| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

187話 都に潜む者達

 正宗の内命を受けた凪と真悠(司馬季達)は洛陽に潜入していた。二人はそれぞれの部隊を率いて各々の任務遂行のために情報収集を行っていた。
 潜入から二週間後、凪と真悠は夜陰に紛れて荒れ果てた屋敷に姿を現していた。屋敷には人気がない。この屋敷の主は賈詡に粛正された百官の一人である。彼の家族は皆殺しにされ屋敷で働く使用人は災禍を避けるために逃げ出していた。屋敷の彼方此方に当時の凄惨さを物語る乾き黒ずんだ血痕の後が月明かりに照らされていた。

「凪、待たせてしまってごめんなさい」

 真悠は側近の王克(おうかつ)と二人の共を伴っていた。彼女に声を掛けられた凪は気分を害した様子はない。

「私が早く来ただけです。真悠さん、気にしないでください」

 凪は真面目な顔で真悠に即答した。彼女の言葉は事実だった。凪は二刻(三十分)前にこの場所に来ていた。彼女は補佐役の水蓮(夏侯蘭)と二名の共を連れていた。この場にいる者達の服装は近代の軍服を彷彿させるものだった。ただ服装の色調は黒一色であった。

「凪、定時連絡をはじめましょう。私からでいい?」
「構いません。どうぞ」

 真悠は凪から了解を得ると報告をはじめた。

「皇帝陛下(劉協)と弘農王(劉弁)の所在は確認できた。皇帝陛下は言うまでもなく宮中。弘農王は賈文和に軟禁されている。軟禁場所は董仲穎屋敷と思われる。凪、質問はある?」

 真悠は劉協と劉弁保護が任務であるため、二人の居場所についての調査結果を報告した。ただし、劉弁については歯切れの悪い言い方だった。

「私は董仲穎の屋敷を内偵していますが弘農王の姿を確認できていません。その話は本当なのでしょうか?」

 凪は真悠を訝しむように質問した。

「弘農王の居場所ははっきりいって分からない。これは私の憶測によるものよ」
「憶測をわざわざ報告されたのですか?」

 凪はいい加減な情報を上げてきた真悠に不満を抱いていた。

「憶測だけど信憑性のある情報を元に導き出した結論よ」

 真悠は凪を宥めるように言葉を継いだ。

「宮中内にいる郎官から情報を得たことが切欠。賈文和は義兄上を強襲した翌日に弘農王の身柄を宮中から董仲穎の屋敷に移した」
「その郎官からの情報は信用できるのですか?」

 凪は宮中に仕える郎官からの情報であると聞き、その情報を元に導き出した推論を疑わしいと思っているようだった。真悠も凪の疑問は折り込み済みなのか話を続けた。

「裏は取っている。保身に走っている宦官を何人か抱き込んで情報を引き出したから間違いない。でも、凪の言う通り董仲穎の屋敷には弘農王の姿が見えない。そして、洛陽から連れ出した形跡はない」
「真逆、弘農王は死んでいるのでは無いでしょうね」

 凪は慌てた様子で真悠に詰め寄った。真悠は落ちついた様子で凪を見る。真悠にとっては退位した劉弁のことなどどうでもよいのだろう。

「弘農王は皇帝陛下を抑える人質で董仲穎側にとっては生命線と言っていい。それは無いと思いたいわね」

 真悠は思案気な素振りで淡々と語った。

「内偵を進めていますが董仲穎の屋敷内を全て調べた訳ではありません。警備の厳重な屋敷内の区画があり、そこに董仲穎がいると考えていましたが、弘農王も一緒であると見ていいかもしれませんね」
「顔を合わせているとは思えないけど。そう考えた方がしっくりとくるわね」

 真悠は凪の考えに同調していた。

「私の報告は終わり。凪の方はどうなの?」
「董仲穎と思われる者が輿に乗って宮中に足繁く通っています。ですが董仲穎の顔は未だ確認できていません。屋敷から出歩く時は必ず輿を使用し、屋敷内でも顔を布で隠しています」

