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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百七十九話 雷鳴

帝国暦 487年 12月 9日  ロイエンタール艦隊旗艦 トリスタン オスカー・フォン・ロイエンタール

「どうやら司令長官は日に日に良くなっているらしいな」
「ああ、ありがたいことだ」
俺の言葉にミッターマイヤーは頷きつつ答えた。

「それにしても不便な事だな。こうして隠れて連絡を取らなければならんとは」
「そう言うな、ミッターマイヤー。表ではいくらなんでも話せん」

今、俺とミッターマイヤーは自室でTV電話を使って会話をしている。艦橋の提督席で連絡を取れば周囲の人間にも話の内容を聞かれる。それは余り好ましい事ではない。

艦隊はマールバッハ星系を過ぎアルテナ星系に向かっている。一週間程前オーディンで暴動が起きた。ヴァレンシュタイン司令長官が襲撃され意識不明の重態となった。

別働隊は軍務尚書エーレンベルク元帥の命により特に不自然な行動も無く辺境星域への進軍を継続した。正直ほっとした、以前あった暗殺騒ぎのときはローエングラム伯が宇宙艦隊を自ら統率しようとしたため、混乱したからだ。

ヴァレンシュタイン元帥暗殺の背後にローエングラム伯がいるのではないか、そんな疑いさえ艦隊司令官達は思っただろう。それに比べれば今回は遥かに落ち着いた行動だった。結局前回の騒ぎは、伯の未熟さと焦りが無用な疑いを引き起こしただけだった、そう思えた。

だが、そうではなかった。もう少しでローエングラム伯はヴァレンシュタイン元帥重態の報を受けオーディン周辺に留まり様子を見ることを選択しようとしたのだという。場合によってはオーディンへ戻ることも有り得ただろう。

艦隊をオーディン周辺に留めるべしと主張したのはオーベルシュタインだ。それに対し軽挙妄動すべきではないとローエングラム伯を説得したのがフロイライン・マリーンドルフだった。

両者の間でかなりの激論が交わされたらしい。しかし最終的にローエングラム伯はフロイライン・マリーンドルフの意見を受け入れた。

「で、ミッターマイヤー、卿は如何思う、今回の事件の事だが?」
「怪しむべきだろうな。ローエングラム伯はともかくオーベルシュタインとキルヒアイスは何らかの形で絡んでいるのではないかな」

ローエングラム伯には権力への野心、いや簒奪への野心がある。その事はあの夜、ミッターマイヤーを助けるために司令長官を、ローエングラム伯を訪ねた時に分かった。そして司令長官はかなり以前からそれに気付いている。

「俺も同感だ。あれはクーデターだろう、クーデターには武力が必要だ。近衛だけでどうこう出来るとは思えん。ノイケルン宮内尚書はローエングラム伯を当てにしたのだと思う」

「だがクーデターは失敗した。オーベルシュタインが自分の意見に固執しなかったのはそれが分かったからだ」
「ジークフリード・キルヒアイスだな」

俺の言葉にミッターマイヤーが頷いた。クーデター発生後、キルヒアイス准将から別働隊総旗艦ブリュンヒルトには二度連絡が入っている。一度目はヴァレンシュタイン元帥生死不明の重態、二度目の連絡は騒乱は小規模なものに止まる模様……。

ホルスト・ジンツァー准将の言葉によればキルヒアイスからの二度目の連絡が有った後、フロイライン・マリーンドルフとの口論をオーベルシュタインは一方的に打ち切り口を閉じた。

ジンツァーがローエングラム伯の幕僚になっていたのは俺達にとって幸運だった。ジンツァーはフロイライン・マリーンドルフを信頼できると判断したらしい、口論の後、密かに彼女に相談し事の経緯を各艦隊司令官に話すべきではないかと提案した。

おそらくジンツァーはオーベルシュタイン、キルヒアイスの言動にかなり危険なものを感じたのだろう。場合によっては俺達の手でローエングラム伯を止めることになるかもしれないと考えたのかもしれない。

一方フロイライン・マリーンドルフにとってもジンツァーの提案は渡りに船だった。彼女自身、最悪の場合は俺達にローエングラム伯を止めてもらう必要があると考えていた。

しかし彼女は俺達艦隊司令官とは余り接点が無い。信頼の無い自分が話して何処まで信じてもらえるか不安が有った。最悪の場合、ローエングラム伯を誹謗したとしてオーベルシュタインに排除されかねない。

幸いジンツァーはベルゲングリューン、ビューローと親しかった。そしてベルゲングリューン、ビューローは俺とミッターマイヤーを信頼している。後は俺達からワーレン、ルッツ、ミュラーに話してもらえばいい、そう二人が結論付けるまでそれほど時間はかからなかった。

