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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第五十九話 惑星イオン・ファゼガスを脱出します!

 
前書き
更新速度を今後落とすかもしれません。現状速度を続けるかもしれませんし、落とすかもしれませんし、それは筆次第です。 

 
 ブリュンヒルト及びヴァルキュリアはブラウンシュヴァイク公爵らを乗せたまま、都市惑星イオン・ファゼガスを飛び立ち、大気圏外に全速上昇を続けていた。この時、最高評議会議長やその閣僚らも同乗していたことはあまり知られていない。脱出の際にいっしょくたに地下道に逃げ込んだ彼らは半ば自分たちの意志で、半ば強制的にブリュンヒルトとヴァルキュリアに搭乗したのだ。
 帝国側にすれば、人質としてこの局面を乗り切るために。同盟側にとっては自分たちの失態を自分たちの身をもってカヴァーしたという実績(それは後にしっかりと報道されれば、だが。)を持ちたいからであった。そうでなければ、間違いなくピエール・サン・トゥルーデ「内閣」は帝国からの使節が岐路に立った時、総辞職をしていることだろう。


 フィオーナはブリュンヒルトの艦橋から遠ざかるイオン・ファゼガスの地表を眺めながら、先ほどエア・ポートでかわした会話を思い起こしていた。

* * * * *

出立前のわずかな時間の中、イルーナ、フィオーナ、ティアナ、アリシア、レイン・フェリル、そしてティファニー、アンジェがエア・ポートのブリュンヒルト脇に立ち、話し合いを行ったのだ。
「シャロンの、そしてあなたたちの目的は何かしら?」
この、イルーナの単刀直入かつ直接的な質問から、幕があがったのだった。
「閣下を輔弼して今度こそあなたたちを殺す。これが私の目的です。閣下の目的に関しては今更言うまでもないでしょう。」
アンジェがきっぱりと言った。その口ぶりにはいささかも迷いはない。その隣でティファニーは口を閉ざしている。
「どうしてですか?曲がりなりにも前世においてすべて決着はついたはずです。転生してまで、なぜ、そこまで――。」
「あなたたちは勝者だからよ。」
アンジェがフィオーナをにらみつけた。
「負けたものの気持ちなんて、わかるはずがないでしょう?!あなたたちがあの時死に際の私に向けたのは、憐憫だったわ。理解している瞳ではなかった。ただの憐れみ!憐憫!同情!そんなものを私がもらってうれしいとでも思っているの!?フィオーナ、あなたは転生してからも救いがたい愚か者のようね!」
フィオーナが気圧されたように口を閉ざした。
「フィオを馬鹿にしないで!アンタの方がよっぽどひどいわ!いつまでもうじうじと同じところに固執して!!現実ってものを見ようともしないんだから、アンタの方がよっぽどクソが付くほどの大馬鹿じゃないの!!」
「ティアナ、あなたの言う現実とは何よ?勝者が定義する現実でしょう?そんなものに何の意味があるの?勝者の定義する現実ほど真実から遠ざかるものはないんじゃない?」
アンジェはティアナの叱咤など聞いていないようだった。ただ自分の言いたいことを言おうとティアナに詰め寄っていた。ティアナは動揺を毛ほども見せず、アンジェをにらみ続けている。
「シャロン主席指導教官は、騎士団及び公国に対して反逆を起こし、全世界を戦乱に陥れた。大勢の犠牲を出し、挙句の果てには、あの世界そのものを崩壊させる一歩手前まで行った。救いがたい狂人、愚か者。前世の列国会議では閣下はそう定義されていたわね。」
「それは、その通りじゃないの。」
「結果論はそうだわ。でもね、肝心なことが抜け落ちているわよ。閣下の掲げた大義を誰も挙げて論じようとはしなかった。それを理解していれば、閣下のなさったことに動機がないとは言わせないわ。」
アンジェはイルーナたち「勝者」側の転生者たちをにらんだ。
「一歩違えば、閣下の掲げる理想が実現し、あなたたちの方が狂人として、反逆者として、列国会議で話題になっていたかもしれないと私は言いたいのよ。」
「あなたの言うことは矛盾だらけよ。」
イルーナの一言がアンジェの勢いを止めた。
