーンに、凱は容赦なくツッコミを叩き込む。しかし、青みがかった長髪の女性はしれっとした態度で、周りを見渡していた。
肩に背負った大鎌に視線が行く。漆黒を基本として、真紅のライン入りの彼女の大鎌は、凱の仲間「竜シリーズ―闇竜」を思わせるものだった。

「おかしいですわね。「竜技-虚空回廊(ヴォルドール)」の出口がこんなところにでてしまうなんて……もし?ここはどこかご存知でしょうか?」

その辺の野良猫を見るような視線で、女性は凱を訪ねた。よくわからないがとりあえず答えてあげた。

独立交易都市(ハウスマン)だよ。そういうお前は一体どこの誰で何しに来たんだよ?」

「私はオステローデ公国から参りました、ヴァレンティナと申します。あなたは?」

名乗る気はさらさらないもの、凱は目の前の女性に溜息をついて質問に答えた。

「獅子王凱だ。今日は美女の電撃来客だな。望んでもいねぇのに」

などと、飛○○剣○のお師匠様みたいなことを言ってみる。

「シシオウ……ガイ?随分と変わった名前ですわね」

――そう、ここが独立交易都市なのですか――

彼女は懐かしそうな、印象を残す笑みを浮かべていた。そんな彼女を見て、思い出したようにように凱は語りかける。

「オステローデ?もしかしてジスタートにある7つの公国の一つか?」

オステローデ。その単語は、初代ハウスマンが残した資料の中に見つけた事がある。遥か大陸の西に、自称黒竜の化身を基として建国したのだとかうんぬんかんぬん――
地上の概念図たる世界地図を完成させた唯一の人物であり、狂える天才であり、竜具を用いた種別ごとの竜殺法を完成させた偉人であり、定められた世界の真実に近づいた人物である。
まさか、凱の新たな郊外調査先の人間がやってくるなんて思いもしなかった。ましてや凱の調べたかったジスタートの人間?なのだから。

「あら、オステローデをご存知なのですか?これは驚きましたわ」

「この地図を見てくれ」

黒髪の美女の疑問に答えるべく、凱は透明デスクマットの中に敷いている大陸地図をトントン指さした。
第二次代理契約戦争(セカンドヴァルバニル)戦時中は、大陸法委員会の法権に従い、勢力均衡を維持する目的から、地図自体の発行を全面禁止していたのである。
ちょうど数カ月経過して戦争が終結した。その時である。

――突然として大陸地図発行の解禁が発布されたのは――

戦争の爪痕を復興する最中、新大陸の地平線からの略奪者……つまり、海賊が強襲したのである。
海賊との交戦結果、敵は今だ我々が得たことのない武装、技術、概念を用いていたという事が判明した。何十隻という船を従えて、その中には軍船の常識を転覆させる『黒船』が1隻紛れていた。
あらゆる科学技術を持ち込んできた敵を倒すには、獅子王凱の存在が必要不可欠だった。
諸外国の強大な文明力によって、帝国、軍国、列州国もろとも、やがては植民地として飲み込んでしまう。向こうの世界の経済の一部に組み込まれてしまう事だけは、何としてでも阻止しなければならない。対策を講じる必要があると告げたヒューゴー=ハウスマンは、精力的に次世代へ改革に取り組んだ。

――それはさながら、日本幕末動乱期から明治維新に切り替わるように――

ヴァレンティナは僅かに目を見張った。
彼女自身は幼少のころ、書物に囲まれて本に親しんでいた時期がある。断片的にしか知り得ていないが、ヴァレンティナはその時独立交易都市の存在を知ったのだ。
民主制の独立交易都市は、彼女にとって魅力的な要素のカタマリに見えたのだ。
市民平等・三権分立・民主主義・高度経済・資本主義――
そして、目の前の青年はオステローデを知っている。このめぐり合わせは数奇なものを、ヴァレンティナは凱に感じ取っていた。

「ここがさっき君が言っていたオステローデ。ジスタートの首都、もとい王都シレジアはもう少し南西のほうかな?そんでもって俺達が今いるのがここ、独立交易都市ハウスマンだ」

