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エターナルユースの妖精王

作者:緋色の空
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妖精の尻尾 《後》


「……ったく」

港町ハルジオン。
暗い空に輝く月、昼間より出歩く人の減った街の港で、フードを被った青年は溜め息混じりに悪態をついた。濡れ羽色の長い前髪の奥、澄んだ水色の瞳が周囲を目の動きだけで見回す。

「おい、コイツか?」
「間違いねえ、ボラさんが言ってた奴だ。フードで前髪が長くて目が水色、合ってるだろ」
「だな。つー事は、コイツをボッコボコのギッタンギッタンにしてやりゃいいんだな?」
「表現ガキかよ!」

人気の少ない、とはいえ完全にいない訳ではない港の、丁度誰からも隠れる死角。そこで体勢を整えていこうとしたのが間違いだった。気づけば数人の男に囲まれて、揃いも揃って手には武器を構えていて、観光客狙いの追い剥ぎかと思えばどうやら違うらしい。
背後は壁、前方は男が七、八人。目線をずらせば追加で数人分の影が伸び、隠れているつもりか屋台の陰にもあと二人ほど。
ざっと数えて軽く十人、もしかしたらそれ以上。それを把握した上で、冷静に頭を回転させる。

「にしてもこんなガキ、何だってボラさんは潰せとか言うんだろうな」
「あれだろ。売り飛ばす女共のうちの誰かの知り合いで、余計な事言われねえようにだろ」
「ああ、そうか」

冷静に、冷静に。
売り飛ばす女共、というワードに乱されかけた思考を必死に回す。

「……あれ?」
「どうしたんだよ」
「オレ、コイツ昼間に見たぞ。ボラさんが魅了(チャーム)使って女共惹きつけてた時に」

魅了(チャーム)。昼間に散々聞いた魔法の名前。
だがそんな訳がない。浮かんだ考えを蹴り飛ばす。だってアイツは憧れのギルドに入りに行ったのだから。売り飛ばされる心配なんて、これっぽっちだってないのだから。
だから、こうやって絡まれてる事に、アイツは全く関係な―――――



「胸のデカい金髪と一緒にいた奴だ!」
「ああ、魅了(チャーム)が効かねえからってボラさんがどっかの魔導士騙って船に……」






「……あ?」




どこかの魔導士を騙る。魅了(チャーム)。魔法が効かない。金髪。付け加えてスタイル。船。
そういえばアイツに魅了(チャーム)は効かなかった。アイツは金髪で、スタイルもまあ悪くはない。アイツに声をかけた男はギルドの魔導士を名乗って、船上パーティーに誘って―――――。


……売り飛ばす?
誰が、どこに、誰を?


「…ふざけるなよ、阿保共が」


あのいけ好かない男が?


ルーシィ、を?



「死にたい奴から来い。順番にあの世に送ってやる」




後に、集団のうちの一人はこう言った。
あの男の目は本気だった、と。もしもあの場に部外者がいなければ容赦なく一人や二人は殺していただろう、と。
あの、()()()()()()()その手に握られていた鎌に、誰かを傷つけ始末する事への躊躇いは感じられなかった、と。

その姿はまるで、死神のようだった、と。









遡る事数時間。

「ぷはぁー!食った食った!!」
「あい」

あの後、ルーシィが置いて行ってくれたお金でたらふく食べたナツ達は、ハルジオンの高台にいた。膨れた腹をぽんぽんと叩くナツの横、石で出来た高い手すりの上をてくてくと歩くハッピーは、ふとその目を右側へと向ける。
密集する建物の向こう側、一望出来る海。この時間では漁に出る船も見えず、ただ一つだけ、遠目から見ても明らかに漁船ではない船がどこかへと向かっていた。

「そいや火竜(サラマンダー)が船上パーティーやるって。あの船かなあ」
「うぷ…気持ちワリ…」
「想像しただけで酔うの止めようよ…」

どうやらナツの乗り物酔いは乗っていなくても発動するらしい。船、という単語を聞いた瞬間に口元を抑えた彼に、ハッピーは僅かな呆れを混ぜた声でツッコむ。

「見て見て~!!あの船よ、火竜(サラマンダー)様の船~!!あ~ん、私もパーティー行きたかったあ」
火竜(サラマンダー)?」
「知らないの?今この街に来てる凄い魔導士なのよ」

と、そんな彼等のすぐ近くで、二人の女性が海を見つめていた。ショートカットの女性がはしゃぐ声を上げ、疑問の声を上げた連れにそのままの声で続ける。

「あの有名な妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士なんだって」



その瞬間。
何気なくそちらに目を向けていたナツが目を見開いて。
ハッピーが、三角の耳をピンと立てた。



妖精の尻尾(フェアリーテイル)?」

確認するように呟いて、視線を海へ。ゆっくりとこの街を離れて行く船を見つめ―――また「うぷ」と吐き気を催しながら、その場にしゃがみ込む。
両手は手すりに、しゃがんだまま手すりを支える柱と柱の間から海を見つめ、再度呟いた。

「……妖精の尻尾(フェアリーテイル)…」







同時刻のハルジオン。

「これでようやく気ままな一人旅に戻れるな……」

昼まで連れだった少女と別れたニアは、空いたペットボトルをゴミ箱に放り捨てて歩き出す。特に決めた目的はない。もう夜だし今日はハルジオンの宿を適当に取るか、くらいの事しか決めていない。

「アイツはギルドに入れるし、オレは望んだ通りに一人旅だし、万々歳だ」

敢えて人目のない路地を歩いているから、すれ違う人はいない。暗く細い道を、言い聞かせるような独り言を繰り返して歩く。

「もうこれでアイツの事を気にする必要もないし、相手があのいけ好かない奴でもオレが気にする事はないし」

目的はない。なのに足は止まる事なく進んでいく。向かう先がどこだか内心では解っていて、けれどもうそこに行く理由なんてないから言い訳を繰り返してみるけれど。

「もう他人な訳だからアイツがどうなろうが知らないし、わざわざ気を回す必要もない訳で……」

路地を出て、砂浜までの階段をすっ飛ばす。少し行けば数段の階段があるが、わざわざ階段まで行って降る事すら面倒で、幾分か高さのある地点から屋台と屋台の間に飛び降りた。
さくり、と砂を踏みしめる音と共に危なげなく着地して、ここでようやくニアは現状を認める事にした。

「……ああもう、オレってこんな過保護だったか……?」

彼は今、港で船を見送っている。
そしてその船は、あの火竜(サラマンダー)がパーティーを開くと言った船で、今日の昼まで一緒だった知り合いが乗っていて。
別に放っておいても害はないはずなのに、どうしてか嫌な予感がしてしまうのは何故だろう。

「……まあ、仕方ないか。とりあえず追うとして…」



数秒後、彼は数人の男に囲まれ。
それから五分と経たず、苛立ちのままに、己が得物である鎌で全員を屠っていた。








「ルーシィか……いい名前だね」
「どぉも」

ザザァ、と波の音が響く。
そこそこ立派な船で、火竜(サラマンダー)が主催するパーティーは開かれていた。それぞれドレスで着飾った少女達が軽食を摘まんだりワインを飲んだりしながら談笑している中、船の一室でルーシィはにこにこと笑みを浮かべている。言うまでもなく愛想笑いだ。

「まずはワインで乾杯といこう」
「他の女の子達、放っておいていいの?」
「いーのいーの」

とくとくとワインをグラスに注ぐ火竜(サラマンダー)に問うと、笑いを含んだ声で返された。すぐにルーシィ側のグラスが赤紫の液体で満ちる。

「今は君と飲みたい気分なんだよね」

パチン、と指が鳴った。と、同時にグラスの中のワインが揺れる。ちゃぽん、と音を立てて上へと逆立ったワインが途切れ、いくつかの小さな球体になってルーシィの前で止まった。
一種の魔法だろうか。初めて見るそれに、一瞬警戒も忘れ見入る。が、それは本当に一瞬の事だった。

「口を開けてごらん。ゆっくりと葡萄酒の宝石が入ってくるよ」
(うざ――――――っ!!!)

