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ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜

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第二章 追憶のアイアンソード
  第28話 帝国勇者の最期

 王国の中心地である城下町。
 英雄アイラックスの国葬のため、国民が皆一様に喪に服していた。

「ああ、アイラックス様……」
「どうなってしまうんだ、この国は……」

 嘆き悲しむ人々の鎮痛な表情。王宮からそれを見つめる幼きダイアン姫は、塞ぎ込んで部屋から出て来なくなってしまったヴィクトリアの身を案じながら、父の方を見上げていた。
 ――彼女自身も、最愛の母を失ったばかりだというのに。

「お父様……ヴィクトリアも、アイラックス将軍も……かわいそうです……」
「……心配するな、ダイアン。諦めなければ、必ず光が差す。それを、アイラックスの奮戦が教えてくれた。……いつか必ず、ヴィクトリアもこの悲しみを乗り越えてくれるであろう」

 今にも泣き出しそうな娘を抱き上げ、国王も国中を覆う嘆きの色を見つめる。アイラックス亡き今、この国を帝国の蹂躙から守れるのは自分しかいない。

(……どう交渉したところで、王国が帝国の属国となる以上、私の影響力など高が知れている。それでも、私はやらねばならん。ダイアンのためにも、アイラックスのためにも……!)

 ――そのために身を削る覚悟を、彼は人知れず固めていた。

 一方、城下町の周辺に広がる、草原を越えた先――深き森に覆われた地で。
 己の敗北が認められぬ王国の敗残兵達が、いまだに抵抗を続けていた。

「ぐあっ!」
「ぬっ……奇襲か!」
「卑怯者どもめが……どこだ、出てこいッ!」

 地の利で勝る彼らのゲリラ戦法には、数で優位に立っている帝国軍も手を焼いていた。
 すでに世間的には「戦後」である以上、この戦闘が外部に知れる前に、敗残兵を一掃しなければならない帝国側としては、頭の痛い問題だったのである。

「く、バルスレイ将軍の命令がなくば、とうに森ごと焼き払っていたというのに……!」
「……いや。こうなれば、敢えて何もかも焼き尽くしてしまえばいいのではないか? 敵方が暴走した結果――とでも言えばいい。全員死人にしてしまえば、漏れる口もないからな」
「なるほど……クク、そうだな。それがいい。我らはあくまで、敗戦を受け入れない愚者共に引導を渡しているに過ぎん。終戦協定を受け入れない騎士など、死あるのみだ」

 それはあまりにも破壊的であり、衝動的な発想であった。だが、彼らに躊躇いはない。
 終わっているはずの戦いを、終わらせる。それのみが自分達の使命なのだと、称して。

 一切の躊躇も見せず、帝国兵の一人が松明を手にする。その先が、森へ向かう瞬間――

「――!」

 茂みから覗く小さな矢が閃き――帝国兵の側頭部を撃ち抜く。
 一瞬にして動かぬ骸と化し、己の人生に幕を下ろされた彼の手から、松明が落ちた。その光景を目の当たりにした他の帝国兵達は、背筋を凍らせて周囲を見遣る。

「ど、どこだ……どこにいやがる!」

 表情を引きつらせ、茂みを見渡す帝国兵達。そんな彼らを草に隠れて狙っているのは――年端もいかない二人の少年兵であった。

(焦るなよ、ロッコ。いくら戦死した親父さんの仇だからって……)
(わかってるよ、ルドル。――生きて戦い続けなきゃ、父さんの仇を討つこともできないんだ。無駄死にするつもりはないよ)

 先程の狙撃は、確実に命中させるためとはいえ、かなり敵に接近した状態から放っていた。万一、狙えるタイミングを確保する前に気づかれていたら、命はなかっただろう。
 ――事実、王国軍の敗残兵達の多くは血の気の多い若者であり、彼らの死因のほとんどが、経験の浅さからくる「深追い」であった。この辺りにいる敗残兵も、もはやこの少年達しかいないのである。

(さぁ、残りは二人。じっくりと追い詰めて……みんなの苦しみを少しでも……!)

 そして、ロッコと呼ばれた少年もまた――その死因に近付こうとしていた。
 一気に残る帝国兵達を仕留めようと、身を乗り出した彼の目の前に――新手が現れたのである。

(あいつは……?)

 さらに、ロッコはその新手の姿に違和感を覚えていた。
 帝国兵達と同じ格好をしていることから、帝国兵の一員であることは想像できるが――背が凄まじく低い。自分達と、変わらない年頃ではないのか。

(帝国軍は少年兵の募集はしてない……って、父さんは言ってたけど……)
(じゃあ、あいつは一体……?)

 この世界では希少な黒髪を持っている彼は、二人の帝国兵達と合流しようとしていた。――彼も帝国軍の一員だというなら、今が絶好のチャンス。

(……やるしか、ないな。ごめんよ、僕達と同い年くらいなのに……。でも、僕達だってこんなところで死ぬわけには行かないんだ)

 僅かな逡巡を経て、ロッコは小さな帝国兵を狙撃することを決意する。まだ向こうは自分達に気づいていない。今なら、確実に仕留めることができる。

 ロッコは、自分を見守る親友ルドルの視線を背中で受けながら、ゆっくりと茂みから矢の先を覗かせる。
 その狙いは、黒髪の少年の眉間を確実に捉えていた。

(ごめん!)