 凪は報告しながら肩を落としていた。彼女の役目は正宗が都を陥落させた時、董卓を保護することである。このまま董卓の顔を確認できないと役目を全うできない可能性があり責任を感じているようだった。

「そんなものよ。そうそう簡単に董仲穎が姿を現せば、百官達の中に董仲穎の顔を見知った者達は多いはず。董仲穎の顔を知る者はかなり少ない。皇帝陛下の取り巻きの宦官が粛正されたらしいから、そいつらは董仲穎の顔を知っていたかもしれない。現状、このまま監視を続けるしかない」
「そうですね。ことが起こるまで粘り強く監視を続けます」

 真悠は凪との連絡を終えると話題を変えてきた。

「ところで。董仲穎のことをどう思う?」

 真悠は凪を探るような目で見ていた。凪も彼女の様子に少し警戒の表情を浮かべるも口を開いた。

「どういう意味でしょうか?」
「義兄上が董仲穎を保護するつもりなことよ」

 真悠は笑みを浮かべ凪に言った。しかし、真悠の目は少しも笑っていなかった。

「私は正宗様のご命令に従うまでです」

 凪は即答した。主君の命に忠実な凪らしい発言だった。しかし、真悠は興味なさそうに素っ気なく「そう」と短く答えた。

「義兄上は皇帝陛下にどう取り繕うのかしら。義兄上と皇帝陛下の関係は聞いているわ。友を殺せなんて命令させられた相手を皇帝陛下は許すことができるかしら。私が同じ立場なら八つ裂きにしても足らないわ」
「それは賈文和の独断によるものと聞いています」

 凪は真悠が董卓に良い感情を抱いていないことを理解した。

「董仲穎も同罪よ。ことが終わった後、董仲穎は賈文和を処断していない。賈文和の行為を追認したということになる。挙げ句に三公の職を董仲穎側の人間で独占した。これで罪がないなんていえない」

 凪は真悠の主張に反論できずにいた。真悠の腹づもりが何処にあるせよ、真悠は董卓を害したいと考えていることに違いはないだろう。

「よしんば董仲穎に罪がないとしたら、董仲穎は部下も満足に使えない阿呆ということよ。そんな奴を保護する価値があるのかしら」

 真悠は凪を不服そうに見た。凪は真悠に同調するつもりは一切ないようだった。真悠の話を聞きながら困った表情を浮かべていたが意を決したように口を開いた。

「正宗様の命令に背かれるおつもりですか?」

 凪は厳しい表情で真悠を睨んだ。

「背く? そんことはしないわ。私は兄上のためを思っているだけ。董仲穎など保護しても百害あって一利なし。でも、義兄上が保護しろというなら従うわ」

 真悠は口を一文字に固く締め自分に言い聞かせるように言った。その様子を見て凪は安堵し警戒を解いた。

「真悠さん、不満があるかもしれませんが正宗様から受けた任務を全うしましょう」

 凪が真悠に声をかけると真悠は頷き返した。

「ええ。お互い頑張りましょう。じゃあ、私達はもう帰るわ」

 真悠は凪にそう言い、その場を去っていった。王克と真悠の部下達は凪に黙礼をして真悠の後を追っていった。

「真悠さんは納得してくれたようだな。正宗様の杞憂に終わったな」

 凪は安堵している様子だった。正宗から真悠の件で内命を受けているのだろう。彼女の側にいる水蓮は真悠達が去った方向を凝視していた。

「取りあえずは大丈夫だと思います。でも真悠さんは董仲穎の保護に一物あるようですから気に止めておいた方がいいと思います。弘農王が董仲穎の屋敷に軟禁されている可能性を口にしていたことが気がかりです」