気障ったらしいセリフに全力で顔を背ける。魅了(チャーム)にかかっているうちは恋する乙女な溜息の一つも出ただろうが、覚めきった身としては全く魅力を感じない。
けれど、だからといって顔を背けてばかりではいられない。これも憧れのギルドに入る為と言い聞かせて、火竜(サラマンダー)の手の動きに合わせて宙を漂うワインに向き直る。

(でもここはガマンよ!!ガマンガマン!!)

顔が引きつりそうになりながら、どうにか口を開く。
ワインの球体はゆっくりとルーシィの口元まで漂い、開いた先まであと少し――――






――――しゅばっ!!と。
立ち上がったルーシィの腕が、口元まで運ばれていたワインを叩き落とした。水っぽい音を立てて床の染みとなったワインを目で追って、火竜(サラマンダー)が不思議そうにこちらを見る。

「これはどういうつもりかしら?――――――睡眠薬よね」

対し、ルーシィの表情は厳しかった。
口元に運ばれた際に感じた違和感。それに気づかないほどルーシィも馬鹿ではない。僅かに浮つきかけていた気分が一気に引き戻される。
その問いかけに、不思議そうな表情を崩して火竜(サラマンダー)は笑った。悪びれた様子もなく言う。

「ほっほーう、よく解ったね」
「勘違いしないでよね。あたしは妖精の尻尾(フェアリーテイル)には入りたいけど、アンタの女になる気はないのよ」

その言葉。その一言に、火竜(サラマンダー)の口角が歪む。
皮を剥がすように、隠していた本性を明らかにするように、浮かべていた爽やかさを悪意へと塗り替えていく。
にたあ、と歪んだ笑みを浮かべた火竜(サラマンダー)は、言い訳の一つさえせずにこう言った。

「しょうがない()だなあ、素直に眠っていれば痛い目見ずに済んだのに…」
「え?」

返って来たのは、想定外の言葉だった。
意味を理解しようとルーシィが頭を働かせて、脳内で危険を知らせるようにサイレンが鳴り響こうと光を帯びた、瞬間。

「!!?」

左腕、二の腕の辺りを突然誰かが掴んだ。がし、と効果音が付くほどの勢いに咄嗟に目を向ければ、一目で男の手だと解るがっしりとした手がルーシィを押さえていた。
更に続けて右二の腕にも同じような感覚。掴まれた腕を力任せに横に広げられる。そちら側も、がっちりと筋肉の付いた男が腕を掴んでいた。

「おー、さすが火竜(サラマンダー)さん」
「こりゃ久々の上玉だなあ」
「な…何なのよこれ!!!アンタ達何!!?」

ソファの後ろ、閉じられていたカーテンが開く。
部屋にぞろぞろと入って来たのは数人―――いや、十数人の男達。それぞれ顔がいかつかったり下卑た表情で、腕を掴まれている事を含め、ルーシィが彼等を敵であると判断するのにそう時間はかからなかった。
パーティーに参加するには、この男達は野蛮すぎる。そもそもこのパーティーは女性限定で、船にいる男性は火竜(サラマンダー)のみのはず。だからニアはここにいない(招待されていたとしても、火竜(サラマンダー)嫌いなアイツは多分来ないだろう)。主催者側が用意した使用人、にしても見た目が悪い。この流れで、しかも女性の腕を背後から掴んで登場するのもおかしい。
コイツ等は誰なのか、火竜(サラマンダー)は何を企んでいるのか、今自分はどういった状況にいるのか。何も解らず震えが出始めたルーシィの顔が、火竜(サラマンダー)の手で無理矢理前を向かされた。

「ようこそ、我が奴隷船へ。他国(ボスコ)に着くまで大人しくしていてもらうよ、お嬢さん」

視界いっぱいに広がる、火竜(サラマンダー)の顔。
つい先ほどまで見せていた気障ったらしさも、港町で見せていたやたらと爽やかな雰囲気もない。表情を歪めて、悪意で染めた笑みを浮かべて、嘲るようにこちらを見る男の顔。

「え!!?ボスコ……って、ちょっと……!!!妖精の尻尾(フェアリーテイル)は!!?」
「言ったろ?奴隷船だと。始めから商品にするつもりで君を連れ込んだんだ。諦めなよ」
「そんな……!!!」

奴隷船。商品。始めからそのつもりで。諦めろ―――。
切れ切れの単語が浮かんでは消える。冷汗が頬を伝うのが解る。騙されたのだと、解りたくもない事実を理解する。

「……!!!」
火竜(サラマンダー)さんも考えたよな。魅了(チャーム)にかかってる女共は、自らケツを振って商品になる」
「へへっ」
「この姉ちゃんは魅了(チャーム)が効かねえみてェだし……少し調教が必要だな」
「へっへっへっ」

下卑た笑い声がする。火竜(サラマンダー)の顔、男達の表情、笑う声が、更にルーシィを追い詰めていく。
一度は明るくなった未来が一気に暗くなるような、そんな感覚がする。

(や……やだ……嘘でしょ……)

少しでも気を抜いたら、崩れ落ちてしまいそうだった。

(何なのよコイツ…!!こんな事をする奴が……)

抵抗する気力すら湧かない。俯く事しか出来ない。
そんなルーシィに、火竜(サラマンダー)の手が伸びる。ドレスのスリットから覗く右脚、太腿に付けた金銀の鍵の束が掴まれ、ジャラリと音を立てた。

「ふーん、(ゲート)の鍵……星霊魔導士か」
「星霊?何ですかいそりゃ。あっしら、魔法の事はさっぱりで」
「いや、気にする事はない。この魔法は契約者以外は使えん。つまり僕には必要ないって事さ」

ジャラジャラと、火竜(サラマンダー)が鍵の束を回す。人差し指に鍵を束ねる輪を引っ掛けて、ルーシィの宝物を雑に扱う。
くるくると回して、音を立てて、言葉通りに必要ないと言わんばかりにくいっと手首を動かして―――火竜(サラマンダー)の手から飛んだ鍵の束が、開いた窓の外に消えた。

(これが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士か!!!)

火竜(サラマンダー)が長い棒を手に取った。ルーシィ側に向ける先、煙に包まれたそれは鍵穴と骸骨を掛け合わせたような印を押す判子のようで、けれどただの判子などではない事は、じゅっと立てられた音が示していた。

「まずは奴隷の烙印を押させてもらうよ。ちょっと熱いけどガマンしてね」

ルーシィの目に浮かんだのは、奴隷という悲劇が待つ事への悲しさか、それとも騙された事に対する悔しさへの涙か。泣き声を上げてやるものかと必死に歯を食いしばって、湧き上がる怒りを持って睨みつける。
目の前にいるのは、ルーシィが憧れたギルドの魔導士。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入りたいと思って、その為にニアと共にここまで来て、なのにそのギルドの魔導士は――――。

(魔法を悪用して…人を騙して…奴隷商ですって!!?)

