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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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泥レスの会場はどちらでしょうか。

ある日曜の午前中。もう10時を回っているにも関わらず惰眠を貪っている俺の四畳半のチャイムが鳴った。Amazonも頼んでないし、新聞もとってないし…といぶかしく思いつつも半分寝ているので割と無警戒にドアを開けてしまった。
「………は」


―――ドアの前に立っていたのは、巨大なバケツを持った4人の男達だった。


「こんにちは!いい朝ですね!!」
「……はぁ」
誰だこいつら。
「『糞ニート』さんですね!?」
「…………は?」


―――貴重な日曜の午前中。見ず知らずの4人組に糞ニート呼ばわりされた。俺働いてんのに。


普通にすごい狼藉を働かれているし腹は立っているんだが、起きたばかりで頭が働かない。俺が答えられずにいると4人の男達は当然のようにずかずか上がり込んで来た。
「……っちょっと待て!!何だお前らそして何だ糞ニートって無礼極まりないな!!」
「え?」
奴らは全く悪びれていない顔で俺の方を振り向いた。皆一様に浅黒く、無駄にガタイが良い。俺の友達関係には間違っても居ないタイプ。ジムとか通ってる感じの人種だ。
「嫌だなぁ、あなたのハンドルネームじゃないですか!!」
「ハンドルネーム!?」
「ほら掲示板の!『出張!泥レスリング同好会』、書き込んでた方でしょう!?」
「なんだその最低そうな同好会は」
徐々に目が覚めて来た。というか俺の中の『関わり合いになると面倒くさいもの回避センサー』がものすごい勢いで警鐘を鳴らし始めている。ていうかこいつらが手にしている巨大バケツの中身。



「今日の泥レス会場はこちらで間違ってないですよね?」



うっわー来た、来た、久しぶりに物凄い面倒くさい奴来ました。起き抜けで本調子じゃないがそんなことも云っていられない。俺は状況を把握するべく、すっと額に指をあてた。
「…ひとまず、誤解を解かせて頂いてよろしいか」
「ゴカイ!?」
「俺は『糞ニート』ではありません」
「え?…ああ!現実にはニートではないけれど、ハンドルネームでは洒落を利かせて糞ニートを名乗っている、と」
「だからそのハンドルネーム『糞ニート』その人ではない、人違いだと云っているんだ!!」
それにそこまで洒落利いてないからな、そのハンドル。
「え?え?お前、この人が何云ってるのか分かるか?」
「え、なんかひとちが」
「え?どういうこと?えぇ?」