「結局のところ、あなたの言っていることは、シャロンの理想の擁護でしかないわ。それがあなたのよりどころなのだという事が、今はっきりと分かったわ。いわばあなたの心臓の一部なのね。それを無理に引きはがせば、あなたは死んでしまうという事がよくわかったわ。」
イルーナの言葉は冷たく、アンジェを突き放すようだった。
「私は、もちろん例外はあるけれど、結果論至上主義者なの。どんなに優れた理想で有ろうともそれを実現するにかかったコストが採算が取れないほどのものであれば、それは一考の余地すらもないものだと思っているわ。アンジェ、あなたとシャロンの掲げた理想を実現するために払おうとしたコストはいささかそういうものだったわね。今回はどうかわからないけれど。自由惑星同盟をいったいあなたたちはどうするつもり?」
アンジェは一瞬不敵そうな笑みを浮かべた。かつて前世でフィオーナたちと相対した時に浮かべた、あの不敵そうな笑みを。
「強い同盟づくりです。原作においては、同盟はアムリッツアで大敗を喫しました。帝国領遠征という愚かな行為をして。ですが、閣下がいらっしゃる限り絶対にそう言うことはさせません。そう言った論者を閣下は悉く抹殺してきました。今後も片っ端からそうするでしょう。今の同盟を原作の同盟と同じと思ってもらっては困ります。」
「大した自信ね。」
イルーナの表情には何の感情も現れていない。
「18個艦隊、イゼルローン級要塞、そして訓練を受けた精鋭に優秀な閣下率いる将官たち。同盟がそう簡単に滅びるとは私には思えません。断じてです。今の講和だって、実現したとしても一時的なものにすぎませんし、いわば時間稼ぎをする手段の一つなのですから。」
アンジェの言葉が終わっても、一同は何も言わなかった。ティファニーでさえもだ。
「どうしても、戦わなくちゃならないんですか?」
フィオーナが切なそうに尋ねた。もうこんな争いは前世だけで沢山だという顔をしている。
「私たちの、そして閣下の気が済むまでよ。あなたの持ち前の優しさとやらで負けた者の気持ちを汲んでやるのであれば、それにとことん付き合ってもらうわよ、フィオーナ。」
「そのために、無関係のこの世界の人々が巻き込まれることがあっても、ですか・・・?」
既にこの世界に転生してきて十数年がたつ。前世から数えればもっともっと長い期間こうした殺し合いと相対してきたはずなのに、フィオーナは殺戮を繰り広げることを嫌っているし、恐れてもいるのだった。そうした性質は何十年年月が立とうが、転生しようが変わることはなかったのである。
「何を言っているの?どうせ私たちがいようといまいと、奴らは戦争をするじゃないの。殺し合いをするじゃないの。私たちというエッセンスが少しばかり加わったからって、その勢いがかわることはないわ。」
アンジェの口ぶりは有無を言わせないものだったし、躊躇いが全くないものだった。フィオーナは反射的に剣の柄に手をかけていた。
「だったら今ここでけりを付けましょう。その方が巻き込まれる人が少なくていいんですもの。私個人の問題でカタが付くのなら――。」
「フィオーナ!」
教官の叱責にフィオーナは口を閉ざし、手をひっこめた。
「あなたに似合わない短慮だわ。こんなところで剣を抜いたりしている場合じゃないという事はわかっているでしょう!・・・・もう時間がないわ。ブリュンヒルトとヴァルキュリアの出立準備も終わったことだし、そろそろ行かなくては。」
この話合いは時間にして10分もあったかどうかわからないが、もう1時間も話しているようにフィオーナには感じられた。それほど気が重かったのである。
「残念ね。」
アンジェは冷たい口ぶりで言った。
「フィオーナ、これだけは言っておくわ。私が前世と同じ力量だと思ったら大間違いよ。今度こそあなたを・・・あなたたちを殺して見せる。」
「お~怖い怖い。期待していますよ、先輩。」
ティアナがバカにしたような半分不機嫌そうな目でアンジェを見やると、フィオ行きましょう、と親友の背中に手を当てるようにしてさっさと連れ出していった。
「とりあえず今回の事は礼を言うわ。シャロンにはよろしく言っておいて。・・・・いずれ戦場で会いまみえましょうと。」
「伝えておきます。では、無事の御帰還を。」
皮肉たっぷりなアンジェの言葉を受け流すと、イルーナは歩きかけたが、ふとティファニーの方を見た。結局のところティファニーは硬い表情のまま最後まで口を閉ざしたままだったのである。

