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トラベル・トラベル・ポケモン世界

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13話目 本質


『データや分類などではなく,ポケモン自身の本質を見抜くことじゃ……』
 グレイは、ジムリーダーのゴンに言われた言葉を思い出していた。
(本質ってなんだ? あの場では自分で納得した気になってたが、もっと質問すれば良かったな……)
 グレイには、ゴンに言われた言葉が消化できないでいた。
(データや分類ではない……本質? ビビヨンは虫タイプで飛行タイプのポケモンだけど、実はオレのビビヨンは突然変異で虫タイプではない……とか? そういえば、あの爺さんはポケモンのタイプは曖昧で、ポケモンの本質を表してない、って言ってた気が……)
 グレイは自分の手持ちポケモンを例に考え始めた。
(ギャラドスは凶暴なポケモンって思われているが、中にはとても優しいギャラドスがいるかもしれない。もしかしたら、どこかに空を飛ぶレパルダスがいるかもしれない……いや、流石にそれはないか……)
 グレイの思考はしばらく続いたが、ポケモン自身の本質とは何か、その結論は出なかった。

 グレイがゴンに勝利してジムバッジを手に入れてから、2週間が経過した。
 この2週間でグレイは数多くのトレーナーと積極的にバトルし、グレイのポケモンは確実に強くなっている。
 グレイが積極的にバトルするのは、ギャラドスの戦闘欲求を満たすというノルマがあることの他にも、エレナに勝つためにポケモンを鍛えるという理由があった。



 現在グレイは、次の町を目指して野原の道を歩いている。
 グレイがふと道端に視線をやると、そこには木陰で休憩している1人の男がいた。若い男である。
 男の隣には、羽をたたんで休んでいるチルタリスがいる。おそらく男のポケモンだろう。
 チルタリス。ハミングポケモン。雲のような綿のような白くてフワフワした翼に、空色の体をもつ鳥のようなポケモンである。ドラゴンタイプと飛行タイプのポケモンである。
(チルタリスか……)
 グレイは、エレナと2回目のバトルをした時のことを思い出した。エレナの手持ちにいたチルット。その進化後のポケモンがチルタリスである。
(進化したポケモンを連れてるんだし、多分強いんだろうな。バトルを挑むか)
 バトルを挑むべく、グレイは男に話しかけた。

「1対1ならOKだよ」
 チルタリスを連れたトレーナーからは、そのような返事があった。
 バトルができそうな広い場所を求め、2人は木陰から移動する。後ろからチルタリスが歩いてついてくる。

 適当な広い場所を見つけ、グレイと相手トレーナーが向かい合う。相手トレーナーの前にはチルタリスが立っている。どうやらチルタリスで戦うらしい。
「行け! KK!」
 グレイはギャラドスを出した。
 ギャラドスとチルタリスが対峙する。
 グレイは相手のチルタリスを見て思う。
(あのチルタリス、なんか貫禄があるな……)
 戦う相手が目の前にいる状況。しかし相手のチルタリスは、鳥ポケモンであるはずなのに翼を広げて飛ぶ様子がなく、足で地面に立ち、翼をたたんで悠然としている。
「おいKK! ナメられてんじゃねえの? 1発かましてやれよ」
 グレイはギャラドスを煽って攻撃を指示した。
 ギャラドスは、水をまとって相手に突撃する水タイプの攻撃技“たきのぼり”を使いながら、相手のチルタリスに向かう。
「チル! “ドラゴンクロー”」
 相手トレーナーに「チル」と呼ばれたチルタリスは、巨大な爪で相手を切り裂いて攻撃するドラゴンタイプの攻撃技“ドラゴンクロー”を当てるため、ギャラドスに近づく。しかし、その近づき方にグレイは違和感を覚えた。
 相手のチルタリスは、走ってギャラドスに近づいてくる。翼をもつ鳥なのに、走って近づいてくる。
 その姿はまるでダチョウのようであった。ポケモンで例えるならドードリオか。
 チルタリスはジャンプして足の爪から“ドラゴンクロー”を放った。ギャラドスの“たきのぼり”とチルタリスの“ドラゴンクロー”が激しくぶつかる。
 技がぶつかり合った衝撃で両者とも弾き跳ばされるが、相手のチルタリスはやはり翼で飛ぶことはせずに地面に着地した。
 グレイが相手トレーナーに声をかける。
「あなたのチルタリス、飛べないんですか?」
「いや、そんな事はないよ。チルは飛ばない戦い方が好きなのさ。実際、チルは強いだろ?」
 相手のチルタリスが強いことはグレイも認めざるを得ない事である。グレイの手持ちポケモンの中で最も強い、戦闘狂ギャラドスと互角に戦えているのだから。
 相手のチルタリスが空を飛ばないのは、決して手を抜いている訳ではない。全力で戦う時の戦闘スタイルが、あの飛ばない戦い方なのである。
 ギャラドスが再びチルタリスに突撃する。
「チル! “コットンガード”だ!」
 相手はそう指示した。
(“コットンガード”? 確か、大量の綿毛で自分を包み込んで、防御力を超大幅に高める技だったな)
 グレイはそう思ったのだが、相手のチルタリスを見る限り、綿毛で全身を覆う気配はない。むしろフワフワした翼がすごく硬い動きになっていく。さらに相手のチルタリスはギャラドスに狙いを定めるような動作をしている。
 次の瞬間、チルタリスは勢いよくギャラドスの方へ跳び、自分の翼をギャラドスに向かって振りかぶった。どういう訳かガチガチに硬くなったチルタリスの翼で殴りつけられたギャラドスは弾き跳ばされた。
「それ! “コットンガード”じゃなくて“はがねのつばさ”じゃないですか?」
 グレイは思わず相手に声をかけた。
「普通の“コットンガード”とか“はがねのつばさ”とか、よく知らないけど、これは正真正銘の『チルの“コットンガード”』だよ」
 相手トレーナーの返答はこのようなものであった。
(『チルの“コットンガード”』ねえ……)
 グレイは、その言葉が妙に印象に残った。

