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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第五十六話その2 交渉は「順調」に進んでいます。

今回の和平交渉に際して両国が当初提示した草案の一部をそれぞれここに示しておく。


帝国草案――。

第一条 自由惑星同盟ヲ称スル反乱軍ハ帝国ニ全面降伏スベシ。
第二条 自由惑星同盟ヲ称スル反乱軍ハ一切ノ武器ヲ所有スル事ヲ禁ズ。
第三条 自由惑星同盟ヲ称する反乱軍ハ一切ノ財産ヲ所有スル事ヲ禁ズ。但シ生計ヲ営ムニ最低限度必要ナ財産ヲ除ク。
第四条 自由惑星同盟ヲ称スル反乱軍ハ武装解除ノ後、向後一切ヲ帝国代官ノ指示ニ従ウ。
第五条 自由惑星同盟ヲ称スル反乱軍ノ「議会」ナルモノハコレヲ永久ニ解散ス。

まだまだ続くが、帝国の示した草案はこのように苛烈なものであり、提案でもなく一方的な宣言であった。到底受け入れられるはずもなく、同盟側の答えはすべて否であったし、帝国側もそれを承知していることであった。これはいわゆる「パフォーマンス」であり、一部の帝国同盟双方の首脳陣の間ではすでに打ち合わせ済みの事でもあったのである。いわば帝国の「当初は降伏勧告にやってきたが、慈悲深い皇帝陛下の勅命によって和平を打ち立てる方針に切り替えたのだ。」というメンツを立てたのだった。
 帝国としては第二の草案を用意していたが、その前に同盟側から提示された案を検討することとなった。

自由惑星同盟和平草案――。

第一条 自由惑星同盟ト銀河帝国ハ期限付キ和平ヲ結ブモノトス。但シ、双方ノ同意ニヨリ期限ハ延長サレルモノトス。
第二条 自由惑星同盟ハフェザーン回廊及ビイゼルローン回廊同盟側出口以降ヲ同盟領トス。但シ既ニ帝国管理下ニ有ル惑星、衛星、要塞ソノ他之ニ類スルモノハ帝国ノ支配下ニアルモノトス。
第三条 帝国ハ自由惑星同盟ニ対シ第二条ノ惑星ソノ他資産ニ対スル代価ヲ支払ウモノトス。
第四条 双方ノ捕虜ハ全テ火急的速ヤカナ措置ヲモッテソレゾレノ領国ニ送還セシメルモノトス。
第五条 帝国同盟双方ノ軍備ハ之ヲ一定制限ノ下ニ置クモノトス。
第六条 自由惑星同盟市民ノ財産権利ニツイテハ帝国ハ之ヲ保証スルモノトス。
第七条 帝国自由惑星同盟双方ノ領内通行ニツイテハフェザーンノ仲介ノ下之ヲ認メル。

 以下まだまだ続くが、要するに自由惑星同盟側は恒久的な和平ではなく期限付き和平を提示する道を選んだのだった。但し、双方の同意によってはこれが更新される可能性を残したものである。上手くすれば半永久的な和平が実現するかもしれない。また、イゼルローン、フェザーン両回廊を隔てて帝国同盟双方を相互不干渉とすることで、これ以上の領地浸食を防ぎ、一応のケリを付けたいという思惑もあった。軍備の一定制限というのは、帝国同盟の戦力差が現状では大きいものであり、これを抑制することで戦力バランスをほぼ等分に持っていきたいとの思惑がある。もっともこれについては難航するだろうと首脳陣の誰しもが思っていることだった。

ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯はミュッケンベルガー元帥ら主要閣僚と同盟の草案を検討し、帝都オーディンに対して指示を仰いた結果、帝国の第二草案を出さず、同盟の草案を検討対象とすることで結論を見た。理由は同盟側の草案が「帝国が占領している惑星その他を引き続き帝国のものとする。」などと、だいぶ帝国に譲歩する形をとっていた事だった。双方は第二回目の会議で同盟の和平案を検討することで合意したのである。