* * * * *
フィオーナはと息を吐いた。やはりアンジェらと剣を交えることは決まっていたというのか。前世でわだかまりや因縁を断ち切ったと思っていたのに。
「フィオは悪くはないわ。」
隣にいつの間にかティアナが来ていた。
「ううん、悪くはない、というのは正確じゃないわね。あなたはあいつ等に対してさえいつも責任を感じていたわよね。過剰なほどに。それでいいと思うのよ。」
「だって・・・アンジェ先輩たちの居場所を奪ってしまったのも、ティファニー先輩の彼氏を殺してしまったのも・・・私なんだもの。」
「それはあなたが進んでやったことじゃないでしょ。それをやるときですら、フィオ、あなたは躊躇いを持っていたもの。あなたが望んでやったことじゃない。結果?それが何だっていうの?あなたがしたことは変わらない。でもあなたはそれ以上にずっとずっとたくさんの人を救ってきたんだわ。」
「・・・私だけの力じゃないわ。ティアナがいてくれたからできたことなのだから。」
ティアナの手がフィオーナの肩に置かれた。
「少し時間が必要かもね。落ち着くまで少し休んでいたら?」
「でも、任務が・・・・。」
「それくらい私がやるわよ。交渉の時も手持ち無沙汰だったんだもの。・・・あ~それにしても!!」
突然ティアナが大声を上げたので、フィオーナはびっくりした。
「ど、どうしたの急に!?」
「ラウディ!!私の愛車をぶっ壊してくれた自由惑星同盟の奴ら、絶対に許さないんだから!!」
正確に言えば、ティアナのラウディはその後突撃してきた戦車部隊と交戦し、度重なる主砲弾の命中でついに吹き飛んでしまったのだった。もっと正確に言えば分が悪いと悟ったティアナがオートドライブにして敵陣に突っ込ませ、車を木っ端みじんに自爆させたということである。
フィオーナは笑った。かすかな笑い方だったけれど、それでほんの少しだけ気が晴れたような気がした。
「少しは落ち着いた?私の愛車なんかよりもあなたの方がよっぽど心配だったのよ。」
「ありがとう・・・。ごめんね、ティアナ。いつも迷惑かけてばっかりで・・・・。」
「それ以上言わないの。」
ティアナがフィオーナに一さし指を立てて見せた。そしていつもの調子でいつものことを言ってのけたのである。
「あなたが苦しいと思っているのはわかっているわ。でもこれだけは言わせて。私は何があろうとも、フィオ。ずっとずっとあなたの味方だからね。」
フィオーナがようやく親友の境地を慮ることができたのは、自室に戻ってからだった。結局シャロン教官とティアナは直接会わずに終わったのだ。そのことがよかったのかどうか、ティアナ本人が望んでいたかどうかはわからない。ただ、ティアナにとってシャロン教官の存在はいわば自分とイルーナとの存在関係のようなものだ。動揺しないはずがない。にもかかわらず、親友は最後まで動揺を見せることなく、自分を支えていてくれたのである。
「ティアナ、あなたは私には過ぎた友達よ・・・・。あなたのことを支えてあげられなくて、ごめんね・・・・。あなたの方がよっぽどつらいのにね・・・・。」
ぽつりとつぶやいたフィオーナはベッドに横たわると、枕に顔を埋めたのだった。


