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ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜

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第二章 追憶のアイアンソード
  第23話 姫君達の祈り

 かつて、この王国は豊かな土地に恵まれた、平和な国であった。……数年前から始まった帝国の侵略がなければ、それは今も続いていたのだろう。
 大陸全土の統一による世界平和を目指す帝国は、王国が持つ豊富な資源や土地に以前から着目していた。それは帝国だけではなく、国力の拡大を狙う周辺諸国も、王国の領土に狙いを定めていた。

 ゆえに時の皇帝は、大陸最大の軍事力を有する帝国の手で王国を管理し、その豊かな大地が争いの火種となる事態を回避すべきであると考え――帝国の傘下に入るよう、王国への交渉を試みたのである。
 しかし、その交渉が侵略の手口であると見ていた王国軍は強硬に反発。やがて両者の緊張は、武力衝突へと発展するのだった。

 ――それから、数年。
 今もなお、王国の大地を懸けた戦いは続いている。

「勝てるでしょうか……アイラックス将軍。今度は帝国屈指の武人と謳われる、バルスレイ将軍の軍団が相手と聞いています……」
「……案ずることはありません、姫様。父上は王国最強の騎士なのです。誰が相手でも、必ず王国軍に勝利を齎しましょう」

 王宮の窓辺から、戦場の方角を見つめる少女が二人。王女ダイアンと――アイラックスの血を引く、ヴィクトリア。彼女達は今、遙か彼方の荒野で死闘を繰り広げている王国軍の勝利を、静かに祈り続けていた。

「……そう、ですよね……」

 九歳という幼さでありながら、王族としての責任を強く感じているダイアン姫は、鮮やかな金髪を揺らしながら……小さな胸元を不安げに握りしめている。

「――大丈夫です。絶対に大丈夫。万一のことがあろうとも、姫様は私が命に代えてお守り致します」

 そんな彼女の傍らに寄り添い、励ますように肩を抱く、黒髪の美少女――ヴィクトリアは、十二歳という年齢を感じさせない落ち着きで、幼い姫君を支えていた。
 その落ち着きは――父、アイラックスへの絶大な信頼に由来するものであった。

 父なら負けない。父ならどんな相手にだって勝てる。
 そう信じて疑わないからこそ、彼女は恐れることなく――戦いの行方に目を向けることができるのだ。

 それゆえに彼女は、後に知ることになる。
 愛する家族を失う悲しみ。信頼の根幹が崩れ去る絶望。全てを奪われる恐怖。
 それら全ての悪夢が彼女に襲い掛かる日は――そう遠くはないのであった。

 ――その頃。
 王国とは比にならない領土を持つ、帝国の中心――帝都の中央に立つ、帝国城の皇室では。

「……勇者、様……」

 艶やかな銀髪を揺らす、一人の美少女――皇女フィオナが、愛する少年の身を案じ、青空へと祈りを捧げていた。
 あらゆる宝石に勝る美しさを持つ彼女の瞳は、その少年が旅立った先へと向かっている。――そう。血と慟哭が渦巻く、荒野へと。

「案ずるな、フィオナ。タツマサならば、必ずや帝国に勝利を齎してくれよう。信じて、帰りを待つのだ」
「お父様……」
「百戦錬磨のバルスレイと、あの若さで渡り合える才覚……。勇者の力は本物だ。アイラックス将軍とも、対等以上に戦えるだろう。余は、そう信じておる」

 その傍らで、フィオナの肩に手を置く父――皇帝は、娘を勇気付けるためか、鼓舞するような強い口調で彼女に語り掛ける。
 彼は既に見抜いているのだ。竜正を想う、娘の胸中を。

(この戦争を一刻も早く終わらせねば、王国の資源が失われ、多くの命が失われる。……だが、そのために余は神の使いたる勇者を戦争に利用し……罪なき少年に、剣を握らせてしまった)

 娘の想い人に課してしまった業の深さに、皇帝は人知れず胸を痛める。そして――己が犯した罪の重さを、改めて見つめ直すのだった。

(余の罪深さは、末代まで語り継がれることであろう。神も、二度と勇者をこの世界に導きはすまい。勇気と愛に溢れた異世界の若者
など……この世界には勿体無い)

 そうして、己を責め立てつつも。
 皇帝は、なおも神に縋る。

(――神よ。神罰があるならば、この暴君にのみ下されよ。そして願わくば……あの少年に、安らぎが訪れんことを……)

 自らの理想のために、剣を取ることを余儀無くされた少年と、その少年を想う愛娘。彼らに齎される未来に、光が差すことを……願うのだった。

 そして、その願いに近づくために――皇帝は一人の父として、娘の肩を静かに抱く。その温もりに触れたフィオナは、不安げな表情で父の顔を見上げた。

「今は、療養に専念することがお前の務めなのだ。彼の帰還を、笑顔で迎えられるように。……わかるな?」
「……はい」

 フィオナ自身も、父の振る舞いから自分の想いが勘付かれていることは察しており――彼の言葉に逆らうことなく、静かに踵を返す。父の配慮を、無為にせぬために。

 ――が。外の世界が、完全に視界から消え去る直前。
 銀髪の皇女は、後ろ髪を引かれるように……一度だけ振り返る。

「……どうか……どうか、ご無事で……」

 次いで、今にも消えてしまいそうなほどの、か細い声を絞り出す。その声色には、拭いきれない不安の色が渦巻いていた。
 予感が、あったのだ。

 勇者の身に、何かが起きる――そんな、予感が。

 そして……竜正の身を案じているのは、彼女だけではない。
 遠く離れた、争いのない世界。その異界の、どこかに。

 彼の影を追い求めるように、彼が暮らしていた街を彷徨う女性の姿があった。
 その手には、少年の顔写真が写された紙が何枚も握られている。

 女性は道行く人々にその紙を手渡し、彼に繋がる情報を懸命に探し続けていた。
 だが、人々はそんな彼女に関心を向けることはなく――我関せずと言わんばかりに踵を返し、立ち去って行く。

 それでも彼女は――諦めない。

「竜正……どこにいるの。……早く、帰っておいで」

 行方不明となった息子の顔写真を見つめ、彼女は再び歩み出す。

「……お母さん、待ってるから」

 いつの日か。我が子に会える日が来ると、信じて。
 
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