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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百六十八話 陰謀家達

帝国暦 487年 11月24日  オーディン 新無憂宮 



新無憂宮には数多くの小部屋が有る。多くの貴族、廷臣等が必要に応じて使用している。部屋の中で話されるのは仕事、遊び、縁談、そして陰謀……。今もある小部屋で二人の男が話し合っていた。

「死んでくれれば良かったのだがな」
「そう簡単にはいかんさ」
「だが上手く行けばお互い手を汚さずに邪魔者を排除できた、そうではないか」
「……」
問いかけられた男が沈黙したまま僅かに眉を上げた。

「これからどうなされる」
「どうもせぬ、オーディンに留まるだけだ。卿は?」
「私も同じだ、此処が私の生きる場所だ」
二人はお互いに頷いた。立場は違えど、宮廷人としてその地位を利用して生きる事は同じだった。

「ランズベルク伯達はもうオーディンを脱出したのか?」
「昨夜遅くに脱出した」
「ほう、憲兵隊の包囲をすり抜けたか?」
感嘆するような声だった。

「憲兵隊など我らから見れば素人のようなものだ、恐れる何物も無い」
得意げな口調と表情だったが、返ってきたのは嘲笑だった。
「その割りに随分と煮え湯を飲まされているようだが」
「……」
表情が苦渋に歪む。

「ブラウンシュバイク公達に味方はせぬのかな?」
「遠慮しておこう。私はブラウンシュバイク公とは折り合いが悪いのでな」

その言葉にまた嘲笑交じりの答えが返された。
「薄情な男は嫌われるか……」
「……余計なお世話だ。情に脆くて滅びる愚か者よりは良かろう」
男は嘲笑されることに慣れていなかった、不機嫌そうな声で答えた。

「ところであの男は役に立つのか?」
「さあて、悪戦苦闘しているようだな」
「頼りにならぬな、あの小僧も」
「まだまだ、これからだ、面白くなるのはな」

「ほう、これからか、ではお手並み拝見だな」
「それはこちらも同じ事だ、そちらが何をするのか拝見させていただく」
二人の男は見詰め合うと低く笑い出した……。


帝国暦 487年 11月24日  オーディン 宇宙艦隊司令部   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


忙しかった十一月二十三日が終わると待っていたのは不機嫌な十一月二十三日だった。そして今日、十一月二十四日も不機嫌は続いている。

不機嫌なのは俺ではない、我が副官ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ中佐殿だ。昨日、メルカッツ提督達との打ち合わせが終わると俺の眼の前には怒り心頭のヴァレリーがいた。

連絡しなかったのは悪かった、敵を欺くには味方からなのだと言ったがまるで聞く耳を持たなかった。リューネブルクと相談して決めたのだと言っても、“閣下がフィッツシモンズ中佐は演技が出来ないから知らせるのは止めようと言った、と聞きました”と薄く笑いながら詰め寄る。

おのれリューネブルク、汚いぞ、少しくらいは庇ってくれてもいいだろう。確かにお前の言ったとおりだ。だがお前もその後、“それが良いでしょう。彼女に演技は出来ません”そう言ったじゃないか。

全くリューネブルクといい、シェーンコップといい地上戦をやる奴は碌でもない連中ばかりだ。強かで狡猾で逃げ足が速い、おかげで要領の悪い俺が犠牲者になる。

リューネブルク、俺はお前が彼女を“演技が出来ない”と評した事は黙っていたぞ。命を救われた借りがあるからな。お前も少しは俺を見習え、この律儀さと人としての可愛げを。

俺に与えられた罰は書類だった。昨日一日、宇宙艦隊司令部はまるで仕事にならなかったそうだ。おかげで事務作業が停滞、決裁書類が山のように溜まっている。

皆は今日の分の書類を、俺は昨日の分と今日の分の書類を片付ける。まあそれは良い、俺は書類仕事は嫌いじゃない。だからヴァレリー、俺を睨むように見るのは止めてくれないか、今ひとつ仕事に集中できないだろう。それは副官の仕事じゃないぞ。

俺を困らせた問題は他にもあった。ユスティーナがワンワン泣きながらTV電話をかけてきたのだ。どうも俺が姿を現すまで何度か司令部に電話したのだが、そのたびに素っ気無くあしらわれたらしい。

あしらったほうも何も知らなかったのだから仕方ないと言えば言える。おかげで俺はヴァレリーに怒られながらユスティーナを宥めるという前門の虎に後門の狼といった状況になった。どいつもこいつも俺を困らせる事しかしない。フェルナー、お前の所為だ。いつか、たっぷりと仕返ししてやる。

そんな事を考えていると俺の前に無言で立った男が居た、アイゼナッハだ。黙って決裁書類を俺に差し出してくる。出撃前に補給を完全にしておきたいという事らしい。俺は無言でサインして決裁書類をアイゼナッハに返した。