* * * * *
 ともかく、まずはアルテミスの首飾りの射程外に出ることが肝心である。2隻は全速上昇で大気圏外に出た。青みがかった空がやがて漆黒の宇宙に変わった。惑星イオン・ファゼガスと宇宙の境界線が美しく青く輝く一筋の光を放っているのが目の前に見えている。そしてその境界線の付近に規則正しい等間隔を置いて、軍事衛星「アルテミスの首飾り」が鎮座しているのが見えた。超合金でよろわれた軍事衛星は戦艦の主砲もミサイルも一切受け付けない。近づくものを敵視した瞬間、容赦のない全方位砲火がターゲットに集中することになり、よほどの運がなければ惑星イオン・ファゼガスをめぐる宇宙塵の仲間入りである。
「あれが火を噴かないという保証はないでしょうが。」
フェルナーはシュトライトに話しかけた。
「それをすれば自由惑星同盟は自分たちの最高元首もろとも吹っ飛ばすことになりますな。自分の頭を撃つようなものだ。」
「その前提はあくまでもその情報を彼らが知っていればこそだ。彼らは夢にも思わないだろう。帝国軍艦船に自由惑星同盟の最高評議会議長らが乗っていることなど。想像の翼というものは思ったほど長くはないものだという事をわきまえておくべきだ。」
「ごもっともなご意見ながら、さしあたっては大丈夫でしょう。都市惑星イオン・ファゼガスに着陸する際に我々500隻の帝国軍艦船のコードは味方であると『アルテミスの首飾り。』に送ったという話をしておりました。・・・・今のところはですが。」
アンスバッハが二人の会話に加わり、じっとアルテミスの首飾りに視線を注ぎながら言った。
 徐々にアルテミスの首飾りの一つに近づいていく。付近には遊弋する艦船もいて、それらがコバンザメのようにアルテミスの首飾りの一つに群がっているかのように見える。おそらくメンテナンス用の軍の工作艦隊なのだろう。帝国軍艦船2隻はその中を悠然と航行していく。帝国軍の文様があるから、周囲の同盟軍艦船などは飛び上って警報を鳴らしそうなものだったが、ここまで大々的に報道されていたこと、まだニュースでは迎賓館襲撃の詳細が発表されていない事が幸運を奏していた。すなわち今現在は帝国軍艦船が使者として堂々とここにきている。よってそれらに対して発砲する必要などはない、と。
 息を詰めて見守っていたのはおそらくほんの10数分であっただろうが、居合わせた人々にとってはそれが数時間の長さにも感じていた。
 ブリュンヒルトとヴァルキュリアは左舷にアルテミスの首飾りを見ながら進んでいく。右から左にアルテミスの首飾りの巨大な衛星が通り過ぎるのを、人々はじっと身動きもせずに見つめていた。
「・・・・完全に射程外に離脱しました。」
オペレーターの言葉が、硬直の魔法を解いた。一斉に人々は息を吹き返し、ガヤガヤとにぎやかに話し出した。
「速やかに艦隊を集結させる。最高評議会議長殿。当方としても山ほど言いたいことはあるがそれは隅に置こう。その意図はお分かりだな。」
ブラウンシュヴァイク公爵が威厳を込めて最高評議会議長に話しかけた。ピエール・サン・トゥルーデとしても異論があろうはずがなかった。今回のテロは明らかに自由惑星同盟側の失態である。厳重警備のさなかに起こったテロは完全に自由惑星同盟から有利な手札を奪い去ってしまった。今回の事は誰一人帝国側が仕掛けたのだとは思わないだろう。小物ならともかく大貴族の長であるブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯が自らを生贄にする策など、しかもこのような回りくどい策などを取ることなど思わないだろうから。
「面目ない、としか言いようがありませんな。わかりました。この一身に代えても閣下らを自由惑星同盟領内から安全に出させて見せます。その代り――。」
「わかっておる。交渉の続きは回廊付近で行うこととする。その旨卿らはここから声明を発表していただきたい。」
ブラウンシュヴァイク公はそう言うと、アンスバッハらに残存艦隊の終結を指令し、かつピエール・サン・トゥルーデらにもあらためて全面協力をするように要求し、さっさと用意された部屋に引っこんでいった。リッテンハイム侯爵、ミュッケンベルガー元帥らもそれに続く。ピエール・サン・トゥルーデ側も用意された客室にぞろぞろと引っ込んでいった。張り詰めていた周囲から見ればあっけないほどの幕切れである。


しかし、それは表向きの事だけであった。


 双方ともに何事もなかったかのような冷静さで会話は終わったが、それぞれの胸のうちの憤怒はまさに沸点に達しようとしていた。とりわけリッテンハイム侯爵などは今にも自由惑星同盟の奴らを処刑せんばかりにいきり立っていたし、自由惑星同盟側も「いっそ帝国の奴らを道連れにして死んでやりましょう!!」などと思い詰めている過激派もいないではなかった。誰もかれもが今回の和平交渉が完全に失敗したと思っていたのである。
 だが、短慮を起こせば、さらに事態が悪化することを双方は知りすぎるほど知っていた。帝国側にとっては、今自由惑星同盟の最高評議会議長らを殺せば、自由惑星同盟全土が敵になり、帝国に帰ることなどおぼつかなくなる。他方、自由惑星同盟側にとっては、今帝国の重鎮を殺してしまえば、激怒した帝国側が数十万隻の大軍を時を移さず送り込んでくる可能性が高かった。そうなれば国力の疲弊した同盟側などはひとたまりもない。勝ったとしても損害が大きすぎてこの先何十年も経済などは停滞するだろう。