フロイライン・マリーンドルフの聡明な所は、直ぐに行動に移そうとしたジンツァーを止めた事だろう。彼女は騒乱が小規模であること、艦隊がとりあえずは辺境に向かっている事で、司令長官の容態がはっきりするまでは俺達に伝える事を抑えた。俺達が事の経緯を聞いたのは昨日の事だ。

騒乱直後の時点で聞いていれば、不安と焦燥から何が起きたかは分からない。特にミュラーは、司令長官重態の報に恐ろしいほどに動揺していた。フロイライン・マリーンドルフの配慮は正しいだろう。司令長官の推薦でローエングラム伯の幕僚になったと聞いていたが、確かにただのお飾りではない、信頼して良い人物のようだ。

話を聞いた後の皆の表情は疑心と不安に満ちていたと言って良い。誰も積極的には話さなかった、話せることではなかった。皆の間で一致した事はジンツァーに対してフロイライン・マリーンドルフとの連携を強める事、その一方でそれをオーベルシュタインに絶対に知られないようにする事だった。そして俺たちとの連絡をこれまで以上に密にする事……。

「司令長官は如何思ったかな、気付いただろうか?」
「気付かぬはずは有るまい、そうだろう、ミッターマイヤー」
スクリーンに映るミッターマイヤーが顔を顰めた。そう、気づかぬ筈は無い、あの時既に司令長官は伯の野心に気付いていた。

ミッターマイヤーの気持が分かる。正直、俺とミッターマイヤーの立場は微妙だ。元々ローエングラム伯の指揮下に有ったという事で周囲からは伯に近いのではないかと思われる事がある。厄介なのは伯自身が俺達を頼りにしているのではないかと思えることだ。

伯に対して特別な思い入れは無いと言えば嘘になるだろう。ミッターマイヤーの危機に対して動いてくれたのは司令長官と伯だった。その恩は忘れた事は無い。

しかし、付いていけないと感じたのも事実だ。伯の指揮下に入ってから気づいた事はその危うさだった。到底自分達の未来を預けられるとは思えなかった。司令長官が何故伯から離れて行ったか、俺たちと同じように伯に付いていく事に危険を感じたからだ。

そして俺個人に限って言えば、ベーネミュンデ侯爵夫人の一件で司令長官に顔向けできない事をしてしまった。本来ならどれ程罵倒され、蔑まれても仕方の無い事だった。

しかし、司令長官は俺を責めなかった。それどころか苦しんでいる俺を気遣ってくれた。あの時の言葉が今でも耳に蘇る。

“ロイエンタール少将、あの件を気に病むのは止めて下さい”
“卿は軍人としての本分を尽くせば良いんです”
“勝つことと部下を一人でも多く連れ帰ることです”

その通りだ、勝つことと部下を一人でも多く連れ帰ること、それこそが軍人の本分だろう。あの言葉があったから戦いに専念できた、あの言葉があったから迷わなかった。この先、あの言葉を忘れることなど無いだろう。どれ程感謝しても感謝しきれない、俺はあの言葉に救われた……。

「厄介なことになるな」
「……」
ミッターマイヤーの言葉に俺は無言で頷いた。

厄介な事になる。意識を取り戻した司令長官がローエングラム伯をこのまま放置するとも思えない。それは俺達だけではなく、皆が昨日思ったことだ。必ず何らかの動きがあるはずだ。それがなんなのか……。辺境星域の攻略にどんな影響を与えるのか……。

“ロイエンタール少将、あの件を気に病むのは止めて下さい”
“卿は軍人としての本分を尽くせば良いんです”
“勝つことと部下を一人でも多く連れ帰ることです”

また、あの声が聞こえた。悩むまい、俺は軍人としての本分を尽くせば良い。勝つことと部下を一人でも多く連れ帰ること。それこそが指揮官のなすべき事だ……。



帝国暦 487年 12月13日    クレメンツ艦隊旗艦 シギュン  アルベルト・クレメンツ


帝国軍本隊は二手に分かれて進撃している。オーディンよりフレイア星系を目指す部隊と、リヒテンラーデからシャンタウ星域を目指す部隊だ。

フレイア星系方面はメルカッツ副司令長官、ケスラー、ケンプ、アイゼナッハ、そして私の五個艦隊。リヒテンラーデ方面にはメックリンガー、ビッテンフェルト、ファーレンハイト、レンネンカンプの四個艦隊。指揮はメックリンガーが取っている。

「副司令長官、やはり今のところフレイア星系には敵は居ないようです」
「どうやら、貴族連合は戦力をガイエスブルクに集中したか。厄介だな」
「確かに、しかし先ずはレンテンベルク要塞です」
「うむ」

スクリーンから見るメルカッツ副司令長官の表情は落ち着いていた。あの日、ヴァレンシュタイン司令長官、意識不明の重態との報が届いた時、副司令長官の顔色は蒼白になった。