 真悠に対して安心しきっている凪に水蓮は口を挟んできた。水蓮は弘農王の件を理由に自分達の任務に干渉してくると思っているのだろう。

「仲間をあまり疑り過ぎてもどうかと思うぞ」

 凪は水蓮の主張に反発した。

「凪さん、今回の任務はかなり荒事になるはずです。私達は味方に存在を気取られたら不味いんです。注意し過ぎて問題になることはないです」

 凪は水蓮に諭され、彼女の考えに一利あると思い頷いていた。

「水蓮さん、そうだな。正宗様から受けた大任を全うするためにも心を引き締める必要がある」

 凪はそう言い両手の拳を握りしめ自らを鼓舞していた。



 凪と水蓮が会話をしている頃、真悠は自分達の隠れへ向かっていた。王克は急ぎ足で真悠の右横後ろに進みでた。

「真悠様、何故あの様なことを仰たのですか? わざわざ揚羽様が機会をお与えくださったのですぞ。余計な疑いを買うような真似はお控えください」

 王克が真悠に声をかけた。

「あの位言っても問題ない。私は何も意見を言ってはいけないというのか?」

 真悠は王克の物言いに怒りを覚えているようだった。

「一にも二にもまず劉車騎将軍の信頼を得ることが大事です。董仲穎のことなど無視なされませ」

 真悠は歩くのを止め王克に向き直ると彼の服を掴み乱暴に持ち上げた。

「董仲穎を無視しろだと。あいつは義兄上を殺そうとしたのだぞ!」

 真悠は王克に顔を近づけ睨みつけた。彼女の瞳には明確な殺意が籠もっていた。王克は苦しそうにしながらも口を開いた。

「りゅう。車騎将軍が。そ。れを。望んでおいで。なのですぞ」

 王克の言葉に真悠は舌打ちして王克を解放した。王克は体勢を崩し咳き込んだ。

「義兄上が董仲穎を許そうと。この私は董仲穎を許さない」

 真悠は暗い目で虚空を見ていた。その様子に王克は目を瞑り嘆息ししばらくして口を開いた。王克は真悠の内に秘めた激しい怒りの衝動をまざまざと感じた。彼は真悠をこのまま放置することを危険と感じ一計を案じた。

「ならば賈文和を血祭りに上げられては如何でしょうか? 賈文和が劉車騎将軍を殺そうと策を弄した張本人です」

 真悠は王克を冷酷な目で見た。

「私には皇帝陛下と弘農王を保護する任務があるわ」

 言葉と裏腹に真悠は王克から目を離さない。真悠は目で王克に話を進めろと促した。

「弘農王の消息は掴めておりません。弘農王は董仲穎の屋敷で消息を絶っています。その名分で真悠様が動いたとしても問題無いでしょう。ただし、董仲穎の件はお忘れください」

 王克は真悠に懇願した。真悠が董卓に手をかければ、正宗は真悠を見限ると思っているのだろう。王克は必死だった。
 真悠は王克の助言に口角を上げ冷酷な笑みを浮かべた。

「義兄上は次代の天子として天に定められし身。何人も義兄上を害すことなどできない。賈文和、分を弁えず義兄上を殺そうとした罪を償わせやる」

 真悠は正宗の都での大立ち回りを見聞きして以来、正宗への評価を変えていた。元々から正宗が傷を癒やす力に真悠は驚嘆していたが、正宗が死地から帰還したことで考えが飛躍していた。絶対絶命の死地からの生還。傷を癒やす超常の力。全ては天が正宗に与えたものに違いない。正宗は天に愛される者・天子であると。
 王克は真悠の目から董卓を反らせることができ安堵の溜息を吐いた。

「部隊を二つに分ける。お前は皇帝陛下の方を頼むわ。私は弘農王を探す」

 王克は真悠に対して拱手し「畏まりました」と言った。

「爺、賈文和には礼を言わないといけないな」

 真悠は口角を上げ冷徹な目で禁裏のある方角を見た。王克は何も言わず黙って聞いていた。

「賈文和は義兄上にとって将来目障りとなる百官を掃除してくれた。生き残った百官達は董仲穎憎しで己達が何をしようとしているか理解していない」

 真悠は笑った。彼女は愉快そうに笑った。

「真悠様、お言葉にはお気をつけください」
「お前も分かっているだろう。長沙劉氏の傍流の傍流の栄華はもう終わりだ。家臣に地位を脅かされる傀儡の皇帝など不要。これよりは高祖の孫である斉王家の裔である義兄上の時代が来るのだ。この瞬間に立ち会えることは私にとって名誉なことだ」