 要するに、激発してしまえば、デメリットばかりが立つ。そのことを双方ともに理解しているからこそ、かろうじて最後のリミッターは解除されずにいたのである。

 だからこそ、双方がそれぞれの自室に戻った瞬間に激昂罵声罵り合いの修羅場になったのはある意味で自然なことなのかもしれない。
「だから交渉など無益だったのだ!!!」
リッテンハイム侯爵の怒声が交響曲「修羅場」の第一楽章の幕を開けた。
「お、お父様、そんなに大きな声をお出しにならないで――。」
「お前は黙っていろ!!」
とめようとしたサビーネをリッテンハイム侯爵が一喝する。サビーネは胸に手を当てて懸命に嗚咽を殺していたが、やがて静かに部屋の隅に下がった。そっとイルーナが彼女を抱きしめて、慰め始めた。イルーナ・フォン・ヴァンクラフトは会議のため臨時にブリュンヒルトに来ていたのだ。
「侯爵閣下、ご令嬢にそのような声をお上げになるのはどうかと思います。」
イルーナがサビーネの背中をさすり、慰めながらリッテンハイム侯爵に言った。
「貴様に言われたくはないわ!!我が家の事にくちばしを突っ込むのはやめてもらおうか!!」
手のつけようもない。今まで抑えてきた憤懣がマグマとなって噴出している。
「落ち着かれよ、リッテンハイム侯爵。そのような怒声を上げても、事態が解決するはずはありませんぞ。」
「フン!後から賢しらぶって口を出すとは。宇宙艦隊司令長官は口先だけの口舌の徒だというわけか。」
「なんと言われる!」
「やめないか!」
ブラウンシュヴァイク公爵が苦虫を噛み潰したように双方を分けた。彼自身声を大にして叫びまくりたい気持ちは大きかったが、そこは大貴族の長である。そのような醜態はこのような時には絶対に見せたくはないところだった。だが、リッテンハイム侯爵は収まらなかった。
「ブラウンシュヴァイク公!!卿も卿だ。今回の事、卿の身内であるそこのフレーゲル男爵とかいうなまくら貴族のボンボンの出したサル知恵だというではないか!!そのようなことにこの儂を巻き込みおって!!帝国に帰った暁にはそ奴に全責任を取ってもらうように陛下に進言するぞ!!」
指さされて憤怒と恐怖に顔面蒼白になっているフレーゲル男爵はワナワナとソファの肘掛を握りしめている。口は閉じたり空いたりしているが、何も言葉は聞こえてこない。
「リッテンハイム侯爵、確かに今回の件はこの甥が一枚かんでおるのは事実だ。だが卿も当初は喜々としてこの策に賛同したではないか。」
「何ッ!?儂が賛同!?ふざけるな!!そんな確約をしたとはどこにも出ておらんわ。証書でもあるのかな、ブラウンシュヴァイク公。」
「貴様、貴族の面汚しだな!!」
ついにブラウンシュヴァイク公爵も堪忍が切れた様に叫んだ。
「都合のいいときだけ儂らを利用し、都合が悪くなると赤ん坊のようにわめきたてるのはリッテンハイム侯爵家の遺伝という奴か!?貴殿の家が劣悪遺伝子排除法に引っかからなかったのは、奇跡というべきだな!!」
「なんだとッ!!??」
当の本人たちを目の前にして、対ラインハルト包囲網の役者でもあるブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵の双方の罵倒やののしりあいはとどまることを知らなかったのである。