 再びギャラドスが突撃する。
 チルタリスは勢いよくギャラドスの方へ跳び、今度は自分の翼をギャラドスに振りかざした。チルタリスの翼で殴りつけられたギャラドスは、今度は地面に墜落した。
「KK! “たきのぼり”だ!」
 すかさずグレイが指示した。
 墜落してダメージを受けたギャラドスだが、即座に態勢を立て直し、真上のチルタリスに向かって“たきのぼり”を放った。
 相手のチルタリスは、ギャラドスの水をまとった突撃に押し上げられ続け、天高く吹っ飛んだ。バトルの初めにギャラドスが1発放った“たきのぼり”よりも強烈な一撃であった。
 相手トレーナーは、その威力の高さに驚いた様子を見せた。そんな相手を見ながら、グレイは内心でガッツポーズをする。
(見たか? これがKKの“たきのぼり”の本当の威力だ! “たきのぼり”はな、上方向の相手に攻撃する時に、特に威力が高くなるんだよ!)
 水をまとって相手に突撃する攻撃技“たきのぼり”。グレイが、自分のギャラドスが使う“たきのぼり”に、そのような特殊な性質がある事に気がついたのは数日前である。
 ふと、グレイは考える。
(“たきのぼり”は上に向かって攻撃すると強い……これって、全てのポケモンに当てはまることなのか? ギャラドスの使う“たきのぼり”だけに当てはまるのか? もしかして、KKの“たきのぼり”だけに当てはまることなのか?)
 ここでグレイは、先ほどの相手トレーナーの『チルの“コットンガード”』という言葉が頭をよぎった。
(つまりこれは、『KKの“たきのぼり”』って事か? 『KKの“たきのぼり”』は、上方向の相手を攻撃する時に威力が高くなる……って事なのか?)
 そして、ふと思う。
(これこそが、あの爺さんが言っていたデータや分類ではない『本質』なんじゃねえか?)
 グレイは、ゴンの言う『本質』という言葉が少しだけ消化できた気がした。

