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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第四章 魔族の秘密
  第48話 弟子?

 え。誰?
 最初に思ったことはそれだった。

 この魔族の子、見覚えはない。
 十五人の弟子、それにこの子は含まれていない。
 でも今は助けてくれるなら誰でもいい。
 頼むぞ弟子よ。誰なのか知らないけれど……。

 人間の男二人は、笑い出した。

「馬鹿かお前は。師匠がこんな体たらくだぞ? 弟子が来たところでどうにもならんだろ」
「まだ子供だな。大した魔法は使えまい」

 そう言って、二人とも少年のほうへ向かって近づいていく。
 慌てるそぶりを全く見せない少年。
 磯特有の波しぶき、その音だけがわずかな時間を支配する。

 少年は丸腰だ。本当に大丈夫だろうか?
 少し不安を感じ始めたとき。
 人間側の動きから戦闘が開始された。

 的が小さいせいだろう。
 近づいていた二人は同時に斬りかからずに、まず一人だけ先に突っ込む。

 肩から斜めに斬る袈裟斬り。
 鎖骨の下に大動脈弓から枝分かれした鎖骨下動脈がある。
 その損傷は致命傷だ。食らえば恐らく助からない。

 しかし、少年は軽やかなステップで斬撃をかわすと、右手から火球を放った。
 人間の男はすぐに革製の盾を向けるが、火球の威力が勝っていた。盾ごと大きく後方に吹き飛んだ。
 鎧の下に着ている服が火に包まれて、痛みと熱さでのた打ち回る。

「……! 貴様ッ」

 もう一人の男が続けて斬りかかる。
 しかし間合いに入る前に火に包まれた。
 少年が、今度は左の手から火球を出したのだ。

 あっという間に人間二人は戦闘不能に陥った。



 助かった。
 少年に礼を言わなければ。
 そして申し訳ないけど水を少し飲ませてもらおう。

「おかげで助かったよ。ありがとう。もしできれば水を一口――」
「お師匠さまの荷物はこれですか? 私がお持ちします!」
「え? ああ、ありがとう。えっと、水を一口――ほえぇっ?」

 もの凄い勢いで腕を引っ張られた。

「さあ一緒に走りましょう!」
「ちょ、ちょっと……」

 仕方なく、ぼくは走った。引きずられるように。
 脱水状態だったぼくには拷問だった。

「お師匠さま! お疲れなのですか? 少し遅いようにお見受けします」
「あ、いや、水をだね――」
「私がおぶらせていただきます!」

「うわっ? あ、いや、そうじゃなくて水を――」
「しっかりつかまっていてください!」

 み……水を……水を……ください……。



 ***



「あーおいしい……生き返る」

 見晴らしがよすぎる街道から、少し外れたところを歩いている。
 少年にもらった、水やドライフルーツのようなものを口に入れながら。

「お師匠さまは飲まず食わずだったのですね!」
「うん。ちょっと色々あってね」
「申し訳ありません。お師匠様の心のさけびを察することができないとは。弟子として失格です」

 いや、さっきずっと水って言ってたからね?
 助けてもらって文句は言えないけどさ。

「でもなんで『師匠』なの? ぼくはきみを弟子にした記憶はないけど?」
「えええ! ぬあんでですかあ!」

 え?

「ちょっと落ち着いて。ホントに記憶がないんだ」
「ひどいじゃないですかあっ!」

 ものすごい勢いで攻め立てられてしまった。
 当然のことながら、ぼくは困惑する。

「いやあ、だってホントにないんだもん。仕方ないじゃない」
「ひどいです……あ」
「ん?」
「すみません。これから弟子入りするのでした。失礼しました」
「……」

 一体何なんだ……そう思いながら、まず自己紹介から頼むと言おうとしたが、その前に少年のほうから話し始めた。

「ええと。私はフィンと言います。お城にいちばん近い鍛冶屋の次男で、数え間違いでなければ今日十三さいになりました」
「あ、そうなの? おめでとう」
「ありがとうございます!」

 恩人に対して失礼な感想であるが、若干めんどくさい感じである。

「とりあえず弟子入りしたいってことでいいの?」
「はい! お願いします!」

 少年はぼくの顔を覗き込むようにして懇願する。
 黒髪、丸顔、パッチリした目。なんとなく、中学生時代くらいのぼくに似ている。

 もちろん弟子入りに関してこちらは「嫌です」と言える立場ではない。
 十六人目の弟子の誕生だ。

「じゃあ、こちらこそよろしくお願いします」
「ありがとうございますっ!」
「あー、抱き付かないように。ヨロイ拭いてないんで汚いかも――」
「がんばります! 一生けんめい働きます! 何でもしますうっ!」

 ……。

「あの、ぼくの話をちゃんと聞――」
「さっそく技術を教えてくださいっ!」

 うぜえええええ!



 ***



 半乾燥地帯のまばらな草原を、ひたすら歩く。

 この世界にも、地球での太陽のような役割の恒星がある。
 もうその角度はだいぶ小さくなっており、地平近くの空の色にはオレンジがだいぶ混ざってきているようだ。

「でもさ。なんできみが一人であんなところにいたの? 理由を聞いてもいいかな」

 少年の勢いに押されて聞きそびれていたことを聞いた。

「はい。実は、お師匠さまに弟子入りするためにリンドビオルさまの家にうかがったのですが――」
「えっ、そうだったんだ」

「はい。そうしたらまおうさまから、お師匠さまは人間に捕まったと言われ、泣かれてしまいました」
「……? それで?」

 なぜ魔王がそこにいたのか、なぜ泣くのか、色々おかしな点はありそうだが、話の本筋とは関係ないので突っ込まないでおく。

「はい。それで私が人間の手からお師匠さまを取り返そうかと思いまして、旅に出たのです。
 昨日はてつやで歩いたので岩かげで少し仮眠を取っていたところ、音で起きたらお師匠さまが人間におそわれていたというわけです」

 ……。

「まさかあそこで会わなければイステールまで潜入しようと思っていたとか?」
「はい。フードをかぶって目を見せなければバレないかと」
「そんなわけがあるかいな。いつかはバレるって」

「そうですか?」
「ソウデス。というかちゃんと誰かに相談してから来たの?」
「いえ、一刻を争うと思いまして。家に帰って準備してからすぐに来ました」
「……」

 結果的にぼくはこの少年に助けられたわけだが。
 あそこで会わなければ、そのまま人間領に入って捕縛、そして処刑という流れになっていたはずである。
 危なすぎる。

「今回はきみのおかげでぼくは助かったので、それは本当に感謝しているよ。でも今後は絶対にそんな無茶をしないでくれ。いいかい」
「はい! わかりました!」

 やたら元気の良い返事。
 本当にわかっているのか怪しいが、これ以上言う気力はなかった。



 今日はそろそろ野営の準備かな。

 フィン少年は、十分な量の食糧を持っていたようであり、水筒も大きなものを持っていた。
 火も魔法で起こせるため、飢えも渇きも心配ない。

 そして、ここまで来たら、もう追手の心配もする必要はないだろう。
 安心して眠れそうだ。

 王都まで無事に帰れるのはもうほぼ間違いない。
 みんな……元気にしているかな。 
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