「東の方はこのようになっているのですね」

極精密に描かれたヴァレンティナは感嘆の溜息をついた。未開の地の姿を見れたのは、大きな収穫といえよう。
オステローデとルヴーシュは大体正確な位置を示していたものの、他の国や都市はかなり大雑把に記されていた。そこには何やら小さい紙切れで簡単に張られている。カクカクした字で『調査中』と書いてあるが、その文字は日本語である為、ヴァレンティナに読めるはずがなかった。

「この山脈を抜ければ、東の地に行けるようですが……」

ヴァレンティナの興味を示したその指先は、軍国の西側にたたずむ山脈を示していた。独立交易都市から航路をなぞるようにして、オステローデを指し示す。

「そいつは無理だ。まるで成層圏を突き抜けるような標高だぜ。普通の人間が挑戦したら間違いなく途中下車してしまう」

「セイソウケン?」

「大陸と大空の間にある気流帯域の事だよ。並みの山脈よりも酸素は薄いし気温も低い。何より宇宙空間に限りなく接するから有害物質や放射線も降り注いでいる。ここまでの気圧差が生じてしまえば、水分の
塊である人間の身体じゃすぐ沸騰しちまう」

「ウチュウ?」「おっと、いつもの調子で喋りすぎまったな」元宇宙飛行士の青年は途中で説明を中断する。ついヒューゴーやハンニバルに郊外調査を報告するのと同じクセで説明していた。

次々と聞いたことのない単語――この男に少し興味がわいてきましたわ。
わたくしの知らない世界が、ここにあるのですね。
好奇心旺盛な笑みが彼女の口元に浮かぶ。その笑みはどこか悪だくみを企んでいるように見える。
それから凱はイスに大きく背中へ寄りかかり、目の前の女性に告げる。

「まぁ……ジスタートの事は、実は書物に目を通しただけなんだけどな。この場に俺しかいないから良かったものの、他の人に見られたら捕まっちまうぞ。面倒に巻き込まれる前にさっさと帰りな。しっしっ」

自らの引き出しに視線を移し、凱は早く面倒ごとを片付けたいような仕草でヴァレンティナに手を振った。さっき凱を野良猫として見たことに対するささやかな抵抗なのだろう。

「いやです」

「何ですと?」

艶めかしい足を少し崩してヴァレンティナは凱のお願いを拒絶した。

「だって私、疲れてしまいました。一晩この町に泊めて下さるかしら?」

疲れたといいながらも、その表情はどこか輝いている。わざとらしい彼女の仕草に、凱は正直面倒臭くなってきたと思った。

「俺の仕事をふやすんじゃない。わがままを言うとお兄さん許しませんよ。とっとと引き出しに戻れ」

図々しいことこの上ない話である。
凱は困り果ててしまった。仕事が増えてしまったからである。しかし、放っておくこともできない。
こまったな。泊まる場所はおそらく独立交易都市の生活労働組合で確保できるだろう。食事は適当に済ませるか。

(言う事を聞きそうにないから、とりあえずかまってやるか。あんまり騒がれてもこまるし)

妙なことに巻き込まれたなと愚痴をこぼしつつ、凱とヴァレンティナは3番街にある「食」の大通りへ繰り出していった。

――そして「食」の大通り――

「もう夜遅いってのに、ここはまだにぎわっているなぁ」

大小の祈祷契約式玉鋼が織りなすイルミネーション。「音声警報式玉鋼」を応用した「舞台音響式玉鋼」が繰り広げる愉快な音楽。
食欲を刺激する誘惑な「香辛料焼肉」が疲れた体に生気を吹き込み、食の大通りは客足をうまいこと誘導する技術に長けている。
そんな活気あふれたな雰囲気に、ヴァレンティナの目は釘付けになっていた。一つの不満を除いては――

「それにしても解せないですわ。どうしてこんなものをこの子に巻かなければいけないのですか?」

「我慢してくれ。廃刃令といってこっちじゃ騎士団以外の帯刃は禁止されているんだ。むしろ公務役所の保管倉庫に置いて言ってほしいくらいだぜ」

「エザンディス……拗ねてなければいいのですが……」

案の定、長布に包まれた彼女の大鎌がブルブルと空間をゆがませた。それはさながら不満をぶちまけるように――
実際、彼女自身はこの愛鎌を一時的に手放してもかまわないと思っている。なぜなら、持ち主の意志でいつでも手元に呼び寄せることが出来るから。しかし、それをすると、ただでさえ気の難しいエザンディスがさらにへそ?を曲げてしまうかもしれない。エザンディスも一緒に連れていってほしいのだろう。