港町で、火竜(サラマンダー)に惹かれる女の子達を見た。船に乗るまでに、ドレスアップしてパーティーを楽しみにする女の子達を見た。
彼女達も、騙されていた。ルーシィと同じように。こんなロクでもない奴に心まで弄ばれて、何も知らずに。

「最低の魔導士じゃない」

声が震える。頬を涙が伝う。
どうしてか、脳裏をフードを被った姿が過ぎった、気がして。





バキィッ!!!と。
部屋の天井が、上から思い切り破壊された。



「!!!」

ルーシィが、火竜(サラマンダー)が、男達が、見上げる。先ほどまで天井だった折れた木の板が重力通りに落ちていく中で、乱入者は左手をついて着地した。
桜色の髪に白いマフラー、深い赤の上着に黒いベスト、黒の腰巻きにサンダル。左手首にリストバンドをして、右手を強く握りしめて。
今日出会ったばかりの、この船には関わりもないであろう少年を見て、ルーシィと火竜(サラマンダー)はほぼ同時に叫んでいた。

「ひ…昼間のガキ!!?」
「ナツ!!?」

ピッと指で浮かんだ涙を拭いながら、ルーシィが見つめる先。
鋭い目で睨み、昼間とは打って変わって真剣な表情で前を見据えるナツが、そこにいた。




「おぷ…ダメだ、やっぱ無理」
「えーっ!!?かっこわる―――――!!!」

―――そして酔った。ぐるぐると目を回し、青い顔でその場に座り込む。
ここにいる全員が知らない事だが、兎にも角にもナツは乗り物との相性が悪い。陸を走ろうが海を行こうが空を飛ぼうが、乗り物ならば確実に酔う。いくら格好よく登場したって酔うものは酔うのだ。

「な…何だコリャ、一体……!!?何で空からガキが降ってくるんだ!!?」
「しかも酔ってるし」

天井に開いた穴を見上げる火竜(サラマンダー)。先ほどまでルーシィの腕を掴んでいた男達は、ナツの登場に驚いてその手を放し、自ら来たくせに酔って使い物にならなさそうな彼を見て対応に困っているようだった。壁に手を付き四つん這い気味な姿に呆れすら浮かべている。
と、何であれこの空気をぶち壊していったナツに次いで響いたのは、やけに可愛らしい声だった。

「ルーシィ、何してるの?」
「ハッピー!!?」

派手に開いた穴の向こう、夜空をバックにこちらを見るハッピーがいた。ぱたぱたと背中から生える白い翼を上下させている辺り、飛べないであろうナツが上から降って来たのはハッピーの力があっての事だろう。
状況を解っているのかいないのか変わらず呑気そうな猫に、戸惑いながらもルーシィは返す。

「騙されたのよ!!!妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入れてくれるって…それで…あたし……」

妖精の尻尾(フェアリーテイル)
その単語にナツが僅かに反応を示した事には、誰も気づかない。

「てか…アンタ、羽なんてあったっけ?」
「細かい話は後回しっぽいね」

そう。昼間会った時、ハッピーの背中に羽はなかった。翼のある猫なんて珍しいものを一度でも見ていたら、その印象が強く頭に残るはずだ。
昼間はなかったはずの羽について、現状も忘れて問う。反対に状況を理解したらしいハッピーは、ナツが開けた穴を通ってこちらへと真っ直ぐ飛んできた。

「逃げよ」
「わっ」

しゅるりと、ルーシィの腰にハッピーの尻尾が巻き付く。と、そのままその体が浮き、どんどん船から離れて行く。飛んでいるのだと気づいたのは直後の事で、突然の事態に反応し切れなかったらしい男達のぽかんとした顔がこちらを見上げていた。

「ちょっ…ナツはどーすんの!!?」
「二人は無理」
「あら…」

未だに酔いから覚めない姿が見えて問えば、割と現実的な理由が返ってくる。

「逃がすかあっ!!!!」
「おっと!」

誰よりも早く動いたのは火竜(サラマンダー)だった。穴に向かって突き上げた右腕、その手首から渦を巻くように紫の炎が伸び、派手な音を立てて更に天井を突き破る。
が、ちらりと後方に目をやっただけで、ハッピーは軽い動作で避けてみせる。一直線に伸びた炎はその線上から抜けた一人と一匹を追えない。

「ちっ、あの女を逃がすなっ!!!評議員共に通報されたら厄介だ!!!」
「はいっ!!!」

火竜(サラマンダー)の命令を受けて、男が二人駆けて行く。
部屋を出た二人はそれぞれ銃を持ち、ルーシィ達を視認したと同時に発砲した。重い発砲音を次々に響かせて、銃弾がすぐ傍を通り抜けていく。

「わっ、銃だ!!」
「きゃあああっ!!!」
「ルーシィ聞いて」
「何よ、こんな時に!!」

意外と驚いていないハッピーに対し、あと少しズレていれば撃たれる恐怖からルーシィは悲鳴を上げる。顔だけはと必死に両腕で顔を庇っていると、やけに呑気そうな声がかけられた。
こんな状況で何を、と思いながら、どうにかハッピーの方へと顔を向ける、と。

「変身解けた」

突如として、ハッピーの背中から生えていた翼が音もなく消えた。
ハッピーのおかげで飛んでいた状況で、その翼が消えればどうなるか。言うまでもない。

「くそネコ―――!!!」

ルーシィの叫びを残して、一人と一匹は水飛沫を上げて海へと落ちて行った。




「やったか!?」

まさか猫の翼が消えて落ちて行ったとは欠片も思わないだろう。
銃弾が直撃して落下したと誤解した男二人は顔を見合わせ、それから頷いた。

火竜(サラマンダー)さんに報告だ」
「おう!!」

意気揚々と銃を腰に下げ、ボスたる火竜(サラマンダー)に報告すべく部屋に戻ろうと振り返る。



「残念」

振り返った、その背後。
外は海で、船の中にいる彼等とはどうやっても目が合わないはずの場所。

「な―――」

けれど、声がした。反射的に振り返って、二人は驚愕から固まってしまう。固まらなければ逃げられたかもしれないのに―――いや、きっと逃げられやしないのだろう。
蛇に見込まれた蛙のように、やけに光を放つ水色の目が、逃げる事を許さない。驚いて声を上げる暇さえ奪い去る。その右手が掴む、月光を受けて光を反射させるそれは――――。

「銃を仕舞わず持っていれば、抵抗の一つは出来たかもしれないが……」

―――一閃。

「生憎、鉛弾程度で死ぬオレじゃあないんでな」

結局何も出来やしないか、と呟き、背を向ける。
勝負は勝負にすらならず一瞬。重なるように倒れる男二人にこれ以上用はない。
頭上で回した銀の鎌から飛んだ血が、船の柱に赤黒い染みを作った。






まさか船の片隅で更なる乱入者が静かに暴れたとは全く知らず。
海へと落ちたルーシィは、水中で体の向きを変え、先ほど火竜(サラマンダー)に投げ捨てられた鍵の束を探していた。彼女と違い特に体勢を変えなかったハッピーが岩に頭をぶつけていたのは余談である。

(あんなのが妖精の尻尾(フェアリーテイル)だったなんて…いや……それより女の子達を助けないと)