帝国歴486年6月17日――。
迎賓館 青の間――。
ブラウンシュヴァイク公ら帝国の代表団とピエール・サン・トゥルーデら自由惑星同盟側代表団が着席し、三回目の話し合いに入った。
「我々の草案を検討対象としていただき、感謝に堪えません。これから本格的討議に入るわけですが、まず、討議の仕方について取り決めを行いたい。」
ピエール・サン・トゥルーデが口火を切った。
「どのようなものかな?」
ブラウンシュヴァイク公爵が質問する。
「全体を鑑みての討議ではなく、まずは一条ずつ個別に検討することを約束していただきたい。」
ブラウンシュヴァイク公はリッテンハイム侯らと視線を交わしあった後、
「いいだろう。一条ずつ討議することで進めよう。そこで討議の言葉だが、帝国自由惑星同盟はそれぞれの言葉で討議をし、不明瞭な点があれば確認しあうという事で進めたいと思うが。」
「結構です。」
ピエール・サン・トゥルーデはうなずいた。双方ともに通訳官を連れてきていたし、ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯は同盟の言葉には不慣れであったが、ピエール・サン・トゥルーデら同盟政府首脳陣は充分に話すことができていた。意思の疎通は大丈夫だろうと傍らに控えているラインハルトとイルーナは見て取った。
「それではまず第二条の討議から入らせていただきます。」
ピエール・サン・トゥルーデは本題に入った。第一条は各条項の合意があってこそ生きる文章であるからだ。
「第二条の既に帝国が占領下に置いてある惑星その他所有権を正式に認めていただいたのは感謝する。だが、問題は惑星カプチェランカその他我が帝国と貴殿らが領有権を争っている惑星についてだ。」
ブラウンシュヴァイク公爵がそういう背景には、カプチェランカはこの時まだ帝国と同盟双方がしのぎを削って争っている地であったためである。原作ではマーテル大佐以下全軍が玉砕するのであるが、この世界ではまだ戦線を支えてこう着状態に入っていたのだった。惑星カプチェランカそのほかの惑星プラントは豊富な天然資源を有しており、そこでの権利の折半が問題となっていたのである。
「惑星の資源の実態を調査したうえで、双方が折半できるように調整してはいかがか。」
人的資源委員長が発言する。そして彼はちらっとルビンスキーを見た。ルビンスキーは咳払いをして、
「わがフェザーンにお任せいただければ、惑星開発を請け負います。そこから算出された利益を双方に按分するやり方が望ましいと愚考いたしますが。」
どうせフェザーンが利益の大部分を吸いとるだけだろう、とラインハルトは内心つぶやいた。が、実のところ惑星開発には多額の資金を投じなくてはならず、その資金源捻出には帝国同盟双方が頭を痛めている問題であったのだ。だからルビンスキーの提案は両者にとっては不快なものであると同時にやむをえないものでもあったのだ。
「いや、双方の領有領地をもってどちらかに帰属するかを決定するべきではないか。つまりは惑星における地表占有率が多い側に所有権を与えた方が良い。この方がはっきりするだろう。」
と、リッテンハイム侯爵が言う。このリッテンハイム侯爵持論をもってすれば惑星カプチェランカその他の資源惑星はごっそりと帝国の物になるのである。当然自由惑星同盟側はそれを良しとしなかった。
「それではわが方の主権が侵害されることおびただしい。その方法には賛同できない。仮にその方法をとるにしても、わが自由惑星同盟に対して放棄した部分に対する充分な補償金を下されることを誓約いただきたい。」
と、ピエール・サン・トゥルーデが主張した。ブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵は顔を見合わせ、しばらく閣僚らとささやき交わしていたが、やがてうなずきあった。
「良かろう。まずは実態を調査し、しかる後に折半する方向で行きたいと思う。ただし、その方法はあくまで占領地の面積での按分という形を取らせていただきたい。なお・・・。」
ブラウンシュヴァイク公爵はじろりとルビンスキーを見た。
「フェザーンに開発を請け負わせるか、また、フェザーンにどれほどの利益をもたらすかは実態を調査したうえで判断することとしたい。」
「結構です。」
「異存はありませんな。」
ピエール・サン・トゥルーデもルビンスキーも内心ではどう思っているかはわからないが、とにかく表面上はうなずきを示して同意しあったのだった。
「では、第二条については『各々ノ惑星ノ実態ヲ調査以後面積按分ニヨッテ双方ノ主権ヲ決定ス。』として発表してよろしいか?」
ピエール・サン・トゥルーデの言葉に、帝国側もフェザーンも同意を示した。こうして比較的短時間で第二条の検討は終わったのである。
「では、続いて第三条の検討に移ります――。」