「そいつはエザンディスというのか。まるで意志があるみたいだな」

「ええ、あなたのおっしゃる通りですわ」

ヴァレンティナの意味深な台詞に、凱は頭の中でふと人物を思い浮かべた。
アリアみたいに神剣から人の姿になったりするのかな?
神剣アリア。第二次代理契約戦争の最中、右曲余折を得て魔剣から「逆刃直刀の神剣」として生まれ変わった。
ブレア火山の御神刀としてまつわられていたバジル=エインズワース最後の一振り「逆刃刀-極打ち」と共に再鍛錬された。未知の物質『隕鉄』を含む唯一の刀である。
彼の一振りに混合されていた隕鉄が、失われた魔剣としての力を取り戻すことに成功する。神剣の勇者「セシリー=キャンベル」とは死線を乗り越えてきた大切な絆で結ばれており、現在も共に風の未来へ走り続けている。

「……あまり驚かれないのですね」

「まぁ、実際に人の姿から剣に変化するのだって見たことあるし、君の大鎌に意志があっても不思議じゃないさ」

「人の姿から剣に?にわか信じがたいですわ」

当初の凱も、彼女と同じ感想を抱いたものだ。なまじ人から剣へ、剣から人へ変化するなど、漫画やアニメの中の出来事だと思っていた。

「それにしても、喉が渇きましたわね。何か適当なお酒はありますでしょうか」

酒類(アルコール)飲みたいのか?しゃーねーな。じゃああそこにするか」

適当に捕まえた居酒屋風味の露店で、凱とヴァレンティナはビアガーデンに腰を掛けた。すると、見知った顔の女性が凱にオーダーを求めてくる。

「おかえりなさーい!シシオウの旦那」

「チュース!」

軽く手を振って、凱は付き合いに比例した親しみを振りまいていく。

「シシオウのアニキ!」

それから、凱を知るそれらの傭兵や亜人、若い娘や年老いた民間人等、女給から出迎えのあいさつが飛ぶ。対して凱も、軽くうぃーっすと仕草を返す。
随分と彼―ガイは慕われているのね。ヴァレンティナは凱にそのような印象を抱いた。

「カシスオレンジ2つ頼むよ」「はーい♪」

「なんですのこれ?果汁水(クヴァース)のようですけれども?葡萄酒」

「酒が飲みたいって言っていたじゃないか。そいつはそんなにアルコール強くないから飲みやすいしな」

トロピカルなオレンジにヴァレンティナは興味を抱く。喉が渇いているのは事実なので、とりあえず飲んでみた。
ゴクゴク。ぷはー。失敬。下品な仕草をお見せしました。あまりの美味しさについ気が緩んでしまった。
水のような流動性がないものの、不快な飲料感は全くない。それどころか、独特な喉越しが彼女をクセにさせるのだ。
どうやら彼女の口にあってよかった。
これは元々『黒船』の海賊が持ち込んできた飲み物である。凱の故郷にも似たような飲み物があるから量産することが出来たのだ。

「ひんやりしていておいしいですね。お酒というより果物飲水に近いのかしら?でも……」

今まで味わったことのない飲料感に、思わず感想が口走ってしまった。飲む○―○ルトみたいなものである。

「これが品書(メニュ―)になるけど、そろそろ何か頼むか」

「そうですね」

「これと、これと……これをお願いします」「あいよ!」

お品書きの項目を数行さして、ヴァレンティナは品物をオーダーした。独立交易都市の文字は読めない人でも、食品絵をメニューの横に添えるようにしてある為、誰でも悩まず選べるようになっている。
そして彼女が選んだのは、「アツアゲタマゴヤキ」「ナンコツカラアゲ」「エダマメ」等、片手にビールが合いそうなものばかりだった。興味本位からビールも注文した。このメニューも黒船からの遺産である。
おいおい、なんだか金曜日お疲れ様セットになっちまったけど、それが食べたいならまあいいか。
そもそも、目の前の女性は図々しい程の電撃来客である。凱にとって、あまり気を遣う必要はないと判断したのだろう。まあ、自分からほしいものを頼んでるから、これ位の付き合いが丁度いいのかもしれない。
やがて注文した品が届き、酒をお互いのみかわし、ある程度胃袋が落ち着いてきたところで話題を上げた。
何から聞いたらいいかよくわかなかったが、とりあえず大鎌のことについて聞いてみた。