―――あったま来んなこのくそ脳筋野郎共め。絶対分からせてやるからな。


「ひ・と・ち・が・い!分かるか、別人なんだよそのハンドルネーム『糞ニート』さんとは!従ってここは今日の泥レス大会ではない!…ていうかあんたら、そのバケツ…何、持ってんだ…?」
彼らはおずおずと顔を見合わせた。
「何…って、泥?」
何やら灰色っぽい液体が、バケツのスレスレ辺りでたぷたぷ波打っている。
「あんたら…まさかそれを」
「えぇまぁ、これをざばーっと床に!四畳半くらいなら余裕で埋まりますよ!」
快活かよアホか。
「泥レスですからねぇ…駄目っすか?」
「駄目に決まってんだろうが!!むしろ『糞ニート』なに許可してんだアホか!伊達に糞ニート名乗ってねぇな!!」
「いやいやいや、その辺の泥と一緒にしていただいては困りますよ?これはかの死海から採取した塩分をたっぷり含んだ」
「死海の泥は畳を台無しにしないのか!?図書館で借りた本をしわっしわにしないのか!?」
「します!!」
「きっぱり言うなぁ…」
取りあえずそれ置いてきてくれる?と声を掛けると、脳筋共はずし、とバケツを足元に置いた。
「そうじゃねぇ、それ外に置けと云っているんだ!いいか、一滴たりとも零すなよ?」
「まぁまぁ糞ニートさん、その前に」
リーダー格らしき男が俺をまた糞ニート呼ばわりした。
「糞ニートじゃないと云っているだろうが!!」
「あいやいや失礼、では本名を読んだらよろしいでしょうか」
「教えねぇよ!!」
この時点ではもうだいぶ、頭がはっきりしてきていた。とりあえず他人の家に死海の泥ぶん撒いてレスリングするような変態共にフルネームを知られるわけにはいかない。
「ははは失礼…しかし困ったなぁ、お前ら」
「そっすねぇ、出張泥レス出来ないっす」
チャラそうな奴が相槌を打つ。…ていうか、お前ら。なんでだ。
「…何で外でやらないの?」
リーダーが深くため息をついた。息が俺の前髪をなびかせる。ため息でかい。そして酒臭い。
「都内じゃ、屋外とて泥レスを出来る場所など…」
「いやあるよ!?多分都下まで頑張って探せばそこそこあるよ!?」
「メンバーがほぼ23区内なんですよ」
「甘ったれるな!泥レスみたいなアグレッシブな変態行為、人の住まう地で受け入れてもらえると思うなよ!?もっとリスクとって行けよ!たしか沖縄あたりならそういう変態っぽい行事あるだろ、あの、変な仮面の男が泥を塗って回るやつとか」
「パーントゥですか」
「チェック済かい!さすが泥のスペシャリストだな!!」
「うへへへ」
「褒めてないからな!!…もうとにかく出ていけ、うちは絶対に貸さない。変態行為は外でやれ」
きっぱり断って追い出そうとしたが、奴らは何故か動かない。そしてひそひそと小声で何かを囁きかわし、再び一斉に俺の方を向いた。
「…んだよ、早く泥持って出ていけ」
「まぁ待ってください。貴方は恐らく泥レスについて少し誤解がある。5分でいい、泥レスの素晴らしさを語らせてください」
「厭だよ大体想像つくよ!」
「まずはこれを見てください」
俺の返事も聞かず、奴はボロボロの黒いリュックからポスターのようなものを取り出した。
「これ、ウチのポスターです」
レッツ泥レス!とだっさいキャッチフレーズの下で、艶めく泥の中、二人の巨乳美女が白い肌を汚してチョコレート色のビキニがはちきれんばかりに取っ組み合っている写真が。…ちょっとまてどういうことだこれ、これってもしかして…。
「はい、質問」
「はいどうぞ、糞ニートくん」
「殺すぞ。…この部屋に泥を撒くと、この娘たちが、この部屋で泥んこまみれになって組んづほぐれづするのか?」
場合によっては大いに話が変わってくるぞ!?場合によってはそう…俺は敷金を諦める。
「泥んこまみれになって組んづほぐれづするのは我々ですが?」
「うむ、帰れ」
我が同好会ではこのような啓蒙活動やイメージアップキャンペーンを!とか泥レスの魅力を是非!!とかまだ云い続ける4人を玄関の方に押し出していると、突然俺の…そしてこいつらの携帯がぎゅぃいいい!ぎゅぃいい!と異音を発し始めた。
「……これは」
「じっ地震だ!!地震来るぞ!!」
俺が叫んだ瞬間、ズズズズズ…と不吉な地響きが沸きたち、バウン!と床が下から叩かれたように撓んだ。
「そ…そ…外に!!」
「落ち着け中に居た方が安全だ!」
「そうだ!倒れてくるものは何もない!ていうかこの部屋何もない!!」
「悪かったな!!」
…まぁ、リーダーの云う通りで、1分程度揺れたが間もなく地震はおさまり、何も倒れてはこなかった。
「ビックリしましたねぇ」
「震度5くらいか?」
「直下型ですねぇきっと……………あ」


―――――あ。


足が妙に冷たいことに、気が付いた。
そして足元に転がる、巨大なバケツ。


俺の四畳半は、死海の泥に埋め尽くされていた。
「あーあ、こぼれちゃいましたねぇ」
「まさか地震が来るとはねぇ」
4人の変態はのろのろと泥を掻き集め始めた。俺は…ゆっくりと玄関に回り込み、奴らの退路を断った。
「さて……始めようか」
「え?…すみません、え?」
「……泥レス、とやらをだ」
「え?待ってください、え?」
俺はすっと腰を落とし、摺り足で奴らの脇に回り込んだ。


奴ら4人は、一瞬で泥に沈んだ。泥にまみれて転がる馬鹿4人に、俺は吐き捨てた。


「米処、魚沼の民を舐めんじゃねぇぞ。なにが泥レスだ、ど素人共が」


後日。
畳は奴らに弁償させた。後で聞いた話だが、『糞ニート』は上の階の住人だったらしい。どっちにしろふざけんな。天井から謎の泥が降ってくるとか寝覚めとしては最悪過ぎだろう。


そして俺は今、大変に困った立場にある。


あの日四天王(…?)を一瞬で葬った俺は泥レス同好会で『レジェンド』と呼ばれ、崇拝されているらしいのだ。時折泥が入ったバケツを持った男が玄関先に立っていたりするのでほんと怖い。


 
 

 
後書き
次回更新は再来週になります。
来週の更新は、「霊群の杜」です。 
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