他方――。
迎賓館の外では、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の意を受けた幕僚団が各地に表敬訪問を行ったり、マスコミの取材に応じたりしていた。その裏では帝国の意を受けた情報操作担当から莫大な金が各マスコミに流れ込み、帝国に「好意的」な世論を形成すべく動かされていったのである。
こうした情報操作を担当するのは、ハーラルト・ベルンシュタイン中将であった。彼はブラウンシュヴァイク公爵の家臣同然の立場だったので、公爵の命令により軍務省憲兵局長の任を局長次官に代行させて、自身は少数の部下たちと共に同行してきたのだ。だが、彼は表に出ることはなく、もっぱらフェザーンに設立したダミー会社を通じて、あるいは自身で赴いて積極的に世論調査、世論操作を行うことにしたのであった。ブラウンシュヴァイク公爵やリッテンハイム侯爵からも「金に糸目を付けぬように。」と言われ、また財務尚書からも少なからぬ金を受け取っていたベルンシュタイン中将は、まず惑星イオン・ファゼガスのイオン・ファゼガス・シティに対して表敬訪問を行い、そこで500万フェザーンマルクの小切手を渡したのだった。また、付近の辺境惑星で資金難なところがあればそこにも帝国の名前で小切手を切り、金をばらまいたのである。また各界の要人や地方政府首脳らをパーティーに呼んだり、自身が赴いたりして積極的な交流を図った。

実は、この莫大な資金は帝国の国庫から出ているのであるが、元をただせば自由惑星同盟から搾取した金なのである。辺境惑星の財産をかすめ取り、あるいは貿易商船を臨検・制圧した際に奪った金を前財務尚書のカストロプ公爵が蓄財していた。彼は莫大な金をもって引退したが、その一部を国庫に「予備費」として残していたのである。今回はそれを使うことにしたのだった。というわけで、帝国としては「他人の財布で飲み食いする。」状態であるため、痛くも痒くもなかったのである。

他方、帝国の幕僚たちは各地に表敬訪問を行ったり、見学に赴いたりして「クリーンな帝国」のイメージを構築しようとしていた。原作の帝国では考えられなかった行為である。幕僚たちの中には同盟市民と接することに嫌悪を覚える者も大勢いたのだが、ベルンシュタイン中将は「同盟市民に対しての世論形成の為です。ここが我慢です。帝国のためには我を曲げる時期も必要でしょう。」と、主張して譲らなかったので、ブラウンシュヴァイク公も許可をしたのだった。
同盟市民は最初これらの行為を軽蔑と憎悪をもって冷めた目で見ていたが、帝国からの金が懐に流れ込み始め、またマスコミが帝国の活動を好意的に報じ始めると、徐々に世論が軟化し始めていったのだった。
もっともそれは、イオン・ファゼガスを中心とする限られた地域だけで有って、首都星ハイネセンやそのほかの主要惑星ではまだまだ反帝国は根強いものであったのだったが。


* * * * *
 惑星イオン・ファゼガス・シティの中心部にある公園では、この惑星の名物である「イオンのサンマ」なるものの魚の焼きたてが無料で振る舞われていた。ティアナたちはそこを表敬訪問して、子供たちを相手に遊んだり、サンマを焼いたりしていたのである。

「なんてバカバカしいことを!!!俺たちは『おかあさんと一緒』の『歌のお兄さん、お姉さん』なのかよ!?」
と、青筋を額に浮かべまくっている幕僚もいたが、彼らは表面上はにこやかに自由惑星同盟市民たちと接していたのだった。

