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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第五十八話 脱出開始です!

某所――。

暗い暗室に備え付けられた小型TVのディスプレイ上では、信じがたい光景が映っている。迎賓館が爆発炎上し、濛々と立ち上る黒煙が空を焦がし続けている。緊急車両や消火用ヘリが群がってそれを懸命に消化しようとしているが、火は収まる気配がない。
『今日という今日が最悪の週明けで始まるなど、誰が予想したでしょうか。ここ、イオン・ファゼガスの象徴の一つであり、帝国と同盟の交渉の場であった迎賓館は、今日午前10時ごろ、何者かの襲撃により内部が制圧されたとの急報が入りました。内部の様子は不明で有り、ご覧のとおり生存者が内部にいるかどうかすらも不明です。現在判明しております情報では――。』
女性レポーターが炎上する迎賓館をバックに中継をつづけている。それを幾人かの人間が見守っていた。
「これで、帝国と同盟との間には決定的な亀裂が入ったわけだ。もう交渉などというバカげたことをしでかす愚か者はおらんだろう。」
「しかし、本当によかったのか?巷では今回の交渉が成功するとみている者はメディアはおろか、当事者ですら思っていないというで噂ではないか。調停者のルビンスキーでさえ、信じていないという噂もたっているぞ。交渉が決裂すれば今回のようなことを起こさんでもよかったのではないか。」
「噂は噂だ。」
最初の声が無造作に言った。
「こうしておけば、否応なしに、確実に、同盟と帝国は決裂し、我らの目的は達成されるのだ。例の物を今のルートで流布し続けるためには、帝国と同盟が和平を結んでもらっては困るというもの。せいぜい今まで通りの殺し合いをつづけてもらわんとな。」
「貴様は目的のためには手段を択ばんというが、本当のようだな・・・・。」
第三の声が冷ややかに言う。それに対して最初の声は、フン、と鼻を鳴らした。
「とにかくも、これで目的は達成される。なに、我らの仕業だという事はわかるわけがない。」
薄暗がりの中でひそひそと声だけが秘密をささやきあっていた。