 真悠は「司馬氏にとって」と言わず「私にとって」と言った。彼女は正宗の姻戚である司馬氏一族としてでは無く、彼女個人として正宗の家臣であることを喜んでいた。

「真悠様、劉車騎将軍の信頼を得たいのであれば、まずは此度の任務を全うしなければなりません」

 王克は気持ち高ぶる真悠をたしなめるように言った。すると真悠は王克を冷めた目で見た。

「そんなことお前に言われずとも分かっている」
「出過ぎたことを言い申し訳ございませんでした」

 王克は真悠に謝罪した。興が冷めた真悠はそそくさと帰路に着いた。地を照らすのは月明かりのみ。真悠達が去った人気の無い場所には虫の鳴き声のみが鳴り響いた。



 正宗の配下が密かに洛陽で暗躍する中、董卓陣営は慌ただしく戦支度を進めていた。
 空に日が昇る頃、董卓は輿に乗り宮中に足を運んでいた。彼女の目的は皇帝・劉協への目通りだった。
 劉協は董卓を避けていた。最近は宮中の奥に籠もることが多く、時々姿を現しては庭園で一人黄昏れることが多かった。賈詡が兄・劉弁の身を宮中から董卓屋敷に移動したことで、劉協は兄の安否を気遣い不安な毎日を送っていた。
 董卓が宮中に参内した頃、劉協は宦官を伴い庭園に足を運んでいた。彼女が石製の椅子に一人腰をかけ佇んでいると彼女に声をかける者が現れた。

「皇帝陛下、董仲穎にございます」

 劉協は物静かなに声をかけてきた董卓に対して何も反応しなかった。董卓のことなど眼中にない。劉協はただ庭園の草花を見つめていた。

「皇帝陛下、董仲穎にございます」
「何度も言わずとも聞こえている」

 劉協は董卓に背を向けたまま感情の籠もらない声で答えた。その声音から劉協の気持ちが伝わり董卓は哀しい表情を浮かべ沈黙していた。董卓は賈詡が董卓側の都合で劉弁の軟禁場所を董卓屋敷に変更したことを知っていた。これは賈詡が献策によって行われたことだが最終的な決断は董卓が下した。その所為で董卓と劉協の間には深い溝ができていた。
 劉協と董卓はしばし会話を交えず沈黙したままだった。両者の静寂を破ったのは董卓だった。

「この度のことお詫びいたします。賈文和の不始末は私が負う所存です。もうしばらく不自由をおかけしますがお許しください」

 董卓は意を決したのか凜とした声だった。その声に劉協は反応しなかった。

「全ては私董仲穎の責任です。もうしばらく不自由をおかけしますがお許しください」

 董卓は劉協に同じことを繰り返した。すると劉協は口を開いた。

「朕が許さないと言ったらどうするつもりか? 兄上のように帝位を引きずり降ろすか? それとも兄上を盾に私を脅迫するか?」

 劉協は固い声で董卓に言った。彼女からは感情の起伏を感じさせなかった。

「そのような真似は決していたしません!」
「董仲穎、好きにするがいい。朕は籠の鳥。元より自由など無い。失せろ」

 劉協は董卓に吐き捨てるように言った。董卓は何も言わず劉協に頭を下げ拱手しとぼとぼと去っていった。
 劉協は思った。

(私から唯一の友を奪った貴様達を呪うことしかできない。これが皇帝だと? 笑わせるな! 力が無いことが、これ程に惨めとはな)

 劉協は悔しそうに唇を歯がみし右手を握りしめていた。

「正宗、お前は私を恨んでいるであろうな」

 劉協は両目に涙を溜め乾いた声で呟いた。彼女は膝を折り泣いていた。

「私は一人ぼっちじゃ」

(父上は何かあれば正宗を頼れと言われた。頼れる訳がない。裏切った私を正宗が許してくれる訳がない)

 劉協は悲嘆していた。正宗が劉協を助け出す算段をしていることを劉協が知る由も無かった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