「ねぇ、ロイエンタール。その仏頂面はなんとかならないの?・・・はい、どうぞ。」
せっせとサンマを焼いて子供たちに手渡しながらティアナが言う。
「俺は今日まで前線で体を張って戦ってきた。地上戦にも赴いたし、艦隊戦では巡航艦を指揮して戦ったこともある。だが、まさかこのようにサンマとやらを焼き、子供らの相手をすることが帝国軍人の職務の一環に加わるとは思いもしなかった。・・・熱いぞ。火傷をするなよ。」
ロイエンタールがティアナの隣でサンマを焼いて子供たちに手渡してやりながら憮然とした顔をしている。ティアナだって泣きだしたい思いだった。いくらなんでもひどすぎる。これは何でもひどすぎる。超一流の提督、元帥であるロイエンタール閣下が「サンマを公園の中で焼いている。」などということが喧伝されたら、彼の矜持は痛く傷つくだろう。
「でも、私たちはまだいいわよね。ミッターマイヤーなんか、あぁ・・・・!!」
ティアナが嘆きの声を上げたわけは、すぐ目の前で広がっている光景にあった。子供たちがキャアキャアと叫んでいる人垣の向こうにはド派手な衣装を着た悪役がパフォーマンスをしているのだった。
『悪の組織であるヴァンフリート団がお前らをさらってやるぞぉ!!どいつからさらってやろうかぁ~~!!!』
『待てい!!』
ジャ~~~~~ン!!!という効果音と共にこれまたド派手な衣装で登場してきたのは小柄なヒーローだった。
『貴様らが悪の組織ヴァンフリート団か!!子供をさらおうとするなど卑怯な!!そのようなことは世間が許してもこの俺が許さんぞ!!トウッ!!』
小柄なヒーローは片っ端から群がる悪役をぶったおしていく。それがまたキャアキャアという子供の歓声に乗せられて、ますますヒートアップしていくのだった。
『ま、参った!降参だ!もうこんなことはしないから、許してくれ!!』
『よかろう!!もう二度とこんなことはするなよ!!・・・いいか、子供たち。一人で遊んでいてはだめだぞ!遊ぶ時は皆で一緒だ。知らない大人に声を掛けられてもついていくんじゃないぞ!それと、カラスと一緒に帰りましょの夕焼けチャイムがなったらすぐに暗くなる前にちゃんと帰るんだぞ!!』
『は~~い!!』
子供たちが歓声を上げてヒーローに群がっていく。それを見た悪役の一人がマスクを脱いでこっちに歩いてきた。
「いやぁ、こんなことは帝国軍人としてどうかと最初は思いましたが、やってみると案外楽しいものですな。これはハマりそうです。」
「ミュラ―・・・・。」
ティアナが絶句する。鉄壁ミュラー、不退転のミュラーともあろうものがヒーロー戦隊物の悪役にハマるなんて・・・・。
「ど、どうしたのですか?!ローメルド中将閣下!?何か小官が不都合でも――。」
「ううん、なんでもない、わ。」
憮然としたティアナがサンマの乗った紙皿を差し出した。ミュラ―はそれを受け取って美味しそうにムシャムシャと食べ始める。
(どうして、どうして、どうして!?こんなの、私が見ているOVAの提督たちじゃないわ!!こんな、こんなのって――!!)
そこに、ヒーロー姿のミッターマイヤーもやってきた。
「いやぁ!!ミュラ―、よかったな。今日も大入り満員だった。卿と俺とのコンビはなかなかいいものがあるな。どうだ?いっそ帝国軍人をやめてヒーロー戦隊モノをやってみてもいいんじゃないか?」
「小官もそれを思っていました!もう今すぐにでも転職してもいい気分ですよ。」
「そうか、なら話は早いな!よし!そうと決まればさっそく事務所に話してこよう。」
え、ちょ、ええええ!?ティアナは唖然として声を上げた。
「ま、待って待って待って!!ど、どうするの!?仕事、どうするの!?ああ・・・・!!もうっ!!ロ、ロイエンタールなんとか言って――。」
ティアナはロイエンタールを見て愕然となった。いつの間にかねじり鉢巻きを頭に巻いて割烹着を着込んだロイエンタールが芸術家提督さながらの手つきでサンマを捌いているのだった。
「ほう・・・これはなかなかいいものだな。ティアナ、俺は決めたぞ。今日から厨房に入って料理人になることにした。」
ティアナの顔に縦線が走り、
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!!こんなの私の知ってるロイエンタールじゃない!!!お願い、目を覚まして!!!ロイエンタールゥゥゥゥゥッ!!!!」
両手を頬に充てて思いっきり絶叫したティアナが、不意に立ちくらみを覚えてしゃがみ込んだ。