* * * * *
地下通路に虚ろな足音だけが響いている。重々しい足音、軽やかな足音、規則正しい足音、カツカツとせわしない足音、十人十色の特徴があるが、その音は一つ所の目標に向かって歩いている集団の足音であった。
「まさかあんたがこっち側に来ていたとはね、思いもしなかったわ。」
ティアナが先頭を行くダークシーグリーンをポニーテールにした女性に話しかけた。ブラウンシュヴァイク公爵たちはやや離れたところを歩いている。今はティファニー、フィオーナ、ティアナが先頭を歩いていた。
「ティアナ、言っておきますけれど、私は前世でもこの世でも、あなたのタメ友になった覚えはどこにもないわ。いい加減敬語を使うことを覚えたらどう?」
ティファニーが前を向いたまま硬い声で言う。
「前世で騎士学校候補生の期別が一期上だからって言って敬語?最終的には私の方が階級は上だったのに?」
「いちいち嫌味ったらしい!!!」
ティファニーが叩き付けるように言葉を吐き捨て、ティアナを振り向いて睨んだ。
「ティアナ。」
フィオーナが諭した。ティアナは口をつぐんだ。ティアナとティファニーの仲の悪さは前世から健在である。もっとも原因は自分にあると、ティファニーはひそかに思っていた。散々こちらからフィオーナに絡んだ結果がティアナの今の自分への態度なのだ。
一方のティアナもこの現世にきてまでティファニーと喧嘩をすることはバカバカしいと思っていたが、前世で言い足りなかったことを思う存分言いまくってやりたいというどす黒い感情が胸にたまっていた。
「すみません、先輩。先輩のお手を煩わせてしまって。」
ティファニーは強いてこわばった声を出しながら、
「勘違いしないで、フィオーナ。私はこの現世においてもシャロン教官の味方よ。そこの裏切者と違って。」
「裏切者!?言ってくれるじゃないの。この――。」
「ティアナったら!!」
フィオーナの声にかまわず、
「シャロン教官のことは、あんただってわかっているでしょう!?どう考えても・・・・まぁ、いいわ。こんなところにきて前世からのゴタゴタを蒸し返そうなんて思いたくないもの。」
「私もよ。」
おやっとフィオーナとティアナが思わず顔を見合わせたほど、ティファニーの言葉ははっとするような悲しいやるせない響きが満ち溢れていた。
「私はシャロン教官の味方だと言ったけれど、フィオーナ、ティアナ、私は私なりに――。」
急に言葉がつぐまれた。ティファニーの足が止まっていた。二人が顔を上げると、目の前に懐中電灯らしい明かりが明滅しているのが見えた。
「アンジェ?」
ティファニーの呼びかけに、懐中電灯の光がうなずくように上下した。
「アンジェ先輩も・・・・。」
そのフィオーナのためらいがちな声を聞きつけたかのように、後方からイルーナが追い付いてきた。
「イルーナ・フォン・ヴァンクラフト主席聖将・・・いいえ、この世界ではヴァンクラフト大将閣下でしたか。」
アンジェが冷ややかに挨拶する。姿かたちは懐中電灯の光に邪魔立てされてはっきりとはわからないが、その冷たさははっきりと伝わってくるレベルだった。これがもし自分に対してならもっともっと冷たいブリザードが吹き付けてきただろうとフィオーナは思った。イルーナのほうはそれしきのことで動じた様子を毛ほども見せていなかった。
「言いたいことは後で聞くわ。あなたもここにいるという事は、シャロンの命令を聞いてやってきたのでしょう?速やかに出口まで案内願うわ。そうすればあなたの言いたいことを聞く時間は多少なりとも稼げるでしょう。」
「そうありたいものです。あなたと、そしてそこの二人に対してね。」
アンジェは踵を返すと、先頭に立って歩き出していった。
「教官。」
「フィオーナ、私は一度彼女たちと話してみたいと思っていたの。もちろんシャロンとも話してみたいと思うのだけれど、その前に彼女たちがこの自由惑星同盟に転生した理由、そして動機を、今後どうするのかを。」
「そんなことたった一言でカタが付きます。『私たちを今度こそブチ殺すため!!』でしょ?」
「ティアナ。短絡的にそう決めつけるのはよくないわ。本当はあなただってそう思っていないはずよ。時空・ヴァルハラという壁を越えて、私たちは再びこの銀河英雄伝説の世界で巡り合えたわ。前世でけりがつかなかったことを・・・・もう一度けりを付けるいい機会だと思っているの。」
イルーナ・フォン・ヴァンクラフトの言う「ケリ」が殺し合いでも決闘でもないことをフィオーナとティアナは肌で感じ取っていた。曲がりなりにもそれは前世ですべて終わっている。イルーナの言う「ケリ」とはおそらくきっと―――。
「まだ出口につかんのか!?」
後ろからイライラした叫びが聞こえてきた。ブラウンシュヴァイク公かリッテンハイム侯かわからないが、あまりにも長い地下通路に嫌気がさしてきたらしい。3人がアンジェとティファニーを見やると、冷ややかな答えが返ってきた。
「後1キロで出口です。ここまで数キロ歩いてきたのですから、1キロくらいなんでもないでしょう。」
「これほどの広さのトンネルだ、せめて車か何かそういったものは回せなかったのか?!気の利かぬ奴め!」
リッテンハイム侯爵が護衛たちに囲まれながら苦々しそうに言っている。他方のブラウンシュヴァイク公爵は無言であったが、疲れと苛立ちが全身を包んでいるように見えた。二人は大貴族の長である。かしずかれ続けた生活にどっぷりつかっているのである。自らの足で歩くのには慣れていないし、何よりも長時間不自由な状態に置かれることに対する免疫がそれほど備わっていないのである。ラインハルトとキルヒアイスの二人はやや離れたところに立って二人の大貴族を見ている。表情は分らないが、内心あきれきっていることだろうと3人は思った。
「口を慎まれよ、リッテンハイム侯爵。」
見かねたミュッケンベルガー元帥が注意する。助けられた立場で何を言うのか、という色合いもあったろうが、ここで下手に刺激してかえって藪蛇になることを恐れていると言った風だった。
「ともかく今は一刻も早くここを出ることが先決だ。案内お願い仕る。」
ミュッケンベルガー元帥の言葉にアンジェとティファニーは無言で歩き出した。二人とも胸の内では相当怒りをためていることだろう、とフィオーナは思っていた。アンジェもティファニーもプライドが高い。下僕同然に扱われることや頭越しに怒鳴りつけられるのを何よりも嫌う。そうしたことをやってのけたリッテンハイム侯爵に何か後で報復が来ないかどうか、それが心配であった。
一行は足を速めた。残りの一キロを歩きさえすれば、出口につくと分かった瞬間から足が速く動くようだった。