アイゼナッハは今度は俺の席にあるメモ用紙に何かを書くと俺に差し出した。“補給は至急、最優先で”。俺はメモ用紙に“補給終了後はこのメモ用紙は必ず焼却する事”と書いてからサインしてアイゼナッハに返した。彼は嬉しそうに頷くと敬礼して帰って行った。

アイゼナッハは喋らない。その所為で補給等どうしても後回しにされ易い所がある。まあ昔も今も声の大きい奴のほうが注目されるし、怒らせたら拙いとか思われる。その分の皺寄せがアイゼナッハに行くのだ。

それであのメモ用紙が生きてくる。決裁文書にあれを添付して兵站統括部に回すのだ。これでアイゼナッハに皺寄せが行く事が無くなった。でもなあ、たまには喋れよ、俺は未だあの男が喋ったところを見たことも声を聞いたことも無いんだが……。

書類の決裁を続けているとキスリングが来た。早速応接室で話をするべく移動した。ヴァレリーに睨まれながら仕事をするのは御免だ。椅子に腰掛けながら話を始める。

「随分雰囲気が重かったな」
「そうなんだ、昨日雲隠れしたからね。フィッツシモンズ中佐はご機嫌斜めだ、卿が来てくれて助かった」
俺の言葉にキスリングは笑い出した。

「俺は救いの神か」
「まあ、そんなところだね。出来れば女神の方が良かったけど」
「珍しいな、卿がそんなことを言うとは」
「たまには良いだろう?」
またキスリングが笑った。

「今回は随分と憲兵隊に迷惑をかけた。大変だったろう」
「ああ、宇宙港の封鎖、幹線道路の検問、配備が終わったと思ったら緩めろとの命令だ。混乱したよ」
キスリングが肩をすくめた。気持ちはわかる、配備が終わりこれからと言う時に正反対の命令が出たのだから。

「済まない、逃がしたほうが安全にフロイライン達を確保できると思ったのでね」
「分かっている、卿の考えが正しいだろう。しかし良いのか、主だったものは皆オーディンから逃げ出したぞ」

ブラウンシュバイク公の檄の後、オーディンに残っていた貴族達は殆どが反乱に加わるべく脱出した。軍人も多くが脱出した。シュターデン、オフレッサー……。

憲兵隊は俺が暗殺された事で適宜な行動が取れなかった、言い訳はそんなところだな。ランズベルク伯達が昨夜遅く逃げ出した事は報告を受けている。

「構わない、それで、捜査の状況は?」
「良くないな、近衛の協力者についてはラムスドルフ近衛兵総監も自ら取り調べているが始まったばかりだ、何も出てこない」
「時間がかかりそうだ」

俺の言葉にキスリングは頷いた。
「近衛を調べるのが近衛だからな、難しいだろう」
「近衛を調べるのが近衛……、庇いあいが出るね」
「ああ、多分」

思わず溜息が出た。身内に甘いのは何処の組織も同じか。
「面倒だな、憲兵隊が取り調べるようにしようか?」
「エーリッヒ、それをやればラムスドルフ近衛兵総監は自殺するよ、自分で取り調べるから何とか持っているんだ。それでもやるかい?」
自殺か、原作でもモルトが自殺していた。ありえない話じゃない……。

「いや、止めておこう。それで他には」
俺には出来ない、やるべきなんだろうが出来ない。そして後で後悔するのだろう。全く度し難い甘ちゃんだ。

「ランズベルク伯だが、随分と手際が良いな、良すぎると言って良い」
「……」
「ランズベルク伯とともに姿を消した貴族を確認した。ラートブルフ男爵、ヘルダー子爵、ホージンガー男爵だ」

いずれも貴族のボンボンだ。間違っても軍事教育など受けた事は無い。妙だな、近衛とは何処で接触を持った?
「非合法活動になれた協力者が居るか」
「ああ、彼らだけで出来る仕事じゃない」

社会秩序維持局か、繋がりが見えてくる。ラインハルト、オーベルシュタイン、ラング、ランズベルク伯アルフレット、そして近衛の協力者……。お互いに信じあっているわけではあるまい。そして動機も別々だろう。だが内乱を引き起こすために協力した……。

「エーリッヒ」
考え込んでいる俺をキスリングが呼んだ。生真面目な表情をしている。
「協力者は他にも居る」
「……」

「宮中内に協力者が居るとしか思えない」
「……」
「ランズベルク伯達が誘拐をする間、誰も彼らを見ていない」
「馬鹿な……」

俺の言葉にキスリングは首を振った。
「嘘じゃない、誰も彼らがフロイライン達を攫うのを見ていないんだ」
「……有り得ない」

有り得ない事だ。宮中内が完全に寝静まるなど有り得ない。各階には必ず誰かが宿直、そして巡回等をしている人間がいるのだ。それを全てやり過ごした。偶然ではない、必然と見るべきだろう。或いは見ても見ぬ振りをしたか……。