 そして――弓を引き絞る手に纏わり付く、迷いを振り払うように。
 ロッコは一気に矢を放つ。

 ――が。

(え……)

 その矢は、眉間の前に引き上げられた鞘に激突して弾かれ、宙を舞っていた。
 射られる瞬間、腰の鞘を顔の正面まで持ち上げ、矢から自分を防御する。そんな芸当、「射られると知っていなければ」到底できるものではない。

「あっ――あ!」

 その事実にロッコがたどり着く頃には――すでに彼の眉間に、勇者の剣が突き刺さっていた。十数年の人生を終えた彼の体は、親友のそばに力無く横たわる。

「ロ、ロッコ……! うわぁああっ!」

 生まれた頃から、ずっと共に生きてきた友人。そんな彼が、僅か一瞬で動かぬ肉塊に成り果てた。
 その事実に押し潰された、最後の敗残兵――ルドルは、悲鳴を上げて森の奥へ駆け出して行く。

「いた! いたぞ、あそこだ!」
「クソガキが、叩き殺してやる!」

 彼を見つけた帝国兵達は恐怖に怯えていた表情を一変させ、鬼の形相で茂みに足を踏み入れて行った。
 そして、この場の生存者は黒髪の少年一人となり、森には本来あるべき静寂が訪れる。

「……ごめん。ごめんな……」

 少年は小さく呟くと、ロッコだった骸の額から自分の剣を引き抜き――開かれた瞼を、優しく閉じさせる。
 そして、悲しみに暮れた表情を浮かべながら、帝国兵達を追うように茂みの奥へと進んでいくのだった。

(……一体、いつになったら……終わるんだ)

 ――やがて少年は茂みの先にある、深い崖へとたどり着く。すでにこの場には帝国兵達が到着しており、彼らは最後の敵を血眼になって捜査していた。

「クソ、どこに行きやがったあのガキっ!――あっ、ゆ、勇者様!」
「げ、現在は残る敗残兵共を捜索しているところでして……!」
「……わかっています。引き続き、捜索の方をお願いします」

 自分を畏れるように距離を置く帝国兵達を一瞥し、少年は崖を覗き込む。彼の目に映る闇は、底が見えないほどの深さであった。
 まるで――少年の罪を象徴しているかのように。

(あいつが……ロッコを、みんなを……ちくしょう、ちくしょうっ!)

 そんな彼の背を、草葉に隠れた敗残兵が狙っていた。茂みに伏せ、帝国兵達に気づかれない位置から少年を狙うルドル。
 その手には、傷だらけの銅の剣が握られていた。

(ハンナ……親父……俺に、俺に力を貸してくれ!)

 故郷で帰りを待つ家族を想い、ルドルは短剣をより強く握り締める。そして、その切っ先が少年を捉え……太陽の光が、刃に鈍い輝きを与える瞬間。

「わァァァアアアアッ!」

 絶叫と共に――ルドルの小さな身体が、茂みの外へと弾き出されて行く。

「なっ、あんなところに!?」
「勇者様、危ないッ!」

 その叫びに反応した帝国兵達は、懸命に少年に呼びかける。だが、彼はそれに気づく素振りすら見せず――

「……ッ!」

 ――悲鳴も上げられないまま。その背に、銅の剣を突き刺されるのだった。

「……ぐ……」
「ハンナァアアアアッ、親父ぃぃいいっ!」

 血飛沫を上げる少年の身体はぐらりと傾き、崖の奥へと落ちていく。その後を追うように、ルドルも勢いのまま墜落していった。
 一瞬にして、闇の中へと消え去った二人。残った帝国兵達は、その瞬間を呆然とした表情で見送るしかなかった。

 そして、この場に訪れた静けさを前に――ようやく彼らは我に返り、事の重大さを悟るのだった。

「……おい。どうするんだ。勇者様が、崖に……!」
「と、とにかくバルスレイ将軍に知らせろ! 早く!」

 大声を上げて喚き散らしながら、帝国兵達はその場から走り去って行く。一方、崖下に広がる闇の中では――

「……ぐ、ううっ……」

 ――死に損なった少年の、すすり泣く声が響いていた。

 暗い闇に支配された、深き地の底。その中で生きる少年の腕には――墜落の衝撃により、粉々に体を砕かれたルドルの首が、抱かれている。

 あの崖から落ちていながら、勇者と呼ばれる少年は生き延びていたのだ。ルドルの方は、当然の結末を迎えているにも拘らず。

「なんでだよ……どうしてなんだ……!」

 少年は――帝国勇者「伊達竜正」は、この戦いで死ぬはずだった。自ら、そう望んでいたのだ。
 だから、ルドルの殺気に気づいていながら知らぬ振りをして、より確実に自分が殺されるために、崖の近くにも立った。

 だが、結果はこの有様。私利私欲のために多くの命を奪った自分が生き残り、愛する家族のため、命を賭したルドルが死んだ。

 こんな馬鹿なことがあるか。こんな不条理な話があるか。自分は、死んで罪を償うことすら、許されないのか。
 仇を討たせることも出来ないのか。

 そう絶望する竜正は、誰もいないこの闇の中で、ひたすら泣き言を吐き出し続けていた。日が暮れても夜が明けても、掃討戦が終わっても。
 竜正の嗚咽は絶えることなく、この闇に響き続けていた。

(死ぬことすら許されないなら……俺は……)

 やがて。竜正は憔悴し切った表情で、片手にルドルの首を抱いたまま――地面に突き立てられていた銅の剣に手を伸ばす。

(せめて……今、生きている人を守るしか、ない。この剣と、勇者の力で……!)

 その柄を握る瞬間。
 竜正の、長い旅が始まるのであった。

 勇者の剣をルドルの墓標として、この地に残したまま……。

 そして――それから三ヶ月後。竜正の捜索は打ち切られ、世間では勇者の戦死が報じられていた。
 
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