「そいつはすごい大鎌だな。いつもそれを持ち歩いているのか?」

「ええ、身分証明みたいなものですから」

「身分証明か。そういや国王に次ぐ権限を持つ戦姫様だったな。やっと思い出してきたぜ。竜から与えられた戦姫専用の武具があるってことを」

「そうです。その戦姫だと知っていて、あなたは随分と態度が適当ですわね」

「あえてそこは親しいといってくれ。俺は誰に対しても同じ態度で接するのさ。そもそも独立交易都市じゃ貴族制度は数年前から廃止されちまって、今は四民平等を歌う市民制が敷かれてるんだ。市民の中にも滅亡した王国の末裔が流れ着いたり、元海賊がお役人になったりしている」

「そうなのですか?」

「騎士も貴族も平民も奴隷も関係ない。全てにおいて皆平等と唱えた革命家がいたんだ。でもジスタートには王様がいるから王制が敷かれているんだったな。」

日本で言い換えれば、国王は天皇陛下か内閣府に相当し、公国は都道府県に、戦姫様はさしずめ知事と言ったところ。

「そういえば、どうしてあなたはオステローデ……いえ、ジスタートを知っているのですか?」

「ああ、あの時の事か。さっきも言ったが、書物で見ただけなんだ。名前を知っているだけで詳しいことは何も……」

そこで凱は言葉を切らし、布に包まって不機嫌そうに空間湾曲させているエザンディスに視線を移す。大鎌というのもあるが、どうも漆黒と真紅の絵模様に視線が言ってしまう。

「竜具――エザンディスか……どうしてだろうな。その名を聞いたとき、あいつ……懐かしい感じがしたよ」

「懐かしい?もしかしてお仲間とかいるのですか?」

ヴァレンティナは首をかしげる。凱はその言葉を肯定するように、首を縦に振る。

「そう。闇竜っていってな。俺と一緒に戦ってくれた仲間だ」

「一つ聞きますが、あなたの記憶に呼び覚まされるほど、エザンディスと……その『アンリュウ』というのは似ているのですか?」

「そうさ。共に戦った大事な仲間さ」

何処か感慨深く、凱はつぶやいた。
それから、凱とヴァレンティナは適当に何かをつまみ、飲み、会話にふけっていた。

「飯くっちまおうぜ。そんで今日はとっとと就寝だ」

「この都市は『夜のない繁華街』と耳にはさんだのですが……どこか連れて行ってくださいませんの?」

「却下」

「即答ですわね。つまらないです」

「あいにく俺はデリカシーないんでね」

「ウソつきですね。あなたは」

「何がだよ?」

「別に?」

「でも、そんなあなたの無骨な優しさは気に入りましたわ」

「言っとくけど、俺は……」

「『優しくしているつもりはない』って言いたいのですね。分かっています」

「顔を赤くして嬉しそうな顔するなって。誤解されちまうじゃねぇか」

なんて、どうでもいい応酬が囁かれていた。

彼女の身分にとらわれず、凱は自分自身の事を、出来る限りの範囲内で話した。
遠い、遠い東の国、ヤーファ国というところから来たという事。(もちろん、凱のハッタリである)
美味しい料理に舌鼓を撃ちながら、談話にのめりこんでいく。
誰にでも心を通させる親和性の高い人柄。
丁度いい酔い加減がヴァレンティナを包み込んできた。自然に頬が緩んでしまう。

――うふふ、なんだかいい気分です♪――

ヴァレンティナは片腕を頬杖してニコニコする。傍らには凱がいる。

――シシオウ=ガイ。姓と名が入れ替わった名前の殿方――
国が違う為なのか、姓―名という順番は、大陸ではまずない。シシオウという独特の発音も印象に残る。

――どこか不思議な雰囲気と、何か惹かれるところがある――
この人は、たまに冴えないナリと、どこか決まった仕草を魅せる。

――今まで出会った男とは何もかもが違う――
などと気分を弾ませていると、凱にほとほとにしとけと諭される。

「おいおい、ヴァレンティナ。もう酒はそれぐらいにしてくれ。酔いつぶれても俺は知らねーぞ」

普段より楽しい気分だからこそ、酔いも早く回りやすい。普段の彼女なら、アルコールの強い火酒でもこうは酔いつぶれそうになったりしない。

「い~や~で~す。優しくしてくださいまし」

両足を子供みたいに地団太踏み、凱にとことん甘えて見せる。対して凱は目線を細めて軽く溜息をつく。

(なんだかヴァレンティナの喋り方が崩れてきたぞ。これ以上キャラが崩れる前に撤収するか)