直ぐに艦隊の行動を止めオーディン周辺で警戒態勢に入ったが、司令長官の意識が戻るまでの間、メルカッツ副司令長官の表情から緊張の色が消える事は無かった。万一の場合はローエングラム伯との間で次の司令長官の座を巡って争いが起きると考えたのかもしれない。

先任はローエングラム伯だが、人望はメルカッツ副司令長官の方が厚い。それは軍上層部の評価でもあるのだろう。そうでなければ内乱が始まると共にメルカッツ提督が副司令長官になるなどありえないことだ。あれは万一の場合メルカッツ副司令長官を司令長官にするための布石だろう。


レンテンベルク要塞はフレイア星系に有る小惑星を利用して作られた要塞だ。イゼルローン要塞ほどではないが、百万単位の将兵と一万隻以上の艦隊を収容する能力がある。決して無視は出来ない

無視できない理由は他にもある。戦闘、通信、補給、整備、医療等の機能のほか、多数の偵察衛星や浮遊レーダー類の管制センター、超光速通信センター、通信妨害システム、艦艇整備施設も有り、放置して前進すれば後方でうるさく蠢動されかねないのだ。

レンテンベルク要塞を攻略し、こちらの後方支援基地とする。それがフレイア星系より侵攻する我々の最初の任務だが、要塞攻略中に貴族連合に背後を衝かれては堪らない。というわけでフレイア星系に隠れている敵は居ないか、先ずはそこから確認を取った。

アイゼナッハ艦隊を要塞正面に置き、メルカッツ副司令長官、ケスラー、ケンプ、そして私の艦隊でフレイア星系を捜索したが、敵は居なかった。つまりレンテンベルク要塞は安心して攻略できるということだ。

もっとも敵は戦力をガイエスブルクに集中しているのだろうからガイエスブルクを落とすのは容易ではないということになる。副司令長官の言う通り、厄介な事だ。

「艦隊を集結させるとしよう。アイゼナッハ提督もいささか暇を持て余しているだろうからな」
「そうですね、暇を持て余しているでしょう」

メルカッツ副司令長官の言う通り、アイゼナッハは暇を持て余しているだろう。しかしあの無口な男が暇を持て余すと一体どうなるのか……、艦橋をうろうろと歩き回るのか、意外におしゃべりでも始めるのだろうか?

「クレメンツ提督」
「はっ」
想像に耽っていた俺を呼び戻したのはメルカッツ副司令長官の緊張した声だった。

「大変な事になった」
「?」
メルカッツ副司令長官の表情が険しい、何が有った?

「オーディンに向けて敵が進撃している!」
「!」
「司令長官が危ない!」


帝国暦 487年 12月13日  帝国軍病院  ユスティーナ・フォン・ミュッケンベルガー


最近私は一日おきに病院に来ている。元帥は少しずつだけど体調が良くなっているようだ。入院当初はベッドに横たわっている事が多かったけど今日は私と養父が来ると上半身を起して迎えてくれた。

「フロイライン、今日の外の天気は如何です。晴れていますか?」
「ええ、とても良い天気ですわ」
「そうですか、外に出られないのが残念ですね」

私が来る度に同じ会話が起きる。この部屋には窓が無い。帝国軍中央病院の特別室は地下五階にある。帝国の重要人物だけが収容される事から、暗殺等の危険を避けるために地下に用意された。真白な壁に明るい光、それだけなら地下に居るとは誰も思わない。

元帥はもう一週間以上も外に出ていない。外に出たいと思っているのだろう。宇宙艦隊のことも気になっているのかもしれない。本当なら宇宙艦隊を指揮して貴族連合軍と戦っているはずなのにこうして入院している。

貴族連合軍、ガイエスブルク要塞に篭る反乱者達に付けられた名前。でも正式名称じゃない、正式名称は反乱軍。それでは自由惑星同盟軍と区別が付かないから通称として貴族連合軍という名前が付けられた。

「そっけない名前ですね」
貴族連合軍の名前を聞いた時の元帥の苦笑交じりの感想だった。私もそう思う、そっけない名前だ。

先日養父は士官学校で講演をした。以前元帥から頼まれ士官学校で講演を行なったけれど随分と評判が良かったらしい。あれから時折、幼年学校、士官学校で講演を行なっている。

養父はそのことを元帥に話している。二人とも楽しそうだ。かつての司令長官と今の司令長官。現在の状況は決して楽観出来るようなものではない、そう思っているはずなのに何事も無いように話している。

さぞかし元帥はもどかしい思いをしているのだろう。それでも元帥は穏やかな表情をしている。いらだった表情を他者に見せる事は無い。私はこのままこんな穏やかな日が何時までも続けば良いと思いながら談笑する養父と元帥を見ていた。

「お話中申し訳ありません」
談笑を止める声が聞こえた。フィッツシモンズ中佐だった。中佐は緊張している。

「閣下、宇宙艦隊司令部より緊急連絡が入ってきました」


 
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