■ ラインハルト・フォン・ミューゼル大将
あの迎賓館での襲撃は何者が仕掛けてきたのか、俺にはわからない。だが、はっきりと言えることは自由惑星同盟の奴らは戦機・勝機・そして好機を失ったという事だ。和平に向けて話し合いを継続すれば、まだ奴らの寿命は数十年は持つことになっただろう。国力が十分に回復すれば、例の建設中の要塞を完成させた暁に、帝国に向けて逆侵攻を行うことも可能だ。ところが、一部の奴らの暴走を制御できなかったことが奴らの破たんを生むことになった。自由惑星同盟の奴らの仕業かどうかはこの際問題ではない。要はそれを防げなかったことがまずかったのだ。
宇宙港に引き返し次第、ブラウンシュヴァイクらは都市惑星イオン・ファゼガスを脱出し、帰路に就くことを選択するだろう。だが、それが果たして最良の選択肢かな。
帝国との和平交渉が不調に終わったと同盟が悟った瞬間、同盟全土が敵になるという事、そしてその真っただ中に孤立無援になることを奴らは分っているのだろうか。たった500隻では同盟軍一個艦隊が殺到した瞬間にあっと言う間に宇宙の塵になることだろう。
ここは帝国の度量の広さを見せ、何事もなかったかのように振る舞い、再度交渉に臨む姿勢を相手に見せつけることだ。ただし、このイオン・ファゼガスではなく、再びイゼルローン回廊若しくはフェザーン回廊付近にまで後退し、そこで改めて交渉を行うと言えばいい。同盟もそれには反対しないだろう。何しろ自分たちの足元で火事が起こったわけだからな。
さて、今後の俺の役目はブラウンシュヴァイクらを無事に帝都オーディンまで護衛することになりそうだが、果たしてそううまくいくかどうか、な。
先ほどからキルヒアイスの顔があまり良くない。今回の和平交渉の決裂を思っているのだろうか、そうだとしたらキルヒアイス、それほど気に病むことはないぞ。どのみち自由惑星同盟と帝国はこの一回で和平を結べるほど親しくはないのだからな。