「そろそろ宿舎へ戻るぞ。今日一泊したら朝イチでジスタートに帰れ」

下手をすれば舌が回らなくなる前に、彼女を引き上げる……のだが。

「いやです!明日も付き合ってください!」

猛烈に抗議された。明日に帰れといったら、明日も滞在すると言い出す始末。

「またかよ!しかも逆に俺が怒られた!」

こいつはかなり酔いが来ているな。しっかりしろよ。ヴァレンティナ。

「それと、私の事はティナと呼びなさい。今度から他人行儀みたいな呼び方したら口を聞いてあげません」

結局、ヴァレンティナ=グリンカ=エステスは翌日も凱に付き合うことにした。



【独立交易都市・3番街の「娯」の大通り】



独立交易都市には、いくつかの区分けと大通りがある。
昨日の夜、ティナと凱が訪れたのが「食」の大通り。
今日の朝、例の戦機様と訪れているのが「娯」の大通りである。
その名の通り、娯楽施設が網羅しており、とある観光客などは「1日いても飽きない」と言わせるほどのエンターテイメント性をもつ。
これも例にもれず海賊『黒船』からもたらされた文化を取り入れている。海賊船の船底に巨大な「カジノ」なるものが設営されていたのだ。
手ごろなゲームで時間をつぶして、何とか彼女をオステローデに帰らせようと考えていると――

「これは何ですの?」

興味深そうに、彼女は対象物を指さした。

「射的ゲームか。ちょっと寄ってみようぜ」

的の絵柄が書かれている施設へ二人は入っていく。

「あれ、何ですか?なにやら薄い板のようですけど」

質問したティナに店員が誇らしげに商品説明をする。

「多目的通信用玉鋼か――なかなかお目が高いですね。これは独立交易都市が誇る最新の通話器具です」

もともとは、軍国出身の「ユーイン=ベンジャミン」が考案した音声警報の玉鋼である。霊体を通信網、つまり周波数と考えて、遠距離通話を実現させたものだ。
このベースとなった音声玉鋼を介したセシリーの告白は、今では都市の歴史の一部となっている。
通信速度が飛躍的に上昇した為、ヒューゴーの市民演説や独立交易都市の災害時避難誘導、緊急放送が可能になったのである。
今回、彼女がほしがっているものというのは、凱の故郷でいう「○マートフォ○」に酷似したものだ。

「ちょっと使わせてくれないか?」「かしこまりました」

展示用の多目的玉鋼を使わせてもらった。
ヴァレンティナは、例の商品を使ってみて、感涙の声を吐いた。その軽さ、その画面、音声、指をこすると次々とページが切り替わる機能に夢中になった。
理解できない文字ではあるが、浮かび上がる文字も絵も、綺麗としか言いようがない。
音が鳴った。どうやら基本設定で入力されている音楽のようだった。雑音のない音楽は、彼女の耳を楽しく反応させた。
絵が浮かび上がってきた。どこかの湖なのだろうか。本物の湖と遜色ない絵が浮かび出てきた。
滑らかに躍動する小さな絵本の世界は、ティナに大きな感動を与えたのだった。

「これほしいですわ!」

目をキラキラさせながら、ティナは迷いなく商品目当てでスペシャルハードコースを選択した。
まるで子供の用にはしゃぐヴァレンティナをみて、凱はなんだか自分の事の世に、嬉しさを感じていた。
戦姫の威厳などとうに失せていた。
早速、ゲームが始まった。