「―――!?」
がバッと身を起こしたティアナがはっと枕もとの時計を見る。旧式の時計は、チッ・・・チッ・・・と静かな規則正しく針を動かしている。まだ午前3時半だ。起床時間までには間がある。
「・・・夢か。」
夢でよかったと心底思いながらティアナは額の冷や汗をぬぐった。夢のような光景はまだないものの、ロイエンタールもミッターマイヤーもミュラ―もそのほか幕僚たちみんなが夢のような表敬訪問をされかねない雰囲気になってきていた。そうなったら提督たちの威厳は失墜する。どうかそんなことになりませんようにというのがティアナの心からの願いだった。
「・・・・・・・。」
ベッドわきのポットから水を飲もうとした手が止まった。フラッシュバックではないけれど、あることを思い出してしまったのだ。
「シャロン・・・教官・・・・。」
迎賓館でシャロンを見たとフィオーナらから聞かされたティアナは動揺していた。できうることなら会いたくはなかったし、会えばどうなるか自分でもわからなかった。だが、一方で心の底では懐かしい思いもあった。前世では敵対していたとはいえ、ティアナにとってシャロンは自分を指導してくれた教官だったのだ。いわばフィオーナとイルーナの関係である。
ティアナはほうっと息を吐き出した。なるべくならシャロンと会わずにこの星を離れたい。だが、一方でどこかで会って話をしたいという相反する心情を抱えていた。



翌日――。
本日は交渉がなく、各々がそれぞれ検討をする日に当たっていた。今のところ討議は第3条まで終了し、おおむね自由惑星同盟側が示した案で一致を見ている。第三条の代価については帝国と同盟双方の惑星購入代価をレートとして提示し、そこの率の中間を算出し、さらに各々の惑星の事情を鑑みることで合意を得た。また、第四条の捕虜交換についても帝国同盟双方ともにあまり異論は出ておらず、比較的すんなりと受け入れられるのではないかとみていた。問題は第五条以下の話である。
ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯、ミュッケンベルガー元帥、ノイケルンら幕僚はブラウンシュヴァイク公の旗艦ベルリンの中でひざを突き合わせて会議を行っていたし、ラインハルトとイルーナも出席していたが、そのほかの将官は比較的暇であった。特に出席すべきレセプションも式典もなく、当直の人数を除いては、非番の者は各々好きなことをして余暇をつぶすことができたのである。許可制であるが外出も許可されていた。ただしそれぞれの旗艦から半径5キロ以内という厳しいものであったが。

