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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百六十四話 激震する帝国

帝国暦 487年 11月23日   オーディン 宇宙艦隊司令部   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「エーリッヒ、俺達の処刑には不服は無い。だが部下達は助けて欲しい。虫のいい願いだとは分かっている。だが……」
「甘いよ」
フェルナーの願いを俺は一言で断った。甘いぞ、フェルナー。

「エーリッヒ……」
「ひと思いに楽に死ねると思ったのかい。甘いよ、アントン。卿らには生きて私の役に立ってもらう」

失敗したら死んで終わりか? ふざけるな! 自分だけ楽になろうなんて許されると思ったか? 俺が許すと思ったのか? 甘いよ、フェルナー。俺が甘チャンならおまえも甘チャンだ。俺を殺そうとした責めは負ってもらう、生きて償ってもらうぞ、こき使ってやる。

可笑しくて思わず笑いが出た。そんな俺をフェルナーは何処か不安そうな眼で見ている。フェルナーだけじゃない、部屋にいる人間全てが俺を見ていた。

「俺にブラウンシュバイク公を裏切れというのか? 無駄だ、諦めろ」
「私もリッテンハイム侯を裏切るつもりは無い。処断を願う」
アントン・フェルナー、アドルフ・ガームリヒが口々に主君を裏切るつもりは無いと言い切った。可笑しくてまた笑った。

「裏切る? そんなことをする必要は無いさ。卿らは必ず私に協力する、いや、協力させる」
「エーリッヒ、何を考えている?」
「脱出用の宇宙船は用意してあるだろう?」
「……」

「今すぐ此処から逃げるんだ」
「何を言っている」
「そして、私を暗殺したとブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯に告げてもらう」

「馬鹿な、そんな嘘をついてどうなる」
フェルナーは呆れたような声を出した。尤も呆れているのはガームリヒ中佐も同じようだ。

「意味はある。このままでは内乱はランズベルク伯達が主導するものとなるだろう。だが私を暗殺したとなれば話は違う」
「……」
そう、俺を暗殺すれば話は別だ。

「大声で叫べばいい。君側の奸、エーリッヒ・ヴァレンシュタインを暗殺した。今こそ心ある貴族はルドルフ大帝以来の国是を護るべく立ち上がれと。多くの貴族達が集まるだろう。日和見していた連中も含めてね」

リューネブルクが笑い出した。そんな彼を睨みながら少し眉をひそめ気味にしてフェルナーが声を出した。
「貴族達を騙すのか?」

「騙す? 遅かれ早かれ反乱を起す連中だよ、ちょっと背中を押してやるだけだ。それとも罪悪感でも感じると言うのかい、自分達を嵌めた連中の一味に。御人好しにも程があるぞ、アントン」
またリューネブルクが笑った。

「……」
「幸い私は卿らが襲撃した地上車には乗っていなかった。だがそれが彼らにわかるのは自分達が反乱に参加したことを表明した後になるだろうね」

「反乱の規模を大きくして一気にかたをつけようというのですな」
リューネブルクが面白そうに言った。
「まあ、それもありますが狙いは別にあります」
「別?」
フェルナーは不思議そうにしている。いい加減に気付け、らしくないぞ。

「貴族達はブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯達を中心に集まるだろう。主導権を握るのはランズベルク伯達じゃない」
「!」

「そして政府はブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯がフロイライン達の誘拐を陽動として私を暗殺する事を計画したと判断する事になる。反乱の首謀者はブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯だ」

「主導権を握る、お二人を反乱の首謀者にする……。なるほどそういうことか!」
フェルナーの声に力が漲った。声だけじゃない、表情も厳しくなっている。ようやく何時ものフェルナーになったようだ。

「ようやく分かったか、アントン」
「ああ、分かったよ。さすがだな、エーリッヒ」
「大した事じゃないさ、このくらいはね。どの道ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯は反逆者になる、喜んで協力してくれるだろう」
「酷い男だな、卿は」

フェルナーが非難するような声を上げた。我慢しようと思ったが無理だった。俺は笑い声を上げていた。周囲が呆れたように俺を見ているのが分かったが止まらなかった。

「フェルナー准将、一体どういう事です?」
「ガームリヒ中佐、反乱は避けられない。だがお二人が主導権を握れば、フロイライン達をランズベルク伯達から取り戻す事も可能だろう、そうは思わないか」
「!」