――✚――✚――✚――






「弓どころか、弩がないのですが、どうやってするのですか?あんな100アルシン離れている的に当てるなんて無理です」

ちなみにアルシンというのは、おそらく彼女の国の物理単位(距離)なのだろう。
ここから的までは実際100メートルに設定しているから、アルシンとメートルはほぼ一緒。

「これを使ってやるんだ」

「何ですか?これ」

(ジュウ)といってな。そこは弾倉といって、中に緩衝性の弾丸が詰まっている。これなら誤射しても人体に危険はない」

ティナは、的当て用の弾をひとつつまんでみた。石粒よりも小さく、木の弾のよりも軽く、それでいて固い素材に関心を向けていた。一体どのような素材でできているのだろう――と。

おもちゃ程度の射的で、この程度の弾で本当に50アルシンとぶのか?なんだが途中で失速してしまうのではないか。という不安が頭によぎる。

「私、ジュウなんて聞いたこともありませんし、こんなもの初めて見ましたわ。どうやって使えば宜しいのですか?」

「ああ、今教えるから」

「この筒を覗き込むと黒い十字線が見えるだろ?的を十字の中に収めるようにして構えるんだ。視界がぼやけたら、ここでピントとフォーカスを調整する。すると視界がはっきり見えてくるはずだ」

「それなら簡単ですね。ただ的をしるしに収めて放てばよろしいのでしょう?」

もはや買ったも同然の顔をするティナを見て、凱は面白そうに嘆息をつく。

「そううまくいけばいいけどな……ちなみに覗き込むときは利き目でな」

「こうですか?」

片目を閉じて片目で見る。妙な違和感が彼女の両目を疲労させる。

「なんだか違和感がありますね。目が疲れてきました。弓を使ったときはこんなことなかったのに……」

「弓は的のみを見て、弓弦の引き具合と肩で射角を取るからな。この銃の場合は照準器が片目だけだから、多少は慣れが必要だ」

不慣れながらもヴァレンティナは心を躍らせながら、ライフルの引き金をゆっくり引いた。
カチッ。
1発目――発射。
ヴァレンティナは、狙撃銃(おもちゃ)の射程距離に鳩が豆鉄砲を喰らったような眼になった。
引き金を引いた瞬間、体全体がはじけるような錯覚に襲われた。彼女にとってそれは、まさしく未知の体験だった。
思わずごくりと、固唾を呑む。それと同時に妙な高揚感が沸き上がってきた。

「おもちゃだと思って侮っていました。次は外しません!」

おっ。気合満々だな。
弾を再装填(リロード)し、次弾に備える。
2発目――発射。

「おしい!あとちょっとだったのに!」

引き金を引くとき、銃全体を揺すってしまった。距離がここまではなれていると、針の穴程度のズレでも大きく影響してしまう。
凱は両手を頭に添えて、本気で悔しがる。狙撃手のティナも「あうう~」と悔しがっていた。
これが最後の3発目。緊張が走る。
ドキドキする鼓動を身に感じ、彼女は数珠のようにつぶやき、ルーティーン状態へ陥った。

「目標をセンターに入れてスイッチ……目標をセンターに入れてスイッチ……目標をセンターに入れてスイッチ」

どこかで聞いたことのある台詞だな。ありゃ。
青ざめた顔をしながら目をグルグル文字通り回している。こんな状態ではまともに的に当たるはずがない。
凱の見たところ、ティナの狙撃では特に狙いも悪くない。引き金を引くタイミングもあっている。しかし、最後の1発という思考が彼女の精神状態を阻害している。
凱は少し助け舟を出すことにした。
ティナの体に寄り添う形で銃の姿勢を補正する。引き金のタイミングを伝える。頬を引き付けるように。コトリと堕ちるように。
若干ティナは顔を赤らめたが、寄り添った本人の凱は気にした様子を見せない。
凱から勇者成分という元気の素をもらった以上、外すわけにはいかない!
嘆願に近い気持ちで、心の引き金を引いた。










































「ティナ……おい!ティナ!聞こえてっか!?」

遥か彼方先の標的が、ポトリと台から落ちた。音声用の玉鋼と映像投影用の玉鋼を複合させた特殊設備で確認できた。
ヴァレンティナの健闘を称えるように、特殊照明用の玉鋼がキラキラ点滅する。