あの鍵さえあれば、ルーシィにだって出来る事がある。船はかなりゆっくりとしたペースで動いていたから、鍵との距離は然程離れていないだろう。
あちこちに目線を走らせて、特に引っかかりそうな岩のごつごつとした部分を一つずつ見ていって――――ようやく、見つけた。

(あった!!!浅いトコで引っかかっててくれたっ)





「フェア…リィ…」
「あ?」

座り込んだままで、荒い息の中に混ぜるような途切れ途切れの声がした。
向けた目の先、少し血走った目で火竜(サラマンダー)を睨むナツが、どうにか呟く。

「…テイル……おま…え…が…」






「ぷはっ!!!」

頭にハッピーを乗せて、海からルーシィが顔を出す。その右手には金色の鍵。瓶のようなシルエットの、波のような模様のある鍵だった。

「いくわよ」

視界には、こちらに向かってくる奴隷船。
構えたその鍵の先端を海面に差し込んで、高らかにその名を叫んだ。


「開け!!宝瓶宮の扉!!!――――アクエリアス!!!」


鐘の音が響く。集束した光が散って、海が途端に荒れる。
大きく生まれた波の中央、そこからまず見えたのは、高く掲げられた水瓶だった。続けて、波から一人の女性が姿を現していく。長い水色の髪に、額を飾るサークレット。鎖骨の辺りに模様を刻み、腕には左右対称のブレスレットが二つずつ。纏うのはスカートタイプのビキニだろうか。
最後に見えたのは足、ではなかった。水色の鱗に覆われた魚の尾。腹の辺りまでは人間だが腰から下は魚のようで、つまりは人魚だった。
閉じられていた瞳がそっと開く。深い海の色をした目が、伏せるように水面を映した。

「すげえ――――!!!」
「あたしは“星霊魔導士”よ。(ゲート)の鍵を使って、異界の星霊達を呼べるの。―――――さあ、アクエリアス!あなたの力で、船を岸まで押し戻して!!」

濡れて顔にへばりつく髪をかき上げながら、ハルジオンの方を指さしてルーシィが命じる。
星霊にとって所有者(オーナー)の命令は絶対、だからこそアクエリアスも従う。水瓶を大事そうに構え直した人魚は、体の向きは変えず顔だけをこちらに向けて、

「ちっ」

舌打ちした。
かなりしっかりはっきりと舌打ちした。
舌打ちではなく声に出したのではないかと疑うレベルでしっかりと聞こえた。

「今『ちっ』って言ったかしらアンター!!!ねえ?」
「そんなトコに食い付かなくていいよぉー」
「うるさい小娘だ」

そんな、舌打ちにしては大きい音を当然聞き逃すはずもなく、ツッコみつつ指摘するルーシィにアクエリアスが面倒そうに目を向ける。
急がなければいけないというのに、これは長期戦になるかもしれないとハッピーが人知れず覚悟を決めた、瞬間。

「まあそう言うな、アクエリアス」

ふわり、と。
柔らかく空気を揺らして、二人の間に降り立つ姿があった。アクエリアスのように海から僅かに浮くその人を見て、驚いたようにルーシィが声を上げる。

「ニア!?」
「何で浮いてるの!!?てかそれ何!!?」
「浮けるから浮いてて飛べるから飛んでるに決まってるだろ。あとこれは見ての通り鎌だ」

そこに、海の上に当たり前のように浮いているフードの青年―――昼までルーシィの連れだったニアは、ハッピーの疑問に律儀に答えながら、右手で持った鎌を軽く振ってみせる。無駄な装飾のないシンプルなデザインのそれは新品のように綺麗で、まさか()()()()()()()()()()()()()とは誰にも感じさせなかった。

「何でここに…もしかして、助けに来てくれたの?」
「まさか。歩いてたら絡まれて、返り討ちにしてやったらあの魅了(チャーム)野郎が妖精の尻尾(フェアリーテイル)の奴じゃない上に奴隷商だって言うから、悪事を知ってて放っておくのもなあと思っただけで」
「え!?アイツ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士じゃないの!!?」
「……正規ギルドの奴が奴隷商なんてするかよ、普通」

正しくないけど間違ってもない理由をつらつらと並べる。実際には最初から嫌な予感がしていて念の為に後を追おうとしていたのだが、それをさらっと言えるほどニアは素直ではない。だから心配したとは言わないし、助けに来たとしても口には出さない。というか出せない。
どうやら今の今まで火竜(サラマンダー)妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士であると信じ込んでいたようで、あんぐりと口を開くルーシィに肩を竦め、それから目線を右に向ける。

「久しぶりだな、アクエリアス。相変わらず美人なようで」
「ふふ、お前こそ。相変わらず見る目がある奴だ。だが生憎、私には」
「何度も聞いたし、そういう意味で好きにはならないって言ってるだろ。美人に美人と言って何か間違いでも?」
「本当に変わらないな。この小娘にはもったいないくらいいい男だ」

ニヒルに笑いながら、らしくないほどにアクエリアスを褒めるニア。だが今更ルーシィは特に驚きもしない。彼はどういう訳か昔からアクエリアスを気に入っているようで、アクエリアスの方も彼を気に入っているらしい。初めて見た頃は驚いたものだが、彼がいると少々ガラの悪いアクエリアスの機嫌がかなり良くなるので密かに助かっていたりする。

「久々に会ったところ悪いんだが…あの船に少し因縁があってな。陸にさえ上がればどうとでもなるんだが……アクエリアス、悪いがお前の力を貸してほしい。頼めないか?」
「ああ、他でもないお前の頼みなら」
「あっさり!!!え、舌打ちどこ行ったの!!?」

ルーシィからすれば見慣れたそれも、ハッピーには驚く対象らしい。






「ニア、飛べ」
「了解」

水瓶を構えたアクエリアスが短く言って、それだけで意味を把握したらしいニアが軽く膝を曲げた。そのままその場で軽く跳ねて、その勢いでかなりの高さまで移動する。
それを確認したアクエリアスは、さてもう気遣うものはないとでもいうように頷き、水瓶に力を込め――――

「え、ちょっ…」
「オラァッ!!!」

ザッ…バァァァアアアアアン!!!と。
所有者(オーナー)であるはずのルーシィを容赦なく巻き込んで、荒れる波を巻き起こした。

「あたしまで一緒に流さないでよォォォッ!!!」

その怒号は波の音に掻き消され、すぐ近くで同じように巻き込まれたハッピーにだけ聞こえていて。
……魅了(チャーム)にかかっている女の子達、火竜(サラマンダー)とその子分、更にはナツまで荒波に揺られる船の被害を受けていた事までは、特に頭が回らなかった。






「な……何じゃコリャ!!」
「港に船が突っ込んできた!!」

軽く地面を抉りながらも無事(?)に船は港に到着した。とはいえ、突然の大波に加えて突然突っ込んできた船に港にいた人達は混乱し、更にタイミングがいいのか悪いのか、ニアが片付けた男達も発見されているらしい。
あれやこれやとあちこちでいろいろと起きて、港は混乱を極めていた。



「一体…何事だ!!?」

まさか外であんな事が起きているとは全く想像出来ない火竜(サラマンダー)は、壁に手をついてどうにか揺れから立ち直りながら周囲を見回す。
と、その後ろ。火竜(サラマンダー)が背を向ける位置に座り込んでいた少年が動く。