 一方のピエール・サン・トゥルーデ側も穏やかではなかった。
「だから帝国の和平使節など、迎え入れるだけ無駄だったではありませんか!?それどころか奴らジョーカーを我々の手に押し付けてきおった!!どうしてくれるんですか!?これでもう帝国との戦争は避けられないことになる!!!主戦派は『それ見たことか!』と喜び、和平派は一斉に我々を引きずり下ろしにかかるでしょうな!!」
国防委員長のケヴィン・ハンスネルの投げやりかつヤケクソの叫びが交響曲「絶望と憎悪」の第一楽章の幕を開けた。
「落ち着き給え。帝国の戦艦の中で同盟首脳陣が言い争っているなど、喜劇以外の何物でもないではないか。」
ピエール・サン・トゥルーデがたしなめる。
「喜劇ですと!?もう充分喜劇ですよ、ここまでが!!」
天然資源委員長のミハイル・プレジャックが「お前馬鹿なの!?ド天然なの!?」という態度を全開にして叫ぶ。
「落ち着きなさい!帝国の使節の受け入れについては、最高評議会議長お一人の発案ではないわ。私たち皆が多数決で決め、最後には評議会全体で賛成多数で可決されたことじゃないの。それを棚に上げて議長を責めるなんて・・・あなたたちは議長をスケープゴートにでもするつもり!?」
外務委員長のケリー・フォードが手厳しい調子で反撃した。30代半ばの若さで新設されたとはいえ外務委員長のポストに就任しただけあって、その胆力はなみなみならぬものであったし、元キャスターという肩書が知的な美人だという印象をメディアを通じて同盟市民にもたらしていた。
 彼女の言ったことは建前上正論である。自由惑星同盟が曲がりなりにも多数決で決定した事柄である。市民の意志が反映されたという事だ。だが、その水面下では様々な駆け引きがあったことは言うまでもない。
「こんな時に正論か?お前も帝国の使節が帰国すれば、同時に今の椅子を奪われることになるんだぞ。どこまでもおめでたいお嬢さんだな。」
と、ケヴィン。
「構わないわ。私が辞職して同盟が活性化するのであればね。でも、果たしてそううまくはいくかしら?主戦派が息を吹き返せば、建設中の要塞を橋頭堡に帝国に攻め入ろうなどという論調が出てくることは確実よ。そうなればなったで同盟市民は重税にあえぐことになるし、新たな徴兵によって前線に出なくてはならない男性が大勢出ることになる。あなたも一兵卒として前線に駆り出されるのではないかしら?国防委員長殿。」
「お前、何を言って――。」
「その通りだ。」
ピエール・サン・トゥルーデの発言が双方の動きをとめた。
「議長?」
「外務委員長の言う通りだ。もし我々がここで失敗すれば、帝国は怒涛の如く進撃してくるだろうし、そうでなかったとしても主戦派が息を吹き返して我々は追い落とされ、帝国に対して大規模な攻勢をし続ける政策に逆戻りするだろう。イゼルローン攻防戦など、もうたくさんだ。5回で充分すぎる。」
「あれだけ凄惨な光景を見たのです。6度目の攻防戦を仕掛ける様な愚か者はおらんでしょう。」
と、情報委員長。
「どっこい情報委員長。人間の記憶力というのはコンピューターメモリーと違って劣化するものなのさ。あれだけ植え付けられた恐怖も自己防衛本能そのほかの体の機能によって綺麗に浄化されて消え失せてしまうんだ。私は断言するがね、いくばくもたたないうちに同盟内部から帝国への大規模な攻勢をおこなうべしと世論が沸騰するに違いないさね。」
こう皮肉っぽくいったのは人的資源委員であり、委員会№2のホワン・ルイである。
「そうなれば、同盟の経済は間違いなく致命傷を負う。今現在でも度重なる要塞建設や艦隊拡充計画、そして三度にわたる帝国からの遠征軍迎撃作戦で喘いでいる状況なのだ。今その計画が実行されればもはや手のつけようもない。国債は今とは比べ物にならない規模で発行され、通貨の流通量は桁違いに増大し、間違いなくインフレが起こるだろう。それも手のつけようもないハイパーインフレが。」
経済開発委員長であるジョアン・レベロが苦々しげに言った。国防委員長と天然資源委員長もその言葉でようやく事態の重大さを改めて気づかされた様子だった。事は自分たちの進退という小さな小さなレベルの問題にとどまらない。同盟全体が生きるか死ぬか、そこまでの問題にまで発展していたのである。
「つまりは、我々は大きなミスを犯したが、そのミスをミスのまま放置することは断じて許されないというわけだ。和平は無理であろうとせめて数年の期限付き和平を締結できるよう全力を尽くすべきだろう。」
ピエール・サン・トゥルーデの言葉に、一同はうなずいた。うなずかざるを得なかった。