 グレイは我に返り、目の前の戦いに目を戻す。
 ギャラドスが、上空からチルタリスに向かって隕石のように迫っていた。
「チル! “アイアンテール”」
 相手トレーナーがそう指示した。
(“アイアンテール”ね。硬い尻尾で相手を叩きつける鋼タイプの攻撃技だろ? ジムリーダーの爺さんのポケモンが使ってきたから分かるぜ)
 グレイは、2週間前に戦ったジムリーダーのゴンのポケモン。ミニリュウとクリムガンを思い出した。
 しかし、相手のチルタリスが使う“アイアンテール”は、グレイの記憶とは何か違うように思えた。
 チルタリスの尻尾が不自然に伸びて、変形し、急に尻尾の面積が大きくなった。チルタリスの体の後ろから巨大な盾が生えているような不自然な光景が広がっていた。
 相手のチルタリスは、尻尾が変形した盾で、ギャラドスの突撃を防いだ。
(あれも、『チルの“アイアンテール”』っていうことなんだろ?)
 グレイには自然とそう思えるようになった。
 突撃を盾で防がれたギャラドスは、尻尾を巻き付かせてチルタリスを捕え、そのまま上空へ放り投げた。そのまま上方向にいるチルタリスに“たきのぼり”を放つ。
 チルタリスは盾で防ぎきれず、ダメージを受けて天高く吹っ飛んだ。
 ギャラドスは追撃するためにチルタリスの上に回り込んで攻撃するが、それは相手の盾で防がれる。
「チル! “コットンガード”だ!」
 再び、グレイの知っている“コットンガード”とは違う謎の攻撃『チルの“コットンガード”』が放たれた。ガチガチに硬くなった翼で殴られ、ギャラドスは落下する。
「チル! “ドリルくちばし”」
(はあ? “ドリルくちばし”!? チルタリスは“ドリルくちばし”を使えるポケモンじゃないだろ!?)
 相手トレーナーが指示した技に、グレイは動揺を隠せない。
 チルタリスは、クチバシを中心に体を回転させて相手に突撃する飛行タイプの攻撃技“ドリルくちばし”で、落下するギャラドスを攻撃する。
 地面に墜落したギャラドスに、なおも“ドリルくちばし”を続ける。
 ギャラドスの体の上で、突き刺したクチバシを中心に回るチルタリスは、まるでコマのようである。
(チルタリスなのに“ドリルくちばし”を使うとか……あいつ、もう何でもありだな……そのうち地面の中を移動し始めるんじゃないか?)
 そんな事をグレイは思った。
 ギャラドスは素早く体を揺らし、相手のチルタリスを振り払う。そして上空へ飛び立ち、チルタリスを押しつぶそうと落下する。
「チル! “ドリルくちばし”で穴を掘るんだ!」
 相手トレーナーの指示で、チルタリスは“ドリルくちばし”で地面に穴を開け、穴の中に隠れた。
 ギャラドスの攻撃が外れたタイミングで、チルタリスがギャラドスの横の地面から現れ、そのまま“ドリルくちばし”を当てる。
(マジで地面の中を移動しやがった……)
 グレイは驚き、そして相手のチルタリスの可能性について考えるのをやめた。これ以上に考えると、考えてしまった事が実現しそうで怖かったからである。



「君のギャラドスは強いね。チルが1対1のバトルで負けたのは久しぶりさ」
「あなたのチルタリスも、強かったですよ」
 バトルの後は互いを称え合う。
 バトルはグレイのギャラドスの勝利に終わった。
 相手のチルタリスは、上に向けて放たれる“たきのぼり”を防ぐ有効な手段を持っていなかった。これがグレイの大きな勝因であった。
 グレイは思った事を率直に言う。
「あなたのチルタリスって、本当にチルタリスなんですか? 空を飛ばないし、“コットンガード”と“アイアンテール”もなんか変ですし、なぜか“ドリルくちばし”を使えますし」
「よく言われるよ。君のポケモンは本当はチルタリスじゃないのでは? とね。でもね、本当はチルタリスじゃないとか、鳥ポケモンなのに飛んで戦わないとか、そんな事はどうでもいいんだよ」
 そして相手トレーナーは言葉を続ける。
「チルは鳥ポケモンなのか? チルはチルタリスというポケモンなのか? そんな事は関係ないんだよ。だって、チルはチルなんだからね」
 相手トレーナーのその言葉を聞いた時、グレイはゴンの言葉を消化できた気がした。
(この人はチルタリスを、チルタリスというポケモンの種類として見ているんじゃなくて、目の前にいる生き物をありのままに見ているんだ……これこそが本質。きっとそういう事だ)
 そしてグレイは、目の前の男が倒れたチルタリスをモンスターボールに戻さずに、自分で背負っている姿を見た。そのトレーナーとチルタリスの関係は、人間とポケモンの関係というよりは、人間と人間の関係に近いようにグレイには思えた。
 グレイの目の前に広がる光景は、試合に負けた格闘家の選手と、それを介抱する格闘家選手のコーチ、そのようなものであった。
(この人にとっては、『ポケモン』という分類すら意味の無いものなのかもな。あの人にとってチルはチル以外の何者でもないんだろうな……)
 グレイは、常識外れなチルタリスを使うトレーナーとのバトルを経験し、新たな考え方を多く得たのであった。

 
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