「止まった…」

口元を拭って、再度確認するように。

「揺れが…止まった」







「アンタ何考えてんのよ!!!普通あたしまで流す!!?」
「不覚……ついでに船まで流してしまった」
「あたしを狙ったのかー!!!」

額に手をやり首を横に振るアクエリアスにぎゃんぎゃんと吠える。ニアに飛べと言ったのは巻き込まない為か…!それにしたって所有者(オーナー)なのに、と怒りを込めるが、対するアクエリアスは顔色一つ変えない。

「しばらく呼ぶな、一週間彼氏と旅行に行く。彼氏とな」
「二回言うなっ!!!」
「まあ、ニアがどうしてもというなら来てやらんでもない」
「アンタって本当にアイツ好きよね…」

最後に関してはツッコむ気力も失せた。

「…っと、アクエリアスは帰ったか。礼を言いそびれたな」
「一週間彼氏と旅行だって……って!!ああなるって解ってたならあたし達も助けなさいよ!!!」
「これだけ騒がしくなれば軍が動くだろ、そうなれば万事解決だな」
「話を聞けー!!!」
「あ!ナツ置きっぱなしだった」







ふら、とナツが立つ。もう彼を苦しめる原因はない。いくらこれが乗り物であっても、動いていなければ船の形をした建物のようなものだ。
そして、動いてないものに乗って酔うほど、ナツの乗り物酔いは重傷ではない。

「ナツー!!!だいじょ…!」

大丈夫?と問おうとした。
部屋の扉を開けて見回せば、軽く十は超える人数の男達。それと向き合うように立つ姿を見た瞬間、思わずルーシィの言葉は止まっていた。
船に乗り込んできた時と同じ、気迫すら感じる真剣な顔。後ろから追いかけてきたニアですら「あれが、昼間の…?」と呟くほどに別人のようで。

「小僧……人の船に勝手に乗ってきちゃイカンだろぉ、あ?」

頬を掻く火竜(サラマンダー)に、ナツは答えない。
ただ無言で、着ていた上着を脱ぐ。

「オイ!!さっさとつまみ出せ」
「はっ!!」

すぐ後ろに控えていた男二人が、命令に従いナツへと襲いかかる。

「いけない!!!ここはあたしが…」
「大丈夫」

慌てて鍵を構え星霊を呼び出そうとするルーシィに、ハッピーが制止の声をかける。何を言っているのかとそちらに目を向けた際に視界の端に映ったニアも怪訝そうに眉を顰めながら、気づけばその手に分厚い本を抱えていた。
そして、ハッピーは当たり前のように言う。

「言いそびれたけど、ナツも魔導士だから」
「え――――っ!!?」
「はあ!?」

まさかの事実にルーシィだけでなく、普段冷静なニアでさえ声を上げる。慌てて顔を向ければ、上着を完全に脱ぎ捨てたナツが向かってくる男達と対峙していた。

「お前が妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士か」
「それがどうした!?」

が、体は向けていても、その目は火竜(サラマンダー)しか見ていない。

「よォくツラ見せろ」

男の手がナツに伸びる。けれど目は動かない。
火竜(サラマンダー)が笑う。男の指先がナツに触れかける。

その瞬間――――ナツの顔が、怒りで、崩れて。



目の前を飛ぶ虫を払うかのように。
右腕を振るい、男の顔を掴んで、二人纏めて―――投げ飛ばした。

叫ぶ。


「オレは妖精の尻尾(フェアリーテイル)のナツだ!!!おめェなんか見た事ねェ!!!!」




「な!!!!」
「え?」
妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!!?ナツが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士!!?」

火竜(サラマンダー)が目を見開いた。ニアがらしくない声を漏らした。
ニアの言葉で、既に火竜(サラマンダー)妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士でない事は解っていた。けれど、まさかこんな近くに本物がいるなんて、想像も出来なくて。しかもその本物は、昼間出会ったばかりの少年で。
嘘かと思った。けれど、その右肩に刻まれた赤い紋章が、本物であると裏付ける。

「な……!!!あの紋章!!!」
「本物だぜ、ボラさん!!!」
「バ…バカ!!!その名で呼ぶな!!!」

飛び立つような妖精の紋章。偽物にはない、本物の証。
どう足掻いてもどうしようもない。本物を前に偽物は何も騙れない。驚いた仲間が咄嗟に叫んだ名前に、火竜(サラマンダー)を騙っていた男―――ボラが焦ったように叫び返す。

「ボラ…紅天(プロミネンス)のボラ。数年前、巨人の鼻(タイタンノーズ)って魔導士ギルドから追放された奴だね」
「聞いた事ある…魔法で盗みを繰り返してて追放されたって」
「ロクでもない奴だとは思ったが、本当にロクでもないな」

風呂敷がズレて、ハッピーの背中にある緑色の紋章が露わになる。
人だろうが猫だろうが関係ない。紋章を刻んだ者は立派な妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ。

「おめェが悪党だろうが善人だろうが知った事じゃねェが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を騙るのは許さねェ」

ギリ、と噛みしめた歯が音を立てる。
この男が奴隷商だとか、魅了(チャーム)なんてあくどい手を使って女の子達を商品にしようとしていたとか、そんな事情はよく知らない。酔ってしまって、その辺りの話が耳に入ってくる状態じゃなかったからだ。
ナツが怒っているのはそんな事じゃない。奴隷商?そんなの知った事じゃない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)を騙った事、それだけが理由だ。

「ええいっ!!!ごちゃごちゃうるせえガキだ!!!!」

苛立った火竜(サラマンダー)が右手を突き出す。
派手な音を上げて放たれた紫の炎はナツの全身を容赦なく包み、その勢いに押されたナツはその場に倒れ込んだ。

「ナツ!!!」

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士とはいえ、人間は人間。全身を炎で焼かれれば確実に死んでしまう。思わず駆け出しかけたルーシィを、ばっと開いたハッピーの翼が制した。
何故止めるのか、問いかけるような表情でハッピーを見るが、答えはない。

「フン!」

知り合いらしいフードの男は何も出来ないだろう。女は魔導士らしいがギルドに属さない半人前。猫一匹に何が出来るものか。
勝利を確信したボラは笑みを浮かべ、ばさっとマントを翻す。次のターゲットを定めようと、その目がルーシィ達に向けられ、て。

「まずい」

炎の中から、声がした。




最初は聞き間違いかと思った。ニアがこの状況を見て呟いたのかとも。けれど違う。ボラが、ルーシィが、ニアが、男達が、その場にいる全員の視線が一点に集中する。
ボラが放った炎に全身を焼かれたはずのナツ。そのナツが、炎の中で起き上がる。そのまま立ち上がり、右手を口元に持っていく。

「何だコレぁ、お前本当に火の魔導士か?こんなまずい“火”は初めてだ」

ナツを包む炎が消えて―――いや、減っていく。ナツが手を動かす度に、()()()()()吸い込まれていく。
もぐもぐと、がぶがぶと。吸い込んで、咀嚼して、空気でも吸うかのような自然さで。

「……!!!!!」
「はァ!!!?」

当然のように無傷で、服の一つすら燃やさずに。
炎の中から、ナツが現れた。



「ふ―――――、ごちそう様でした」



自分を包んでいた炎を、余すところなく食べ切って。

「な…なな…何だコイツは――――っ!!!?」
「火……!!?火を食っただと!!?」
「ナツに火は効かないよ」
「こんな魔法見た事ない!!!」
「…嘘だろ……」

それぞれがそれぞれに反応を示す。ボラは唾を飛ばしながら冷や汗をかき、男達は有り得ないものを見るような目を向け、ただ一匹ナツをよく知るハッピーは表情を変えず、ルーシィが目を見開いて、ニアが呆然と呟いた。

「食ったら力が湧いてきた!!!」

拳を握りしめ、腰を落とす。これが暴れ回る為の助走だと、誰が想像出来ただろう。
大きく息を吸い込んで――――叫ぶ!!!!