「なるほど、しかし私達は一度はフロイライン達を人質として政府に差し出したのです、それをどう説明します? 貴族達も簡単には信用しますまい」
ガームリヒ中佐は半信半疑なのだろう。

「人質? 卿らが差し出したのは皇帝陛下の御息女と孫だ。たとえブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯が反逆を起したからといって処断できると思うかい? 大体、宇宙艦隊司令長官を呼びつけて夫を助けろと命じる人質がいるものか、処断できない人質は人質とは言えない、お客人だ」

「……」
「彼らを差し出すことによって政府の油断を待っていた。そんなところにランズベルク伯達が誘拐事件を起した。それに付け込んで私を暗殺した、そう言えば何の問題も無い」
「なるほど、辻褄は合いますな」
リューネブルクが頷いた。

「それでどうする? 主導権を握るのは良い、フロイライン達を取り戻すのも良い、だが卿の狙いは何だ? それだけじゃないだろう」
フェルナーが眼を細めて俺を見た。

「フロイライン達を護るんだ。卿らが勝っているなら問題ない。だが負けるようなら、何とか二人をこちらに落としてくれ。間違っても貴族達に渡してはいけない。一つ間違うと自由惑星同盟に亡命政権を作りかねない」

「……なるほど、卿はそこまで考えているのか」
呻くようなフェルナーの声だった。俺自身心配しすぎかという気がしないでもない。しかしエルウィン・ヨーゼフが当てにならない以上、あの二人は確実にこちらの手に確保しなければならない。

「ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯はもう救う事は出来ないだろう。だがフロイライン達は未だ助ける事が出来る。卿らはそのために生きるべきだ」

フェルナーとガームリヒ中佐が顔を合わせ、互いに頷いた。
「卿の言う通りにしよう。感謝するぞ、エーリッヒ。俺に生きる希望をくれたことを」
馬鹿やろう、暗殺に成功しても失敗しても死ぬ気だったか、世話の焼けるヤツだ。

「時間が無い、もう直ぐ登庁してくる人間が現れるだろう。もしかするともういるかもしれない。モルト中将、彼らと部下を装甲擲弾兵の中に隠して逃がしてください」
「はっ」

モルト中将と装甲擲弾兵に囲まれフェルナーとガームリヒ中佐が部屋を出ようとする。
「アントン、ガームリヒ中佐」

俺の呼びかけに二人が振り返った。
「ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯に伝えてくれ……。残念だと……。この上は門閥貴族としての生き様を貫いて欲しいとね」
「……分かった」

部屋を出て行く彼らを見ながら思った。急いでくれと、ランズベルク伯達が暴発する前に私を暗殺したと大声で叫ぶ。それだけがあの二人を救う事になる……。

「上手い理由を見つけましたな」
「……」
リューネブルクはニヤニヤしながら俺を見た。失礼なヤツだ。
「これから如何なさいます?」

「そうですね、軍務尚書、統帥本部総長、国務尚書に今のことを話します。ギュンターにも警備を緩めるように頼まなければ成りません。アントンやランズベルク伯がオーディンから上手く逃げ出せるようにね。急がなくては」

「そうですな、急ぐ必要がありますな。その後は?」
「その後ですか……、部屋に戻って休みます。私が死んだというデマが流れるまでね。今日は少し疲れました」

「では、先ず部屋に戻りましょう。偉い方々への連絡は部屋からのほうがよろしいでしょう」
「確かに人目につかないほうがいい。では戻りましょうか」


帝国暦 487年 11月23日   オーディン 宇宙艦隊司令部   ウォルフガング・ミッターマイヤー


もう昼になる、だが今日は朝から宇宙艦隊司令部が、いやオーディン全体がざわめいている。今朝方、新無憂宮に賊が入ったらしい。フロイライン・ブラウンシュバイク、フロイライン・リッテンハイムの二人が誘拐されたという噂が立っているがはっきりとしたことは分からない。

俺は自分達の司令部に与えられた部屋で苛立っていた。憲兵隊、近衛兵の知り合いに連絡を取ろうとしても取れない。混乱しているのか、それとも外部との接触を禁じられたか。だがそれ以上に気になるのは司令長官のことだ。