■ジークフリード・キルヒアイス大佐
 自由惑星同盟と銀河帝国が恒久的な和平を実現する。夢物語のようだが、それが実現すれば両国の間に戦禍は途切れ、それぞれが内政に専念することができる。全体としては理想であるが、それではラインハルト様の台頭の道が閉ざされることになる。そうなればアンネローゼ様を奪還することも、帝国に住まう民をよりよい幸福への道に導くこともできなくなってしまう。
だから今回の迎賓館襲撃が発生した時、どこかでほんの少しだけだが、ほっとした自分を見出してやり切れない思いがした。自由惑星同盟の人々の幸福よりも、帝国臣民、いや、ラインハルト様とアンネローゼ様のことを思ってしまう私は罪人なのかもしれない。この先また何百万という血が流れ、その倍の遺族が嘆き悲しむ世界を私は是と思ったに等しいのだから。ラインハルト様が私の心の中を知れば、どう思われるだろう。
「キルヒアイス、どうかしたか?」
はっと顔を上げれば、ラインハルト様がこちらを見ている。
「和平決裂の事を考えていたのか?」
幸い近くにいたのはラインハルト様だけだった。わたしたちは一番最後尾を歩いていたので、見とがめられることはなかったのだ。
だから私は正直に語った。自由惑星同盟の人々よりもラインハルト様とアンネローゼ様のことを思ってしまいました、と。
「キルヒアイス、お前は優しいな。」
ラインハルト様はいつもと変わらぬ調子でそうおっしゃった。
「いつも俺と姉上のことを考えていてくれる。イルーナ姉上やアレーナ姉上たちを除けば、そう思っていてくれるのはお前だけだ。」
ラインハルト様はわたくしの肩に手を置いてくださった。
「お前の言う通り、今後自由惑星同盟と帝国との間ではまた戦争が始まるだろう。何百万という人々が死んでいくことになる。だがな、キルヒアイス、お前がどう思おうと自由惑星同盟と銀河帝国はいずれけりを付けねばならない。考え方が違う複数の国家の間ではたとえ何十年の和平が続いたとしても、いつかは破たんするときがくる。」
「しかしラインハルト様、わたくしはこうも思うのです。その何十年という和平もまたかけがえのない価値があるのではないか、と。少なくともその時代に生まれ合わせた人々にとっては幸せなのではないでしょうか?」
「キルヒアイス、イルーナ姉上のおっしゃったことを覚えているか?俺たちが辺境で見た光景を覚えているか?今の帝国では一握りの貴族共がのさばり平民たちがそれに縛られている。普通の方法ではこれを改革することは絶対に不可能だ。戦争でも起こし、ゴールデンバウム王朝をガタガタにし、貴族連中を一掃し、そのうえで革命を起こして旧弊を一掃するほかない。キルヒアイス、お前の言ったことは自由惑星同盟の人々を幸福にするかもしれないが、帝国の人々を苦しめ続けることになる。一部では死んだほうがましだったと思えるほどの苦しみを与える貴族連中もいることだろう。そんな状態が続くことを、お前は是とするのか?いつか輸送艦隊の護衛で見ただろう?餓死寸前の家族をかかえてどうしようもなく、路傍をうろついて乞食同様の暮らしを強いられる人々を。そんな人々をお前は放っておくのか?」
最大多数の最大幸福とはいったい何なのだろう?そのようなことは神でない限り与えることは不可能ではないか、私はそんな思いにとらわれた。片方を守ろうとすれば片方を犠牲にする。かといってもう片方を守ろうとすれば他方が犠牲になる。いずれにしても血を流さずに今後何十年かを過ごしていくことはむつかしいことなのだ。
「キルヒアイス、俺は思うのだ。人間というものは今現在の暮らしがたとえ地獄の苦しみでもそれが継続すればたいていの事に順応してしまう。農奴と化した帝国臣民が表立って反抗しないのはそういうわけだ。よっぽど生きるか死ぬか、二つに一つに追い詰められない限りはな。だが、そんな状態が果たしていいと思うか?」
「・・・・・・・・。」
「反対のことを言うぞ。自由惑星同盟の奴らは曲がりなりにも首都星ハイネセンや他の星系ではそれなりに安楽な暮らしをしている。銀河帝国の人々を救うために奴らに今の生活レベルを落とせと言っても、素直に従うか?人間というのはな、自分が握っている一握りの幸福を他人のために簡単に手放すことをしない生き物なのだ。よっぽど余裕がなければな。」
ラインハルト様は最後にと息を吐かれた。こんな人間論を展開することなど、あまりラインハルト様らしくはないことである。ラインハルト様ご自身もそう思っていらっしゃるのだろう。だからこそ私は真剣に聞いていた。聞かなくてはならないと思っていた。
「確かに今の状態のまま和平が成立すれば、そしてそれが続けば、戦乱の時とは比べ物にならないほど人が死ぬ数は減る。だが、それだけだ。戦死することがなくなる。ただし、地獄の苦しみは味わうことになる。他人に一度聞いてみたい物だ。彼らはどちらの方がましだというだろうな?」
どちらも嫌だというだろう。そうだ、だからこそラインハルト様はおっしゃるのだ。多少荒療治になったとしてもその先に待つ未来をよりよくできるのならば、そうせねばならない。たとえそのために幾百人の人が死のうと、自分がどれだけ罪科を受けようと、その先待ち受けている未来が全人類のより良い幸福のためであれば。
これは言葉を変えた『生贄』ということになるのかもしれないな、と私は思った。何百万という戦死者の生贄を捧げる。そうすることで人類がより良い幸福を手に入れ、それが連綿と続くのだとしたら、その犠牲は妥当なものになるだろうか、それともあまりにも高すぎる代償だと言われるだろうか。

最大多数の最大幸福とはいったい何なのだろう?私にはわからない。どれが正しい選択肢なのか、そもそもこの命題に対して正しい選択肢があるのかもわからない。だが、一つだけ私は改めて心に誓った。このまま座して見ているだけというのは私には到底できない。現実から目を背けることなどできない。ラインハルト様と共により良き未来を創るために前進するのだと。
 
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