「いっくぞぉおぉぉっ!!!!」




ああああああ!!!とボラが絶叫した。けれど誰もナツを止められない。

「桜色の髪…鱗模様のマフラー……」

本を抱えたままのニアが、何かを思い出すように呟く。
それとほぼ同時に、髭の男が「コイツ…まさか…」と顔を青くして、思い出したように肩を震わせて叫んだ。

「ボラさん!!!オレぁ、コイツ見た事あるぞ!!!」
「はあ!!?」

ナツの頬が大きく膨らむ。

「あ…ああ……!!そうか、お前が…!!!」

溜めるように動きが一瞬だけ止まる。

「桜色の髪に鱗みてェなマフラー…間違いねェ!!!コイツが……本物の…」


そして―――紅蓮が放たれた。
窄め、筒のようにした手を当てた口から放たれた炎は、ボラの炎とは比べ物にならないほど熱く、勢いを持って船の全てを燃やし尽くすかのように駆けていく。あの男が偽者だったのだと、嫌でも理解させられるような、そんな炎だった。

その姿は、まさに。



火竜(サラマンダー)…」


ルーシィの呟きが、炎の音に消えていく。

「よーく覚えとけよ」

放たれた炎で全身ボロボロのボラの前。
右の拳を構える本物の火竜(サラマンダー)が、笑う。

「これが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の……」

熱い紅蓮を纏った拳が、防ぐという考えすら浮かばなくなったボラの顔面を狙い―――

「魔導士だ!!!!」

勢い良く、振り下ろされた。




その反動でボラの体が跳ねる。まさかボラがやられるとは思っていなかったのだろう。慌てふためく男達の方に、ナツの矛先が向く。

「火を食べたり火で殴ったり…本当にこれ……魔法なの!!?」
「竜の肺は焔を吹き、竜の鱗は焔を溶かし、竜の爪は焔を纏う。これは自らの体を竜の体質へと変換させる太古の魔法(エンシェントスペル)…」
「何それ!!?」
「元々は“竜迎撃用”の魔法だからね」
「……あらま」

驚きから、思わず壁に張り付く。
竜が絶滅していないというのも驚きだし、その竜を迎撃する魔法がある事も知らなかった。無言になったニアにちらりと目をやると、彼は彼で言葉が見つからないらしく、ただただ目を見開いている。

「滅竜魔法!!!イグニールがナツに教えたんだ」

炎を纏った蹴りが、船を突き破って男の一人に命中する。

「竜が竜退治の魔法教えるというのも変な話だが…」
「!!」
「疑問に思ってなかったのか」

どうにか復活したニアの疑問に、今度はハッピーが目を見開いた。





―――と、完全に油断していた、そんな時だった。

「だったら、コイツだけでも……!!!」
「ニア!!!」

向き合っていたルーシィが真っ先に気付いた。
彼の後ろ、ナツに勝てないと判断した残党が狙ったのは、本一冊を抱えるだけのニア。名を叫ばれた彼は反射的に振り返り、ナイフを振り上げた男を視界に捉える。

「ルーシィ、ニアが!!!」
「大丈夫」

悲鳴を上げたのはハッピーで、それを落ち着かせたのはルーシィ。叫んだハッピーに対し、ルーシィは冷静に彼から少し距離を取る。先ほどと真逆の反応をした二人を背後に、ニアは溜め息を一つ吐いた。
ゆるりと首を横に振って、呟く。

「――――オレが丸腰だとでも思ったか?ド阿保め」





一閃。



「……!?」

目を疑うような、一瞬の出来事だった。
右手に持っていた本を左手に持ち替え、開いた右手に僅かに力を込める。手の先が淡く揺らいだと思った時には銀色に光る鎌が握られ、両手で構える事すら億劫だと言わんばかりに片手で振られたそれが、男の、防具の一つもない腹を斬り付けた。―――ここまでで、一瞬。三秒と経たずに起きた、一連の動作。

「がふっ…!?」
「腕の一本でも持って行ってやろうかと思ったんだが…あまり酷いとオレが悪党扱いされるからな」

そのまま倒れた男には目もくれない。真っ直ぐに前を見据えて、見つめる先には残党が数人。半分以上はナツが相手をして、次々に倒れていくから放っておいてもいいだろう。

「ニア、あたしも…」
「下がっていろ、この程度ならすぐに終わる」

手伝おうか、と続けようとした言葉は遮られた。
前に敵がいるにも拘らず顔の半分だけ振り返ったニアの目が、そっと光を宿す。表情一つ変えずに、当たり前の事実を確認するように口を開く。


「お前を守るのはオレだ。――――約束を反故にするつもりは、ない」






「何だオマエ、ヒーロー気取りかぁ!!?」
「鎌振るうしか出来ねえくせに!!!やるぞ!!」

素手であったり、武器を持っていたり。魔導士は一人もいないらしい。
ふぅ、吐息を吐いたニアは、襲いかかる男達を前に鎌を消した。代わりにその手に握られているのは、本。

「は?」
「え?」

男達とハッピーが声を漏らす。
何の変哲もない本が一冊、それだけだ。まず武器にはならないそれ。これで殴るにしたって明らかに鎌の方が強い。やや古びたような、紫の地に黒い模様の本。片手で持つには少々大きいサイズのそれを、鎌の代わりにニアは手にしていた。

「は……そんな本で戦おうってのか!!?馬鹿じゃねえの!!」
「大した奴じゃねえ、やっちまうぞ!!」
「おう!!」

嘲るような笑み。けれどニアは何も言わない。

「る、ルーシィ…」
「大丈夫よ、ニアは強いんだから!!」

不安でルーシィを見上げるが、彼女は特に彼を心配してはいないようで。その様子に余計に不安に陥りながら、ハッピーは無意識のうちに両手を握りしめていた。
いくら相手が魔導士でもないただの人間とはいえ、当然だが本一冊で勝てるような相手ではない。加えてニアは細身で、男達の大半は屈強だ。拳一つ喰らえば吹き飛んで行ってしまいそうな錯覚さえ覚える。