司令長官は今日は具合が悪いと言って部屋で休んでいる。そのこと自体は決しておかしなことではない。司令長官は元来余り丈夫な方ではない。そのため月に一度は体調不良で休んでいる。だが……。

「ビューロー少将、俺は少し席を外す。後を頼む」
「はっ」
後を頼むと言っても特に何が有るわけでもない。心配は要らないだろう、ビューローなら大抵の事はそつなくこなしてくれる。

部屋を出るとロイエンタールの所へ向かおうとしたが、彼も部屋を出て俺のところへと向かってくる所だった。彼が苦笑しながら声をかけてきた。

「どうした、ミッターマイヤー。卿も落ち着かないのか?」
「ああ、どうもな。嫌な感じがする」
「……クレメンツ提督の所へ行ってみないか?」

アルベルト・クレメンツ提督。俺達が士官候補生のとき戦略、戦術を担当する教官だった。授業も面白かったし、性格も明るく、こんな軍人になりたいと思わせてくれた人だ。今では共に敵と戦う信頼できる同僚だ。

「そうだな。クレメンツ提督なら何か知っているかもしれない」
多分知っている可能性は低いだろう。しかしクレメンツ提督の顔を見れば少しは落ち着くかもしれない。そう考えて思わず苦笑した、まるで子供だ。

クレメンツ提督の司令部に行くと奥の司令官用の部屋に通された。
「そうやって二人揃っていると昔を思い出すな」
「昔ですか?」

クレメンツ提督の言葉に答えながら俺は隣にいるロイエンタールを見た。ロイエンタールも訝しげな顔をしている。クレメンツ提督は俺達にソファーに座るように促すと言葉を続けた。

「二人とも優秀な生徒だった。参謀よりも指揮官に向いている、いずれは艦隊を率いる立場になるだろうと思ったが、その通りになった」
「恐縮です。自分が四年の時でした。提督が教官として士官学校に赴任されたのは」

ロイエンタールの言葉にクレメンツ提督は穏やかに微笑んだ。おそらく俺達が此処へ来た理由など百も承知だろう。おそらくクレメンツ提督自身不安に思っているはずだ。それにもかかわらず常に変わらぬ様を示すクレメンツ提督に正直敵わないと思った。

「早いものだ、あの時の士官候補生が今では艦隊司令官なのだからな。私も年を取るはずだ」
「我々よりも出世している方がいます。司令長官はクレメンツ提督から見てどのような生徒だったのでしょう」

クレメンツ提督は穏やかな笑みを絶やさずに答えてくれた。
「優秀な生徒だったよ、ミッターマイヤー提督。非常に意志の強い、なにか心に期する物があると感じさせる生徒だった。だが私にはヴァレンシュタイン候補生がどのような軍人になるかはちょっと想像がつかなかったな」

想像がつかなかった? 思わずロイエンタールと顔を見合わせた。彼もちょっと不可思議な表情をしている。そんな俺達を可笑しそうに見ながらクレメンツ提督が話しを続けた。

「いつも図書室で本を読んでいた。軍とはまるで関係の無い本をね。“帝国経済におけるフェザーンの影響力の拡大とその限界”」
「何です、それは」

「閣下が一年の時に読んでいた本だよ、ロイエンタール提督。帝国経済におけるフェザーンの影響力を様々な数字を使って証明していた。投資額、市場における占有率、フェザーン資本で買収された企業の数などでね」
「……」

「主旨はフェザーンの影響力はあまり心配をする事は無い、そういうものだった。もっとも閣下はこう言っていたな。“数字は所詮数字でしかない、それをどう利用するかは人の力だ”と」
「……」

「正直、閣下が少尉任官した時は不思議に思ったくらいだ。もしかすると官僚になるかもしれないと思ったからね。まさか宇宙艦隊司令長官になるとは想像もしなかったよ」

そう言うとクレメンツ提督は声をあげて笑った。そして笑い終わると真面目な表情に戻った。
「もう直ぐ、メックリンガーとケスラー提督が此処に来る。あの二人が来れば少しは何か分かるだろう。何が起きているか、それが知りたいのだろう?」