「え?どうしました?これは一体?」

「やったな!ティナ!大当たりだぜ!」

突然の出来事にヴァレンティナは戸惑いを見せたものの、凱のエールによって喜びを見せた。

「当たったのですの?夢ではありませんか?」

「夢なわけがあるかよ。嬉しさのあまり、とうとう現実との区別がつかなくなっちまったのか?」

景品を受け取った後も、ティナの興奮はなかなか収まることがなかった。



――◆――


店の外に出ても、やはり興奮が収まらない。微かな高揚感が彼女を年頃の娘さんモードにさせる。
丁寧に包装されている箱を封切る。やっとお目当ての景品が手に入った。

「何か記念を残したいですわ」

「じゃあ景品(ソイツ)で写真を撮影してみるか」

「シャシン?なんですの?それ」

「風景や人物を絵に残したり羊用紙に移すことを言うんだ。まぁ、細かいことは実際に撮ってみてからだ。ほら、ティナ。君の声でこいつを起動させてみな」

本人の音声認識で特殊玉鋼は起動する。ティナの透き通った肉声を一度覚えたら、その玉鋼はティナ専用のものとなるのだ。
期待に胸を躍らている中でも、玉鋼は綺麗な画面を演出する。
撮影用機能を立ち上げて――玉鋼を掲げて凱はティナに光を向けた。
カシャッ。唐突にそんな音が聞こえた。
再び極薄板の玉鋼を除くと、そこには凱とヴァレンティナがしっかりと映し出されていた。

「ハラ○○ー!」「ぶっ!!」

思わずフいちまった。
以前知り合ったスクールアイドルのセリフだぜ!なんでロシア語を知ってるんだ!?偶然か!?
だがこの程度で驚くのはまだ早い!凱はさらに隠し玉を疲労する!

「それだけじゃない!ティナの顔をこうしてやる!!」

ティナの玉鋼をを取り上げると凱の指先が妖しく踊る。お絵かき用の機能(アプリ)を立ち上げていたずらする!

「ああ!やめて!やめてやめてやめてやめてやめてやめて!」

顔がいじられる!ヴァレンティナは凱の背中をポカポカたたいて講義する。
それだけじゃない。着せ替え機能を立ち上げて、ティナにメイド服やらチャイナドレスやらチアガールやらを着せた。
もちろん、『名前を付けて保存』だ。ファッショナブルなティナをフォルダでタグ分けして整理整頓だ。

「あはははは!こいつはおもしれーや!我ながら傑作だぜ!」

「ひどい!」

大手お菓子メーカーのペロちゃんのように、ぺろっと舌を伸ばしているヴァレンティナの顔がそこにあった。

「さてと、おふざけはこれ位にしておいて……俺のと登録しあおうぜ」

「トウロク……ですか?」

「俺の玉鋼とティナの玉鋼を互いに登録すれば、いつでもお話できるんだぜ。それだけじゃない。絵や文章だって送ることが出来る」

当然ながらジスタートの言語パッチもとい、祈祷言語はまだ作られていない為、しばらくは独立交易都市の語源に準ずるしかない。
それでも彼女はかまわないといった。そちらの言葉を私が覚えればいいだけの事と言ってくれた。
それから二人は勢いのまま遊びつくして、いつしか夕日を迎えていた。






――そして、別れの時が訪れようとしていた――

彼女の竜具エザンディスが相手先の空間を斬り裂き、帰国への旅路を作り上げていた。まるでタイ○マシ○の出口のようだ。

「ガイ。いつかオステローデにいらしてくださいね。公国を上げて歓迎いたしますわ。それとも、私からお伺いしたほうがよろしいでしょうか?」

「来てくれるのは歓迎するけど、今回みたいに引き出しから現れるのだけは勘弁してくれ。心臓に悪い」

そんな出会いの事をお互いに思い出し、くすりと笑っていた。

「まぁ、郊外調査騎士団としてそっちに行く予定だから、俺のほうから行かせてもらうさ」

「ええその時は楽しみにしております」

やがてティナはエザンディスの作り出した空間を通り抜け、自国へと帰路していく。

「オステローデ公国の戦姫、ヴァナディース、ヴァレンティナ=グリンカ=エステスか」

この調子ではおそらく、残りの6人の戦姫とも関わることになりそうだ。通わせることになるのは言葉か竜具かは分からないが。

――それでも――

凱は確信を持てた。

「ティナのおかげで現実味がわいてきたぜ。ジスタートの、いや!魔弾の王と戦姫が!」

そんな昔のことを夢の中でぬかしていて、凱の意識は朝日と共に現実へ復帰していく。
獅子王凱は目覚めた。  
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