一方――。
 自由惑星同盟本星は混乱の極みに合った。迎賓館襲撃事件発生から、メディアの間では不確定要素の情報が飛び回り、人々はそれに翻弄され続けていたのである。最高評議会議長が帝国の使節によって暗殺されたと報道されたかと思うと、帝国の使節は自由惑星同盟の軍上層部の特殊部隊によって始末された、それは帝国への侵攻の宣戦布告である、などと報道されている。要するにその情報は支離滅裂であり、誰もが一体どれが本当の情報なのかと疑心暗鬼にさらされ続けていた。
 確かなことは、最高評議会議長以下の最高評議会メンバーと帝国使節団が行方不明になったことである。また、軍港に待機していたブリュンヒルトとヴァルキュリアという2隻の帝国戦艦が飛び立ったことも情報として挙がっていたが、確認できたのはそれだけであった。空港も混乱の極みにあり、スタッフらは応対で精一杯であったからである。
 そんな中、自由惑星同盟の統合作戦本部、自由惑星同盟評議会、自由惑星同盟経済界などの首脳陣らは臨時に集まって情報共有と共同戦線を張ることを盟約しあい、情報の収集と議長ら首脳陣、帝国使節の生存確認に全力を傾注することとなった。
 ヤン・ウェンリーとラップは統合作戦本部に泊まり込んでいたが、もはや手持ち無沙汰の状態が続いていた。シトレ大将自身はめまぐるしく入ってくる情報を統合作戦本部長と共に協議すべく専門スタッフたちとともに別室に入ってしまっている。
 ヤン・ウェンリーとラップに課せられたのは、交渉の過程での不測の事態に対処することであった。それが発生した以上、後は専門的なスタッフに任せるほかない。何故ならヤンもラップも魔術師ではない。現在行方不明の帝国使節団と自由惑星同盟の最高評議会議長らを見つける魔法の鏡は持っていないのである。