「はい、噂も気になりますが、あの地上車の残骸も気になります。まさかとは思いますが……」
「落ち着くんだ、ミッターマイヤー。上に立つものが不安そうなそぶりを見せればそれだけで下は浮き足立つ。耐える事も指揮官の務めだ」
「はい」

メックリンガー、ケスラー両提督が現れたのはそれから五分ほども経ってからだった。

「なんだ、ミッターマイヤー提督、ロイエンタール提督二人も此処にいたのか」
「つい先程此処へ来たのですよ、ケスラー提督」
「士官学校教官はさすがにもてるな」
「からかうな、メックリンガー。それで何か分かったか?」

「近衛の友人にやっと連絡が取れた」
その言葉に俺、ロイエンタール、クレメンツ提督は顔を見合わせた。
「近衛に連絡が取れたのですか、外部との接触を絶っているのかと思いましたが」

「絶っているよ、ミッターマイヤー提督。幸い私は以前宮中警備の任に着いたことがある。その縁で近衛に親しくしている人間がいてね、彼と連絡が取れた」

「それで、一体何が起きた」
「フロイライン・ブラウンシュバイク、フロイライン・リッテンハイムが誘拐された」
クレメンツ提督の問いにメックリンガー提督が答えた。その答えに部屋が緊張に包まれる。

「近衛の中に誘拐犯達に協力した人間がいるようだ」
「!」
「近衛は司令長官に大きな借りが有るからな、まさか裏切る人間が出るとは思わなかったよ。彼も驚いていた」
メックリンガー提督が溜息混じりに言葉を出した。

「借り、と言うと?」
「クロプシュトック侯事件だ。あの事件、もう少しで陛下のお命が失われる所だった。もしそうなっていたら、近衛にも責任を問う声が上がっていたはずだ。分かるだろう、クレメンツ」

「……」
「フロイライン達が誘拐された後、新無憂宮に帝国軍三長官と国務尚書が集まった。彼が知っている事はそこまでだ。後、護衛には装甲擲弾兵がついていたそうだ」

装甲擲弾兵か、リューネブルク中将だな。先ず、間違いは無いと思うが……。
「憲兵隊も大分混乱している」
「ケスラー提督……」
「憲兵隊には宇宙港の封鎖、市内の幹線道路の検問が要請されたらしい。それと要人の警護もだ」

「あの地上車の残骸は?」
「ミッターマイヤー提督、それについては憲兵隊は何も知らなかった。ただリューネブルク中将に司令長官の事を尋ねたが、心配は無いと言っていた」

溜息が漏れた。俺だけではない、他にも誰かが溜息を吐いたようだ。
「とりあえず、今は信じるしかあるまい」
「うむ、そうだな。しかしとうとう始まったな」
メックリンガー提督とクレメンツ提督が話している。その言葉に皆が顔を見合わせ頷いている、とうとう内乱が始まった……。

突然ブザーが鳴ってTV電話に通信士官の姿が映った。
「大変です、今驚くべき情報が……」
「何が起きた」

部屋の空気が一瞬で緊迫した。何が起きた?
「ブ、ブラウンシュバイク公が、今映像を切り替えます」
スクリーンではブラウンシュバイク公が獅子吼していた。

「繰り返し此処に宣言する。私、オットー・フォン・ブラウンシュバイク公爵とウィルヘルム・フォン・リッテンハイム侯爵は帝国暦四百八十七年十一月二十三日、君側の奸、エーリッヒ・ヴァレンシュタインを誅殺した」

誅殺! その言葉に皆顔を見合わせる。誰もが引き攣った顔をしていた。本当なのか、本当に司令長官は死んだのか、あの残骸が眼に浮かぶ。

「卑しい平民は正当なる罰を受けたのである。今こそ心ある貴族はルドルフ大帝以来の国是を護るため立ち上がれ! ゴールデンバウム王朝を守護する神聖な使命は“選ばれた者”である我等貴族にのみに与えられたものである」

「平民に媚を売るリヒテンラーデ侯、エーレンベルク、シュタインホフ等は“選ばれた者”の矜持を失った裏切り者に他ならない。今こそ彼らを廃し、我等の手で帝国を正しい姿に戻すのだ! 大神オーディンは我等をこそ守護するであろう。正義の勝利はまさに疑いなし、ジーク・ライヒ! 立ち上がれ、貴族達よ!」

 
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