「全く…」

吐息と共にニアが声を発したのは、ハッピーが微力なのを理解した上で参戦しようと覚悟を決めた、そんな時だった。

「馬鹿はそっちだろう、馬鹿共め」



――――ぞわり、と。
その場にいた全員が、得体のしれない震えに襲われる。

威圧感。
逆らったら、背を向けたら、確実に殺される。
そう頭に刻み込ませるように、それを忘れるなと叩き込むように、先程までなかった圧を放つ。

発生源であるフードの青年の目が、逃げる事を許さない。




「――――“平和であれと、君は言った”」

ぽつり、と。
何の脈絡もない言葉を、ニアが吐いた。

「“愛した人達に囲まれ、皆が笑い、争いのない世界であれと、君は願った”」

瞬間、彼を中心に黒い輪が展開する。
土星の輪のような、妙な文字で構成されたそれが、ニアを軸に波紋のように広がり、両腕を広げても足りないほどまでの位置で止まる。

「“君の願いの為に騎士は散った、君の理想の為に君は散った”」

パラパラと、独りでに本が開かれる。

「“君は君であろうとした、例えその先が死であろうとも”」

紡がれる詠唱。妨害しようにも、黒い輪がこれ以上の侵入を阻む。
人の侵入も、武器の投擲も、誰かが差し伸べる手すら完全に拒絶する。

「“君のいない世界に、君の理想は叶わない”」

そっと、左手を添えて本を支える。

「“だからこそ――――君の理想を、願った平和を、君のいる世界で叶えよう”」

触れる事なく開かれたページ。
その内容を確認するように目線を落とし、吹きかけるように小さく息を吐く。だらりと下げていた右手がフードから覗く濡れ羽色の髪に触れて、ぷつりと小さな音を立てた。

「“その理想(セカイ)を望んだのは―――――君か、オレか”」

ふわりと、その右手から、細い髪が一本落ちて。
開いたページの真ん中に、静かに着地した。



―――刹那、黒い魔力が集束する。
黒の輪が一気に収縮し、ほんの一瞬を無音にした。

その、僅か数秒。輪が消えた事により侵入も妨害も可能になったというのに、誰も動けない数秒間。
魔力の集束と同時に床に展開した黒い魔法陣が光を放つ。足元から紫の光に照らされて、溢れ出る魔力に影響されてかゆっくりと空気が渦を巻き始めた中央で、右手を前に伸ばして、男達を指さして。
ぱさり、と風の勢いでフードが外れる。長めの前髪が風で上がり、隠れ気味の顔が露わになる。
水色の目が、一際強い輝きを帯びて。



「“魂魄解放”、第××頁より召喚―――来い、ランスロット!!!」

高らかに叫んだ、瞬間。
開いた本のページから魔力と髪を依代に、一人の魂が―――解き放たれた。




《――――全く、人使いの…いや、魂使いの荒い奴、と言うべきか。この程度ならお前一人で十分だろうに、妙なところで怠惰なのは変わらんな》

とん、と、誰かが降り立つ音がした。
ニアの正面、晴れた光の奥。呆れたような色を乗せた、落ち着きのあるテノールが凛と響く。ようやく光が消えて視界がクリアになったらしい男達は、先ほどまでいなかった姿に揃いも揃って目を丸くした。
水色の髪に深い青の瞳、いっそ作り物とすら思える程端正な顔立ち。白銀に輝く鎧を纏い、腰には鞘に納められた真っ直ぐな剣。鎧を装備しているにも拘らずほっそりとした印象の、同性異性関係なしに一度は魅入ってしまうような、そんな不思議な魅力を持った青年が、すっと前を見据えて立っている。

「別に怠惰な訳じゃない。自分の手は汚さないだけだ」
《その言い訳も何度聞いたか。……まあいいだろう、これも我等が理想郷の為だ》

苦笑した顔を真剣なそれへと切り替えて、青年は剣の柄に手を添える。しゃらん、と涼やかな音を立てて抜かれた剣は鎧同様に穢れ一つない白銀で、その音でようやく男達は正気に戻ったようだった。

「そ…そんな男一人増えたくれえで!!」
「魔導士だろうが人の手借りなきゃ何も出来ねえ奴だ!!いけるぞ!!!」

威勢を取り戻した男達が動き出す。対し、ニアはやれやれとでも言いたげに肩を竦めさえする余裕の態度。片手で本をぱたんと閉じて、響く男達の声が鬱陶しいのか右手で片耳を抑え、加えて片目を閉じて嫌そうな顔で。

「ランスロット」
《騎士として、名乗るくらいは構わないだろう?》
「無駄な喧しさが消えるなら何だって」

そうか、と青年は一つ頷いた。剣を両手で持ち、構える。

《――――アルディーン王国、円卓騎士団が二番》

少しでも意識を逸らせば見えなくなってしまいそうな、そこにいるのに不確かな、既にこの世を去った青年は、仮初の体が発する仮初の声で以て名乗った。

《与えられし名はランスロット。主の命により、そして己が願いの為に、参る!!!》







結果として、勝負は勝負と呼ぶ事に抵抗すら覚えてしまうほどに一瞬だった。明らかに手を抜いていたことが誰の目にも解る形で。
ランスロットと呼ばれ名乗った青年は、そもそも剣で相手を斬らなかった。

《はっ!!》
「っが…」

拳で向かってくる相手の鳩尾を籠手を装備した拳で突き。

《よ…っと》
「なっ、…ぐふっ!!」

振り下ろされた武器を剣で受け止め、その隙に足払いをかけて転ばせ、剣の腹で力一杯叩き。

「このっ……!!!」
《後ろ》
「は、」

鎧の部品同士がぶつかる音一つ立てずに背後に回ったかと思えば、相手に振り返る暇さえ与えず手刀で沈め。

《…何だこれは、魅了系の魔法か?どうせロクな使い方をしてないのだろう……潰しておくか》

そんな独り言を呟きつつボラの指から魅了(チャーム)の指輪型アイテムを外し、言葉通りに踏み潰す余裕すら見せて。
本人の言葉を信じるならどこぞの国の騎士団の二番目にただ屈強なだけの悪人程度が敵う訳もないというのは、考えるまでもない事だった。

《それで、次は誰だ?》
「今ので最後だよ。大体ナツ…その辺で暴れてるマフラーの奴が相手してるから、元々こっちには大した人数は来てないんだ」
《そうか…骨のない奴ばかりだな》
「お前からすれば大半は骨のない奴カテゴリだろ…」

鞘に剣を戻しながら倒れる男達を見下ろすランスロットの言葉に、ニアが少々げんなりとした表情を浮かべた。フードが外れているからか、普段は隠れ気味な表情の変化がはっきりと見て取れる。

「とりあえず、今回はこれで終わりだ。また頼む」
《たまには他の奴も呼んでやってくれ。ガウェインとベディが会いたがってる》
「えー…別にいいけど、アイツ等結構面倒なんだよな。ガウェインは午前中以外で呼ぶと不貞腐れるし、ベディは……うん、まあ、な」

何やら言いにくそうに最後を濁しながら、今度は自分の手でパラパラとページをめくっていく。

「…と、ここか。それじゃあランスロット、また次で」
《ああ。……あまり呼ばれないとベディが自力で出てきそうな気さえするから、出来るだけ呼んでやってほしい。常に暴れる一歩手前状態なんだ》
「……三百年以内には呼ぶ、と伝言よろしく」
《おい!?それは呼ぶ気があって言っているのか!!?答…》
「“魂魄封印”!!!!」

足元から光の粒子となって消えていくランスロットの言葉を全力で遮って、ニアは本を閉じた。






「……えっと、よかったの?」
「問題ない。……そうか…ベディなら突き破ってでも来そうで怖い……」

外れたフードを被り直しながら、やや暗い顔でニアは頷く。幽霊だろうが魔物だろうが、例え竜が束になって飛んで来たって平然としていそうなくらい怖いもの知らずな彼がここまで言うのは初めての事で、そこそこ長い付き合いのルーシィですら珍しいものを見るように目を見開いた。と同時に、あのニアにここまで言わせるベディとやらを想像して怖くなったのだがそれはさておき。