「分かっているのは厨房でボヤが有ったということだ。その所為で皆そちらに気を取られたらしい。そしてちょうどその時間帯に誘拐が起きた……」

「ボヤの原因は」
「今調べているが、未だなんとも」
「ボヤを口実に警備を外れたということもあるか……」
キスリングが黙ったまま頷く。

宮中内部の責任は宮内省にある。そこに今回の事件の協力者が居る? だとすると、いやそうとしか思えないが厄介だな。

「犯人が分かるまでは宮中は危険だ、護衛は外さないでくれ」
「私よりもリヒテンラーデ侯だ、宮中に居る事が多いからね」
「ああ、それにしても内務省だけでなく宮内省も信用できないとは……」
「……」

全くだ、内務省だけでなく宮内省も信用できないとは……、内務省だけでなく宮内省……、内務省と宮内省……、まさか……。

「ギュンター、卿が闇の左手になったのは何時だ?」
「? 何の話だ?」
困惑しているキスリングがもどかしかった。

「良いから答えてくれ」
「確か四百八十五年の春だ。もう二年半になる」
あの事件は四百八十四年の春に起きた。

「ギュンター、宮内省の協力者についてケスラー提督に話したか?」
「ああ、もちろんだ」
「何か言っていたか」
「いや、何も言っていなかった」

何も言っていなかった……。気付いていないのか? それとも俺の考えすぎか……。席を立った、キスリングが唖然としているのが分かったが気にしては居られなかった。

応接室のドアを開け、
「フィッツシモンズ中佐、直ぐにケスラー提督を呼んでください。私とキスリング准将が話したいことが有ると」
と言い捨ててドアを閉めた。彼女が唖然としているのが分かったが、だからどうした、知ったことか!

「エーリッヒ、一体」
「待ってくれ、少し時間をくれ」
社会秩序維持局に目を取られすぎたか、いやオーベルシュタインに気を取られすぎたか。もし俺の考えがあっているとすれば、俺はとんでもないミスをしている事になる。敵の見積もりを誤った。

ドアを開けケスラーが入ってきた。椅子に座るように勧めたが、我慢できずに座る前に問いかけていた。

「ケスラー提督、四百八十四年の春に起きたトラウンシュタイン産のバッファローの毛皮の一件、あれについて教えてください。あの一件、噂では闇の左手が動いたと有りましたが、事実闇の左手は動いたのですか?」

ケスラーは訝しげな表情をした。いきなり呼ばれて三年前の事件を訊かれるのだ、無理も無い。腰を降ろしながら答えた。

「いえ、我々は動いていません。物が物だけに裏で我々が動くよりも憲兵隊が表で動いたほうがいいだろうと、グリンメルスハウゼン閣下が判断されたのです」

闇の左手は動いていない。だがビーレフェルト伯爵は自殺、宮内省の三人の職員は行方不明……。謀殺された、同盟に亡命したという噂も流れた。
「ビーレフェルト伯爵は本当に自殺だったのでしょうか」

ケスラーがキスリングを見た。俺の質問が腑に落ちないのだろう。キスリングも訳が分からないといった表情をしている。
「自殺とも他殺ともとれる状況だったそうです」

他殺だ、間違いない。証拠など無いだろうが他殺に間違いない。奴らが動いた。
「他殺だとすると犯人は?」
「分かりません。おそらくはビーレフェルト伯爵が毛皮を贈ろうとした人間、あるいは交渉した人間でしょう」

「宮内省の協力者は見つかりましたか?」
「いえ、ビーレフェルト伯爵が死んだことで結局分からずじまいでした。あの件については申し訳なく思っています。閣下からお預かりしたのに不本意な結果になってしまいました」

ケスラーが申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、それはいいんです。ケスラー提督、ビーレフェルト伯爵を殺したのはフェザーンとは考えられませんか、宮内省の協力者が本当に組んでいたのはビーレフェルト伯爵ではなくフェザーンだった。フェザーンは宮内省の協力者を守る為にビーレフェルト伯爵を殺した」
「!」

ケスラーが唖然としている。キスリングはまだ事態が飲み込めないようだ。
「今回の誘拐事件、宮内省に協力者が居たそうです。それを動かしたのは……」
「フェザーンですか!」
ケスラーとキスリングが顔を見合わせている。

「近衛に協力者を作ったのも宮内省の協力者でしょう。軍に縁の無いランズベルク伯に近衛を動かす事が出来るとは思えない。宮内省の人間なら何かにつけて近衛とは接触があってもおかしくは無い」

おそらく、領地替えの情報はラインハルトからオーベルシュタインに伝わった。その後は社会秩序維持局、いや内務省からランズベルク伯達だ。だがこの情報はフェザーンにも流れたのだ。

どの段階で流れたかは分からない、オーベルシュタインか、内務省か……。そしてフェザーンは宮内省の協力者に協力を命じた。即ち近衛の取り込みと宮中内の警備の無力化だ。

つまり、オーベルシュタイン、内務省、フェザーンの協力体制が出来上がっているという事だ。軍事力はともかく、謀略では一筋縄ではいかない連中だ。俺はケスラーとキスリングの唖然とした表情を見ながら、いつの間にか自分が包囲されている事に気付いた……。


 
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