「ヤン、俺たちは何かできなかったのか?」
ラップがヤン・ウェンリーに話しかけた。あれほど警備を厳重にしたにもかかわらず突破されてしまったことに憤ると同時に自分たちがとんでもなく無能で、低能で、そしてサボタージュをしていたのではないかと首脳陣に見られても仕方がないのではないかと焦っているのだ。ラップ自身は功名を欲する心は持ち合わせていない。彼が焦っていたのは、まだ改善の余地はあったにもかかわらず、それを怠ってしまった自分たちへの罪悪感なのだ。
「あれだけ警備を厳重にし、情報部も全力を挙げて取り組んでいる警備体制を破られたんだ。無理だよラップ。私たち二人がいてもどうしようもできなかったさ。」
ヤンは泰然としていた。彼にしてもその心境は面白かろうはずはなかった。だが、起こってしまったことはもう取り返しがつかないのだ。ヤンもラップもやるべきことはやっていた。警備部隊の増強。監視用ヘリの増強。警備要員を交代制にしての警備体制弛緩の防止。ありとあらゆる索敵装置のフル稼働。完全な検問体制。まさにネズミ一匹たりとも近づけないほどの警備体制案を具申したのである。それは直ちに受け入れられた。
さらに非常時に備えて、訓練と称して4個分艦隊を惑星イオン・ファゼガス近くの星系に分散して待機させているし、イゼルローン、フェザーン両回廊には警備部隊を帝国軍に刺激させない程度に派遣して万が一に備えさせてもいる。
今頃はそれら付近の警備部隊が急行して治安の回復に当たろうとするだろう。
「それに、軍人が交渉事について政府にあれこれと干渉するのはよろしくはないよ。むろん、助言を乞われたらアドヴァイスはしてもいいとは思うが。」
「せめて場所を変えるか、どうにかできなかったのか?」
「無理だ。都市惑星イオン・ファゼガスは今は第四艦隊を中心とする警備部隊が集まっているし、統合作戦本部、艦隊司令部等の軍出先機関などが集まっている、ハイネセンを除けばいわば最高の警備体制が敷ける場所なんだ。そういうところが無理なら、どこに行こうと結果は一緒だよ。」
そうだな、とラップはと息を吐き、
「それにしてもまずいことになった。」
「いわば、帝国も同盟も今回の事では互いのフィルターを取り去るどころか、逆にフィルターの映像を現実のものだと認識するに至ってしまったんだ。」
ヤンは紅茶のカップに口を付けた。
「それを何とかできないのか?」
「それは同盟軍と政府首脳陣の誠意次第だよ、ラップ。彼らが頭を下げ、心から謝罪し、そしてもう一度交渉をしてほしいと願う。その際にはこちらから進んである程度不利な条件を被るんだ。同盟の方から人質を出し、会見場所もイゼルローン要塞または惑星フェザーンで行うこととする、などだね。」
「それでは交渉自体が不利なものになってしまうじゃないか。」
「今回の事は口を拭って知らんぷりできるようなレベルじゃないんだよ、ラップ。その事象を否定せず、なおかつ交渉によって物事を解決しようとするのであれば、こちらが不利を被ることは当然のことだと私は思うね。そうでなければ『武力によって解決をする。』という従来のお決まりのパターンに帰結するほかない。」
ラップはまたと息を吐いた。残念ながらヤンの言う通りだ。
「むしろ、我々がしなくてはならないことは、軍人として今後どうするか、という事なんだな、ヤン。」
ラップの言葉にヤンはうなずいた。
「帝国と同盟がもう一度交渉の席に着くかどうかはわからない。だが、シトレ閣下もおっしゃっているように我々は常に最悪の事態を想定して動かなくてはならないだろう。今考えられるのは激怒した帝国が大挙して回廊を通過し、同盟に一大攻勢をかけてくる、というものだ。」
「という事はこちらも増援艦隊を動員し、回廊付近にもっと重厚な警備体制を敷くことが肝要、というわけか?いや、それはまずいな。」
ラップは自問自答して、首を振った。
「むしろ艦隊は出動態勢のみ整え、いつでも駆けつけられるようにするとともに回廊周辺の惑星には帝国侵攻が決まった瞬間に無防備宣言を出すことを許可しておく。艦隊を動かすのは帝国の侵攻が決定的になった瞬間に、という事だな?」
「その通りだ。早急な判断や部隊の移動は、かえって帝国軍を刺激することになる。余計なことをして余計な出血をするようであれば、それは最善手と言えないだろう。」
「帝国は攻勢を仕掛けてくるだろうか?」
その質問をしながらラップは自分でもあきれる思いだった。その質問をした根底には帝国が攻め寄せてこないことを祈る、かすかな、だが強い希望があったからである。こと、ジェシカと婚約した瞬間から、ラップは自分の生に強い執着を覚えるようになっていた。軍人としてはあるまじきことなのかもしれないが、他方、それが人間として望ましい生き方なのではないか、とも思うのだ。
「私にもわからない。だが、そういうことはあってほしくはないと思う。」
ヤンはラップを見つめながら言った。ラップの内面の葛藤等を何もかも知りぬいているようなそんな瞳をして。
「とにかく、今は休める時に休んでおくことにするさ。私たちにはまだ指令が下っていないのだから。」
ヤンはそう言うとソファにもたれかかり、ベレー帽を目深にかぶった。軍人としてはどうかと思うが、精神的には極めて有効なことである。神経をすり減らし続けることよりも外との情報をシャットダウンすることによって休息を得る手段にかけてはヤンは超一流と言ってよかった。
ラップは苦笑しながらも、彼の隣に座った。いざという時にすぐに親友を起こせるように、との気遣いである。

 その後――。
 帝国と自由惑星同盟はイゼルローン回廊付近エル・ファシル星域に置いて二度目の交渉を行うこととなったというニュースが改めて軍および政府広報室から発表された。ピエール・サン・トゥルーデ自らが閣僚らと共にブリュンヒルトから生放送で通信を行ったのだ。それにはブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯も同席してあらためて双方共に交渉を継続する意思を明確化させたのだった。自由惑星同盟首脳陣も帝国使節も共に健在であることがこれで判明したわけである。これはシャロンがカトレーナを動かし、カトレーナが各界の主要人物に詳細な情報を伝達した結果であった。
同時に今回の事は正体不明の過激派のテロとされ、自由惑星同盟は一切関与していない事、交渉に引き続いて努力をすることが改めて発表された。今すぐの一触即発戦争状態が回避されそうだと知った同盟は安堵の色を取り戻したのだった。


 もっとも、同盟側が発表したエル・ファシル星域での交渉というのはフェイクであった。実際の交渉は既にブリュンヒルト及びヴァルキュリア内で既に始まっていたのである。
 
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