「それで、ナツはどうした?壁を突き破ってから姿が見えないが」
「え?……、……あら?」

いつの間にか本もどこかに消え、周囲に目をやるニアと同じように辺りを見回す。
だが視界にあるのは壁が蹴破られた船と、ナツが吐いた炎で倒れた数人。

「え…ちょっと」

そして。



「やりすぎよォオォッ!!!!」

崩壊した港と、木を振り回すナツ。
港にあった屋台は軒並み壊れ、木はべっきりと折れ、男達は倒れるか吹っ飛ぶ最中で大方やられている。だというのにナツの暴走は止まらない。
先ほどまでランスロットが周囲に気を配った上で戦っていたのだと嫌でも理解してしまうような現状だった。

「おい…これってマズくないか……?」
「み…港がめちゃくちゃ――――!!!」
「あい」
「『あい』じゃないっ!!!」

主犯格たるボラは既に傷だらけで泣いているがお構いなし。暴れるだけ暴れてやると言わんばかりに男達の残党を吹っ飛ばす。もう誰が被害者で誰が加害者なのかが一目だけ見ては解らない。
この状況に僅かながら力を貸してしまったランスロットを呼び出していた(だけでなく、知られていないがかなりの人数を切り伏せていた)ニアが「マズい…」と、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた、時。

「こ…この騒ぎは何事かね――――っ!!!」

ガシャガシャと、鎧の部品同士がぶつかる音を響く。揃いの制服に槍と盾を装備した集団を、やや小太りの男が率いて近づいて来ている。
数の多い足音に目を向けて、真っ先に気づいたのはルーシィだった。

「軍隊!!!」
「やっぱり来たか…!!タイミングの悪い奴等だな!!!」

やけくそ気味にニアが叫ぶ。
これで女の子達が助かると安堵する一方で、ニアの言う通り来るタイミングが悪かった。この惨状を見れば間違いなくナツは連行されるし、下手をすればニアだって怪しい。
それに気づいているのだろう。小さく舌打ちをして、飛んで逃げる為の準備として軽く膝を曲げた、と。

「!!!」
「おい!?…うおっ!!?」

まず、ルーシィの腕が掴まれた。それに気づいたニアが声を上げ、と思ったら続けざまに彼の腕も掴まれる。そのまま強く引っ張られ、その勢いでふわりと足が地面を離れて。

「やべ!!!逃げんぞ」
「何であたし達まで――――!!!?」
「巻き込むなド阿保おおおお!!!」

右手でルーシィの、左手でニアの腕を掴んだナツが全力疾走していた。気づけばハッピーは、こんなの日常茶飯事だと言わんばかりに慣れた様子でナツの隣を走っている。
ニアはまあやらかしたからともかくとして何故、と聞けば、笑みを浮かべたナツが言う。

「だって妖精の尻尾(オレ達のギルド)、入りてんだろ?」

さも当たり前のように問われて、ルーシィは目を丸くする。
昼間のような誘いではない。本物で、本当で、間違いなくチャンス。
ふと、同じく手を引かれているニアと目が合う。目が合った事に気づいた彼は、昼間のように微笑んで見せた。普段のニヒルなそれではなく、薄いながらも口角を上げて。

「来いよ」

笑ったナツを見て、ニアが穏やかに微笑んで頷いてみせるのを見て。
投げかけられた言葉が本当だと裏付けるのにこれ以上のものはない。ルーシィの顔に、自然と笑みが浮かんだ。

「うん!!!!」







「ま~た妖精の尻尾(フェアリーテイル)のバカ共がやらかしおった!!!」

ばんっ!!と。
評議院の本部、その一室。評議員十人が卓を囲み会議を開くテーブルに、新聞が叩き付けられた。大きく取り上げられているのは、ハルジオンの港が半壊したという記事。

「今度は港半壊ですぞ!!!信じられますかな!?」
「いつか街一つ消えてもおかしくない!!!」
「縁起でもない事言わんでくれ……本当にやりそうじゃ」
「罪人ボラの検挙の為と政府には報告しておきましたがね」
「いやはや…」

会議室中に響く、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を糾弾する声。ある者は声高に叫び、ある者は気疲れしたように呟き、ある者は呆れたように首を振る。
そんな中でこの状況を楽しむように笑う男が一人。組んだ手に顎を乗せて笑みを隠そうともしないのは、評議員の一人でありながら問題視される彼、ジークレインだった。

「オレはああいうバカ共、結構好きだけどな」
「貴様は黙っとれ!!!」

面白おかしく口を挟む彼に即座に注意が飛ぶ。
評議員十人のうち数人を除いた面々が、真剣な表情で話し合いを続ける。

「確かにバカ共じゃが、有能な人材が多いのもまた事実」
「だからこそ思案に余る」
「痛し痒しとはこの事ですな」

徐々に重くなる空気。大きな決定を委ねられているからこその固さ。
それを吹き飛ばすように大きく、ジークレインは溜息を吐いた。

「放っておきゃいーんすよ」
「何だと貴様!!!」

噛みつかれるが、彼は何も変えない。
浮かべた笑みは崩さず、一言だって撤回せず、組んだ腕だって解かずに。





「あんなバカ達がいないと…この世界は面白くない」 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。

…誰だよ10月12日までにって言った奴!はい私ですすいません!
その日はこの作品の主人公(未登場)の誕生日なので絶対、と思ったんですけど……文化祭ってあんなに忙しいんですね、去年本当に何にもしてなかったから…。

という訳で、遅ればせながら後編。ニア君の魔法が炸裂してます。因みに彼が召喚系魔法を使うのは「本人は何もせず、召喚した誰かと相手が戦っているのを上から文字通り高みの見物する」イメージから来てます。作中での「自分の手は汚さないだけ」発言は言葉通りです。基本的に彼は相手と同じ土俵には立ちたがらない、どうしてオレが合わせてやる必要がある?って素で言えちゃうタイプなので。鎌?あれは例外です←
序でに今回は、あちこちでニア君の異常さというか特徴というかが控えめに出ていたり。敢えてどことは言いませんが是非探してみて頂ければ。あと一つ言っておきますと、彼は照れ隠し以外での嘘は滅多につきません。夏に雪が降る可能性と同じくらい滅多に、です。

ニア君の魔法、“誰ガ為ノ理想郷”といいますが……ざっくり説明しますと「魂を本に封じて、術者の髪と魔力を依代に召喚する」魔法です。何故髪かといえば、藁人形だの何だのって呪い系に髪は付き物かなあ、みたいな。
実はこの魔法、盛大に問題な魔法だったりもするのですが、お気づきでしょうか。

あ、一応念の為。
今回召喚されたランスロット、名前だけ出たガウェインとベディは円卓の騎士の名前ですが、アーサー王伝説に出てくる騎士達本人では当然ありません。コードネーム的な。
だからこの先ベディさんが出てどんな事したって、本家様とは何の関係もないのです。…何をしでかすかはまあ、ね、うん(目逸らし)。

頑張って書いてた最後ら辺がパソコンのフリーズのせいで消えた時は心が折れそうにもなりましたが、何とか原作第一話は終了です。次回からも文字数とかシーンによっては前後編に分けて投稿させて頂きますので悪しからず。
最近EМTが凝り固まりつつあるから、次の更新はこっちになるかもしれないなあ……。

ではでは。
感想、批評、お待ちしてます。




いつになったら主人公は出てくるのか…。 
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