 ブリュンヒルトのあるセントラル・ターミナル・エアポートのすぐ近くには噴水のきらめく公園がある。アリシアとティアナとレイン・フェリルとフィオーナは当直を残して束の間の昼休みを公園で過ごそうとやってきたのだった。何かあれば連絡が来るし「そういつまでも肩に力を入れていては休める時も休めません。ここは我々が見ていますから、たまには外の空気を吸っておいでください。」とミッターマイヤーらから言われたことも外に出る後押しになったのだ。
 付近の売店でフィッシュアンドチップスやハンバーガー、ホットドッグ、コーラ、ウーロン茶等のスナックを買い込んで公園のベンチに腰を下ろして食べ始めたが、一人アリシアは黙々と食べているだけで3人の会話の輪にはあまり加わらなかった。
「お兄さんはいらっしゃらなかったわね。」
フィオーナがアリシアを気遣うように声をかけた。顔をハンバーガーから上げたアリシアは、かじりかけたハンバーガーを手に持ったまま、ぽつりと言った。
「ええ。でも・・・いいのです。自由惑星同盟の何百何千何万という部隊の中でこの惑星に警備などで来ている確率なんて、高くはないのですから。」
転生者として生まれても、この世界では兄妹なのだ。そのことを自覚しているのはこの中では唯一原作の登場人物と血縁関係にあるアリシア一人だけだろう。
「レイン、なんとかならないの?ファーレンハイトは帝国からの亡命者でしょ?ならそういった記録がどこかに残っている可能性はない?」
ティアナがレイン・フェリルに尋ねたが、レイン・フェリルはかぶりを振った。
「無理です。政府や軍の人事システムにアクセスできれば、入手できるかもしれませんが、それは危険すぎます。」
「そうよね・・・・。」
「いいんです。フィオーナ先輩、ティアナ先輩、レインさん。ありがとうございます。気を使っていただいて。」
淡々とアリシアは言ったが、その胸中はいかばかりかと3人とも胸を痛めていた。彼女は表立ってあまり感情を見せることはないが、その分内面に秘めている感情はかなりの温度なのだとフィオーナ、ティアナたちは知っていた。
「私は一足先に失礼します。オーディンにいるユリア姉にも話をしておかなくては行けませんから。」
アリシアはそう言ったが、帝国方面への通信は秘密保持等の理由から交渉事に必要な公用のものを除き固く禁止されている。今回帝国は交渉事に備えて全く新しい通信システムを導入してきたのだったが、それでもアルゴリズム等を解析されて帝国の通信を傍受されるのを防ぐためだ。
「アリシアをそれとなく気遣ってあげましょう。彼女、無理をしないといいのだけれど・・・。」
フィオーナの言葉にティアナたちはうなずきを返したのだった。



第十三艦隊旗艦ラクシュミ――。
ウィトゲンシュティン中将から呼ばれた4人は中将の司令室で言葉を尽くして止めにかかっていた。これで何度目だろうとアルフレートは思う。ヴィトゲンシュティン中将に最初に呼ばれた時から、何度か日を置いて4人は中将の下に話し合いに来ていたのだった。
「いけません。あなた様も軍属ならお分かりになるはずです。我々は帝国からの亡命者であることは確かですが、それよりも自由惑星同盟の軍属となっていることをお忘れにならないでいただきたい。」
シュタインメッツがいつになく厳しい調子で諫言する。何故こんな調子で話したかというと、ヴィトゲンシュティン中将が開口一番こんなことを言ったことが原因である。

「相談があるわ。言うまでもないでしょうけれど、今自由惑星同盟に来ている不埒な帝国貴族連中に対して報復するチャンスよ。こんな機会はまたとないわ。私たちが第十三艦隊として惑星イオン・ファゼガスにほど近い場所に訓練で集結しているのは好機。軍の上層部にも今回の決定を不満に思っている者はごまんといるわ。その人たちを抱きこんで支持をもらい、第十三艦隊で衛星軌道を包囲して彼奴等を皆殺しにしてくれるのよ。」

彼女は激昂することなくいつもの調子で言ったのだったが、それがかえって不気味だった。本気なのかそれとも冗談なのか、4人の誰一人としてわからなかった。
「そんなことをすれば激怒した帝国が押し寄せてきます。そうなったら、また両者の間に激しい戦禍が起こるではないですか。」
半ば震えを帯びた声でそう言ったのはカロリーネ皇女殿下だった。
「私個人としてはそれを望んでいるわ。今回はまたとない機会だといったでしょ?今帝国の重要人物は悉くイオン・ファゼガスに集結しているのよ。軍の総司令官、大貴族の長、閣僚ら主要人物が。そう言った奴らを一網打尽にしてしまえば、たとえ帝国が大軍を繰り出してきても勝機はあるわ。そう思わない?」
「不可です。」
アルフレートがきっぱりと言った。ヴィトゲンシュティン中将が形の良いくっきりとした眉を跳ね上げた。
「なぜ?」
「帝国の人口は250億人です。軍隊にしても数億人規模です。そう言った中に現職の司令長官の後任にふさわしい人物が一人もいないということはないでしょう。むしろ彼らの復讐心を増大させ、実力以上の力量を出さしめる結果になります。今の同盟では迎撃に徹するだけの力も物資も不足しています。期限付き和平の終了をもって戦端を再開すればいいではありませんか。」
いつになく熱弁を振るったアルフレートをカロリーネ皇女殿下もファーレンハイトもシュタインメッツも意外そうに見ていたが、やがて一斉に同意のうなずきを示した。
「それでは遅すぎるのよ。」
彼女の言葉はそれほど大声でもなかったが、そこに込められていた響きがカロリーネ皇女殿下の心臓を揺さぶった。それはアルフレートに殴られるまで自身が胸に秘めていたどす黒い思いととても似ていたからだ。
「私は私が健全であるうちに、帝国に対してとどめを刺したいの。そのためにこそ今日の地位まで登ってきたのだわ。でも、これは私個人の意見ではないわよ。第十三艦隊の帝国亡命者の中にも今私が言ったことと同じような意見を胸に抱いている人は少なからずいるわ。」
第十三艦隊は艦艇総数12500隻 兵員170万人と第三次ティアマト会戦の後に大幅に増強されていた。これは第三次ティアマト会戦において第十三艦隊の善戦の様相が同盟全土に放映され、その結果、入隊を希望する亡命子弟が増えだしたことが原因であった。さらにローゼンリッター連隊も近々この第十三艦隊の麾下に配属されることとなっている。
それを統括する立場のウィトゲンシュティン中将としては積極攻勢を唱えた方が部下受けしていいのかもしれないな、とアルフレートはちらっとそう思った。だが、それと現実に行うかどうかは全くの別問題だ。
「第十三艦隊と言えども同盟軍艦隊です。帝国亡命者の私兵集団ではありますまい。どうかその辺りのことをよくご理解なさって、ここはご自重くださいますように。」
ファーレンハイトが言う。さらにファーレンハイト、シュタインメッツは戦略的な意義からも今回の交渉を妨害することのデメリットを説いた。アルフレートも時折そこに加わったが、カロリーネ皇女殿下はそれをほとんどただ聞いているだけだった。
(すごい・・・ファーレンハイトもシュタインメッツ、アルフレートもこんなにいろんな考え方をしていて・・・・。でも、私はそれに比べて・・・・。)
いけないいけないとカロリーネ皇女殿下は首を振った。そんなことで自信を失っていては駄目なのだ。曲がりなりにも自分は幕僚補佐役なのだ。艦隊司令官にも意見できないようであれば幕僚としては失格そのものなのだから。
「わかったわ。」
ヴィトゲンシュティン中将は3人の話を途中で遮った。
「あなたたちのいう事は理解できたわ。私も短絡的だったみたいね。時期を待ちましょう。」
3人とカロリーネ皇女殿下はほっとした顔をした。
「それに、総司令部の許可なく艦隊を移動させることは緊急避難的道義的事例を除いて、いかなる理由があろうとも許されない事。私の一存では決められない事だったわね。」
最後は苦笑に紛らわしながら「時間を割かせてしまって申し訳なかったわ。」とヴィトゲンシュティン中将は4人に謝った。
「その分私たちとしては艦隊の訓練に全力を尽くして時期を――。」
その時、何の前触れもなく「バ~~~ン!!」と扉が開け放たれ、真っ青な顔をした副官たちが飛び込んできた。
「何事なの?!今は会議中よ!!許可なく立ち入らないようにとあれほど――。」
「し、司令官閣下!!これを――。」
震える手で渡された紙片、それに副官たちの持っている端末から流れてくるニュースの詳報を聞いたウィトゲンシュティン中将の顔色がさっと変わった。ウィトゲンシュティン中将だけではない。カロリーネ皇女殿下もアルフレートも、そしてファーレンハイトもシュタインメッツも顔色を変えていた。

それは帝国歴486年6月28日の事であった――。
 
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